灼熱の国と、涼しげな野望
王立魔法学園のカフェテリア。
優雅なランチタイムの最中、ディーンが重々しい口調で切り出した。
「アリア。……実は夏休みの間、少し会えなくなるかもしれない」
アリアはフォークを止めた。
会えない? あの「アリア成分が足りないと手が震える」と言い出したディーンが?
よほどの事情があるのだろう。
「公務ですか?」
「ああ。海の向こう、サハルト王国の皇太子が結婚することになってね。その祝賀使節として私が赴くことになったんだ」
サハルト王国。
その名を聞いた瞬間、アリアの脳内でアキラの記憶データベースが高速検索を始めた。
『検索結果:サハルト王国』
『環境:地獄。砂漠と断崖絶壁。日中は殺人的な暑さ、夜は凍える寒さ。雨が降れば鉄砲水』
『備考:なんで人住んでるの? レベル』
そして、最も重要な情報がポップアップする。
『重要:【灼熱の地下迷宮】が存在。教会管理ダンジョン・ワースト5の一角。複数のゲームタイトルで「隠しダンジョン」として登場。レアアイテムの宝庫』
アリアの紫の瞳が、ギラリと怪しく輝いた。
「……サハルト王国。素晴らしい国ですわね」
「えっ?」
ディーンが耳を疑うような反応をした。
彼はアリアを心配させまいと、言葉を選んで説明を続ける。
「い、いやアリア。あそこは素晴らしいというか……過酷なんだ。見渡す限りの砂漠に、ナイフのような断崖絶壁。水は貴重品で、ひとたび雨が降れば全てを押し流す大洪水になる。……とてもじゃないが、君のような淑女が行くべき場所じゃない」
ディーンは真剣だった。
彼はこの一年で強くなったが、それでもアリアを危険な目(というより不快な環境)に合わせたくないという過保護さは変わっていない。
「だから今回は、私一人で行くよ。お土産は期待していてくれ」
ディーンがそう締めくくろうとした時、アリアがニッコリと微笑んだ。
逃しませんよ、という捕食者の笑みだ。
「あら、ディーン様。私、実は以前からサハルト王国の……ええと、独特な地層? に興味がありましたの」
嘘である。興味があるのは地層の下に埋まっているお宝だ。
「それに、そんな過酷な環境にディーン様をお一人で行かせるなんて、婚約者として耐えられませんわ(ダンジョンに入るパスとしてディーン様が必要不可欠です)」
「アリア……君は……」
ディーンが感動に瞳を潤ませる。
しかし、まだ首を縦には振らない。
「気持ちは嬉しい。だが、あの暑さは異常だ。君の美しい肌が焼けてしまう」
「『氷結結界』を常時展開しますので、私の周囲半径3メートルは常に気温20度ですわ」
「……えっ」
「水不足も問題ありません。『無限水瓶』を持っていますし、最悪、大気中の水分を凝結させます」
「……」
「洪水? 水分補給の手間が省けていいのではありませんか? 『水上歩行』と『飛行』があれば、ただの高速移動ルートです」
アリアは指折り数えながら、サハルトの環境問題を全て魔法(物理)で論破していく。
そして最後に、トドメの一撃を放った。
「何より……異国の地で、もしディーン様に何かあったら。……私以外の護衛で、ディーン様を守りきれるとでも?」
アリアがじっとディーンを見つめる。
その瞳の奥には、「私以外に貴方の背中を預けるつもり?」という独占欲(に見せかけた管理欲)が見え隠れしていた。
ディーンの頬が赤く染まる。
「……うっ。……確かに、アリア以上に頼もしい護衛は世界中どこを探してもいない、が……」
「決まりですね。すぐに支度を整えますわ」
アリアはパンと手を叩き、勝手に話をまとめた。
ディーンは深いため息をついたが、その顔はどこか嬉しそうだった。
やはり、アリアと離れるのは彼にとっても苦痛だったのだ。
「……わかったよ。ただし、絶対に無理はしないこと。僕のそばを離れないこと。いいね?」
「ええ、もちろんですわ(ダンジョン内では別行動になるかもしれませんけど)」
こうして、アリアの「サハルト王国・秘宝強奪ツアー」への参加が決定した。
過酷な環境?
アリアにとっては、ただの「ギミックの多いアトラクション」に過ぎないのだ。




