第十四話 火が筒へ届く
火皿への着火に成功したものの、十回のうち火が付いたのは四回だけでした。
第十四話では、火縄を同じ場所へ落とす仕組みを完成させ、火を鉄筒の中へ届けるための試験へ進みます。
そして新しい武器の価値が高まるほど、それを守るための備えも必要になります。
前日の試験で火皿の火薬に火が付いたのは、十回のうち四回だった。
残る六回は、火縄が火皿へ届かなかったか、端へ触れただけで火薬の一部を焦がして終わった。
一度でも火が付いたことを喜びたい気持ちはあった。
だが、十回に四回しか働かない武器を戦場へ持ち込めば、撃てない六回のうちに敵が来る。
翌朝、俺が工房へ入ると、ロルフは昨日使った火縄と四つの金具を作業台へ並べていた。
長さの違う火縄。
黒い灰に覆われた先端。
火縄を挟むために何度も作り直した金具。
「何が違う」
ロルフが最も短くなった火縄を持ち上げた。
「長さです」
「それだけか」
火縄を受け取り、先端を見る。
太さも撚り方も完全には揃っていない。黒い灰が厚く残っているものもあれば、赤い火が表へ出やすそうなものもある。
「太さと、灰の付き方。それから火の強さも違います」
「金具は」
作業台の金具を指で動かす。
火縄を挟む先端ではなく、木台へ仮止めしている根元が僅かに左右へ揺れた。
「軸に隙間があります」
「昨日もあった」
「気づきませんでした」
「お前は火皿しか見ていなかった」
帳面を開く。
昨日の記録には、火縄が火皿のどこへ落ちたか、火薬が燃えたかどうかは書いてある。
しかし、なぜそこへ落ちたのかまでは残していなかった。
「直すのは軸からですか」
「なぜだ」
「火縄の長さを揃えても、金具が左右へ揺れたら落ちる場所は変わります」
ロルフは昨日より少し太い鉄棒を差し出した。
「入れてみろ」
鉄棒を金具の穴へ通そうとしたが、途中で止まった。
「入りません」
「削れ」
「穴を広げるんですか?」
「お前は、どちらを削るべきだと思う」
金具の穴を広げすぎれば、また横へ揺れる。
鉄棒なら、削りすぎても新しいものを作り直せる。
「棒を少しずつ削ります」
「ならやれ」
鑢で鉄棒の表面を削る。
一度削っては穴へ入れ、入らなければまた抜いた。
四度目で、ようやく反対側へ先端が出た。
油を差してから金具を取り付ける。
前後には滑らかに動くが、左右への揺れはほとんどなくなった。
「次は火縄の長さです」
火の付いていない火縄を金具へ挟んだ。
昨日は、金具からどれだけ先を出すかを目で見て決めていた。
同じようにしたつもりでも、火縄は指一本分ほど長かったり短かったりした。
「木台に印を付ければ、毎回同じ長さにできます」
「炭で書けば消える」
「浅く削ります」
小刀の先で、木台へ短い刻みを入れる。
火縄の先をその刻みに合わせれば、金具から出る長さがほぼ揃う。
金具を動かした。
火縄は火皿の中央へ落ちた。
二回目も中央。
三回目は少し右だったが、火皿の内側には収まっている。
火薬を置かず、同じ動きを二十回繰り返す。
火皿の外へ落ちたのは二回だった。
「十八回」
俺は帳面へ書いた。
「昨日より良くなりました」
「火縄を替えろ」
別の火縄を挟む。
今度は先端が僅かに曲がっていた。
刻みに長さを合わせても、曲がった先は火皿の縁へ向いている。
「火縄そのものが曲がっています」
「戦場で使う火縄は、全て真っすぐか」
「違うでしょうね」
「なら、真っすぐなものだけで試すな」
火縄を挟む金具の先端は、一か所で縄を押さえている。
そこから先が長ければ、火縄の僅かな曲がりが落ちる位置へ大きく影響する。
「挟む部分を長くして、火縄を二か所で支えられませんか」
「長くすれば重くなる」
「薄くすれば」
「曲がる」
「では、火縄を出す長さを短くする」
「火皿へ届かん」
「金具の先だけ、少し火皿へ近づくよう曲げれば」
ロルフは金具を手に取り、木台と火皿の位置を見比べた。
「火蓋を付ける場所は残す」
「はい」
「火皿へ当たるほど近づけない」
「分かりました」
「お前が曲げるな」
「まだ何もしていません」
「顔に書いてある」
ロルフは金具を炉へ入れた。
赤くなった鉄を取り出し、火縄を挟む先端だけを僅かに内側へ曲げる。
違いは指先ほどだった。
それでも火縄を短く挟んで動かすと、先端は火皿の中央へ届いた。
二本目の火縄で二十回。
外れたのは一回。
三本目は少し太かった。
金具へ入れるため挟む部分を開くと、今度は火縄を押さえる力が弱くなる。五回目で縄がずれ、火皿の手前へ落ちた。
「太さも揃えないと駄目ですね」
「完全に揃えるのは無理だ」
「なら、使える太さの範囲を決める」
俺は弾の大きさを確かめる型を思い出した。
「太さの違う二つの穴を開けた板を作りませんか。大きい方の穴を通らなければ太すぎる。小さい方から抜け落ちたら細すぎる」
「火縄を選ぶためだけの道具か」
「金具を火縄ごとに作り直すよりは簡単です」
「また必要な物が増えるぞ」
「増やしたくて増やしているわけではありません」
ロルフは薄い鉄板へ二つの穴を開けた。
最初から狙った大きさにはならなかった。
錐で少しずつ広げ、昨日使った火縄を何度も通し、金具で挟める太さの範囲へ合わせる。
太すぎる火縄を外す。
細すぎるものも外す。
残った火縄を同じ長さに切り、金具から出す部分を木台の刻みへ合わせた。
二十回動かす。
今度は全て火皿の内側へ落ちた。
