第二十一話 十挺の初陣
十挺の火縄銃を率い、初めて実戦へ臨むアレク。
五人二班の射撃は、数百人の敵を相手にどこまで通用するのでしょうか。
丘の裏へ回ると、敵の姿は見えなくなった。
代わりに、地面を踏み鳴らす音だけが近づいてくる。
俺は馬を降り、手綱を近くの兵へ預けた。
馬上から指揮した方が周囲を見渡しやすい。けれど、火槍隊の近くで馬が銃声に驚けば、味方の列へ突っ込む危険があった。
十挺の火縄銃は木箱から出され、火槍兵へ渡されている。
兵たちは火蓋が閉じられていることを確認し、銃口を人へ向けないよう木台を立てて持っていた。
丘の向こうでは、レオンハルト軍の槍兵が横に広がっている。
その後ろに弓兵が並び、敵が射程へ入るのを待っていた。
斥候から新しい報告が届く。
敵は三百ではなかった。
「敵先鋒、およそ四百。槍兵が中心です。弓を持つ者は少数。後方に旗と騎馬を確認」
「後続は?」
俺が尋ねた。
「さらに後ろに兵影がありますが、この丘へ向かっているのは四百ほどです」
四百人の全員が、火槍隊だけを狙っているわけではない。
丘を押さえる味方の兵は、俺たちを含めて三百近くいる。左右にも別の部隊が布陣していた。
それでも、俺が今動かせる火縄銃は十挺だけだ。
弾は一度に十発。
兵一人へ一発ずつ撃っても、四百人のうち十人にしか届かない。
しかも、十発すべてが当たるとは限らない。
「アレク殿」
火槍兵長が俺を見た。
「装填しますか?」
敵の足音は近づいている。
丘を越えてから装填を始めれば、その間に距離を詰められる。
俺は頷いた。
「弾薬箱開放許可」
火槍兵長が十人へ向き直る。
「弾薬箱開放許可!」
革製の箱を閉じていた留め具が外された。
「一発取れ!」
兵たちが一発筒を一本ずつ取り出す。
「装填!」
栓を外し、筒口から火薬と弾を入れる。
棒で弾を奥まで押し込む。
火縄を挟む金具を手で引き起こし、火皿へ細かな火薬を置く。
火蓋を閉じ、火縄を挟む。
数か月の間に何度も繰り返した動きだった。
工場の庭でも、山に囲まれた試験場でも、兵たちは同じ号令で同じ手順を行ってきた。
しかし、今日は手元の震えが見えた。
一発筒の栓を外すのに時間がかかる者がいる。
棒を筒から抜く時、隣の兵とぶつかりそうになる者もいた。
火槍兵長が列の前を歩き、一挺ずつ確認する。
「急ぐな! 敵はまだ丘の向こうだ! 順番を飛ばすな!」
怒鳴り声を受け、兵たちの動きが少し落ち着いた。
俺が早くしろと命じれば、装填は速くなるかもしれない。
その代わり、火薬を入れ忘れる者や、棒を筒へ残したまま構える者が出る。
訓練でできたことを、訓練より速くやらせるべきではなかった。
「第一班、装填完了」
「第二班、装填完了」
火槍兵長から報告を受け、俺は丘の斜面を見上げた。
頂上まで進めば、こちらの姿も敵から見える。
俺は付近の地形を確かめた。
丘の斜面には、雨で土が流れた浅い窪みがある。第一班をその手前へ出せば、敵からは上半身と火縄銃が見える。
第二班は斜面の下へ残せる。
「第一班は丘の上へ。頂上を越えすぎないでください」
俺は火槍兵長へ伝えた。
「第二班は斜面の下で待機。命令があるまで姿を見せない。第一班が撃った後、左右の間を通って前へ出してください」
「第一班が下がってからではなく?」
「敵に、装填を待つ時間があると思わせます」
火槍兵長は少し考えた後、頷いた。
「第一班、前へ! 第二班、ここで待機!」
五人の火槍兵が丘を上る。
布を外した火縄銃が朝の光を受けた。
その左右へ味方の槍兵が配置される。ただし、火槍隊の前には出さない。
敵が第一班へ向かってきた場合、丘の斜面を上りきる直前で受け止める位置だ。
「護衛の槍兵は、俺の合図があるまで伏せてください」
俺が近くの兵を預かる者へ頼むと、相手は一瞬だけ火縄銃を見た。
軍議に出ていなかった者には、詳しい説明がされていない。
それでも、レオンハルトの印がある命令書を見せると、兵を伏せさせた。
丘の上に立っているように見えるのは、火槍兵五人だけになった。
弓兵は少し離れた場所にいる。
槍兵の多くは斜面と左右の草むらへ伏せている。
敵から見れば、丘の中央が薄く見えるはずだった。
俺は第一班の後ろまで上がり、腹ばいになって丘の向こうを覗いた。
敵の隊列が見える。
四百人ほどの槍兵が、街道とその両側へ広がりながら進んでいた。
歩調は完全には揃っていない。
前列には盾を持つ兵がいる。
その後ろから、長い槍の穂先が並んでいた。
さらに後方には、ほかより立派な旗が一つ見える。
旗の近くには馬に乗った男がいた。
鎧も周囲の兵より良い物を身に着けている。その左右を護衛が囲み、伝令らしい兵が何度も前列との間を走っていた。
あれが、この四百人を動かしている。
