第八話 秘密の値段
火縄銃は三十挺まで増えました。しかし、戦場を変えるために必要なのは武器の数だけではありません。領地の仕事が動き始める一方で、火縄銃の秘密を探る者も現れます。
目を覚ますと、窓の外はまだ薄暗かった。
雨は夜半にやんだらしい。屋根から落ちる雫の音だけが、一定の間隔で静かな領主館に響いている。
寝台から起き上がり、冷えた水で顔を洗う。窓を開けると、湿った土と木々の匂いが流れ込んできた。山の斜面には薄い霧が残り、アイヒェン村の家々からは朝餉を作る煙が上がり始めている。
領主になったばかりの頃は、この景色を見るたびに、自分が本当に一つの領地を預かっているのかと不思議な気持ちになった。
だが、今は景色を楽しむ前に、雨で山道が崩れていないかを考えるようになっている。
着替えて階下へ降りると、すでに村長と、領内の仕事を取りまとめている男が待っていた。卓上には簡単な地図と、木札を束ねた記録が置かれている。
「昨夜の雨で、東の坂道が少し削られました。荷車は通れますが、このまま次の雨が来れば、轍が深くなるかもしれません」
村長が地図の一点を指した。
ベルグハーフェンへ続く山道のうち、谷へ下る途中にある急な坂だ。以前から雨水が道の中央へ集まりやすく、荷車の車輪が同じ場所を通ることで土が掘られていた。
「昨日決めたとおり、道の両側へ浅い溝を掘ってください。水を谷側へ流す場所には石を並べます。ただし、斜面を一度に深く削らないように。崩れたら道を直すどころではなくなります」
「作業へ出す人数は、昨日と同じでよろしいですか」
「今日は東側の集落から十二人、西側から八人です。午前と午後で交代させてください。畑仕事を止めてまで道を直させるつもりはありません」
「承知しました」
「坂の一番傷んだ場所には、砕いた石を入れて、その上に土をかぶせます。木を横に並べる場所は、荷車の車輪幅を確かめてからにしてください。間隔が合わなければ、かえって車輪を取られます」
俺が指示すると、男は木札へ書き足していった。
前世なら、道路工事には測量道具も、砕石を大量に運ぶ車両もあった。この世界では、土を掘るにも石を割るにも人の手が要る。思いついた方法が正しくても、必要な人数と時間を無視すれば何も完成しない。
だから集落ごとに担当区間を決め、畑仕事に支障が出ない人数だけを交代で出してもらっている。働いた日数に応じて賃金を払い、一部は次の税から差し引く。
領主の命令だから無償で働けと言えば、短い道なら早く直せるだろう。しかし、それを続ければ領民の暮らしが先に壊れる。
「木炭の荷車も、今日出発します」
村長が別の木札を差し出した。
「鍛冶用が二台、暖房と炊事用が一台です。それとは別に、商会から頼まれた木炭を小分けにしてあります」
「混ざっていませんか」
「はい。木の種類と焼いた窯ごとに籠を分けました。札も付けてあります」
鍛冶用として出荷する木炭は、長さと太さがある程度揃ったものを選んでいる。完全に同じ大きさではないが、鍛冶場で火力を調整しやすく、運ぶ途中で細かく砕けにくいものだ。
形の悪い木炭や細かなものまで捨てる必要はない。それらは領内の暖房や炊事に使い、余ればベルグハーフェンで一般向けに売る。
それとは別に、木の種類ごとに窯を分けて焼いた木炭を、クレーマー商会が試験用として買い取っていた。
領民には火薬に使う可能性を知らせていない。
商会が燃え方を調べるため、混じり物の少ない木炭を高く買う。領民が知っているのはそれだけだ。
粒の大きさを揃える作業まで村で行わせてはいない。木炭を砕けば粉が舞ううえ、何のために細かくするのかと疑問を持つ者も増える。領内で求めているのは、どの木を、どの窯で、いつ焼いたのかが分かる状態で保管することだった。
粉砕と選別は、ベルグハーフェンにあるクレーマー商会の管理場所で行う。
「試験用の籠は、普通の木炭と同じ荷車へ載せてください。商会の倉へ着いたら、札を確認できる者へ直接渡すように」
「高く買ってもらえるので、もっと焼きたいという者もおりますが」
「今は決めた量だけです。試験が終わらなければ、どの木炭が必要なのかも分かりません。普通の木炭を作る仕事を止めないよう伝えてください」
「分かりました」
値が高いと聞けば、そればかり作りたくなるのは当然だ。しかし試験用の需要は、ずっと続くとは限らない。領民が窯の使い方まで変えた後で不要になったと言えば、今度は俺たちが彼らの暮らしを壊すことになる。
目の前の利益だけで産業を一つに絞るのは危険だった。
「それから、山道の作業と木炭の積み込みは、あなたたちに任せます。私はベルグハーフェンへ行きますが、夕方には戻る予定です。何か問題があれば記録を残してください」
「領主様がいない間に決めてもよいことは、どこまででしょうか」
「昨日までと同じです。人を予定した区間へ移すこと、石や木を追加で運ぶこと、傷んだ道を一時的に通行止めにすることは任せます。新しく金を使う必要が出た場合と、畑や家を動かす必要が出た場合は、帰ってから私に報告してください」
