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『知らない世界の知っている物語』 ~剣と知識を授かった平凡な会社員は、異世界の乱世を生き抜く~  作者: 相田 ソウ
第四篇 乱世に抗う力

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第二十話 十挺を戦場へ

火縄銃十挺と、それを扱う火槍隊の準備が整いました。

開発に数か月を費やす間にも戦況は動き続け、アレクはついに十挺を戦場へ持ち出します。

山に囲まれた試験場へ来た頃、足元の草はまだくるぶしに届くほどだった。

今では膝近くまで伸び、谷を抜ける朝の風にも冷たさが混じっている。

一挺目の試作品をアルベルトへ送り出した後、レオンハルトから命じられた十挺を揃えるまで、五か月近くかかった。

十挺分の鉄筒を作ったのは、ロルフ一人ではない。

ロルフが試作品をもとに寸法と製法の基準を決め、選ばれた職人たちが工程を分けて作った。完成した鉄筒は工場へ集められ、ロルフが一本ずつ調べた。

筒の内側に大きな歪みがある物。

厚みに偏りがある物。

撃つ前から小さな亀裂が見つかった物。

それらは完成品として認められず、作り直しになった。

使える鉄筒が揃ってからも、木台を削り、火皿を取り付け、火蓋とばねを組み込み、一挺ずつ試射しなければならない。同じ寸法で作ったつもりでも、引金の重さも、火縄が落ちる位置も、肩へ伝わる反動も少しずつ違った。

