荒波と、最強令嬢の弱点
「うぅ……気持ち悪い……」
豪華客船の最上級スイートルーム。
そのトイレから、悲痛な呻き声が聞こえてきた。
最強の令嬢、アリア・バスク・チュール。
ドラゴンを素手で殴り、聖魔法の暴走を拳骨で止める彼女が、今は便器にしがみついて震えている。
「アリア、大丈夫かい? 水を持ってきたよ」
背後から、ディーンが心配そうに声をかけ、冷たい水とタオルを差し出す。
アリアは青白い顔でそれを受け取った。
「ありがとう……ディーン様……」
そう、アリアは船酔いが酷かった。
前世でもそうだったが、今世では『三半規管強化』や『平衡感覚補正』などのスキルを取得していたため、油断していたのだ。
どうやら、スキルの補正を超えて、船の揺れとアリアの身体能力の相性が最悪(敏感すぎる)らしい。
「情けないですわ……。魔物を何千体倒しても、波には勝てないなんて……」
「そんなことないよ。弱っているアリアも……その、可愛いよ」
「今それを言うのは嫌味ですか?」
「ご、ごめん!」
ディーンは慌てて謝り、アリアの背中を優しくさする。
その手つきは慣れたもので、アリアの呼吸に合わせて的確にツボを刺激している。
完全に「プロの介護士」または「オカン」のスキルである。
一方、甲板では。
「おい、新入り。ロープの結び方が甘いぞ」
「はっ! 申し訳ありません!」
アリアの護衛としてついてきたガイルとロイドが、なぜか船員たちに混じって作業をしていた。
しかも、その動きが尋常ではない。
重さ数百キロの荷物を小指一本で持ち上げたり、マストの頂上まで一瞬で跳躍したりしている。
それを遠巻きに見ているのが、皇太子直属の近衛騎士団の5人だ。
「……なぁ、隊長。あいつら何者なんですか?」
「公爵家の私兵……らしいが」
「嘘でしょ。さっき、海から飛び出してきたサメ型の魔物、デコピンで粉砕してましたよ?」
近衛騎士たちは戦慄していた。
彼らも国の精鋭であり、誇り高き騎士だ。
しかし、ガイルとロイドの実力は次元が違った。
試しに手合わせを申し込んだところ、5人がかりで挑んでも、ガイルの左手一本にあしらわれたのだ。
「あれがアリア嬢の『下僕』……いや、直属の騎士か」
「俺たち、護衛として役に立つんですかね……?」
「……荷物持ちくらいにはなれるさ。誇りを捨てろ、生き残るために」
近衛騎士団長は遠い目をして海を見つめた。
この旅において、自分たちの役割は「皇太子の威厳を保つための飾り」であることを、彼らは早くも悟っていた。
***
「うっぷ……もう無理……」
「アリア、あと半日で到着だ。頑張れ」
船酔いで戦闘不能のアリア。
彼女を全力で介護するディーン。
そして、規格外の強さで船の平和(と船員たちの仕事)を守るガイル&ロイド。
奇妙な一行を乗せて、船は過酷なる大地、サハルト王国へと近づいていく。
到着すれば、そこには灼熱の砂漠と、アリアの体調を一瞬で回復させるであろう「お宝」が待っているはずだ。




