第十六話 同じものを作る
試射に成功した最初の一挺は、完成品であると同時に、これから作る銃の基準となりました。しかし、職人の手で作られた部品を寸分違わず再現することは容易ではありません。アレクたちは、二挺目の製作を通して「同じ武器を作る」とは何かを考えます。
実弾試射の翌朝、工房へ入ると、ロルフは最初の一挺を分解していた。
木台から鉄筒が外され、火縄を挟む金具と引金も作業台へ並べられている。
昨日まで一つの武器だったものが、鉄と木の部品へ戻っていた。
「何をしているんですか」
思わず声が大きくなった。
「見れば分かる」
「分解するとは聞いていません」
「二挺目を作るのだろう」
ロルフは鉄筒の後ろを閉じている栓を調べた。
実弾を撃った後でも、目に見える緩みはない。
点火孔の周囲には黒い煤が付いている。
「一挺目を見本にすればいいでしょう」
「見本にするために測る」
「壊さないでください」
「壊していない」
「それはアルベルト様へ渡す約束の試作品です」
「知っている」
ロルフは俺を見ずに答えた。
アルベルトから火槍と火薬を借りる際、交換条件として完成した試作品一挺と、開発の記録を渡すことになっている。
こちらが火槍を測り、実際に撃ち、そこから新しい武器を作ることを認めてもらう代わりだ。
最初の一挺は、レオンハルトの武器でも、マティアスの武器でもない。
試験と記録を終えた後、アルベルトへ送らなければならない。
「傷を付けたら困ります」
「昨日、弾を撃った」
「それは必要な傷です」
「分解するのも必要だ」
ロルフは引金と火縄を挟む金具をつなぐ細い鉄棒を外した。
「二挺目は、何を見て作る」
「帳面に寸法があります」
「なら読め」
俺は作業台の端に置いた帳面を開いた。
鉄筒の長さ。
外側の太さ。
内側を測った棒の印。
木台の長さと厚さ。
火皿の位置。
点火孔の位置。
引金を通す穴。
火縄を挟む金具の長さ。
軸の太さ。
試作を始めてから、測ったものは書いてきた。
「書いてあります」
「筒を留める前側の金具は」
頁をめくる。
「幅はここに」
「厚さは」
指が止まった。
幅と長さは書いてある。
だが、鉄板の厚さは書いていない。
「測っていません」
「火皿と点火孔の間は」
「ここです」
「点火孔を広げた後の大きさは」
別の頁を探す。
第十四話の試験で点火孔を僅かに広げたことは記録してある。
どの道具を使ったかも書いた。
しかし、広げた後の穴を測り直した数字はなかった。
「ありません」
「引金の棒は」
「長さも太さもあります」
ロルフは外した鉄棒を帳面の横へ置いた。
俺が書いた長さより僅かに短い。
「違います」
「最後に削った」
「いつですか」
「火皿へ火縄を落とす試験の時だ」
「書いていません」
「お前がな」
「削ったなら言ってください」
「見ていた」
あの時、俺は火縄が火皿のどこへ落ちるかばかり見ていた。
ロルフが金具のどこを削り、何を締め直したか、すべてを記録してはいなかった。
帳面の中には、試作の途中で測った数字が残っている。
目の前にある一挺は、その後も何度も削られ、曲げられ、締め直されていた。
「帳面の方が古い」
俺が言うと、ロルフは鼻を鳴らした。
「帳面に書いた一挺と、ここにある一挺は同じではない」
俺は新しい頁を開いた。
分解した部品を一つずつ測り直す。
鉄筒は、最初に記録した時より僅かに短くなっていた。
筒口の形を整えるため、最後に削った分だ。
木台にも、固定金具を合わせるために削られた場所がある。
火皿は、最初に作ったものではなかった。
失敗したものを作り直し、さらに削って形を整えている。
引金の穴も、鉄棒が滑らかに動くよう広げられていた。
数字だけでなく、実物と同じ形を残す必要がある。
「紙へ形を写します」
「紙は曲がる」
「木の板なら」
「削れば変わる」
「では鉄で」
「全部を鉄で作れば、その型を作るだけで何日かかる」
答えられなかった。
鉄は貴重だ。
何でも鉄の型にすれば、それだけで新型銃一挺分に近い材料を使うかもしれない。
「変わって困るものだけ鉄にします」
俺は言った。
「筒の内側と外側。弾の大きさ。金具の穴。火薬を量る容器。それ以外は木の板と基準棒を使います」
「使えるか作ってみろ」
ロルフは分解した一挺目を俺の前へ押した。
「アルベルト様へ渡す前に、元へ戻せますよね」
「戻せないと思うなら、分解していない」
「本当に?」
「アレク」
「はい」
「邪魔だ」
俺は分解された部品を傷付けないよう離し、基準棒へ印を付け始めた。
しばらくすると、ロルフが棚の奥から薄い鉄板を二枚取り出した。
一枚は火皿を覆えるほどの大きさで、もう一枚は細長く切られている。
「それは?」
「まだ付けていない物だ」
「火蓋ですか」
大きい方の鉄板を指す。
「そうだ」
「もう一つは、ばね」
「分かるなら、なぜ帳面にない」
「付けていないからです」
「付けないつもりか」
試作を始めた時、火蓋は後で付けると決めた。
最初からすべての部品を増やせば、動かなかった時に火皿、引金、金具、蓋のどこが悪いのか分からなくなる。
ばねも同じだった。
火縄を挟む金具の形と重さを確かめる前に付ければ、落ち方が金具によるものか、ばねの強さによるものか判断できない。
だが、今は引金を引けば火縄が火皿へ落ち、筒内の火薬へ火が届く。
弾も飛んだ。
後回しにしていたものを、付ける時が来ている。
「アルベルト様へ送る前に完成させます」
「二挺目の前だ」
ロルフは火皿の横へ火蓋を置いた。
「一挺目に付けず、二挺目へ付ければ、また違う物ができる」
「火蓋は、引金と一緒に開く形にしますか」
「その仕組みを今から作るのか」
