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『知らない世界の知っている物語』 ~剣と知識を授かった平凡な会社員は、異世界の乱世を生き抜く~  作者: 相田 ソウ
第五篇 乱世に広がる火

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第一話 褒美の重さ

シュヴァルツ伯軍を退け、グリュン川大橋と兵糧を守り抜いたレオンハルト軍。

戦後の論功行賞で、マティアスとアレクには、これまでの立場を大きく変える恩賞が告げられます。

 戦に勝った翌朝も、橋の周囲から血の匂いは消えていなかった。

 夜のうちに死体の多くは運び出されていたが、踏み荒らされた土には黒ずんだ跡が残り、折れた槍や砕けた盾が道の脇へ積まれている。生き残った兵たちは勝利を喜ぶより先に、負傷者を運び、崩れた柵を直し、散らばった矢を拾い集めていた。

 グリュン川大橋の上でも、守備兵と職人たちが慌ただしく動いている。

 橋そのものに大きな損傷はない。それでも、馬や荷車が何度も往来し、敵兵まで押し寄せたのだ。石の継ぎ目、欄干、橋詰めの柵を一つずつ確かめなければならない。

 勝ったからといって、何もかもが元通りになるわけではなかった。

「八挺、異常なし」

 火槍兵長が、敷物の上へ並べた火縄銃を見下ろしながら報告した。

 十挺のうち、最後まで使えた八挺だ。

 銃身についた煤は落とされ、木台や金具も布で拭かれている。それでも、戦場で使う前とまったく同じ状態には見えなかった。木台には細かな傷が増え、火皿の周囲には黒い汚れが残っている。

「本当に異常はありませんか?」

「少なくとも、我々が確かめられる範囲では」

 慎重な答えだった。

 以前なら、それを頼りないと感じたかもしれない。だが、今は違う。分からないことを分かったふりで報告される方が怖い。

「ばねと掛け金は?」

「動きます。火縄を挟む金具にも歪みはありません。ただ、三番の火蓋が少し緩くなっています」

「撃てなくなるほどですか?」

「今すぐではありません。しかし、このまま使い続ければ、勝手に開くようになるかもしれません」

「記録しておいてください。ロルフにも見てもらいます」

「承知しました」

 俺は八挺の横へ視線を移した。

 そこには二つの木箱が置かれている。不発を起こした二挺は、他の火縄銃と混ざらないよう別々に収めてあった。

 一挺は西側の攻防で、もう一挺は中央で使えなくなった。

 同じ不発でも、原因が同じとは限らない。

 点火孔に煤が詰まったのかもしれない。湿気が入ったのかもしれない。火皿の火薬へ火が移っても、その火が筒の中まで届かなかった可能性もある。兵が装填のどこかで手順を誤ったことも考えられる。