何もかも許可を求められていては仕事が止まる。かといって、領主になったばかりの俺が、すべてを丸投げできるほど信頼関係が出来上がっているわけでもない。
任せる範囲を少しずつ広げ、失敗があれば責任の所在ではなく、決め方を直す。
口で言うほど簡単ではないが、自分一人で全員の仕事を見張るよりはましだった。
朝餉を急いで済ませ、領主館を出る。
村の外れでは、道の修繕へ向かう男たちが鍬や籠を荷車へ積んでいた。俺の姿に気づいて頭を下げる者もいれば、作業の手を止めずに軽く声をかける者もいる。
最初の頃より、その態度は自然になっていた。
領主として畏れられていないのではなく、毎朝のように顔を見る相手になったのだと思いたい。
馬へ乗る前に、東の山道へ向かう一団を見送った。
それから護衛とともに、ベルグハーフェンへ向けて出発した。
◇ ◇ ◇
工場の試射場へ着くと、十挺の火縄銃が木の台に並べられていた。
鉄筒には製造した組を示す印が刻まれ、木台と金具にも対応する番号が付けられている。外見だけなら、先に完成した二十挺と大きな違いはない。
だが、同じ形に見えることと、同じように撃てることは別だった。
「これが第二回製造分ですか」
「ああ。組み上がったのは十挺だ」
ロルフはそう答えると、俺ではなく並べられた火縄銃を見た。
彼の顔には、完成を喜ぶ様子がない。
十挺を作ることそのものは目的ではない。兵が持って戦える物を十挺揃えて、初めて一つの仕事が終わる。ロルフにとっては、試射を終えていない火縄銃は完成品ではなかった。
「鉄筒はすべて検査を通った。木台との固定も見た。残るのは火縄ばさみと引金、それから実際に火を入れた時の動きだ」
「一挺ずつ撃ちますか」
「最初は一挺ずつだ。その後で、五挺を並べる」
火槍兵長のギルベルトと、教官役になったマルク、テオ、ニクラスも試射場へ来ていた。
彼らは工場の職人ではないが、実際に戦場で火縄銃を扱った者たちだ。作る側には見えない不具合を、使う側が見つけることもある。
射手は最初の一挺を手に取り、装填を始めた。
筒内へ火薬と弾を入れ、装填棒で押し込む。火皿へ細かな火薬を置き、火蓋を閉じる。火縄を火縄ばさみに挟み、掛け金へ留める。
構える前に火蓋を開き、標的へ銃口を向けた。
「撃て」
ギルベルトの号令とともに、赤い布が振り下ろされた。
引金が引かれ、火縄が火皿へ落ちる。小さな火が走った直後、鋭い音と白煙が試射場に広がった。
射手はすぐに火縄を手で安全な位置へ引き上げる。
標的の板には穴が開いていた。
「次」
ロルフは命中した場所を一度見ただけで、すぐに次の火縄銃へ視線を移した。
二挺目、三挺目と試射が続く。
音が山肌へぶつかり、少し遅れて返ってくる。白煙が風に流されるたび、次の射手が前へ出た。
七挺目まで問題はなかった。
八挺目を構えたところで、ロルフが手を上げた。
「待て」
射手の指が引金から離れる。
ロルフは近づくと、火縄ばさみと火皿の位置を横から確かめた。それから火縄を外させ、火薬の入った火皿を安全に処理する。
「どうしましたか」
「落ちる位置が内側へ寄っている」
俺も覗き込んだ。
見ただけでは、わずかな違いしか分からない。火縄を落とせば火皿の火薬には触れるように思えた。
「点火はできるのではありませんか」
「できるかもしれん」
ロルフは不機嫌そうに答えた。
「だが、端へ触れるだけなら、火縄の形や挟み方で火が移らないことがある。今撃てたとしても、次に撃てるとは限らん」
戦場で求められるのは、職人が丁寧に調整した火縄を使い、落ち着いた状態で一発だけ撃つことではない。
兵は煙の中で装填し、震える指で火縄を挟む。前から敵が迫り、隣では仲間が怒鳴っている。その状態でも、号令に合わせて撃てなければならない。
「直すのに、どれくらいかかりますか」
「金具そのものを作り直す必要はない。取り付け位置を調整する。昼までには戻す」
「では、八挺目は調整へ。残り二挺の試射を続けてください」
九挺目と十挺目は問題なく発射された。
その後、合格した五挺を並べて同時に撃ち、火縄ばさみの動きと射手の使い勝手を確認する。煙の中で装填を行い、二度目の射撃まで続けたが、不発は起きなかった。
昼を少し過ぎた頃、調整へ戻された一挺が再び試射場へ運ばれてきた。
同じ射手が装填し、火縄を挟む。
引金を引くと、今度は火縄が火皿の中央近くへ落ちた。
銃声が響き、板の端が砕ける。
もう一度装填して撃たせたが、異常はない。
「合格ですか」
俺が尋ねると、ロルフは火縄ばさみの付け根を指で確かめてから答えた。
「ひとまずはな。次に試験場へ送った後、兵にも撃たせろ。違和感があると言うなら戻せ」
「分かりました」
これで十挺。
最初の試作品をもとに作った十挺と、前回完成した十挺、そして今回の十挺を合わせ、使用可能な火縄銃は三十挺になった。