中央から僅かにずれたものはある。
だが、火薬の置かれる場所から外れたものはない。
「二十回です」
思わず声が少し大きくなった。
ロルフは金具を外し、軸に傷が付いていないかを確かめる。
「火の付いていない縄だ」
「それでも、昨日より揃いました」
「次は引金だ」
昨日は木台の横から出した細い金具を、指で直接引いていた。
それでは、木台を両手で構えながら火を落とせない。
筒を敵へ向けたまま、木台の下にある引金を動かし、その力を火縄を挟む金具へ伝える必要がある。
ロルフは細い鉄棒を曲げ、木台の下へ通した。
前側には指を掛ける。
後ろ側は火縄を挟む金具の根元へ触れさせる。
引金を後ろへ引くと、反対側が金具を押し上げる。押された金具は軸を中心に回り、火縄を火皿へ落とす。
単純な梃子の仕組みだった。
「ばねは付けないんですか?」
「まだ付けん」
「引く人によって、火縄の落ちる速さが変わります」
「変わるな」
「途中で止める人もいるかもしれません」
「それを確かめる」
ロルフは引金を何度も動かした。
最初は木と鉄が擦れて重かった。
鉄棒の表面を削り、穴の形を整え、少量の油を差す。
指一本で動くようになるまで直すと、今度は木台を傾けても勝手には落ちないことを確かめた。
「これで火薬を使えますか」
「先に火縄だけだ」
引金へ指を掛ける。
ゆっくり引くと、火縄を挟んだ金具もゆっくり倒れた。
途中で指を止めれば、金具も止まる。
強く引けば、火縄は勢いよく火皿へ当たった。
「強く引くと、火薬を散らすかもしれません」
「兵は怖ければ強く握る」
「なら、強く引いても火皿を叩かないようにする必要があります」
ロルフは木台の横へ、小さな止め金を取り付けた。
金具が決めた位置まで倒れると、根元が止め金へ当たる。
火縄の先だけが火皿へ触れ、金具そのものは火皿の縁を叩かない。
強く引いてみる。
火縄は中央へ落ちたが、先ほどのような激しい衝撃はない。
「もう一度」
二十回繰り返す。
ゆっくり引く。
普通に引く。
指へ力を込めて強く引く。
途中で止め、そこから再び引く。
引き方を変えても、火縄は火皿の内側へ落ちた。
「次は火を付けます」
俺が言うと、ロルフは引金をもう一度確かめてから頷いた。
◇ ◇ ◇
昼前、マティアスが工房へ来た。
昨日の試験で、今日も火薬を使うことは伝えてある。
入口の横には、レオンハルトの管理人から受け取った火薬を持つ者が立っていた。
アルベルトから別便で届けられた火薬は、必要な時に必要な量だけ受け取ることになっている。
工房で勝手に保管することは許されていない。
火薬を扱う者は革袋を作業台へ置き、炉に蓋がされていることと、周囲に余計な火がないことを確かめた。
「始められるか」
マティアスが尋ねる。
「引金まで付けました」
俺は木台を持ち上げた。
「昨日は横の金具を直接動かしていました。今度は木台を両手で持ったまま、指で火縄を落とせます」
「火は何回付いた」
「まだ火薬では試していません。火の付いていない火縄なら、二十回とも火皿の内側へ落ちました」
「昨日は十回のうち四回だったな」
「火縄の長さと太さ、金具の揺れを直しました。昨日よりは良くなるはずです」
「なるはず、か」
「試す前に言えるのは、そこまでです」
マティアスは木台を受け取り、引金を動かした。
「軽いな」
「軽すぎますか?」
「剣を持ったままでも引ける。だが、手袋をしていたらどうだ」
考えていなかった。
戦場では素手とは限らない。
冬なら厚い手袋を着ける。雨や泥で指が滑ることもある。
「引金をもう少し長くした方がいいでしょうか」
「今すぐ変えるな」
ロルフが言った。
「今日は素手で試す。手袋はその次だ」
「手袋の厚さも一つではありません」
俺は帳面へ書き加えた。
『後で確かめること。手袋を着けた状態で引金を動かせるか』
マティアスが帳面を覗く。
「後で確かめることばかり増えるな」
「今は、一度に一つずつです」
「それで、いくら使った」
「今日の分ですか?」
「昨日までの分もだ」
使った鉄の量。
炭。
火縄。
紙。
ロルフの仕事にかかった日数。
失敗した金具は溶かして使い直せるが、職人の時間は戻らない。
俺は帳面の別の頁を開いた。
「金具と火皿だけなら、使った鉄は多くありません。ただ、同じ太さの火縄を選ぶ型と、引金を作りました」
「火縄を選ぶために鉄を使ったのか」
「金具へ挟める太さを揃えるためです」
「兵一人に一つ持たせるのか」
「工房で火縄を選んでから渡すなら、兵全員には必要ありません。ただ、戦場で別の火縄を使うことになれば」
「隊ごとに一つか」
「その方が現実的だと思います」
「まだ決めるな。実際に何本の火縄を使うかも分かっていない」
「はい」
「引金は、ロルフが一日に何個作れる」
「今の形なら、二つか三つだ」
ロルフが答えた。
「筒と火皿を作りながらなら、一つ作れるかどうかだ」
一挺だけなら、数日かければいい。
百挺なら、同じ仕事を百回繰り返すことになる。
職人が一人なら、それだけで何か月もかかる。
別の職人へ任せれば早くなるが、同じ形に作れるとは限らない。
「今は一挺です」
俺は言った。
「一挺を完成させないと、何を同じにすべきかも決められません」
「分かっているなら、先へ進め」
火薬を扱う者が、昨日と同じ小さな容器で細かな火薬を量った。
火皿の中央へ置く。
火縄へ火を付ける。
