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『知らない世界の知っている物語』 ~剣と知識を授かった平凡な会社員は、異世界の乱世を生き抜く~  作者: 相田 ソウ
第五篇 乱世に広がる火

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第七話 一発までの道

正式採用された新兵十人が、初めて火薬と弾を使った訓練へ進みます。

火縄銃本体だけでなく、一発筒、弾薬箱、火縄、輸送まで含めた「一発を撃つための仕組み」が動き始めます。

 正式採用された十人へ初めて実弾を撃たせる日の朝、領主館の執務室には、火縄銃ではなく、火薬と弾の数が並べられていた。

 使用可能な火縄銃は十九挺。

 既存の火槍兵が十人、新たに正式採用した兵が十人。

 数字だけを見れば、一挺足りないだけで二十人へ火縄銃を持たせられる。

 だが、机の上の記録を見ると、問題は火縄銃の数だけではなかった。

「新兵十人に一発ずつ撃たせるなら、十発分です」

 フェリクスが紙へ書いた数字を示した。

「見本として教官も撃ちます」

「教官が一人一発なら、さらに十発分です」

「不発になった時や、もう一度動作を確かめる分も要ります」

「では、三十発分を試験場へ運びますか?」

「全部を一つの箱へ入れないでください。訓練で使う分と予備を分けます」

 火縄銃一挺を撃つには、筒の中へ入れる火薬だけでなく、火皿へ置く細かな火薬も必要になる。

 弾、火縄、一発筒、携帯用弾薬箱、腰箱、装填棒もいる。

 撃った後には、点火孔を掃除する細い棒と布も使う。雨が降れば火縄銃を包む油紙が必要で、ばねや掛け金が壊れれば予備部品がなければ直せない。

 火縄銃が一挺増えるたび、その後ろに必要な物も増えていく。

「一発筒は、新兵へ十本ずつ渡すのですか?」

 フェリクスが尋ねた。

「今日は一人一本だけです。残りは弾薬箱へ入れません」

「兵一人へ十本が基本では?」

「実戦ではそうします。しかし、初めて火薬へ触れる者に十本すべてを渡す必要はありません」

 一発筒は、獣の角を加工した小さな容器だ。

 底に弾、その上に一発分の火薬を入れ、木栓で閉じる。使う時は木栓を外し、銃口へ逆さに当て、火薬と弾を続けて筒内へ入れる。

 戦場で火薬を量る作業を減らせるが、容器の中に火薬が入っていることは変わらない。

 十本あれば十発撃てる。

 同時に、扱いを誤れば十本分の火薬へ火が移る危険もある。

「新兵へ渡す一発筒は十本。予備は別に十本。残りは領主館の火薬箱へ置きます」

「火皿用の火薬は?」

「腰箱へ必要な分だけ入れます。こちらも教官が確認してください」

「使用後の筒は?」

「空筒用の袋を班ごとに用意します。未使用の一発筒と混ぜないように」

 俺は記録の下へ、配布、使用、未使用、破損、回収という五つの欄を書いた。

「ここまで必要ですか?」

「今日の十発なら、なくなっても気づけます。百人へ十本ずつ配れば、千本です。千本になってから数え方を決めるのでは遅いでしょう」

「千本……」

 フェリクスが数字を見つめる。

 火縄銃百挺という言葉だけなら、以前から何度も口にしている。

 だが、百挺を戦場へ持ち込み、一人へ一発筒を十本ずつ配るなら、それだけで千本になる。

 火薬と弾も千発分。

 訓練で使う分、予備、濡れや破損による損失まで含めれば、さらに増える。

「火縄銃の完成数とは別に、何発撃てるかを記録しましょう」

「一発筒に入っていない火薬は、どう数えますか?」

「火薬袋の数と重さを記録してください。ただし、同じ大きさの袋でも中身が違えば意味がありません。誰が詰め、いつ受け取ったものかも分けます」

「弾は一個ずつですか?」

「百個ごとに箱へ分け、使った分を減らします。数が合わない時だけ、一個ずつ数え直しましょう」

 全てを毎日一から数えていたら、訓練より確認の方が長くなる。

 大きな単位で分け、出入りがあった部分だけを確認する。

 前世の会社で在庫を扱っていた時も、帳簿上の数字と倉庫の中身が合わないことはあった。

 この世界では、紙も秤も人手も足りない。

 だからこそ、完璧な記録を求めて何も残らないより、誰でも続けられる単位へ分ける方がよかった。

「新兵は試験場へ集まっています」

 ギルベルトが部屋へ入ってきた。

「既存兵十人も?」

「はい。マルク、テオ、ニクラスが装備を確認しています」

「では、行きましょう」

 火薬と一発筒を入れた箱は、火縄銃とは別に運ぶ。

 荷車へ積む時も間を空け、火縄や火種を持つ兵を近づけない。

 試験場までの短い距離でも、その決まりは変えなかった。

 採石場を利用した試験場では、新兵十人が二列に並んでいた。

 目の前には、布で覆われた火縄銃と、木製の模擬銃が置かれている。

 既存の火槍兵が一人ずつ新兵の横へ立った。