三十挺が横一列に並べられると、最初の一挺をロルフと作っていた頃とは、まるで違う光景に見える。
あの時は、一発撃てただけで喜んだ。
十挺を揃えた時には、五人二班で撃てることに可能性を感じた。
今は三十挺あっても、足りないとしか思えない。
「百人へ行き渡らせるには、あと七十挺ですね」
俺が呟くと、ギルベルトが三十挺を見渡した。
「全員を射手にするわけではありません。槍で射手を守る者、一発筒を運ぶ者、予備の火縄を管理する者も必要です」
「それでも三十挺では、訓練できる人数が限られます」
「はい。実銃を持たない兵には、引き続き木製の模擬銃を使わせます。ただ、撃った時の音と煙だけは、模擬銃では教えられません」
初めて実弾を撃つ兵は、銃口を敵へ向ける前に、銃声で体を硬くする。火皿へ火縄が落ちる瞬間に目を閉じる者もいる。
装填手順を覚えるだけなら木製の模擬銃でもできるが、火を扱う恐怖までは消せない。
そして、レオンハルトが求める規模を考えれば、百人へ三十挺を回すだけで満足することもできなかった。
ロルフが腕を組む。
「三十挺は武器だ」
低い声だった。
「だが、戦の形を変える数じゃない」
誰も反論しなかった。
ロルフは戦術を語る人物ではない。それでも十挺が戦場で何をしたのかを知り、これから何挺必要とされているかも理解していた。
「マティアス様と話します」
俺は並べられた三十挺を見ながら言った。
「十挺ずつ作って、そのたびに次の材料を集めるやり方では追いつきません」
◇ ◇ ◇
「今度は五十挺か」
マティアスは書類から顔を上げると、面白そうに俺を見た。
クレーマー商会の一室には、俺とマティアス、ロルフの三人が集まっている。
卓上には、現在使っている部品の一覧と、鉄、木材、獣の角、革などの必要量を記した木札が並べられていた。
「はい。十挺ずつ追加する方法では、注文を出すたびに材料と職人を確保し直すことになります。それなら最初から五十挺を一単位として準備した方が、予定を立てやすくなります」
「五十挺分の材料を集めているうちに、作れる職人を遊ばせることにならんか」
「すべての材料が揃うまで待つ必要はありません。鉄筒が十本できたなら、その十挺を先に組み立てて試験場へ送ります。ただし、発注と職人の割り振りは五十挺分をまとめて行います」
マティアスが木札の一つを指先で動かした。
「注文は五十挺、納入は十挺ずつというわけか」
「そうです。必要な鉄や木材を先に押さえられれば、途中で他の注文に材料を取られる心配も減ります」
「職人はどうする」
ロルフが答えた。
「鉄筒を作れる鍛冶を増やす。ただし、腕の違う者へ同じ仕事を丸ごと渡すのは無理だ。鉄を延ばす者、板を曲げる者、継ぎ目を鍛える者で組を分ける。最後に筒の内側と継ぎ目を見る者は限る」
「お前一人で全部を見るのか」
「最初はな。だが、このままでは俺が先に潰れる。検査を任せられる者を二人は育てる」
以前、ロルフは自分一人で筒を作るなら月に二本程度だと言っていた。
それはロルフ一人で十挺すべての鉄筒を作ったという意味ではない。複数の職人が担当部分を作り、ロルフが基準に合っているかを確認してきた。
今後は、その分業をさらに進める必要がある。
「木台と金具も同じです」
俺は別の木札を取り上げた。
「木台を削る職人が、火縄ばさみまで作る必要はありません。引金やばねを作る者、一発筒を加工する者、革の弾薬箱を縫う者を分けます。ただし、それぞれが勝手な大きさで作らないよう、見本と検査具を用意します」
「形を揃えれば、誰が作っても同じ物になると思っているなら甘いぞ」
ロルフに言われ、俺は頷いた。
「思っていません。だから最終検査は省きません。部品が揃っていても、組み合わせた時に動かなければ完成品にはしない。今日も一挺戻しました」
「それならいい」
鋳型へ溶けた鉄を流し込み、鉄筒そのものを大量に作れないかという話も、職人の一部から出ていた。
確かに、同じ形を増やすだけなら鋳造は魅力的に見える。
だが、内部に空洞や亀裂が残っていても外からは分からない。厚みに偏りがあれば、発射時に破裂するかもしれない。撃つたびに兵が命を預ける部分を、数を増やすためだけに急いで変えることはできなかった。
鉄筒は当面、鍛造を基本とする。
鋳造は形の小さな部品や、作業に使う型などから試していけばいい。
「組み立てと修理も分けたいです」
俺は続けた。
「今は不具合が出た火縄銃を、組み立て途中の台へ戻しています。数が増えれば、新しい火縄銃を作る作業と、使った火縄銃を直す作業がぶつかります。修理する場所を別にしてください」
「建物を増やせと言うのか」
「今すぐ大きな建物を新築しなくても、工場内の一棟を修理専用にできます。試射前の物と、兵が使った後に戻された物が混ざらないようにするだけでも違います」
マティアスはしばらく黙って木札を眺めていた。
必要な材料と人数を頭の中で組み替えているのだろう。
