第二十四話 シュヴァルツ伯迎撃戦(中)
中央へ兵を集めさせたシュヴァルツ伯は、王都軍とレオンハルト軍の外側を同時に狙います。
九挺の火縄銃を率いるアレクは、西側から迫る騎兵を止めるため、地形と槍兵を組み合わせます。
王都軍の東側で、林の陰から現れた敵兵が列を広げていた。
レオンハルト軍の西側では、騎兵が大きく回り込もうとしている。
中央へ集められた俺たちの目には、どちらも同じように危険に見えた。
「どちらへ動きますか?」
火槍兵長が尋ねる。
第一班の五挺も、第二班の四挺も装填を終えている。
火縄の火も消えていない。
今なら、どちらへ向かっても撃てる。
だが、東と西の両方へは行けない。
「少し待ってください」
俺は答えた。
「またですか」
「勝手に決めるわけにはいきません」
王都軍の東側を攻める敵は歩兵だった。
盾兵を先頭に、槍兵と弓兵が続いている。
数は千を超えているように見える。
一方、西側へ回り込む敵騎兵は三百騎ほど。
歩兵より数は少ないが、移動は速い。
あのまま外側を抜かれれば、後ろにある荷車や負傷者の区画、使者の中継地点まで一気に襲われる。
王都軍は六千。
レオンハルト軍は、橋や倉へ兵を残したため二千余り。
兵数だけを見れば、東側は王都軍に任せるべきなのかもしれない。
けれど、王都軍から見れば話は違う。
中央を守るために左側の兵を動かした。
その結果、東側が薄くなった。
そこへ敵が来たのだから、レオンハルト軍にも助ける責任があると思うだろう。
西へ向かえば、自分たちだけを守ったと受け取られるかもしれない。
東へ向かえば、俺たちの荷車と兵糧を危険にさらす。
どちらを選んでも、もう一方へ説明が必要だった。
「殿下の命令を待ちます」
俺が言うと、火槍兵長は頷いた。
火縄銃を持つ兵たちが敵を見ながら待機を続ける。
中央へ進んでいた敵兵は後退したが、丘の近くに残る主力はまだ動いていない。
その前を、東と西へ向かう別の部隊が横切っていく。
シュヴァルツ伯は、こちらの反応を見ている。
どちらを先に守るのか。
中央から何人を動かすのか。
火槍隊をどこへ向かわせるのか。
そのすべてを数えているように思えた。
後方から伝令が走ってきた。
「アレク・ハルトマン!」
「はい!」
「レオンハルト殿下の命令だ。火槍隊は西へ向かい、敵騎兵を止めろ!」
火槍兵長がすぐに兵へ向き直る。
「火槍隊、西へ移動!」
九挺の火縄銃が持ち上げられる。
火縄銃を持たない一人が、一発筒と予備の火縄を抱え直した。
「王都軍の東側はどうするんです?」
俺は伝令へ尋ねた。
「ライゼン将軍へ書状を出す。王都軍には東を守らせ、我々は西を守る」
「援軍は送らない?」
「殿下は、王都軍の陣へ兵を入れないと仰せだ」
以前に決めた条件を守るのだ。
レオンハルト軍が王都軍の東側まで進むには、王都軍の陣の後ろか、中央を通らなければならない。
味方の兵が突然、自分たちの陣へ入ってくる。
戦の最中なら、それだけで混乱が起きる。
王都軍の兵がレオンハルト軍を敵と見間違える可能性もあった。
「分かりました」
俺は答えた。
「西へ向かいます」
「急げ。騎兵の方が速い」
伝令が別の部隊へ走っていく。
俺たちも西へ向かった。
◇ ◇ ◇
西へ走りながら、俺は王都軍の陣を振り返った。
東側では、すでに敵の弓兵が射撃を始めている。
王都軍も矢を返していた。
距離があるため、一人一人の動きまでは見えない。
それでも、盾が持ち上がり、槍の列が敵へ向きを変えていることは分かる。
「王都軍は持ちこたえられるでしょうか」
俺が言うと、並んで走っていたマティアスが答えた。
「持ちこたえてもらわなければ困る」
「援軍を送らなくていいんですか?」
「六千の王都軍を、二千の我々が助けに行くのか?」
「人数だけなら、そうですけど」