 新兵十人全員を一度に撃たせるつもりはない。

 最初は五人。

 残る五人は少し離れた場所で動作を見て、最初の組が終わってから交代する。

「本日は、一人一発だけ撃ってもらいます」

 俺が告げると、新兵たちの顔に緊張が浮かんだ。

「命中を競う訓練ではありません。号令を聞き、銃口を味方へ向けず、発射後に火縄を安全な位置へ戻す。それができれば、最初の訓練としては合格です」

 土盛りの前には、人の胸ほどの高さに標的板を置いてある。

 板の中央には黒い円が描かれているが、そこへ当てることは求めない。

 最初の五人が、教官の助けを受けて火縄銃を持った。

「構えるのは、まだだ」

 ギルベルトが全員を見渡す。

「銃口を土盛りへ向けろ。火縄は上げたままにしろ」

 携帯用弾薬箱は腰ベルトへ装着している。

 その中には、一発筒が一本だけ入っていた。

 ギルベルトが声を張る。

「弾薬箱開放許可!」

 新兵たちが蓋へ手を掛ける。

 一人が差し込みを外す前に、隣の兵はすでに蓋を持ち上げようとした。

「待て」

 テオがその手を押さえた。

「まだ開放許可が出ただけだ。勝手に次へ進むな」

「ですが、開けてよいのでは?」

「開けてよい。だが、次の命令を聞かずに筒を取るな」

「まだ取ってはいません」

「手が筒へ向かっていた」

 新兵の手は、確かに箱の中へ入ろうとしていた。

 テオは怒鳴らず、一発筒を指した。

「火縄は燃えている。蓋を開け、命令も聞かずに筒を取り出し、落とせばどうなる?」

「木栓が外れます」

「火薬が漏れる。何本出したかも分からなくなる。実戦で隣の者まで勝手に箱を開ければ、火縄の火が近づくこともある」

「申し訳ありません」

「謝るのは後だ。今、何をすべきだ?」

「次の命令を待ちます」

「それでいい」

 ギルベルトが最初から号令をやり直した。

「弾薬箱開放許可!」

 五人が蓋を開く。

「一発取れ!」

 一発筒を一本取り出す。

 木栓は本体へ革紐で結んでいない。

 紐が引っ掛かれば、装填中に一発筒を落とす危険がある。外した木栓は空筒用の袋と分け、腰箱の決められた場所へ入れさせる。

「装填!」

 一発筒を逆さにし、銃口へ火薬と弾を入れる。

 火縄ばさみを手で引き上げ、弾を装填棒で奥へ押し込む。

 火皿へ細かな火薬を置き、火蓋を閉じる。

 火縄を火縄ばさみに挟み、掛け金へ留める。

 五人の動きは揃わなかった。

 一人は、一発筒を銃口へ当てる角度が悪く、火薬を少しこぼしかけた。教官がすぐに銃口を上へ向け直す。

 別の一人は、弾を入れた後も一発筒を握ったまま、装填棒を取ろうとした。

「空筒を先に袋へ入れろ」

 マルクが指示する。

「手に持ったままでは、装填棒を落とすぞ」

 木製の模擬銃では覚えられなかったことが、実物を持つと次々に出てくる。

 火縄銃には重さがある。

 火縄は燃えている。

 火薬をこぼせば、拾って戻せば済む話ではない。

 全員の装填が終わるまで、先に終えた者も構えさせなかった。

「第一の射手だけ前へ」

 最初の一人が標的の前へ進む。

 教官が銃口、火縄、火皿、後方の人員を確認する。

「火蓋を開けろ」

 新兵が火蓋を開く。

「構え!」

 木台を肩へ当てる。

 位置が低い。

 教官が後ろから木台を少し上げ、頬を鉄筒へ近づけすぎないよう直した。

 ギルベルトが赤い布を高く上げる。

 周囲の兵は動かない。

「撃て!」

 赤い布が振り下ろされた。

 新兵が引金を引く。

 火縄ばさみが落ち、火皿の火薬へ触れた。

 一瞬遅れて、銃声が採石場へ響く。

 新兵の肩が後ろへ押され、銃口が大きく上がった。

 弾は標的板には当たらず、後ろの土盛りへ入った。

「銃口を戻せ!」

 教官の声で、新兵が慌てて銃口を下げる。

「火縄を上げろ!」

 新兵は引金から指を離した。

 だが、火縄ばさみは自動では戻らない。

「手で上げるんだ」

 新兵がようやく火縄ばさみをつかみ、安全な位置へ引き上げた。

「弾薬箱閉め!」

 空になった弾薬箱の蓋を閉じる。

「何が悪かったか分かるか?」

 ギルベルトが尋ねた。

「銃口が上がりました」

「それだけではない」

「火縄を上げるのが遅れました」

「そうだ。命中しなかったことより、そちらを先に直せ」

 二人目は、銃声を予想して目を強く閉じた。

 弾は標的板の下へ当たったが、発射後も引金を握ったまま動かなかった。

 三人目は、火縄が火皿の中央から少し外れていた。

 引金を引く前にテオが気づき、構えを解かせる。

「このままでも撃てるかもしれません」

 新兵が言う。

「撃てるかもしれない、で火薬を使うな」

 テオが火縄の位置を直した。

「撃てなければ、不発時の手順へ移る。最初から分かるずれは、構える前に直せ」

 四人目の弾は、標的板の端へ当たった。