「便利だと思います」
「便利な物は、部品が増える」
ロルフは火蓋を指で開閉した。
「まずは手で開ける。火薬を火皿へ置いたら閉じる。撃つ前に開ける」
「開け忘れたら」
「撃てん」
「戦場では忘れる者が出ます」
「なら、忘れないよう教える」
単純な蓋だった。
火皿の片側へ小さな軸を付け、指で横へ回して開く。
閉じれば、火皿の上を覆う。
完全に水を防げるほど隙間は小さくない。
それでも、風で火薬が飛ぶことや、移動中にこぼれることは減らせる。
小雨なら、何もないより長く火薬を守れるかもしれない。
「火縄の火が蓋へ触れたら」
「撃つ前に開ける」
「閉じたまま引金を引く者がいるかもしれません」
「だから試す」
一つの問題を減らすと、別の失敗が増える。
火蓋がなければ火薬は濡れ、こぼれる。
火蓋を付ければ、今度は開け忘れる。
武器を作ることは、失敗をすべてなくすことではないらしい。
起こりやすい失敗を減らし、残った失敗へ対処できるようにする。
火蓋の次は、ばねだった。
俺が考えていた火縄銃では、引金を引くと、ばねの力で火縄が素早く火皿へ落ちる。
だが、ばねを付けるだけでは動かない。
火縄を挟む金具を上げた位置へ留める物が必要になる。
「掛け金も作るんですね」
俺が言うと、ロルフは細い鉄片を持ち上げた。
「ばねだけで、どうやって上に留めるつもりだった」
これまでの仕組みでは、引金と火縄を挟む金具が鉄棒で直接つながっていた。
引金を引く力で金具を倒す。
引く速さが、そのまま火縄の落ちる速さになった。
新しい仕組みでは違う。
火縄を挟む金具ごと手で引き上げ、掛け金で留める。
ばねには、火縄を下へ落とそうとする力がかかったままになる。
引金を引けば掛け金が外れ、ばねの力で火縄が火皿へ落ちる。
発射後、引金から指を離しても、火縄を挟む金具は元の位置へ戻らない。
次の装填へ移るには、手で引き上げ、掛け金へ留め直す必要がある。
「火縄を挟む金具では、帳面に何度も書くには長いですね」
俺は言った。
「好きに書け」
「火縄ばさみ、と呼びます」
「お前の帳面だ」
火縄を挟む金具――火縄ばさみ。
その名前なら、何を挟む部品なのかを忘れにくい。
俺は帳面の部品名を書き直した。
ロルフは一挺目に付いていた鉄棒を外し、引金と掛け金をつなぐ短い部品を作った。
火縄ばさみの根元へ、細長いばねを取り付ける。
火縄ばさみを手で上げると、ばねが曲がる。
一定の位置まで上げたところで、掛け金の先が根元へ引っ掛かった。
手を離しても落ちない。
「これで撃てるんですか」
「まだだ」
ロルフは、火皿へ火薬の代わりに細かな灰を置いた。
火の付いていない火縄を火縄ばさみへ挟む。
火縄ばさみごと火縄を手で引き上げ、掛け金へ留める。
引金を引く。
掛け金が外れた。
ばねの力で火縄が勢いよく落ち、火皿へ叩き付けられた。
灰が周囲へ飛び散った。
「強すぎます」
「見れば分かる」
「火薬なら危険です」
「だから灰を置いた」
火縄は火皿へ落ちたままだった。
引金から指を離しても戻らない。
俺は火縄ばさみの後ろを持ち、火縄ごと手で引き上げた。
ばねの力に逆らうため、今までより重い。
もう一度掛け金へ留める。
「掛け金が浅い」
ロルフが木台を持ち上げ、強く揺すった。
二度目の揺れで掛け金が外れ、火縄が落ちた。
火蓋は閉じていた。
火縄の先が蓋へ当たり、乾いた音がした。
「今ので火蓋が曲がったら」
「撃てん」
「持ち運ぶだけで外れるのは危険です」
「だから直す」
掛け金の先を長くし、火縄ばさみの根元へ深く掛かるようにする。
今度は木台を揺すっても外れない。
しかし、引金を引こうとすると重すぎた。
指一本では動かない。
「深すぎます」
「見れば分かる」
「さっきも聞きました」
「同じことを言ったからな」
掛け金を僅かに削る。
一度削っては火縄を上げ、木台を揺らし、引金を引く。
浅ければ衝撃で外れる。
深ければ引金が動かない。
掛け金の角度が悪ければ、引金を引いても途中で止まる。
ばねの強さだけの問題ではなかった。
火縄ばさみ。
ばね。
掛け金。
引金。
四つが正しい位置で動かなければ、火縄は落ちない。
ようやく、木台を強く揺らしても外れず、指で引金を引けば掛け金が外れる形になった。
だが、ばねはまだ強すぎる。
ロルフはばねを外し、曲がりを僅かに戻した。
取り付け直す。
火縄を手で上げ、掛け金へ留める。
引金を引く。
今度は先ほどより穏やかに火皿へ落ちた。
灰は僅かに動いただけで、外へ飛ばない。
「二十回やります」
「勝手にしろ」
火縄ばさみごと火縄を手で引き上げる。
掛け金へ留める。
普通に引金を引く。
強く引く。
ゆっくり引く。
引金の引き方を変えても、掛け金が外れた後の速さは、ばねの力で決まる。
火縄は毎回ほぼ同じ勢いで火皿へ落ちた。
ただし、毎回手で引き上げなければならない。
木台を傾ける。
揺らす。
肩へ当てるつもりで前後へ動かす。
掛け金は外れない。
火蓋を閉じたまま引金を引けば、火縄は蓋へ当たる。
開ければ火皿へ落ちる。
「ばねが折れたら」
俺が尋ねる。
「火縄を落とせん」
「引金と直接つなぎ直せば」
「戦場でか」
「無理ですね」
「分かっているなら書け」
新しい部品は、発射を速くし、引金の引き方による違いを減らす。
同時に、壊れる場所も増やす。
掛け金が摩耗すれば、勝手に火縄が落ちるかもしれない。
ばねが折れれば、引金を引いても撃てない。
帳面へ書き加えた。
『火蓋――手動で開閉。火皿の火薬を風、雨、移動中のこぼれから守る。射撃前に開くこと』
『ばね――掛け金が外れた時、火縄ばさみを動かし、火縄を火皿へ落とす。強すぎれば火薬を散らし、火皿や火縄ばさみを傷める。折損の可能性あり』