敵兵の列へ五発を撃ち込んでも、残った兵がそのまま進めば意味がない。
だが、命令を出している場所なら。
「第一班は、後方の旗を見てください」
俺は火槍兵長へ言った。
火槍兵長が五人の後ろを移動する。
「旗の下にいる騎馬の男を中心に狙え! 周囲の護衛ごと狙いへ入れろ!」
敵指揮官一人だけへ、五人全員の狙いを正確に合わせることはできない。
狙うのは、指揮官を中心とした一団だ。
その中へ五発を撃ち込む。
誰か一人の弾でも届けばいい。
「まだ撃たないでください」
俺は命じた。
第一班の兵が火蓋へ指を掛けたまま、敵を見ている。
敵はまだ遠い。
火縄銃なら届くかもしれない。
だが、遠ければ遠いほど弾は狙いから外れる。
近づける必要がある。
近づけすぎれば、撃った後に丘へ駆け上がられる。
俺は敵との距離だけでなく、歩く速さを見た。
こちらへ届くまでに、どれだけ時間があるか。
第一班が撃った後、第二班が前へ出る時間を取れるか。
二度目の射撃の後、槍兵を立たせる余裕があるか。
試験場では、板がこちらへ走ってくることはなかった。
今は距離を読み違えれば、四百人が丘へ押し寄せる。
「弓兵、構え!」
離れた場所で号令が響いた。
味方の弓兵が弓を引く。
まだ放たない。
敵もこちらの姿を捉えたらしい。
前列の盾が上がり、歩調が速くなった。
後方の騎馬の男が腕を振る。
伝令が左右へ走った。
敵兵の列が、丘の中央へ向きを変えていく。
第一班が見つかった。
火縄の先から細い煙が上がっている。
敵指揮官にも見えているはずだ。
「火蓋を開けてください」
火槍兵長が号令を繰り返す。
「火蓋開け!」
五人の指が動いた。
火皿に置かれた細かな火薬が外気へさらされる。
風は弱い。
雨も降っていない。
火縄の火も消えていない。
試射場と同じ条件だった。
違うのは、筒の先にいるのが人だということだけだった。
◇ ◇ ◇
丘の上から細い煙が上がっている。
敵指揮官はそれを見つけ、馬上で目を細めた。
槍兵の列から少し離れた場所に、五人の兵が並んでいる。
持っている物は槍にしては短い。
だが、先端ではなく手元近くから火縄の煙が上がっていた。
レオンハルトが火槍を用意しているという話は聞いている。
遠くから見ただけでは、以前からある火槍との違いまでは分からなかった。
丘の中央には五人しか見えない。
その左右にいる敵兵も少ない。
別の場所に兵を回したため、守りが薄くなっている。
敵指揮官にはそう見えた。
「敵は火槍を使っているぞ!」
周囲の兵が丘を見る。
「火槍は当たらん。それに数も少ない。あそこが薄い。火槍を狙え!」
伝令が命令を前列へ運ぶ。
四百人の槍兵が、丘の中央へ向かって進み始めた。
火槍は音と煙で人や馬を驚かせる。
近くで当たれば大怪我をすることもある。
だが重く、狙いにくい。
一度撃てば、次の弾を詰めるまでに時間がかかる。
最初の火と煙に怯まず距離を詰めれば、後は槍で倒せる。
敵指揮官はそう知っていた。
先頭の兵が丘へ近づく。
盾を持つ者が身を縮め、その後ろで槍兵が走り出す準備をする。
丘の上の五人は逃げない。
長い筒を肩へ当て、こちらへ向けている。
「撃たせろ!」
敵指揮官は命じた。
「最初の一発を撃たせたら、一気に丘を奪え!」
その声が終わるより先に、丘の上で五つの白煙が膨らんだ。
ドドンッ。
ほとんど一つに重なった音が、平野へ響く。
敵指揮官の頬を、熱い何かが裂いた。
衝撃と轟音が重なる。
馬が首を振り、指揮官は手綱を引いた。
頬へ手を当てる。
指先に血が付いた。
だが倒れてはいない。
体も動く。
弾は頬をかすめただけだった。
隣にいた護衛が馬から落ちた。
旗を持っていた兵も肩を押さえてよろめいている。
旗が大きく傾いた。
五発のうち、指揮官を倒した弾は一発もなかった。
やはり当たらない。
敵指揮官は、頬の痛みより確信を強くした。
「かすっただけだ!」
剣を抜き、丘を指す。
「火槍は次を撃つまで時間がかかる! 今だ、火槍兵へ突っ込め!」
前列の兵が走り出した。
旗を立て直そうとする兵へ怒鳴り、指揮官自身も馬を前へ進める。
丘の上にいる五人は、撃ち終わった武器を下げ始めた。
狙いどおりだ。
今から火薬と弾を詰め直しても間に合わない。
その時、斜面の下から別の兵が姿を現した。
一人。
二人。
五人。
最初の五人と同じような筒を肩へ当て、すでに火蓋を開いている。
敵指揮官は、自分が見ていた火槍が半分だけだったと知った。
「止まれ」
声は、前へ走る兵の足音に消えた。
丘の上で、二度目の白煙が膨らんだ。
◇ ◇ ◇
第二班の銃声が響いた瞬間、旗の下にいた馬が大きくのけぞった。
騎馬の男の上半身が後ろへ揺れる。
男は手綱を放し、鞍から滑り落ちた。
その周囲でも、二人の兵が倒れている。
「第二班、そのまま!」