やがて、口元をわずかに上げた。
「ようやく、商売らしい数になってきたな」
「三十挺では、まだ売る分もありません」
「だから五十挺ずつ作るんだろう」
マティアスは椅子の背へ体を預けた。
「鉄はベルグハーフェンの契約先だけでは足りん。エルツェンから入る分を増やす。木台に使う材木は、お前の領地から運べる物を調べろ。ただし、乾いていない木を無理に削らせるな。反りが出れば全部やり直しだ」
「分かりました」
「獣の角と革は商会で集める。一発筒と弾薬箱まで同時に増やすなら、火縄銃だけ数えて満足するな。撃てない火縄銃は、鉄の棒より扱いに困る」
「はい」
「ロルフ、お前は追加で必要な職人の条件を出せ。名前ではなく、何ができる者を何人欲しいかだ」
「鍛冶が六人。うち二人は細かい金具を作れる者がいい。木工が四人。組み立てを覚えさせる者が二人。それと検査を記録する書記が一人だ」
「今日中に候補を出させる」
あまりにも迷いのない返事に、ロルフが片眉を上げた。
「そんなにすぐ集まるのか」
「全員が明日から働けるとは言っていない。だが、誰がどこにいるかは今日中に分かる。クレーマー商会を何だと思っている」
「金を出す男だと思っている」
「間違ってはいないな」
マティアスが笑い、ロルフは無表情のまま木札をまとめた。
これで問題がすべて消えたわけではない。
職人を増やせば、教える時間が必要になる。材料を遠くから運べば、荷車と護衛が要る。不良品も増えるだろう。工場の秘密を知る人間も多くなる。
それでも、十挺が終わってから次の十挺を考える段階からは進める。
次は五十挺。
完成した物から十挺ずつアイヒェンタールの試験場へ送り、兵の訓練に使う。
その次の五十挺へ移る頃には、百挺を超える製造の形が見え始めるはずだ。
「レオンハルト殿下の承認は、私から取る」
マティアスが言った。
「五十挺分の材料を先に押さえるとなれば、金も動く。だが、三十挺を作った実績がある以上、断りはしないだろう」
「アルベルト様へ渡す三十挺もあります」
「ああ。自軍用とアルヴェインへ渡す分を合わせれば、急がなければならん理由は十分だ」
その時、扉が叩かれた。
商会の者が入り、封をされた書状をマティアスへ差し出す。
「アルヴェインからの使者が到着しました。こちらをマティアス様とアレク様へ渡すようにと」
マティアスは封を確かめてから書状を開いた。
読み進めるうちに、その顔に商人らしい笑みが浮かぶ。
「どうやら、向こうも商売が始まったらしい」
◇ ◇ ◇
書状には、アルベルト側が保有する従来型火槍について、最初の買い手が決まったと記されていた。
相手は国境に近い土地を治める小諸侯だった。
シュヴァルツ伯軍との戦いで、レオンハルト軍が珍しい火槍を使った。その噂を聞きつけ、同じ物を手に入れたいと申し出たらしい。
実際に戦場へ持ち込まれたのは、新しく作った火縄銃である。
だが、その構造を近くで見た者は限られている。離れた場所にいた兵や、後から話を聞いた商人にとっては、音と煙を出す武器はすべて火槍だった。
しかもレオンハルトは、以前アルベルトから従来型火槍を借りている。
火槍を借りたという事実と、戦場で火を噴く武器が使われたという噂が結びつき、「誰も価値を認めなかった火槍を、レオンハルトだけが早くから評価していた」という話へ変わり始めていた。
「買い手は、実物を見ても疑わなかったのでしょうか」
「書状によれば、むしろ喜んだらしい」
マティアスは書状の一部を指で叩いた。
「槍ほどの長さがあり、鉄の筒が付いていて、火薬と弾を使う。噂で聞いた特徴と合っているからな」
従来型火槍にも使い道はある。
橋や狭い道など、敵の進路が限られる場所で最初の一撃を放てば、音と煙で敵や馬を驚かせられる。弾が命中すれば、当然負傷もさせられる。
しかし重く、長く、再装填が遅い。筒横の点火孔へ火縄を手で近づけなければならず、雨や湿気にも弱い。
広い戦場で自由に動くなら、槍や弓の方が扱いやすい場面も多い。
その欠点を知らず、火槍だけを揃えればレオンハルトと同じことができると思うなら、大きな誤りだった。
「価格は?」
俺が尋ねると、マティアスは書状をこちらへ向けた。
記された額を見て、思わずもう一度読み直す。
「高すぎませんか」
「噂には、それだけの値が付く」
「この金額なら、新しく火槍を作って売ろうとする者も出ます」
「出るだろうな。だが、従来型の火槍なら構わん」
マティアスは椅子へ座り直した。
「大きくて重い火槍を周辺の諸侯が買い集めている間に、こちらは火縄銃を増やす。アルベルト様は売却した金を、こちらから購入する三十挺の代金へ回せる。今のところは、予定どおりだ」
俺は書状を返した。
「売却した火槍が、将来こちらへ向けられる可能性はあります」
「もちろんある。武器を売る以上、それは避けられん」
「使い方を知らないままなら脅威は限られますが、狭い場所で待ち伏せに使われれば危険です」
