第三話 五十挺を支えるもの
アイヒェンタールの領主として、帳簿の外側にある問題と向き合い始めたアレク。
領地の修繕と新兵募集が進む一方、レオンハルトは火縄銃を十挺だけの武器で終わらせるつもりはありませんでした。
アイヒェンタールへ入ってから五日目の朝、俺は領主館の執務室で、濡れて食べられなくなった麦の量を聞かされた。
「食用にできないものが二十七袋、家畜の餌へ回せるものが十一袋です。濡れてはいますが、干せば食用に戻せそうなものも九袋ございます」
穀倉の管理人が読み上げた数字を、フェリクスが帳面へ書き込んでいく。
古い帳簿には、傷んだ分を含む全ての袋が、食べられる麦として記されていた。
「完全に捨てるしかない二十七袋は、帳簿から減らしてください。家畜へ回すものと、乾かしているものは、食用の麦とは別に記録します」
「同じ穀倉に置いてもよろしいでしょうか」
「場所を分け、袋へ印を付けてください。乾かしている途中の麦が、食べられる麦に混ざらないように」
百人の兵へ与える食料は、帳簿上では確保できるはずだった。
だが、実際に食べられる量はそれより少ない。新兵を一度に九十人集めていれば、訓練を始める前に食料が足りなくなっていたかもしれない。
最初に三十人だけを集めることにして正解だった。
「穀倉の屋根はどうなっていますか?」
俺が尋ねると、木工職人が答えた。
「近くの集落から乾いた板を十二枚買えることになりました。村にある十枚と合わせれば、北側の傷んだ部分は直せます。釘が少し足りません」
「必要な数をフェリクスに伝えてください。クレーマー商会から買います」
「床板も一部が腐っておりますが、そちらは後でもよろしいでしょうか」
食用にできなくなった袋の多くは、雨が漏れた壁際と、湿気の上がる床へ直接置かれていた。
「床全体を張り替える前に、袋を載せる台を作れませんか。床と袋の間へ風が通るだけの高さで構いません」
俺は手で、膝より低い位置を示した。
「壁にも密着させず、人が袋の状態を確認できる隙間を空けたいです」
「台そのものは難しくありません。太い板を使う必要もないでしょう。ただ、全ての袋を載せる分となれば、木材が要ります」
「一度に全てを作らなくてもいい。北側に置く分から始めてください」
さらに、袋ごとに入庫した時期を記した木札を付けることにした。
文字を読めない者でも分かるように、最も古い袋には一つ、次に古いものには二つと、木札へ刻み目を入れる。新しい麦を先に使い、古い麦が奥に残り続けるのを防ぐためだ。
前世の倉庫では、先に入れた物から先に出すのが基本だった。
こちらでは日付を正確に記録するだけでも手間が掛かるが、少なくとも古いものと新しいものを区別することはできる。
「雨が降った翌朝は、屋根と壁際の袋を確認してください。問題があれば、濡れた量と場所を報告する。誰が確認するかも、先に決めておきましょう」
俺が言うと、穀倉の管理人は少し驚いた顔をした。
「私が毎回見るのではないのですか?」
「あなたが病気になる日もあるでしょう。代わりに確認できる者を一人決めて、見方を教えてください」
責任者を決めることと、一人に全てを背負わせることは違う。
その人間がいなければ止まる仕組みでは、長く続かなかった。
穀倉の報告が終わると、山道を調べていた木こりと御者が執務室へ入ってきた。
危険な五か所を描いた簡単な図が、机の上へ広げられる。
最も危険なのは、床板の腐った橋だった。次が、俺たちの荷車が沈んだ路肩。そのほかにも、斜面からの水で路面が削られている場所が二か所と、大雨が降れば倒れそうな木が一本あるという。
「全部を同時に直すなら、畑から大勢を出さなければなりません」
村長が言った。