火槍兵長が叫ぶ。
「第一班、下がって装填!」
最初に撃った五人が斜面を下る。
代わりに第二班が丘の上へ残り、煙の向こうへ筒を向け続けた。
五挺とも撃ち終わっている。
すぐにもう一発を撃てるわけではない。
それでも敵には、どの火縄銃が弾を残しているか分からない。
俺にも敵指揮官を倒したかどうか、すぐには分からなかった。
白煙が丘の前へ流れている。
敵兵の叫びと足音だけが聞こえた。
「槍兵、立ってください!」
伏せていた味方の槍兵が一斉に起き上がる。
第二班の左右へ槍が並んだ。
敵がそのまま丘を上ってくれば、ここで受け止める。
「第二班、下がれ!」
火槍兵長の号令で、五人が斜面を下る。
第一班はすでに携帯用弾薬箱を開き、次の一発筒を手にしていた。
「一発取れ!」
火縄銃の轟音が消えると、敵の声が聞こえ始めた。
だが、それは丘へ攻め上がる声ではなかった。
「旗を起こせ!」
「指揮官が倒れた!」
「前へ進むのか、戻るのか!」
「命令は誰が出す!」
煙が薄くなる。
敵の前列は丘の途中まで来ていた。
その後ろで、別の兵たちが足を止めている。
前へ出た者は後ろを振り返り、後ろにいる者は倒れた指揮官の周囲へ集まろうとしていた。
敵の旗は地面へ落ちている。
別の者が持ち上げようとしたが、どちらへ動かすべきか分かっていない。
前列にいる兵の一部は丘を上り続けた。
しかし、左右の兵は止まっている。
隊列の中央に穴が開き、槍の向きも揃わなくなった。
「まだ撃ちますか?」
火槍兵長が尋ねた。
第一班の装填は終わっていない。
第二班も一発筒を取り出したばかりだ。
撃てる火縄銃は一挺もない。
それでも俺は、すぐには答えなかった。
今の敵へ向けて急いで撃てば、さらに何人か倒せるかもしれない。
だが、こちらへ届く前に装填を終えられる保証はない。
味方の槍兵はすでに立っている。
弓兵も狙いを定めていた。
火縄銃を無理に急がせる必要はない。
「装填を続けてください。射撃は待ちます」
「装填を続けろ! 順番を崩すな!」
火槍兵長の声が飛ぶ。
敵の前列が止まった。
丘の上に並んだ槍と、まだ煙を上げる火縄銃を見ている。
後ろから新しい命令は来ない。
やがて一人が下がった。
その隣も続く。
後ろにいる兵が先に自陣へ向きを変えたことで、前列も丘へ背を向けた。
最初は歩いていた。
誰かが走り始めると、撤退は急速に広がった。
四百人ほどの部隊が、倒れた指揮官と負傷者を抱えながら自陣へ戻っていく。
追撃を命じる角笛は鳴らなかった。
レオンハルトは、後方にいる敵の数を確認できていない。
ここで丘を下りれば、別の部隊に待ち受けられる可能性がある。
俺たちは、敵が見えなくなるまで装填を続けた。
「第一班、装填完了!」
「第二班、装填完了!」
十挺が再び撃てる状態になる。
火槍兵長は火蓋を閉じさせ、弾薬箱を確認した。
「弾薬箱閉め!」
兵たちが革箱の留め具を掛ける。
ようやく、俺は息を吐いた。
自分がいつから息を浅くしていたのか分からなかった。
「敵指揮官は」
斥候が丘を下り、敵が退いた方向を確認して戻ってきた。
「胸を撃ち抜かれています。生きてはいません」
火槍兵たちの間に、小さなどよめきが起きた。
火槍兵長が振り返るだけで、それは止まった。
「敵の損害は?」
「確認できるだけで、指揮官を含めて五人が倒れています。負傷者はそれ以上です」
十発を撃った。
倒れた者は五人。
残る弾がどこへ飛んだかは分からない。
だが、四百人は退いた。
俺たちが四百人を倒したわけではない。
命令を出す者を失った四百人が、自分たちで退いたのだ。
「味方の損害は」
俺は尋ねた。
斥候ではなく、槍兵を預かる者が答えた。
「ありません。敵は槍が届くところまで来ませんでした」
火槍隊にも負傷者はいない。
二度の発砲で、約四百人の攻撃を味方の被害なく退けた。
訓練で考えていたより大きな戦果だった。
それでも、胸の奥に喜びだけは湧かなかった。
敵指揮官の顔は遠く、表情までは見えなかった。
俺が見たのは、騎馬の男が鞍から落ちる姿だけだ。
剣で人を斬った時には、相手の目が見えた。
手に伝わる感触も残った。
火縄銃では、それがない。
火槍兵長へ狙う場所を示し、発砲を命じただけで、遠くにいた人間が死んだ。
簡単になったわけではない。
ただ、距離ができただけだ。
「アレク殿」
火槍兵長が声を掛けてきた。
「火槍隊、十人とも異常ありません。十挺も動いています」
「分かりました」
「最初の手柄です」
火槍兵長の声には、わずかな誇らしさがあった。
兵たちも同じだろう。
数か月の訓練が、初めて戦場で結果になった。
俺まで暗い顔をしていれば、兵は自分たちが命令へ従ったことを悔やむかもしれない。
「よく、命令どおり動いてくれました」
