第十七話 十挺を撃つために
試作品一挺と開発記録をアルベルトへ送り出したアレクたちは、レオンハルトに命じられた残り九挺の製作へ取りかかります。しかし、十挺の火縄銃を戦場で動かすには、銃を作るだけでは足りません。新型火器の存在を隠す「火槍兵」の選抜と訓練も始まります。
『残り九挺』
帳面へそう書いた翌朝、俺は最初の一挺を布の上へ並べ直していた。
アルベルトへ送る試作品だ。
鉄筒と木台は分けていない。
一度分解して測り直した後、ロルフが組み直し、さらに二度動作を確かめている。
火蓋は片手で開閉できた。
火縄ばさみを手で引き上げると、掛け金が支える。
木台を傾けても、軽く揺すっても外れない。
引金を引けば掛け金が外れ、ばねの力で火縄ばさみが火皿へ落ちる。
引金から指を離しても戻らない。
発射後は、火縄ばさみごと火縄を手で引き上げなければならない。
試射で煤の付いた鉄筒は掃除されていたが、新品のようには戻らなかった。
筒口には、棒で弾を押し込んだ跡がある。
木台の後ろには、俺が肩へ当てた時に付いた小さな傷も残っている。
「磨けば、もう少し見栄えは良くなります」
俺が言うと、ロルフは試作品を包む布の端を持ち上げた。
「見栄えを送るのか」
「大公へ渡す物です」
「撃った銃を送るのだろう」
「そうですけど」
「傷を消せば、どこが傷んだかも分からん」
ロルフは木台の後ろを指で叩いた。
「ここは残せ。鉄筒の煤も、落とせる分だけでいい」
「汚れたままでいいんですか」
「記録と同じ物を送れ」
俺は帳面の写しへ目を向けた。
試作を始めた時の寸法だけではない。
点火孔を広げたこと。
火皿を作り直したこと。
鉄筒と木台を留める金具が緩んだこと。
火縄が火皿の端へ落ちて不発になったこと。
火蓋を閉じたままでは撃てないこと。
掛け金が浅ければ衝撃で外れ、深ければ引金が重くなること。
ばねが強すぎれば火薬を散らすこと。
実弾を撃った時に木台の後ろが肩を打つこと。
発射後、火縄が火皿へ落ちたままになること。
成功だけでなく、失敗も傷も記してある。
試作品だけが綺麗になっていれば、確かに記録と合わなくなる。
「操作の手順は別の紙へ書きました」
俺は折り畳んだ紙を開いた。
最初に、筒口を人へ向けないことを大きく書いてある。
その下に、装填から発射後までの手順を並べた。
筒口から火薬を入れる。
弾を入れ、棒で奥へ押し込む。
火皿へ細かな火薬を置く。
火蓋を閉じる。
火縄ばさみを半分ほど引き上げる。
火の付いた火縄を挟む。
火縄ばさみごと火縄を完全に引き上げ、掛け金へ留める。
射撃する場所へ移動する。
火蓋を開く。
構える。
引金を引く。
発射後はすぐに筒口を覗かず、遅れて火が付かないことを確かめる。
火縄ばさみごと火縄を手で引き上げ、火縄を外す。
装填の手順より、不発になった時の注意の方が長くなった。
火皿の火だけが燃えて筒内へ届かなかった場合。
火縄そのものが消えていた場合。
点火してから時間を置いて発射する場合。
弾を入れたか分からなくなった場合。
「字を読めない兵には、どう伝える」
ロルフが尋ねた。
「アルベルト様のところには、火槍を扱える兵がいます」
「火槍と同じだと思って使えば事故になる」
「だから、アルベルト様に、扱う者を限るよう手紙へ書きます」
「お前が書けば守るのか」
「俺が書いたからではなく、危険だから守ってもらいます」
ロルフは返事をせず、試作品の火蓋をもう一度開閉した。
机の反対側では、アルベルトから借りた火槍が荷箱へ収められている。
従来の火槍を撃ち慣れた兵も、今日、アルベルトのもとへ帰る。
火槍を貸す条件は、試作品一挺と開発記録だった。
その約束は果たせる。
だが、受け取ったアルベルトが、この一挺をどう見るかは分からない。
弾が狙った場所へ飛ぶことを喜ぶだろうか。
一挺を作るために使った鉄と人の時間を見て、呆れるだろうか。
あるいは、俺がまた余計な仕事を増やしたと笑うかもしれない。
「アレク」
入口からマティアスの声がした。
振り返ると、護衛を伴ったマティアスが工房へ入ってくるところだった。
「荷はできたか」
「試作品と開発記録はできています。借りた火槍も返します」
「火薬は」
「試験で使った分を記録しました。残りも返します」
「弾は」
「新型銃用の弾を十発入れます。大きさを確かめる型も一つ付けました」
マティアスは荷箱の中を見た。
布で包んだ試作品。
油を塗った紙で覆った開発記録。
弾を入れた小箱。
弾の大きさを選ぶための鉄板。
火薬を量る小さな容器。
清掃に使う棒と布。
「増えたな」
「銃だけ渡しても、使い方が分からなければ危険です」
