それぞれの思惑と、回復する猛獣
明けましておめでとうございます!
サハルト王城、皇太子の執務室。
兄である皇太子ドガは、頭痛をこらえるようにこめかみを押さえていた。
「……シヴァ。お前はバカか?」
「なっ、酷いぞ兄上! 俺は真実の愛を見つけたと言っているのだ!」
机を叩いて抗議する弟シヴァに対し、ドガは冷ややかな視線を向けた。
「相手は他国の、それも皇太子ディーン殿下の婚約者だぞ。略奪など国際問題になる。そもそも、彼女は本当に『病弱で可憐』なのか?」
ドガの手元には、事前に潜入させていた諜報員からの報告書があった。
そこにはこう記されている。
『バスク公爵令嬢アリア。別名:聖女殺し、拳聖、歩く戦略兵器。注意:絶対に敵に回してはいけない』
「報告書と、お前の話が全く噛み合わんのだ。片や『ドラゴンを素手で殴り殺す女傑』、片や『風が吹けば飛びそうな病弱令嬢』。……同姓同名の別人か?」
「兄上の諜報員が節穴なんだろ! 俺はこの目で見たんだ! 港でふらつき、自分の足で歩くことすらできず、殿方に抱きかかえられて涙を流す彼女を!」
「……ふむ」
ドガは顎を撫でた。
もしシヴァの言うことが本当なら、報告書が大袈裟すぎるのか、あるいはアリアが何らかの病を得て弱体化しているのか。
(……まあ、会えばわかることか)
「とにかく、無茶はするなよ。相手は国賓だ」
「わかっているさ! だが、愛に国境はない!」
シヴァは鼻息荒く部屋を出て行った。
廊下で待っていた側近に、早速詰め寄る。
「おい! どうすれば彼女と結婚できる!? 婚約者がいるなら、奪えばいいだけだろ? 決闘か? それともサハルト流の『誘拐婚』か?」
「……殿下。誘拐婚は百年前に廃止されましたし、決闘も相手が受けるとは思えません。まずは普通にアプローチなさっては?」
側近は遠い目をした。
(あの報告書が本当なら、誘拐しようとした瞬間に殿下の首が飛びそうですが……まあ、一度痛い目を見ないと治らないでしょう)
***
一方、王城の客室。
豪奢なベッドの上で、アリアはゆっくりと体を起こした。
「……ふぅ。だいぶ気分が良くなりましたわ」
顔色は戻り、瞳にはいつもの強い光が宿っている。
船酔いのダメージは、ディーンの献身的な看護と、陸に上がってからの休息でほぼ回復していた。
「よかった。スープを持ってきたよ、アリア」
「ありがとう、ディーン様」
ディーンが差し出したスパイシーなスープを一口飲む。
サハルト特有の香辛料が効いたそれは、アリアの体に活力をみなぎらせた。
「美味ですわ。……さて、復活しましたし」
アリアはベッドから降り、軽くストレッチをする。
骨がポキポキと鳴り、全身に魔力が循環するのを感じる。
「そろそろ『観光』の計画を立てましょうか?」
「ア、アリア? まだ病み上がりなんだから、無理は……」
「大丈夫ですわ。むしろ体が鈍っていますの。少し運動しないと」
アリアはニッコリと微笑んだ。
その笑顔は、可憐な令嬢のものではなく、獲物を見つけた狩人のそれだった。
「まずは、この城の地下にあるという『王家の宝物庫』……いえ、挨拶回りが先でしたわね。ふふっ」
完全復活したアリア。
シヴァ王子の夢(幻想)が砕け散るカウントダウンは、刻一刻と迫っていた。