俺は十人を見た。
「第一班も第二班も、訓練どおりでした。敵が退いたのは、皆さんが二度目の射撃を準備していたからです」
兵たちの表情が少し緩む。
その時、丘の後方から馬が駆けてきた。
伝令だった。
「火槍隊へ、殿下から新たな命令です!」
休む間はなかった。
◇ ◇ ◇
最初の四百人は、こちらの丘を奪うための部隊だった。
だが、シュヴァルツ伯方の狙いは一か所ではなかった。
別の敵部隊が丘の西側を回り、王都軍との間をつなぐ街道へ向かっている。
斥候が確認した数は、およそ六百。
その先には、使者や荷車が通る道がある。
道を守っている味方は百人あまりしかいない。
周囲へ散っていた兵を集めているが、到着まで時間がかかるという。
伝令がレオンハルトの命令を読み上げる。
「火槍隊は直ちに西側の街道へ移動。現地の守備隊とともに、援軍が到着するまで敵を足止めせよ」
「火槍隊だけで六百人を止めるのですか?」
「現地には槍兵がいます。殿下も増援を出されています」
「到着まで、どれくらいですか?」
「早くて半刻」
半刻。
敵と味方の距離によっては、長すぎる時間だった。
俺は火槍兵長を見る。
「移動できますか?」
「十挺とも装填済みです」
「兵は」
火槍兵長が十人を確認する。
一人が腰を押さえていた。
「どうしました?」
「丘を下りる時に足を滑らせました。歩けます」
携帯用弾薬箱の角には土が付いている。
留め具は外れていない。
「痛みは」
「走れます」
戦場で本人へ聞けば、そう答えるに決まっている。
それでも、今は一人を残せば二班の形が崩れる。
「無理だと思ったら、火槍兵長へ言ってください。隠して倒れる方が困ります」
「承知しました」
「火蓋は閉じたまま。火縄の火を確かめてください。走って銃口を味方へ向けないように」
火槍兵長が号令を出す。
十人が西へ向かって走り始めた。
俺も馬へ乗ろうとしたが、やめた。
火槍兵と同じ速さで走る。
丘を下り、草地を横切る。
西側の街道までは思っていたより距離があった。
途中には浅い溝があり、荷車の轍が乾いた土を深く削っている。
火槍兵は火縄銃を両手で支え、腰の箱が跳ねないよう走らなければならない。
槍一本を持って走るのとは違う。
先ほど足を滑らせた兵が遅れ始める。
火槍兵長が列の速度を落とした。
急がなければならない。
だが、一人を置いていけば十挺を二班に分けた意味がなくなる。
走っている間にも、前方から武器のぶつかる音が聞こえ始めた。
すでに戦闘が始まっている。
「もう少しです!」
俺は叫んだ。
誰に言ったのか、自分でも分からなかった。
街道の脇には、土を盛った低い堤があった。
その前で味方の槍兵が敵を押し返している。
敵は六百人すべてが一度に戦っているわけではない。
街道が狭いため、前へ出られる人数には限りがある。
それでも味方は押されていた。
百人あまりの槍兵が、堤に沿って薄い列を作っている。
敵は正面だけでなく、草地へ回って側面から入り込もうとしていた。
現地を預かる者が俺たちに気づく。
「火槍隊か!」
「援軍が着くまで、ここを守るよう命じられました!」
俺は命令書を示した。
「どこへ置けば撃てる?」
「堤の上を使います。ただし、火槍隊の前を空けてください」
「前を空ければ、敵が来るぞ」
「撃った後は槍兵に前へ出てもらいます」
相手は火縄銃を見た。
詳しい仕組みは知らない。
それでも、先ほど丘で鳴った轟音は聞いていたらしい。
「どれだけ止められる」
「分かりません」
「分からん物に、前を空けろというのか」
「分からないから試します。今のままでも押し切られます」
現地を預かる者は敵の列を見た。
迷っている時間はなかった。
「前列を左右へ分ける! 合図があれば中央を空けろ!」
味方の槍兵へ命令が伝わる。
俺たちは低い堤の後ろへ入った。
火槍兵たちの息が上がっている。
走った直後に、肩を安定させて狙わなければならない。
最初の丘では、装填を終えてから敵を待つ時間があった。
ここにはない。
「火縄を確認!」
火槍兵長が叫ぶ。
一人の兵が手を上げた。
「火が弱っています!」
走った時に風を受け、火縄の先が細くなっていた。
「隣の火縄から移せ!」
火槍兵長が指示する。
別の兵が火縄を近づける。
火が移るまでのわずかな時間にも、敵が近づいてくる。
「弾薬箱開放許可!」
十人が箱を開けた。
最初の二発を撃った後、再装填は済んでいる。
それでも、次の射撃に備えて残弾を確かめる必要があった。
足を滑らせた兵が箱を開く。
中身が片側へ寄っていた。
一本の一発筒を取ろうとして、指から落とす。
筒は堤の土へ当たり、そのまま下の泥へ転がった。
兵が拾おうと手を伸ばす。
「拾うな!」
火槍兵長が怒鳴った。
兵の手が止まる。