「アルベルトなら、まずお前の記録を読むだろう」
「そう思います」
「エリーゼへの手紙は」
思わずマティアスを見る。
「なぜ知っているんです?」
「お前が使者へ渡す物を、俺が知らないと思うのか」
「中身は見せません」
「見せろとは言っていない」
荷箱とは別に置いた封へ目を向ける。
エリーゼへの返事は、試作品と同じ使者へ託す。
黒いパンと豆の煮込みを食べたこと。
試射の後はよく眠れたこと。
肩に痣ができたが、もう腕は動くこと。
彼女の庭や本、最近の食事について知りたいこと。
報告書ではないつもりで書いた手紙だ。
林檎の花の髪飾りは入れていない。
贈り物を荷へ入れれば、次に会った時へ渡すという約束とは違ってしまう。
それに、武器と同じ箱で送る気にもなれなかった。
「手紙だけです」
「そうか」
マティアスはそれ以上尋ねなかった。
「使者は昼前に出す。道中で荷を開ける者は、護衛も含めていない」
「宿ではどうします?」
「宿場へ入る前に、レオンハルト殿下の管理する小さな館へ寄らせる。荷はそこで見張る」
「遠回りになります」
「新しい武器を運ぶのだろう」
「はい」
「なら、早さより、誰が見たか分かる道を選べ」
試作品一挺を送り出すだけでも、使者と護衛、宿、見張りが必要になる。
戦場へ十挺、百挺と運ぶ時には、武器そのものより多くの荷馬車と人が動くことになるのだろう。
その数を考えかけたところで、マティアスが作業台に置いた帳面を指した。
「残り九挺か」
「二挺目は、レオンハルト殿下の十挺のうち最初の一挺です」
「作る者は決めた。次は使う者だ」
「十人を選ぶと聞いています」
「誰が十人と言った」
「銃は十挺です」
「十人が一人も欠けず、病にもならず、怪我もせず、逃げもしないなら足りるな」
第十六話でレオンハルトからも指摘されたことだった。
銃を撃つ十人だけでは足りない。
予備の兵がいる。
火薬と弾を運ぶ者がいる。
火縄の状態を確かめる者も必要になる。
壊れた銃を工房へ戻す者もいる。
「候補は何人ですか」
「二十人だ」
「倍ですか」
「多いか」
「十挺しかありません」
「十挺しかないから選ぶ」
マティアスは試作品を包む布を閉じた。
「二十人へ同じことをさせろ。遅い者、手順を守らない者、火を怖がる者、火を怖がらない者を見ろ」
「火を怖がらない者も駄目なんですか」
「怖がらない者が、火薬を雑に扱えばどうなる」
返事は要らなかった。
火薬は、勇敢さを確かめるための物ではない。
慎重に扱う者が臆病に見え、火へ平気で近づく者が頼もしく見えることはある。
だが新型銃を任せるなら、見た目の勇敢さより、決められた距離と手順を守れるかの方が大切だ。
「選抜は今日からですか」
「まず荷を送り出せ。その後、レオンハルト殿下のところへ行く」
「二十人へ、新型銃を見せるんですか」
「その話も殿下が決める」
マティアスは工房の外へ向かいかけ、足を止めた。
「アレク」
「はい」
「二十人を選ぶ前に、二十人を何と呼ぶか考えておけ」
◇ ◇ ◇
試作品を載せた荷馬車が出た後、俺とマティアスはレオンハルトの執務室へ向かった。
荷馬車の横には、アルベルトから派遣されていた火槍兵がいる。
彼は本当に火槍を撃ってきた兵だ。
従来の長い火槍を据え、筒の横に開いた点火孔へ手で火縄を近づける。
アルベルトの戦では、騎兵が狭い場所へ集まる瞬間に撃った。
新型銃の試験にも立ち会い、火槍との違いを自分の目で確かめている。
彼が帰れば、アルベルトは紙の記録だけでなく、実際に火槍と新型銃の両方を見た兵から話を聞ける。
荷馬車が門の外へ消えるまで見送った。
エリーゼへの手紙も、あの荷の中にある。
返事が届くまで、どれくらいかかるだろう。
考えても道が短くなるわけではない。
俺は門を離れ、マティアスの後を追った。
レオンハルトの執務室へ入ると、机の上には二十人分の簡単な記録が置かれていた。
名前。
年齢。
所属。
従軍した戦。
怪我。
弓や槍を扱った経験。
字を読めるかどうか。
火薬を扱った経験は、ほとんどの者にない。
「この者たちへ、新型銃を見せるのですか」
俺が尋ねると、レオンハルトは記録の上へ指を置いた。
「全員には見せん」
「では、どう選びます?」
「銃を見せなければ選べないのか」
「火や煙への反応は見られません」
「火槍の訓練だと言えばいい」
俺はマティアスを見た。
工房へ入る前に言われた問いの答えが、ここにあった。
「二十人は、火槍兵として集めるのですか」
「そうだ」
「実際に使うのは火縄銃です」
俺たちの間では、新型銃を火縄銃と呼び始めている。
火縄を火皿へ落とし、引金で発射する銃だからだ。
