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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第一篇 乱世黎明

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第九話 ヴァイスブルクの戦い(中)

北のシュタイン村と補給路を守るため、アルベルトは百五十騎を率いて出撃します。しかし、待ち構えていたコンラートも、前回の敗北から策を練り直していました。

 ヴァイスブルクの北門の内側には、百五十騎が集まっていた。

 夜襲を退けてから、まだ十分な時間はたっていない。騎士たちの鎧には泥や煤が残り、馬具を確かめる従者の顔にも疲労が浮かんでいる。それでも、北の空へ昇る黒煙を見れば、休息が必要だと訴える者はいなかった。

 門の外では、シュタイン村から逃れてきた男が案内役として待っている。

 アルベルトが黒い馬に乗り、集まった騎兵を見渡した。

「目的はシュタイン村と、東へ続く道の確認だ。敵は五百。正面から戦って倒す必要はない。村と街道から引き離せれば、それでいい」

 騎士たちが返事をする。

 アレクも馬上にいた。

 馬へ乗ること自体はできた。手綱の持ち方も、鐙への足の置き方も教えられている。

 しかし、歩く馬へ乗ることと、武装した騎兵の一人として走ることは別だった。

 馬上から見下ろす地面は思ったより遠い。馬が首を動かしただけで、手綱を握る手へ力が入る。

「そんなに引くな」

 隣にいたゲオルクが注意した。

「馬が苦しがっている」

「緩めたら勝手に動きませんか」

「動かすために乗っているのだろう」

「落ちないために乗っているつもりです」

「それでは戦場へ着けん」

 後ろからトーマスが笑う。

「前を向け、アレク。馬の首ばかり見ていると本当に落ちるぞ」

「前を見たら、足元が見えません」

「足元は馬が見る」

「馬をそこまで信用していいのですか」

「少なくとも、今のお前より馬の方が走るのはうまい」

 アレクは言い返せなかった。

 昨夜受けた肩の傷には布が巻かれている。浅い傷ではあるが、手綱を強く引くと痛んだ。

 アルベルトが馬を進め、アレクの前で止まる。

「地図は覚えているか」

「だいたいは」

「説明しろ」

 出撃直前に尋ねられるとは思っていなかった。

 アレクは頭の中へ、軍議で見た地図を思い浮かべる。

「北門を出た後、しばらく北東へ進みます。途中から丘と林が増え、その先にシュタイン村があります。村の東側には山道があり、アルベルト様の本隊がヴァイスブルクへ向かう際に使う道の一つです」