「橋と路肩を先にします。倒れそうな木は、道を塞ぐ前に切り倒してください。残りの二か所は、水だけでも先に逃がせませんか?」
御者が図の一部を指した。
「ここは山側へ溝を掘れば、下の沢へ流せます。ただ、深く掘りすぎると斜面の土まで崩れるかもしれません」
「深さと場所は、普段そこを通る皆さんで決めてください。俺には、雨の日にどこへ水が流れるかまでは分かりません」
「領主様の許可を待たず、掘ってよろしいのですか?」
「人手と費用が、今の見積もりを越えない範囲なら。ただし、掘った後に一度雨が降ったら、必ず確認してください。道が余計に削られるようなら、すぐに塞ぐこと」
道の全てを石で舗装できれば、荷車は通りやすくなるだろう。
だが、この領地の人数と収入では不可能だ。大量の石を運ぶ荷車も、その荷車を通すための丈夫な道もない。
今できるのは、水の流れを変え、傷んだ場所から順に直すことだった。
「もう一つ、今後は通行税の一部を道の修理用として別に記録します」
村長が眉を寄せる。
「税を分けてしまえば、兵の食料や領主館の費用に使える分が減ります」
「道が壊れれば、通行税そのものがなくなります。全額を別にするわけではありません。荷車一台が通るごとに、いくらを維持費へ残せるか計算してください」
金額はフェリクスと村長に考えさせる。
俺がその場で決めても、橋一本を直すのにいくら掛かるか分からなければ根拠がない。
必要なのは、修繕費をほかの支出に紛れさせないことだった。
「領主様」
村長が次の紙を差し出した。
「昨日、クレーマー商会から買い付けを担当する方が到着しました。木炭と蜂蜜を見てもらっております」
「分かりました。現場で話を聞きます。ギルベルトの報告が終わったら向かいましょう」
村長たちを帰した後、入れ替わるようにギルベルトが執務室へ入った。
扉が閉まったことを確認してから、声を落とす。
「採石場を調べました。村と街道から中は見えません。入口へ二人、尾根へ二人置けば、知らない者が近づく前に分かります」
「音は?」
「板を槌で叩いて試しました。村の端までは届きます。何の音かまでは分からないでしょうが、火縄銃を十挺撃てば隠せません」
「やはり、谷へ響きますか」
「はい。それに、奥の岩壁へ向けて撃つと、弾が跳ね返る危険があります」
周囲から見えず、入口を守りやすいという点では悪くない。
だが、岩へ向けて撃つ試験場では、跳弾で兵が傷つく。
「岩壁の前へ土を盛れますか?」
「人手を掛ければ可能です。採石した時に出た土と細かな石が、入口近くに残っています。ただし、細かな石が混ざったままでは危険です」
「石を除き、厚く土を盛る必要がある。排水はどうですか?」
「雨の後は、奥に水が溜まります。脇へ溝を掘れば沢へ逃がせそうですが、まだ確かめていません」
「火縄銃は、まだ持ち込まないでください。土を盛り、排水を整え、見張りの場所を決めてからです」
「新兵候補には、何と説明しますか?」
「直轄隊の訓練場所を整備するとだけ伝えます。火縄銃を知らせるのは、選抜した後です」
「承知しました」
志願者は、今のところ二十四人集まっていた。
アイヒェン村だけでなく、近くの集落から来た者もいる。兵になれば食料と扶持を得られ、読み書きも学べると聞き、家族と相談して志願したらしい。
「人数を揃えるために、全員を採る必要はありません」
「分かっています。マルクには命令を聞いて動けるか、テオには槍を持って歩き続けられるか、ニクラスには荷物の扱いと数の確認を見させています」
「口の堅さは?」
「村長や周囲の者から、酒を飲んだ時の様子や、借金の有無も聞いています。ただ、秘密を話していない者が秘密を守れるかどうかは、簡単には分かりません」