だが、その名前を名簿へ書けば、新しい武器があると自分から知らせることになる。
「選んだ兵は、名簿では火槍兵とする」
レオンハルトが言った。
「新しい名を付ければ、その名が何を意味するのか探る者が出る」
「食料や手当の記録もですか」
「火槍兵だ」
「移動の命令書も」
「火槍の訓練」
「工房へ出入りする理由は」
「火槍の修理と改良だ」
本当なら、火縄銃を使う兵なのだから、火縄銃兵と呼ぶべきなのだろう。
だが、その呼び名自体が秘密を漏らす。
レオンハルトが火槍を改良している。
それだけなら、既に火槍を知る者はいる。
重く、狙いにくく、次の一発が遅い武器だと思われている。
新しい名前を付けず、その古い評価の陰へ隠す。
「選んだ兵は、表向きだけの火槍兵になります」
「名だけを借りる。火槍を新たに用意するつもりはない」
「では、実際の訓練は」
「選抜が終わるまでは、火槍の訓練だと思わせろ。秘密を預けると決めた者にだけ、新しい銃を見せる」
「火槍を扱わせなくても、怪しまれませんか」
「アルベルトから火槍と火槍兵が来て、工房で試験をしたことは事実だ。その改良を続けていると思わせればいい」
「アルベルト様から派遣された兵も火槍兵です」
「それが都合いい」
レオンハルトは即答した。
「本物の火槍兵が出入りした。火槍も運び込まれた。工房から音が聞こえても、火槍を試していると思う者が多い」
「分かりました」
「まだ分かっていない」
レオンハルトは二十人分の記録を俺へ渡した。
「この者たちを見て、十人選べ」
「予備の兵は?」
「十人とは、最初に銃を持たせる者だ。残りを捨てるとは言っていない」
「全員を訓練するんですか」
「二十人で始める。その中から十人を選び、残りは予備と、火薬や弾を運ぶ役へ回す」
「指揮する者は」
「候補の中に、少人数を預かった経験のある者がいる。名は今ここで覚えなくていい」
レオンハルトは記録の一枚を指した。
「部隊を預かる兵として見ろ。命令を出す声と、自分だけ先に動かないかを確かめろ」
「剣の腕は見ないんですか」
「見る。だが、それだけで決めるな」
「何を一番重く見ます?」
「お前が考えろ」
また問いを返された。
俺は二十人分の記録を抱えた。
「決められた手順を守れることです」
「なぜだ」
「火薬を多く入れれば、遠くまで飛ぶと思う者が出るかもしれません。装填を急いで、弾を二つ入れる者もいるかもしれない。不発の直後に筒口を覗けば、遅れて発射した時に死にます」
「他には」
「秘密を守れること。号令を聞けること。火と煙に慌てないこと。慣れても雑にならないこと」
「では、それを見ろ」
レオンハルトは椅子へ背を預けた。
「銃が十挺揃うまで待つな」
「今、使えるのは二挺目だけです」
「木の棒は作れるだろう」
「重さが違います」
「なら、石でも付けろ」
乱暴な言い方だが、意味は分かった。
銃が完成するまで兵を待たせる必要はない。
火薬を使わず、手順だけなら練習できる。
「今日中に、訓練で使う物を作ります」
「一人で作るな」
「職人へ頼みます」
「銃を作っている職人にか」
言葉が止まった。
残り九挺を作る職人へ、さらに二十本の練習用の木台を頼めば、製作が遅れる。
「別の木工職人へ、同じ長さと重さの棒を作らせます」
「何に使うと説明する」
「火槍を担ぐ訓練です」
レオンハルトは僅かに笑った。
「少しは分かってきたな」
◇ ◇ ◇
二十人の候補は、翌日から城壁の内側にある古い倉庫へ集められた。
外から見れば、長く使われていない物資置き場だ。
扉の前には見張りが立つ。
中へ入る者の名と時刻は記録される。
窓は板で塞がれ、外から内部を覗けない。
最初の三日間、新型銃は持ち込まなかった。
候補へ渡したのは、木で作った練習用の道具だ。
火縄銃と同じくらいの長さに切った木台へ、鉄の輪と石を付けて重さを近づけている。
筒も火皿も引金もない。
見た目は武器というより、重い木の棒だった。
「火槍の新しい扱い方を試す」
マティアスが二十人へ説明した。
嘘ではない。
火槍の欠点を減らすために始めた開発だ。
ただし、新しい銃の存在はまだ言わない。
「ここで見聞きしたことは、家族にも同じ部隊の者にも話すな。話した者だけでなく、聞いた者も調べる」
脅しだけではない。
候補たちの顔から、軽い興味が消えた。
最初にさせたのは、決められた順番で木の道具へ触れることだった。
床には、火薬、弾、火皿、火蓋、火縄を示す木片を並べた。
本物の火薬も火もない。
俺が声を出す。
「火薬を入れろ」
候補たちは空の容器を取り、木台の前側へ傾ける。
「弾を込めろ」
丸い木片を置き、棒で押し込む動作をする。
「火皿へ火薬を置け」
