本の魔物と、食あたり
禁書庫の内部は、異様な光景だった。
薄暗い通路を、手足の生えた古書たちがカサカサと歩き回り、あるいは蝙蝠のように飛び回っている。
『魔導書ミミック』や『カースド・グリモワール』といった魔物たちだ。
「ひぃぃっ! 本が歩いてるぅぅ!」
「大丈夫だ、メル嬢。俺から離れるなよ」
メルはガイルの腰にしがみつき、震えていた。
一方…当然のように、アリアの反応は違った。
「素晴らしい……! 見渡す限りのお宝の山!」
アリアの瞳が欲望でランランと輝いている。
彼女にとって、目の前の魔物は敵ではなく、「未読の本」が自分から歩いてきてくれているボーナスステージにしか見えていない。
「魔法や剣での破壊は禁止ですわ! 本が傷つきますもの! 素手、もしくは本の背を狙って叩き落としましょう! 全て!」
「了解!」
アリアの号令と共に、狩りが始まった。
アリアは飛来する魔導書を空中でつかみ取り、綺麗に(強引に)閉じてインベントリへ放り込む。
ディーンもまた、襲いかかる辞書の群れを、流れるような掌底で気絶させ(本に気絶判定があるのかは謎だが)、積み上げていく。
「はっ! せいっ! 次!」
次々と本が「収納」されていく様は、もはや戦闘ではなく、超高速の蔵書整理だった。
「……あ、あの……ロイド様」
「なんだい?」
「ここの魔物って、元が本だから弱いのですか……?」
メルが呆然と尋ねる。
ロイドは苦笑して首を振った。
「そんなことねぇよ。あいつら、普通に魔法撃ってくるし、噛みつかれたら呪われるSランクモンスターだぞ。……アリア様とディーンの旦那が異常なだけだ」
事実、アリアたちは飛んでくるファイアボールを手で払い除けながら、本を回収していた。
***
そして最深部のボス部屋。
そこには、小さな本たちをバリバリと食べている、巨大な『暴食の魔導書』がいた。
「許せない……!」
アリアが低く唸る。
「知識を粗末にするなんて、万死に値しますわ!」
憤るアリアを尻目に、ディーンは冷静?だった。一秒でも早く倒さないとあの本達をアリアが読めなくなる!
「アリア、行くよ!」
「ええ!」
二人は同時に飛び出した。
巨大な魔導書が触手を伸ばしてくるが、アリアがそれを引きつけ、その隙にディーンが背表紙に強烈な踵落としを叩き込む。
ズドォォォン!!
「ギャァァァ……」
魔導書は断末魔と共に光となって消え、その場には分厚い真っ黒な魔術書と、輝く宝石のようなドロップアイテム『知識の欠片』が残された。
「やったわ! ゲットよ!」
アリアは嬉々としてアイテムを拾い上げ、自分の背丈ほどもある巨大な魔術書に手を伸ばした。
巨大な本の装丁はかなり重いようで、アリアですら重そうだ。それを見たディーンがすかさず手を貸す。
「手伝うよ、アリア」
「ありがとう、ディーン様」
二人で重い表紙を開く。
その時、ディーンが至近距離で優しく微笑んだ。
「いつものアリアに戻ったみたいで良かった。ここに来る前、少し様子が違ったから心配したよ」
「っ……!」
至近距離での甘いマスク。そして、本を支えるディーンの腕の筋肉が、アリアの視界に入った。
細身だが、服の上からでもわかる均整の取れた筋肉の躍動。
アリアの心臓が、ドクンッと大きく跳ねた。
(な、何かしらこの動悸……!)
顔がカッと熱くなる。
これは……まさか……
(きっと、この素晴らしい上腕二頭筋に見惚れただけですわ! そうよ、機能美への興奮! ……もしくは、やっぱりさっきのカニ鍋の食あたりが悪化してるのよ!)
「……っ!」
アリアは真っ赤になり、パッとディーンから距離を取った。
顔を見られたくなくて、うつむいてしまう。
「アリア? どうかした?」
ディーンが心配そうに覗き込んでくる。
アリアが顔を背けると、ディーンはさらに心配になったのか、彼女の肩を抱き寄せ、自分の胸に顔を埋めさせるようにした。
「やっぱり体調が悪いんだね……ごめん、無理をさせた。少し休もう」
「ち、違いますわ……! 近いです……!」
アリアはディーンの胸の中で、さらに赤くなりながらも抵抗できない自分に混乱していた。
その様子を遠くから見ていたメルは、そっとガイルとロイドに尋ねた。
「あの……お二人は恋人同士なんですよね? 婚約者なのでしょう?」
「「ああ、そうだが?」」
「なんであんなに……初々しいというか、恥ずかしがっておられるのですか? 戦闘中は熟年夫婦みたいな連携だったのに」
メルの純粋な疑問に、ガイルとロイドは顔を見合わせ、深く頷いた。
「……それが、俺たちにも永遠の謎なんだ」
「アリア様が『最強の鈍感』だからな……。旦那は自覚してきたみたいだけどな……」
禁書庫の冷たい空気の中、二人の熱気だけがいつまでも漂っていた。