『掛け金――手で引き上げた火縄ばさみを支える。浅ければ衝撃で外れ、深ければ引金が重くなる』
火蓋の形を木の板へ写す。
軸の位置は薄い鉄板へ穴を開けて残した。
掛け金も外形と穴の位置を写す。
ばねは、長さだけでは足りない。
厚さと曲がり方で強さが変わる。
一挺目に付けたばねを基準にし、同じ幅と厚さを確かめるための隙間を鉄板へ作った。
「曲がり方は、どう揃えますか」
「最後は動かして確かめる」
「型では無理ですか」
「同じ形に曲げても、鉄が違えば強さは変わる」
また職人の調整が残る。
一挺目と全く同じ部品を作ることは、思っていた以上に難しかった。
◇ ◇ ◇
昼前にマティアスが工房へ来た。
机には、朝から作った基準棒と板が並んでいる。
筒の長さを示す棒。
木台の外形を写した板。
火皿と点火孔の位置を示す薄い木片。
鉄筒の内側へ入れる測定棒。
外側の太さを確かめるための輪。
弾を通して大きさを選ぶ鉄板。
火薬を一回分ずつ量る小さな容器。
火蓋と掛け金の形を写した板。
ばねの幅と厚さを確かめる鉄片。
一つ作るたびに、必要な道具が増えていく。
マティアスは机の上を見回した。
「銃をもう一挺作るのではなかったのか」
「そのための物です」
「昨日より増えているぞ」
「二挺目を一挺目と同じように作るには、基準が必要です」
「一挺目を横へ置いて作ればいいだろう」
「一挺目はアルベルト様へ渡します」
マティアスは分解された鉄筒へ目を向けた。
「そうだったな」
「それに、十挺、百挺と作るなら、全員が一挺目を見ながら作ることはできません」
「まだ二挺目だ」
「二挺目でできなければ、十挺も作れません」
「作れるのか」
「これから確かめます」
マティアスは外径を確かめる輪を手に取った。
ロルフが一挺目の鉄筒に合わせて作ったものだ。
筒口側には通る。
だが、筒の中央まで動かすと僅かに止まる。
一挺目の鉄筒自体が、端から端まで完全に同じ太さではない。
「これで何が分かる」
「少なくとも、この輪より太い筒は、同じ固定金具へ入りません」
「細すぎる筒は」
「別の輪を作ります」
「また増えるな」
「必要です」
「それで、この輪を誰が使う」
マティアスの問いに、ロルフが答えた。
「別の鍛冶職人だ」
「お前一人では作らないのか」
「一人で作れば、一月に二本できるかどうかだ」
実弾試射の後、レオンハルトから十挺、百挺ならどうするのかと問われた。
ロルフ一人がすべての鉄筒を作る方法では、十挺を揃えるだけでも何か月もかかる。
木台も、金具も、火蓋も、ばねもある。
一人でできる仕事ではない。
「職人を増やせば、知る者も増える」
マティアスが言った。
「レオンハルト殿下と相談しました」
俺は答えた。
「信頼できる鍛冶職人と木工職人を、少人数だけ選んでもらいます。ただし、武器全体は見せません」
「筒を作る者には筒だけか」
「はい。木工職人には木台の形だけ。単純な固定金具は、別の職人でも作れます。火皿、火蓋、引金、ばね、掛け金は、しばらくロルフさんが作ります」
「それで部品が合うのか」
「基準棒と型を渡します」
「型だけで、何を作っているか分からないと思うか」
「筒を作る鍛冶職人は、武器だと気づくでしょう」
長い鉄筒を見て、ただの工具だと思う者はいない。
火槍に似ていると考えるかもしれない。
「全部を隠すのは無理です」
俺は続けた。
「だから、一人に全部を見せない。誰がどの部品を作ったかを記録します。工房へ入る者と出る者も残します」
「職人同士が酒場で話せば」
「作業中は別の場所へ置きます。仕事が終わった後も、秘密を守るよう誓約させます」
「誓えば黙るか」
「誓いだけでは足りません」
「では、どうする」
「仕事の意味を、必要な範囲では説明します。寸法を誤れば、使う兵が死ぬことも伝えます」
「新しい武器の全体は見せずにか」
「はい」
「難しいな」
「分かっています」
「分かっていると言えば進むと思うな」
マティアスは基準棒を机へ戻した。
「それで、いくらかかる」
また金の話だった。
一挺目を作る時も問われた。
鉄。
木。
炭。
火縄。
火薬。
弾。
紙。
ロルフの時間。
今度はそこへ、基準棒と型、火蓋、ばね、掛け金、別の職人の手間、見張り、運搬が加わる。
「二挺目は、一挺目より高くなるかもしれません」
「早く作れるのではないのか」
「一挺目の形があるので、作る時間は短くできます。でも、二挺目だけでなく、その次を作るための道具も作っています」
「二挺目のためではなく、十挺目のために金を使うのか」
「はい」
「本当に十挺目で安くなるか」
「なると思います」
「思う、では帳面に書けん」
「一挺ごとに、材料と日数と人の数を記録します」
「型を作った費用も忘れるな」
「はい」
「十挺作っても安くならなければ」
「作り方を見直します」
「それで済むか」
「済みません」
多くの鉄と金、人の時間を使う。
失敗したから次を考える、だけでは許されない規模になり始めている。
マティアスは分解された一挺目を見た。
「一挺目は、いつアルベルトへ渡す」
「二挺目を作る基準を写し終えて、火蓋とばねを含めた状態で試射してからです」
「開発記録も一緒だったな」
「はい。ただ、帳面そのものを渡すと、こちらの記録がなくなります」
「写しを作れ」
「誰に書かせますか」
「お前だ」
「全部ですか」
「約束したのはお前だろう」
否定できなかった。
「失敗も書くのか」
「もちろんです」
「筒が破裂しなかったことだけを書いた方が、喜ばれるのでは」
「アルベルト様は喜ぶために記録を求めたのではありません」
「分かっているならいい」