小さな皿の印へ指を動かす。
「火蓋を閉じろ」
木片を横へ動かす。
「火縄を挟め」
太い紐を決められた位置へ置く。
「火縄を上げろ」
「火蓋を開けろ」
「構え」
「撃て」
実際の引金はない。
それでも、候補たちの動きは最初から揃わなかった。
火蓋を閉じる前に火縄を付けようとする者。
弾を込める動作を飛ばす者。
隣の兵を見てから遅れて動く者。
号令を最後まで聞かず、先に構える者。
剣や槍の経験が長い兵ほど、重い木台を扱うことには慣れていた。
だが、慣れている者が手順を守るとは限らない。
「止めます」
俺が声を上げた。
全員が動きを止めるまで、僅かに時間がかかった。
一人だけ、構えた姿勢のまま木台の向きを変えた。
先が隣の兵へ向く。
「今、誰へ向けました?」
俺が尋ねると、その兵は木台を下ろした。
「木です」
「今日は木です。実物でも同じことをしますか」
「しません」
「木の時にすることは、実物でもします」
言い過ぎかもしれないと思ったが、訂正はしなかった。
剣の訓練で木剣だからと相手の目を狙えば、本物を持った時にも同じ癖が出る。
火縄銃なら、一度の癖が誰かを殺す。
「筒口に当たる側は、火薬を入れていない時も人へ向けないでください」
候補たちが頷く。
「返事を」
「はい」
二十人の声が倉庫へ響いた。
次は、部隊を預かる兵へ号令を出させた。
声は大きい。
倉庫の端まで届く。
だが、候補の一人が動きを間違えた時、その一人の前へ行って直そうとした。
その間、残りの十九人が待つ。
「全員を止めてください」
俺が言う。
「一人の間違いです」
「火薬を持っているのは一人だけですか」
兵は少し考え、全員へ木台を下ろすよう命じた。
一人を直す間に他の者を動かせば、別の場所で間違いが起きても見られない。
十人を同じ命令で撃たせるには、声が大きいだけでは足りない。
自分が動く前に、全員の手を止めなければならない。
午後には、わざと号令の間隔を変えた。
急いで出す。
長く待たせる。
途中で止める。
一つ前の動作へ戻す。
候補たちの中には、順番どおりなら動けても、途中で止められると何をしたか分からなくなる者がいた。
「弾を入れた者」
俺が尋ねると、手が上がる。
「まだ入れていない者」
別の手が上がる。
「分からない者」
誰も上げない。
だが、床の木片を見ると、一人だけ弾を示す丸い木片が残っている。
「本当に全員分かっていますか」
沈黙が落ちた。
やがて一人が手を上げた。
「入れたと思いました」
「思った、で次へ進めばどうなります?」
「火薬だけで撃つことになります」
「反対に、二つ入れるかもしれません」
訓練だから、ただの木片だ。
本物なら、不発、筒の破損、装填棒の入れ忘れにつながる。
俺は帳面へ書いた。
『途中で止めた後は、全員の装填状態を確認する』
自分が知っている火縄銃の運用を、そのままこの世界へ持ち込めばよいと思っていた時期がある。
だが、前世で見た火縄銃は、武器だけが存在していたのではない。
作る者。
使い方を教える者。
号令を考えた者。
火薬を量る者。
失敗から手順を直した者。
積み重ねられたものの最後だけを、俺は本や展示で見ていた。
今は、その途中を一つずつ作らなければならない。
三日目、候補たちの動きは少し揃い始めた。
速い者が良いとは限らなかった。
最初の日に誰より早く構えた兵は、火蓋を開ける動作を二度忘れた。
動きの遅かった兵は、一度も順番を飛ばさなかった。
隣の者が間違えても、つられて動かない。
火縄を示す紐が床へ落ちると、勝手に拾わず、号令を待った。
マティアスは倉庫の壁際で、その様子を見ていた。
「剣の腕なら、あちらの方が上です」
俺は早く構えた兵を示した。
「銃を持たせたいのはどちらだ」
「今は、遅い方です」
「なぜだ」
「訓練で速くすることはできます。飛ばした手順を、戦場で思い出させるのは難しい」
「なら記録しておけ」
「全員の動きをですか」
「お前が十人を選ぶのだろう」
帳面の頁がまた増えた。
動作の速さ。
間違えた回数。
同じ間違いを繰り返したか。
止める命令を聞けたか。
分からない時に、分からないと言えたか。
筒口に当たる側を人へ向けなかったか。
力や勇気を数字にすることは難しい。
だが、決められた手順を何度守ったかなら残せる。
「一人、外します」
五日目の訓練後、俺はマティアスへ言った。
「理由は」
「間違いを隠します。弾を入れる動作を飛ばした時も、入れたと言いました」
「臆病なのか」
「怒られるのを恐れています」
「戦場で恐れない者はいない」
「怖がることが問題ではありません。間違いを隠したまま火薬を扱うことが問題です」