「最初は全員に、槍、警備、伝令、輸送を教えましょう。その間も様子を見る。秘密を明かすのは、実銃を扱わせる者だけです」
新兵へ良い話だけをして集めることもしなかった。
領外へ出陣する可能性があり、命令を守れなければ罰せられ、訓練中にも怪我をすることがある。それを説明したうえで、志願する意思があるかを確かめさせている。
兵の扶持だけを目当てにすることが悪いとは思わない。
家族を養いたいという理由も、立派な理由だ。
ただし、危険を知らずに入った者は、現実を知った時に逃げるかもしれない。
「今日は採用を決めないでください。俺はベルグハーフェンへ行きます。候補者の技能と家庭の事情をまとめ、夕方に報告を」
「アレク様は選考をご覧にならないのですか?」
「最終的には確認します。ただ、俺が横にいると、皆が俺の顔色で判断するでしょう。最初はギルベルトたちの基準で見てください」
ギルベルトがわずかに笑った。
「任せると言いながら、最後には細かく聞かれるのでしょうね」
「当然です。任せることと、何も聞かないことは違います」
「ロルフと同じことを言われるようになりました」
「それは褒められているのか?」
「さあ」
朝の仕事を終え、俺はフェリクスと村の外へ向かった。
村外れでは、クレーマー商会の買付担当が、炭焼きに関わる者たちの前へ木炭を並べていた。
同じ木炭でも、形も色も違う。
太く長いまま残っているものもあれば、途中で割れた小片もある。黒く焼けているように見えても、割ると内側に茶色い部分が残るものもあった。
「この箱が最も値を付けられます」
買付担当が、形の崩れていない木炭を示した。
「太さと長さがある程度揃い、内部まで焼けています。鍛冶場へ持っていっても使いやすい。こちらの小片は暖房用なら売れますが、同じ値では買えません」
炭焼きの男が不満そうに言う。
「同じ窯で焼いた炭だ。割れたからといって、燃えなくなるわけではない」
「燃えます。しかし、鍛冶職人は火床へ入れる大きさを揃えたがります。荷車へ積んだ時に粉ばかりになれば、その分は高く売れません」
俺は木炭の一つを手に取った。
火薬に適する木炭は、鍛冶に使いやすい木炭と同じとは限らない。
前世の記憶では、黒色火薬の木炭には、硬い木よりも燃えやすい木が使われることがあったはずだ。しかし、どの木がこの土地のどの木に当たるのか、俺には断言できない。
炭化の温度や時間によっても、燃え方は変わるだろう。
それに、火薬へ使う時は最終的に細かく砕く。村で粒の大きさを揃えさせても、輸送中に崩れ、余計な手間と粉を増やすだけだ。
「窯ごとに、使った木の種類を分けることはできますか?」
俺が尋ねると、炭焼きの男は首をかしげた。
「できなくはありません。ただ、今までは細い枝も太い木も、一緒に焼いていました」
「原料にした木の種類と、乾かした期間を記録したいんです。同じ窯で焼いたものは、別の窯の炭と混ぜないでください」
「そこまで分けて、何に使うのですか?」
「クレーマー商会が、燃え方の違う木炭を探しています」
嘘ではない。
その用途を話していないだけだ。
「長さと太さが揃い、崩れの少ないものは、鍛冶用として高く買い取る。小片や粉も捨てず、暖房用として分ける。さらに、木の種類と窯が分かるものは、試験用として少量を商会が買います」
買付担当が俺の言葉を引き継いだ。
「ただし、記録がなければ試験用の値は付きません。どの木を、いつ切り、どれほど乾かし、どの窯で焼いたか。最初から全てを細かく書く必要はありませんが、少なくとも木の種類と窯は分けてください」
炭焼きの者たちに、いきなり完全な記録を求めても続かない。
最初は窯ごとに木札を一枚付ける。原料木の種類を刻み目で示し、焼き上がった木炭を別々の籠へ入れる。
ベルグハーフェンへ運んだ後、その一部を砕いて燃え方や灰の残り方を比べる。
