聖女の堕落と、守護の腕輪
数日後、王城の謁見の間。
そこには、教会の司教と、聖女としての正装に身を包んだリナの姿があった。
名目は「皇太子殿下とアリア様の婚約を祝う、聖遺物の献上」。
王族や高位貴族が見守る中、リナは恭しく箱を差し出した。
「教会より、お祝いの聖遺物をお持ちしました。……そして、こちらは私個人から、ディーン殿下へのお祝いの品です」
リナは震える手で、もう一つの小さな箱を差し出した。
中身は、あの『魅了の小箱』。
公的な献上品に紛れ込ませて渡すという、大胆かつ不敬極まりない作戦だ。
だが、受け取らせてしまえばこっちのもの。魅了が発動すれば、ディーンはその場でリナの虜になり、全てを不問にするはずだ。
「……ほう」
玉座の近くに控えていたディーンが、眉をひそめながらも箱を受け取る。
アリアはその隣で、扇子で口元を隠しながら静観していた。
(来たわね。教会まで巻き込んで、随分と大きく出たものだわ)
ディーンが箱の蓋を開けた瞬間。
ボワッ! と毒々しいピンク色の霧が吹き出し、ディーンの顔を覆った。
「なっ……!?」
「殿下!」
周囲の騎士たちが色めき立つ。
リナは心の中で勝利を叫んだ。
(やった! かかった! さあ、私を愛して!)
しかし。
キィィィン……!
ディーンの左手首にある銀のブレスレットが、眩い光を放った。
その光はピンク色の霧を一瞬で浄化し、霧散させたのだ。
ディーンの瞳に、濁りはない。
あるのは、明確な殺意と、信じられないものを見る驚愕だけだ。
「……効かない……!?」
リナが思わず声を漏らす。
ディーンは自分の手首で輝くブレスレットを見つめ、ハッとしたようにアリアを見た。
アリアは涼しい顔で、ゆっくりと前に出た。
「あらあら。聖遺物の一つが、誤作動を起こしたようですわね」
アリアは扇子を閉じ、リナの手元にある箱を指差した。
「『隔離』」
アリアが指を鳴らすと、箱が透明な結界に包まれ、宙に浮いた。
その中で、まだ魅了の霧が渦巻いているのが見える。
「こ、これは……」
付き添いの司教が顔面蒼白になる。彼はリナに言いくるめられ、この箱が単なる「お守り」だと聞かされていたのだ。
「ディーン様、ご無事ですか?」
「あ、ああ……。アリア、君がくれたこのブレスレットが光って……俺を守ってくれた」
ディーンは、アリアの予見と対策に戦慄し、同時に深い感謝を覚えた。
もしこれがなければ、自分はどうなっていたか。
恐怖が怒りに変わる。王太子の威厳を纏ったディーンが、鋭い眼光でリナと司教を射抜いた。
「どういうことだ、リナ・アンクバース、そして司教。……これは、私への呪いか?」
「ひっ……!」
「め、滅相もございません! 私は何も知ら……!」
司教が弁解しようとするが、アリアが冷ややかに遮った。
彼女の手には、いつの間にか献上品の目録が握られている。
「おかしいですわね。教会の目録には、この『聖遺物』の記載がありませんわ。……鑑定させていただきます」
アリアの瞳が青く輝く。『鑑定眼(真)』の発動だ。
「……名称『愛の小箱』。分類、S級指定呪物。効果、対象者の精神を破壊し、強制的に隷属させる魅了の呪い。……あら、随分と熱烈なお祝いですこと」
会場が静まり返る。
精神破壊。隷属。
それはもはや、お祝いではなく「国家反逆罪」に等しい。
「ち、違う! 私はただ、ディーン様に……!」
リナが叫ぶが、その声は虚しく響くだけだ。
アリアはゴミを見るような冷たい目で、リナを見下ろした。
「貴女、自分が何を持ち込んだか理解していますの? それは、王族への暗殺未遂と同じ意味を持ちますわよ」
アリアの背後に、幻影の黒龍が見えた気がして、リナはその場にへたり込んだ。
全ての計画が崩れ去り、待っているのは断罪のみ。
アリアの掌の上で踊らされていたことに、今更ながら気づいたリナの目から、絶望の涙が溢れ出した。
ちょっとダークモードなアリアちゃん。いつもは無自覚ざまあムーブをかますアリアも、さすがに呪いまで使われると切れます。