マティアスは候補の記録を読み、頷いた。
「火槍兵から外すのか」
「新型銃は持たせません」
「なら、どう説明する」
考えていなかった。
極秘の選抜から外す者へ、本当の理由を細かく話せば、それだけ秘密を持ち帰らせることになる。
「火槍の運搬役へ戻します」
「新型銃を見せる前でよかったな」
「はい」
「次からは、外す者を先に外せ」
候補は十九人になった。
その中から、最初に新型銃を見せる者をさらに絞る。
十人の射手。
五人の予備。
部隊を預かる兵。
火薬と弾の運搬をまとめる者。
火縄と道具を管理する者。
残りは訓練を続けながら、必要な役へ回す。
一人へ一つの役だけを覚えさせるつもりはない。
射手が倒れれば、予備が銃を持つ。
運搬する者も、最低限の装填と不発時の対応を知る必要がある。
十挺の銃には、十人より多くの兵が要る。
その意味が、ようやく形になり始めていた。
◇ ◇ ◇
兵の訓練を進める間にも、工房では残り九挺の製作が続いた。
二挺目までとは作り方が変わっている。
一人の職人が最初から最後まで作るのではない。
鉄筒。
木台。
火皿と火蓋。
火縄ばさみ。
ばね。
掛け金。
引金。
それぞれを別の職人が作り、ロルフの工房へ運ぶ。
職人たちは、自分が作っている部品が一つの新しい銃になることを知らない。
鉄筒を作る者には、火槍を短く扱うための筒だと説明してある。
木台を削る者には、筒を運びやすくするための支えだと伝えた。
小さな金具を作る者は、火縄を安全な位置へ動かすための部品だと思っている。
完全な嘘ではない。
だが、全体を見せてはいない。
部品が工房へ届くたび、基準棒と型で調べる。
最初に届いた三本の鉄筒のうち、一本は内側が広すぎた。
測定棒を入れると、奥で横へ揺れる。
「削れば直りませんか」
俺が尋ねると、ロルフは筒を作業台へ転がした。
「広い穴を削って狭くできるなら、やってみろ」
「できません」
「なら聞くな」
筒の外側は綺麗だった。
真っ直ぐに見える。
長さも基準棒と合っている。
しかし、同じ弾を使えば隙間が大きすぎる。
火薬の力が弾の横から逃げるかもしれない。
狙いも安定しない。
「作り直しです」
「鉄は戻せる」
「職人の時間は戻りません」
第十三話でマティアスから言われたことを思い出す。
金も、鉄も、人の時間も、使った理由を残せ。
成功した時にだけ帳面を見せるな。
俺は不合格になった筒の理由を書いた。
別の日に届いた木台は、型へ置いた時には合っていた。
だが、工房へ置いて三日後、後ろが僅かに反った。
乾ききっていない木を使ったためだ。
鉄筒を載せると、後ろだけが浮く。
「削って合わせますか」
「今合わせれば、また乾いた時に変わる」
ロルフは木台を壁へ立て掛けた。
「これは待つ」
「いつまでです?」
「木に聞け」
「答えないでしょう」
「なら待て」
製作が分かれたことで、早くなる部分は増えた。
同時に作業を進められる。
一人が筒を作る間に、別の者が木台を削り、別の者が火蓋を作れる。
だが、一つの部品が遅れれば、その銃だけは完成しない。
筒があっても木台がない。
木台があっても、ばねが弱い。
ばねを直しても、掛け金の穴が合わない。
型を作れば、同じ物が次々とできると思っていた。
実際には、型は不合格を見つけるために働くことの方が多かった。
「基準を作る前より、失敗が増えたように見えます」
俺が言うと、ロルフは火蓋の軸を削りながら答えた。
「前なら、それを使っていた」
「使えない物をですか」
「撃ってから分かった」
基準を作ったから、職人が急に下手になったのではない。
今まで完成後の試験まで見つけられなかった違いを、組み立てる前に見つけられるようになった。
失敗が増えたのではなく、見えるようになった。
俺は製作の順番を帳面へ書き直した。
筒が届いたら、長さ、外側、内側を測る。
点火孔を開ける前に、筒の曲がりを確かめる。
木台は工房へ届いてすぐ組み付けず、数日置いて歪みを見る。
火蓋は、火皿へ付ける前に片手で開閉できるか試す。
火縄ばさみ、ばね、掛け金、引金は、木台へ付ける前に仮の板で動かす。
組み立て後は火薬を使わず、火縄を二十回落とす。
木台を揺らし、掛け金が勝手に外れないか確かめる。
火蓋を閉じた時と開いた時の両方を試す。
完成してから悪い場所を探すのでは遅い。
途中で止めれば、その先に使う人の時間と材料を無駄にせずに済む。
三挺目が組み上がった時、ロルフは喜ばなかった。
火縄を挟んでいない火縄ばさみを引き上げ、掛け金へ留める。
引金を引く。
火縄ばさみが落ちる。
もう一度。
二度目も落ちる。
三度目、掛け金が外れなかった。
「引金が重いですね」