 戦場で起きたことを思い返しても、一つには絞れなかった。

「二挺は、このままロルフの工房へ運びます」

「掃除はしなくてよろしいのですか?」

「外側の汚れを落とすだけにしてください。点火孔や火皿の内側は触らないでください」

 掃除をすれば、詰まりや汚れまで消してしまうかもしれない。

 直してから原因を考えるのでは遅い。どのような状態で不発が起きたのかを残しておかなければ、次も同じ失敗をする。

「分かりました」

 兵長が答え、近くにいた兵へ指示を出した。

 二挺が不発。

 十挺しかない中での二挺だ。

 割合だけを見れば五挺に一挺が、必要な時に撃てなかったことになる。

 最初の交戦では、敵兵約四百人を退けた。

 第一班の五挺を撃った後、敵の指揮官は、火槍は五つしかなく、次の射撃は来ないと判断した。そこへ第二班の五挺が撃ち、弾の一発が指揮官へ命中した。

 敵兵四百人を十挺で倒したわけではない。

 指揮官を失わせ、四百人を一時的に戦えなくしただけだ。

 それでも大きな戦果ではある。

 だが、その後の戦いでは、煙で前が見えなくなり、装填が遅れ、命令を聞き違えた兵もいた。槍兵がいなければ、装填中に敵へ踏み込まれていた場面もあった。

 最後に橋を守った時は、八挺を撃ってすらいない。

 敵へ見せることで警戒させ、槍兵、弓兵、騎兵、守備隊と合わせて後退させた。

 火縄銃が強かったのではない。

 使える状況を作り、他の兵と組み合わせたから役に立った。

「また難しい顔をしているな」

 後ろから聞こえた声に振り返る。

 マティアスが、フェリクスを伴ってこちらへ歩いてくるところだった。

「難しいことを考えていたので」

「何を」

「二挺の不発です」

「四百を退けたことではなく?」

「そちらは終わったことですから」

「不発も終わったことだろう」

「原因を残したままなら、終わっていません」

 マティアスは八挺の火縄銃と、二つの木箱を順に見た。

「ロルフへ送るのか」

「はい。なるべく使った時の状態を残してあります」

「何日掛かる」

「調べてみなければ分かりません」

「直せるか」

「それも、まだ」

 俺が答えるたび、マティアスの眉が僅かに動いた。

「何です?」

「少しは学んだようだな」

「何をですか」

「分からない時に、分からないと答えることをだ」

「前から答えていたと思いますけど」

「前のお前なら、聞いてもいない可能性を十ほど並べていただろう」

「今も頭の中にはありますよ」

「口へ出さなくなっただけ成長だ」

 褒められている気がしない。

「それで、何の用ですか?」

「呼びに来た」

「誰を?」

「お前をだ」

「どこへ?」

「論功行賞だ」

「ああ」

 昨日、ユリウスから話を聞いていた。

 戦が終われば、誰がどの働きをしたのかを確かめ、それに応じて恩賞を決める。兵へ渡す金や食料の量、昇進、今後の役目なども、この場で定められるらしい。

「マティアス様の論功行賞ですよね」

「俺だけではない」

「商会の人たちも?」

「それもある」

 マティアスは俺を見た。

「お前も来い」

「俺も?」

「最初からそう言っている」

「俺は火縄銃を作って、戦場へ持ってきただけですけど」

「それを働きと呼ぶ」

「作ったのはロルフたちです」

「金と材料を集めたのは商会だ」

「兵を出したのはレオンハルト殿下です」

「実際に撃ったのはそこの十人だな」

「はい」

「それでも、最初に作ると言い出したのはお前だ」

「そうですが」

「なら、お前の働きが消えるわけではない」

 マティアスは火縄銃の一挺へ手を伸ばしかけ、触れる前に止めた。

「一人で作ったと思い上がるな。だが、自分は何もしていないと逃げることも許さん」

「逃げているつもりはありません」

「なら来い」

 短く言い切ると、マティアスは先に歩き出した。

 フェリクスが俺へ小さく頭を下げ、その後を追う。

 俺は火槍兵長を見る。

「ここをお願いします」

「承知しました」

「二挺を運ぶ者には、落とさないよう念を押してください」

「既に三度言ってあります」

「では、もう一度」

 兵長が僅かに笑った。

「アレク殿も、行ってください。殿下方を待たせる方が、箱を落とすより恐ろしい」

「それもそうですね」

 俺は八挺の火縄銃をもう一度見てから、マティアスたちの後を追った。


◇ ◇ ◇


 論功行賞が行われたのは、橋の東側にあるローゼンハイム男爵の館だった。

 会議室には、レオンハルト、ユリウス、マティアスのほか、今回の戦に関わった何人かの騎士や兵站担当者が集まっている。

 ライゼン将軍の姿はない。

 王都軍はレオンハルト軍と完全に一つになったわけではなく、戦後もそれぞれの指揮系統を保っている。ライゼン将軍は王都軍の負傷者や捕虜、退却した敵への警戒を優先していた。