マティアスは工房を出る前に、もう一度机の上を見た。
「銃より道具が多くなったな」
「十挺目まで使えます」
「その言葉も記録しておけ」
◇ ◇ ◇
選ばれた職人たちは、翌日から別々の場所で仕事を始めた。
鍛冶職人へ渡されたのは、一挺目の鉄筒から写した基準棒と、内側と外側を確かめるための道具だった。
木工職人には、木台の外形を写した板と、鉄筒を載せる溝の深さを示す木片を渡した。
固定金具を作る職人には、必要な幅と穴の位置だけを伝えた。
全員が同じ工房へ集まることはない。
材料も別々に運ばれた。
それでも、問題はすぐに起きた。
最初に届いた固定金具は、一挺目の鉄筒へ入らなかった。
「基準どおりに作ったと言っていました」
俺が金具を押し込もうとすると、ロルフが手を払った。
「無理に入れるな」
「少し広げれば」
「何に合わせて」
「この筒です」
「二挺目の筒は、まだ来ていない」
言われて手を止めた。
一挺目に合わせて削れば、一挺目には付く。
だが、この金具は二挺目に使うためのものだ。
まだ届いていない鉄筒へ合うかは分からない。
「型より小さく作られています」
「職人の物差しを見たか」
「見ていません」
「行ってこい」
固定金具を作った職人の作業場へ向かった。
見張りの兵が同行する。
職人が使っていた物差しは、長年使われ、端が擦り減っていた。
俺たちの工房で使っているものと並べると、同じ長さを示す印が僅かにずれている。
「この長さで作れと、棒を渡したはずです」
俺が尋ねると、職人は基準棒を見せた。
「棒へ合わせました。ただ、穴の位置は書かれた数字を使いました」
棒で示したのは金具の幅だけだった。
穴の位置は帳面から写した数字を渡している。
職人は自分の物差しで測った。
同じ数字でも、使った物差しが違えば位置がずれる。
「数字を渡したのが間違いでした」
「では、どう作れと?」
職人を責めることはできなかった。
言われたとおりに作っている。
「穴の位置を示す型を作ります。次からは数字ではなく、それに合わせてください」
「今回の物は」
「捨てません。穴を埋め、開け直せるかロルフさんに確認します」
工房へ戻ると、今度は木台が届いていた。
外側の形は、一挺目とよく似ている。
だが、鉄筒を載せる溝が広すぎた。
「こちらは型を渡しました」
「木は削れば広がる」
ロルフが溝へ一挺目の鉄筒を置いた。
左右に僅かな隙間がある。
「狭ければ削れる。広すぎれば戻せん」
「木片を挟めば」
「一挺だけならな」
また同じだった。
その場で合わせれば、二挺目は作れる。
しかし、三挺目でも同じ調整が必要になる。
「木工職人へ、溝を最後まで削らせないようにします」
「どこまでだ」
「基準より少し浅く、狭く作ってもらいます。最後はここで、実際の鉄筒へ合わせる」
「それでは、完全に同じ木台にはならん」
「今の道具では無理です」
口にすると、少し悔しかった。
完成した火縄銃の形を知っている。
同じ形の銃を並べた軍隊も知っている。
だが、同じ形へ見える武器が、すべて同じ部品で作られていたわけではない。
職人が一挺ずつ削り、合わせている時代があったはずだ。
俺は、その途中を知らない。
「全部の部品を、どの銃にも付けられるようにするのは諦めます」
ロルフが俺を見る。
「二挺目を諦めるのか」
「違います。目標を変えます」
紙へ書く。
同じ弾を使える。
同じ量の火薬を使える。
同じ手順で装填できる。
同じ位置に火皿と引金がある。
火蓋を開く手順が同じ。
火縄ばさみごと火縄を手で上げ、掛け金へ留める手順が同じ。
兵が持ち替えても操作に迷わない。
修理する職人が、同じ道具で状態を確かめられる。
「金具は一挺ごとに調整します。木台も、最後は筒に合わせる。ばねと掛け金も、動かしながら直す。今は部品を交換できることより、同じように使えることを優先します」
「逃げたな」
ロルフが言った。
「できないことを、できると言わないだけです」
「前よりはましな言葉だ」
褒められたのか、呆れられたのか分からなかった。
◇ ◇ ◇
二挺目の鉄筒が届くまでに、さらに六日かかった。
鍛冶職人は、作った筒が基準の輪を通らず、一度作り直していた。
二本目は輪を通った。
だが、一挺目より僅かに重い。
長さも、基準棒の印より指の爪ほど短かった。
「使えませんか」
俺が尋ねると、ロルフは筒内へ測定棒を入れた。
途中で止まる場所はない。
弾を選ぶ型へ通した大きい方の弾を筒口へ入れる。
棒で押すと、僅かな抵抗を感じながら奥へ進んだ。
「使える」
「短いですが」
「弾が入る。後ろも閉じられる。木台にも載る」
「一挺目と同じではありません」
「同じ物を作れると思っていたのか」
「同じ物を作るための型です」
「型は、職人の腕を同じにはせん」
ロルフは二挺目の鉄筒を木台へ置いた。
溝は狭く残してある。
当たる場所へ印を付け、少しずつ削る。
削っては筒を置き、傾いていないか確かめる。
固定金具も、二挺目の筒に合わせて最後の調整を行った。
一挺目の金具を二挺目へ付けることはできない。
二挺目の金具も、一挺目には僅かに緩い。
それでも、穴の位置と留め方は同じだ。
火皿、火蓋、引金、火縄ばさみ、ばね、掛け金はロルフが作った。
一挺目の形を基準にしたため、外から見ればよく似ている。
だが、引金へ指を掛けると、二挺目の方が少し重かった。
「掛け金が深いんでしょうか」
「角度が違う」
「削りますか」
「少しだけだ」
削りすぎれば、木台を動かしただけで火縄が落ちる。
ロルフは掛け金の触れる面を僅かに整えた。
火縄ばさみごと火縄を手で引き上げる。
掛け金へ留まる。
木台を強く揺らしても落ちない。
引金を引く。