 五人目は中央に近い場所へ当てたが、本人は銃声に驚き、当たったことに気づいていなかった。

 最初の組が終わると、後ろで見ていた五人と交代する。

 二組目も、一人ずつ撃たせた。

 最終的に、十人のうち標的板へ当てたのは四人だった。残る六人の弾も、土盛りから外れてはいない。

 誰も味方へ銃口を向けず、怪我人も出なかった。

 不発もなかった。

「初めてなら十分でしょうか?」

 俺がギルベルトへ尋ねる。

「十分かどうかは、次も同じ動作ができるかで決まります」

「厳しいですね」

「アレク様が、命中より安全が先だとおっしゃったので」

「そのとおりです」

 実戦で敵が迫れば、今日のように一人ずつ確認する時間はない。

 銃声、怒鳴り声、煙、恐怖の中で、十人が同じ動作を行う必要がある。

 だからこそ、最初は遅くても、順序を崩さずに覚えさせなければならなかった。

 訓練を終え、火縄を消してから、一発筒と木栓を回収した。

 火薬と火種を遠ざけた場所で、ニクラスが数を読み上げる。

「配布した一発筒、十本。使用、十本。未使用、なし。破損、なし。回収……九本」

「もう一度数えてください」

「九本です」

 空筒用の袋を逆さにしても、九本しか出てこない。

「誰が最後に持っていたか、分かりますか?」

「一人一本です。十人全員が使っています」

「試験場全体を探す前に、一人ずつ装備を確認しましょう」

 使用済みの一発筒に火薬は残っていないはずだ。

 それでも、紛失を見逃すことはできない。

 実戦で同じことが起きれば、残弾数が合わなくなる。火薬入りの一発筒がなくなった場合は、敵や領民の手へ渡る危険もある。

 十人を並ばせ、腰箱、弾薬箱、空筒用の袋を確認する。

 七人目の腰ベルトへ手を掛けた時、教官が止まった。

「ここにある」

 空の一発筒が、上着と腰ベルトの間へ挟まっていた。

「なぜ、そこへ入れた?」

「覚えていません」

「隠したのか?」

「違います。撃った後、火縄を上げるよう言われて……その時に、手に持っていた筒を入れたのだと思います」

 嘘をついているようには見えなかった。

 初めての銃声と反動で、空筒を袋へ入れる動作まで意識が回らなかったのだろう。

「処罰はしません」

 俺は言った。

「ですが、一本ならよいとは考えないでください。今日見つかったのは、十人しかいなかったからです。百人になれば、誰がどこでなくしたか分からなくなります」

「申し訳ありません」

「次からは、教官が空筒を袋へ入れたことまで確認してください。ただし、射手の手元ばかり見て、銃口から目を離さないように」

「承知しました」

 回収した空筒は、クレーマー商会へ戻す。

 割れ、焦げ、変形がないかを調べ、乾燥させてから再利用する。

 獣の角を百本、千本と集め続けるより、使える筒を戻した方がよい。

 木栓も数えた。

 こちらは十個揃っていた。

 一発筒へ革紐で結ばない以上、戦場ではなくなる可能性がある。今後は空筒と木栓を別々に数え、足りない分だけ作り直すことにした。

「一発撃つだけでも、ずいぶん数えるものがありますね」

 フェリクスが記録を書きながら言った。

「本体だけ見ていた時には、分かりませんでした」

 火縄銃は目立つ。

 長い鉄筒、煙、音、飛ぶ弾。

 だが、その一発を支える小さな道具は、戦果として語られることがない。

 一発筒が一本なくても、戦場の話には残らないだろう。

 それでも、その一本を放置する部隊へ、千本の一発筒を預けることはできなかった。

◇ ◇ ◇

 翌朝、俺は訓練記録と回収した空筒を持ち、ベルグハーフェンへ向かった。

 領地の仕事はフェリクスと村長へ任せてある。

 橋の補強契約をまとめ、最初の集荷日に必要な場所と人員を決めるよう指示した。

 クレーマー商会へ着くと、マティアスは別の帳簿を読んでいた。

「新兵は撃てたか?」

「十人全員、一発ずつ撃ちました」

「命中は?」

「標的板へ当たったのは四人です」

「残りは?」

「土盛りです」

「十発使って四発か」

「最初の訓練です。味方を撃たなかったので、十分です」

「戦場で敵へそう説明するのか?」

「次から命中率を上げます。最初から命中だけを求めて、装填と安全を崩す方が危険です」

 マティアスは帳簿を閉じた。

「で、今度は何が足りん?」

「よく分かりましたね」

「お前が記録を持って来る時は、たいてい金の掛かる話だ」

 俺は一発筒の配布と回収記録を見せた。

「火縄銃十挺を完成させても、十人分の装備がなければ部隊として使えません。第二ロットからは、本体だけでなく、十挺分の付属品を一組として管理したいです」

「何が要る?」

「火縄銃十挺、携帯用弾薬箱十個、一発筒百本、腰箱十個、装填棒十本と予備、予備火縄、点火孔を掃除する棒、布、交換用の小部品、試射用の火薬と弾、部品番号と試射記録です」