完成した物を並べれば、同じ武器に見える。

だが、実際に撃った者には違いが分かる。

一挺は引金がわずかに重く、別の一挺は火蓋を開く時に少し引っかかる。筒を木台へ固定する金具も、締め直すまでの射撃回数に差があった。

同じ形を作ることと、同じ働きをする物を作ることは違う。

その違いを帳面へ書き続けているうちに、季節が一つ進んでいた。

十挺の火縄銃は、試験場の小屋に設けられた棚へ並んでいる。

その下には、兵一人につき十本ずつ用意した一発筒と、携帯用弾薬箱が置かれていた。

俺は一挺ずつ火蓋を開き、火縄を挟む金具の動きを確かめた。

引金を引く。

ばねに押された金具が倒れ、火縄を挟む部分が火皿の中央へ落ちる。

火縄は付けていない。火薬も入れていない。

それでも十挺すべてで同じ確認を行い、帳面の横へ印を付けた。

「まだ見るのか」

作業台の向こうからロルフが言った。

「これで三度目です」

「俺が聞いたのは回数ではない」

「戦場へ持っていってから動かなかったら困ります」

「ここで三度動いた物が、山を下りても動くとは限らん」

「だから困っているんです」

ロルフは返事をせず、机の上に置かれた火縄銃を持ち上げた。

火皿を覗き、筒と木台をつなぐ金具へ指を当てる。俺が確かめたばかりの場所を、同じ順番でもう一度調べ始めた。

「ロルフさんも見るんですか」

「お前が見落としているかもしれん」

「三度も確認しました」

「三度見れば、見落としがなくなるのか?」

「なりません」

「なら黙っていろ」

俺は帳面へ視線を戻した。

火縄銃を作り始めた頃の頁と比べると、記録の量は何倍にも増えていた。

火薬の量。

弾の重さ。

筒の内径。

射撃ごとの命中位置。

雨の後に火縄へ火が付きにくくなった回数。

何発撃った後に点火孔が詰まったか。

引金を引いても火縄が火皿の縁へ当たった回数。

十挺のうち、完全に同じ記録を示す物は一つもなかった。

それでも、最初の一挺を作った時よりは、何を調べるべきか分かるようになった。

問題がなくなったのではない。

見える問題が増えたのだ。

小屋の外から、馬の蹄が地面を叩く音が聞こえた。

見張りの兵が短く声を上げる。

試験場へ入る者は限られている。山道の入口、その先の分かれ道、小屋へ続く谷間に、それぞれ見張りが置かれていた。

荷を運ぶ者であっても、許可を示す札がなければ中へ入れない。

やがて扉が開き、息を切らした使者が姿を現した。

「アレク・ハルトマン殿」

「はい」

「殿下より命令です。火槍隊を伴い、直ちに陣へ戻られよとのことです」

「理由は聞いていますか?」

「シュヴァルツ伯方の軍勢に動きがあります。詳しくは陣へ戻ってからと」

使者はそれ以上を知らされていなかった。

俺はロルフを見る。

ロルフは手にしていた火縄銃を棚へ戻さず、木箱の中へ置いた。筒を布で包み、運んでいる途中で動かないよう縄を掛ける。

「十挺すべて持っていくんですか?」

「殿下の命令は、火槍隊を伴え、だろう」

「そうです」

「十挺なければ、火槍隊とは呼べんのか?」

「そういう意味ではありません」

「なら一挺くらい置いていけ」

「駄目です」

「即答するな」

「十挺でどう使えるか試してきたんです。一挺減れば、訓練した形が崩れます」

ロルフはしばらく俺を睨んだ後、鼻から息を吐いた。

「壊したまま捨ててくるな」

「持って帰ります」

「撃てなくなった物を勝手に直すな」

「分かっています」

「筒が膨らんだら使うな。木台が割れても使うな。火皿の火薬が三度続けて筒へ伝わらなければ、点火孔を確かめろ。引金が重くなった時は」

「無理に引かず、金具とばねを確認する」

「火縄の落ちる位置がずれたら」

「火薬を入れずに動きを確かめる」

「雨が降ったら」

「火蓋を閉じ、布を掛ける。撃つ直前まで弾薬箱は開けない」

俺が答えるたび、ロルフの眉間の皺が少しずつ深くなった。

すべて答えられたことが気に入らないわけではない。

自分が検査した十挺が手元から離れ、その後はどうすることもできないのが気に入らないのだ。

「戻ったら、一挺ずつ記録を見せます」

俺が言うと、ロルフは箱の蓋へ手を置いた。

「記録だけでは足りん」

「十挺とも持って戻ります」

「兵もだ」

俺はすぐに返事ができなかった。

ロルフは武器のことだけを心配しているのではなかった。

「できる限り」

そう答えると、ロルフは蓋を閉じた。

「それしか言えんだろうな」

◇ ◇ ◇

山を下り、レオンハルトの陣へ戻った時、俺は自分が長い間、乱世から離れていたような気分になった。

もちろん、本当に離れていたわけではない。

火縄銃は戦で使うために作っていた。

試射の音を聞くたび、筒の先にいるのが板や土ではなく、人になる日が来ると分かっていた。

それでも、工場と試験場を行き来している間に俺が見ていたのは、鉄と木と火薬だった。

筒がまっすぐか。

火縄が同じ場所へ落ちるか。

一発筒を使えば装填をどれだけ早められるか。

目の前にある小さな問題を一つずつ潰している間にも、外では兵が動き、商人が荷車を走らせ、諸侯が味方につく相手を選んでいた。

陣の入口では、数か月前よりも多くの荷車が列を作っていた。

食料を積んだ車。

矢を積んだ車。

槍の穂先や革具を運ぶ車。

補修されたばかりの車輪をきしませる車。

兵だけでなく、荷を数える者、馬を替える者、壊れた車軸を直す者が動き回っている。