掛け金が外れ、ばねの力で火縄が火皿へ落ちた。
火縄は下がったままだ。
手で引き上げ、再び掛け金へ留める。
二挺目のばねは、一挺目より僅かに強かった。
灰を置いた火皿へ火縄を落とすと、端の灰が少し外へ出る。
「ばねを弱くしますか」
「曲げすぎれば戻せん」
「同じ強さにはできませんか」
「鉄が違う」
ロルフはばねを外し、曲がりを僅かに戻した。
再び取り付け、灰を置いて試す。
今度は火縄が火皿へ確実に届き、灰は外へ飛ばなかった。
火蓋も開閉する。
閉じた状態で引金を引くと、火縄は蓋の上へ当たった。
「これでは撃てません」
「開け忘れればな」
「火縄ばさみか火蓋が壊れるかもしれません」
「だから、撃つ前に開ける」
操作が増えた。
俺は順番を紙へ書き出した。
筒口から発射用の火薬を入れる。
弾を入れ、棒で奥へ押し込む。
火皿へ細かな火薬を置く。
火蓋を閉じる。
火縄ばさみを半分ほど上げる。
火の付いた火縄を挟む。
火縄ばさみごと火縄を完全に引き上げ、掛け金へ留める。
射撃位置へ移動する。
火蓋を開く。
構えて狙う。
引金を引く。
発射後、火縄ばさみごと火縄を手で引き上げる。
火縄を安全な位置へ離す。
一挺目にも二挺目にも、同じ手順を使う。
火の付いていない状態で二十回動かす。
火縄ばさみごと火縄を上げる。
掛け金へ留める。
普通に引金を引く。
強く引く。
ゆっくり引く。
引金の引き方を変えても、火縄が落ちる速さは大きく変わらない。
ばねの力で動くからだ。
火蓋を閉じたまま引き、火縄が蓋へ当たることも確かめる。
火蓋を開ければ、火縄は火皿の内側へ落ちる。
「完成ですか」
「まだ火が付いていない」
「形は」
「できた」
二挺目を持ち上げる。
一挺目より僅かに重い。
木台の握り心地も違う。
火縄ばさみの形には、ロルフが叩いた跡が残っている。
完全に同じではない。
それでも、火薬を入れる場所、弾を入れる筒口、火皿、火蓋、火縄ばさみ、引金は同じ位置にある。
一挺目を扱える者なら、二挺目を見ても使い方を理解できる。
「同じ銃ができました」
俺が言うと、ロルフは首を横へ振った。
「同じではない」
「では、何です?」
「同じように使えるだけだ」
作業台に二挺を並べる。
長さの違いは、よく見なければ分からない。
鉄筒の色も、木台の木目も違う。
引金の重さも、ばねの強さも異なる。
部品を交換することもできない。
だが、同じ弾と火薬を使える。
同じ手順で装填し、火縄ばさみごと火縄を上げ、火蓋を開き、引金で火縄を落とせる。
今の俺たちに作れるのは、そこまでだった。
「そこまででも、十分です」
俺が言うと、ロルフは二挺目の筒口を布で覆った。
「撃てればな」
◇ ◇ ◇
その日の夕方、アルヴェインから手紙が届いた。
アルベルトへの報告に対する返事とは別に、エリーゼからの封がある。
先にどちらを読むか迷い、結局エリーゼの手紙を手に取った。
封を開き、丁寧に折られた紙を広げる。
最初には、こちらから送った誕生日を祝う手紙への礼が書かれていた。
贈り物については、次に会う時を楽しみにしているともある。
そこまでは穏やかな文章だった。
だが、次の行から文字が少しだけ強くなっていた。
『新しい鉄筒については、叔父上も詳しく知っておられます』
読みながら、嫌な予感がした。
『アレクが何を作り、どのような試験をしたのかは大切なことだと思います。けれど、私が知りたいのはそれだけではありません』
続きには、食事を取っているのか、眠れているのか、怪我をしていないのかと書かれている。
自分の暮らしについても以前の手紙で書いたのに、アレクは新しい武器の話ばかりで、何を食べたかさえ教えてくれなかった。
最後には、こうあった。
『私は、叔父上へ送る報告書と同じものを読みたいわけではありません』
紙を持ったまま、机へ額を付けたくなった。
アルベルトへ送る報告と、エリーゼへの手紙を同じにはしていない。
そのつもりだった。
だが、思い返せば、書いた内容は大きく変わらない。
工房で何をしたか。
火槍をどう測ったか。
新しい筒にどんな問題があるか。
最後に、無事でいると一行だけ添えた。
「無事ではなかったな」
自分の右肩へ触れる。
実弾試射で受けた痛みは、もうかなり薄れている。
それでも、服の下には黄色くなり始めた痣が残っていた。
怪我ではないと書けば、嘘ではない。
肩を少し痛めたと書けば、心配させる。
迷っていると、工房の奥からロルフの声がした。
「何を止まっている」
「手紙です」
「読めば終わるだろう」
「返事を考えています」
「鉄より面倒か」
「鉄は削る場所を教えてくれません」
「手紙も同じだ」
助言にはならなかった。
俺は新しい紙を広げた。
『エリーゼへ』
そこまで書いて、また止まる。
いつものように、工房の報告から始めそうになる。
紙を替えた。
今度は、昨日の夕食から書いた。
黒いパン。
豆と野菜を煮たもの。
肉は少しだけ入っていた。
工房へ戻るのが遅くなり、冷めていたこと。
それでも空腹だったので全部食べたこと。
眠れているかについては、試射の前日はあまり眠れなかったが、終わった後はよく眠れたと書いた。
肩のことも隠さなかった。
『新しい武器を試した時、肩を少し痛めました。ですが、腕は問題なく動きます。今は触れなければ痛みません』
書いてから、これでは余計に心配させると思った。
だが、無事だとだけ書いて、後でアルベルトから試射の話を聞けば、なぜ隠したのかと怒られるかもしれない。
自分のことだけでは終わらせない。
エリーゼが以前の手紙で書いていた庭のことを思い出す。
季節が変わり、花はどうなったのか。
最近読んでいる本はあるのか。