火薬に向く木と焼き方が見つかった段階で、特定の窯へ条件を指定して発注すればいい。
「蜂蜜はどうですか?」
「量は少なくありません。ただ、巣の欠片や虫が混じっています。布で濾し、同じ大きさの壺へ入れるなら、菓子職人や宿へ売りやすくなります」
容器を統一すれば、量をごまかしたという争いも減らせる。
ただし、壺を新しく大量に作れば、その費用が蜂蜜の値段へ乗る。
「今ある壺を全て捨てる必要はありません。まずクレーマー商会が買い取る基準の壺を一つ決め、その壺何杯分かで量を測る方法から始めましょう」
「誰が蜂蜜を濾すのですか?」
養蜂をしている男が尋ねた。
「最初は、それぞれの家で行ってください。ただし、布の目と濾し方は買付担当に確認してもらう。量が増えたら、村でまとめて行う場所を考えます」
俺が毎回蜂蜜を見て、木炭を割るわけではない。
買付担当と現地の者に基準を決めさせ、売れた量と値段だけを報告させる。
俺が口を出すのは、商会が不当に安く買っていないか、領民が品質をごまかしていないか、山の木を切りすぎていないかという部分だ。
「木を切った場所と本数も記録してください」
俺が言うと、炭焼きの男が難しい顔をした。
「山には、いくらでも木があります」
「今はそう見えても、同じ場所から切り続ければなくなります。切った後に若い木を残すか、新しく植える必要がある」
「植えた木が炭になるまで、俺は生きていないかもしれません」
「だからこそ、今植えなければ次の者が困ります」
すぐに大規模な植林ができるとは思っていない。
まず伐採場所を分散させ、若木まで切り尽くさない。切った本数と場所を残し、春になったら育てやすい木を植える。
領地のためでもあるが、火縄銃と火薬を作り続けるためにも必要なことだった。
木材も木炭も、使えばなくなる。
前世の知識は、何もない場所から資源を生み出してくれるわけではない。
昼前、俺とフェリクスはベルグハーフェンへ向かった。
山道の途中では、橋の腐った床板が外され、新しい板へ交換する作業が始まっていた。崩れた路肩では、谷側へ木杭を打ち、その間へ石と土を詰めている。
俺は馬を止めず、作業を遠くから確認するだけにした。
責任者には夕方の報告を命じてある。
ここで俺が作業方法へ口を挟めば、何かあるたびに判断を待つようになってしまう。
ベルグハーフェンへ着くと、クレーマー商会の前に、レオンハルトの紋章を付けた馬が止まっていた。
中へ入ると、ユリウスがマティアスと話している。
「ちょうどよいところへ来たな、アレク」
「俺にも関係する話ですか?」
マティアスが机の上の書状を指で叩いた。
「レオンハルト殿下がお呼びだ。俺とお前、それにロルフを連れてこいとのことだ」
「ロルフまで?」
「十挺の次を作らせる気だろう」
ロルフの工房へ使いを出し、俺たちはレオンハルトのいる館へ向かった。
ロルフは呼び出された理由を聞いても、驚かなかった。
「五十か、百か」
歩きながら、ロルフが言う。
「何がですか?」
「次に作れと言われる数だ。十挺で足りると思うような人間なら、最初から戦場へ持ち込ませていない」
俺も、次の製作命令が来ることは予想していた。
だが、十挺を完成させるだけでも約五か月掛かっている。最初の試作品から始めた期間とはいえ、同じ方法で百挺を作れば、いつ完成するか分からない。
案内された部屋には、レオンハルトとユリウスが待っていた。
「来たか」
レオンハルトは俺たちを座らせると、机の上へ二枚の報告書を置いた。
一枚は、シュヴァルツ伯軍との最初の交戦について。もう一枚は、西側と中央で起きた不発についてだった。
「十挺のうち、最後まで使えたのは八挺。二挺は撃てず、命令の聞き違いもあり、装填には時間が掛かり、煙で合図も見えにくくなった」