「掛け金を削る」
「型とは合っていました」
「形はな」
掛け金の鉄が、二挺目より僅かに硬い。
同じ形でも、擦れ方が違う。
削りすぎれば衝撃で外れる。
一度に大きく削らず、少しずつ直す。
三挺目が二十回続けて動くようになるまで、半日かかった。
四挺目は、火蓋の軸が固かった。
五挺目は、火縄ばさみが火皿の中央より手前へ落ちた。
六挺目は、ばねが弱く、木台を傾けると火縄ばさみが途中で止まった。
同じ弾を使える。
同じ量の火薬を入れられる。
同じ手順で動かせる。
その三つを揃えるだけでも、一挺ごとに最後の調整が必要だった。
部品を別の銃へ移すことも試した。
三挺目の火蓋を四挺目へ付けようとすると、軸の位置が合わない。
五挺目の火縄ばさみは、六挺目の木台では火皿の外へ落ちる。
筒と弾の大きさは揃えられても、部品を自由に入れ替えられるほど同じにはならない。
「全部を同じにはできません」
俺が言うと、ロルフは三挺目の引金を動かした。
「最初から言っている」
「でも、同じ銃を作れと言われました」
「同じように使える銃だ」
見た目も部品も寸分違わない銃ではない。
兵が別の一挺を渡されても、同じ場所へ火薬と弾を入れ、同じ手順で火縄を上げ、同じように引金を引ける銃だ。
今の俺たちが目指せるのは、そこまでだった。
◇ ◇ ◇
七挺目の組み立てが始まった頃、マティアスが一枚の紙を持って工房へ来た。
「費用を出せ」
「まだ全部は完成していません」
「完成してからでは遅い」
「鉄と木の量は記録しています」
「人の時間は」
「職人へ払った分を調べます」
「工房の見張りは」
「それも入れるんですか」
「銃を作らなければ必要なかった者だ」
「山の試験場の見張りも?」
「銃を作らなければ必要なかった」
「失敗した筒は鉄へ戻します」
「職人の時間は戻ったか」
「戻りません」
「紙とインクは」
自分の帳面を見る。
開発を始めてから、かなりの紙を使っている。
「入れます」
「火薬と弾は」
「これからの試射分もですか」
「十挺が使えると分かるまでに必要なら、銃の値段だ」
銃一挺の値段を、鉄筒と木台だけで考えていた。
だが、実際に十挺を揃えるために使ったものは、それだけではない。
失敗した筒。
歪んだ木台。
作り直したばね。
職人の日数。
工房の炭。
型と基準棒。
見張り。
山中の試験場まで運ぶ荷車。
火薬。
弾。
火縄。
掃除用の棒と布。
兵の訓練中に支給する食料。
保管する倉庫。
秘密を守るために遠回りさせる時間。
数え始めると、帳面の頁が足りなくなった。
翌日までかけて費用を書き出した。
正確とは言えない。
工房の炭は他の仕事にも使っている。
見張りの兵も、新型銃だけのために雇った者ではない。
それでも、新型銃の仕事に使った日数で分け、できる限り数えた。
合計を見た時、書き間違えたと思った。
もう一度足す。
大きくは変わらない。
十挺を作り、試し、兵を訓練できる状態へ運ぶまでの費用で、槍なら五十人以上へ持たせられる。
それも、火縄銃兵を守る槍兵や盾を含んでいない。
「高すぎます」
俺が紙を差し出すと、マティアスは最初から最後まで目を通した。
「何と比べている」
「槍です。この金があれば、もっと多くの兵を武装させられます」
「槍だけで、遠くの敵を倒せるか」
「できません」
「弓より早く兵へ教えられるか」
「火縄銃の訓練も、まだ始めたばかりです」
「雨の日は」
「今のままでは、弓の方が使えます」
「なら、槍も弓も捨てるな」
「火縄銃を作るのをやめますか」
マティアスは紙を机へ置いた。
「高いから作らないのではない」
指先が、費用の合計を叩く。
「高い物を、どこで使えば値段以上の働きをするか考えろ」
「十挺で、槍五十本以上の働きをさせるんですか」
「槍五十本と同じ働きをさせる必要はない」
「では」
「槍では止められない敵を止める。弓では届かない結果を出す。敵が来たくない場所を作る。十挺を見せて、敵に百挺あると思わせる。それができれば値段は変わる」
物の値段は、作るために使った金だけでは決まらない。
戦で何を変えられるか。
敵へ何を考えさせられるか。
まだ一度も戦場で使っていない火縄銃に、答えは出せない。
「今のままでは分かりません」
「だから十挺作る」
「十挺で試すために」
「一挺の成功だけを見て軍を変えるほど、レオンハルト殿下は愚かではない」
一挺で弾が飛んだ。
それは武器を作れるかどうかの試験だった。
十挺を揃えるのは、兵と金と補給を含めて使えるか確かめるためだ。
「費用の記録は続けます」
「試射で使った火薬と弾も忘れるな」
「はい」
「兵が失敗して捨てた火薬もだ」
「失敗した分まで?」