戦が近づく時、最初に増えるのは剣や槍ではない。

帳面と荷車だ。

俺たちは十挺を積んだ荷車を、陣の中央ではなく、見張りの付いた倉へ運んだ。

箱には火槍とだけ記されている。

火槍兵長が十人の兵を並ばせ、一発筒の入った携帯用弾薬箱と腰箱を預けさせた。戦場へ出る命令があるまで、火薬と火縄銃は別々に保管する。

「弾薬箱は開けるな」

火槍兵長が念を押す。

「俺か兵站火薬部門の上官から、弾薬箱開放許可が出た時だけだ。勝手に開けた者は、理由にかかわらず隊から外す」

選抜された兵たちは、山にいた時より強く返事をした。

周囲に別の兵がいるからだろう。

彼らは自分たちが何を扱っているのかを口にしない。火縄銃を見た者、触れた者、試射を聞いた者が増えるほど、秘密は秘密でなくなる。

俺は倉の扉が閉まり、見張りが立つところまで確認してから、マティアスのいる幕舎へ向かった。

中へ入ると、机の上に積まれた帳面が最初に目へ入った。

一冊や二冊ではない。

重ねられた報告書の山が、机の端から端まで続いている。

その向こうで、マティアスは一枚の書類へ印を付けていた。

「戻りました」

「遅かったな」

「山から十挺を壊さず運ぶのに、急げません」

「お前が工場へ入ってから、もう五か月近い。そのうち半日を惜しんでも変わらん」

マティアスは書類を置き、俺を見た。

「十挺は」

「すべて持ち帰りました。試射も終えています」

「撃てるのか」

「撃つことはできます」

「戦で使えるか」

「それは、まだ分かりません」

俺の答えに、マティアスはわずかに口元を上げた。

「少しは利口になったらしい」

「最初から、分からないことは分からないと言っています」

「最初のお前なら、撃てるのだから使えると言った」

否定しようとして、やめた。

火槍を短くして、肩で支え、狙って撃てるようにすれば役に立つ。

最初はそう考えていた。

実際には、撃てる物を一挺作るだけでも難しかった。

十挺を同じ手順で扱えるようにするには、その何倍もの手間がかかった。

兵へ持たせれば、さらに新しい問題が出た。

「俺がいない間のことを教えてください」

「そのために呼んだ」

マティアスは机の端にある帳面を一冊取った。

「その前に、お前が置いていった仕事だ」

胸の奥が重くなった。

火縄銃の開発を任されたからといって、それまで関わっていた仕事が消えたわけではない。

工場へ入った当初は、試作品をもとに十挺を作ればすぐ戻れると思っていた。

だが、筒の製造を複数の職人へ分ければ、同じ寸法で作るための基準が必要になった。

使える筒と危険な筒を分ける検査も必要だった。

さらに火槍兵の選抜と訓練が始まり、一発筒と携帯用弾薬箱まで作ることになった。

その間、俺は大橋の補修も、商人との契約も、ローゼンハイムの住民がどうなったかも、届いた報告でしか知らなかった。

「申し訳ありません」

「まだ何も言っていない」

「言われることは分かります」

「なら、お前が言ってみろ」

「俺が火縄銃にかかりきりになったせいで、他の仕事を押しつけました」

「半分だけ正しい」

マティアスは帳面を開いた。

「お前に回す予定だった急ぎの仕事は、俺と配下の者たちで終わらせた。グリュン川大橋は、重い荷車を続けて通さなければ軍の輸送に使える。通行の順番と、橋を渡った荷の記録を取る者も置いた」

頁をめくる。

「ローゼンハイムでは住民が戻り始めている。家を失った者の仮住まいを決め、踏み荒らされた畑には種と農具を回した。全部を元に戻したわけではない。だが、これから何をするか分からず待つ者はいなくなった」

さらに頁がめくられる。

「襲われた荷の補償は商人たちと話をつけた。次の輸送契約も結び直した。捕虜の扱いと負傷兵の移送も終わった。エルツェンへ送る木材は、アルベルト様が手配した分と重ならないよう送り先を分けた」

「そこまで……」

「お前がいなければ進まない仕事など、最初からお前に任せん」

胸へ刺さる言葉だった。

だが、マティアスは俺を役立たずだと言ったのではない。

一人がいなければ止まる仕組みそのものを、作るつもりがないのだ。

「俺でなくてもできる仕事だった、ということですね」

「違う。お前がやるはずだった仕事を、別の者がやった」

マティアスは帳面を閉じた。

「お前が一つの仕事へかかりきりになれば、その間の仕事は誰かが背負う。今回は俺たちが背負った。それだけの価値が、その十挺にあるかどうかは、これから分かる」

俺が火縄銃を作っている間、マティアスは戦の準備をしながら、俺が残した実務まで引き受けていた。

配下の者たちも同じだ。

大橋で荷を数えた者。

住民へ種を配った者。

補償を求める商人と金額を詰めた者。

捕虜へ食料を渡し、負傷兵を荷車へ乗せた者。

その誰かが代わりに働いたから、俺は工場と試験場で筒を撃ち続けられた。

ロルフや職人たちと火縄銃を作ったつもりになっていた。

けれど、十挺を完成させるために使ったのは、鉄や木や火薬だけではなかった。

他の者の時間も使っていた。

「その十挺が役に立たなければ」

俺が言いかけると、マティアスが遮った。

「役に立たせるために、お前が行く」

「失敗した場合は」

「失敗の仕方による」

マティアスは椅子の背へ体を預けた。

「十挺で敵を全部倒せなかった程度なら失敗とは言わん。雨で火が付かなかったなら、雨でも使えるように考えろ。筒が壊れたなら、なぜ壊れたか調べろ。兵が命令どおり動けなかったなら、命令か訓練を変えろ」