「我々が東へ向かえば、西の騎兵は誰が止める」
答えられない。
敵騎兵はすでに速度を上げている。
こちらの西側へ一直線に突っ込んでいるわけではない。
大きく外へ回り、レオンハルト軍の槍先が向いていない場所を探していた。
このままでは後方へ入られる。
「ライゼン将軍へは、何と伝えるんです?」
俺が尋ねる。
「東は王都軍が守れ。西は我々が守る」
「それだけですか?」
「一方が崩れそうなら、もう一方が敵中央へ圧力を掛ける」
マティアスは走りながら中央を指した。
「王都軍の東側が危なくなった時、我々が敵中央へ兵を出せば、シュヴァルツは東へ増援を送りにくくなる」
「こちらの西側が危なくなった時は」
「王都軍が中央へ出る」
「兵を直接送らなくても、援軍になる?」
「敵の兵を引きつければな」
味方を増やすだけが助けではない。
敵の増援を減らす。
敵に別の場所を守らせる。
それでも、苦戦している部隊を助けられる。
「書状は三通ですか?」
「ああ」
「また紙も使者も三倍ですね」
「一通も届かなければ、お前に払わせる」
「なぜ俺が」
「提案したのはお前だ」
「採用したのはレオンハルト殿下です」
「本人に言ってみろ」
「嫌です」
マティアスが少し笑った。
その時、前方から別の馬が走ってきた。
西からではない。
グリュン川大橋へ続く道から来ている。
使者は俺たちの横を通り過ぎ、後方にいるレオンハルトのもとへ向かった。
馬の腹と脚が泥に汚れている。
橋から来たのだとすぐに分かった。
「何かあった?」
俺が足を緩める。
「止まるな」
マティアスが言った。
「ですが」
「報告を聞くのは殿下だ。我々の仕事は西へ行くことだ」
その通りだった。
俺が使者を追っても、敵騎兵は待ってくれない。
前へ向き直る。
レオンハルト軍の西側では、槍兵たちが列を作り直していた。
敵騎兵が外へ回ったため、正面だけではなく斜め西へ槍先を向けている。
だが、後方へ抜ける道は広い。
騎兵が横へ展開できるだけの土地がある。
あのままでは、槍兵の端を回り込まれる。
「地形を見ます」
俺は言った。
「どこへ行く」
「騎兵が通る場所です」
「轢かれるなよ」
「縁起でもないことを言わないでください」
俺と火槍兵長は、槍兵の後ろを西へ走った。
西側には低い林がある。
木々の間隔は狭く、騎兵がまとまったまま入れる場所ではない。
林の手前には、雨水を流すための浅い溝が続いていた。
人なら飛び越えられる。
馬も一頭ずつなら越えられるだろう。
だが、数百騎が並んだまま越えるには邪魔になる。
林と溝の間に、幅の広い道のような場所があった。
敵騎兵が後方へ抜けるなら、そこを通る可能性が高い。
「ここです」
俺は言った。
「ここへ槍兵を置いて、火槍隊はその後ろへ」
火槍兵長が溝を見る。
「敵が林の向こうへ回れば」
「時間が掛かります。その間にこちらも向きを変えられる」
「このまま来た場合は」
「ここへ集まります」
開けた場所から狭い場所へ入れば、騎兵は横へ広がれない。
前の馬が止まれば、後ろの馬も進めなくなる。
火縄銃で狙うなら、広い場所を自由に走る騎兵より、同じ場所へ集まる騎兵の方がよい。
「荷車を使えませんか?」
俺はマティアスへ尋ねた。
「何にだ」
「道をもう少し狭くします」
「荷車を壊す気か?」
「空の荷車だけでいいです」
後方には、食料を下ろした後の荷車が何台か残っている。
すべてを塞げば、味方も逃げられなくなる。
だが、二台か三台を斜めに置けば、騎兵が通れる場所を狭められる。
マティアスは少しだけ考えた。
「三台だ」
「動かせますか?」
「誰に聞いている」
マティアスは近くの荷車へ向かって叫んだ。
「空荷の車を三台、西へ動かせ! 馬を外せ! 車だけ置いてこい!」
御者と荷運び人が動き出す。
「後ろの二台も荷を下ろせ! 食料は林の中へ運べ!」
命令が次々と飛ぶ。