 同じ敵を退けても、一つの軍になったわけではない。

 それは戦が終わった後も変わらなかった。

「揃ったな」

 レオンハルトの声で、室内の話し声が止まった。

 机の上には地図と、何枚もの報告書が置かれている。

「まず確認しておく」

 レオンハルトは集まった者たちを見回した。

「我々は勝った」

 何人かの騎士が僅かに胸を張った。

「だが、シュヴァルツ伯を討ち取ったわけでも、捕らえたわけでもない。その主力のすべてを失わせたわけでもない」

 すぐに空気が引き締まる。

「ヴァルナーも退いたにすぎん。橋を渡って追えば、こちらが損害を受けた可能性もある」

 勝利を大きく見せる言葉ではなかった。

「今回残ったものは何だ」

 唐突な問いに、室内が静まった。

 誰へ向けた質問なのか分からない。

 俺が黙っていると、レオンハルトの目がこちらを向いた。

「アレク」

「俺ですか?」

「聞こえなかったか」

「聞こえました」

「なら答えろ」

 どうしてこういう時、俺へ振るのだろう。

 少し考える。

「橋です」

「それだけか」

「倉と兵糧。帰還路。負傷者を運ぶ道。それから、戦える兵です」

「火縄銃は?」

「八挺残りました」

「十挺ではないのか」

「二挺は不発です。直せるかどうかは、ロルフが調べなければ分かりません」

「敵を退けた勝利は?」

「残りました」

「では、何が残らなかった」

「シュヴァルツ伯を倒したという結果です」

 レオンハルトが僅かに笑った。

「その通りだ」

 視線が俺から離れる。

「我々が得たのは、シュヴァルツ伯を滅ぼした勝利ではない。橋と倉と兵糧、そして次に戦える力を残した勝利だ」

 レオンハルトは机の地図を指で叩いた。

「王都軍と我が軍は、最後まで別の軍だった。命令も一つではない。互いに疑い、相手が本当に動くか確信も持てなかった」

 その通りだった。

 俺たちは使者、書状、角笛、時刻、目視確認を使い、同時に動いただけだ。

「それでも動けたのは、道があり、馬があり、伝令がいたからだ。腹を空かせた兵を立たせておく兵糧があり、負傷者を運ぶ荷車があったからだ」

 火縄銃という言葉は出てこない。

 だが、それでいい。

「敵指揮官を撃った新たな火槍も働いた。槍兵も、弓兵も、騎兵も働いた。橋を守った兵も、倉で袋を数えた者も、荷車の車輪を直した職人もだ」

 レオンハルトの声が低くなる。

「どれか一つを勝因と呼べば、次の戦でその一つに頼る愚か者が出る。今回の勝利は、すべてが同じ時刻に間に合った結果だ」

 俺はその言葉を頭の中で繰り返した。

 すべてが同じ時刻に間に合った。

 戦場へ着かなければ、どれほど優れた武器も役に立たない。兵糧も、兵も、命令も同じだ。

 論功行賞は、最初に現場の兵や騎士たちから行われた。

 負傷者への見舞金。死者の家族へ渡す金と食料。敵の攻撃を受けながら倉を守った兵の昇進。伝令として何度も戦場を往復した者への褒賞。

 華々しい話ばかりではない。

 誰へ、何を、どれだけ渡すのか。

 その一つ一つに理由が付けられ、ユリウスが記録していく。

 褒美を渡すにも、記録が必要なのだ。

 やがて、レオンハルトが一枚の書状を手に取った。

「マティアス・クレーマー」

「はい」

 マティアスが一歩前へ出る。

「今回、クレーマー商会は兵糧、荷車、馬、職人を集め、グリュン川大橋と周辺の倉を維持した。敵の接近後も輸送を止めず、撤退が必要となった場合の経路まで用意した」

「商会として請け負った仕事です」

「その代金は既に払っている」

「では、それで十分かと」

「十分ではない」

 レオンハルトは書状を机へ置いた。

「ベルグハーフェンを、お前の領地として認める」

 室内が静まり返った。

 俺も、すぐには意味を理解できなかった。

 ベルグハーフェン。

 河川輸送と交易の要衝であり、クレーマー商会の本拠でもある町だ。

 マティアスは驚いた顔をしない。

 ただ、目が少しだけ細くなった。

「どこまでを含みます」

 最初に出たのは、喜びの言葉ではなかった。

「町と東西の河港。周囲十二村。既存の街道と河川倉。北の丘陵地の一部までだ」

「河港の使用権は」

「現在の商人たちの権利を引き継がせる。勝手に取り上げることは認めん」

「通行税は」

「従来の税率を上限とする。変更には届け出を出せ」

「王家が持つ倉は」

「王家のものだ。管理は任せるが、売ることは許さん」

「兵役は」

「平時百五十。戦時は状況に応じて追加する」

「税は」

 質問が続く。

 土地をもらった直後の人間とは思えない。

 だが、領地とは地図の上を線で囲んだものではない。そこには既に暮らしている人がいて、商いがあり、契約があり、税がある。

 分からないまま受け取れば、後で必ず問題になる。

 レオンハルトも嫌な顔をせず、一つずつ答えた。

「ほかには」

「ベルグハーフェンに属する債務と、未完の契約を確認したい」

「ユリウス」

「一覧を用意しております」

 ユリウスが厚い書類の束を机へ置いた。

 マティアスはその厚みを見ても表情を変えない。

「分かりました」

「受けるか」

「受けます」

「随分と簡単だな」

「断れば、別の者がベルグハーフェンの領主になるのでしょう」

「ああ」

「クレーマー商会の本拠を、商いを知らない貴族へ渡すわけにはいきません」

 マティアスらしい理由だった。

「それだけか?」

「領主としての権限があれば、これまで出来なかったことも出来ます」

「何をする」

「まだ申し上げる段階ではありません」

 レオンハルトが笑った。

「よかろう」

 ユリウスが書状をマティアスへ渡す。

 マティアスはそれを両手で受け取った。

 この瞬間、二人の関係が変わった。

 これまでのマティアスは、レオンハルトの兵站を請け負い、金を貸し、人や物を用意する商人だった。互いに必要だから利用し合う関係だった。

 だが今、マティアスはレオンハルトの許可によって領地を持った。

 単なる取引相手ではない。

 だからといって、すべてを捨てて忠誠を誓った家臣とも少し違う。

 商人であり、領主でもある。