「誰かが死んだ場合は」

「それも記録しろ」

返ってきた声に、迷いはなかった。

「忘れるな。お前が作った物は武器だ。役に立ったかどうかは、撃てた回数だけでは決まらん。誰を守り、誰を死なせ、何を得たかで決まる」

俺は頷いた。

試射では、板の中央に弾が当たれば成功だった。

戦場では違う。

当たった弾の先に人がいる。

命令を出す俺の後ろにも人がいる。

その両方を帳面の数字だけにしてはいけない。

「戦況を教えてください」

「なら、残りの半分だ」

マティアスは別の帳面を開いた。

◇ ◇ ◇

俺が工場へ入った時、ヴァルナー軍は大橋への攻撃に失敗し、南へ退いていた。

あの時、敵軍は崩れた。

だが壊滅したわけではない。

指揮官も、まとまった兵も残していた。

マティアスが広げた地図には、南へ引いたヴァルナー軍の動きが細い線で記されていた。

「逃げた兵を集め、領内から新しい兵を出した。失った荷車や馬も補っている」

「もう動ける状態ですか?」

「橋を攻めた時と同じとはいかん。だが、戦えないほど弱ってはいない」

「前と同じ手は使えませんね」

「使えば、お前が馬鹿だ」

ヴァルナー軍は、荷を焼かれたことで退いた。

次は後方を守る兵を増やすはずだ。

浅瀬や迂回路も調べる。

こちらが何を狙うかを知った敵は、同じ失敗を繰り返さない。

「ヴァルナー軍は、シュヴァルツ伯の軍勢へ合流しました」

俺が地図を見ながら言う。

「そうだ。シュヴァルツ伯は、この五か月で地方諸侯をさらに引き入れた。全員が心から従っているわけではないが、王兄が力を集めすぎることを恐れる者は多い」

「レオンハルト殿下に従うより、シュヴァルツ伯を選んだ者もいる」

「殿下が勝つと思えば、明日にでもこちらへ来るだろう」

マティアスはシュヴァルツ伯側の印を指でなぞった。

「問題は、その明日まで待ってくれないことだ」

王都軍も動いている。

ライゼン将軍との合意に基づき、王都軍とレオンハルト軍はシュヴァルツ伯に対して協力する。

ただし、二つの軍は混ぜない。

命令を出す者も、陣を置く場所も、兵糧を管理する者も別だ。

同じ敵へ向かうからといって、同じ軍になったわけではない。

「王兄は条件を守っていますか?」

「今のところはな」

「今のところ」

「シュヴァルツ伯を倒す前に殿下と争うほど愚かではない。だが、殿下の兵が増え、諸侯がこちらへ寄れば、考えが変わる可能性はある」

王兄は、国が割れることを恐れて中央へ力を集めようとしている。

レオンハルトは、王兄へ無条件に従うつもりがない。

ライゼン将軍は王家へ忠誠を誓っているが、王兄のすべての判断を正しいとは考えていない。

その三人が、シュヴァルツ伯を倒すという一点だけで同じ方向を向いている。

敵を倒した後まで続く関係ではなかった。

「シュヴァルツ伯も、それを分かっている」

マティアスが言った。

「王都軍とこちらが十分に連携する前に、一方へ傷を負わせたい。あるいは、互いに助けなかったと思わせたい」

「分断ですか」

「軍を地図の上で離すだけが分断ではない」

王都軍が攻撃された時、レオンハルト軍が助けに行かなければ、王兄は約束を破られたと考える。

逆も同じだ。

救援へ向かっても、到着が半日遅れれば疑われる。

命令が届かなかったのか。

道を間違えたのか。

わざと遅れたのか。

戦場では確認する前に人が死ぬ。

死者が出た後では、正しい説明より疑いの方が残りやすい。

「グリュン川大橋は」

「使える。だから狙われる」

補修された大橋は、こちらの兵糧と増援を運ぶ道になっている。

同時に、橋から王都軍側へ続く道を押さえられれば、二つの軍の間を行き来する使者と荷車が止まる。

シュヴァルツ伯側の部隊が、その道へ近づいているという。

まだ主力同士はぶつかっていない。

だが斥候同士の小競り合いは増え、村々では双方が食料と馬を集め始めている。

「いつ戦になりますか?」

「殿下は、もう始まっていると言うだろうな」

「マティアス様は?」

「俺も同じだ。剣を抜いていない者が多いだけで、戦は始まっている」

マティアスは立ち上がった。

「軍議へ行くぞ」

「今からですか?」

「お前が戻るのを待っていた」

「俺を?」

「正確には、十挺をだ」

「俺は荷物のおまけですか」

「十挺が自分で話せるなら、お前は工場へ戻ってもいい」

その言い方に、少しだけ肩の力が抜けた。

けれど、幕舎の外へ出る前に、マティアスは足を止めた。

「アレク」

「はい」

「ここから先は、帳面の上だけでは終わらん」

「分かっています」

「分かっている顔には見えん」

俺もそう思った。

怖くないわけではない。

俺はすでに戦場を知っている。

剣で人を斬ったこともある。

だからこそ、火縄銃を人へ向ける意味も分かる。

工場や試験場で板を撃っていた時とは違う。

次に火縄が落ちれば、その先で誰かが死ぬ。

「怖いです」

俺が答えると、マティアスは頷いた。

「なら、そのまま来い」

◇ ◇ ◇

軍議のための幕舎には、すでにレオンハルトとユリウスがいた。

そのほかにも、歩兵、弓兵、騎兵、兵站を預かる者たちが席へ着いている。

大きな机へ地図が広げられ、その周囲に木片が置かれていた。

王都軍。

レオンハルト軍。

シュヴァルツ伯の主力。

ヴァルナー軍。

味方とも敵とも態度を決めていない諸侯。

数か月前より、地図の上に置かれた木片は増えていた。

俺とマティアスが席へ着く前に、レオンハルトが立ち上がった。

「軍議を始める前に、全員へ命じておく」

それまで小声で話していた者たちが口を閉じる。

「これから話に出る火槍隊について、その数、構造、扱い、配置、働きを外へ漏らすことを禁じる。家臣にも、兵にも、家族にも話すな」

レオンハルトは一人ずつ顔を確かめるように、幕舎の中を見渡した。

「新しい武器を欲しがる者は敵だけではない。金になると知れば、味方を名乗る商人や職人も近づいてくる。口外した者は、身分を問わず斬る。知らなかったという言い訳は認めん」