「それを一つの荷車へ積むのか?」

「火薬と弾は別です。同じ倉へも置きません。十人を動かすために必要な数を、一つの単位として管理するだけです」

「銃が十挺できても、一発筒が九十本しかなければ?」

「火縄銃本体は完成十挺、部隊装備は未完成と記録します」

「完成した銃を納めなければ、レオンハルト殿下は怒るぞ」

「銃だけ納めて、弾も火薬もありませんと答える方が怒られます」

「違いない」

 マティアスは一発筒を一本持ち上げた。

「百本なら、すぐ作れるのか?」

「職人へ確認しなければ分かりません」

「もう確認した」

 マティアスは別の紙を俺へ渡した。

 第二ロット以降に必要な一発筒の数を見て、クレーマー商会はすでに角の在庫を調べていた。

 ベルグハーフェンの角職人が持つ材料だけでは、百挺分の一発筒を一度に作れない。

「千本を明日までに集めろとは言っていません」

「言われても無理だ。牛や山羊の角は、畑から生えてこない」

「食肉や皮革を扱う者から集められませんか?」

「集めさせている。牧畜をしている村と、遠方の商人にも話を出した」

「なら、見通しは立ちますか?」

「時間を掛ければな」

 角は、一発筒だけに使われているわけではない。

 櫛、留め具、小さな道具の柄、飾りにもなる。

 クレーマー商会が高値で全て買えば、既存の職人は材料を失う。櫛や留め具の値段も上がり、町の暮らしへ影響する。

「一発筒に使える太さのものだけを選びましょう」

「小さな角と、割れた角は買わないのか?」

「別の用途があるなら、無理に買いません。火薬を入れられないものまで集めても、在庫が増えるだけです」

「空筒の回収は?」

「十本すべて戻りました。検査して、使えるものは再利用します」

「戦場でも同じように戻ると思うなよ」

「分かっています。紛失と破損を含めて、製作数には余裕を持たせます」

 マティアスは商会の担当者へ、十挺ごとに必要な角の数を知らせるよう命じた。

 一度に千本集めるのではなく、第一ロット、第二ロットと製造の進み方に合わせて集める。

 急に高値で買い始めれば、角を持つ者が値上がりを期待して売らなくなる可能性もある。

 商会の取引網を使えば、必要な場所を探すことはできる。

 だが、金を出せば翌日に物が現れるわけではなかった。

「火縄銃一挺より、一発筒十本の方が面倒になるとは思いませんでした」

 俺が言うと、マティアスが鼻で笑った。

「商売では、値の高い品より、安い品を大量に揃える方が面倒なこともある」

「一発筒を一本ずつ数えても、大きな利益にはなりませんからね」

「だが、一本足りなければ、お前は探し回る」

「必要ですから」

「なら、それを商売にする者も必要だ」

 火縄銃を作る職人だけでは、部隊は動かない。

 角を集める商人、筒へ加工する職人、空筒を回収する兵、乾燥と検査をする者。

 千本になれば、それだけで一つの仕事になる。

 郊外の工場へ向かうと、ロルフが使用停止となった一挺を組立場の中央へ置いていた。

「直りましたか?」

「直した」

「今度は試射するまで使用可能とは言わないでください」

「お前に言われなくても分かっている」

 ロルフは、緩んだ火皿の金具を見せた。

「固定する部分の仕上げが甘かった。組み立てた時には動かなかったが、三発撃った振動で緩んだ」

「部品そのものが壊れたのではないのですね」

「ああ。締め直し、固定する場所も整えた」

「第二ロットへは?」

「同じ場所を確認させる」

 ロルフは火皿の金具と、その土台へ細い印を刻んでいた。

 二つの印が一本につながっている。

「位置がずれれば、印もずれます」

「手で触って分からないほどの動きでも、目で見える。だが、印を見たからといって、手で確かめなくてよいわけではない」