 その立場が、今後何を生むのか。俺にはまだ分からなかった。

「次だ」

 レオンハルトが言った。

「アレク・ハルトマン」

「はい」

 反射的に返事をしてから、周囲を見た。

「前へ出ろ」

「俺もですか?」

「お前以外に、ここにアレク・ハルトマンがいるのか」

「いませんけど」

「なら前へ出ろ」

 マティアスの隣へ立つ。

 何を言われるのだろう。

 火縄銃の製作費を追加で認める。あるいは、不発二挺の調査を命じる。その程度だと思っていた。

 レオンハルトではなく、マティアスが俺を見た。

「アレク。お前に土地を与える」

「……はい?」

 聞き間違えたのかと思った。

「土地ですか?」

「そう言った」

「畑を?」

「領地だ」

「誰に?」

「お前にだ」

 俺はレオンハルトを見る。

 レオンハルトは面白そうにこちらを見ている。

「マティアス様」

「何だ」

「ベルグハーフェンの領主になったばかりですよね」

「ああ」

「もう領地を分けるんですか?」

「ベルグハーフェンに隣接する山間部だ。俺がレオンハルト殿下へ許可を求め、既に認められている」

「聞いていません」

「今、話した」

「そういう意味ではありません」

 室内の何人かが笑いを堪えている。

 俺は笑えなかった。

「場所は」

 マティアスが地図を広げた。

 ベルグハーフェンの北西。川沿いの平地から離れ、山へ入り込んだ場所を指す。

「アイヒェンタール」

「アイヒェンタール……」

「中心はアイヒェン村。周囲に六つの小集落がある」

 地図を覗き込む。

 大きくはない。

 山に挟まれた細い谷と、その周辺の森林。道が一本、谷を抜けてベルグハーフェンへ続いている。

「人口は?」

「およそ千二百」

「農地は」

「谷間にある。豊かとは言えん」

「それでは、何で暮らしているんです?」

「木材、薪、木炭、狩猟、皮革、蜂蜜。山道を通る荷から得る通行税もある。谷の北側には小さな鉄鉱床があり、さらに北から運ばれる鉄鉱石の中継地にもなっている」

「収入は?」

「平年なら、兵百人の食料と基本的な扶持を賄える」

「百人?」

 嫌な言葉が聞こえた。

「今、百人と言いました?」

「ああ」

「なぜ領地の収入を説明するのに、兵百人が出てくるんですか」

「お前に百人を預けるからだ」

 今度こそ、室内が静まり返った。

 いや、静かだったのは俺の頭の中だけかもしれない。

「待ってください」

「待たん」

「俺は十六歳ですよ」

「知っている」

「領地を治めたことはありません」

「それも知っている」

「百人を率いたこともありません」

「だから何だ」

 レオンハルトが口を挟んだ。

「出来る者にしか、初めての仕事を与えてはならんのか」

「そうは言いませんけど」

「なら、やれ」

「簡単に言いますね」

「簡単ではないから、お前にやらせる」

 どこかで聞いたような理屈だった。

 マティアスを見る。

「これは褒美ですか?」

「そうだ」

「罰ではなく?」

「褒美だ」

「領地と百人を押しつけるのが?」

「欲しがる者はいくらでもいる」

「代わってもらっても」

「構わんぞ」

「本当に?」

「ただし、火縄銃と火薬を、そいつに預けることになる」

「それは困ります」

「なら、お前がやれ」

 逃げ道を塞がれた。

「兵百人といっても、全員へ火縄銃を持たせるわけではない」

 ユリウスが補足する。

「そもそも、火縄銃は十挺しかありません」

 正確には、問題なく使えるのは八挺だ。

「では、残り九十人は何をするんです?」

「まず訓練だ」

 レオンハルトが答える。

「火縄銃が完成してから兵を集め、装填の方法から教えるつもりか」

「それでは遅いですが」

「なら先に教えろ」

「木の棒で?」

「お前は以前、木で形を作っていただろう」

 最初の試作品を作る際、俺は木と紙で形を考えた。

 実銃がなくても、同じ大きさと重さに近づけた模擬銃を作ることはできる。火薬や弾を使わず、装填と構え、号令に合わせた動きを教えることも可能だ。

「全員が射手になる必要もない」

 マティアスが地図を指した。

「槍で射手を守る者。火薬と弾を運ぶ者。火縄を管理する者。壊れた武器を後方へ送る者。見張りも必要だ」

「全員に基本は教えます」

「好きにしろ」

「ただ、実戦では役割を分けます」

「それも好きにしろ」

 俺はもう一度、アイヒェンタールの地図を見る。

「兵の住居は?」

「足りん」

「足りない?」

「現在の兵舎に入れるのは四十人ほどだ」

「残り六十人はどうするんです」

「建てろ」

「費用は?」

「最初の建設費は商会から出す。維持費は領地からだ」

「食料は」

「平年なら足りると言った」

「凶作なら?」

「ベルグハーフェンから買う」

「値段が上がったら?」

「そのために倉を作る」

「百人が急に入れば、村の食料を買い尽くす可能性があります」

「最初から百人全員を移すとは言っていない」

「訓練場所は?」

「村の南に放牧地がある」

「実射は無理です。流れ弾が出ます」

「山中に使われていない採石場跡がある。背後は岩壁だ」

「火薬を置く倉は?」

「まだない」

「火縄銃を保管する場所も?」

「ない」

「領地を管理する役人は?」

「村長と徴税人がいる」

「その二人だけで?」

「だから、お前が必要な者を選べ」

「俺が不在の時は?」

「任せられる者を置け」

「山道の状態は?」

「春の雨で一部が崩れたままだ」

「直さなければ、鉄や木材を運べません」

「直せ」

 問題が出るたび、マティアスは短く答える。

 解決しているわけではない。

 だが、何が領地の負担で、何を商会が支えるのかは分けられていた。

「火縄銃と火薬、弾、一発筒まで、アイヒェンタールの収入で払えと言われても無理です」

「それは求めん」

 マティアスが即答した。

「武器と火薬は、レオンハルト殿下の軍資金とクレーマー商会から別に出す。アイヒェンタールが負担するのは、兵の食料、住居、日常の衣服、訓練場所、山道と試験場の維持。それに火縄銃、火薬、今後作る施設の警備だ」