袋を担いだ者が林へ走る。
空になった荷車が押され、溝の近くへ運ばれる。
車輪が土へめり込む。
一台を斜めに置く。
少し離して二台目。
さらに奥へ三台目。
完全な壁ではない。
人も馬も通れる。
ただし、数十騎が横へ並んだまま進むことはできなくなった。
「これでいいか」
マティアスが尋ねる。
「はい」
「駄目だったら、車三台分はお前の借金だ」
「領地もないのに、どうやって払うんです?」
「働け」
「今も働いています」
「ならもっと働け」
冗談を言っている間にも敵騎兵が近づいている。
俺たちは槍兵を預かる者へ配置を説明した。
槍兵は荷車の間と溝の手前へ並ぶ。
前列が槍を低く構え、その後ろに別の兵が続く。
火槍隊は槍兵の後ろ。
火縄の煙が見えにくいよう、林の縁と荷車の陰へ寄せる。
完全に隠すことはできない。
それでも、敵から九挺すべての位置を一度に見られなければよい。
準備を終えた頃、後方から伝令が到着した。
「橋からの報告です!」
レオンハルトの命令も持っている。
「ヴァルナー軍の小部隊が橋の南へ現れました。川沿いの道にも斥候を出しています」
「橋へ攻め込んだのですか?」
俺が尋ねる。
「まだです。こちらの兵数と守りを見ています」
敵は、レオンハルト軍主力が橋から離れたことを確かめようとしている。
こちらが大きく兵を戻せば、シュヴァルツ伯軍はレオンハルトが王都軍を見捨てたと判断する。
戻さなければ、ヴァルナー軍が橋へ攻め込むかもしれない。
「殿下の命令は」
マティアスが尋ねた。
「橋の兵は持ち場を維持。敵を追って外へ出るな。倉と食料を守り、火を放たれた場合に備えろ。次の報告は三人へ持たせろ、とのことです」
「増援は」
「出しません」
「諸将は何と」
「橋へ兵を戻すべきだという意見もありました」
伝令は少し言いにくそうに続けた。
「殿下は、橋は我々が戻るまで持ちこたえるために兵を残した、ここで兵を戻せばシュヴァルツの思うままだと」
橋を守る準備はしてきた。
守備兵も残した。
倉へ食料も分けた。
それなのに敵が現れた瞬間、準備を信じず主力を戻せば、最初から兵を分けた意味がない。
「橋は橋に任せる」
マティアスが言った。
「我々はここを守る」
伝令が頷き、次の命令を運ぶため走っていく。
俺は大橋へ続く道を一度だけ見た。
ここから橋は見えない。
今、何人の敵がいるのかも分からない。
それでも、任せるしかなかった。
すべての場所へ自分で行くことはできない。
その時、西側にいた見張りが声を上げた。
「敵騎兵、前進!」
俺は火槍隊へ振り返った。
「配置へ!」
◇ ◇ ◇
最初に近づいてきたのは、敵騎兵の主力ではなかった。
三十騎ほど。
大きく横へ広がり、こちらの槍が届かない距離を保ちながら走ってくる。
槍を低く構えていない。
短い弓を持つ者と、投槍を持つ者が混じっている。
「射撃準備!」
火槍兵長が命じる。
第一班の五人が荷車の陰へ入る。
俺は近づいてくる騎兵を見た。
敵の後ろには、まだ多くの騎兵が止まっている。
最初の三十騎だけで槍兵の列へ突っ込むつもりには見えない。
「撃たないでください」
俺は言った。
火槍兵長がこちらを見る。
「距離は入ります」
「あれは、俺たちに撃たせるための兵です」
敵騎兵は火槍隊を見つけている。
九本の火縄から上がる煙までは隠せない。
それでも突撃してこない。
横へ走りながら矢を放ち、俺たちの反応を見ている。
敵の狙いは、火槍隊の弾ではない。
撃った後の時間だ。
ここで九挺を撃たせる。
俺たちが装填を始めた瞬間、後ろの騎兵主力が突撃する。
「赤い布は上げたままです」
俺は火槍兵長へ言った。
「分かりました」
右手に赤い布が掲げられる。
第一班は構えたまま待つ。
敵騎兵が矢を放つ。
一本が荷車の板へ刺さった。
別の矢が槍兵の盾へ当たる。