「敵は」

「歩兵を中心に五百ほど。奪った食料を運ぶ荷車も連れています」

「我々は百五十騎だ。どうする」

「正面からは戦いません」

「それだけか」

「敵の目的は、村の食料を奪い、補給路を荒らすことです。ですから、五百人を全滅させなくても、村と山道から追い払えば目的は果たせます」

「どうやって追い払う」

「それは、敵の配置を見てから考えます」

「遅いな」

「夜通し戦った後ですから、少しくらい待ってください」

「敵が待つと思うか」

「思いません」

「なら考えながら走れ」

 アルベルトはそう言うと、北門へ馬首を向けた。

 太い横木が外され、門扉が開いていく。

 朝の冷たい空気とともに、焦げた木の臭いが城内へ流れ込んできた。

「出るぞ!」

 アルベルトの号令で、先頭の騎士たちが北門を抜ける。

 百五十騎は一度に駆け出さず、十騎ほどの列に分かれて門を通った。門外で隊列を整え、物見を先行させてから速度を上げる。

 アレクの乗る馬も走り始めた。

 歩いていた時とは揺れ方が違う。

 最初の数歩で体が後ろへ残され、アレクは慌てて手綱を握った。

「腰を固めるな!」

 ゲオルクが横から声を上げる。

「馬の動きへ合わせろ!」

「合わせているつもりです!」

「つもりでは足りん!」

 前を走る馬が蹴り上げた土が飛んでくる。

 避けようとして顔をそむけると、自分の馬が列の内側へ寄った。

「横を見るな!」

 今度はトーマスの声が飛ぶ。

「前の馬だけではなく、その先を見ろ!」

 前の馬へ近づきすぎれば、急に速度を落とされた時にぶつかる。離れすぎれば、後ろの騎兵に隙間を埋められる。

 アレクは足元を見るのをやめ、二頭ほど先へ視線を置いた。

 馬の上下動へ逆らわず、鐙へ掛ける力を調整する。

 高い身体能力のおかげで、崩れた姿勢を立て直すことはできた。しかし、馬の考えていることまで分かるわけではない。

 手綱を引きすぎれば速度が落ちる。体を強く傾ければ、馬も進む方向を変えようとする。

 少しずつ、自分の動きが馬へ伝わっていることが分かってきた。

「顔が上がったな」

 ゲオルクが言う。

「下を見ても何も分かりませんでした」

「分かったなら、それでいい」

「もう少し優しく教えてください」

「戦場で馬は優しく走らん」

 百五十騎の蹄が大地を打つ。

 騎兵隊の中央にいても、自分たちの立てる音で周囲の気配が分からなくなるほどだった。

 甲冑の擦れる音、馬の息、騎士たちの声が重なる。

 速く進める代わりに、騎兵はどこでも自由に動けるわけではない。前が詰まれば後ろも止まり、狭い場所では隊列が長く伸びる。

 アレクは馬へ乗ることを覚えながら、同時にその不自由さも知り始めていた。


 ◇ ◇ ◇


 シュタイン村では、ベルン伯爵軍の兵が穀物を運び出していた。

 村の中央へ集められた荷車へ、麦や豆を詰めた袋が積まれていく。鶏や山羊も連れ出され、抵抗した住民の家からは黒い煙が上がっていた。

 もっとも、五百人全員が略奪へ加わっているわけではない。

 村の西側を通る街道には、長槍と盾を持つ二百人が並んでいた。

 東の山道には八十人が置かれ、アルベルトの本隊が近づいていないか監視している。

 村内で食料を集め、荷車を守っている兵は七十人。

 さらに北側の林には九十人、南側の畑と低地には六十人が身を伏せていた。

 すべて合わせて五百人だった。

 西側の槍兵の中央に、左肩を布で固定したコンラートがいた。

 前日の矢傷は、腕を失うほど深くはない。それでも左手で手綱を引くたびに痛みが走る。

「騎士団長」

 副官が馬を寄せてきた。

「村の者から集められる穀物は、荷車十一台分ほどです。家畜はまだ数えております」

「日が高くなる前に終わらせろ」

「はい」

「西と東の物見を増やせ。アルベルトは必ず来る」

「城を守らずに、ですか」

「全軍を連れてくるわけではない。百か、多くて二百だ」

「我々は五百人です。正面から来れば押し返せます」

「正面から来ればな」

 コンラートは街道の西を見る。

 丘と林に遮られ、ヴァイスブルクを見ることはできない。だが、アルベルトが昨夜の夜襲を退けたことは、戻ってきた兵から報告を受けている。

「昨日の少年も来るでしょうか」

 副官が尋ねた。

「アレクという名だったな」

「十五歳ほどだと聞いております」

「ああ」

「気になりますか」

「俺を森へ引き込んだ策を考えた者の一人だ。気にしない理由があるか」

 コンラートは傷ついた左肩へ視線を落とした。

 前日の戦いでは、目の前に見せられた兵だけを追った。

 森に弓兵と火槍兵が潜んでいる可能性を考えながら、確かめずに進んだ。

 その結果が、この傷だった。

「子供ではありませんか」

「敵を年齢で見れば、同じ失敗をする」

「申し訳ありません」

「俺も昨日まで同じように考えていた。だから言っている」

