砂漠の国と、勘違いの恋心
サハルト王国の港に、一行を乗せた船が到着した。
照りつける太陽、乾いた風。
本来なら「暑い!」と悲鳴を上げるところだが、アリアにはそんな元気すらなかった。
「うぅ……地面が……揺れている気がします……」
「アリア、しっかり。もう陸だよ」
タラップを降りる際、アリアは自力で歩くことすらままならず、ディーンにお姫様抱っこされていた。
あの最強のアリアが、小鹿のように震えている。
その姿は、誰がどう見ても「深窓の儚げな令嬢」だった。
「くっ……屈辱ですわ……! 自分の足で歩けないなんて……!」
「いいじゃないか。たまには僕に頼ってよ」
「頼るとかそういうレベルでは……うっぷ」
「おっと、大丈夫かい?」
ディーンはアリアの背中を優しく叩きながら、満面の笑みを浮かべていた。
(弱っているアリア……最高に可愛い……!)
不謹慎極まりないが、普段は自分が守られる側であることが多い彼にとって、アリアを守り、支えられるこの状況は至福の時間だったのだ。
***
用意された王家専用の馬車に乗り込み、一行は王都を目指す。
車内は空調魔道具が効いていて快適だ。
「……んぅ……」
「よしよし、いい子だね。もう少し眠るといい」
ディーンはアリアを膝枕し、その銀髪を愛おしげに撫で続けていた。
アリアも船旅の疲れが出たのか、心地よさそうに寝息を立てている。
その向かい側には、同行している侍女と執事(ガイルとロイドは御者台と護衛)が座っていた。
彼らはその光景を見て、複雑な表情を浮かべていた。
(……絵面だけ見れば、最高の純愛カップルなんだけどなぁ)
(このお嬢様が、数日前にクラーケンを素手で殴り殺そうとして船員に止められた方だとは、誰も思うまい……)
平和で、しかしどこか歪んだ愛に満ちた馬車は、砂塵を巻き上げて王都へと進んでいく。
***
一方その頃、サハルト王城の一室。
「見つけたぞ……! ついに見つけた!」
褐色の肌に精悍な顔立ちをした青年が、興奮気味に叫んでいた。
サハルト王国第二王子、シヴァ。
彼は港に潜伏し、他国の使節団の様子を視察していたのだが、そこで運命の出会いをしてしまったのだ。
「あの白き肌……折れそうなほど細い肢体……そして、殿方に抱えられなければ歩けないほどの儚さ……!」
シヴァはうっとりと天井を仰いだ。
この国は過酷だ。女性も逞しく、日焼けして筋肉質な者が多い。
だからこそ、アリアのような「深窓の令嬢」タイプは、彼にとって未知の宝石のように映ったのだ。
「可憐だ……。守ってやりたい……。あれこそが、俺が求めていた運命の女性だ!」
「はぁ……殿下、またですか」
側近が呆れたようにため息をつく。
シヴァは惚れっぽく、これまでも何度か「運命」を見つけては玉砕してきた。
「今度こそ本物だ! 報告によれば、あれはバスク公爵家のアリア嬢だな? 病弱で、少しの衝撃でも壊れてしまいそうな硝子細工のような女性だと聞いたぞ(※シヴァの脳内補正済み)」
「はぁ、まあ、見た目はそう見えましたが……」
「よし! 兄上の結婚式の余興として、俺も婚約を発表してやる! あの儚い令嬢を、この俺の腕で守り抜いて見せるのだ!」
シヴァは立ち上がり、マントを翻した。
彼にはまだ知る由もなかった。
その「儚い硝子細工」が、実際にはダイヤモンドよりも硬く、ドラゴンをも素手で屠る「人型最終兵器」であることを。
そして、その隣にいる優男が、その兵器の安全装置兼・狂信的な守護者であることを。
砂漠の熱風と共に、勘違いから始まる恋の嵐が吹き荒れようとしていた。