投槍が飛び、地面へ突き立った。
「撃て!」
どこかで味方の声が上がった。
火槍兵の肩が一瞬動く。
だが、引金は引かれなかった。
火槍兵長の赤い布が、まだ上がっている。
敵騎兵はさらに近づいた。
火縄銃なら狙える距離だ。
一人の騎兵が馬上からこちらを指し、何かを叫んでいる。
「まだです」
俺は繰り返した。
火槍兵の一人が息を吐く。
敵の矢がもう一度飛ぶ。
今度は、火縄銃を構えた兵の横にいた槍兵の盾へ突き刺さった。
盾を持つ腕が下がる。
隣の兵が前へ出て、空いた場所を埋めた。
敵騎兵は槍兵の列へ入る直前で向きを変えた。
馬が土を蹴り、俺たちへ背を向ける。
「今なら撃てます」
火槍兵長が言う。
「撃ちません」
「背中です」
「逃げている兵へ九発を使わせたいんです」
敵の主力は動いていない。
こちらが撃つのを待っている。
三十騎は大きく回り、元の場所へ戻った。
後ろの騎兵の中で、何かの合図が動く。
しばらくして、今度は別の二十騎ほどが出てきた。
同じように横へ広がり、矢を射る。
「また来ます」
「撃たせたいんでしょうね」
俺は答えた。
二度目も撃たない。
敵の矢を盾で受ける。
投槍を避ける。
赤い布が上がっている間、誰も引金を引かない。
敵は三度、少数の騎兵を近づけた。
三度とも、俺たちは撃たなかった。
「火槍は撃てないのではないか」
敵側からそんな声が聞こえた。
「火が消えたぞ!」
実際には火縄の火は残っている。
煙も僅かに上がっている。
だが、何度近づいても撃たないため、使えない状態だと思い始めたのだろう。
「装填していないと思わせられましたか?」
火槍兵長が尋ねる。
「そこまで都合よく考えてくれるかは分かりません」
ただ、少なくとも敵は、俺たちがいつ撃つか判断できていない。
中央では、敵が五挺の後に四挺が続くことを知った。
だから西側の騎兵を預かる者も、二段目を警戒しているはずだ。
一度使った方法を、そのまま繰り返しても通じない。
なら、同じ二段発砲でも撃つ時を変える。
敵に数を数えさせる。
次が来ると分かっていても、いつ来るか分からないようにする。
敵騎兵の主力で旗が動いた。
「来ます!」
見張りの声が響く。
今度は数十騎ではない。
前列だけでも百騎近い。
その後ろに、さらに騎兵が続いている。
三百騎すべてが一つの場所へ向かっているわけではなかった。
中央の槍兵へ向かう部隊。
林沿いから回り込む部隊。
荷車の後ろへ抜けようとする部隊。
大きく三つに分かれている。
地面が震えた。
何百もの蹄が土を蹴る音が、腹の底まで響いてくる。
「槍を下げろ!」
前列の槍兵が槍先を騎兵へ向ける。
後列の兵が槍の柄を支える。
敵の騎兵は、それを見ても止まらない。
前に並ぶ槍兵と正面からぶつかるつもりはない。
槍列の端。
荷車と溝の間。
少しでも薄い場所へ向きを変えてくる。
「第一班、前へ!」
火槍兵長の命令で五人が荷車の隙間へ入る。
赤い布が右手に上がる。
俺は敵騎兵を見る。
まだ遠い。
五十歩。
先頭の騎兵が、斜めに置いた荷車を見て向きを変える。
その後ろの馬も同じ方向へ寄る。
広がっていた騎兵が、溝と荷車の間へ集まり始めた。
四十歩。
馬の目が見える。
騎兵の鎧が揺れる。
槍先がこちらへ向いている。
「まだ!」
俺が叫ぶ。
火槍兵長は赤い布を下げない。
前にいる槍兵の一人が、恐怖に耐えきれないように半歩下がった。
後ろの兵が背中を押す。
「列を保て!」
敵騎兵がさらに近づく。
三十歩。
馬の吐く息。
蹄が土をえぐる音。
騎兵の叫び。
すべてが一つになって押し寄せてくる。
荷車へ向かった先頭の馬が、狭められた場所へ入る。
隣の馬が溝を避けるため中央へ寄る。
後ろの騎兵が前へ詰まる。
今だ。
「撃ってください!」
火槍兵長の右手が振り下ろされた。
赤い布が落ちる。
ドドドンッ!