 コンラートは村の北と南へ目を向けた。

 隠した百五十人には、合図があるまで動くなと命じている。

 アルベルトが五百人すべての配置を確かめる前に、正面の二百人を見せる。騎兵で正面の槍衾を破れないと判断すれば、左右へ回り込もうとするはずだった。

 北は林、南は低地。

 どちらも騎兵の動きが鈍る。

 分かれたところを、隠している兵で押さえる。

 アルベルトを討てなくても、騎兵へ損害を与えればいい。長くここへ縛りつけるだけでも、ベルン伯爵がヴァイスブルクを攻める時間を作れる。

「西から騎兵!」

 物見の声が上がった。

「数は!」

「百五十ほど!」

「やはり来たか」

 コンラートは右手を上げた。

「徴発を止めろ! 村内の兵は荷車を守れ!」

 角笛が鳴る。

 西側にいた槍兵二百人が街道へ集まり、盾を前へ並べた。その後ろで二列、三列と長槍が斜めに突き出される。

「北と南は」

「動いておりません」

「そのまま伏せさせろ。東も持ち場を離れるな」

「はい」

「向こうは百五十騎だ。数が少ないからと侮るな。騎兵に勝つのではない。走る場所を奪え」

 コンラートは右手だけで剣の柄を確かめた。

「来い、アルベルト」

 整然と並んだ槍の向こうから、百五十騎の蹄の音が近づいてきた。


 ◇ ◇ ◇


 アルベルトは、シュタイン村の西にある丘の手前で騎兵隊を止めた。

 先行した五騎の物見が丘を越え、しばらくして戻ってくる。

「村の西側に敵槍兵約二百! 盾を並べ、街道を塞いでいます!」

「東は」

「山道に八十前後!」

「村内は」

「荷車十一台を確認! 護衛と徴発中の兵を合わせ、七十ほどと思われます!」

「残りは」

「確認できません!」

 五百人のうち、見えているのは三百五十人ほどだった。

 残る百五十人が、どこかへ移動したとは考えにくい。村へ来たのが五百人という報告が正しければ、丘か林、家屋の陰へ隠れている。

「北は林、南は畑と低地です」

 ゲオルクが周囲を見渡した。

「騎兵を回すなら南ですが、速度は落ちます」

「北も、林の手前までは進めるな」

 アルベルトが答える。

「敵の姿がない場所を、安全な場所だと思うな」

 アレクは丘の斜面から、敵の槍列を見た。

 二百人の槍兵は、街道を塞ぐように隊列を整えている。盾の隙間から突き出された長槍は、騎兵が進んでくる方向へ向けられていた。

 前日のコンラート軍よりも、騎兵への備えが明確だった。

「正面は無理ですね」

「ああ」

 アルベルトが即答する。

「あれだけ槍が揃っていれば、馬が止まります」

「止まらない馬もいる」

「それなら槍へ刺さります」

「だから行かん」

 アレクは北の林と、南の低地を見る。

「こちらが百五十騎ほどで来ると読んでいたのでしょうか」

「おそらくな」

「城を空にはできない。けれど、村を見捨てることもできない」

「そう考えれば、連れてこられる数は限られる」

「敵の五百人は、村を荒らすためだけに来たのではありませんね」

 アルベルトがアレクへ視線を向ける。

「続けろ」

「アルベルト様を城から引き離すことも目的です。五百人すべてが見えないのは、こちらが回り込むのを待っているからかもしれません」

「なら、どうする」

「先に隠れている兵を見つけます」

「どこを探す」

「北と南です。ただ、探すために騎兵を入れれば、そのまま襲われます」

「そうだな」

 アレクは東の山道へ目を向けた。

 アルベルトの本隊は、前日に届いた報告では一日弱の距離まで近づいていた。今も進み続けているなら、さらに近いはずだ。

 ただし、この辺りは丘と林が多い。

 二千五百人の軍勢であっても、視界の外にいれば、到着するまで敵には正確な位置が分からない。

「本隊へ連絡できますか」

「道を知る者を出せばな」

「本隊が近くにいるように見せながら、実際にここへ誘導できませんか」

「どう見せる」

「煙を使います」

 アルベルトが東を見る。

「炊煙か」

「はい。山の向こうから何本も煙が上がれば、敵は本隊の先鋒が近づいていると思うかもしれません」

「煙だけで逃げると思うか」

「思いません。ですが、東の守りから物見を出すはずです。どこへ兵を動かすか見れば、隠している兵の位置も探れます」

「本隊に連絡する者はどうする」

「一人はそのまま本隊まで走らせます。残る二人が、途中の高い場所で火を焚くのはどうでしょう」

 ゲオルクが口を挟む。

「煙を上げた者が敵に見つかれば、戻れなくなる可能性があります」

「無理にその場へ残す必要はありません。湿った枝を混ぜて煙を出し、火が安定したら離れます」

「二か所だけで軍の炊事に見えるか」

「こちらの騎兵にも火を焚かせます。ただし、丘の陰で少し離して焚きます。敵から見える煙の位置が増えれば、先鋒が何隊かに分かれて進んでいるように見えるかもしれません」