泥に落ちた一発筒を使えば、火薬が湿っているかもしれない。
今は確かめている時間もない。
兵は残った一発筒を数え直そうとした。
「今は数えるな! 箱を閉めろ!」
最初の丘ではできていたことが、場所と時間が変わっただけで崩れ始めている。
「第一班、堤の上へ!」
五人が前へ出る。
味方の槍兵が左右へ分かれ、中央に射線が開いた。
その向こうから、敵の先頭が走ってくる。
距離は、最初の射撃より近い。
敵の顔が見える。
盾へ付いた傷も、槍の穂先に付いた血も見えた。
「狙う場所は、敵の前列中央!」
今度は旗の下ではない。
敵の勢いを一度止め、槍兵が並び直す時間を作る。
それだけでいい。
「火蓋開け!」
第一班が火蓋を開く。
五人の筒口が敵へ向く。
一人の兵の肩が大きく上下している。
走った直後で息を整えられていない。
「まだ撃つな!」
俺は命じた。
敵をもう少し近づける。
遠くで撃てば、敵はそのまま走り続けるかもしれない。
しかし、近づけすぎれば、発砲後に槍兵が前へ出る時間を失う。
「待て!」
敵が近づく。
「待て!」
第一班の一人が、俺の命令より先に引金を引いた。
ドンッ。
一発だけの銃声が鳴る。
白煙が兵の前に広がった。
敵の一人が倒れたが、残る兵は止まらない。
「なぜ撃った!」
火槍兵長が叫ぶ。
兵は答えられない。
「残り四人、構えを崩すな!」
俺も声を張る。
ここで早撃ちした一人を責め続ければ、残る四人の集中まで切れる。
「第一班、撃て!」
四つの銃声がわずかにずれて鳴った。
最初の丘のように、一つへ重なる音ではなかった。
二人の敵兵が倒れ、別の一人が足を止める。
白煙は街道へ沿って流れ、敵の前列を隠した。
「第一班、下がれ! 第二班、前へ!」
火槍兵長の号令が飛ぶ。
第一班が堤から下りる。
早撃ちした兵がどちらへ動けばよいか迷い、第二班の前へ出かけた。
火槍兵長が肩をつかみ、後ろへ引く。
「自分の班へ戻れ!」
第二班が堤へ上がった。
だが煙が濃い。
敵の姿がほとんど見えない。
足音だけが近づいている。
「撃ちますか?」
火槍兵長が尋ねた。
見えない敵へ撃てば、弾を無駄にする。
待てば、煙の中から槍が現れるかもしれない。
風を見る。
煙はゆっくり左へ流れている。
完全に晴れるまで待つ時間はない。
「足元ではなく、煙の上に見える槍の高さを見てください!」
第二班の五人が筒口を上げる。
煙の向こうに槍の穂先が揺れている。
「第二班、撃て!」
再び銃声が響いた。
四挺は筒口から白煙と火を吐いた。
一挺だけ、火皿の火薬が小さく燃え上がった。
しかし、筒口から煙は出ない。
不発だった。
兵が反射的にもう一度引金へ指を掛ける。
「触るな!」
俺と火槍兵長の声が重なった。
火皿へ火が落ちた後、遅れて筒内の火薬へ火が伝わることがある。
顔を近づけたり、すぐに点火をやり直したりすれば危険だった。
「不発の一挺を後ろへ! 筒口を敵へ向けたまま下げろ!」
火槍兵は青ざめながらも、言われたとおりに動いた。
第二班の射撃で敵の前列が止まる。
何人かが倒れ、後ろの兵がそれを避けようとして列を乱した。
それでも敵指揮官は生きている。
後方から怒鳴り声が上がり、新しい兵が前へ押し出される。
最初の四百人とは違う。
数人を失っても、六百人の部隊全体は退かなかった。
「槍兵、前へ!」
現地を預かる者の号令で、左右へ分かれていた味方の槍兵が中央へ戻る。
敵と味方の槍がぶつかった。
木の柄が鳴り、金属が擦れる。
負傷者の叫びが上がる。
火槍隊は堤の後ろへ下がり、再装填を始めた。
「弾薬箱開放許可! 一発取れ!」
火槍兵長が命じる。
早撃ちした兵は手が震え、箱の留め具を一度で外せなかった。
隣の兵が手を出そうとする。
「自分の装填を続けろ!」
助ければ二人とも遅れる。
火槍兵長が早撃ちした兵の前へ立った。
「俺を見ろ」
兵が顔を上げる。
「次は命令を聞けるか」
「はい」
「聞こえなければ撃つな。敵が目の前にいてもだ」
「はい!」
兵はようやく箱を開いた。
不発になった火縄銃は、少し離れた場所へ置かれている。
火皿の火は消えた。
だが、まだ筒へ近づくことはできない。
十挺のうち、すぐに使えるのは九挺になった。
「第一班、装填完了までどれくらいですか?」
「まだです!」
火槍兵長が答える。
前方では槍兵が押されている。
敵の数が多い。
街道が狭いため一度に戦える人数は限られているが、敵は疲れた兵を後ろへ下げ、新しい兵を前へ出していた。
味方には交代させる余裕がない。
一人が倒れれば、その隙間へ別の兵が入る。
だが、少しずつ列が後ろへ下がっていた。
俺は堤の上から周囲を見る。
援軍の姿はまだない。
火縄銃の装填も終わらない。
十挺があれば六百人を止められると思っていたわけではない。