「だから、誰に何挺売ったかを記録させている。数と相手が分かっていれば、対策はできる」
売ればそれで終わりではない。
どこへ何挺渡ったのか。火薬や弾をどれほど持っているのか。扱える兵がいるのか。
そうした情報を残すことも、取引条件の一部だった。
「アルベルト様は、火縄銃三十挺の購入予定を変えていませんね」
「ああ。最初の売却代金だけで全額を賄えるわけではないが、負担は減る。向こうでの研究と職人育成も続けるそうだ。ただし、生産数は記録して報告する。会談で決めた条件どおりだ」
アルベルトの手元には、すでに試作品一挺と開発記録がある。
こちらが一方的に研究を禁じることはできないし、するべきでもない。アルヴェインが自力で火縄銃を作れるようになれば、将来の戦力になる。
ただし、勝手に数を増やして他国へ渡されては困る。
だから生産数、販売、譲渡、職人の移動を記録し、互いに報告することになっていた。
「これで、諸侯が欲しがっているのは従来型火槍だと分かりました」
俺は言った。
「少なくとも、今の段階で新型の構造まで知っているわけではありません」
「そう決めつけるのは早いぞ」
マティアスの笑みが消えた。
扉の外へ声をかけると、先ほどとは別の商会員が入ってきた。その後ろには、工場で小さな金具を作っている職人が立っている。
職人は緊張した様子で帽子を両手に持っていた。
「聞いたことを、そのまま話せ」
マティアスに促され、職人が口を開く。
「昨日、仕事を終えて酒場へ寄ったところ、知らない商人に声をかけられました」
「何を尋ねられましたか」
俺が聞くと、職人はこちらを見た。
「最近、誰の仕事をしているのかと。それから、同じ形の金具をいくつも作っているそうだが、何に使う物なのか、と」
「火縄銃という言葉は出ましたか」
「いいえ。火槍とも言いませんでした。ただ、小さなばねと掛け金を作っているだろうと言われました」
相手は完全な当てずっぽうで声をかけたわけではない。
職人が何を作っているか、少なくとも一部は知っている。
「あなたは何と答えたのですか」
「荷車の留め具だと言いました。すると、見本か型を一つ譲れば、銀貨を払うと言われました」
「受け取りましたか」
「いいえ」
職人は慌てて首を振った。
「仕事の中身を尋ねられたら、すぐに商会へ知らせる契約です。何も渡していません。今朝、工場の監督へ話しました」
「その商人の顔は覚えていますか」
「はい。背は私より少し高く、茶色の外套を着ていました。右手の親指に、黒い石の指輪をしていました」
特徴はあるが、それだけで誰の手の者かは分からない。
商人本人でさえ、自分を雇った者の正体を知らない可能性がある。
「よく報告してくれました」
俺が言うと、職人は少しだけ肩の力を抜いた。
「今までどおり、工場の外では仕事の話をしないでください。しばらく一人で帰らず、商会が用意する者と一緒に動いてください」
「私は罰せられるのでしょうか」
「何も渡していないのでしょう」
「はい」
「なら、罰する理由はありません。報告したことで、こちらも相手が動き始めたと知ることができました」
職人がマティアスを見る。
マティアスも頷いた。
「余計なことを話さず、すぐ知らせた。契約を守った者を罰すれば、次から誰も報告しなくなる。今日は仕事へ戻れ。ただし、同じ男に会っても自分で捕まえようとするな」
「承知しました」
職人が退室すると、マティアスは商会員へ命じた。
「酒場とその周辺を調べろ。店の者、給仕、近くの厩へも聞け。だが、見つけても捕らえるな。誰と接触するかを先に見ろ」
「かしこまりました」
商会員も部屋を出ていった。
「捕らえないのですか」
「末端を一人捕らえても、背後にいる者が逃げるだけだ。本人がただの仲介人なら、聞き出せることも少ない」
「泳がせるのですね」
「商人を捕まえる言い方ではないが、そういうことだ」
マティアスは卓上に残った部品の木札へ目を落とした。
「しかし、五十挺単位で作るとなれば、こういう連中は増えるぞ。鉄、木材、獣の角、革。今までと違う注文が同じ場所へ集まれば、何かを作っていることは分かる」
「すべてを隠し続けるのは無理です」
口に出してみると、認めたくない現実がはっきりした。
関わる人数が十人、二十人なら、全員の行動に目を配ることもできる。しかし数百挺を作るには、職人だけでなく、材料を運ぶ者、倉を守る者、食事を作る者まで必要になる。
全員に完成品を見せなくても、何か大きな仕事が進んでいることまでは隠せない。
「守る物を絞るべきです」
俺は卓上の木札を並べ直した。
「部品を一つ見られただけで、火縄銃すべてを再現できるわけではありません。鉄筒だけでも撃てませんし、ばねだけあっても使い道は分からない」
「一人の職人に、完成品のすべてを教えない方針は変えないということか」
「はい。見本と検査具は工場の外へ持ち出させない。完成品と開発記録は別の場所へ保管する。実際に何挺完成しているかを知る者も限ります」