レオンハルトが俺を見る。
「間違いはあるか?」
「ありません」
「ならば、使えぬ武器か?」
「使い方と条件を選ぶ武器です。火縄銃だけを持たせれば、装填中に敵へ踏み込まれます。雨にも弱く、不発もあります」
「だが、最初の射撃では、敵の指揮官を失わせ、約四百人を一時的に戦えなくした」
「槍兵の援護と、二班に分けていたこと、敵が二度目の射撃はないと判断したことが重なった結果です。同じやり方は、次には警戒されます」
「分かっている」
レオンハルトは口元をわずかに上げた。
「だから十挺で終わらせん。まず、五十挺を作れ」
予想していたロルフでさえ、無言でレオンハルトを見た。
「五十挺を、一度にですか?」
俺が尋ねる。
「一度に完成させろとは言わん。できた分から十挺ずつ渡せ。既存の十人を教官にし、扱える兵を増やせ」
「百人全員へ火縄銃を持たせるわけではないのですね」
「五十挺もまだないのに、百挺を使う話をしても仕方あるまい。五十挺で製造と訓練の問題を出せ。その後、次の数を決める」
最初から百挺を命じるより現実的だった。
それでも、今までの分業だけで五十挺を揃えるのは難しい。
「もう一つだ」
レオンハルトが続ける。
「火縄銃だけを作る工場を建てろ」
ロルフが深く息を吐いた。
「殿下。建物を一つ建てれば、火縄銃が出てくるわけではありません」
「ならば、何が要る?」
「鉄筒を鍛える職人。木台を削る職人。ばね、引金、掛け金、火縄ばさみを作る者。乾いた木材、質の揃った鉄、部品を測る基準、不良品を弾く検査役。それだけではありません」
ロルフは指を折りながら、必要な条件を挙げていく。
「職人を増やせば、職人と家族が住む家が要る。鍛冶場の近くに火薬を置けば、火の粉一つで吹き飛ぶ。組み立てた銃を撃つ場所と、破裂しないか調べる方法も要る。完成品、部品、図面を盗まれないための警備も必要です」
「倉は一つでよいか?」
ユリウスが尋ねた。
「一つへ全てを入れれば、火事や盗難で全部失います。鉄、木材、金具、完成品は分けた方がいい。ただし、分けるほど見張りも増えます」
「鉄筒を鋳型で作れば、数を増やせるのではないか?」
「同じ形の筒は作れるかもしれません。ですが、中に鋳巣があっても外から見えない。厚みが偏り、亀裂が残れば、発射した時に射手の顔の前で破裂します」
ロルフは鋳造を全面的に否定しているわけではない。
小さな金具や、部品の形を揃えるための型には使える。しかし、鉄筒まで即座に鋳造へ替えるには、品質を確かめる方法が足りなかった。
「鉄筒は今までどおり鍛造を基本にします」
俺が言った。
「鋳造は小さな部品から試す。鉄筒に使うとしても、何本も作って破裂させる試験をしてからです」
「費用が掛かるな」
「兵の手元で破裂するよりは安く済みます」
レオンハルトは否定しなかった。
「五十挺の作り方について、一つ提案があります」
「言え」
「材料と発注を、五十挺分で一つの単位にします」
俺は紙を借り、五つの印を書いた。
「鉄、乾燥木材、金具、火縄、弾、一発筒、弾薬箱。これらを一挺ずつ集めるのではなく、最初から五十挺分として見積もり、発注します。ただし、完成させるのは十挺ずつです」
「なぜ五十挺全てを組み上げない?」
「最初の十挺で問題が見つかれば、残り四十挺へ反映できるからです。五十挺を全て同じように作った後で欠陥が分かれば、五十挺全てを直すことになります」
最初の十挺を第一ロットとする。
完成したらロルフが検査し、アイヒェンタールで試射する。不発、部品の破損、重量の違い、装填しにくい場所を記録し、次の十挺へ戻す。
「十挺ずつでは、五十挺を揃えるまでに時間が掛からないか?」
ユリウスが問う。