誰も返事をしなかった。

「聞こえなかった者はいるか?」

「おりません」

ユリウスが答えると、ほかの者たちも続いた。

「承知いたしました」

「ならば始める」

レオンハルトは席へ戻り、俺へ視線を向けた。

「十挺は撃てるのか?」

「試験場では撃てました」

「戦場で使えるか?」

「分かりません」

「正直で結構だ」

レオンハルトは椅子へ座るよう手で示した。

俺とマティアスが席へ着くと、ユリウスが一通の書状を机へ置いた。

「ライゼン将軍からです。王都軍は予定した場所まで進出しました。ただし、シュヴァルツ伯方の斥候が街道周辺で確認されています」

「王都軍への攻撃が始まりますか?」

俺が尋ねると、ユリウスは首を横へ振った。

「まだ分からない。斥候だけなら、こちらの位置を調べている可能性もある」

「敵が動かしている兵は?」

「確認できたものだけで数百。後方にどれだけいるかは不明だ」

レオンハルトが地図の上へ木片を置いた。

「まず、現在の数を揃えておく。我が軍で、すぐに動かせる兵はおよそ三千二百。橋や倉、街道の守りへ残す兵を除けば、戦場へ出せるのは三千に届かん」

別の木片を置く。

「ライゼン将軍が率いる王都軍は、およそ六千。ただし、すべてが一か所に集まっているわけではない。王都と街道の守りへ残る兵もいる」

最後に、シュヴァルツ伯を示す木片の周囲へ複数の印を置いた。

「シュヴァルツ伯方は、ヴァルナー軍と集まった諸侯を含め、確認できた範囲で七千ほどだ。まだ態度を決めていない諸侯が加われば、八千を超える可能性がある」

単純な合計なら、王都軍とレオンハルト軍を合わせた方が多い。

だが、二つの軍は離れた場所にあり、命令を出す者も違う。

九千の一軍として動けるわけではない。

一方、シュヴァルツ伯方もすべてが同じ目的で集まった軍ではない。

誰が先に崩れるかは、兵数だけでは決まらなかった。

確認された数百の敵だけを見れば、三千を超える兵を持つレオンハルト軍にとって大きな脅威には見えない。

しかし、斥候の後ろに主力が隠れているかもしれない。

数百を囮にして、別の場所から橋や荷車を狙うこともできる。

こちらが大軍を動かせば、その間に空いた場所を突かれる。

「シュヴァルツ伯は、我々と王都軍の間へ兵を入れようとしている」

レオンハルトが地図の一点を指した。

「この道を完全に押さえられれば、互いに救援を送るのが難しくなる。橋から届く兵糧も遠回りさせられる」

「敵が先に道を押さえた場合、王都軍と殿下のどちらが奪い返すのですか?」

俺は尋ねた。

「それを今、ライゼン将軍と争っている」

レオンハルトは笑ったが、ユリウスは笑わなかった。

「争っている場合ではありません」

「分かっている。だが、王都軍がこちらの陣へ近づきすぎれば、兵を監視するためだと疑う者が出る。こちらが王都軍側へ寄っても同じだ」

「別々の指揮を保つという条件が、足枷になっています」

「その条件がなければ、そもそも協力は成立しなかった」

ユリウスは口を閉じた。

正しい条件が、いつでも都合よく働くとは限らない。

王都軍とレオンハルト軍を混ぜなかったから、互いの警戒を残したまま協力できた。

今はその距離を、シュヴァルツ伯が利用しようとしている。

「敵がこちらへ攻めてくれば、殿下の軍で退ける」

マティアスが言った。

「王都軍へ向かえば、こちらから援軍を出す。ただし、道を押さえる部隊は別に置くべきです」

「兵を分ければ、一隊ごとの数は減る」

ユリウスが答える。

「すべてを一か所へ集めれば、他の道を失います」

「そのための十挺だ」

レオンハルトの視線が俺へ向いた。

俺はすぐには答えなかった。

「十挺で、道を守れということですか?」

「十挺だけで守れとは言わん」

「それなら」

「十挺が、どこで役に立つかを見たい」

レオンハルトは机の上で指を組んだ。

「槍兵百人に混ぜれば、十挺は見えなくなる。弓兵の後ろに置き、敵と同じように矢を放たせるつもりもない。お前が作った物には、槍や弓と違う働きがあるのだろう」

「音と煙は、敵を驚かせます」

「火槍にもできる」

「従来の火槍より、狙う場所を選べます」

「どの程度だ」

「試験場の板なら、これまでの火槍とは比べものになりません。ただし、兵は動きます。煙も風もあります。狙われていると分かれば、敵も立ち止まりません」

「なら、動く相手へ撃て」

あまりにも簡単に言われ、俺は一瞬返事を忘れた。

「殿下」

「何だ」

「十挺しかありません」

「知っている」

「一度に撃てる弾は十発です。兵一人が携帯する一発筒も十本です。全部使っても百発しかありません」

