同衾の夜と、すれ違う想い
晩餐会が終わり、案内された部屋に入った二人は、言葉を失った。
「……ベッドが、一つですね」
部屋の中央には、天蓋付きの巨大なキングサイズベッドが鎮座している。
サハルト王国では、婚約した男女は夫婦同然とみなされ、同室にするのが「粋な計らい」なのだ。
「す、すぐに部屋を変えてもらおう! アリアの評判に関わるし……」
「面倒ですわ。このベッドなら二人でも十分広いですし、効率的ではありませんか」
アリアは平然と言い放ち、さっさとドレスを脱ぎ始めた。そして魔法を使い、就寝用のドレスに一瞬で着替えた。
(ええっ!? 早い! そして無防備!)
ディーンは慌てて後ろを向く。心臓が早鐘を打っている。
しかし、アリアの思考は冷めていた。
(……やっぱり。私が着替えても、反応なしか)
前世の記憶。ディーンはリナに対しては、それこそ理性のタガが外れた獣のように求めていた。
だが、今世のアリアに対しては、指一本触れてこない。
キスすら、手の甲にする儀礼的なものだけだ。
(まあ、当然ね。私は彼にとって「厳しい教官」であり、「頼れる相棒」でしかないのだから)
(私だって、彼のことは「最高傑作の作品」であり、「便利なダンジョンパス」としか思っていないもの)
アリアは自分にそう言い聞かせた。
胸の奥が少しチクリとしたが、それはきっとサハルトの香辛料のせいだと結論づけた。
「ディーン様、私は先に休ませていただきます。明日は筋肉……いえ、手合わせがありますから、しっかり休んでくださいね」
「あ、ああ……おやすみ、アリア」
アリアはベッドに潜り込み、『強制睡眠』を自分にかけて、3秒で夢の世界へ旅立った。
規則正しい寝息が聞こえ始める。
残されたディーンは、バスローブ姿でベッドの端に腰掛け、頭を抱えた。
「……拷問だ」
隣には、愛してやまない婚約者が無防備に寝ている。
ディーンはアリアへの恋心に気付いたとき、俺は変態か?と、悩んだこともあった。相手は婚約者とはいえ、ドラゴンすら足蹴にする猛者だ…しかし、銀髪が枕に広がり、月光に照らされた寝顔は天使のように美しい。
触れたい。抱きしめたい。口づけたい。
男としての本能が暴れ出しそうになる。
「でも……ダメだ。アリアは僕を信頼してくれているからこそ、こうして隣で寝てくれているんだ」
もしここで手を出せば、このアリアのことだ。
「ディーン様、発情期ですか? 『去勢』しますか?」と真顔で言われかねない。
いや、それ以上に、彼女の信頼を裏切ることが怖かった。
(僕は……君が望むまで、指一本触れないと誓ったんだ)
ディーンは震える手で自分の太ももをつねり、理性を総動員して欲望を抑え込んだ。
アリアの寝息をBGMに、天井の模様を数えること数千回。
羊ではなく、倒してきたゴブリンの数を数え始めた頃、ようやく空が白み始めた。
「……おはようございます、ディーン様。……目の下にクマができていますわよ?」
「お、おはよう……。少し、緊張して眠れなくてね……」
翌朝、爽快に目覚めたアリアと、げっそりとやつれたディーン。
二人の認識のズレは埋まらないまま、運命の筋肉対決の日を迎えるのだった。