 アルベルトは少し考え、ゲオルクへ顔を向けた。

「土地を知る者は」

「ヴァイス家の騎士に三人います」

「呼べ」

 三人の騎士が前へ出る。

 アルベルトは地図を見せ、二人には東側の高所へ向かうよう命じた。

 もう一人には、本隊を探して北寄りの道へ誘導する命令書を渡す。

「敵の東隊へ近づくな。姿を見せる必要はない。火を焚く場所より、生きて戻る道を先に決めろ」

「承知しました」

 三騎は丘の北側を回り、林の中へ入っていった。

 残った騎士たちも馬を降り、丘の陰で火を起こす準備を始める。

 敵から見えるよう、大きな火を一か所で焚くのではない。距離を空けた三か所へ薪を積み、湿った枝を混ぜる。

「時間がかかりますね」

 アレクが言う。

「火は命令だけでは燃えん」

 アルベルトは敵陣を見た。

「その間、コンラートの顔でも見てくるか」

「必要ですか」

「相手が何を待っているか、近くで見れば分かることもある」

 アルベルトは護衛十騎を連れ、丘を下りていく。

 敵側でも動きがあった。

 赤い外套をまとったコンラートが、数騎の護衛とともに槍列の前へ出てくる。

 両者は、弓の届きにくい距離を残して馬を止めた。

「コンラート!」

 アルベルトが声を張る。

「昨日の傷はどうだ!」

「誰のせいだと思っている!」

「森を調べずに入ったお前のせいだろう!」

 敵の槍兵から小さな笑いが起きた。

 コンラートが顔をしかめる。

「百五十騎で何をしに来た!」

「村を返してもらいに来た!」

「欲しければ取りに来い!」

「その槍を片づけたら考えてやる!」

「馬鹿か!」

「お前ほどではない!」

 味方の騎士たちも笑った。

 軽口の応酬に見えるが、アルベルトの目はコンラートだけを見ていない。

 背後の槍兵、村の入口、東へ続く道へ視線を動かしている。

 コンラートも同じだった。アルベルトの後方に並ぶ騎兵の数を確かめ、丘の向こうへ何度も目を向けている。

「アレクという少年も来ているのか!」

 突然、自分の名を呼ばれ、アレクは顔を上げた。

 アルベルトが振り返る。

「呼ばれているぞ」

「できれば聞こえなかったことにしたいのですが」

「向こうには聞こえている」

 アレクは仕方なく、護衛の間から馬を進めた。

「ここにいます!」

「昨日の策は、お前が考えたのか!」

「皆で考えました!」

「同じ答えは聞いた!」

「でしたら、もう聞かなくてもいいでしょう!」

 今度は敵味方の両方から笑いが起きる。

 コンラートは笑わなかった。

「今日は正面から来い!」

「嫌です!」

「即答するな!」

「槍が二百本も並んでいる場所へ行く理由がありません!」

「臆病者か!」

「生き残るためなら、それで構いません!」

 コンラートの右手がわずかに動いた。

 剣の柄へ手を置こうとしたのではない。背後へ何かの合図を送りかけ、途中で止めたように見えた。

 アレクは北の林へ視線を動かさず、コンラートの護衛を見る。

 一人が馬首を少し北へ向けている。

 やはり、あちらに何かいる。

「もういい」

 アルベルトが馬首を返した。

「戻るぞ」

 護衛がそれに続く。

 丘へ戻る途中、アレクは小声で尋ねた。

「何か分かりましたか」

「コンラートは昨日より慎重だ。肩の傷も見た目ほど軽くない」

「それだけですか」

「槍兵は夜から歩かされ、眠っていない者が多い。盾を持つ腕が下がっている」

「私は、コンラートの護衛が北を気にしているように見えました」

「見ていたか」

「一人だけ、馬を北へ向けかけました」

「なら、北にも兵がいる可能性は高い」

 アルベルトは口元を上げた。

「呼ばれた甲斐があったな」

「二度と呼ばれたくありません」

「コンラートはそう思っていないようだぞ」

 丘へ戻ると、湿った枝から白い煙が上がり始めていた。

 やがて東側の高所からも一本、さらに離れた場所からもう一本の煙が昇る。

 丘と林に遮られて火そのものは見えない。敵に見えるのは、異なる場所から昇る煙だけだった。

 敵陣が騒がしくなる。

 槍兵の何人かが東を見て、村の中からも兵が出てきた。

「東隊から騎兵が出ます!」

 物見が報告する。

 東の山道を守っていた八十人から、数騎がさらに東へ向かっていく。

 だが、槍兵の本隊は動かない。

「コンラートは煙だけでは動きませんね」

「それでいい」

 アルベルトはうなずいた。

「こちらが動けば、奴も隠した兵を動かす」

 アルベルトは百五十騎を三つに分けた。

 北へ五十騎、南へ五十騎。

 中央にはアルベルトとアレク、ゲオルク、トーマスを含む五十騎が残る。

 北と南へ向かう隊には、敵へ近づきすぎず、伏兵を見つけた時点で戻るよう命じられた。

 二つの騎兵隊が、敵の左右へ広がっていく。

 北へ向かった騎兵は林の外縁に沿って進み、南の騎兵は畑の間を通る乾いた道を選んだ。

 正面の槍兵二百人が、北と南へ槍の向きを変え始める。

 東には援軍の接近を思わせる煙。

 西にはアルベルトの五十騎。

