公爵家の変貌と、旅立ちの報告
サハルト王国への出発を控えたある日。
アリアは旅の報告をするため、実家の公爵邸を訪れていた。
「ただいま戻りました、お父様、お母様」
アリアが裏庭へと足を運ぶと、そこには貴族の屋敷とは思えない光景が広がっていた。
かつては美しく剪定された生垣や、色とりどりのバラが咲き誇っていた庭園。
今は――
「おい母さん! そのカボチャはまだ早いぞ! 葉の色をよく見るんだ!」
「あらあなた、こっちのニンジンは見事ですわよ! ペガちゃんも食べたそうにしていますわ!」
麦わら帽子を被り、首にタオルを巻いた公爵と夫人が、泥だらけになって畑作業に勤しんでいた。
その横を、白い翼を持つ巨大な馬――ペガサスが「ヒヒーン!」と嘶きながら走り回っている。あの日、リナの暴走で生まれ、アリアの拳骨で大人しくなった幻獣だ。今ではすっかり懐き、公爵家のマスコット兼害獣駆除係として働いている。
「……随分と板についてきましたわね」
アリアが声をかけると、夫妻はビクッと体を震わせ、直立不動になった。
鍬とじょうろを持ったままの敬礼。シュール極まりない。
「あ、アリア! 帰っていたのか!」
「お帰りなさいアリアちゃん! ど、どうかしら今日の収穫は!?」
夫妻の目には、娘への愛情というより、教官に対する怯えと承認欲求が見え隠れしていた。
彼らがこうなったのは、ベルンの「田舎に隠居するなら、自給自足くらいできなきゃ野垂れ死にますよ」という、もっともらしい(しかしスパルタな)提案から始まった。
最初は泣きながら土をいじっていた二人だが、作物が実る喜びと、体を動かす爽快感に目覚め、今ではこの通りだ。
「ええ、立派なニンジンですわ。これなら市場に出しても恥ずかしくありません」
アリアが鑑定眼で品質をチェックし、合格点を出す。
夫妻は「やった……!」「アリアに褒められた……!」と手を取り合って喜んだ。
かつてアリアを「出来損ない」と呼んでいた二人とは思えない変貌ぶりだ。
「ところで、お話がありますの」
「な、なんだろうか? もしや、また新しいトレーニングメニューか……?」
公爵が戦々恐々とする。
前回、「足腰が弱い」と言われてスクワット1000回を課せられた悪夢が蘇る。
「いいえ。夏休みの間、ディーン様と共にサハルト王国へ行ってまいります」
「サハルト……? あの過酷な?」
「ええ。少し用事がありまして」
アリアはニッコリと笑った。
その笑顔の意味(秘宝強奪)を察することはできないが、少なくとも自分たちへの新たな課題ではないことに、夫妻は安堵のため息をついた。
「そ、そうか! 気をつけて行ってきなさい!」
「お土産は乾燥に強い作物の種がいいわね!」
「承知しました。……あ、それと。留守の間、ペガちゃんの散歩(飛行訓練)もお願いしますね。一日最低50キロは飛ばないと運動不足になりますから」
「ご、50キロ……!?」
「ベルンお兄様にも伝えておきますので。サボったら……わかりますよね?」
アリアが視線だけで庭の巨岩(ベルンが素手で砕いた残骸)を示すと、夫妻は高速で首を縦に振った。
「は、はい! 任せておけ!」
「ペガちゃんと一緒に空を飛びますわ!」
「よろしい。では、行ってまいります」
アリアは優雅にカーテシーをし、踵を返した。
背後から聞こえる「急いで準備だ!」「ペガちゃんの鞍を持ってきて!」という元気な声をBGMに、アリアはいよいよ冒険への準備を進めるのだった。