「全工程を順番に止めるわけではありません。第一の十挺を組み立てている間に、次の十挺の鉄筒と木台を作ることはできます。ただし、後から直せない部分まで先に作りすぎないようにします」
「費用と期限は?」
「材料と職人の数を調べなければ、今は答えられません」
分からないものを、その場で答えることはできない。
レオンハルトはしばらく紙を見た後、うなずいた。
「五十挺を一単位として発注する案は認める。十挺ごとの完成数、不良品、試射結果、掛かった費用を記録しろ」
「承知しました」
「工場は俺とマティアスが金を出す。建設と材料の手配は、クレーマー商会が中心となれ」
それまで黙っていたマティアスが、ロルフを見る。
「ほかに、できない理由はあるか?」
「今申し上げたものだけでも、十分でしょう」
「足りんな。思いつく限り全て出せ。後から聞いていないと言われる方が困る」
「水が要ります。鍛冶にも消火にも使う。街道から遠ければ材料を運べない。近すぎれば人目に付く。職人へ全体を見せなければ秘密は守れますが、部品が合わなかった時に誰が直すかという問題が出ます」
「まだあるか?」
「工場を建てている間、五十挺の製作を止めるわけにもいきません。今まで部品を作った職人へ発注しながら、工場へ移る者を選ぶ必要があります」
「その程度か」
マティアスが鼻で笑った。
「その程度?」
ロルフの眉が動く。
「クレーマー商会を舐めるな。売り先と必要数が決まったなら、商会全体で動かす」
マティアスはユリウスに、ベルグハーフェン近郊の土地を描いた図を求めた。
「水路と街道に近い土地を三か所選ぶ。鍛冶場、組立場、倉、職人の住居を同じ場所へ押し込む必要はない。火を使う場所と、火薬を扱う場所は離す」
「土地の使用許可は?」
「今は俺がベルグハーフェンの領主だ。所有者と契約し、必要なら借り上げる。無理に取り上げる気はない」
マティアスは次々に担当を決めていった。
商会と契約する鍛冶職人、木工職人、革職人へ声を掛ける者。鉄と乾燥木材の在庫を調べる者。職人と家族の人数を確認し、住居の必要数を出す者。井戸、水桶、砂、建物の間に設ける空き地を考える者。
工場と倉の警備には、クレーマー商会の護衛を回す。
輸送路には、荷車が何台通れるかを調べる。
「全ての職人へ完成品を見せる必要はない」
マティアスが言った。
「鉄筒を作る者は鉄筒だけ、木台を作る者は木台だけを知ればいい。組み立てと検査をする者は限定する。ただし、部品が合わなければ、原因を組立場から各職人へ戻す仕組みが要る」
「寸法を確認する見本を作ります」
ロルフが、ようやく話へ加わった。
「最初の一挺だけを毎回持ち出すわけにはいかない。部品ごとに、長さと幅を比べる木や金属の型を作る。型へ合わないものは、組み立てる前に戻します」
「その型を勝手に複製されれば?」
「型にも番号を付け、誰へ渡したかを記録するしかありません」
「なら、そうしろ」
問題が消えたわけではない。
建物も職人も材料も、まだ揃っていない。
それでも、誰が何を調べ、どの順で決めるかは見え始めた。
「ベルグハーフェンでは、材料、部品製造、組み立て、検査を行います」
俺は机の図へ、ベルグハーフェンとアイヒェンタールを示す印を付けた。
「アイヒェンタールでは、試射、部隊訓練、不具合の記録を行う。壊れたものはベルグハーフェンへ戻し、ロルフたちが直す。その結果を次の十挺へ反映します」
「二つの土地を何度も往復させるのか?」
ユリウスが尋ねる。
「はい。だから、アイヒェンタールの山道を直す必要があります。荷車が止まれば、火縄銃の製造も止まります」
領地経営と火縄銃の仕事は、別々ではなかった。