「失敗しない兵がいるなら、連れてこい」
いない。
俺自身も、最初の試射から何度も失敗している。
失敗を除いた値段を出せば、実際に軍が使う時の費用より安く見える。
都合のよい数字で軍を動かせば、後で足りなくなるのは金だけではない。
火薬も弾も、兵の命も足りなくなる。
俺は費用の紙を帳面へ挟んだ。
「マティアス様」
「何だ」
「十挺が使えなかったら、どうします?」
「使えない理由を売れ」
「理由を?」
「筒が悪いなら、良い筒を作る者が必要だと分かる。兵が遅いなら、訓練へ時間が要る。火薬が足りないなら、どこから買うか考えられる」
「全部、使った金は戻りません」
「お前は、失敗すればすべてを捨てるつもりか」
第十一話で、責任は自分が取ると言った俺に、マティアスは責任の取り方も知らない者が大口を叩くなと笑った。
今も同じなのだろう。
失敗した時に頭を下げるだけが責任ではない。
何を使い、何が分かり、次に同じ失敗をしないために何を残すか。
「記録します」
「それ以外も覚えろ」
「何をです?」
「人は、帳面どおりには動かん」
マティアスは、訓練を続ける倉庫の方角へ目を向けた。
◇ ◇ ◇
朝の空気が少し冷たくなった頃、最後の鉄筒が工房へ届いた。
残り九挺の製作を始めてから、何週間も過ぎている。
その間に、選抜された兵たちは木の道具を使った手順を覚えた。
名簿では火槍兵。
実際には、極秘に火縄銃を扱うための兵だ。
最初の候補から一人を外し、十九人が訓練を続けている。
十人を最初の射手とする。
五人は予備として、射手と同じ手順を覚える。
部隊を預かる兵が号令を出す。
残る者は火薬、弾、火縄、掃除道具を管理しながら、銃を持つ訓練にも加わる。
誰か一人が欠ければ動かなくなる部隊にはしない。
まだ本物の火縄銃を見せたのは、最初の射手に選んだ十人と、部隊を預かる兵だけだ。
倉庫の扉を閉じ、見張りを増やした後、二挺目を運び込んだ。
木の道具で覚えた手順が、実物でも通用するか確かめる。
兵たちは、初めて見る火縄銃を前にして声を上げなかった。
命令されているから我慢しただけかもしれない。
それでも、勝手に触れる者はいなかった。
火薬を入れず、一人ずつ扱わせた。
木の練習道具にはなかった火蓋の重さ。
火縄ばさみを引き上げる時のばねの抵抗。
掛け金へ留まる感触。
引金を引いた時の乾いた音。
最初の兵は、火縄ばさみを上げる前に火蓋を開いた。
「順番が違います」
俺が言うと、兵はすぐに動きを止めた。
「閉じます」
「続けてください」
二人目は、木の道具より重い引金に戸惑った。
三人目は、発射後を想定して火縄ばさみを手で引き上げるところまで、一度も止まらずに動いた。
「木で覚えたことは無駄ではありません」
部隊を預かる兵が言った。
「でも、本物を持たなければ分からないこともあります」
「いつ火薬を使う」
「十挺すべての動作を確認してからです」
「一挺ずつではないのか」
「一挺ずつも撃ちます。十挺でも撃ちます」
兵の顔が僅かに変わった。
恐れているのか、期待しているのかは分からない。
「名簿では、あなたたちは火槍兵です」
俺は念を押した。
「この武器の形も、火縄銃という呼び名も、外では話さないでください」
「家族にもか」
一人が尋ねた。
「家族へは、火槍の訓練をしているとだけ」
「火槍より短い」
「だから見せません」
「戦で使えば、いずれ知られる」
「いずれ知られることと、今知らせることは違います」
他国が火縄銃を見れば、似た物を作ろうとする。
商人は高く売れると知れば、職人や部品を探す。
こちらが十挺を揃え、兵へ教え、使い方を考える前に広まれば、先に作った意味が薄れる。
「分かりました」
部隊を預かる兵が答えた。
他の兵も続いた。
完全に口を閉ざせる保証はない。
だから、誰が見たかを記録する。
秘密を知る者を必要以上に増やさない。
それでも軍で使うなら、いつまでも数人だけで隠すことはできない。
秘密と運用の間にも、折り合いが必要だった。
◇ ◇ ◇
最後の一挺は、九挺目までで見つかった失敗を避けて作られた。
筒は最初の検査で基準を通った。
木台は十分に乾かしてあり、数日置いても歪まなかった。
火蓋は片手で動く。
火縄ばさみは火皿の中央へ落ちた。
ばねは強すぎず、途中でも止まらない。
掛け金は木台を揺らしても外れず、引金は指一本で動いた。
「今度は早かったですね」
俺が言うと、ロルフは十挺目を作業台へ置いた。
「九挺失敗した後だからな」
「九挺とも完成しています」
「直した場所を数えろ」
数えれば、一挺として何も直さず組み上がった物はない。