 さらに北と南から、騎兵が村の側面へ回り込もうとしている。

 敵から見れば、退路を探られているように見えるはずだった。

 それでもコンラートは退かなかった。

 赤い外套の近くで旗が振られる。

 直後、北側の林から槍兵が現れた。

「敵だ!」

 北へ向かった騎兵隊から声が上がる。

 九十人ほどの兵が木々の間から出て、五十騎の進路を塞ごうとする。

 南側でも、畑の低地から六十人が立ち上がった。

 姿を隠すため、盾や槍へ土と草をかぶせていたのだろう。離れた場所からは、兵が伏せているとは分からなかった。

「やはりいました!」

「ああ。だが、分かっただけでは足りん」

 アルベルトが角笛を鳴らさせる。

 北と南へ向かった騎兵隊が、すぐに馬首を返した。

 伏兵も追ってくる。

 正面の槍兵二百人も前進を始めた。

 敵は分かれた五十騎ずつを包むのではなく、戻ろうとする騎兵を中央の五十騎ごと押し込むつもりだった。

「こちらが囲むつもりで、囲まれかけていますね」

 アレクが言う。

「コンラートも昨日のままではない」

 アルベルトが答える。

「中央隊、北西へ下がれ! 速度を合わせろ!」

 五十騎が後退を始める。

 北と南から戻る騎兵も、中央隊を追う形で集まってきた。

 百五十騎が一つに戻るまで、時間が必要だった。

 アルベルトは全速で退かなかった。離れた二隊を置き去りにしないよう、追いつける速度に抑えている。

 そのため、前進する敵槍兵との距離が縮まっていく。

「アルベルト様、近づいています!」

「分かっている」

「北隊、戻ります!」

「南隊も合流します!」

 百五十騎が再びまとまる。

 アルベルトは隊列を完全に整える時間を取らず、ヴァイスブルクへ戻る道から少し北へ外れた。

 来る時に通った、小さな丘に挟まれた道へ向かう。

「敵を村から引き離す!」

 アルベルトの命令が伝えられる。

「追ってくれば狭道へ誘い込む! 追ってこなければ、こちらから村へ戻る!」

 騎兵隊は西へ走った。

 敵陣から角笛が鳴る。

 コンラートは一瞬だけ迷った。

 アルベルトを逃がせば、村を奪い返すために別の場所から回り込まれるかもしれない。東の煙が本隊のものなら、時間を与えるほど自分たちが挟まれる危険も増える。

「追え!」

 コンラートが命じた。

「東と荷車の守りは残せ! 他は俺に続け!」

 正面の二百人と、北の九十人、南の六十人が西へ向きを変える。

 東の八十人と、村内の七十人はその場へ残った。

 三百五十人の歩兵が、百五十騎を追い始める。

 騎兵と歩兵では速さが違う。

 百五十騎が全速で走れば、簡単に距離を広げられる。

 しかし、アルベルトは逃げ切ろうとはしなかった。

「少し速度を落とせ!」

 騎兵隊が馬の足を緩める。

 追ってくる歩兵との距離は、開きかけては再び縮まった。

「本当に追いつかれますよ」

 アレクは後ろを振り返った。

「追いつけると思わせなければ、追うのをやめる」

 トーマスが答える。

「今は敵ではなく、前を見ろ。道が狭くなるぞ」

 左右から丘の斜面が迫り、騎兵隊は横に広がれなくなる。

 アルベルトは先頭の騎士へ、狭道を抜けた先で左右へ分かれるよう命じた。

 敵歩兵の先頭も、狭道へ入ってくる。

 それまで横に広がっていた隊列が、道幅に合わせて縦へ伸び始めた。

 後ろの兵には、前方の様子が見えない。先頭が速度を落としても、後続はそのまま押し込んでくる。

「止まるな!」

「前へ詰めろ!」

「アルベルトを逃がすな!」

 敵の声が近づく。

 百人ほどが狭道へ入った。

 さらに後続が続く。

 敵の半数ほどが丘の間へ入ったところで、アルベルトが右手を上げた。

「反転!」

 狭道を抜けていた先頭の騎士たちが左右へ分かれ、大きく弧を描いて馬首を返す。

 後続も順番に反転し、槍を構えた。

 百五十騎が整うまで、敵は待ってくれない。

 歩兵の先頭が状況の変化へ気づく。

「止まれ!」

「槍を構えろ!」

 先頭の兵が足を止めたが、後ろから来た兵が背中へぶつかる。

「押すな!」

「前が止まったぞ!」

「槍を上げろ!」

 狭い道の中で長槍を正面へ揃えようとしても、隣の兵の槍や盾が邪魔になる。

 追撃するために走ってきた兵は息を切らし、隊列の間隔も崩れていた。

「一度だけだ!」

 アルベルトが剣を抜く。

「先頭を崩し、止まらずに抜けろ! 深追いするな!」

 百五十騎が動き始める。

 最初は歩み、すぐに駆け足へ変わる。

 アレクはゲオルクとトーマスの間に入った。

 正面には長槍を構え直そうとする敵兵がいる。

 整った槍衾ではない。

 それでも、一本でも馬や体へ入れば死ぬ。

「前だけを見るな!」

 ゲオルクが叫んだ。

「隣の馬との間を空けろ!」

 蹄の音が狭道へ響く。

 逃げ場のない丘の間で反響し、実際よりも大きく聞こえた。

「突撃!」

 アルベルトの号令とともに、騎兵隊が一気に加速した。

 敵の先頭から槍が突き出される。