五挺が火を噴いた。
白い煙が荷車の間へ広がる。
一頭の馬が胸から崩れた。
馬上の騎兵が前へ投げ出される。
別の騎兵が肩を撃たれ、槍を落とした。
弾が当たらなかった馬も、突然の音に首を振った。
横へ逃げようとする。
だが横には別の馬がいる。
二頭がぶつかる。
後ろから来た馬が止まれず、前の馬へ乗り上げるようにして倒れた。
溝の縁へ追いやられた一頭が脚を取られる。
騎兵が鞍から落ちた。
五発で倒れた馬と騎兵は僅かだった。
それでも、先頭の速度が失われた。
全速力で走っていた騎兵の前列が止まり、後列がそこへ突っ込む。
「押し返せ!」
槍兵が前へ出る。
長い槍が、動きを止めた馬へ向けられる。
敵騎兵は突撃の勢いを失い、槍を振るうだけの空間もなくしていた。
第一班が後ろへ下がる。
火縄銃を持たない兵が一発筒を配る。
「第二班!」
火槍兵長が左手に赤い布を持つ。
だが、俺は止めた。
「まだ撃たないでください!」
「敵が目の前です!」
「第二班を待っています!」
敵の騎兵を預かる者は、中央で二度の発砲があったことを知っている。
第一班が撃った後、すぐに第二班が来ると考えている。
実際、敵騎兵の後列は一気に突っ込んでこなかった。
先頭が乱れていることだけが理由ではない。
残る火槍を警戒している。
騎兵の一部が左右へ広がる。
どこに第二班がいるのか探している。
「第二班は構えたまま待機!」
四挺はまだ煙の中に隠れている。
赤い布も上げない。
敵は次の四発が来ると分かっている。
だが、どこから撃たれるのか分からない。
撃たれる前に進むべきか。
撃たせてから進むべきか。
判断が遅れる。
その時間を、槍兵が使った。
「前へ!」
槍兵が荷車の間から一歩進む。
敵騎兵は進めない。
馬は長い槍を嫌がり、首を振る。
騎兵が手綱を引き、向きを変えようとする。
後ろの騎兵が邪魔になり、下がることもできない。
林沿いへ回った別の部隊が動いた。
正面で騎兵が止まっている間に、火槍隊の横へ出るつもりだ。
だが、林と溝の間は狭い。
二列か三列に並ぶのが精一杯だった。
「左です!」
俺が指す。
火槍兵長が第二班を左へ動かす。
四人が林の縁へ並ぶ。
火縄銃の先が、回り込んできた騎兵へ向く。
敵もこちらを見つけた。
「火槍だ!」
先頭の騎兵が叫ぶ。
止まろうとする。
しかし、後ろの騎兵が押してくる。
狭い道の中で向きを変えられない。
火槍兵長が左手で赤い布を掲げた。
「狙え!」
四人が火縄銃を構える。
先頭の騎兵まで、四十歩もない。
赤い布が振り下ろされた。
ドドンッ!