「組み立て後、空の状態で引金操作を繰り返します。試射後にも確認しましょう」

「三発で緩んだ。最低でも三発は撃て」

「火薬と弾の費用が増えます」

「撃たずに戦場へ持っていきたいなら、好きにしろ」

「必要な費用として計算します」

 修理された一挺は、工場に近い試射場所で確認することになった。

 火薬は一発ずつ運び、最初は木の台へ固定する。

 一発目、二発目、三発目。

 火皿の金具は動かなかった。

 さらに既存の火槍兵が肩へ当てて数発を撃ち、引金と火縄ばさみの動きを確認する。

 刻んだ二つの印はずれていない。

「使用可能へ戻します」

 俺は記録へ書き込んだ。

「これで二十挺だな」

「はい。ただし、この一挺には修理履歴を残します」

「消せと言っても消さんだろう」

「消しません」

 第一ロットの一挺が戻り、使用可能な火縄銃は二十挺になった。

 既存兵十人と、新兵十人。

 数の上では、一人一挺を持てる。

 だが、新兵へ一挺ずつ預けるのはまだ早い。

 当面は教官が管理し、訓練の時だけ渡すことにした。

 組立場の奥には、第二ロット十挺分の部品が集まり始めていた。

 鉄筒はまだ全て揃っていない。

 木台は六つ。

 ばね、引金、掛け金、火皿、火蓋は、それぞれ数が違う。

「十挺分を発注したのに、揃いませんね」

「作る時間が違う」

 ロルフが答える。

「木台一つと鉄筒一本が、同じ日にできると思うな。先に来た部品から検査する」

 第一ロットで摩耗が見つかった木型は、新しいものへ交換されている。

 古い型は捨てず、端へ大きな傷を付けて、不良の見本棚へ移した。

 ばねは、基準となる完成品と並べ、火縄ばさみを落とす力を比べる。

 引金は、重すぎないか一つずつ動かす。

 火皿の固定金具には、組み立て後に位置確認の印を刻む。

 鉄筒は外側の形だけでなく、基準品より重いか軽いかを天秤で分けて記録する。

「この鉄筒は、誰が作ったものですか?」

 俺が尋ねると、工場の記録を担当する者が木札を確認した。

 製作者、使った鉄、受け取った日が書かれている。

「記録は残っています」

「検査した者も追加してください」

「ロルフの名前だけでよいのでは?」

「ロルフが全てを見るとしても、最初に外形を確認した者、重量を量った者、組み立てた者を分けます。後で数字が違った時、誰へ聞けばよいか分かるようにしてください」

「人を疑うためか?」

 ロルフが言う。

「間違いを探すためです。疑わなくても、同じ部品を二人で測れば違う結果になることがあります」

「記録するだけで、正しくなると思うなよ」

「分かっています。違いが出た時に、戻れるようにするだけです」

 第二ロットは、まだ完成していない。

 組み立てられる状態になったのは二挺だけで、鉄筒と木台を仮に合わせた段階だった。

 工場の鍛冶場も全面稼働していない。

 鉄筒と金具は町の既存工房で作り、新工場へ運ぶ。ここで組み立て、検査し、アイヒェンタールで試射する。

 以前より工程は見えるようになったが、完成までの時間が消えたわけではなかった。

「第二ロットをいつ納められる?」

 工場へ来たマティアスが尋ねる。

「鉄筒が揃ってからです」

 ロルフが答えた。

「日を聞いている」

「揃っていないものを見て、日が分かるか」

「遅れている鉄筒は何本だ?」

「四本」

「どの工房だ?」

 記録を担当する者が木札を確認し、二つの工房を答えた。

「明日、商会の者を行かせる。遅れている理由を聞け。材料がないなら運ぶ。人手がないなら、ほかへ回せる工程を探す。腕が足りないなら、ロルフが判断しろ」

「急かして粗悪な鉄筒を持ってくる職人もいるぞ」

「だから検査するんだろう」

 マティアスは俺を見る。

「お前は付属品を十挺分で一組にすると言ったな」

「はい」