「それでもかなり掛かります」

「だから領地を与える」

 兵だけを与えられても、その兵を食べさせる収入がなければ維持できない。

 領地と百人は、別々の褒美ではなかった。

 一つが、もう一つを支える形になっている。

「なぜ、アイヒェンタールなんです?」

「ベルグハーフェンに近い」

「それだけですか?」

「木材と木炭がある。鉄鉱石も運ばれる。人里から離れた場所で試射が出来る。谷へ入る道が限られているから、秘密も守りやすい」

「最初から、火縄銃のために選んだ?」

「それだけではない」

 マティアスが俺を見る。

「お前が領地を持てば、兵の食料を他人へ要求するだけでは済まなくなる」

「……」

「百人へ撃てと命じるなら、その百人が前日まで何を食べ、どこで眠り、どれほど歩いたかも、お前の責任になる」

 返す言葉がなかった。

「兵站を学びたいのだろう」

「はい」

「なら、自分の兵を養ってみろ」

 それは確かに、帳簿を眺めるだけでは分からないことだった。

 税を取りすぎれば領民が苦しむ。

 取らなければ兵を養えない。

 兵を増やせば守りは強くなるが、食べる者も増える。訓練を増やせば練度は上がるが、その間は道や畑の仕事に使えない。

 百人という数字の後ろには、百人分の食事と寝床がある。

 その家族まで含めれば、責任を負う相手はさらに増える。

「俺に出来ると思いますか?」

 思わず聞いた。

 マティアスはすぐには答えなかった。

「分からん」

「そこは出来ると言ってくださいよ」

「なぜ嘘を言う」

「少しくらい励ましても」

「出来るかどうかは、お前がこれから決めることだ」

 厳しい言葉だった。

 だが、無責任に大丈夫だと言われるより、今は信じられた。

「ただし」

 マティアスが続ける。

「領地を得て喜ぶより先に、食料と住居を聞いた」

「気になったので」

「だから、お前に与える」

「それだけですか?」

「それだけではない」

 マティアスの目が、僅かに柔らかくなった。

「お前は、自分が撃つ武器より、それを持つ兵の失敗を先に考えた。責任者としては面倒だが、人を預けるには都合がいい」

「褒めています?」

「好きに受け取れ」

 俺は地図へ目を戻した。

 アイヒェンタール。

 今日まで、自分には何の関係もなかった土地だ。

 だが、これからは違う。

 そこに住む千二百人の暮らしと、百人の兵の行く末に、俺の判断が関わることになる。

「アレク・ハルトマン」

 レオンハルトが改めて名を呼んだ。

「アイヒェンタールは、マティアス・クレーマーの領地であるベルグハーフェンに付属する。お前はマティアスの配下として、これを預かる」

「はい」

「私から直接、独立した領主として与えるものではない」

「承知しています」

「兵百人も同じだ。編成と移管は私が認めるが、お前とその兵は、マティアスの指揮下にある」

「はい」

「なら受けるか」

 逃げたい気持ちがないと言えば、嘘になる。

 俺は十六歳だ。

 前世でも会社の小さな仕事を任された経験はあっても、千人を超える人の暮らしや、百人の命に責任を負ったことなどない。

 それでも。

 火縄銃を作ると決めた時、マティアスは責任を取ると言ってくれた。

 責任の取り方も知らない者が大口を叩くな。それでもお前を信じる。責任は自分が取るから、好きにやれ。

 あの言葉がなければ、最初の一挺は完成しなかった。

 今度は俺が、誰かの責任を引き受ける番なのかもしれない。

「受けます」

 自分の声が、思ったよりはっきり響いた。

「アイヒェンタール領と、兵百人を預かります」

 レオンハルトが笑う。

「決まりだ」

 ユリウスが新たな書状を取り出した。

 そこには、アイヒェンタールの範囲、マティアスから俺へ土地を預けること、百人隊の編成を認めることが記されている。

 署名を求められた。

 筆を取る。

 アレク・ハルトマン。

 名前を書き終えた瞬間、何かが変わった気がした。

 だが、室内の景色は同じだった。

 俺の身体も急に大きくはならない。領主らしい知識や経験が増えたわけでもない。

 増えたのは、責任だけだ。

「ところで」

 俺は書状から顔を上げた。

「百人は、いつ来るんです?」

「既に十人いる」

 レオンハルトが答えた。

「火槍兵ですか?」

「ああ。残り九十人はこれから選ぶ」

「誰が?」

「お前がだ」

「俺が?」

「自分の兵だろう」

「兵の経歴も出身も知りません」

「一覧はユリウスに用意させる」

「全員を一度に選ぶ必要は?」

「ない。最初は三十人でも構わん」

「それなら助かります」

「ただし、いつまでも十人のままにはするな」

「分かっています」

 火縄銃が百挺揃うわけではない。

 だが、兵の訓練は始められる。

 木製の模擬銃を作り、装填の順序と構え、号令に合わせた動きを覚えさせる。実銃が完成したら十挺単位で受け取り、訓練を終えた者から実射へ移す。

 それでも問題は多い。

 教える者が足りない。訓練場所も整っていない。百人分の模擬銃を作るにも木材と職人が要る。

 考え始めれば、いくらでも出てくる。