道を直すことは、木炭や蜂蜜を売るためであり、火縄銃を運ぶためでもある。鉄、木材、皮革、荷車を扱える者は、領民の暮らしにも、軍需にも必要になる。
レオンハルトは地図上の二つの印を見比べた。
「よい。工場の候補地と費用、五十挺分の材料を十日以内に報告しろ。専用工場が完成するまでは、今までの職人を使って製作を始めよ」
「十日で工場を建てろという意味ではありませんよね?」
俺が確かめると、レオンハルトが笑った。
「十日で建てられるなら、建ててみせろ。求めているのは計画と着工の見通しだ」
「安心しました」
「安心するには早い。五十挺は待たんぞ」
「分かっています」
命令を受け、俺たちは館を出た。
外へ出た途端、ロルフがマティアスをにらむ。
「商会全体で動かせば、鉄筒を鍛えられる職人が地面から生えてくるのか?」
「生えてはこない。だが、どこにいるかを探し、金を払い、家族ごと連れてくることはできる」
「腕が足りなければ?」
「お前が検査して落とせ」
「簡単に言う」
「責任は俺が取る。お前は使えるものと使えないものを分けろ」
以前、俺が火縄銃開発の責任を取ると言った時と同じだった。
責任を取る力のある者が後ろに立ち、現場へ仕事を任せる。
俺も領民やギルベルトに対して、そうならなければならないのだろう。
「アレク」
マティアスが俺を見る。
「アイヒェンタールの試験場を早く整えろ。十挺ができても、撃つ場所がなければ検査にならん」
「採石場を調べています。岩壁の前へ土を盛り、排水を整える必要があります」
「人と道具は?」
「領内で用意できます。ただ、領民には用途を知らせません」
「なら、必要な費用を出せ。工場の土地については、明日の昼までに候補を出させる。お前は明朝、領地の報告を聞いてからこちらへ来い」
「分かりました」
言われなくても、そうするつもりだった。
領地を留守にして、工場だけを進めるわけにはいかない。
日が山の向こうへ沈む前に、俺はアイヒェン村へ戻った。
領主館では、村長、ギルベルト、木工職人が報告を待っていた。
穀倉では、最初の木台が二つ完成していた。屋根板の交換も始まり、次の雨までには北側を塞げる見込みだという。
水車の水路からは、さらに土砂が取り除かれた。軸の音は消えていないが、以前より多くの穀物を挽けるようになった。
橋は床板の半分を交換し、明日の夕方には軽い荷車を通せる。重い荷車は、その翌日まで止めることにした。
新兵の志願者は二十七人に増えていた。
「今日の段階で、十二人は訓練へ進ませてもよいと考えています」
ギルベルトが候補者の記録を差し出す。
「残りは不合格ですか?」
「いいえ。読み書きや体力をもう一度見たい者がいます。家族が本当に同意しているのか、確かめた方がよい者もいます」
「急いで三十人へ揃えなくて構いません。十二人には、まず槍と行進、見張りの交代を教えてください。採石場の整備には、秘密を知らせずに参加させます」
「承知しました」
「採石場は、試験場として整えることにします。岩壁の前へ土を盛り、石を取り除く。排水溝を作り、入口と尾根へ見張り場所を設けてください」
「板を叩いた音が村へ届く件は?」
「火縄銃を撃つ日は、材木を倒す作業や採石の試験をしていることにします。ただ、何度も同じ説明は使えません。試射する日と回数を絞り、周囲の道を警備します」
完全に音を消すことはできない。
隠せるのは、音の正体と、そこで何をしているかだった。
報告の最後に、村長が一枚の木札を見せた。
「炭焼きの者たちが、窯と木の種類を分ける印を決めました。こちらの刻みが樫、こちらが柳に似た川辺の木、丸い穴は混ぜて焼いたものだそうです」
「もう始めたのですか?」
「クレーマー商会が試験用の木炭を別に買うと聞き、次の窯から分けるそうです」
高く売れる可能性があると分かれば、人は動く。
