筋肉の宴と、ソムリエの品定め
その日の夜。王宮の大広間にて、歓迎の晩餐会が開かれた。
サハルト王国特有の熱気と、スパイスの香り、そして陽気な音楽が会場を満たしている。
だが、アリアの目を釘付けにしたのは、料理でも装飾でもなかった。
(……素晴らしいわ)
アリアは扇子で口元を隠しながら、目を細めた。
この国の正装。それは、鍛え上げられた上半身を惜しげもなく晒すスタイルだった。
日々の過酷な環境と鍛錬によって培われた、鋼のような肉体美。
褐色の肌に浮き出る血管、引き締まった腹筋、隆起する大胸筋。
(ドガ殿下の大胸筋……推定硬度Aプラス。無駄のない実用的な筋肉ね)
(シヴァ殿下の腹筋……シックスパックのバランスが良いわ。瞬発力に優れていそう)
アリアの脳内では、『筋肉鑑定スキル』がフル稼働していた。
これは恋愛感情などではない。
「強さ」を追い求める者としての、純粋な機能美への賛美である。
いわば、最高級の武器や防具を見ている時と同じテンションだ。
「やあ、アリア嬢。体調は良くなったかい?」
シヴァが自信満々に近づいてきた。
彼もまた、自慢の肉体をオイルでテラテラと光らせ、アピール全開だ。
「ええ、おかげさまで。シヴァ殿下も……大変素晴らしいお体ですわね」
アリアがうっとりとした目(筋肉を見ている)で言うと、シヴァは「勝った!」と確信した。
「はっはっは! そうだろう? この国の男にとって、筋肉は名刺代わりだからな。君のような華奢な花には、俺のような強靭な盾が必要だと思わないか?」
シヴァはグイグイと距離を詰める。
その横で、ディーンのこめかみに青筋が浮かんでいた。
(……近い。近すぎるぞ、あの筋肉ダルマ!)
ディーンはグラスを持つ手に力が入り、危うく粉砕しそうになっていた。
何より悔しいのは、アリアが満更でもなさそうな顔をしていることだ。
頬を少し紅潮させ、熱っぽい視線を送っているように見える。
(アリア……まさか、あんな野生的なタイプが好みだったのか? 僕の細マッチョでは不満なのか……?)
ディーンの内心は大嵐だった。
嫉妬と、敗北感と、焦燥感。ポーカーフェイスを保っているのが奇跡に近い。
だが、彼は知らない。
アリアの視線が、シヴァからディーンへと移り、そこで最も熱く輝いたことを。
(ふふっ、でもやっぱり……)
アリアは、隣で憮然としているディーンの身体を、服の上から透視する勢いで見つめた。
(ディーン様の筋肉バランスが至高ね。私のスパルタ特訓で鍛え上げられた、柔軟性と剛性を兼ね備えた筋肉。……特にあの上腕二頭筋のキレは、シヴァ殿下より2ランク上だわ)
『鑑定結果:ディーンの筋肉 >>> サハルト兄弟』
アリアの中で勝敗は決していた。
やはり手塩にかけて育てた「作品」が一番なのだ。
「……アリア? どうかした?」
「いいえ。ただ、ディーン様が一番素敵だと思いまして」
アリアがボソリと呟くと、ディーンは耳まで真っ赤にして固まった。
「えっ……? あ、ありがとう……?」
「ふん、口先だけのお世辞など!」
シヴァが対抗心を燃やして割り込む。
「口先だけではありませんわ。……そうだわ、せっかくですから」
アリアは悪戯っぽく微笑み、提案した。
「明日、お二方で手合わせなどいかがですか? その素晴らしい筋肉が、どれほどの実用性を伴っているのか……私、とても興味がありますの」
「望むところだ! 俺の強さを証明してやる!」
「……受けて立つよ。アリアの婚約者として、負けられないからね」
シヴァは愛のために。
ディーンは嫉妬とプライドのために。
そしてアリアは、高レベル同士の戦闘データを採取(と筋肉鑑賞)するために。
それぞれの思惑が交錯する中、砂漠の熱い夜は更けていくのだった。