アルベルトの仕事を手伝う時間は増えたのか。
食事は何を好んでいるのか。
聞きたいことを書いていくと、紙の余白が少なくなった。
報告ではない手紙を書くことが、これほど難しいとは思わなかった。
最後に、次に会う約束を忘れていないと書く。
そこで、机の下に置いた自分の荷箱へ目を向けた。
鍵を開け、衣服の下から小さな箱を取り出す。
布をほどくと、林檎の花をかたどった髪飾りが現れた。
白い花びら。
中心には淡い色の小さな飾りが付いている。
派手すぎない。
それでも、エリーゼの髪へ挿せばきっと似合うと思った。
手紙へ書けば、エリーゼは何を贈られるのか知ってしまう。
俺は髪飾りのことを書かなかった。
代わりに、
『次に会う約束も、贈り物のことも忘れていません』
とだけ書いた。
髪飾りを布で包み直し、箱へ戻す。
「これは、いつ渡せるかな」
声に出しても、答える者はいない。
次に会える日が決まっているわけではない。
マティアスの仕事も、火縄銃の開発も続いている。
アルベルトのもとへ戻る予定もない。
それでも、会えないからこそ、手紙を書く必要があるのだろう。
箱へ鍵を掛ける。
「まだ終わらんのか」
ロルフがまた声を掛けた。
「終わりました」
「なら、火縄を見ろ」
「今行きます」
手紙のインクが乾くまで机へ置き、俺は二挺目の試験へ戻った。
◇ ◇ ◇
二挺目の試射は、前回と同じ山中の採石場で行われた。
新しい試験場所を探せば、その分だけ知る者が増える。
見張りを置く山道も、火薬を置く場所も、前回の記録を使える。
今回は火槍を撃たない。
一挺目と二挺目に、同じ火薬と同じ弾を使い、操作と結果を比べる。
レオンハルト。
マティアス。
ロルフ。
俺。
火薬を扱う者。
アルベルトから派遣された火槍兵。
護衛と見張り。
参加者は前回とほぼ同じだった。
新たに部品を作った職人たちは連れてきていない。
彼らには、自分の作った筒や木台がどのような武器になるのか、まだ全体を見せない。
一挺目は、アルベルトへ送る前の最後の確認でもある。
分解した後、元どおり組み直されている。
火蓋、ばね、掛け金も加わった。
火縄ばさみごと火縄を手で引き上げる。
掛け金へ留まる。
木台を揺らしても外れない。
引金を引けば掛け金が外れ、ばねの力で火縄が火皿へ落ちる。
発射後を想定し、火縄を手で引き上げる。
鉄筒と木台にも、分解前にはなかった緩みはない。
最初は、二挺とも固定台から撃った。
一挺目へ、前回と同じ量の火薬を入れる。
型を通した大きい方の弾を使う。
棒で弾を筒の奥へ押し込む。
火皿へ細かな火薬を置き、火蓋を閉じる。
火縄ばさみを半分ほど上げ、火の付いた火縄を挟む。
そのまま火縄ごと完全に引き上げ、掛け金へ留める。
固定台まで運ぶ間に風が吹いた。
火蓋の周囲から煙が僅かに流れる。
それでも、蓋を開くと火皿の火薬は残っていた。
「火蓋は使えます」
俺が言う。
「撃てればな」
ロルフは火蓋を開いたまま固定台から離れた。
長い縄を引く。
掛け金が外れる。
ばねの力で火縄が落ち、火皿へ触れた。
白い煙。
腹へ響く発射音。
弾は的の中央より右へ当たった。
前回と完全に同じ場所ではない。
それでも、的の内側へ収まっている。
火縄は火皿へ落ちたままだ。
引金へつないだ縄から手を離しても戻らない。
遅れて発火しないことを確かめてから、ロルフが固定台へ近づいた。
火縄へ直接触れないよう、火縄ばさみの後ろを持って手で引き上げる。
火縄を外し、火を消す。
鉄筒が冷めるのを待ち、後ろの栓、点火孔、木台、金具、ばね、掛け金を調べる。
異常はない。
火蓋の裏側には煤が付いていたが、軸は動いた。
「アルベルト様へ渡せます」
俺が言うと、ロルフはすぐに頷かなかった。
筒内を掃除し、布に付いた煤を見る。
「もう一度、工房で調べる」
「撃てました」
「送る途中で壊れれば、撃てたとは言えん」
記録へ、分解後に火蓋とばね、掛け金を加えた状態でも発射できたことを書き加えた。
次は二挺目だった。
同じ量の火薬。
同じ型を通した弾。
固定台の角度も変えない。
火縄の太さと、火縄ばさみから出す長さも揃える。
筒へ火薬と弾を入れる。
火皿へ細かな火薬を置き、火蓋を閉じる。
火縄ばさみを半分上げ、火縄を挟む。
火縄ごと完全に引き上げ、掛け金へ留める。
固定台へ据え、火蓋を開く。
「引きます」
長い縄を引いた。
二挺目の掛け金が外れる。
火縄が落ちた。
火皿の端で火薬の一部が燃えた。
だが、鉄筒は鳴らなかった。
白い煙だけが上がる。
「外れた」
ロルフが言った。
工房では、火の付いていない火縄が火皿の内側へ落ちた。
しかし、火の付いた火縄の先端は、燃えるうちに形が変わる。
灰が付き、僅かに曲がっていた。
火皿の内側には入っても、火薬を十分に燃やせる位置へ触れなかった。
すぐには近づかない。
遅れて火が筒内へ届く可能性を考え、時間を置く。
ロルフが火縄ばさみごと火縄を手で引き上げ、火縄を外した。
火皿と点火孔を調べる。
筒内の火薬には火が届いていない。
火縄ばさみの先を僅かに内側へ曲げる。
ばねの強さと掛け金の位置も確かめる。
火縄の先を整え、同じ条件でもう一度試す。
火薬と弾は入ったままなので、筒口を人へ向けない。
火皿へ改めて細かな火薬を置く。
火蓋を閉じる。
火縄を挟み、掛け金へ留める。
固定台へ据え、火蓋を開く。
今度は火縄が火皿の中央へ落ちた。
火薬が燃え、点火孔から筒内へ火が届く。
二挺目が初めて弾を放った。
固定台が後ろへ動く。
煙が流れた後、的には新しい穴が開いていた。
一挺目より下。
中央からも離れている。
それでも、的の内側だった。
「同じ場所には当たりません」