「また難しい顔になったぞ」

 レオンハルトが言った。

「難しい仕事を渡されたので」

「褒美だ」

「皆さん、そう言いますね」

 室内に笑いが起きた。


◇ ◇ ◇


 論功行賞が終わった後、俺は館の裏手にある練兵場へ向かった。

 既存の火槍兵十人が、二列に並んで待っていた。

 戦の前と同じ十人だ。

 負傷して動けない者はいない。ただし、何人かの顔には疲労が濃く残っていた。肩や腕へ布を巻いている兵もいる。

 彼らの後ろには、八挺の火縄銃が木箱へ収められている。不発の二挺は既にロルフの工房へ向けて運び出された。

「待たせました」

 俺が声をかけると、火槍兵長が一歩前へ出た。

「アレク殿」

「はい」

「我々十名は本日付で、アレク殿が率いる百人隊の所属となるよう命じられました」

「俺も、ついさっき聞きました」

「我々もです」

「それなら同じですね」

「何がでしょう」

「何が起きているのか、まだよく分かっていないところが」

 兵長は少しだけ口元を緩めた。

「ですが、命令は理解しております」

「俺の命令に従う、ということですか」

「はい」

 その返事を聞いて、胸の奥が重くなった。

 これまでも訓練では俺の指示を聞いてもらっていた。戦場へ出る前には、火縄銃を作った責任を自分が負うつもりだとも話した。

 だが、正式な上官ではなかった。

 彼らはレオンハルトの兵から選ばれ、俺は新しい武器の使い方を教える立場だっただけだ。

 今日からは違う。

 彼らの訓練も、配置も、戦場でどこへ向かわせるかも、俺の責任になる。

「分かりました」

 俺は十人の顔を順に見た。

 知っている顔だ。

 何か月も一緒に訓練をして、戦場にも出た。

 それなのに。

「すみません」

「何でしょう」

「そういえば、火槍兵長の名前を聞いていませんでしたね」

 兵長が黙った。

 後ろの兵たちも黙った。

 風の音だけが練兵場を通り抜ける。

「……今までですか?」

「はい」

「一度も?」

「たぶん」

「訓練を始めてから、何か月経ちました?」

「五か月ほどです」

「その間ずっと、私を火槍兵長と?」

「新型火器は秘密でしたし、そういう役職だと思っていたので」

「間違ってはいません」

「ですよね」

「ですが、名前くらいは聞くものでは?」

「俺も、今そう思いました」

 後ろの兵の一人が吹き出した。

 それにつられ、何人かが笑う。

 兵長は額へ手を当てた。

「ギルベルトです」

「ギルベルト」

「はい」

「分かりました。これからも火槍兵長と呼ぶことはあると思いますけど、改めてよろしくお願いします」

「こちらこそ」

 ギルベルトが頭を下げる。

 俺も頭を下げた。

「それから、教官を決めたいと思っています」

「教官?」

「新しく入る九十人へ、俺一人で装填や号令を教えることはできません。今いる十人には、班の中核になってもらいます」

「全員を教官に?」

「最初は全員です。ただ、その中でも訓練全体を見られる人を何人か決めたい」

 ギルベルトは後ろを振り返った。

「マルク」

「はい」

 三十歳くらいの、肩幅の広い兵が前へ出る。

「テオ」

「はい」

 今度は背の低い、素早い動きをする兵だった。

「ニクラス」

「はっ」

 三人目は、十人の中では比較的若い。戦場でも装填後の確認を何度も行っていた兵だ。

「この三人が適任かと」

「どういう理由です?」

 ギルベルトは一人ずつ説明した。

「マルクは動作が正確です。遅い兵へ同じことを何度説明しても怒鳴りません」

「大事ですね」

「テオは装備の扱いに細かく、不足や破損へ早く気づきます」

「腰箱の予備火縄が一本足りないと報告したのは?」

「テオです」

「覚えています」

「ニクラスは最も若いですが、号令をよく聞きます。ほかの兵が間違えた時も気づきます」

 俺は三人を見る。

「ギルベルトから聞いた通りです。新しい兵の教官をお願いします」

「承知しました」

 三人が揃って答えた。

「ただし、成功したことだけを教えないでください」

 マルクが首を傾げる。

「どういう意味でしょう」

「今回の戦で失敗したことも教えてください」

 俺は八挺の入った箱を見る。

「命令の聞き違い。煙で赤い布が見えなくなったこと。装填が遅れたこと。一発筒を落としかけたこと。火縄の先を気にしすぎて、敵から目を離したこと。不発も二挺ありました」

 十人の表情が少し硬くなった。

「不発は、我々の扱いが原因でしょうか」

 ギルベルトが聞く。

「分かりません」

「ですが」

「ロルフが調べます。二挺とも同じ原因とは限りませんし、一つに決められないかもしれない」

「もし兵の失敗なら?」

「その時は、次の兵が同じ失敗をしないようにします」

「処罰は」

「わざと手順を破ったのでなければ、しません」

 俺は十人を見回した。

「失敗を隠される方が困ります。一挺が撃てなかったと正直に言ってくれれば、槍兵を厚くすることも、別の火縄銃を回すこともできます。でも、撃てるふりをされたら、その場所にいる全員が危険になります」