赤い火が安定するまで待ち、灰を軽く落とした。
火縄を金具へ挟み、先端を木台の刻みへ合わせる。
俺は木台を両手で持った。
右手の指を引金へ掛ける。
「引きます」
引金を動かした。
火縄を挟んだ金具が前へ倒れる。
赤い先端が火皿の中央へ触れた。
ぱちり、と乾いた音が鳴り、白い煙が細く上がった。
「一回目、着火」
帳面へ記録する。
火縄の位置は中央。
引金は普通の速さ。
火薬は全て燃えた。
二回目も着火。
三回目は、引金をゆっくり引いた。
火縄は火皿へ届いたが、火薬が燃えるまでに僅かな間があった。
「遅れました」
ロルフは火縄を外した。
赤い部分が灰に覆われている。
灰を落とすと、その下から火が見えた。
「火縄の火を確かめてから挟まないと」
俺は帳面へ手順を書き加えた。
火縄の灰を落とす。
火が残っていることを確かめる。
金具へ挟む。
木台の刻みに先端を合わせる。
火皿へ同じ量の火薬を置く。
引金を引く。
四回目、着火。
五回目、着火。
六回目は、火縄の先が火皿の右へずれた。
火薬の一部は燃えたが、黒い粉が少し残る。
「火縄が曲がっています」
金具へ挟む長さは合っている。
だが、曲がった先が火皿の外側へ向いていた。
「挟む時に、火縄の先を火皿へ向ける必要があります」
「手順が増えたな」
マティアスが言った。
「増やしたくて増やしているわけではありません」
「兵が覚えられるか」
「覚えられる形にします」
「覚えられなければ?」
「手順を減らすか、使う兵を選びます」
「誰でも使える武器ではないのか」
「訓練は必要です。弓兵だって、弓を渡したその日に遠くの敵へ当てられるわけではありません」
「火槍兵は、弓兵より短い訓練で使える」
「それでも、火薬を詰めて火縄を扱う手順は覚えています」
マティアスは火皿の上に残った粉を見た。
「なら、この武器は火槍より何を簡単にする」
すぐには答えられなかった。
火薬と弾を詰めることは同じだ。
火縄の火を保つ必要も変わらない。
雨に弱いことも変わらない。
増えた部品の分だけ、掃除や手入れは複雑になる。
「構えた姿勢を崩さずに火を付けられます」
俺は答えた。
「火槍は点火孔へ手で火縄を近づけます。これは引金を引けば、狙った方向へ筒を向けたまま火を落とせる」
「それで当たるか」
「まだ分かりません」
「なら、今日確かめられるのは」
「引金を引けば、火が同じ場所へ落ちることです」
「それだけか」
「それができなければ、弾を狙った場所へ飛ばす段階へ進めません」
マティアスは頷いた。
七回目は着火した。
八回目も着火。
九回目。
引金を強く引いた。
止め金が働き、金具は火皿を叩かなかった。火縄の先だけが火薬へ触れ、火が広がる。
十回目も成功した。
十回のうち、火薬が全て燃えたのは八回。
一部だけ燃えたのが一回。
僅かに遅れたのが一回。
昨日の四回よりは明らかに良い。
だが、ロルフは金具の軸を見ていた。
「もう一度、十回だ」
「続けてですか?」
「掃除せずに続けろ」
十一回目、着火。
十二回目も着火。
十三回目で、引金が少し重くなった。
火皿から上がった煙と火縄の灰が、油を差した軸の周りへ付いている。
十四回目は、金具が途中で止まりかけた。
引金へ力を加えると火縄は火皿へ届いたが、最初の十回より動きが遅い。
「煤ですね」
十五回目も火は付いた。
十六回目。
火縄が火皿へ触れる前に、金具が止まった。
不着火。
「何回目だ」
マティアスが尋ねる。
「掃除してから十六回目です」
「戦場で十六回続けて撃てると思うか」
「装填に時間がかかるので、その前に掃除する余裕はあるかもしれません」
「敵が待ってくれればな」
俺は火皿と金具を見る。
一人が一挺を撃つのではなく、複数の兵が順番に撃つなら、一人ごとの発射回数は減る。
しかし、戦が長引けば何度も装填する。
雨が降れば、煤に水が混じってさらに動かなくなるかもしれない。
「掃除しやすい形にする必要があります」
「部品を外さずに、軸の周りを拭けるようにはしてある」
ロルフが細い布で煤を拭った。
先を細くした木片で隙間を掃除する。
長い時間はかからない。
それでも、掃除用の布と木片を持たせる必要がある。
「火薬と同じ袋へ入れるな」
ロルフが言う。
「火薬の粉が布へ付いたら危ないからですか」
「ああ」
「別の小袋が必要ですね」
俺は必要な道具へ書き加えた。
火縄。
細かな火薬。
火縄の火を守る油布。
火皿と金具を拭う布。
軸の隙間を掃除する木片。
「武器一挺より、周りの物の方が増えていないか」
マティアスが言った。
「火槍にも必要なものはあります」
「今まで数えていなかっただけか」
「それもあると思います」
武器だけを見れば、鉄筒と木台と引金だ。
だが、それを撃てる状態に保つ物まで含めれば、必要な準備は増える。
量産するなら、銃だけではなく、その周りにある物も同じ数だけ作らなければならない。
「最後の四回を続けます」
掃除した金具へ火縄を挟む。
十七回目、着火。
十八回目、着火。
十九回目、着火。
二十回目も火薬は燃えた。
結果は、完全な着火が十七回。
一部着火が一回。
遅れて着火したものが一回。
不着火が一回。
「昨日よりは良くなりました」
俺が言うと、ロルフは木台を持ち上げた。
「この形で次へ進む」
「完成ですか?」
「火を落とす仕組みだけはな」
初めて、ロルフが完成という言葉を否定しなかった。