それでも、最初の成功を見た直後だった。
心のどこかで、もう一度撃てば敵が退くと期待していた。
現実は違った。
指揮官を失っていない敵は、銃声を聞いても進んでくる。
火縄銃の音と弾だけでは、数の差を消せない。
「アレク殿!」
火槍兵長の声が飛ぶ。
「第一班、四挺装填完了!」
早撃ちした兵だけが遅れている。
「四挺で前へ出してください!」
「五人揃っていません!」
「揃うまで待てません!」
火槍兵長は一瞬迷った後、命令を出した。
「第一班、四人で前へ! 残る一人は装填を続けろ!」
四人が堤へ上がる。
味方の槍兵と敵兵が近すぎる。
正面へ撃てば、味方へ当たる可能性があった。
「右側から回り込んでいる敵を狙ってください!」
街道脇の草地へ、敵の一部が入っている。
味方の側面へ回ろうとしていた。
四挺がそちらへ向く。
「撃て!」
銃声が鳴る。
今度は四挺が揃った。
草地の敵が伏せる。
倒れた者は多くない。
だが、火縄銃が自分たちへ向けられたことで、回り込みを止めた。
その時、後方から角笛が聞こえた。
味方の合図だ。
丘の向こうから槍兵の隊列が現れる。
レオンハルトが送った援軍だった。
「援軍が来たぞ!」
現地を預かる者が叫ぶ。
押されていた味方の槍兵が声を上げる。
新しい兵が堤の後ろへ入り、疲れた前列と交代する。
敵も援軍へ気づいた。
こちらの兵が増えていくのを見て、前進が止まる。
火槍隊が再び装填を始めたところで、敵の角笛が鳴った。
六百人の部隊は、前列から順に下がり始めた。
最初のような混乱した撤退ではない。
盾を持つ兵を後ろへ向け、負傷者を運びながら距離を取っていく。
こちらも追わなかった。
街道を守ることが目的であり、敵を追って陣形を崩す必要はない。
敵が弓の届かない場所まで退くと、現地を預かる者が槍を下ろさせた。
戦いの音が少しずつ消えていく。
代わりに、負傷した者の声が聞こえ始めた。
味方の槍兵にも被害が出ている。
倒れた者が運ばれ、血の付いた布が巻かれる。
最初の丘では一人の被害も出さずに敵を退けた。
ここでは違った。
火槍隊が到着する前から戦っていた者もいる。
俺たちが射撃した後にも、槍兵は敵を受け止めなければならなかった。
「火槍隊の損害は」
俺は尋ねた。
火槍兵長が十人を確認する。
「負傷者はいません。一人が腰を打っていますが、歩けます」
「火縄銃は」
「一挺が不発。ほかは撃てます」
「使った一発筒は」
「最初の戦闘を含めて、兵によって三本から四本。一本を泥へ落としました」
「早撃ちは」
火槍兵長が、命令より先に撃った兵を見る。
兵は顔を伏せた。
「後で記録します」
「処罰しますか?」
「まず、なぜ撃ったかを聞きます。恐怖で指が動いたのか、俺の命令が聞こえなかったのか。それが分からなければ、次も同じことが起きます」
火槍兵長は頷いた。
「不発の一挺も、ロルフさんへ戻します。戦場では開けません」
「承知しました」
最初の射撃は、あまりにもうまくいった。
天候がよく、敵が正面から進み、十分に装填する時間があり、狙う場所も選べた。
二班とも訓練どおりに動いた。
だから十挺は大きな成果を出した。
二度目は違う。
急いで移動し、息を切らしたまま構え、煙の中で号令を聞き、敵が迫る前に装填しなければならなかった。
一発筒を落とした。
火縄の火が弱くなった。
命令より先に撃つ者が出た。
一挺は不発になった。
十挺が、いつでも十挺分の働きをするわけではない。
「火槍隊だけで止めたと思わないでください」
俺は兵たちへ言った。
「俺たちが撃った後、敵を受け止めたのは槍兵です。援軍が来なければ、この場所は守れませんでした」
最初の手柄を否定するつもりはない。
だが、自分たちだけで勝ったと思わせる方が危険だった。
次も十挺で何百人でも退かせられると思えば、退くべき時に退けなくなる。
火槍兵長が十人へ向き直る。
「聞いたな。俺たちは、槍兵が戦う時間を作るために撃った。火槍だけで戦ったのではない」
兵たちが返事をする。
その向こうでは、負傷した槍兵が仲間の肩を借りて歩いていた。
俺は火縄銃の帳面を取り出した。
最初に書くべきなのは、敵指揮官を討ったことではない。
一挺が不発になったこと。
一人が命令より先に撃ったこと。
一本の一発筒を泥へ落としたこと。
煙で敵が見えなくなったこと。
味方の槍兵が敵を受け止めたこと。
成功した理由と、失敗しかけた理由を、どちらも残さなければならない。
◇ ◇ ◇
日が傾く前に、俺たちはレオンハルトのいる陣へ戻った。
戦そのものが終わったわけではない。
シュヴァルツ伯方の部隊は近くに残り、王都軍との間を狙っている。
それでも、その日の攻撃は退けた。
軍議の幕舎には、レオンハルトとマティアス、ユリウスが揃っていた。