「十挺で千人を殺せとは言っていない」

レオンハルトは地図へ視線を落とした。

「十挺で戦に勝てとも言わん。その十挺が、戦のどこを変えられるか見せろ」

どこを変えられるか。

敵兵の数を減らすだけなら、十挺より弓兵を増やした方がいい。

火縄銃は一発撃つたびに火薬と弾を使う。

装填には時間がかかる。

雨に弱く、煙が出て、音で位置を知られる。

それでも、弓より強い衝撃を、狙った場所へ送り込める。

敵が密集しているところへ撃つのか。

盾を持つ兵へ撃つのか。

馬を驚かせるのか。

十挺が少ないなら、敵兵全体を相手にするべきではない。

数の少なさを、撃つ場所を選ぶことで補うしかない。

「使う場所と相手は、俺が決めてもよいのですか?」

「そのために呼んだ」

「命令を受けてからでは、遅れるかもしれません」

「火槍隊に限り、射撃の判断をお前へ任せる」

俺はマティアスを見た。

マティアスは何も言わず、俺を見返している。

断るなら自分で断れ、という顔だった。

「俺は、部隊を指揮した経験がほとんどありません」

「エルツェンでは住民と兵を動かしたと聞いている」

レオンハルトが言った。

「あれは、正式な部隊ではありません」

「なら今度は、正式に動かせ」

「武器を知っていることと、兵を動かすことは違います」

「そのとおりだ」

マティアスが初めて口を挟んだ。

「だから、十人一人ずつへアレクから命令を出させるべきではありません」

「火槍兵長を使えということか」

「アレクは、どこへ置くか、何を狙うか、いつ撃つかを決める。装填と二班の交代は火槍兵長に任せる。それなら、訓練した動きを崩さずに済みます」

火槍兵長は、選抜された十人の中で最も安定して号令を出せる兵だった。

訓練でも、俺が一人ずつへ口を出すより、火槍兵長を通した方が兵は早く動いた。

五人ずつの二班。

一班が撃ち、下がって装填する間に、もう一班が前へ出る。

誰か一人が急いでも、十人の射撃は速くならない。

「火槍隊の指揮はアレクに任せる」

レオンハルトが決めた。

「火槍兵長を通して兵を動かせ。槍兵の護衛が必要なら、その場を預かる者へ要求しろ」

「俺の命令を聞きますか?」

「聞かせる。そのための命令書も出す」

レオンハルトはユリウスを見る。

ユリウスはすでに紙を手元へ引き寄せていた。

「火縄銃を見た兵が、従来の火槍と違うと気づくかもしれません」

俺は言った。

「違いを見れば気づく者はいる。だが、見たことと、仕組みを理解することは別だ」

「敵に奪われた場合は」

「奪われる前に壊せ」

レオンハルトの声から笑みが消えた。

「運べなければ、筒を曲げ、木台を割り、火薬へ火を付けろ。敵へ完全な形で渡すな」

俺は頷いた。

ロルフへ十挺とも持って帰ると言ったばかりだった。

だが、敵へ奪われるくらいなら壊さなければならない。

作った者としては耐えがたい命令でも、軍の中へ持ち込んだ時点で、火縄銃はロルフや職人たちだけの物ではなくなる。

「アレク」

マティアスが呼んだ。

「はい」

「射撃を任されたからといって、目の前の敵をすべて撃とうとするな」

「十挺ではできません」

「なら、撃たない相手を先に決めろ」

撃つ相手より、撃たない相手を決める。

十挺しかないからこそ必要な判断だった。

弾薬は百発。

一度使えば戻らない。

敵兵一人へ一発ずつ撃っても、百人にしか届かない。実際には外れる弾もある。

数百、数千の兵を相手にする戦では、それだけで流れを変えることはできない。

十挺をどこへ置けば、残りの兵の動きに影響を与えられるのか。

俺が選ばなければならない。

「最初の出動はいつですか?」

俺は尋ねた。

「早ければ明日だ」

ユリウスが答えた。

「斥候からの報告次第では、今夜のうちに陣を移す」

思っていたより早い。

試験場から戻ったばかりで、十挺の状態ももう一度確認したい。

火槍兵たちにも休息が必要だ。

それでも敵は、俺たちの都合に合わせて待ってはくれない。

「準備へ戻ります」

俺が立ち上がると、レオンハルトが呼び止めた。

「アレク」

「はい」

「その十挺に使った金が無駄だったかどうか、見せてもらうぞ」

「無駄ではなかったと証明します」

口にしてから、自分の言葉が大きすぎたと思った。

レオンハルトは笑わなかった。

「証明しようと焦るな」

代わりにマティアスが言った。

「十挺を自慢するために戦うのではない。勝つために、十挺を使え」

◇ ◇ ◇

軍議を終えた後、俺は火槍隊のいる倉へ戻った。

火槍兵長は十人を二列に並ばせ、携行品を確認していた。

革製の携帯用弾薬箱。

火皿へ置く火薬を収めた腰箱。

火縄。