「第二ロットの銃ができても、一発筒百本が間に合わなければ?」

「本体十挺完成、部隊装備未完成です」

「レオンハルト殿下へも、そう報告しろ」

「マティアス様が認めるのですか?」

「撃てん銃を十挺並べて完成だと言えば、後で俺が責任を取ることになる」

 以前、俺が火縄銃の責任を取ると言った時、マティアスは責任の取り方も知らない者が大口を叩くなと言った。

 そして、お前を信じる、責任は俺が取る、好きにやれと続けた。

 今も変わらない。

 現場へ仕事を任せる代わりに、完成したふりをすることは許さない。

「第二ロットから、十挺分の装備一覧を作ります」

「火薬と弾は別倉だぞ」

「分かっています」

「分かっていても、紙の上で一組にすると、現場が同じ荷車へ積むことがある」

 マティアスの指摘に、俺は一覧へ一文を加えた。

 火薬、弾、火縄銃本体は、同じ管理単位に含めるが、保管と輸送は分離する。

 一覧の上では一組。

 倉と荷車では別。

 言葉だけでなく、実際の置き場所まで決めなければならなかった。

◇ ◇ ◇

 アイヒェンタールへ戻った翌日は、領内で初めて定めた集荷日だった。

 中心となるアイヒェン村の広場へ、山中の集落から木炭、蜂蜜、皮革を持った者たちが集まっている。

 毎日商人を待つのではなく、月に二度、クレーマー商会の荷車が来る日を決めた。

 少量しか売る物を持たない者も、その日に合わせて村へ運べる。

 広場の一方には木炭袋、もう一方には蜂蜜の壺と皮革を置く場所を決めた。

 火薬試験用として商会が買い取る木炭は、木の種類と窯の記録があるものだけを、さらに別の場所へ置いている。

 長さと太さが揃い、硬い木炭は鍛冶用だ。

 不揃いなものや小片は暖房と調理用。

 用途を混ぜれば、値段も記録も分からなくなる。

「この壺は、前回と同じ大きさですか?」

 クレーマー商会の者が蜂蜜の壺を見ながら尋ねた。

「同じだ」

 持ち込んだ男が答える。

「だが、そちらの壺より多く入っている」

「口の広さが違います。見ただけでは分かりません」

 最初から問題は起きた。

 壺の大きさが同じでも、形や厚みが違う。満杯に見えても、入っている量が同じとは限らない。

 商会の秤へ載せると、領民が思っていたより軽い壺もあった。

「蜂蜜を抜いて量るのですか?」

 村長が尋ねた。

「毎回すべて別の壺へ移せば、こぼれます」

 俺は、商会が使う重りと、村で使っていた重りを並べた。

 同じ一つ分と呼ばれているのに、わずかに重さが違う。

「基準を一つ決めましょう」

「商会の重りを使うのですか?」

「商会だけが持って帰れば、次の集荷まで村で確認できません。同じ重さの石か金属を村にも一つ置きます」

「削られた場合は?」

「商会のものと集荷のたびに比べます。違っていたら、どちらが変わったか調べます」

 完全に同じ重りを何個も作れるわけではない。

 それでも、毎回違う基準で量るよりはよい。

 村長と商会の者が立ち会い、基準となる重りへ印を刻んだ。

 壺、袋、籠も、返却できるものは記録する。

 前回、蜂蜜を入れて売った壺のうち、割れずに戻ったものが荷車へ積まれていた。

 新しい壺を毎回買わずに済めば、その分だけ領民の手元へ残る金が増える。

「売れ残ったものは?」

 皮革を持ってきた者が尋ねた。

「無理に安く売る必要はありません」

 俺は答えた。

「次の集荷日まで保管するか、別の商人へ売っても構いません。ただし、腐るものや湿気に弱いものは、保管費も考えてください」

「領主様が値段を決めるのでは?」

「最低でも、この金額で売れと命じれば、クレーマー商会が買わなくなる可能性があります。反対に、商会の言い値だけで売らせれば、領民が損をします。前回と今回の値段を記録し、大きく違う時は理由を聞けるようにします」

