地獄と修羅場と、入学前夜
それは、アリアがレベル99に到達してから数日後のことだった。
『王家の墓所』の隠しエリア、『封印の間』。
「ギャアアアアッ!」
断末魔と共に、シークレットボス『カオス・リッチ』が霧散する。
アリアは光り輝くドロップアイテム『限界の宝珠』を手に取ると、ためらいなくそれを握りつぶした。
パリンッ!
その瞬間、アリアの体を金色のオーラが包み込んだ。
脳内に響くファンファーレは、かつてないほど荘厳なものだった。
『限界突破成功』
『レベル上限解放:Lv.99 → Lv.∞(青天井)』
『全ステータス補正値:極大上昇』
「……ふふっ、これよ。この力が欲しかったの」
アリアが恍惚の表情を浮かべる一方、部屋の隅ではディーンが泡を吹いて倒れていた。
ボス戦の最中、カオス・リッチの即死魔法のターゲットになりかけ、アリアに蹴り飛ばされて(物理的に)回避した衝撃で気絶したのだ。
「あら、殿下ったらだらしない。さあ、起きてください。レベルの上限がなくなったのですから、ここからが本番ですよ?」
アリアは容赦なく回復魔法でディーンを叩き起こした。
こうして、アリアの「終わらないレベル上げ」の幕が上がった。
***
それからの数年間は、ディーンにとって筆舌に尽くしがたい地獄だった。
アリアは王家の墓所の深層へ、狂ったように潜り続けた。
地下20階層。『アンデッドキング』の謁見の間。
「我ガ眠リヲ妨ゲ――」
「『聖なる極光』!」
口上を述べる暇もなく、アリアの極大魔法で王が消し飛ばされる。
地下25階層。『アンデッドクイーン』の舞踏場。
「キャハハハ! 新しいオモチャが来――」
「お兄様、右! ガイル、左! ロイド、正面!ディーン様は私と一緒に攻撃しますわよ!」
「「「承知!!」」」
「イヤだぁ!!お母様~~」
下僕トリオによる完璧な連携で、クイーンはミンチにされた。
そして、最深部。地下30階層。『エンシェント・ボーン・ドラゴン』。
「グルルルル……!」
骨だけで構成された巨大な竜が、青白い炎を吐く。
これにはさすがのアリアも、楽しそうに目を細めた。
「いい経験値ね。殿下、囮をお願いします」
「い、嫌だぁぁぁ! 無理だ! 死ぬ! 絶対死ぬ!」
「大丈夫です。『自動蘇生』をかけておきますから、一度死んでも生き返りますわ」
「そういう問題じゃないだろうっ!?」
泣き叫ぶディーンを前線に放り込み、アリアはドラゴンの背後に回り込むと、限界突破した魔力を解放した。
「『終焉の氷獄』!!」
絶対零度の冷気がダンジョン全体を凍てつかせ、ドラゴンごと空間を凍結粉砕した。
***
そんな修羅の日々と並行して、王宮では帝王学の講義が行われていた。
「――というわけで、この場合の税制改革は……」
「はい、先生。その場合は周辺国との貿易摩擦を考慮し、関税率を段階的に……」
アリアは目を輝かせ、教師役の大臣と高度な議論を戦わせていた。
ダンジョンで培った判断力と、アキラの知識、そして『国庫掌握術』スキルの補正により、彼女の政治的手腕はすでに老獪な宰相レベルに達していた。
その隣で。
「……うぅ……骨……ドラゴン……いやだ……帰りたい……」
ディーンは虚ろな目で机に突っ伏していた。
目の下には濃いクマがあり、頬はこけ、時折ビクッと痙攣している。
大臣たちはそれを見て、「ああ、殿下もアリア様のあまりの優秀さに打ちのめされ、必死に勉強されているのだな」と好意的に(?)解釈していた。
***
そして、迎えた15歳の春。
明日はいよいよ、王立学園の入学式である。
アリアは自室のバルコニーで、月を見上げていた。
現在のレベルは『Lv.185』。
この国の、いやこの大陸の歴史上、到達した者はいない領域だ。
「明日から学園生活かぁ……」
アリアは呟く。
ゲームのシナリオ通りなら、学園で『聖女』が現れ、ディーンと恋に落ち、アリアを断罪するイベントが発生するはずだ。
(ふふっ、楽しみね)
アリアはワイングラス(中身は葡萄ジュース)を揺らした。
ディーンが聖女になびく? ありえない。彼はもうアリアへの恐怖と依存で骨抜きだ。
聖女がアリアを断罪する? 物理的にも社会的にも、返り討ちにする準備は万端だ。
「精々楽しませてちょうだいね、ヒロインさん」
月明かりの下、最強の悪役令嬢(予定)は不敵に微笑んだ。
その笑顔は、かつて地下牢で絶望していた少女の面影など微塵もない、絶対強者の輝きに満ちていた。




