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尚文真一郎  露店主  1999年七月

 ―――――1999年七月・・・


 北米大陸にある人口二万ほどで活気のない小さな街に尚文真一郎はいた。

 その小さな街は、曲型的なベッドタウンに較べるとずっと田舎で人目につかずひっそりと暮らせる事が出来る。

 そんな街に、秘密結社「フリーメイソン」所属で、未確認生物「鬼獣」情報開示派の最後のアジトが存在していた。

 そこは米国内の捜査機関などの検査を受けても危険のないように他国のの会社やオフショア企業数十社を経て購入した邸宅で、田舎の眼にはつかない。

 また、敷地周辺には警報のワイヤーや感知装置にという物々しいものが

 張られていた。




 邸宅の部屋全てには、完全武装した情報開示派のメンバーが1人ずついて、監視モニターを絶え間なく見ていた。

 邸宅の二階にある書斎に、ちくわを咀嚼している尚文真一郎がいた。

 服装は、頭に麦藁帽子、黒いサングラス、派手なアロハシャツ、短ズボンに

 下駄という格好だ。

 ちくわをゆっくりと咀嚼しながら、尚文は書斎の窓から見える彗星の光を眺めて

 頬を一瞬だけ強ばらせた。

 地平線近くに堂々たる姿を見せる彗星の光で、黄昏時の街はいつになく明る

 かった。




 その長い尾のエメラルドグリーンの光が、夕焼けの赤紫色と混ざり合って

 不気味な色合いを帯び、尚文の貌を照らしている。

 彗星のこの世のものとは思えぬ姿を、尚文は睨むように見つめていた。

 空に彗星が現れているということは、尚文の全ての行いが無駄に終わったを

 意味していた。

 そして、それは秘密結社「フリーメイソン」にしても全ての努力が報われなかった事を表していた。




 嵐の前に鼻をつくオゾンの臭いがするように、空気が荷電を帯びている様に

 感じる感覚は、尚文に取ってはこれが初めではなかった。

 その感覚ははるか昔に二度感じた事があり、その時も上空に彗星が出現していた。

 その時から、尚文の長い闘いが始まった。

 その出来事は、尚文にとっては、忘れようとしても忘れられない事だった。





 書斎には、尚文の他に白髪を後ろに流した白人の老人が真っ青な表情を浮かべながら項垂れさせていた。

「警備が手薄だった。幾らCIAの秘密工作員や、Navy SEALsの隊員、

 SAS の隊員を揃えてもお粗末なものさ、俺を迎えるにはもう少し工夫しないとな」

 尚文は、流暢な英語でそう告げる。

「ほざけっ、この馬鹿者がっ!! お前のやってきた事は全て無駄になったことが

 わからんのかっ!?」

 両眼に敵讐の炎を燃え上がらせながら、白人の老人が怒鳴る様に応えた。

「鬼獣関連の情報を一般開示する自由も許可も与えてられていない。

 その事について本当に理解していない、お前さんには言われたくはないな」

 尚文は窓から視線を外し、白人の老人に視線を向けながら応える。

「『全て』を世間から隠すよりはいいだろう、真一郎!! こちら側には

 膨大な資金と力がある。 お前にその価値がわかるまい」

 白人の老人が怒気の孕んだ声で告げる。




「俺だってそのぐらいは分かる。だが、お前さん側みたいに『鬼獣』を利用し、

 軍需産業で売上高の拡大をするよりはマシだろ?。

 それと、俺のいるこちら側には、規律と組織がある」

 尚文は、左手に持っていたちくわを咀嚼しながら応える。

 右手にはサプレッサー付きのベレッタ92を握っている。

「・・・お前は『鬼獣』を駆逐するために闘ってきたはずだ それが今では

 人殺しも 平然と行うとはな!!

 今お前に残っているのは、ただ馬鹿っぷりをさらけ出す勇気だけかっ!」

 白人の老人が睨みながら告げる。

「『鬼獣』をどうにか利用して、金集めに狂奔しているお前さんには言われたく

 ないな。

 まったく思い上がりやがって!! 自分達が一番優れているからどうにかなる

 とも思っていたのか?」

 尚文は何処か呆れた様な表情を浮かべながら応える。

「実際そうだった!! 我々が知っている限り『キューバ危機』以降、お前は

 人殺しと破壊活動以外で何をしてきたっ!!」

 白人の老人が告げる。




「俺の生まれた国を、育った故郷を、信頼する友を 全て劫掠尽くした『鬼獣』

 をお前ら情報開示派は、利用しようとした!!

 さらに、まだ闘う覚悟も準備も不十分な今の全人類に対して、『鬼獣』の情報開示を行おうとしたっ!! それらの事が許される行為だと思っていたのかっ。

 それと、お前達が思っているほど、『鬼獣』は弱くも甘くはない!」

 尚文は怨嗟と憎悪に満ちた声で応えた。

 サングラスで隠している尚文の双眸の瞳は、闇よりも深い闇の底から、

 凄まじいまでの魂の雄叫びを発している。

「ーーーー いいや、我々は違う。お前も早く気付け。

 お前が昔から言い続けていた、大規模鬼獣の出現予兆はすでに始まった!!