だが、試験結果が悪ければ、その木炭を高く買い続けることはできない。そのことも先に伝えておく必要があった。
「試験用の買い取りは少量だけです。結果が出るまでは、全部の窯を同じ木へ替えないよう伝えてください」
「なぜでしょう?」
「一つの木炭が高く売れると聞いて、全員がそれだけを作れば、売れなかった時に困ります。今までの鍛冶用や暖房用も必要です」
新しい商品には期待が集まる。
その期待が大きすぎれば、畑やほかの仕事を捨ててまで作り始める者が出るかもしれない。
領地を発展させることと、一つの商品へ依存させることは違う。
「木を切った場所の記録も始めます」
「植える木については?」
「春までに、この土地で育ちやすい木を木こりに選ばせてください。今は若木を切り尽くさないよう、伐採場所を分けます」
俺が前世で知っている林業の知識は、詳しいものではない。
苗木の育て方も、何年で伐採できるかも、この土地の職人の方がよく知っている。
俺が示せるのは、切った分をそのままにしないという方針だけだった。
全ての報告が終わると、フェリクスが一通の書状を机へ置いた。
「エリーゼ様へのお手紙は、本日の昼にアルヴェインへ向けて出発しました」
「そうですか」
「返事が届くには、しばらく掛かるでしょう」
「分かっています」
戦の最中とは違い、これからは手紙を出せる。
それだけで十分だった。
次の返事が明日届くわけではない。アイヒェンタールとアルヴェインの間には距離があり、使者は街道や宿場を通って進まなければならない。
それでも、途切れていた文通は再び動き出した。
皆を帰した後、俺は机の上へ二枚の紙を並べた。
一枚には、明朝聞くべき領地の報告。
穀倉、水車、橋、新兵、木炭、蜂蜜、採石場。
もう一枚には、ベルグハーフェンで進める仕事。
工場候補地、五十挺分の鉄と木材、職人と家族の住居、倉、警備、輸送、検査。
一つを終えてから、次へ進むことはできない。
橋の修理が終わるまで工場を待たせれば、五十挺の製作が遅れる。工場だけを急いで領地を放置すれば、兵の食料と住居が足りなくなる。
俺一人が全ての現場へ立つことも不可能だ。
だから、部下へ仕事を任せ、報告を聞き、自分にしか決められないことを決める。
アイヒェンタールで作られた木炭や木材は、領民へ収入をもたらす。
同じ木炭や木材は、火薬と火縄銃を支える材料にもなる。
直した道は蜂蜜や皮革を運び、その帰りには鉄や軍用物資を運んでくる。
領地を豊かにすることと、軍を強くすることは、同じ道の上にあった。
だが、その道を軍のためだけに使えば、領民と山を使い潰す。
領民の暮らしだけを見て外の戦を忘れれば、今度は領地そのものを守れない。
その間のどこを歩くべきなのか、今の俺にはまだ分からない。
分からないからこそ、数字を残し、人の話を聞き、間違えた時に戻れるようにしておく。
翌朝、俺はまたこの館で領地の報告を聞く。
その後はベルグハーフェンへ向かい、五十挺と工場の仕事を進める。
夕方にはここへ戻り、俺がいない間に何が進み、何が止まったのかを聞く。
それが、領主になった俺の新しい戦い方だった。
第三話を読んでいただき、ありがとうございました。
アレクは穀倉、山道、領内産業の改善を部下へ任せながら、火縄銃五十挺の先行製作と専用工場の建設へ踏み出しました。
ベルグハーフェンでの製造とアイヒェンタールでの試験を結ぶには、職人や材料だけでなく、住居、倉庫、警備、輸送路まで必要になります。領地を豊かにする道や産物が、そのまま新たな軍事力を支える基盤にもなり始めました。
次回は、クレーマー商会が工場建設へ本格的に動くなか、アレクが火縄銃の量産と秘密保持を両立させるため、より具体的な仕組みを整えていきます。