掃除棒。

装填に使う棒。

点火孔を掃除する針。

水を避けるための布。

兵一人の腰へすべてを付けると、思っていた以上に動きにくくなる。

試験場で歩かせる訓練はした。

だが戦場では、地面が平らとは限らない。

倒れた兵や折れた槍を避け、煙の中を移動しなければならない。

「足りない物はありますか?」

俺が尋ねると、火槍兵長が答えた。

「今のところはありません。ただ、一人の弾薬箱の留め具が少し緩んでいます」

「交換を」

「予備はあります」

火槍兵長が交換のための弾薬箱開放許可を出す。

許可を受けた兵だけが箱を開けた。

中に一発筒が十本あることを数え、油紙が破れていないかを見る。問題のある留め具を直す間、予備の箱へ十本を移した。

一つの箱を替えるだけでも、見張る者と記録する者が必要だった。

「戦場では、ここまで時間をかけられません」

火槍兵長が言った。

「だから、出る前に確かめます」

「途中で壊れた場合は」

「無理に閉めようとせず、火槍兵長へ報告。開いたまま走らせないでください。一発筒を落とせば、兵が拾おうとして列を乱します」

「捨てさせますか?」

「拾うか捨てるかは、周囲の状況を見て決めます。ただし、自分の判断で列を離れさせない」

火槍兵長は頷き、十人へ同じ内容を伝えた。

俺が直接言うより、短く、強い言葉だった。

これが部隊を動かすということなのだろう。

俺は武器の仕組みを説明しようとして、言葉を増やす。

火槍兵長は、兵が今すべきことだけを伝える。

「五人二班は変えません」

俺が言った。

「第一班が撃った後、第二班を前へ出します」

「第一班はどこまで下げますか?」

「敵との距離によります。装填場所まで決めるのは俺ではなく、火槍兵長に任せます」

「承知しました」

「ただし、射線を横切らせないでください。第一班が下がりきる前に第二班を出す場合は、互いの位置を必ず確認する」

「試験場ではできています」

「試験場には、こちらへ走ってくる敵はいませんでした」

火槍兵長の表情が引き締まった。

選抜された兵たちも同じだ。

訓練では板を撃った。

引金を引けば大きな音が鳴り、肩へ反動が来る。それにも慣れた。

だが人へ向けたことはない。

俺だけではなく、十人全員が初めてだった。

「怖い者はいますか?」

尋ねると、誰も答えなかった。

火槍兵長が俺を見る。

「その聞き方では、誰も手を上げません」

「では、聞き方を変えます。怖くない者はいますか?」

それでも手は上がらなかった。

一人の兵が周囲を見てから口を開いた。

「撃つ時に手が震えるかもしれません」

「俺も震えると思います」

俺が答えると、兵たちがわずかに顔を上げた。

「震えないようにしろとは言いません。火縄を火皿へ落とすまでは、訓練した順番を守ってください。撃った後に何を感じるかは、俺にも分かりません」

「敵が近づいてきたら」

別の兵が尋ねた。

「槍兵へ任せます。俺たちは、接近される前に退くべき時は退きます」

「火槍を置いてですか?」

「持って退けるなら持つ。持てなければ壊す。ただし、勝手に決めないでください」

兵たちは、自分たちの火縄銃へ視線を向けた。

数か月かけて使い方を覚えた武器だ。

愛着を持っている者もいる。

けれど、そのために命を捨てさせるわけにはいかない。

「俺たちの役目は、十挺を守ることではありません」

俺は言った。

「十挺を使って、味方を守ることです」

火槍兵長が同じ言葉を、もう一度兵たちへ告げた。

その声を聞いて初めて、俺は自分がこの隊を預かるのだと実感した。

◇ ◇ ◇

出陣の準備が終わる頃には、外が暗くなっていた。

敵の斥候が近くにいる以上、いつ命令が来てもおかしくない。

眠れるうちに眠るべきだった。

それでも俺は自分の幕舎へ戻り、机の上に紙を置いた。

エリーゼへの手紙だった。

数か月の間、俺たちの手紙は何度か工場とアルヴェインの間を往復した。

以前の俺なら、火縄銃の進み具合や試射の結果を書き並べていただろう。

今は、エリーゼが知りたいのはそれだけではないと分かっている。

今日は工場を離れ、陣へ戻りました。

久しぶりに大勢の兵と荷車を見て、工場と試験場が静かだったことへ、戻ってから気づきました。

食事は、豆の煮込みと黒パンでした。

温かいうちに食べられたので、以前よりましです。

眠れているかと聞かれれば、今夜はあまり眠れないかもしれません。

明日、戦場へ出る可能性があります。

詳しいことは書けません。

心配させるために書くのではなく、何も知らせないままにしたくなかったので書きました。

無事に戻ったら、また手紙を書きます。