十挺目が早くできたのは、職人たちが急に同じ部品を作れるようになったからではない。
どこで違いが出るか、こちらが知ったからだ。
測る場所。
待つ時間。
組み立てる前に動かす部品。
削りすぎてはいけない掛け金。
火縄ばさみが落ちる位置。
積み重ねた失敗が、十挺目の時間を短くした。
作業台の上へ、レオンハルトのための十挺を並べる。
最初の一挺はアルベルトへ送った。
ここにある一挺目は、あの後に作った二挺目だ。
レオンハルトの命令した十挺のうち、最初に数えた銃。
その横へ、新たに作った九挺が並ぶ。
木台の色は同じではない。
鉄筒の表面にも違いがある。
火蓋の形は僅かに違う。
引金の重さも、ばねの強さも、完全には揃っていない。
部品を取り替えることもできない。
それでも、十挺すべてに同じ型を通った弾を使える。
火薬を量る容器も同じだ。
火皿と火蓋は同じ位置にある。
火縄ばさみを手で上げ、掛け金へ留め、火蓋を開き、引金を引く。
兵が覚える手順は変わらない。
「十挺です」
俺は並んだ銃を見た。
一挺目の試作品が弾を飛ばした時とは違う感情だった。
嬉しくないわけではない。
だが、先に頭へ浮かぶものが増えている。
十九人の兵。
火薬と弾。
火縄。
掃除道具。
荷車。
見張り。
訓練の日数。
不発になった時の動き。
一挺ごとの癖。
そして、槍五十本を超える費用。
銃だけを見て、完成したとは思えなくなっていた。
俺は帳面を開いた。
『レオンハルト殿下の製作命令――十挺』
その下に書いた、
『完成――一挺』
を線で消す。
さらに、
『残り九挺』
も消した。
新しい行へ書く。
『完成――十挺』
「まだだ」
隣からロルフの声がした。
「火縄は落ちます」
「弾を撃っていない」
「組み立ては終わりました」
「筒が破れれば、完成か」
「一本ずつ試します」
「なら、今は十挺の形ができただけだ」
俺は『完成――十挺』の横へ、小さく書き加えた。
『組み立てと動作確認まで』
工房の扉が開いた。
レオンハルトとマティアスが入ってくる。
二人の後ろには、部隊を預かる兵がいた。
レオンハルトは作業台の前まで来ると、並べられた十挺を端から見た。
一挺を持ち上げる。
火蓋を開く。
火縄ばさみを手で引き上げ、掛け金へ留める。
引金へ指を掛ける前に、俺たちは銃口の先から離れた。
レオンハルトが引金を引く。
掛け金が外れ、火縄ばさみが火皿へ落ちた。
引金から指を離しても戻らない。
レオンハルトは火縄ばさみを手で引き上げた。
「十挺とも同じか」
「同じ手順で動きます」
俺は答えた。
「同じ場所へ弾が飛ぶとは限りません。一挺ずつ試射し、違いを記録する必要があります」
「十人は」
「選抜と、火薬を使わない訓練を進めています。名簿では火槍兵です」
部隊を預かる兵が一歩前へ出た。
「十人とも、号令の手順は覚えました。予備の兵も同じ訓練を続けています」
「火薬を持たせたか」
レオンハルトが尋ねる。
「まだです」
「火縄は」
「火を付けずに扱わせました」
「なら、覚えたとは言うな」
部隊を預かる兵は頭を下げた。
レオンハルトは銃を作業台へ戻す。
「アレク」
「はい」
「一挺なら、一人が撃てるかを見た」
「はい」
「十挺なら、十人が同じ命令で動けるかを見る」
「試験場を準備します」
「前と同じ山中を使え。道を閉じ、見張りを増やす」
「火薬と弾の運搬は別にします」
「不発の銃を置く場所も決めろ」
「はい」
「十挺すべてを一度に撃つな」
予想していなかった言葉だった。
「一挺ずつ試すからですか」
「それもある」
レオンハルトは十挺を見渡した。
「十人が同じ失敗をすれば、十挺を失う。一人ずつ動かし、次に二人、五人、十人と増やせ」
一度に増やすな。
ロルフから何度も言われたことと同じだった。
火皿。
火縄ばさみ。
ばね。
掛け金。
引金。
部品を一つずつ試したように、兵の数も一人ずつ増やさなければならない。
「分かりました」
「本当にか」
ロルフが言った。
レオンハルトが僅かに笑う。
「前よりは」
俺が答えると、今度はマティアスも笑った。
作業台には十挺の火縄銃が並んでいる。
帳面の『残り九挺』には線を引いた。
だが、終わった仕事は一つもない。
十挺を作る仕事は、十挺を撃つための仕事へ変わっただけだった。
第十七話を読んでいただき、ありがとうございました。
部品の検査、職人の時間、火薬と弾、見張り、そして十挺を扱うための兵たち。一挺の試作品だった火縄銃は、軍として運用するための武器へ変わり始めました。
表向きは「火槍兵」と呼ばれる極秘の部隊と、組み上がった十挺。次に待つのは、一人、二人、五人、そして十人へと段階を踏んで行う集団射撃試験です。