もちろん、ばねは付いていない。
火蓋もない。
雨の中では試していない。
手袋を着けた状態や、泥が付いた状態も確かめていない。
それでも、引金を引き、火縄を火皿へ落とす仕組みはできた。
これ以上同じ場所で直し続けても、実際の鉄筒へ付けなければ分からない問題が増えるだけだ。
「次は、火を筒へ通す」
ロルフは作業台の端に置かれた鉄筒へ目を向けた。
◇ ◇ ◇
それから三日間、工房では火皿へ火薬を置かなかった。
ロルフが取りかかったのは、鉄筒の後ろを閉じる仕事だった。
筒の中で火薬が燃えれば、その力は弾だけでなく、前後左右へ広がる。
筒口は開いている。
弾が入れば、火薬の力に押されて前へ飛ぶ。
だが、筒の後ろが弱ければ、弾より先にそこが抜ける。
肩へ木台を当てて撃つ形なら、抜けた鉄や火は撃つ者へ向かう。
最初に優先すると決めたのは、安全性だった。
命中率でも軽さでもない。
撃った人間が、その一発で死なないことだ。
ロルフは筒の後ろへ入れる鉄栓を作った。
一度作っただけでは合わない。
隙間が広ければ、火薬の燃えた力と熱が漏れる。
強く押し込みすぎれば筒が歪む。
鉄栓を作り、筒へ合わせ、外して削る。
また入れて確かめる。
「これだけで一日ですか」
夕方になり、俺が言うと、ロルフは鉄栓から目を離さなかった。
「嫌なら、隙間のあるまま火薬を入れろ」
「嫌です」
「なら黙れ」
「記録することがなくて」
「鉄を熱した回数を書け。削った場所もだ」
同じように見える作業にも、少しずつ違いがある。
最初の鉄栓は、奥へ入れる途中で傾いた。
二つ目は入ったが、片側に僅かな隙間が残った。
三つ目で、ようやく筒の後ろへ真っすぐ収まった。
ロルフはそれでもすぐ固定しなかった。
筒へ光を当て、内側から隙間がないかを見る。
細い油を塗り、どこから染み出すか確かめる。
一晩置き、翌朝にもう一度見る。
「火薬を入れてみないと、本当に耐えるかは分からん」
二日目の朝、ロルフが言った。
「でも、できるだけ危ない場所を減らしてから試す」
「そうだ」
鉄筒の後ろを閉じた後は、木台へ載せる位置を決めた。
火槍は長い柄の先へ筒を付け、柄の後ろを地面へ置いて撃つ。
新しい武器は、火槍より長い鉄筒を使いながら、長い槍柄を廃している。
そのため武器の全長は従来の火槍より短い。
鉄筒の後ろに続く木台は、肩へ当てて衝撃を受けられるよう太く作られていた。
ただし、最初から軽くはしない。
細く削りすぎれば反動で割れるかもしれないからだ。
ロルフは木台の上へ鉄筒を置き、固定する金具の位置を測った。
一つは筒の前寄り。
もう一つは後ろ寄り。
火皿と引金を取り付ける場所を避けなければならない。
金具を強く締めれば木が割れる。
緩ければ撃った時に筒が動く。
「ここも、ちょうどよくですか」
「他に言い方を知っているなら教えろ」
「ありません」
「なら書け」
俺は帳面へ、固定金具を締め直した回数を記録した。
木台へ鉄筒が載ると、作業台の上にあった物は初めて武器らしい形になった。
長い筒。
肩へ続く木台。
火皿。
火縄を挟む曲がった金具。
木台の下にある引金。
前世で見た火縄銃とは細部が違う。
全体に太く、重い。
金具も大きい。
木台の形も、洗練されているとは言い難い。
それでも、最初に俺が紙へ描いたものより、ずっと現実の武器に見えた。
「持ってもいいですか」
「まだ火薬は入っていない」
「分かっています」
両手で持ち上げる。
思っていたより重かった。
火槍ほど長くはないため、向きを変えることはできる。
だが、片手だけで支えるのは難しい。
木台の後ろを肩へ当て、左手で前を支える。
筒の上へ視線を沿わせる。
「どうだ」
ロルフに尋ねられ、俺は正直に答えた。
「重いです」
「最初に軽さを諦めたのはお前だ」
「安全のためです」
「なら持て」
「肩へ当たる場所が痛いです」
「木を削るか」
「削りすぎたら弱くなります」
「少しは覚えたな」
ロルフは木台を受け取り、俺の肩へ当たっていた場所へ印を付けた。
形を僅かに整え、角を落とす。
もう一度構えると、先ほどより肩へ当たる面が広くなった。
重さは変わらない。
それでも支えやすくなっている。
「反動は、これより強いんですよね」
「筒の中で火薬を燃やしてみなければ分からん」
「火槍より火薬を増やすつもりはありません」
「同じ量でも、受ける場所が違う」
火槍は柄の後ろを地面へ置く。
新しい武器は肩で受ける。
鉄筒の長さも違う。
同じ火薬と弾を使っても、撃つ者が受ける衝撃は変わる。
「最初から肩で撃たせませんよ」
「当然だ」
「固定して、離れたところから引金を動かします」
「そのための台も作る」
また必要な物が増えた。
だが、試験用の台なら一挺ごとに作る必要はない。
工房に一つあれば、次の試作品にも使える。
俺は帳面の費用欄へ加えた。
三日目、ロルフは火皿を鉄筒の横へ当てた。
火縄が落ちる場所。
火皿の中央。
筒の中へ火を伝える点火孔。
三つが一直線に近い位置へ並ばなければならない。
鉄筒へ炭で印を付ける。
一度消し、測り直す。
二度目の印も消す。
「さっきの場所では駄目だったんですか」
「火皿を固定する金具の厚さを忘れていた」
「穴を開ける前で良かったですね」
「だから測っている」
三つ目の印を付ける。
ロルフはすぐに錐を当てなかった。
引金を動かし、火縄が火皿へ触れる場所をもう一度見る。