銃声が林へ反響した。
一頭の馬が横へ倒れ、狭い道を塞ぐ。
その後ろの騎兵が手綱を引く。
間に合わない。
倒れた馬へ別の馬がぶつかる。
騎兵が地面へ転がった。
残る弾の一つは騎兵の盾へ当たり、もう一つは林の木へ当たったように見えた。
四発で倒れた数は少ない。
だが、先頭の馬が道を塞いだことで、後ろの騎兵が進めなくなった。
「槍兵、左へ!」
レオンハルト軍の兵が林沿いへ動く。
槍先が騎兵へ向けられる。
敵は火縄銃ではなく、槍兵に押し返された。
馬を反転させられる場所まで、一騎ずつ下がっていく。
正面にいた騎兵も後退を始めた。
前列が下がる。
倒れた馬と荷車を避けるため、列がさらに乱れる。
レオンハルト軍の兵は追わなかった。
騎兵が再び広い場所へ出れば、今度はこちらが追い返される。
槍を向けたまま、荷車と溝の間を守る。
敵騎兵は弓の届く距離まで退き、そこで停止した。
西側の突撃は止まった。
だが、騎兵三百を倒したわけではない。
地面へ倒れている馬と騎兵は一部だけだ。
大半はまだ残っている。
それでも、すぐに二度目の突撃へ移る様子はなかった。
「止まりました」
火槍兵長が息を吐く。
「九挺で止めた」
「九挺だけではありません」
俺は溝と荷車を見る。
「地形と、荷車と、槍兵があったからです」
「それでも、最初に音を出したのは我々です」
マティアスが近づいてきた。
「どちらでもいい」
「よくありません」
俺が答える。
「火縄銃だけで止めたと思えば、次も九挺だけを前へ出すことになります」
「分かっているではないか」
「何がです?」
「武器が強かったのではない。強く使える場所を作ったから役に立った」
マティアスは倒れた馬を見た。
「アルベルトも、似たことをしたのだろう」
「はい」
アルベルトは火槍を敵から隠し、騎兵が密集する場所へ最初の一撃を集中させた。
音と煙で馬を混乱させ、その後の攻撃へつなげた。
武器そのものが勝ったのではない。
役に立つ状況を作った。
俺たちも同じことをした。
違うのは、火槍より狙いやすく、二つの班で二度撃てたことだ。
「第一班と第二班、装填を続けてください」
俺は命じた。
敵騎兵はまだ退いただけだ。
火縄銃が空になっていると気づけば、もう一度来るかもしれない。
第一班の五人はすでに装填を進めている。
第二班も一発筒を受け取った。
その間、槍兵が前へ出て盾になる。
火縄銃だけでは何もできない。
けれど、槍兵も火縄銃がなければ、騎兵の勢いを正面から受けなければならなかった。
どちらか一つでは足りない。
「王都軍より使者!」
後方から声が届いた。
俺たちは東を見た。
◇ ◇ ◇
王都軍から来た使者は一人ではなかった。
少し間を空けて二人目も到着する。
三人目はまだ見えない。
最初の使者が持っていた書状には、ライゼン将軍の印と、書いた時刻が記されていた。
東側では、敵の歩兵が王都軍の槍列を押し始めている。
王都軍の予備兵はすでに東へ向かっている。
それでも敵の後ろから別の兵が増え続け、このままでは東側の隊列が大きく曲がる可能性がある。
ライゼン将軍は、レオンハルト軍の兵を東へ送れとは書いていなかった。
代わりに、敵中央へ圧力を掛けるよう求めている。
「事前に決めたとおりか」
マティアスが言う。
「はい」
使者が答えた。
「ライゼン将軍は、レオンハルト殿下の軍が中央へ進めば、敵は東へ兵を送り続けられないと」
二人目の書状も同じ内容だった。
印。
時刻。
文章。
すべて一致している。
三人目を待つ必要はなかった。
書状はレオンハルトへ運ばれた。
西側では、敵騎兵がまだ動きを止めている。
火槍隊をここへ残したまま、レオンハルト軍の予備兵を中央へ向かわせることはできる。
だが、中央へ出せば西側を守る兵が減る。
敵騎兵が再び動くかもしれない。
レオンハルトの答えは早かった。
中央に残した三百人と、その後ろの予備兵を前へ出す。
ただし、西側の槍兵は動かさない。
火槍隊もその場で待機。
王都軍の東側を助けるため、シュヴァルツ伯主力へ攻撃する姿勢を見せる。
中央で角笛が鳴った。
長く一度。
短く一度。
前進。
レオンハルト軍の中央にいた兵が槍を上げる。
押し返した敵部隊を追うのではない。
丘の近くに残るシュヴァルツ伯主力へ向け、隊列を保ったまま進む。
