開かずの扉と、胸の痛みの正体
これまで書き貯めた分が尽きましたので、ちょっと更新ペースが落ちますが、よろしくお願いします。
サハルト王国の教会地下。
そこには、歴代の司祭ですら立ち入りを禁じられた領域、『開かずの禁書庫』の入り口があった。
重厚な鉄の扉には、何重もの封印術式が施されており、禍々しいオーラを放っている。
「……本当に、入られるのですか?」
案内してくれた老司祭が、脂汗を拭いながら何度も尋ねてくる。
「古来より、この扉の向こうへ足を踏み入れた者で、生きて帰った者はおりません。中には『知識を食らう魔物』や『精神を汚染する呪いの書』が跋扈していると伝えられています」
「ええ、存じておりますわ」
アリアは涼しい顔で頷いた。
むしろ、その言葉が彼女の好奇心に火をつけていた。
「『知識を食らう魔物』……つまり、倒せば経験値と共にレアな知識をドロップするということですわね。素晴らしいですわ」
アリアが扉に手をかざす。
『解析』。
複雑怪奇な封印術式が、アリアの脳内で瞬時に解読されていく。
「……構造理解。解錠」
パキン、パキン……ゴゴゴゴ……。
数百年開くことのなかった扉が、アリアの一言であっさりと開いた。
老司祭が腰を抜かす中、アリアはさっさと中へ入ろうとする。
「あ、お待ちください! アリア様!」
老司祭が慌てて呼び止める。
「せ、せめて案内役を……! おい、メル!」
「は、はいっ!」
柱の陰から、一人のシスターがおずおずと出てきた。
小柄で、栗色の髪をした可愛らしい少女だ。大きな瞳は不安で潤んでおり、小動物のような愛らしさがある。
「この者はメルと申します。書庫の管理見習いですので、多少は役に立つかと。……メル、何かあれば身を張ってアリア様をお守りするのだぞ」
「は、はい……が、がんばります……」
メルは震えながら頷いた。
明らかに「捨て駒」として押し付けられたのが丸わかりだ。
(……可愛いわ)
アリアはメルを見て、素直にそう思った。
庇護欲をそそるその姿は、かつて自分が演じていた「か弱い令嬢」そのものだ(アリアは演技だったが)。
(こんな危険な場所に、こんな子を連れて行くなんて。……ディーン様に守っていただかなくては)
アリアは振り返り、ディーンに声をかけようとした。
「ディーン様、彼女を――」
言いかけた瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。
鋭い痛みではない。鈍く、重い、不快な感覚。
ディーンがこの可愛らしい少女を守り、優しく接する姿を想像した瞬間、胸がざわついたのだ。
(……っ? 何かしら、この痛み)
アリアは眉をひそめて胸元を押さえた。
心臓の鼓動が少し早い。
サハルトの香辛料が合わなかったのか? それとも、先ほどのカニ鍋にあたったのか?
(……きっと、何か悪いものでも食べたのね。胃薬を飲んでおきましょう)
アリアは即座に「食あたり」と断定し、思考を切り替えた。
そして、ディーンではなく、後ろに控えていたガイルとロイドに向き直った。
「ガイル、ロイド。貴方たちがメルさんを守りなさい。傷一つつけたら承知しませんわよ」
「はっ! お任せを!」
「了解であります、アリア様!」
ガイルとロイドが、頼もしく(そして暑苦しく)メルの両脇を固める。
メルは「ひぃっ」と悲鳴を上げそうになったが、アリアの命令は絶対だ。
「さあ、行きましょう。禁断の知識が私を待っていますわ」
アリアは胸のモヤモヤを強引に無視し、暗い回廊へと足を踏み入れた。
隣を歩くディーンが、少し不思議そうな顔でアリアを見ていることにも気づかずに。
「……アリア、顔色が優れないけど、大丈夫かい?」
「ええ、問題ありませんわ(ただの胸焼けですもの)」
こうして、勘違いと無自覚な嫉妬を抱えたまま、禁書庫の探索が始まった。