 戦場では、成功より失敗の方が重要になる時がある。

 成功は条件が変われば再現できない。

 だが、失敗の原因を知っていれば、少なくとも同じ場所へ落ちることは避けられる。

「新しく来る兵には、自分たちが上手く撃てた話だけをしたくなると思います」

 テオが少し気まずそうな顔をした。

「もう、してしまいました」

「誰にです?」

「橋の守備兵に。四百を退けた時のことを」

「どのように?」

「十挺の新型火槍で、四百を退けたと」

「間違ってはいません」

「はい」

「でも、十挺で四百を倒したわけではありません」

「指揮官を撃ったから、敵が退いた」

「そうです。それに、第一班の射撃だけなら敵は止まりませんでした。第二班がいることを隠せたから、もう撃てないと思わせられた」

「次は同じ手が使えないかもしれない」

 ニクラスが言った。

「その通りです」

 敵が火縄銃の存在を知れば、同じようには進んでこない。

 散開するかもしれない。盾を増やすかもしれない。雨の日を選ぶかもしれない。射程の外から弓や従来型の火槍を使うことも考えられる。

「だから、教官の仕事は英雄になることではありません」

「では、何でしょう」

「新しい九十人を、戦場から帰せる兵にすることです」

 言ってから、その言葉の重さを感じた。

 全員を帰せる保証などない。

 百人を率いて戦場へ出れば、死者が出る可能性の方が高い。

 それでも、帰るための方法を教えることはできる。

 火縄銃だけに頼らないこと。

 撃った後は槍兵の後ろへ下がること。

 火薬を濡らさないこと。

 弾薬箱を勝手に開けないこと。

 煙で見えない時に、聞こえたと思った号令だけで撃たないこと。

 遅発を警戒し、発射後の筒口を人へ向けないこと。

 覚えることはいくらでもある。

「承知しました」

 ギルベルトが答えた。

「我々が間違えたことも、すべて教えます」

「お願いします」

「アレク殿」

「はい」

「一つ、お聞きしても?」

「何です?」

「百人隊は、何と呼ばれるのでしょう」

 考えていなかった。

「火縄銃隊では?」

「新型火器の名を、外へ出してもよろしいのですか」

「あ」

 まだ火縄銃は秘密だ。

 兵たちは表向き、従来型火槍を扱う火槍隊として通してきた。

「では、これまで通り火槍隊で」

「百人になっても?」

「変ですか?」

「いえ。分かりやすいかと」

「では、火槍隊です」

 歴史書には、どう残るのだろう。

 火槍隊と呼ばれながら、誰も知らない火縄銃を使った百人の兵。

 もっとも、今はまだ十人しかいない。

「明日から、何をします?」

 マルクが尋ねた。

「まず休んでください」

「訓練ではなく?」

「戦が終わった翌日ですよ」

「しかし、新しい兵を選ぶのでしょう」

「疲れたまま教えたら、教える方が間違えます」

 俺は八挺の木箱を指した。

「火縄銃もロルフの検査を受けます。それまでは撃ちません」

「では、いつ再開を?」

「三日後に、今までの訓練と戦場での問題を整理します。新しい兵へ教える順番を決めましょう」

「木の銃も必要になります」

「はい。実物と同じ長さにします。重さも出来るだけ近づけたい」

「百挺ですか?」

「最初から百挺は作りません。まず十挺。それで問題を確かめてから増やします」

 木製だからといって、適当に作ればいいわけではない。

 引金の位置も、装填棒を使う動きも、実物に近くなければ間違った癖がつく。

「分かりました」

「今日は、食べて寝てください」

「命令ですか?」

「命令です」

 ギルベルトが後ろを向いた。

「聞いたな! 本日の任務は食事と休息!」

「はっ!」

 十人の声が揃う。

 その声を聞きながら、俺は以前の戦を思い出していた。

 最初に人を指揮した時、俺の下にいたのは十三人だった。

 俺を含めて十四人。

 正面から戦えば勝てない相手を、大軍がいるように見せかけて退かせた。

 あの時も、人の命を預かることが怖かった。

 エミールには三人の子供がいた。

 ヨハンの妻は妊娠していた。

 俺の命令一つで、その家族から父親を奪うかもしれなかった。

 ゲオルクは言った。

 人を動かすのが怖くなくなった時、お前は人の上に立つべきではない。

 十人でも、怖い。

 百人なら、もっと怖い。

 だが、その怖さから逃げれば、別の誰かが命令を出すだけだ。

 それなら、少しでも彼らを帰す方法を考えたい。

 火槍隊の十人が解散し、宿舎へ向かっていく。

 俺も館へ戻ろうとしたところで、入口に立っていたマティアスに呼び止められた。

「終わったか」

「はい」

「何を話した」

「名前を聞きました」

「今まで知らなかったのか」

「皆、同じ反応をしますね」

「当然だ」

 マティアスは呆れたように息を吐き、抱えていたものを俺へ差し出した。

 分厚い帳簿と、丸められた地図だった。

「何です?」

「お前の褒美だ」

「さっき領地をもらいました」

「その領地の中身だ」

 帳簿を受け取る。

 重い。

 開く前から、嫌な予感がした。

「アイヒェンタールの人口、村ごとの収穫、家畜、山林利用、通行税、徴税記録だ」