 だが、長さも角度も揃っていない。

 一頭の馬が槍を受け、前脚から崩れた。

 乗っていた騎士が投げ出され、後続の馬が左右へ分かれる。

 別の騎士は盾を槍へぶつけ、穂先を外へそらした。

 アルベルトの騎兵が敵の先頭へ激突する。

 盾と槍がはじけ、押し合っていた歩兵が後ろの兵ごと倒れた。

 アレクの前にも槍が伸びてくる。

 剣で長槍を切り落とすことはできない。

 アレクは体を伏せ、右から迫った柄を剣の腹で押し上げた。

 穂先が肩の上を通り過ぎる。

 馬が槍兵の横を抜けた。

 次の兵へ剣を振り下ろそうとして、アレクは動きを止める。

 その兵は倒れた仲間に足を取られ、こちらへ武器を向けられていなかった。

 斬る必要はない。

 止まるなという命令に従い、その脇を通り抜ける。

 前方でゲオルクの剣が敵の槍を払う。

 トーマスは、こちらへ向けられた盾を槍の柄で押し返した。

 騎兵隊は敵陣の奥へ留まらず、崩れた先頭部分だけを突き抜けた。

「離れろ!」

 アルベルトの命令で、百五十騎が狭道の東側へ抜ける。

 倒れた馬が二頭。

 落馬した騎士が三人いる。

 一人は自力で立ち上がったが、もう一人は足を押さえ、残る一人は動いていない。

 後方にいた騎士が負傷者を馬へ引き上げる。

「追撃するな!」

 敵側でもコンラートの声が上がった。

「先頭を下げろ! 道の外で隊列を作り直せ!」

 コンラートは残兵を無理に進ませなかった。

 狭道の先へ出れば、騎兵は再び広がることができる。乱れた歩兵で追えば、今度こそ側面へ回り込まれる。

 敵の死傷者は数十人に達していた。

 しかし、三百人以上が残っている。槍を捨てて逃げ出したわけでもない。

 アルベルトも二度目の突撃を命じなかった。

 騎兵隊を丘から離し、負傷者と馬の状態を確かめる。

「味方は」

「死者三! 重傷七、軽傷十二!」

 報告を聞き、アルベルトはうなずいた。

「歩けない者は二人で馬へ乗せろ。走れない馬は置いていく。鞍と武器だけ外せ」

 短い戦いだった。

 それでも、死者が出た。

 敵より少ないというだけで、失った命が軽くなるわけではない。

 アレクは動かなくなった騎士を見た。

 つい先ほどまで、同じ門から出て、同じ道を走っていた者だった。

「見るなとは言わん」

 アルベルトが言う。

「だが、今止まるな。まだ村も道も取り戻していない」

「はい」

 アレクは手綱を握り直した。

「敵は村へ戻りますか」

「戻ろうとするだろう」

「では、私たちも村へ?」

「いや。東へ向かう」

「本隊と合流するのですか」

「ああ」

「敵が村へ戻れば、最初と同じではありませんか」

「同じではない」

 アルベルトは東へ顔を向けた。

「敵は三百五十人を村から引き出し、狭道で隊列を崩した。死傷者を運び、再び村へ戻り、東西へ兵を配置し直すには時間がかかる」

「その前に本隊が来る」

「来なければ困るがな」

 丘の東から一騎の騎士が現れた。

 本隊へ連絡するために送った三人のうちの一人ではない。途中で伝言を引き継いだ、本隊側の騎士だった。

「アルベルト様!」

「本隊は」

「ここより東へ一刻ほどの位置です! 命令を受け、北寄りの道へ進路を変えております!」

「兵の状態は」

「行軍に遅れた者が二十ほどおりますが、他は進めます!」

「よし。案内しろ」

「はっ!」

 アルベルトは騎兵隊を東へ向けた。

 コンラートの部隊は、まだ狭道の向こうで隊列を整えている。

 歩兵では、東へ走る騎兵へ追いつけない。

 シュタイン村から敵を完全に追い払ったわけではない。

 それでも、敵の主力を村と山道から引き離し、本隊が通る時間を作った。

 百五十騎で五百人を倒す必要はなかったのだ。


 ◇ ◇ ◇


 ヴァイスブルク西方では、ベルン伯爵が北から届いた報告を聞いていた。

「コンラートはアルベルトと交戦。アルベルト軍は東へ向かったとのことです」

「兵は」

「百五十騎のままです。ただし、双方に死傷者が出ています」

「コンラートは」

「村の西で兵を集め直しております」

 ベルン伯爵は北東の空を見た。

 丘の向こうから、いくつもの煙が昇っている。

 あれが本当にアルベルト本隊の炊煙なのか、それとも少数の兵が焚いた火なのかは分からない。

 だが、アルベルトが東へ向かったということは、本隊との合流を選んだ可能性が高い。

「アルベルトを城から出すところまでは成功した」

 ベルン伯爵が言う。

「はい」

「ならば、いる間に攻める」

 副官が西門へ視線を向けた。

「本格的に、ですか」

「中央の千二百に、北から三百を加えろ」

「千五百人」

「ああ。砲四門と破城槌二台を前へ出す」

「北と南の兵は」

「北には四百を残せ。南の六百も動かすな。後方の予備と騎兵は本陣を守る」

「アルベルト本隊が到着した場合に備えるのですね」

「奴が本隊と合流できれば、必ず戻ってくる」

「それまでに西門を落としますか」

「落とせれば、それが一番いい」

「落とせなければ?」