ロルフが口を挟んだ。
「試射を隠す方が難しいぞ。音は山の向こうまで聞こえる」
「だから試射場をアイヒェンタールに置いたのです。立ち入りを制限し、撃つ日と時間をまとめます。音を聞かれても、従来型火槍の試験だと思わせればいい」
「火槍の噂を覆いに使うのか」
「すでに周囲は、レオンハルト殿下が火槍を使ったと考えています。こちらから余計な説明をしなければ、新しい部品も火槍を改良するための物だと思うはずです」
もちろん、いつまでも通用するとは思わない。
実戦で数百挺を一斉に使えば、従来型火槍とは違うことが誰の目にも明らかになる。
だが、それまでの時間を少しでも稼げるなら意味はある。
時間があれば、こちらは火縄銃を増やし、兵を訓練できる。相手が真似を始めても、同じ物を作るだけでは追いつけないだけの運用方法を蓄えられる。
「秘密には二つあると思います」
俺は言った。
「武器の形と、その武器をどう使うかです。形はいずれ知られます。でも、装填、号令、二段射撃、槍兵との連携、不発時の対応まで同時に盗まれるとは限りません」
「なら、形を隠している間に、使い方を先へ進めろ」
マティアスがそう言った時、再び扉が叩かれた。
今度は、レオンハルトの紋章が付いた書状だった。
◇ ◇ ◇
レオンハルトと会うのは、その日の夕刻になった。
俺とマティアスは、ベルグハーフェンに設けられたレオンハルトの滞在先へ向かった。
部屋にはレオンハルトとユリウスが待っていた。卓上にはグランヴァルト周辺の地図が広げられ、いくつかの場所へ駒が置かれている。
「三十挺できたそうだな」
挨拶を終えると、レオンハルトは前置きなく言った。
「はい。第二回製造分の十挺が試射を終えました」
「使えるのか」
「一挺は金具の位置を調整しましたが、再試験を通りました。現時点では三十挺すべて使用できます」
「そうか」
レオンハルトの返事は短かった。
褒められるとは思っていなかったが、三十挺という数に驚いた様子もない。
「次は五十挺単位で材料と職人を動かす計画です」
マティアスが説明した。
「完成した十挺から順に試験場へ送ります。工場の職人と設備も増やします」
「百挺になるまで、どれほどかかる」
レオンハルトの視線が俺へ向いた。
「現在のままなら、かなりの時間が必要です。ただ、分業と検査の体制を広げれば短縮できます。数か月で百挺へ届くことを目標にしています」
「目標ではなく、必要な時に間に合うかを聞いている」
「次の戦がいつ始まるかによります」
「分からんから聞いている」
返す言葉が詰まった。
レオンハルトは地図上の駒を一つ動かした。
「シュヴァルツは生きている。兵のすべてを失ったわけでもない。敗走した兵を拾い、味方した諸侯へ使者を送っている」
別の駒を、グリュン川大橋に近い位置へ置く。
「ヴァルナーの側にも動きがある。橋への攻撃に失敗した後、おとなしく領地へ戻っただけだと思うな。周辺の兵糧を買い、馬を集めている」
「再び橋を狙うのでしょうか」
「同じ場所を同じ方法で攻めるほど愚かなら楽だがな」
レオンハルトは口元を歪めた。
「次は、こちらが守る場所を選べないかもしれん」
前の戦いでは、橋と倉、兵糧、帰還路を守るという明確な目的があった。敵が通る場所も限られ、火縄銃を見せるだけで警戒を誘えた場面もある。
しかし広い野で戦えば、敵は正面から来るとは限らない。
騎兵が回り込み、弓兵が遠くから狙い、火縄銃の装填中に歩兵が押し寄せる。
十挺で指揮官を倒した成功を、そのまま繰り返せるとは思えなかった。
「現在、火縄銃を扱える兵は何人だ」
「前回のシュヴァルツ伯との戦いに参加した十人が中核です。新たに十人を加え、実銃訓練を始めています。他の者には木製の模擬銃で装填と号令を教えています」
「お前が預かった百人は、いつ戦える」
「百人全員が火縄銃を持つわけではありません。射手、槍による護衛、一発筒や火縄の管理、修理の補助などへ役割を分けます。現在の三十挺を使えば、実弾訓練へ移せる人数は増やせます」
「百人で何ができる」
試されているのだと分かった。
「狭い場所を守るなら、大きな力になります。三十挺を十挺ずつ三つに分け、交代で撃つこともできます。槍兵と組み合わせれば、装填中を守れます」
「広い場所なら」
「百人だけでは側面を守れません。別の槍兵や弓兵、騎兵との連携が必要です」
「つまり、百人だけでは一つの戦場を支配できん」
「はい」
認めるしかなかった。
レオンハルトは満足したように頷いた。
「できるふりをしなかったことは褒めてやる」
「ありがとうございます」
「だが、できないと分かったなら、できる数を考えろ」
レオンハルトは椅子から立ち上がり、地図の前へ移動した。
「三十挺を並べて、珍しい武器ができたと喜ぶつもりか」
「いいえ」
「では聞く。何挺作れる」
「工場を拡張し、時間をいただければ、数百挺を目指せます」
