踏みつけられた恋の予感
リナの名前を変更しました。
王立魔法学園の入学式。
それは、国の未来を担う若き才能たちが集う晴れ舞台である。
特に今年は、皇太子ディーンと、公爵令嬢アリアが入学するとあって、例年以上の注目が集まっていた。
校門の前には、色とりどりの馬車が列をなしている。
その中から、一人の少女が降り立った。
ふわふわとしたピンクブロンドの髪、庇護欲をそそる大きな瞳。
彼女こそ、リナ・アンクバース。
平民出身ながら稀有な光魔法の才能を見出され、伯爵家の養子となった「聖女」であり――前世の記憶を持つ転生者だ。
(来た……! 乙女ゲーム『蒼穹のアルカディア』の世界!)
リナは内心でガッツポーズをした。
前世は地味なオタクだったけれど、今世は違う。私はヒロイン。
シナリオ通りなら、この入学式で皇太子ディーン様が私の落としたハンカチを拾い、恋に落ちるはず!
(悪役令嬢のアリアなんて、私の引き立て役にしてやるわ!)
リナは意気揚々と校門をくぐろうとした。
――だが、その瞬間だった。
「キャアアアアッ! アリア様ぁぁぁ!!」
「アリア様! 今日もお美しいですわ!」
「アリア様、どうか私の靴をお踏みください!」
耳をつんざくような黄色い悲鳴。
リナが呆気にとられて見ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
生徒たちがモーゼの海割りのように左右に分かれ、その中央を銀髪の美女が優雅に歩いてくる。
アリア・バスク・チュールだ。
その美貌はゲームのスチル以上だが、何より異様なのは周囲の熱気だ。
まるで新興宗教の教祖を迎える信者のような、狂信的な眼差し。
そして、そのアリアの隣で、大きなカバンを抱え、必死に人混みをかき分けているのは……
「ど、退いてくれ! アリア様の通り道だ!」
(えっ……あれ、ディーン殿下!?)
リナは目を疑った。
ゲームではクールで俺様な王子様だったはずのディーンが、まるで下っ端のパシリのように動いている。
王子とは思えない所業だが、アリアに対するその姿はあまりにも堂に入っていた。
(な、何なのこれ……シナリオと違う……!)
焦るリナ。だが、まだチャンスはある。
「ハンカチ落としイベント」だ。
リナはアリアたちが近づいてくるタイミングを見計らい、わざとらしくハンカチを取り出した。
「あっ……!」
ヒラリと落ちる白いハンカチ。
計算通り、ディーンの足元へ。
さあ、拾って! そして運命の恋が――
グシャッ。
「……あ」
リナの目の前で、ディーンの革靴がハンカチを無慈悲に踏みつけた。
彼は気づいてすらいない。アリアの進路を確保することに必死で、足元の布切れなど視界に入っていなかったのだ。
「あ、あら?」
アリアが足を止めた。
彼女の目は、踏まれたハンカチに向けられていた。
「ディーン様、何か踏みましたわよ」
「えっ? ……うわっ、ごめん! 誰かのハンカチか?」
ディーンが慌てて足をどける。そこには、王太子の靴跡がくっきりとついた無惨なハンカチが。
「あら、いけない。ディーン様ったら不注意なんだから。ごめんなさいね」
アリアが屈んで拾おうとする。
その動作は自然で、純粋な善意からくるものだった。
だが、周囲の「信者」たちがそれを許さなかった。
「アリア様! そのような汚れたものを、貴女様の手で触れさせてなるものですか!」
シュバッ!
目にも留まらぬ速さで、近くにいた女子生徒がスライディングしてハンカチを回収した。
そして、リナの元へ歩み寄る。
「貴女ね、こんなところに物を落とすなんて。アリア様の通行の妨げになってよ? お気をつけ遊ばせ」
冷ややかな視線と共に、泥だらけのハンカチを突き返されるリナ。
「え、あ、はい……」
リナは完全に気圧されていた。
何これ。私が被害者でヒロインのはずなのに、なんで私が怒られてるの?
しかもアリアが全く悪びれていない。むしろ心配そうな顔をしているのが逆に腹が立つ。
「まあ、そんな言い方をしなくてもいいじゃない。……あら、だいぶ汚れてしまったわね」
アリアはリナの手にあるハンカチを見て、眉をひそめた。
「『浄化』」
アリアが指先を向けると、ハンカチが一瞬で真っ白に輝いた。
それどころか、生地のほつれまで修復され、新品以上の輝きを放っている。
ただの生活魔法ではない。明らかに高位の修復魔法が混ざっている。
「これで大丈夫よ。次は落とさないようにね」
アリアはニッコリと微笑み、再び歩き出した。
その背中に、周囲から感嘆のため息が漏れる。
「さすがアリア様……! 見ず知らずの生徒のハンカチまで綺麗にして差し上げるなんて!」
「なんて慈悲深い……まさに聖女を超えた女神!」
「一生ついていきます!」
リナは、手の中の異常にハイスペックになったハンカチを握りしめ、呆然と立ち尽くした。
ディーンは一度もリナと目を合わせることなく、アリアの後ろをついて行ってしまった。
(う、嘘でしょ……私のイベントが……踏みつけられて終わった……!?)
リナの「ざまあ」な学園生活の幕開けである。
アリア本人は「いいことをしたわ」と満足げなのが、救いようのない皮肉だった。