 しかし、それでもこの道を歩き続けるならば、お前はやがて孤独になるぞっ」

 そのあまりにも怨嗟と憎悪に満ちた声に、白髪の老人の動きが止まりながらも、

 そう告げた。

 感情を全面に出してきた、尚文の姿など過去に一度も見た事はなかった。



「そんな事は遙か昔からわかっている。

 だから、俺は、この世界から一匹残らず鬼獣を駆逐する。

 そして闘う覚悟を決めた全人類の人々、一人一人に武器を売る。

 それ以外に何もする気はない」

 尚文は、さらに冷たい声音で応えた。

 聞く者を震え上がらせる様な声だ。

「・・・真一郎、何事も自分の思い通りになると思うなよ。

 そのまま歩み続ければ、必ず押しならべて世界はお前に牙を剥く。

 現実をみろーーーー『鬼獣』の殲滅が叶うと思うのか?」

 白人の老人は、憐憫の混じった声で告げる。

「ーーーー 俺の望みが叶ったとしてもほんの刹那かもしれない。

 そして、俺はいずれ世界に牙を向かれ弾かれるかもしれない。

 さらに、俺はそれらを破壊するかもしれない。

 そこの所はずいぶん昔から弁えているが、考えても仕方がない事だ」

 尚文は、サプレッサー付きのベレッタ92の安全装置を外しながら応える。



「真一郎、お前は今まで楽をしてきたんだよ! 開示派にもお前に同情的な

 人間はいたんだ。

 お前は称賛もされずに長年良い仕事をしてきて、開示派内でもかなり尊敬

 されていた。

 開示派内から『目撃しだい射殺』指令が出たときも、その根拠やお前を

 抹殺する原因となった『正体』に疑いを持って、抗命ぎりぎりの態度をとった

 人間もいたっ!!

 だが、これからはこの大規模鬼獣以降、お前の肩を持つ人間は世界から一人も

いなくなるだろう。

 お前は『鬼獣』だけではなく、世界とも闘う事になるんだっ!!

 エシュロンの生半可な追跡や、省庁間の連絡文書や、インターポールの監視要請

 程度ではすまされない。

 



全世界の情報機関は、第一階層の索敵殺戮ティーム多数を調整して動かす

 だろう。

 世界各国の特殊活動部特殊作戦グループ軍補助工作員、戦闘適応群、数多の賞金

 稼ぎの代理追跡ティーム、ありとあらゆるものがお前に集中する様に

 手配される。

 ・・・・今後、お前が下に入り込める様な洞穴は何処にも無く、お前を

 支援する馬鹿は何処にもおらず、お前を入国させるような厚かましい国は何処にも存在しないはずだっ。

 ・・・真一郎、お前の『生まれた時代』に存在しなかった諜報機関の実力を

 侮るなよ」

 白人の老人は、それ以上他に何も言わなかった。




「・・・侮ってはいないが、『ムー大陸』育ちの人間を甘く見ては困るな。

 入り込める様な洞穴がなければ、洞穴を掘るし、支援する馬鹿が何処にも

 いなけば、その馬鹿を増やすし、入国させるような厚かましい国が無ければ、

 友好を深められる国を合法非合法の手段を選ばず探して見つけだす。

 その間でも、『ムー大陸』や友人や知人が 多かった『アトランティス大陸』を

 劫掠尽くした鬼獣を一体(匹?)でも多く狩りつくしてやる」

 尚文はそう静かに応えた。




 長い沈黙の後、尚文は、白人の老人の貌に狙いをつけていたサプレッサー付きの

 ベレッタ92の引き金を絞った。

 白人の老人の貌に第三の眼をあけると、さらに胸に向けて狙いを定めて引き金を

 絞る。

「死者達と長く安らかに眠れ」

 尚文はそう応えると、再び書斎の窓に視線を向けた。

 視線の先には彗星の光があったが、尚文は形容しづらい悪寒が脳天と爪先まで

 走り抜けた。

 ―――――それは、『ムー大陸』で生まれて初めて感じた鬼気ともいうべき異次元のプレッシャーだった。

 怨嗟と憎悪に満ちた瞳で彗星の光を眺めていた時、書斎のドアが開いて誰が入ってきた。

 入ってきた人物は、白装束を着込み貌を狐面で覆っていた。

 体格から判断すれば女性の様だ。




「ヨクイか。こっちは終わった」

 尚文は振り返りながらそう告げた。

 白装束を着込み貌を狐面で覆ったヨクイという名の人物は何も応えない。

 右手には、血で濡れていた小太刀を握っている。

「これからいろいろとする事がある―――――計画通りにな」

 尚文は短く告げると、書斎から出ていく。




 ―――――1999年七月、標準時間********

 全人類は開戦を迎えた。

 地球に存在する平原、草原、凍土、砂漠、海上、空中、泥中、湿原から夥しい規模の未確認生物「鬼獣」群が、村、街、都市に向けて一斉に大侵略を開始した。

 この時、十二カ国が秘密結社「フリーメイソン」が長年の暗闘で練った計画に

 従い、一大反攻作戦が開始された。

 この一大反攻は、秘密結社「フリーメイソン」が創設された歴史で最大の作戦

 ではあった。




 強引かつ無茶な命令に反抗する軍人、市民団体、政治家、またこの騒動で略奪や

 破壊活動を行おうとしていた者達は、等しく全て人権無視で取り組んだ治安当局

 に逮捕され、拷問のフルコースに招待された後に処刑が下された。

 しかし、秘密結社「フリーメイソン」の計画も空しく8日後にはユーラシア大陸は未確認生物「鬼獣」の勢力下に置かれる。

 各戦線でほぼ「鬼獣」が防衛軍を圧倒し、各地で分断され、多くの部隊が全滅した。

 ・・・その様な狂乱の中、分断された各地で時折、ちくわを咀嚼しながら派手な

 アロハシャツを着込んだ妖しい人間が出没し、防衛軍将兵や難民の救出などを行う姿が目撃された。

 助け出した人間には、決まってこう告げて立ち去っていく。

「ただの通りすがりの露店主さ」




今年度最後の投稿です。

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