俺は二つの穴を見比べた。
「筒が違う。木台も違う。ばねも違う」
ロルフが答える。
「火薬と弾は同じです」
「だから、それ以外の違いが出た」
一挺目と二挺目は、同じように使える。
だからといって、狙った場所まで同じになるわけではない。
兵が持つ前に、一挺ごとの癖を確かめる必要があるかもしれない。
「次は兵に撃たせる」
レオンハルトが言った。
俺が自分を指す前に、視線はアルベルトから派遣された火槍兵へ向いていた。
「この新しい方を使え」
火槍兵は二挺目を受け取った。
新型銃を実際に構えるのは初めてだ。
だが、これまでの試験を見ている。
俺は装填手順を説明した。
筒口から発射用の火薬を入れる。
弾を入れ、棒で奥へ押し込む。
火皿へ細かな火薬を置く。
火蓋を閉じる。
火縄ばさみを半分上げる。
火の付いた火縄を挟む。
火縄ばさみごと火縄を完全に上げ、掛け金へ留める。
構える前に火蓋を開く。
不発でも、すぐに筒口を覗かない。
火槍と共通する部分は多い。
違うのは、長い柄を地面へ置かず、木台の後ろを肩へ当てることだ。
そして、火縄を手で点火孔へ近づけるのではなく、引金で掛け金を外し、ばねの力で火皿へ落とす。
「火縄は、ここまで出します」
火縄ばさみへ挟む位置を示す。
火槍兵は火の付いていない状態で何度か動かした。
火縄ばさみを半分上げる。
火縄を挟む。
完全に上げ、掛け金へ留める。
火蓋を開く。
引金を引く。
火縄が落ちる。
発射後を想定し、手で引き上げる。
「火槍より手順が多い」
兵が言った。
「火蓋と掛け金があります」
「覚えれば動けます。ただ、急げばどちらかを忘れるでしょう」
「十人で撃つなら、声を掛ける者が必要ですね」
「一人で撃つ時も、最初は声に出した方がいいかもしれません」
厚い上着を着せ、肩へ布を入れる。
顔の位置と、点火孔から漏れる火にも注意させた。
火薬と弾を入れる。
火皿へ細かな火薬を置き、火蓋を閉じる。
火縄ばさみを半分上げる。
火の付いた火縄を挟む。
火縄ごと完全に引き上げ、掛け金へ留める。
火槍兵は新型銃を持ち上げ、そのまま引金へ指を掛けた。
「火蓋」
俺が言うと、兵の手が止まった。
閉じたままだ。
火蓋を開かなければ、火縄は蓋の上へ落ちる。
兵は火蓋を開き、もう一度構えた。
「今のも記録します」
「撃つ前に止められました」
「戦場なら、誰も止めてくれないかもしれません」
新しい仕組みには、新しい訓練が必要になる。
全員が左右から離れる。
火槍兵は二挺目を肩へ当て、的へ向けた。
初めて持つ武器だ。
それでも、どこへ火薬を入れるか、どこへ火縄を置くか、どう発射するかを一から探す必要はない。
俺が使った一挺目と同じ位置に、同じものがある。
「撃ちます」
火槍兵が引金を引いた。
掛け金が外れる。
ばねの力で火縄が落ちる。
一度で火薬へ火が付き、二挺目から弾が放たれた。
火槍兵の上半身が反動で僅かに揺れる。
それでも足は動かなかった。
火縄は火皿へ落ちたままだ。
兵は教えられたとおり、少し待ってから火縄ばさみごと火縄を手で引き上げた。
火縄を外し、安全な位置へ離す。
煙が薄くなる。
弾は的の左下へ当たっていた。
「どうです?」
俺が尋ねると、火槍兵は新型銃の筒口を人のいない方へ向けたまま答えた。
「火槍より狙いやすいです」
「装填は」
「大きくは変わりません。ただ、柄を地面へ据え直す必要がない。撃った後に場所を移るのも早いでしょう」
「火蓋は」
「忘れました」
「火縄を上げる手順は」
「一度なら覚えられます。敵が近づく中で同じようにできるかは分かりません」
「訓練が必要ですね」
「火槍でも、最初から戦場で撃てたわけではありません」
「一挺目を使っていなくても、二挺目は撃てました」
俺は帳面へ記した。
「同じ手順で使える」
ロルフが付け加える。
「同じ場所へ当たるわけではない」
「それも書きます」
二挺目の最初の不発。
火縄ばさみを直した場所。
ばねと掛け金の調整。
火蓋を開け忘れたこと。
弾が当たった位置。
兵が装填にかかった時間。
反動。
筒内の汚れ。
一挺目との差。
成功だけでなく、違いも失敗も残す。
レオンハルトは、並べられた二挺を見下ろした。
「どちらが俺のものだ」
「二挺目です」
俺は答えた。
「一挺目は、アルベルト様へお渡しします」
レオンハルトの視線が一挺目へ移る。
「これをか」
「はい。火槍と火薬を貸していただく際、交換条件として試作品一挺と開発記録を求められました」
「開発記録には、どこまで書く」
「試作の始まりから、今日の結果までです。成功だけでなく、不発、筒の汚れ、金具の緩み、火蓋の開け忘れ、ばねと掛け金の調整、火薬と弾の違いも書きます」
「アルベルトが同じものを作れるほどか」
「約束は、そのための記録だと思います」
レオンハルトはすぐには答えなかった。
新しい武器の形と作り方を、別の大公へ渡す。
アルベルトが協力者であっても、政治の関係が永遠に変わらないとは限らない。
火縄銃を持つ勢力が一つ増えれば、レオンハルトだけの優位ではなくなる。
マティアスが口を開いた。
「最初から、その条件で借りています」
「分かっている」
「成功した後で惜しくなりましたか」
「惜しくないと言えば嘘になる」
レオンハルトは一挺目を持ち上げた。
「だが、借りた物で作り、成功してから条件を変えれば、次に誰も物を貸さなくなる」
「では」
「約束どおり渡せ」
胸の奥にあった不安が消えた。
「ただし、送る前に寸法と形を残せ。試射で傷んだ場所も調べろ。使い方を知らない兵が触って事故を起こせば、新しい武器ではなく、お前たちの仕事が疑われる」
「操作の手順も記録へ加えます」
