寝不足の獅子と、可哀想な獲物
サハルトの太陽が照りつける訓練場。
シヴァ王子は、両手に巨大な曲刀を持ち、気合十分で立っていた。
「行くぞ、ひ弱な皇太子! アリア嬢の前で無様に這いつくばらせてやる!」
対するディーンは、訓練用の木剣をだらりと下げ、あくびを噛み殺していた。
目の下にはくっきりとしたクマ。オーラに覇気がない。
「……ふわぁ。さっさと終わらせよう。眠いんだ」
「なっ、舐めるなァァァッ!」
シヴァが激昂し、地面を蹴った。
そのスピードは、サハルト王国でも一、二を争う速さだ。観客席の兵士たちが「速い!」とどよめく。
ブンッ!
曲刀がディーンの首を狙って薙ぎ払われる――その瞬間。
「遅い」
パァンッ!
乾いた音が響いた。
シヴァの視界が反転し、次の瞬間には砂の上に大の字になっていた。
「……は?」
何が起きたのかわからない。
ディーンは一歩も動いていなかった。ただ、剣を軽く振り抜き、シヴァの曲刀を弾き、その反動で剣の腹をシヴァの額に叩き込んだのだ。
「ぐ、ぐぬぬ……! まぐれだ!」
シヴァが起き上がり、再び突撃する。
今度は乱舞だ。上下左右、あらゆる角度からの斬撃の嵐。
だが、ディーンはそれらを、まるでハエを払うかのように最小限の動きでいなしていく。
「そこ、重心が高い」
「右脇が空いてる」
「叫ぶ暇があったら剣を振れ」
パシッ、バシッ、ドカッ。
ディーンの木剣が、的確にシヴァの急所(寸止め)や関節を叩く。
一方的な蹂躙。大人と子供、いや、猛獣と子猫ほどの差があった。
観客席のアリアは、紅茶を飲みながら冷静に分析していた。
(……動きが鈍いわね、ディーン様)
周囲はディーンの圧倒的な強さにどよめいているが、アリアの目は誤魔化せない。
(反応速度が通常時の0.8秒遅れ。踏み込みも浅いし、魔力循環も滞っている。……やっぱり、昨夜あまり眠れなかったのかしら)
「うおおおおッ! まだだ、まだ終わらんぞおおお!」
ボロボロになりながらも立ち上がるシヴァ。その闘志だけは立派だ。
ディーンはため息をついた。
「しつこいな。……アリアが見てるんだ。あまり無様な真似はさせないでくれ」
ディーンの瞳が一瞬、鋭く光った。
空気が凍りつくような殺気。
シヴァは本能的な恐怖で足を止めた。
「『風牙』」
ディーンが木剣を一閃させると、真空の刃が走り、シヴァの手から曲刀を弾き飛ばし、さらに彼の腰巻きの紐を正確に切断した。
パラリ。
「あ」
シヴァのズボンがずり落ち、派手な下着が露わになる。
会場に静寂が訪れ、その直後、爆笑の渦が巻き起こった。
「勝負あり、だね」
ディーンは剣を収め、涼しい顔で振り返った。
その背中に、観客席からアリアが駆け寄ってくる。
「ディーン様!」
「アリア、見ててくれたかい? 圧勝だっ――」
「体調が悪いのですね? 顔色が優れませんわ」
アリアはディーンの額に手を当て、心配そうに覗き込んだ。
「あ……いや、その……」
「動きにもキレがありませんでした。本来の貴方なら、あと3秒は早く決着がついていたはずです」
ディーンは苦笑した。
やはり、この婚約者には敵わない。
自分の不調を見抜き、勝利よりも体調を案じてくれる。
「……ごめん。君に心配かけたくなくて」
「もう。後は部屋でゆっくり休んでください。……シヴァ殿下の介抱は、他の方にお任せして」
アリアは下着姿で砂に埋もれているシヴァには目もくれず、ディーンの手を引いて歩き出した。
その光景を見て、シヴァは砂を噛み締めながら涙を流した。
「負けた……。武力でも、愛の深さでも……完敗だ……」
こうして、筋肉対決はディーンの圧勝で幕を閉じ、シヴァの恋も儚く散ったのであった。