 値段を固定すれば、領民が必ず豊かになるわけではない。

 品が余れば商人は買わない。

 不足すれば高くなる。

 俺にできるのは、誰が何をどれだけ売り、いくら受け取ったかを残し、知らないことにつけ込まれにくくすることだった。

 集荷を実際に運営するのは、村長とフェリクスの配下だ。

 俺は最初の問題だけを確認し、次回からは報告を受けることにした。

 一日中広場へ立っていれば、火縄銃と工場の仕事が止まる。

 任せられる仕事は任せなければならない。

「ベルグハーフェンから来た荷車は、帰りに何を積んできましたか?」

 俺が尋ねると、フェリクスが荷台を示した。

「塩、鉄釘、布、農具の修理に使う金具です。一台は、まだ半分ほど空いております」

「次回までに、各集落から必要な品を聞いてください」

「注文を取るのですか?」

「欲しい者がいると分かっている物を積めば、帰りの荷車を空にせずに済みます。ただし、先に金を取るのか、届いてから払うのかを決めてください」

「注文した者が、届いた時に金を持っていなければ?」

「少額なら次回まで待つか、品を渡さず商会へ戻します。領主の名で借金をさせないでください」

 アイヒェンタールからベルグハーフェンへ向かう荷車には、木炭、蜂蜜、皮革、木材を積む。

 帰りには塩、鉄釘、布、農具の金具を積む。

 往復の両方で荷物を運べれば、一つの商品へ掛かる運賃を減らせる。

 同じ道は、火縄銃の部品と不良品の記録も運ぶ。

 ただし、火薬を蜂蜜や布と同じ荷車へ無造作に載せることはしない。

 火薬と弾は別便とし、護衛、封印、数量の記録を付ける。

 火縄銃本体も、一般の商品へ紛れ込ませない。

 領地を豊かにする物流と、軍を支える物流は同じ橋と道を使う。

 だが、同じ荷台へ積んでよいものばかりではなかった。

 集荷が終わる頃、ベルグハーフェンから別の使者が到着した。

 マティアスからの書状を受け取り、その場では開かず領主館へ戻る。

 内容は、従来型火槍の売却についてだった。

 アルベルトのもとへ、火槍を買いたいという商人が現れたらしい。

 買い手は、いきなり多くを求めているわけではない。

 噂どおり戦場を決める武器なのか確かめるため、まず少数を買い、試したいと申し出ている。

 アルベルトは、まだ売却を決めていなかった。

 商人の背後にいる買い手、求める数、火薬と弾の量、別の国へ転売する可能性を調べている。

 アルヴェインの守備に必要な火槍を残すことも条件だった。

「策は動き始めましたね」

 フェリクスが書状を読んで言った。

「まだ売れてはいません」

「ですが、買いたい者は現れました」

「少数を試せば、火縄銃と違うことに気づくかもしれません」

「それまでに、こちらが先へ進む必要がありますね」

 噂が永遠に続くとは思っていない。

 従来型火槍を実際に使えば、重く、再装填が遅く、命中率が低いことは分かる。

 橋や城門、敵が密集する場所での初撃には使えても、どこでも勝てる武器ではない。

 相手が旧式の火槍を調べている時間に、こちらは火縄銃の生産、訓練、補給を進める。

 時間を買う策だった。

 その時間を、一発筒の不足や、合わない部品で失うわけにはいかなかった。

◇ ◇ ◇

 試験場の近くにある石造りの物置では、記録・検査所へ改修する工事が始まっていた。

 崩れていた屋根の板を外し、新しい梁を入れている。

 建物の中には、記録室と不良品倉を分ける壁の位置が、床へ印で示されていた。

「紙は、こちら側へ置きます」

 フェリクスが入口から遠い場所を示した。

「床へ直接置かず、棚を作らせます」

「雨が入らないことを確認してから運び込んでください」

「不良部品は?」

「隣の部屋です。正常な型と同じ棚へ置かないようにしてください」

 正しい型には一本の縦刻み。

 不良品と摩耗した型には、交差する二本の刻みを入れる。