敵側の旗が動いた。
東へ向かおうとしていた兵の一部が足を止める。
中央へ向きを戻す。
「効いています」
俺が言う。
「まだ分からん」
マティアスは敵陣を見たまま答えた。
「こちらが本当に攻めるか、敵も見ている」
レオンハルト軍の槍兵が進む。
敵の弓兵が矢をつがえる。
さらに一歩。
両軍の距離が縮まる。
シュヴァルツ伯軍は、東へ向けていた兵を中央へ戻し始めた。
王都軍の角笛が遠くで鳴る。
東側の敵増援が減ったことを知らせる合図だった。
続けて、王都軍の槍兵が前へ出る時の音が聞こえる。
東側で押されていた王都軍が、隊列を立て直したのだろう。
「直接一人も送っていないのに」
俺は言った。
「助けられた」
「敵が中央へ戻ったからな」
「では、王都軍も西が危なくなった時には」
「動けば助けになる」
マティアスの答えには、まだ疑いが残っていた。
王都軍が約束どおり動くかは、その時にならなければ分からない。
けれど、少なくともレオンハルトは動いた。
ライゼン将軍の要請に応じ、中央へ兵を出した。
その事実を王都軍の兵も見ている。
一度の行動で、長く続いた疑いが消えるわけではない。
それでも、次に同じ合図が鳴った時、前より少しだけ信じやすくなるかもしれない。
「敵騎兵、後退します!」
西側の見張りが叫んだ。
広い場所で止まっていた騎兵が、さらに後ろへ下がり始める。
火槍隊が装填を終え、西側の槍兵も隊列を整えたことを見たのだろう。
再び突撃しても、同じ場所で止められると判断したらしい。
「追うな!」
命令が飛ぶ。
騎兵を追って槍兵が広い場所へ出れば、今度こそ敵の思うままになる。
西側の兵は持ち場を離れない。
中央ではレオンハルト軍が前進を続けている。
東側では王都軍が敵歩兵を押し戻し始めた。
西側の騎兵も退いた。
すべての攻撃を防いだ。
そう見えた。
兵たちの間から、安堵の声が漏れる。
「終わりましたか?」
火槍兵の一人が言った。
「まだです」
俺は即答した。
自分でも、なぜすぐ否定したのか分からなかった。
敵の東側。
敵の西側。
中央。
どこも、完全に崩れてはいない。
押し返された敵兵は、走って逃げているわけではなかった。
命令に従って下がり、次の場所で列を作り直している。
敵騎兵も同じだ。
大きな損害を受けたわけではない。
もう一度突撃できる数を残している。
それでも下がった。
「マティアス様」
「何だ」
「敵は、なぜこんなに早く下がったんでしょう」
「火槍が怖かったのではないか」
「それだけなら、中央へ千人も出しません」
中央で敵兵を押し返した。
東側でも王都軍が持ちこたえた。
西側でも騎兵を止めた。
だが、こちらの兵は動かされた。
王都軍の予備は東へ寄っている。
レオンハルト軍の予備は中央へ出た。
西側には槍兵と火槍隊が残っている。
最初に両軍の間へ置いた兵の一部も、敵を押し返すため前へ進んでいる。
場所ごとに見れば守れている。
全体で見れば、予備として自由に動かせる兵が減っていた。
「殿下の近くへ戻りましょう」
俺は言った。
「火槍隊は西へ残せ」
マティアスが止める。
「ですが」
「騎兵が完全に去ったわけではない。お前だけ来い」
火槍隊を動かせば、敵騎兵がまた前へ出るかもしれない。
「火槍兵長」
「はい」
「ここを任せます。赤い布の合図があるまで、勝手に追わないでください」
「分かりました」
「敵が少数だけ来ても撃たない。主力が動いた時だけです」
「はい」
俺は火槍隊を西へ残し、マティアスと中央へ戻った。
◇ ◇ ◇
中央へ戻る途中で、三人目の使者とすれ違った。
王都軍から出た最後の一人だった。
使者は遠回りしたらしく、馬も人も汗に濡れている。
持っていた書状は、先に届いた二通と同じだった。
三人全員が届いた。
だが、その確認に喜んでいる暇はなかった。
レオンハルトの周囲には、各所から報告が集まっている。
王都軍東側。
敵歩兵、後退。
レオンハルト軍西側。
敵騎兵、後退。
中央。
敵増援、一部停止。
グリュン川大橋。
ヴァルナー軍の斥候が増加。
まだ橋への総攻撃はない。
「敵の攻撃は止まりました」
ユリウスが地図の上に置かれた駒を動かす。
「東、西、中央、いずれも持ちこたえています」
「損害は」