俺の前には、戦闘中に書いた帳面が置かれている。
「最初から話せ」
レオンハルトが言った。
俺は丘で起きたことから報告した。
敵部隊はおよそ四百。
第一班五人が敵の指揮集団へ発砲。
一発が指揮官の頬をかすめ、護衛と旗手へ命中。
敵指揮官が突撃を命令した直後、第二班五人が発砲。
敵指揮官を討ち取った。
旗と命令を失った敵部隊は混乱し、自陣へ撤退。
味方の損害はなかった。
「十挺で、四百人を退かせたのか」
ユリウスが確認する。
「四百人を倒したわけではありません。確認できた死者は五人です」
「だが、四百人は退いた」
レオンハルトが言った。
「はい」
「こちらの死者は」
「最初の丘では一人もいません。負傷者もいませんでした」
レオンハルトは椅子の背へ体を預けた。
その視線は俺ではなく、地図の上へ向いている。
「十挺で四百人を殺したのではない」
やがて、ゆっくりと言った。
「十挺で、四百人を戦えなくしたのだ」
敵兵のほとんどは生きている。
武器も持っている。
それでも、指揮官と旗を失ったことで、あの場では戦えなくなった。
火縄銃の価値は、倒した人数だけではなかった。
「二度目はどうだった」
マティアスが尋ねた。
俺は街道での戦闘を報告した。
移動中に隊列が遅れたこと。
一発筒を一本落としたこと。
一人の火縄が弱くなったこと。
命令より先に発砲した兵がいたこと。
第一班の射撃が揃わなかったこと。
一挺が不発になったこと。
煙で敵が見えなくなったこと。
火槍隊だけでは敵を退けられず、槍兵と援軍が必要だったこと。
「不発になった原因は」
レオンハルトが尋ねた。
「まだ分かりません。火皿の火薬は燃えましたが、筒内の火薬へ火が届きませんでした。点火孔が詰まったか、汚れが残っていた可能性があります。工場へ戻して調べます」
「命令より先に撃った兵は」
「本人から話を聞きます。処罰が必要かどうかは、その後に判断していただきます」
「なぜ、お前が決めん」
「俺には、隊から外すことはできても、それ以上の処罰を決める権限がありません」
レオンハルトがマティアスを見る。
マティアスは小さく頷いた。
「それでいい。勝手に権限を増やさなかったことだけは褒めてやる」
「だけ、ですか」
「早撃ちを防げなかったことまで褒めてほしいのか」
「思っていません」
「なら、続きを話せ」
俺は火槍隊が稼いだ時間で援軍が到着し、街道を守れたことを報告した。
二度目の戦闘では問題が出た。
それでも作戦の目的は果たしている。
レオンハルトは、報告が終わるまで口を挟まなかった。
「十挺すべてが動けば、最初のような結果が出る」
レオンハルトが言った。
「条件が整っていれば、です」
「条件が整わなければ、九挺になり、射撃も乱れる」
「はい」
「それでも、街道は守った」
「槍兵と援軍がいたからです」
「火槍隊がいなければ、援軍が着く前に抜かれていた可能性がある」
否定はできなかった。
火縄銃だけでは守れなかった。
だが、火縄銃がなくても守れたとは限らない。
「十挺でこれなら」
レオンハルトは地図へ置かれた木片を見た。
「百挺ならどうなる」
「単純に十倍にはなりません」
俺は答えた。
「百挺を作る職人がいません。作れても、同じ品質になるとは限りません。扱う兵も百人必要です。火薬と弾、一発筒も十倍になります。射撃の煙も増え、命令は今より聞こえにくくなります」
「五百挺なら」
「さらに難しくなります」
「できないのか?」
「今すぐには」
以前の俺なら、できるかできないかだけで答えていたかもしれない。
今は、できるようにするために何が足りないかを考える。
「工場を広げ、職人を増やす必要があります。筒を作る者だけでは足りません。木台、金具、火皿、火蓋、ばねを作る者も必要です。完成した物を検査する者も増やさなければなりません」
レオンハルトはマティアスへ顔を向けた。
「金を出せば増やせるか」
「金だけでは無理です」
マティアスが即答した。
「腕のある職人を集めれば、今作っている物の注文を止めることになります。農具、荷車の金具、剣、槍、鎧の修理が遅れる。鉄を火縄銃へ回せば、別の場所で足りなくなる」
「火薬は」
「材料を集めるところから増やす必要があります。運ぶ道と倉も要る。火薬を一か所へ集めれば、事故か敵の火一つで失う危険も増える」
「弾は」
「形を揃えるための型と、鉛を継続して買う金が要ります」
「兵は」
「百人へ筒を渡しただけでは、百人の火槍隊にはなりません」
マティアスは俺の帳面を指した。
「十人ですら、移動しただけで列が乱れ、命令より先に撃つ者が出た。兵長を増やし、教える者を作り、撃てない者を外す仕組みが要ります」
レオンハルトは、しばらく何も言わなかった。
無理だと諦めたようには見えない。
何に金を使えばよいか、頭の中で分けている顔だった。