 泥や煤で色が分からなくなっても、触れれば違いが分かるようにする。

 建物の外には、火縄銃を清掃する屋根付きの作業場を作る。

 鉄筒を置いても揺れない作業台も必要だった。

「火薬を持ち込まない印は?」

 入口の横に、火の付いた火縄へ斜線を重ねた木板を掛けることにした。

 文字を読めなくても、火縄や火種を持ち込めないと分かる形にする。

「完成まで、どれほどですか?」

「屋根だけなら数日です。壁、棚、扉、錠、作業台まで含めれば、もう少し掛かります」

「急いで記録を運び込まないでください。屋根が直っても、壁が乾く前に紙を置けば湿ります」

「承知しました」

 この建物だけで、火縄銃の全てを研究できるわけではない。

 今は、試射結果と不良部品を同じ場所へ残せればよい。

 やがて人と金が増えれば、火薬、鉄砲、兵站、戦術、兵器、補給、装備を別々に調べる場所が必要になるかもしれない。

 だが、最初から大きな組織を作っても、働く者がいなければ空の建物が増えるだけだ。

 まずは一挺の故障を記録し、次の十挺へ返せる場所を作る。

 その積み重ねから始める。

 工事の確認を終え、領主館へ戻る道で、アルヴェインへ向かう使者とすれ違った。

 荷物の中には、俺がエリーゼへ書いた返事が入っている。

 林檎の花の髪飾りを、好きな時に使ってほしいこと。

 身につけてもらえたなら、選んだ甲斐があったこと。

 橋を直し、新しい兵を育て、少しずつ部下へ仕事を任せられるようになったこと。

 返事が届くのは、まだ先だ。

 手紙は俺の手を離れ、街道と宿場を通り、何人もの手へ渡ってアルヴェインへ向かう。

 火縄銃も同じだった。

 鉄筒を作る工房、木台を削る職人、組立場、試験場、部隊。

 一発筒も、角を持つ村から商人、加工職人、弾薬箱、兵の腰へ届く。

 道が切れれば、どれも相手へ届かない。

 領主館へ戻ると、机の上へ第二ロットの部品一覧が届いていた。

 火縄銃十挺。

 携帯用弾薬箱十個。

 一発筒百本。

 腰箱十個。

 装填棒、火縄、清掃道具、予備部品。

 火薬と弾は、別の欄へ分けられている。

 一挺の火縄銃を見れば、目に入るのは鉄筒と木台だ。

 だが、その一挺を必要な場所で一発撃つまでには、木炭を焼く者がいる。

 火薬を作る者がいる。

 弾を鋳る者、角を集める商人、一発筒へ加工する職人、弾薬箱を縫う革職人がいる。

 荷車を動かす御者、在庫を数える者、火縄を守る兵、号令を出す教官も必要だった。

 火縄銃一挺を作るだけなら、職人の仕事である。

 その一挺を必要な場所で一発撃てるようにすることは、領地と商会と軍をつなぐ仕事だった。

 俺は部品一覧の最後へ、第二ロット十挺分の装備が全て揃った時だけ、部隊装備完成と記録するよう書き加えた。

 第二ロットの火縄銃は、まだ二挺しか形になっていない。

 一発筒百本も揃っていない。

 新兵十人も、まだ一発ずつ撃っただけだ。

 それでも、一発へ至る道は見え始めていた。

 次に必要なのは、その道を戦場まで途切れさせずにつなぐことだった。

第七話を読んでいただき、ありがとうございました。

新兵十人は初めての実弾射撃を終えましたが、命中より先に、号令、銃口の向き、発射後の火縄、弾薬箱の管理を覚える必要がありました。

使用可能な火縄銃は二十挺へ戻り、第二ロットの製作も始まっています。しかし、火縄銃が増えるほど、一発筒、火薬、弾、火縄、弾薬箱、清掃道具なども大量に必要になります。

領地では月二回の集荷日と帰り荷の仕組みが始まり、木炭や蜂蜜を運ぶ道が、工場と試験場を結ぶ物流にもなっていきます。従来型火槍の売却交渉も、少しずつ動き始めました。

次回は第二ロットの完成を目指しながら、火薬と弾の品質、保管場所、輸送時の危険を具体的に見直していきます。

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