木台から鉄筒を外し、内側の位置も確かめる。
再び組み直す。
「今度は?」
「ここだ」
錐の先が、黒い印へ当てられた。
鉄筒へ穴を開ける。
火皿の火を筒内へ通すための点火孔だ。
大きすぎれば、筒内で燃えた火薬の熱と力が外へ噴き出す。
小さすぎれば、火皿の火が中へ届かない。
最初から大きく開ければ、元には戻せない。
だから、ロルフは細い穴から始めた。
錐を回す音が工房に続く。
少し進めては鉄の粉を払い、穴が曲がっていないかを確かめる。
俺には、外から見ても何も分からない。
できるのは、使った錐と時間を記録することだけだった。
やがて錐の先が筒の内側へ抜けた。
小さな穴だった。
光へ向けて覗いても、向こう側が見えるかどうか迷うほど細い。
「これで火が通りますか」
「試す」
「今日?」
「そのために三日使った」
ロルフは鉄筒の内側へ残った鉄粉を掃除した。
点火孔にも細い針金を通し、詰まりがないことを確かめる。
火皿と引金を木台へ固定する。
仮止めではない。
全てを組み上げると、今まで別々に作られていた部品が一つにつながった。
俺は作業台の上の新しい武器を見た。
「できた」
思わず口にすると、ロルフがすぐ否定した。
「形になっただけだ」
「でも、引金も火皿も筒も付いています」
「火を入れていない」
「今から入れます」
「壊れるかもしれん」
「壊れないように作ったんでしょう」
「壊れないと思って作った。壊れないと確かめたわけではない」
その違いは大きい。
「では、試験の準備をします」
俺が帳面を閉じると、工房の入口にいたマティアスが首を振った。
「先にレオンハルト殿下へ話す」
「火薬を使う許可ですか?」
「それだけではない」
「試験場所なら、既存の火槍を撃った川原で」
「駄目だ」
マティアスは即答した。
「あそこは街道から近い。橋を渡る者にも音が聞こえる」
「弾は入れません。火薬も少量です」
「新しい武器があると知られるには、一度の音で十分かもしれん」
俺は作業台の新型銃を見た。
工房へ入る者は限られている。
火薬も管理人が保管している。
だが、試験のため外へ運べば、荷を見た者が増える。
発射音を聞く者も出る。
何度も同じ場所で試せば、何をしているのか確かめに来る者が現れるかもしれない。
「分かりました。レオンハルト殿下へ相談します」
「武器はここから出すな」
「持っていかないんですか?」
「相談するだけなら帳面と図で足りる」
マティアスの判断は正しかった。
完成したばかりの新型銃を、相談のためだけに持ち歩く理由はない。
ロルフは新型銃を布で包み、工房の奥にある木箱へ入れた。
扉の鍵も確かめる。
「夜はどうします?」
俺が尋ねる。
「見張りを一人置く」
マティアスが答えた。
「一人でいいんですか?」
「工房の中には入れん。外で火事と侵入者を見張らせる」
「誰を置くかも考えないと」
「既に手配してある」
「いつの間に」
「お前が火皿へ火を落とせたと聞いた時だ」
新しい武器を狙う者がいるかもしれない。
マティアスは、俺が一度目の着火を喜んでいた頃には、その先を考えていたらしい。
◇ ◇ ◇
レオンハルトは、橋の北側に置かれた臨時の執務室にいた。
大橋を巡る戦いが終わっても、軍をすぐに解散させることはできない。
ヴァルナー伯軍が再び動かないかを見張り、傷ついた橋を修復し、周辺の諸侯や王都から届く使者にも対応しなければならない。
机の上には、橋の修復に必要な石材と木材の記録、各地から届いた書状、軍の配置を示す地図が広げられていた。
「今度は何を壊すつもりだ」
俺とマティアスを見たレオンハルトが、最初にそう言った。
「まだ壊していません」
「まだ、か」
「壊さないために相談へ来ました」
「なら聞こう」
俺は、新しい武器が筒内へ火を通せる形まで組み上がったことを説明した。
鉄筒の後ろを閉じたこと。
火皿と点火孔を付けたこと。
引金を引けば、火縄が火皿へ落ちること。
次は筒内へ少量の火薬を入れ、弾を使わずに着火試験をしたいこと。
レオンハルトは途中で口を挟まず、最後まで聞いた。
「試験に必要な者は」
説明が終わると尋ねられた。
「俺とロルフさん、マティアス様、それから火薬を扱える者です」
「見物人は」
「必要ありません」
「運ぶ者は」
「新型銃と固定台なら、荷車が一台あれば運べます」
「どこで試すつもりだった」
「以前、火槍を試射した川原です」
レオンハルトの目が僅かに細くなった。
「そこへ至る道を、商人の荷車が日に何台通る」
答えられなかった。
川原の近くには街道がある。
試射の時も、周囲に人家がないことは確認した。
だが、音を聞かれない場所ではない。
「新しい武器を欲しがる者は、敵だけではない」
レオンハルトは机の上へ指を置いた。
「金になると知れば、商人も職人も盗みに来る。試す場所も、運ぶ道も、見た者の数も残せ」
「はい」
「一挺盗まれなくても、形を見られるだけで意味がある。筒の長さ、木台の形、火縄を落とす金具。それを覚えた職人が、別の土地で似た物を作るかもしれん」
「全く同じ物は作れないと思います」
「最初はな」
レオンハルトは俺の帳面へ視線を落とした。
「お前たちも、最初から今の形を作れたわけではないのだろう」
「はい」
「なら、形を知った者は、お前たちが失敗に使った時間を少し減らせる」
その通りだった。
俺は火縄銃の完成した形を知っていた。
だから、何も知らない者より早く今の形へ近づけた。