「それでも、作る」
レオンハルトが言った。
「軍の資金を回す。まず工場を広げろ。筒を作れる職人を集め、今いる職人から工程を学ばせる」
「農具や荷車を止めるわけにはいきません」
マティアスが言う。
「すべて奪えとは言わん。どこから何人を動かせるか調べろ」
「材料の値段は上がります」
「上がる前に押さえろ」
「商人に気づかれます」
「気づかせずに買う方法を考えるのがお前だろう」
マティアスが息を吐いた。
「結局、俺の仕事が増えるのか」
「アレクに任せてもいいぞ」
レオンハルトが言う。
「アレクは戦場へ出したばかりでしょう」
「なら、お前がやれ」
「最初からそのつもりで言っています」
二人の会話を聞きながら、俺は地図の横にある帳面を見た。
工場を広げる。
職人を増やす。
鉄と木材を集める。
火薬と弾を継続して用意する。
火槍兵を増やす。
そのどれも、命令を出した翌日に終わる仕事ではない。
十挺を作るだけで五か月近くかかった。
百挺、五百挺となれば、年単位の仕事になるかもしれない。
それでも、今日までは十挺だけで終わる可能性があった。
戦場で役に立たなければ、費用の高い試作品として工場の棚へ戻されていたかもしれない。
今は違う。
レオンハルトが軍の資金を使うと決めた。
今日の二度の射撃によって、火縄銃は試作品から、軍が増やす武器へ変わった。
「アレク」
レオンハルトが俺を見た。
「お前は引き続き、火槍隊を預かれ」
「俺がですか?」
「今日の問題を知っている者が、明日から別の仕事へ戻ってどうする」
「火縄銃以外の仕事もあります」
「それはマティアスと相談しろ」
俺はマティアスを見る。
「今回は、俺が背負った仕事に見合うだけの物を持ち帰った」
マティアスが言った。
「だから次は、火槍隊を動かしながら他の仕事も覚えろ」
火縄銃だけへかかりきりになる時間は終わった。
これからは、火槍隊の指揮と、戦場の兵站や交渉を同時に進めなければならない。
一つの仕事だけを見ていればよかった工場には、もう戻れない。
「分かりました」
俺は答えた。
レオンハルトは地図へ視線を戻す。
「今日退いた敵は、明日も来る。シュヴァルツ伯の主力もまだ動いていない。十挺が一度役に立ったからといって、戦に勝ったつもりになるな」
「はい」
「だが」
レオンハルトは、わずかに笑った。
「十挺へ使った金は、無駄ではなかった」
その言葉を聞いた時、俺の頭に最初に浮かんだのはロルフの顔だった。
十挺を持ち帰れば、まず不発になった一挺を調べるだろう。
敵指揮官を討ったと話しても、不発の原因を先に尋ねるはずだ。
それでいい。
戦果を喜ぶ者は、レオンハルトの周囲にいくらでもいる。
次に同じ失敗をしないため、壊れた物を見る者も必要だった。
◇ ◇ ◇
シュヴァルツ伯方の陣では、丘から退いた兵たちが負傷者を運び込んでいた。
頬から胸へ血を流した指揮官は、すでに息をしていない。
旗手も腕を撃たれ、布を巻かれていた。
何に撃たれたのかと尋ねられても、兵たちは正確に答えられなかった。
丘の上に五人いた。
大きな音がした。
指揮官の頬が裂けた。
突撃を命じた直後、別の五人が現れた。
もう一度音がして、指揮官が馬から落ちた。
彼らが知っている武器の中で、それに最も近い物は一つしかなかった。
「火槍だ」
一人の兵が言った。
「レオンハルトの軍は、火槍を使った」
「火槍は当たらないのではなかったのか」
「俺たちの指揮官には当たった」
「二度続けて撃ったぞ」
「違う。別の火槍が隠れていたんだ」
「最初から、俺たちが突っ込むのを待っていたのか」
答えられる者はいない。
それでも、分からない部分は、口から口へ伝わる間に埋められていく。
レオンハルトは火槍の価値を知っていた。
ほかの者が使えないと思っていた武器を、指揮官だけへ向けて使った。
わずかな火槍で、何百人もの兵を退けた。
その日のうちには、まだ一つの陣の中だけで語られる話だった。
やがて負傷兵が別の町へ運ばれる。
食料を届けた商人が話を聞く。
戦へ参加しなかった者は、自分が見たかのように別の者へ語る。
そのたびに、十挺の火縄銃は、レオンハルトの火槍という名へ置き換えられていく。
後にレオンハルトの名とともに語られる火槍の噂は、この日、指揮官を失って逃げ帰った兵たちの口から始まった。
第二十一話を読んでいただき、ありがとうございました。
十挺の火縄銃は敵指揮官を討ち、味方に被害を出すことなく約四百人を退かせました。一方、続く戦闘では不発や早撃ちなど、実戦で初めて分かる問題も現れています。
この戦果を受け、レオンハルトは軍の資金を火縄銃へ投入することを決めました。そして敵陣では、早くも「レオンハルトの火槍」を巡る噂が生まれ始めます。