エリーゼは以前、俺が何を食べ、どう眠り、何を悩んでいるのか知りたいと書いた。

だから正直に書いた。

戦場へ出ることだけを知らせる方が、かえって心配させるかもしれない。

けれど、無事だった後にしか手紙を書かないのは、自分の都合のよいところだけを見せることになる。

俺は少し迷い、最後に一文を加えた。

そちらでは、林檎の実はもう大きくなりましたか。

手紙を折り、封をする。

荷物の底には、小さな箱が入っていた。

銀で作られた林檎の花の髪飾り。

青い石が埋め込まれたそれを、俺はまだエリーゼへ渡せていない。

戦場へ持っていくべきではないと思い、箱を取り出した。

幕舎に置いても安全とは限らない。

考えた末、マティアスの管理する荷の中へ預けることにした。

箱を開けると、灯火を受けた青い石がかすかに光った。

次に会えるのは、いつになるだろう。

答えは出なかった。

俺は箱を閉じ、手紙と一緒に持って立ち上がった。

幕舎の外では、兵が走っていた。

遠くから馬の音が近づいてくる。

斥候の一人が陣へ入り、すぐに中央の幕舎へ向かった。

俺が手紙を預け終えるより先に、角笛が鳴った。

長く一度。

間を置いて、二度。

出陣の支度を命じる合図だった。

◇ ◇ ◇

火縄銃は一挺ずつ布で包み、箱へ収めたまま荷車へ積んだ。

火薬と弾は別の車へ載せる。

陣を出た時、空はまだ暗かった。

松明の数も抑えられている。

列の前後だけに明かりを置き、火縄銃を運ぶ荷車の周囲には槍兵が付いた。

何を運んでいるのか、護衛の兵にも詳しくは知らされていない。

試験場で何度も歩く訓練をした火槍兵たちも、実際の行軍では口数が少なかった。

十人とも、自分の腰にある箱を何度も確かめている。

火槍兵長が小声で注意する。

「触るな。留め具が外れていないかは、目で見れば分かる」

兵の手が箱から離れる。

俺も馬上から列を見ながら、同じことを何度も確かめていた。

一班目の五人。

二班目の五人。

火槍兵長。

火縄銃を積んだ荷車。

火薬と弾を運ぶ車。

護衛の槍兵。

一つでも遅れれば、火槍隊は撃てない。

火縄銃だけを十挺並べても、武器にはならない。

夜が明け始める頃、道の先に低い丘が見えた。

その向こうから、細い煙がいくつも上がっている。

炊事の煙にしては多い。

野営地の煙だった。

前方から馬が駆け戻ってきた。

斥候は土を跳ね上げながら列の横を走り、先頭にいるユリウスの前で止まった。

短い報告が交わされる。

すぐに伝令が各隊へ散った。

俺のところへ来た兵が告げる。

「敵の先鋒を確認。数は三百を超えます。後続は不明。こちらへ向かっています」

「距離は」

「徒歩で半刻ほどです」

三百。

火縄銃の三十倍。

その後ろに別の部隊がいる可能性もある。

レオンハルト軍の全体から見れば小さな一隊でも、火槍隊だけで向かえば、飲み込まれる数だった。

前方で号令が上がる。

槍兵が道を外れ、丘の手前へ広がっていく。

弓兵は矢筒を確かめ、騎兵は馬の向きを変えた。

荷車は後方へ移される。

止まっていた兵の列が、命令を受けた途端にいくつもの流れへ分かれた。

レオンハルト軍は、敵を迎え撃つ布陣を始めていた。

別の伝令が、俺へ折り畳まれた命令書を差し出した。

火槍隊を前方へ移動させ、指示があるまで丘の裏で待機させる。

火縄銃を使うかどうかは、現地でアレク・ハルトマンが判断する。

レオンハルトの印が押されていた。

本当に俺が決めるのだ。

撃つか。

撃たないか。

誰へ向けるか。

十人へ引金を引かせるのは、俺の命令になる。

俺は命令書を畳み、火槍兵長へ渡した。

「兵を二班に分けたまま、丘の裏へ移動します」

「火縄へ火を付けますか?」

「まだです」

「弾薬箱は」

「開けません」

火槍兵長が十人へ向き直った。

「火槍隊、前へ! 箱には触れるな!」

兵たちが動き出す。

火縄銃の箱を積んだ荷車も、ゆっくりと丘へ向かった。

その向こうから、まだ姿の見えない敵の声が風に乗って届いてくる。

大勢の足音。

槍の石突きが地面を打つ音。

人を奮い立たせるための太鼓。

試験場では、何度も撃った。

火縄を落とし、火薬へ火を移し、板へ弾を当てた。

けれど、人へ向けるのは、これが初めてだった。

第二十話を読んでいただき、ありがとうございました。

工場と試験場を離れたアレクは、火槍隊の指揮を任されました。

次回、十挺の火縄銃が初めて人へ向けられます。訓練で積み重ねたものは、実戦でも通用するのでしょうか。

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