「全部?」

「確認できた範囲だけだ」

「だけ?」

「春の雨で崩れた道。壊れた水車。屋根の修理が終わっていない穀物倉。三年分の税を滞納している集落。鉄鉱床の採掘権を主張する商人もいる」

「聞いていません」

「今、話した」

「その返し、流行っているんですか?」

「誰が使った」

「マティアス様です」

「なら問題ない」

 帳簿を開く。

 細かな数字が何頁も続いている。

 村ごとの人口。耕作地。麦と豆の収穫。羊、山羊、牛。伐採した木の本数。木炭の生産量。山道を通った荷車から取った税。

 空欄も多い。

 記録の形式も村によって違う。

「これ、本当に褒美ですか?」

「褒美だ。ありがたく受け取れ」

「仕事が増えただけに見えます」

「領地を持つとは、そういうことだ」

「もう少し喜べるものかと思っていました」

「城でも欲しかったか」

「維持費が掛かるので、いりません」

「なら、その帳簿で我慢しろ」

 マティアスは俺の手にある帳簿を指で叩いた。

「褒美だから、お前に責任を取らせられる」

「それ、褒美を渡された人間に言う言葉ですか?」

「俺もベルグハーフェンと一緒に、あれだけの書類を渡された」

「仲間が欲しかった?」

「違う」

「少しはありますよね」

「ない」

 即答された。

 俺は地図を開いた。

 アイヒェンタール。

 細い谷と、山林と、七つの村や集落。

 その外側には、ベルグハーフェンへ続く道が描かれている。

 地図の上では小さな土地だ。

 だが、その小さな線の内側で、千二百人が暮らしている。

 そこへ、これから百人の兵が加わる。

「いつ出発します?」

「二日後だ」

「早くないですか?」

「自分の領地を見ずに、ここで何をする」

「不発の調査を」

「ロルフはお前が横にいなければ、鉄も叩けんのか」

「そういうわけでは」

「なら任せろ」

 俺が全部を見る必要はない。

 ロルフにはロルフの仕事がある。ギルベルトには火槍隊の仕事がある。

 領地を持つなら、俺自身も人へ任せることを覚えなければならない。

「分かりました。二日後に出ます」

「最初はギルベルトたち十人だけを連れていけ」

「残り九十人は?」

「領内を見てから選べ。住居も訓練場所も知らずに連れていけば、村を混乱させるだけだ」

「はい」

「フェリクスも付ける」

「いいんですか?」

「商会と領地の連絡役が必要だ」

「助かります」

「それと」

 マティアスが帳簿の後ろに挟まっていた紙を抜いた。

「何です?」

「百人の候補だ」

 紙には何十人もの名前と年齢、出身地、兵歴が記されていた。

「全員、俺が選ぶんですよね」

「ギルベルトと相談しろ。剣や槍が強い者だけを選ぶな」

「分かっています」

「文字を読める者、数を数えられる者、鍛冶や木工を知る者も必要だ」

「農業の経験も」

「なぜ」

「兵が領内で暮らすなら、訓練以外に何もさせないわけにはいきません。道や兵舎を直す仕事もあります」

「好きに決めろ」

 その言葉を聞き、少し笑った。

「何だ」

「前にも言われたなと思って」

「何を」

「責任は俺が取るから、好きにやれと」

 マティアスは俺を見る。

「あの時とは違う」

「そうですね」

「今度は、お前が取る責任もある」

「はい」

「だが、すべてを一人で背負うな」

 意外な言葉だった。

「お前の上には俺がいる。兵にはギルベルトがいる。領地には村長も、現場を知る者もいる。分からなければ聞け」

「マティアス様にも?」

「金の掛かる話以外ならな」

「一番聞きたいのは金の話です」

「ならヨハンにでも聞け」

「ヴァイスブルクにいますよ」

「手紙を書け」

 アルベルトだけでなく、ヨハンにも手紙を書くことになりそうだ。

「行くぞ」

「どこへです?」

「食事だ」

「まだ仕事が」

「お前が兵へ出した命令は何だ」

「食べて寝ろ、です」

「自分は従わないのか」

「……従います」

 帳簿と地図を抱え、マティアスの後を追う。

 十六歳の自分が、領地と百人の兵を持つ。

 昨日まで、そんなことは考えてもいなかった。

 俺は火縄銃を作った。

 戦場で使い、その力と弱さを見た。

 それだけで終わるつもりだった。

 だが、新しい武器は、それを扱う兵を必要とする。

 兵は食料を必要とする。

 食料には土地と人の働きが要る。

 武器一つを変えれば、戦い方だけでなく、その後ろにある仕組みまで変えなければならない。

 火縄銃の音が戦を変え始めた日。

 俺自身の立場もまた、元には戻れないところまで変わっていた。

第一話を読んでいただき、ありがとうございました。

マティアスはベルグハーフェンの領主となり、アレクもまた、アイヒェンタール領と百人の兵を預かることになりました。

火縄銃を作るだけでなく、それを扱う兵の食料、住居、訓練、そして領民の暮らしにまで責任を負う立場へ進んだアレク。次回は、自らの領地となったアイヒェンタールの現状と、新たな火槍隊づくりに向き合います。

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