レオンハルトが尋ねる。
「集計中です。西側は、騎兵に突破された兵はいません。中央と東側の損害が大きいと思われます」
「火槍隊は」
「九挺すべて使用可能です」
俺が答えた。
「今は西側へ残しています」
「騎兵はまだいるか」
「距離を取って止まっています。再び来る可能性があります」
レオンハルトは地図を見る。
「東へ寄せた王都軍の兵は」
「まだ戻っていません」
「こちらの中央部隊は」
「敵主力へ向けて前進中です」
「止めろ」
レオンハルトが即座に命じる。
「それ以上は出すな。敵を引きつけたまま列を保て」
伝令が走り出す。
俺は敵陣を見た。
丘の近くにあるシュヴァルツ伯の大きな旗。
戦が始まってから、あの旗はほとんど動いていない。
中央へ千人を出した時も。
東へ歩兵を向かわせた時も。
西へ騎兵を回した時も。
旗は丘の下に残っていた。
「敵の主力は何人残っていますか?」
俺は尋ねた。
ユリウスが報告を確認する。
「正確には分からない。だが、丘の周辺だけで二千を超える。後方の兵を含めれば、さらに多い」
「まだ、それだけ」
「何が言いたい」
レオンハルトが俺を見る。
「敵は、どこでも勝とうとしていなかったんじゃないでしょうか」
「続けろ」
「中央の千人は、俺たちに隙間を埋めさせるためでした」
「ああ」
「東と西の攻撃は、予備兵を外側へ動かすため」
「ああ」
「火槍隊も西へ動きました」
レオンハルトの視線が、俺から敵の旗へ移る。
「では、シュヴァルツが欲しかったのは何だ」
「中央へ進む道です」
王都軍とレオンハルト軍の間にあった隙間は、完全に開いてはいない。
槍兵も残っている。
だが最初より薄い。
王都軍は東を守るため兵を寄せた。
レオンハルト軍は西と中央へ兵を分けた。
火槍隊は中央から離れている。
敵が最も恐れていた九挺も、今は西側だ。
「敵旗、動きます!」
見張りの声が上がった。
丘の下。
これまで止まっていた大きな旗が、ゆっくりと前へ進む。
その周囲にいた兵が槍を上げた。
一列目。
二列目。
その後ろ。
何列あるのか分からない。
東と西へ出ていた部隊とは比べものにならない、厚い兵の塊が中央へ向きを変える。
角笛が鳴った。
低く長い音。
一度。
二度。
三度。
敵主力の前進だった。
「中央へ来ます」
俺が言う。
「見れば分かる」
レオンハルトの声から、先ほどまでの僅かな安堵が消えていた。
王都軍の東側では、まだ敵歩兵と向かい合っている。
レオンハルト軍の西側には、騎兵が残っている。
橋ではヴァルナー軍が動いている。
そのすべてへ兵を向けた後で、シュヴァルツ伯は最も多い兵を中央へ出した。
「火槍隊を戻しますか?」
俺は尋ねた。
「今すぐ戻せ」
レオンハルトが答える。
伝令が西へ走る。
だが、火槍隊が中央へ戻るには時間がかかる。
装填済みの九挺があっても、ここにいなければ撃てない。
王都軍の角笛が鳴った。
東からではない。
中央からだ。
敵主力、前進。
王都軍側も、ようやく本命に気づいた。
レオンハルト軍でも同じ合図を返す。
両軍の間にいる兵たちが盾を上げる。
中央へ向かってくる敵は、先ほどの千人より多い。
前には盾兵。
その後ろに槍兵。
弓兵。
さらに予備兵。
大きな旗は後方に置かれ、指揮官らしい者の姿は盾と兵の列に隠されている。
火縄銃で一人を討てば終わる形ではない。
王都軍もレオンハルト軍も、それぞれ自分の外側へ兵を動かしている。
中央へ戻す命令を出しても、同じ時に戻れるとは限らない。
ライゼン将軍が何を命じたのか。
王都軍が何人を戻すのか。
レオンハルト軍にはまだ届いていない。
こちらの命令も、王都軍へは届いていない。
シュヴァルツ伯が待っていたのは、中央の隙間が開くことではなかった。
王都軍が東を見て、レオンハルト軍が西を見て、誰も同じ場所を見なくなる瞬間だった。
丘の下で、これまで動かなかった敵主力が前進を始めた。
第二十四話を読んでいただき、ありがとうございました。
火槍隊は敵の誘い撃ちを耐え、地形、荷車、槍兵と組み合わせて西側の騎兵を止めました。
しかし、東西へ予備兵を動かしたことこそ、シュヴァルツ伯の狙いでした。
次回、温存されていた敵主力を前に、別々の軍が同時に中央へ動けるのかが問われます。