「違う」
レオンハルトは即座に切り捨てた。
「俺が聞いているのは鉄の筒の数ではない」
指先で地図を叩く。
「何人の兵を、同じ号令で動かせる」
答えようとして、言葉が出なかった。
火縄銃が三百挺あっても、三百人が勝手に撃てば、最初の一斉射撃の後に何もできなくなる。
一発筒を取る者、装填する者、火縄を挟む者、射線を揃える者。全員が同じ手順を守り、命令が届かない時には撃たずに待つ必要がある。
百人を動かすだけでも、俺とギルベルトだけでは足りない。
教官を増やし、班ごとの指揮官を育て、離れた場所でも同じ号令で動ける仕組みを作らなければならない。
「現在の十人を教官にし、百人を育てます」
「その後は」
「百人の中から、さらに教官を選びます」
「それで何人まで増やせる」
「火縄銃の完成数にもよりますが……数か月あれば、数百人へ基本動作を教えることは可能だと思います」
「基本動作だけか」
「実戦で動けるようにするには、射撃だけでは足りません。槍兵との交代、煙で合図が見えない場合の対応、弾薬の補充、不発時に射線から下がる手順も必要です」
「なら、それを教えろ」
レオンハルトは、あまりにも簡単に言った。
だが、命じる側には、必要な物を用意する責任がある。レオンハルトもそれを理解している。
「アレク」
「はい」
「次に必要なのは、火縄銃を作る職人だけではない。それを持って戦える軍だ」
部屋の空気が変わった。
「俺の直属兵を、お前に預けることを考えている」
「殿下の兵を、私にですか」
「お前の家臣にするとは言っていない。指揮権まで丸ごと渡すつもりもない。だが、火縄銃の扱いを知る者は、お前と、お前が育てた火槍隊だ」
レオンハルトはマティアスを見る。
「こいつへ直接渡せば、領地の食料が先に尽きる。兵の扶持と訓練に必要な物は、こちらから出す。お前の商会を通して管理しろ」
「人数はお決めですか」
マティアスの問いに、レオンハルトはすぐには答えなかった。
「訓練場所と、教官の数を確かめてからだ」
その視線が再び俺へ戻る。
「明日までに、百人を超える兵をどう分け、どう教えるかを考えろ。銃が足りないという答えは認めん。木の棒でも、空の一発筒でも使えばいい。撃てるようになってから集めるのでは遅い」
「承知しました」
「それから、預ける兵はお前の百人とは別に動かす。戦場では同じ火槍隊に見えるよう訓練するが、誰が誰の兵かは曖昧にするな」
「はい」
アレク直属の百人と、レオンハルト直属の兵。
同じ号令を学び、同じ火縄銃を持って並んでも、主従関係まで同じになるわけではない。
現場の指揮系統を曖昧にすれば、命令が二つに割れる。戦場でその混乱が起きれば、火縄銃の数が多いほど危険になる。
「ユリウス」
「はい」
「候補となる兵を選べ。命令を聞けない者、酒で問題を起こす者、火の扱いが雑な者は外せ。腕力だけで選ぶな」
「承知いたしました」
ユリウスが答えた。
話はそこで終わった。
具体的な人数は告げられなかったが、十人や二十人ではないことだけは分かる。
俺が想像していたより早く、火縄銃は工場で作る新しい武器から、一つの軍を形作る中心へ変わろうとしていた。
◇ ◇ ◇
アイヒェンタールへ戻った時には、すでに日が沈んでいた。
山道の入口で松明を持った男が待っており、領主館まで先導してくれる。
朝に雨水が流れていた東の坂を通ると、道の両側に浅い溝が掘られていた。急な場所には砕いた石が入り、荷車の車輪が沈み込んでいた轍も埋め戻されている。
まだ完成ではないが、次の雨で水が道の中央を流れることは減るだろう。
領主館へ入ると、朝に仕事を任せた男が記録を持ってきた。
「東の坂は、予定したところまで溝を掘りました。谷側へ水を逃がす場所で大きな石が出たため、明日もう一度作業が必要です」
「石を無理に動かす必要はありません。水が家や畑へ向かわないなら、その石を避けて溝を曲げてください」
「分かりました。木炭の荷車三台も、日暮れ前にベルグハーフェンへ着いたと知らせがありました。試験用の籠は商会の者へ直接渡しています」
「道中で荷崩れは?」
「一本、縄が緩みましたが、木炭が混ざる前に積み直したそうです」
「明日は積む前に縄を濡らして締めてください。乾いた縄は荷物が揺れると緩みます」
「承知しました」
ほかにも、共有林から切り出す木の順番と、山道の通行税を払えなかった荷車について報告を受けた。
通行税を払えなかった荷車は、積み荷の一部を無理に取り上げず、帰路に支払うという証文を残させている。ベルグハーフェンで品物が売れなければ払えない可能性もあるが、最初から道を通さなければ商売そのものが成り立たない。
すべての報告を聞き終えた後、明日の作業と確認事項だけを伝える。
俺が一日留守にしていても、領内の仕事は進んでいた。
もちろん、まだ俺の判断を待って止まっている仕事も多い。それでも朝に決めたことが夕方には形になり、問題が記録として戻ってくる。
