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聖女の暴走と、聖なる拳骨

「嘘よ……嘘よ嘘よ嘘よぉぉぉッ!!」


リナの絶叫が謁見の間に響き渡った。

断罪の空気に耐えきれなくなった彼女の精神が、ついに決壊したのだ。

負の感情に呼応するように、彼女の中の聖魔法がどす黒く濁り、暴走を始める。


「私はヒロインなのよ! なんで上手くいかないの! 全部、全部あいつのせいよぉッ!」


リナから放たれた衝撃波が、周囲の騎士たちを吹き飛ばす。

そして、その余波が、台座に置かれていた本物の聖遺物たちをも刺激した。


ゴゴゴゴ……!


『魔力の聖杯』が激しく震え出し、制御不能な魔力の奔流を噴き上げ始めた。

さらに悪いことに、隣にあった『幻獣の卵』にヒビが入る。


ピキッ、パリンッ!


「ギャオオオオッ!!」


殻を破って飛び出したのは、生まれたてにして巨大な体躯を持つ『天馬ペガサスの亜種』だった。

聖なる獣のはずが、リナの暴走した魔力を浴びて凶暴化し、赤い目を光らせて暴れまわる。


「ひぃぃっ! ば、化け物だ!」

「聖遺物が暴走したぞ! 逃げろ!」


王族や貴族たちがパニックに陥り、逃げ惑う。

謁見の間は瞬く間に阿鼻叫喚の地獄と化した。

ディーンが必死に剣を抜くが、暴れまわる幻獣と溢れ出す魔力の濁流に、足がすくんで動けない。


「あはははは! 壊れちゃえ! 全部壊れちゃえばいいのよ!」


リナは狂ったように笑いながら、さらに魔力を放出する。

このままでは城が半壊しかねない。


――その時だった。


「……はぁ。うるさいわね」


呆れたような、しかしよく通る声が響いた。

アリアだ。

彼女は扇子をしまい、ドレスの裾を少し持ち上げると、カツカツとヒールの音を響かせて暴走の中心へと歩み出した。


「ア、アリア! 危険だ!」


ディーンの制止も聞かず、アリアはまず、魔力を噴き上げる聖杯の前に立った。


「魔力が垂れ流しじゃない。勿体ない」


アリアが聖杯に手を触れる。

吸収ドレイン』。

ただそれだけ。

限界突破したアリアの魔力許容量キャパシティにとって、聖杯から溢れる魔力など、コップ一杯の水にも等しい。

ズズズ……と音を立てて魔力が吸い尽くされ、聖杯は大人しく鎮座したただの杯に戻った。


「まずは一つ」


次に、アリアは暴れまわる幻獣を見上げた。

天馬はアリアを新たな敵と認識し、鋭い蹄を振り上げて襲いかかってくる。


「シッ!」


アリアは避けない。

真正面から、その鼻っ柱に、美しく握り込んだ拳を叩き込んだ。


ドォォォォンッ!!


城全体が揺れるほどの衝撃音。

「聖なる拳骨」とも呼ぶべきその一撃は、幻獣の脳を揺らし、意識を刈り取るには十分すぎた。


「キュゥ……」


白目を剥いた天馬が、ドサリと床に沈む。

一撃必殺。


「はい、二つ」


そして最後に、アリアは呆然と立ち尽くすリナの前に立った。

リナの周りにはまだ暴走した聖魔法が渦巻いているが、アリアはそれを手で払うように霧散させながら近づいていく。


「な……なんで……? 私の魔法が……」

「貴女のそれは魔法じゃないわ。ただの癇癪よ」


アリアは冷ややかに告げると、リナの額に指先を当てた。


「少し頭を冷やしなさい。『強制鎮静カーム・ダウン』」


パチン。

指先から流し込まれた強制的な鎮静魔法により、リナの暴走は瞬時に停止した。

糸が切れた操り人形のように、リナはその場に崩れ落ち、深い眠りについた。


静寂が戻った謁見の間。

アリアは乱れた髪を指で直し、何事もなかったかのように王の方を向いてカーテシーをした。


「お見苦しいところをお見せしました、陛下。……掃除が終わりましたので、続きをどうぞ?」


王も、ディーンも、騎士たちも、ただ口を開けてアリアを見つめることしかできなかった。

「掃除」のレベルが違いすぎる。

この日、アリア・バスク・チュールは「聖女をも黙らせる拳聖」という新たな二つ名(非公式)を獲得したのだった。

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