「アルベルトは戻らざるを得ない」

 副官が地図へ目を落とす。

 北ではコンラートが補給路を押さえようとしている。

 西では千五百人がヴァイスブルクを攻める。

 アルベルトが城へ戻れば、本隊との合流や北の村を諦めることになる。北へ残れば、ヴァイスブルクが破られる危険が増す。

「どちらを選んでも、何かを失う」

「そういうことだ」

 ベルン伯爵は立ち上がった。

「兵を前へ出せ。城兵も夜襲で疲れている。休ませるな」

 角笛が鳴った。

 中央に布陣していた兵が立ち上がり、盾と槍を持って隊列を整える。

 後方に置かれていた四門の火砲も、馬と兵によって動かされ始めた。

 車輪が柔らかい地面へ沈み、そのたびに兵が板を置き、後ろから押す。

 破城槌には、火矢を防ぐための濡れた獣皮がかけられた。

 西門へ至る道は、前日のうちに確かめられている。

「砲を急がせろ!」

「破城槌は間隔を空けろ!」

「盾兵を前へ!」

 千五百人の兵と攻城兵器が、ヴァイスブルクへ向かって動き始めた。

 ベルン伯爵は、白馬の上からその光景を見ている。

「アルベルト」

 北東の丘へ視線を移す。

「お前は、どちらへ走る」


 ◇ ◇ ◇


 正午を過ぎた頃、アルベルトの百五十騎は東から進んできた本隊と合流した。

 先に見えたのは、丘の向こうから次々と現れる旗だった。

 その下を、槍兵、弓兵、荷車が続いている。

 長い行軍で隊列は少し伸びていたが、武器を捨てた者や、統制を失っている部隊は見えない。

 本隊の指揮官が、数騎を連れてアルベルトの前へ駆けてきた。

「アルベルト様!」

「遅い」

「申し訳ありません」

「今いる兵は」

「二千四百八十余です。行軍から遅れた者が約二十おりますが、後続しています」

「食料は」

「予定どおり運んでおります。ただ、北寄りの道へ変えたため、荷車の到着は歩兵より遅れます」

「戦える兵を先に進ませろ。荷車には護衛を残せ」

「承知しました」

 アルベルトが連れてきた騎兵のうち、戦闘と行軍を続けられる者を合わせれば、手元の兵は約二千六百三十人になる。

 ようやく、ベルン伯爵軍と正面から戦うための兵力が揃った。

 それでも、兵たちは疲れている。

 本隊はヴァイスブルクへ向けて長い行軍を続けてきた。百五十騎も、夜戦の後にシュタイン村まで走り、コンラート軍と交戦している。

 合流したからといって、すぐに全員が同じ速度で動けるわけではない。

 アルベルトは部隊ごとの状況を確認させた。

 水を補給し、靴紐や装具を締め直す。負傷した騎士を荷車へ乗せ、馬を休ませる。

 その間にも、東へ向かっていた騎士がシュタイン村の状況を報告する。

「コンラート軍は村へ戻り始めています。ただし、負傷者を運んでいるため動きは遅いようです」

「村に残っていた兵は」

「荷車を東へ動かそうとしております」

「こちらの本隊を見たか」

「物見が気づいた可能性があります」

「なら、もう村へこだわらんだろう」

 アレクは地図を見る。

「コンラートは、ベルン伯爵の本隊へ戻りますか」

「すぐには無理だ。負傷者と荷車がいる」

「置いていけば」

「戻れる。だが、奪った食料をすべて捨てれば、北へ兵を出した意味が薄くなる」

「どちらを選ぶかは、コンラート次第ですか」

「ああ。今は、奴より先にベルン伯爵を動かす」

 アルベルトが西へ向き直った時、遠くから低い音が届いた。

 空気を震わせるような、重い音だった。

 少し間を置いて、もう一度聞こえる。

「砲……」

 アレクがつぶやいた。

 音はヴァイスブルクの方向から来ている。

 三発目が響く。

 アルベルトの表情が変わった。

「全軍、出発準備!」

「休ませるのでは?」

 アレクが尋ねる。

「ベルン伯爵が待ってくれればな」

 命令が各部隊へ伝えられる。

 槍兵と弓兵が隊列を整え、騎兵はその左右へ移った。

 まだ荷車のすべてが追いついていないため、携行している水と食料を部隊ごとに確認する。

 そこへ南西から一騎の伝令が駆けてきた。

 馬は汗に濡れ、口元には白い泡がついている。

「アルベルト様!」

「報告しろ」

「ベルン伯爵軍約千五百、西門へ攻撃を開始!」

「砲は」

「四門すべてを使用しております!」

「破城槌」

「二台が前進中! 梯子を持つ兵も城壁へ接近しております!」

「ヴァイス男爵は」

「守備を継続しております。西門はまだ破られておりません!」

 アルベルトは短く息を吐いた。

「他には」

 伝令が一瞬言葉を詰まらせる。

「砲撃により、西門付近の外壁の一部が崩れました」

 周囲の騎士たちがざわついた。

 第八話の夜、アルベルトは城へ戻る条件を決めていた。

 西門の外壁が破られた時。

 その条件に達したのだ。

「戻る」

 アルベルトが即座に言った。

「全軍、ヴァイスブルクへ向かう」

 アレクは西を見た。

「城内へ戻るのですか」

「いや」

 アルベルトは地図を広げた。

「ベルン伯爵が千五百を西門へ向けているなら、奴の目は城壁へ向いている」