細かな寸法や作り方が分からなくても、何を目指せばよいか知っているだけで違う。
「試験場所は、こちらで指定する」
レオンハルトは地図を広げ、領内の北西を指した。
橋や街道から離れた山中だ。
「ここに古い採石場がある。今は使われていない。三方を山に囲まれ、奥には石を切り出した斜面が残っている」
「弾を撃つ時にも使えますか?」
「斜面へ向けて撃つなら、外した弾が遠くまで飛ぶ危険は減る。ただし、絶対ではない」
「今回は弾を入れません」
「次は入れるのだろう」
「はい」
「なら最初から、その場所を使え」
レオンハルトは採石場へ至る二本の細い道を示した。
「南の道から荷を運ぶ。東の道は途中で閉じる。試験中は両方へ見張りを置く」
「何人ですか?」
「入口に四人ずつ。採石場の外周にも置く」
「多くありませんか」
「何を守ると思っている」
「新型銃です」
「それだけではない。火薬がある。事情を知らない猟師や木こりが近づけば、事故で死ぬかもしれん」
秘密を守るためだけの見張りではない。
危険な試験へ人を近づけないためでもある。
「見張りには、何と伝えます?」
俺が尋ねる。
「火薬を使う危険な試験だとだけ伝える。武器の形を見る必要はない」
「見張りの名前も記録します」
「交代した者もだ」
「荷車を出した者は?」
「当然残せ」
俺は帳面へ書いた。
試験場所。
使用する道。
見張りの人数。
参加者。
荷車を扱った者。
使用した火薬。
運び出した時刻と、戻した時刻。
試験そのものだけでなく、そこへ至るまでの記録が増えていく。
「武器はどう運ぶ」
レオンハルトが尋ねる。
「布で包み、木箱へ入れます」
「木箱だけでは、武器だと分かる」
「工具と一緒に載せます」
マティアスが答えた。
「橋の修復に使う金具と木材も同じ荷車へ載せる。外から見れば、職人の道具を運んでいるように見える」
「橋の修復用の荷を勝手に使うな」
「使わん。見せかけのためだけに載せ、全て持ち帰る」
「ならいい」
レオンハルトは地図を畳んだ。
「明日の夜明け前に出ろ。街道の人通りが増える前に山へ入れ」
「試験は昼ですか?」
「朝のうちに終わらせろ。音を聞かれても、どこから聞こえたのか分かりにくい時間がいい」
「山に囲まれていれば、音は外へ出ませんか」
「出る。山へ響くこともある」
レオンハルトは、俺が都合よく考えたことをすぐ否定した。
「人里から離れているから、聞く者が少ないだけだ。秘密にしたいなら、音が消えるなどと考えるな」
「分かりました」
「試験後、武器はどうする」
「工房へ戻します」
「現地へ置くな。火薬も余らせるな。使わなかった分は管理人へ戻せ」
「はい」
「それと、工房の見張りは続けろ」
マティアスが頷いた。
「そのつもりだ」
レオンハルトは俺を見る。
「アレク」
「はい」
「作ることばかり考えるな。新しい物は、完成する前から奪う価値を持つことがある」
その言葉を、帳面の最後へ書いた。
◇ ◇ ◇
翌朝、まだ空が暗いうちに工房を出た。
新型銃は厚い布で包み、蓋を閉じた木箱へ入れてある。
固定台と試験用の道具も別の箱へ収めた。
荷車の上には、橋の修復に使う鉄の金具や木材を載せている。
新型銃の箱は、その下へ隠した。
同行する者は限られていた。
俺。
マティアス。
ロルフ。
火薬を扱う者。
荷車を動かす者。
それに、レオンハルトが付けた護衛だ。
護衛にも、木箱の中身は伝えられていない。
街道を外れ、細い山道へ入る。
朝露に濡れた草が荷車の車輪へ触れた。
道は次第に狭くなり、左右の木々が空を隠す。
大きな荷車が通るにはぎりぎりだった。
「弾を撃つようになったら、毎回ここまで来るんですか」
俺が尋ねる。
「人に知られたくなければな」
マティアスが答えた。
「運ぶだけで半日かかります」
「それも開発に必要な費用だ」
「見張りの兵も」
「当然だ」
「武器一挺を試すだけなのに」
「一挺だから守らなくていいのか」
「違います」
「なら数えろ。荷車、馬、御者、護衛、見張り、火薬、食料、それに往復する時間だ」
工房で使った鉄と炭だけが費用ではない。
秘密を守るために動く人間も、開発のために使われている。
「試験のたびに、これだけ必要になる」
俺が言う。
「だから失敗するな、とは言わん」
マティアスは前を見たまま続けた。
「失敗した理由を残せ。同じ試験を、同じ失敗のために繰り返すな」
「はい」
山道の入口には、既に四人の兵が立っていた。
俺は帳面へ名前を書き、交代の時刻も聞いた。
東へ続く別の道も、途中で兵が閉じている。
そこから先へ入った者はいないという。
さらに進むと、木々の向こうに切り立った岩肌が見えた。
古い採石場だった。
三方を山に囲まれ、奥には灰色の斜面がそびえている。
地面には切り出されなかった石と、崩れた木の台が残っていた。
周囲を確かめる兵たちも、試験場所へは近づかない。
見張りは林の中と道の入口に配置された。
採石場の中央に残ったのは、工房で準備に関わった者だけだった。
荷車から木箱を下ろす。
ロルフが自分で蓋を開け、新型銃を取り出した。
「傷は?」
俺が尋ねる。
「ない」
「金具は緩んでいませんか」
「今見る」
鉄筒。
木台。
火皿。
引金。
火縄を挟む金具。
輸送中の振動で緩んでいないか、一つずつ確かめる。
新型銃は、ロルフが作った固定台へ縄と鉄の金具で留められた。