「運ぶ者は選ぶ。火槍を借りた時のように、他の荷とは分ける」
「はい」
「それから、これ一挺で終わったと思うな」
レオンハルトは二挺目へ目を向けた。
「アルベルトへ渡す一挺は数えるな。こちらで使うものを十挺作れ」
採石場にいた者たちが、僅かに静かになった。
二挺目を作るだけでも、基準棒と型を作り、職人を増やし、部品を何度も直した。
その二挺目と同じように使える銃を、さらに九挺。
「実戦で使いますか」
俺が尋ねる。
「まだ使わん」
「では、十挺は」
「兵に持たせる」
「訓練ですか」
「一挺なら、一人が撃てるかを見る。十挺なら、十人が同じ命令で動けるかを見られる」
火薬と弾を入れる時機。
火縄を上げる時機。
火蓋を開く時機。
射撃の間隔。
火縄と火薬の管理。
不発になった兵をどう下げるか。
煙の中で命令が届くか。
十人が並べば、一人では見えなかった問題が出る。
「誰が作る」
レオンハルトが尋ねた。
「選ばれた職人へ、部品ごとに作らせます」
俺は答えた。
「ロルフさんが筒と部品を検査し、最後の調整をします」
「誰が記録する」
「俺です」
「型と基準棒は」
「工房の奥へ保管します。使う時と返した時を記録します」
「弾と火薬は」
「十挺で同じものを使えるようにします」
「兵の訓練は」
言葉が止まった。
銃を作ることばかり考え、十人へ何をどの順番で教えるかまでは決めていない。
「これから考えます」
「いつまでに」
「十挺が揃う前に」
「遅い」
レオンハルトは即答した。
「三挺目ができるまでに、最初の手順を作れ。銃が揃ってから兵を選べば、また時間を失う」
「分かりました」
「兵の数は十人では足りん」
「なぜです?」
「撃つ者が怪我をし、病になり、逃げれば、銃だけが残る」
予備の兵。
火薬と弾を運ぶ者。
火縄を管理する者。
故障を直す者。
十挺の銃には、十人より多くの人間が必要になる。
「必要な人数も出します」
「マティアス」
レオンハルトが呼ぶ。
「鉄、木、火薬、弾、職人、見張りに必要な金を出させろ」
「アレクにですか」
「誰が考えた武器だ」
「俺です」
「なら、武器の値段まで知れ」
マティアスが少し笑った。
「仕事が増えたな」
「笑い事ではありません」
「一挺目が撃てた時、喜んでいただろう」
「喜びました」
「なら、その先も受け取れ」
反論できなかった。
一挺の弾が飛べば終わりではない。
十挺を作る。
兵を選ぶ。
訓練する。
火薬と弾を運ぶ。
火縄ばさみ、ばね、掛け金が正しく動くか確かめる。
壊れた銃を直す。
必要な金を数える。
一発の成功が、次の仕事を連れてくる。
レオンハルトは、もう一度二挺を見た。
「二挺なら職人の仕事だ」
その声が採石場の岩壁へ小さく返る。
「十挺になれば、兵と金と補給の仕事になる」
◇ ◇ ◇
工房へ戻った後、ロルフは二挺を作業台へ並べた。
一挺目は、アルベルトへ渡す試作品。
二挺目は、レオンハルトから命じられた十挺のうち、最初の一挺。
見た目は似ている。
だが、鉄筒の重さも、木台の木目も、引金の重さも違う。
一挺目の固定金具は、二挺目には合わない。
二挺目の火縄ばさみも、一挺目へそのまま付けることはできない。
ばねの強さや、掛け金が外れる時の引金の重さも僅かに違う。
それでも、同じ弾を使い、同じ量の火薬で弾を飛ばした。
初めて持った火槍兵も、同じ手順を教えれば二挺目を撃てた。
今は、それでいい。
ロルフが一挺目を分解し、送る前の最後の確認を始める。
俺は机へ帳面を広げた。
まず、アルベルトへ渡す開発記録の写しを作る。
一挺目の寸法。
使った鉄と木。
火皿、火蓋、火縄ばさみ、引金、ばね、掛け金の仕組み。
不発になった回数。
点火孔を広げた理由。
火縄の太さと長さ。
弾の大きさ。
火薬を量る容器。
筒内の煤。
肩へ受けた反動。
固定金具の緩み。
火蓋を開け忘れた場合に撃てないこと。
ばねが強すぎれば火薬を散らすこと。
掛け金が浅ければ衝撃で外れ、深ければ引金が重くなること。
発射後は、火縄ばさみごと火縄を手で引き上げなければならないこと。
今日、一度分解した後も発射できたこと。
隠さず書けば、紙の量は多くなる。
その隣には、エリーゼへの返事が置かれていた。
インクはもう乾いている。
武器の記録とは違い、食事と睡眠、肩の痛み、エリーゼへ尋ねたいことを書いた手紙だ。
封をする前に、最後まで読み直す。
仕事の話も少し書いた。
だが、報告書にはなっていないと思う。
荷箱から林檎の花の髪飾りを入れた箱を取り出す。
手紙と並べる。
白い花びらを指先で確かめる。
「いつ渡せるかな」
やはり、答えはない。
髪飾りを布へ包み直し、箱へ戻す。
手紙だけを封じた。
次に、火縄銃の製作記録へ戻る。
新しい頁を開く。
誰のために作るものか、数を混ぜないよう最初に分ける。
『アルベルト様へ送る試作品――一挺』
これは完成している。
試験と記録を終え、あとは最後の確認と運搬の準備を残すだけだ。
その下へ、レオンハルトの命令を書く。
『レオンハルト殿下の製作命令――十挺』
一挺目の試作品は含めない。
今日完成した二挺目が、十挺のうち最初の一挺になる。
『完成――一挺』
最後に、残された数を書いた。
『残り九挺』
第十六話を読んでいただき、ありがとうございました。
一挺だけの試作品から、複数の兵が同じ火薬と弾、同じ手順で扱える武器へ。アレクたちは、完全に同じ部品を作るのではなく、寸法や操作方法に基準を設けることで量産への一歩を踏み出しました。
アルベルトへ渡す試作品と開発記録、そしてレオンハルトから命じられた十挺。残る九挺の製作は、アレクたちに新たな問題を突きつけることになります。