「残りの兵もいます」

「当然だ。北と南を空にするほど愚かではない」

 アルベルトの指が、ヴァイスブルクの北東へ置かれる。

「我々はここへ出る」

「北東から近づくのですか」

「ああ。城内へ入るには門を開けさせなければならん。二千六百人を入れる間、ベルン伯爵が待つと思うか」

「思いません」

「城の中へ入れば、数の優位も使えん」

 ヴァイスブルクの西側へベルン伯爵軍がいる。

 その正面には城壁があり、ヴァイス男爵が千人近い兵で守っている。

 アルベルト本隊が北東から回り込み、攻城部隊の側面か後方へ出れば、ベルン伯爵軍は城と本隊の間に挟まれる。

「外から城を助ける」

 アレクが言う。

「そうだ」

「ベルン伯爵も、こちらが本隊と合流したことに気づくのではありませんか」

「物見がいる。すぐに気づく」

「迎撃の兵を出します」

「出させればいい」

「その兵を崩している間に、西門が破られるかもしれません」

「ああ」

 アルベルトは否定しなかった。

「だから急ぐ。だが、疲れた歩兵を無理に走らせれば、戦場へ着く前に隊列が崩れる」

 進軍速度を上げる必要はある。

 しかし、騎兵だけで先行すれば、再び整った槍兵へ百五十騎で向かうことになる。歩兵を急がせすぎれば、脱落者が増え、到着した時に戦える形を保てない。

 速く動くことと、戦力を残すことの間にも、限界があった。

「先頭は槍兵五百! その後ろに弓兵! 残る槍兵は二隊に分けろ!」

 アルベルトが命令を出す。

「騎兵は前へ出すぎるな。物見を広く出し、敵の迎撃部隊を探せ! 荷車は必要な弾薬と水だけを優先し、残りは護衛をつけて後から来させろ!」

 各隊の指揮官が走り出す。

 命令は口頭だけでなく、角笛と旗でも伝えられた。

 先頭の槍兵が西へ向きを変え、隊列を整える。その後ろへ弓兵が続き、騎兵が左右へ広がった。

 約二千六百人の軍勢が、ヴァイスブルクへ向かって動き始める。

 アレクは馬上から東を振り返った。

 行軍から遅れた兵と、後続の荷車がまだ山道を進んでいる。

 北ではコンラート軍が村へ戻ろうとしている。

 西ではヴァイスブルクが砲撃を受けている。

 離れた場所で起きていた戦いが、一つの戦場へ集まり始めていた。

 前方から、また砲声が聞こえた。

 今度は先ほどよりはっきりしている。

 ヴァイスブルクへ近づいている証拠だった。

「アレク」

 アルベルトが馬を寄せる。

「はい」

「肩は動くか」

「痛みますが、動きます」

「馬は」

「最初よりは慣れました」

「なら周りを見ろ。ここから先は、敵の物見も増える」

「私に何を見つけろと?」

「分からん」

「分からないのですか」

「私が見落としたものを、お前が見つけるかもしれん」

 アルベルトは前へ視線を戻した。

「戦場へ着いてから考え始めるのでは遅い。進みながら考えろ」

「はい」

 丘を越えると、西の空へ昇る黒煙が見えた。

 ヴァイスブルクの城壁はまだ見えない。

 しかし、その向こうで何が起きているかは、断続的に響く砲声が教えている。

 ベルン伯爵は、アルベルトを城から引き離した。

 コンラートは、百五十騎を伏兵で包もうとした。

 アルベルトは敵を村から引き離し、本隊との合流を果たした。

 互いが相手の動きを読み、その先へ手を打っている。

 どちらか一方だけが考えている戦ではない。

 だから、一つの策が成功しても、それだけで勝敗は決まらなかった。

「物見より報告!」

 前方から騎士が戻ってくる。

「ヴァイスブルク北東に敵兵! 六百ほどが、こちらへ向きを変えております!」

 アルベルトは驚かなかった。

「ベルン伯爵も気づいたか」

「槍兵を中心に、盾兵も確認! 丘の手前で陣を組み始めています!」

 西門を攻める千五百人とは別に、六百人がアルベルト本隊を止めるため動いた。

 残る敵兵も南と本陣を守っている。

 ベルン伯爵は城攻めをやめず、同時にアルベルトの接近へ備えたのだ。

「全軍、隊列を保て!」

 アルベルトの声が響く。

「目の前の六百だけを見るな! 我々の目的はヴァイスブルクだ!」

 命令が次々と後方へ伝わっていく。

 アレクは黒煙の下にある城と、その手前で陣を整えようとする敵を見た。

 北では終わらなかった戦いが、今度こそヴァイスブルクへ戻ってきた。

 西門が破られる前に、六百人の迎撃部隊を越えなければならない。

 その向こうには、ベルン伯爵と三千近い軍勢が待っている。

 アルベルト軍は歩みを止めなかった。

第九話を読んでいただき、ありがとうございました。

百五十騎を伏兵で包もうとするコンラートに対し、アルベルトは敵を村から引き離し、本隊との合流を果たしました。しかし、ベルン伯爵はその間にヴァイスブルクへの本格攻撃を開始します。

次回、城を守るヴァイス男爵と、外から救援へ向かうアルベルト軍。ヴァイスブルクを巡る戦いは、最後の局面へ入ります。


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