筒口は採石場の奥にある岩と土の斜面へ向ける。
中に弾は入れない。
火薬も、既存の火槍で使った量より少ない。
まずは火皿の火が点火孔を通り、筒内の火薬を燃やせるか確かめるだけだ。
引金には長い縄を結んだ。
俺たちは斜面から離れた大きな岩の陰へ入り、そこから縄を引く。
火薬を扱う者が、受け取った量と筒へ入れた量を確認する。
準備を終えると、こちらへ戻って短く頷いた。
「始められるか」
マティアスが尋ねる。
「はい」
「固定台は」
「四か所で留めています。反動で少し動く可能性はあります」
「こちらまで来ないな」
「そこまで長く縄を取っています」
マティアスは周囲の見張りにも退避の合図が出ていることを確かめた。
新型銃は、採石場の中央にある。
長い鉄筒。
木台。
火皿。
火縄。
引金。
何日も工房で見続けてきたものが、離れた場所へ置かれている。
「引きます」
俺は縄を握った。
ゆっくり力を加える。
地面へ垂れていた縄が伸び、引金を動かした。
火縄を挟んだ金具が前へ倒れる。
ぱちり、と火皿の火薬が燃えた。
白い煙が上がる。
それだけだった。
筒内から音はしない。
筒口から煙も出ない。
「失敗です」
俺が言った。
「近づくな」
ロルフが止める。
火皿の火が消えても、筒内の火薬が遅れて燃える可能性がある。
すぐには動かず、岩の陰で待つ。
何も起きない。
しばらくしてから、火縄を消すためにロルフだけが固定台へ近づいた。
火皿を確認する。
細かな火薬は燃えている。
「点火孔ですか」
離れた場所から俺が尋ねる。
「まだ分からん」
ロルフは細い針金を点火孔へ入れようとした。
先端が途中で止まる。
「詰まっている」
筒内へ入れた火薬が細い点火孔へ入り、詰まったのか。
あるいは、穴を開けた時の僅かな鉄粉が奥に残っていたのか。
すぐに錐を使うことはできない。
筒内にはまだ火薬が入っている。
火が消えているように見えても、火薬を残したまま触るのは危険だ。
火薬を扱う者が筒内の火薬を慎重に取り出した。
回収したものは再び使わず、離れた場所へ置く。
点火孔を掃除すると、穴そのものは通っていた。
しかし、針金は強く押さなければ抜けない。
「細すぎますか」
「かもしれん」
「広げます?」
「少しだけだ」
ロルフは用意していた細い錐を使った。
点火孔をほんの僅かに広げる。
一度開けた穴を大きくすることはできる。
だが、大きくした穴を小さく戻すのは難しい。
ロルフは何度も手を止め、火皿側と筒内側の両方から針金を通した。
今度は途中で止まらない。
「これで火が通るでしょうか」
「試せば分かる」
二度目の準備を始める。
筒内へ、先ほどと同じ量の火薬を入れる。
弾は入れない。
新型銃を固定台へ戻し、縄と金具を締め直す。
火皿へ細かな火薬を置く。
火縄の先の灰を落とし、赤い火が残っていることを確かめる。
金具へ挟む長さも、木台の刻みへ合わせた。
全員が離れる。
見張りにも、もう一度退避の合図が送られた。
俺は長い縄を持った。
一度目は火皿だけが鳴った。
二度目も同じかもしれない。
火が通らない理由が、点火孔の細さではない可能性もある。
火薬の置き方。
火皿の位置。
点火孔の角度。
筒内の火薬が触れている場所。
原因はいくつも考えられる。
「アレク」
マティアスに呼ばれ、縄を握り直した。
「はい」
「考えるのは試した後だ」
「分かりました」
「引け」
息を吐く。
縄を引いた。
引金が動く。
火縄が落ちる。
火皿で小さな火が走った。
次の瞬間、鉄筒が低く吠えた。
腹へ響く音だった。
火槍の発射音より小さい。
弾を入れておらず、火薬の量も少ないからだ。
それでも、火皿だけを試した時とは全く違う。
筒口から白い煙が吐き出され、固定台が僅かに後ろへ動いた。
山に囲まれた採石場へ、遅れて音が返ってきた。
最初の音より小さい。
それでも、誰かが遠くでもう一度撃ったように聞こえた。
煙が岩肌の前を漂う。
俺は長い縄を握ったまま、固定台を見つめていた。
「今のは」
言葉が途中で止まる。
「筒内の火薬が燃えた」
ロルフが答えた。
その声も、いつもより僅かに低かった。
「火が通ったんですね」
「ああ」
「点火孔から」
「ああ」
「引金を引いて、火縄が火皿へ落ちて、その火が中へ」
「見ていただろう」
「見ていました」
分かっている。
それでも、確かめずにはいられなかった。
紙の上へ描いた形。
火縄を挟む金具。
引金。
火皿。
点火孔。
鉄筒。
一つずつ別々に作ってきたものが、初めて一つの流れとして働いた。
引金を引く。
火縄が落ちる。
火皿の火薬が燃える。
火が点火孔を通る。
筒内の火薬が燃える。
筒口から煙が出る。
まだ弾は飛んでいない。
それでも、新しい武器の仕組みはつながった。
「近づくのはまだ待て」
マティアスが言った。
俺は一歩出しかけた足を止めた。
山に返った音が完全に消えるまで待つ。
見張りから異常を知らせる合図はない。
別の者が近づいてきた様子もない。
二度目の発火が起きないことを確かめてから、ロルフが固定台へ近づく。
まず火縄を外して消す。
次に火皿を見る。
点火孔の周囲。
鉄筒の後ろ。
固定金具。
木台。
一つずつ触れ、割れや緩みがないかを確かめていく。
「どうです?」
「待て」
鉄筒が冷めるまで、さらに時間がかかった。
その間に、俺は試験の結果だけでなく、周囲の見張りから届いた報告も帳面へ書いた。
