それぞれの夜と、保護されたシスター
「ディーン様……歩けますわ。本当に」
「ダメだ。顔が赤いし、脈も速い。今日はもう休もう」
アリアはディーンに軽々とお姫様抱っこされたまま、教会を後にした。
最下層まで行けなかったのは残念だが、ディーンの強固な意志(と、心地よい腕の中)に抗えず、今日は大人しく城へ戻ることにした。
その道すがら。
後ろを歩くガイルとメルの方から、話し声が聞こえてきた。
「……で、教会のメシはどんなのだ?」
「えっと、一日に一回、お昼に……薄いスープと、黒パンを……」
「はぁ? それだけか?」
ガイルが眉をひそめる。
さらに、メルの手首や足首に、衣服の隙間から古傷や青あざが見え隠れしているのに気づいた。
「おい、その傷はどうした」
「あ、これは……私がトロいので、司教様が神様に代わって『ご指導』してくださるのです。私が悪いんです……」
メルは袖を引っ張って傷を隠そうとする。
ガイルの表情が、スゥッと冷たくなった。
それは戦場で見せる、「敵を殲滅すると決めた時」の顔だ。
(……ご指導だと? ただの虐待じゃねぇか。どいつか知らねえが、クソ司教、後でダンジョンの肥やしにしてやる)
「……メル。お前、今日は教会に帰るな」
「えっ? でも……」
「あんな場所に帰したら、俺たちが守りきれん。……今日は俺の部屋に来い」
***
サハルト王城、ガイルに割り当てられた客室。
「……いや、ガイル。女の子を部屋に連れ込むのは、さすがにマズいんじゃないか?」
ディーンが呆れたように指摘する。
婚約者とはいえ、未来の王族の護衛騎士として、未婚の男女が同室というのは外聞が悪い。
ガイルは頭をかいた。
「す、すんません。俺、この子くらいの年の離れた妹がいまして……つい、放っておけなくて」
ガイルはメルに向き直り、少し屈んで目線を合わせた。
「悪かったな、無理やり連れてきて。嫌だったら別の部屋を用意させるが……」
「い、いえ! ……ガイル様と……一緒がいいです」
メルはガイルの服の裾をギュッと掴み、上目遣いで見つめた。
その頬はほんのりと赤い。
虐待され、怯えていた少女にとって、初めて自分を怒り、守ってくれた大きな背中。
それはもう、落ちるには十分な理由だった。
「……そうか。じゃあ、今日はここでゆっくり休め。ベッドはお前が使えよ」
「は、はい……」
二人の間に流れる、甘酸っぱくも温かい空気。
ディーンはそれを見て、深くため息をついた。
(……いいなぁ。あんな風に、素直に甘えてくれたらなぁ……)
彼はチラリとアリアを見る。
アリアは「うんうん」と満足げに頷いていた。
「ガイルと一緒なら安心安全ね。あいつならドラゴンが来てもメルさんを守りきれるわ(物理的に)」
(……違うんだよアリア。そういう『安全』の話じゃないんだ……)
ディーンの心の声は届かない。
アリアにとっては、ガイルは「最強の番犬」であり、メルは「守るべき対象」。
男女の機微などという高等な(?)概念は、彼女の辞書にはまだ載っていなかった。
「さあ、私たちも戻りましょう。メルさん、明日の朝食は美味しいものをたくさん用意させますからね」
「あ、ありがとうございます……アリア様……」
こうして、ガイルの部屋には可愛らしい同居人が増え、ディーンの部屋にはアリアへの切ない片思い(と、アリアの困惑)の切ない空気が充満する夜となった。