少しずつではあるが、領地が俺一人の手を離れて動き始めている。
「領主様、アルヴェインからお手紙が届いております」
最後に差し出された封筒を見て、疲れが少しだけ軽くなった。
差出人の名を確かめるまでもない。
丁寧な文字で、俺の名前が書かれていた。
自室へ戻り、机の燭台へ火をつける。
封を開くと、エリーゼの手紙には、最近アルヴェインの帳簿を読む勉強を始めたと書かれていた。
これまでも領内の収穫や支出について教わっていたが、今はアルベルトが実際に確認する帳簿の写しを使い、倉へ入った穀物と出ていった穀物、兵や使用人へ支払う金、橋や道の修繕費などを学んでいるらしい。
『以前、アレクが山道を直すことと、木炭を売ることを同じ手紙に書いていた理由が、少し分かった気がします。道がなければ木炭を運べず、木炭が売れなければ道を直すお金も得られないのですね。帳簿の数字だけを見ていると別々のことに思えますが、本当はつながっているのだと叔父上に教わりました』
思わず笑みがこぼれた。
アルベルトらしい教え方だ。
答えをそのまま与えるのではなく、数字の関係を自分で考えさせたのだろう。
『林檎の花の髪飾りは、こちらへ戻ってからも大切にしています。毎日身につけると傷めてしまいそうなので、特別な日にだけ使うことにしました。でも、しまったままでは贈ってくださった方に失礼でしょうか』
誰かに見せたいのか、俺に使っていると伝えたいのか。
おそらく、その両方なのだろう。
以前の俺なら、どう返事をすればいいのか分からず、無難な言葉だけを書いていたと思う。
今も分かっているとは言えない。
それでも、髪飾りを渡した時のエリーゼの表情を思い出すと、何も書かずにごまかしたくはなかった。
俺は新しい紙を取り出した。
まず、髪飾りはエリーゼの物なのだから、使いたい日に使ってほしいと書く。傷めないよう大切にしてくれることは嬉しいが、箱の中へしまうために贈ったのではない、と付け加えた。
書いた後で、少し偉そうな言い方に見えないか心配になり、読み返す。
結局、言葉を少しだけ柔らかくして残した。
続けて、アイヒェンタールの山道について書く。
昨夜の雨で道が削られたこと。集落ごとに担当区間を決め、雨水を逃がす溝を掘っていること。木炭を積んだ荷車が、その道を通ってベルグハーフェンへ向かったこと。
火薬の試験に関わる木炭や、火縄銃の製造数には触れない。
領内で起きていることのすべてをエリーゼに話せないのは、少し寂しかった。しかし秘密を守ることは、彼女を信用していないという意味ではない。
手紙は途中で誰かの手に渡る可能性がある。エリーゼが知れば、今度は彼女にも秘密を背負わせることになる。
『最近の私は、朝に領地の仕事を決め、昼はベルグハーフェンでマティアス様の仕事を手伝い、夜に戻って領内の報告を聞く日が増えました。毎日同じようにも見えますが、昨日まで通れなかった荷車が通れるようになったり、売れなかった物に値が付いたりしています。大きな変化ではありませんが、少しずつ前へ進んでいます』
そこで筆を止め、窓の外を見た。
夜の村には、点々と明かりが見える。以前より灯りの数が増えたわけではない。それでも、あの一つ一つの家で暮らす者たちの仕事と食事を、俺は領主として考えなければならない。
工場では三十挺の火縄銃が並んだ。
領内では三台の荷車が木炭を運んだ。
数字だけを見れば、どちらも増えている。
だが、三十挺の火縄銃を作るにも、木炭を運ぶにも、それを扱う人間が必要だった。
最後に、山では朝夕の冷え込みが少しずつ強くなっていると書いた。
季節は進んでいる。
戦の最中には忘れていた自分の誕生日も、また巡ってくる。エリーゼの誕生日も、その後に続く。
時間がたっていることを、俺はいつも後になってから気づく。
手紙を書き終え、燭台の火を見つめた。
三十挺。
最初の一挺を完成させた時の自分が聞けば、十分に多いと思っただろう。
けれど、レオンハルトが求めているのは、火縄銃を倉に並べることではない。
同じ号令を聞き、同じ時に構え、同じ敵へ向けて撃ち、装填している仲間を守れる兵たちだ。
武器を増やせば、それを扱う者が必要になる。
兵を増やせば、彼らへ教える者と、食べさせる者と、命令を伝える者が必要になる。
工場の秘密を探る者まで現れた以上、こちらに残された時間が長いとも限らない。
次に増やさなければならないのは、火縄銃だけではなかった。
第八話を読んでいただき、ありがとうございました。
三十挺の完成と五十挺単位での増産計画により、火縄銃の製造は次の段階へ進みます。しかし、規模が大きくなるほど秘密を守ることは難しくなり、武器を扱う兵の育成も必要になります。
次回は、レオンハルトから預けられる直属兵を受け入れ、アレクが数百人規模の火槍隊を育てるための一歩を踏み出します。
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