発射音の後、山道へ近づいた者はいない。
見張りの交代もない。
参加者の中で、試験場所を離れた者もいない。
火薬を扱う者が、使った量と残った量を確認する。
余った火薬は革袋へ戻され、管理人へ返すため封をされた。
ロルフは固定台から新型銃を外し、筒の外側を布で拭った。
後ろを閉じた鉄栓の周りに、火薬の燃えた跡はない。
木台にも割れは見えない。
点火孔の外側には黒い煤が付いている。
「少し火が外へ漏れています」
俺が言う。
「点火孔がある以上、全く出ないわけではない」
「撃つ人の顔に当たりませんか」
「構え方による」
火薬が入っていないことを確認してから、俺は新型銃を持ち上げた。
木台の後ろを肩へ当て、頬を近づける。
点火孔は顔の前より少し遠い。
それでも、強い火が横へ噴けば危険だ。
「火皿と点火孔を覆う物が必要です」
「火蓋か」
「はい」
「撃つ時は開ける」
「火薬を置いたまま運ぶ時や、雨の時に閉じる」
「次に作る」
また部品は増える。
だが、今度は何のために必要なのかが分かっている。
雨を防ぐ。
火皿の火薬がこぼれるのを防ぐ。
火縄を落とす直前まで火薬を守る。
撃つ者の近くで、火が必要以上に広がることも抑えられるかもしれない。
「完成したのか」
マティアスが尋ねた。
俺は新しい武器を見る。
鉄筒は破裂しなかった。
後ろの鉄栓も抜けていない。
引金を引けば火縄が落ち、火皿の火が筒内へ届いた。
「着火の仕組みはできました」
「武器としては」
「まだです」
「なぜだ」
「弾を飛ばしていません。今の火薬も少ない。普通の量へ増やした時に筒が耐えるか分かりません。弾がどこへ飛ぶかも、肩で反動を受けられるかも分かりません」
「なら、次は何だ」
俺が答えるより先に、ロルフが鉄筒の中へ細い棒を入れた。
燃え残りがないかを確かめ、筒口から覗く。
「次は弾だ」
短い言葉だった。
胸の奥が熱くなる。
新しい武器を作り始めてから、鉄筒を測り、火縄の金具を作り、火皿へ火を落とすだけで何日もかかった。
完成した火縄銃の形を知っているのに、一本の弾も飛ばせなかった。
だが、もう火は筒へ届いた。
次は、その火が弾を押す。
「固定したまま撃ちます」
俺は言った。
「最初から肩では受けません」
「火薬は」
マティアスが尋ねる。
「少ない量から始めます。弾も、借りた火槍で使ったものをそのまま入れるのではなく、新しい筒に合う大きさを選びます」
「的までの距離は」
「最初は近くします。当てるためではなく、弾が真っすぐ前へ出るかを確かめる」
「既存の火槍とも比べるか」
「はい。ただし同じ日に、同じ距離と天候で撃ちます。新しい一挺だけの結果を見ても、良くなったかは分かりません」
「試験場所は」
「次もここです。レオンハルト殿下の許可を取ります」
「見張りも同じだけ必要になる」
「はい。運ぶ者と見た者の記録も残します」
「必要な火薬と弾の量を書け。試験場所と人員もだ」
「分かりました」
「筒が破裂した場合の距離も考えろ」
「岩の陰から縄を引きます」
「負傷者が出た時の準備は」
俺は口を閉じた。
試射場所へ布と水を持ってくる。
治療できる者にも近くで待機してもらう。
ただし、危険な場所には入れない。
火が周囲の草へ移る可能性もある。
消火用の水と土も必要だ。
弾が的を外れた時、どこへ飛ぶか分からない。
奥の斜面だけで十分か、さらに確かめなければならない。
「全部、帳面へ書きます」
「明日までに出せ」
「明日ですか?」
「次は弾なのだろう」
マティアスは、ロルフが持つ新しい武器へ目を向けた。
「なら、撃てる準備をしろ」
試験を終えた新型銃は、再び布で包まれた。
木箱へ入れ、固定台や工具の下へ隠す。
火薬の残りは別に運び、管理人へ返す。
採石場へ残すものはない。
見張りの兵から、試験中に近づいた者がいなかったことを一人ずつ確かめる。
山道を離れた時刻も帳面へ書いた。
帰りの荷車が工房へ着く頃には、日が傾き始めていた。
新型銃を工房の奥へ戻し、扉の鍵を掛ける。
夜の見張りも交代している。
俺はその者の名前を帳面へ記した。
作ること。
試すこと。
失敗を残すこと。
それだけでは足りない。
運ぶ道を選び、見た者を限り、作ったものを盗まれないよう守る。
新しい武器は、完成する前から多くの人と金を必要としていた。
俺は机へ帳面を広げ、次の試射に必要なものを書き始めた。
火薬。
弾。
火縄。
的。
新型銃を固定する台。
引金を動かす長い縄。
消火用の水と土。
負傷に備える布。
筒と点火孔を掃除する道具。
見張り。
護衛。
荷車。
参加者と、試験を見た者の記録。
書くことはいくらでもあった。
それでも、昨日までとは違う。
昨日の帳面には、火縄がどこへ落ちたかだけを書いていた。
今日の帳面には、弾を飛ばすための準備を書いている。
新型銃を収めた木箱からは、もう煙も火薬の匂いも出ていない。
山中で鳴った音を、ここで聞くこともできない。
それでも、引金の先で生まれた小さな火は、火皿から点火孔を通り、確かに鉄筒の中へ届いた。
第十四話をお読みいただき、ありがとうございます。
今回は引金と火縄の機構を完成させ、山中の試験場で火皿から鉄筒内へ火を通すところまで進みました。
新型銃はようやく一つの仕組みとして動き始めましたが、まだ弾を飛ばしてはいません。
次回は、固定台へ据えた状態で最初の実弾試射に挑みます。




