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『知らない世界の知っている物語』 ~剣と知識を授かった平凡な会社員は、異世界の乱世を生き抜く~  作者: 相田 ソウ
第四篇 乱世に抗う力

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第十三話 火を落とす仕組み

既存の火槍を試射し、その長所と扱いにくさを確かめたアレクたち。

第十三話では、新型火器の要となる、火縄を決まった場所へ落とす仕組み作りが始まります。

完成した形を知っていても、火を確実に扱うための工夫は、まだ何一つ完成していません。

試射の記録を帳面へまとめた翌朝、ロルフは新しい鉄筒を作業台の端へ寄せた。

まだ後ろは閉じられていない。

木の台にも載っていない。

火槍より長い筒は、ただの鉄の塊のように見えた。

「今日は筒を作らないんですか?」

俺が尋ねると、ロルフは棚から小さな鉄片をいくつか取り出した。

「作る」

「それなら、これは何です?」

「火を落とす仕組みだ」

作業台の上へ並べられた鉄片は、どれも武器の部品には見えなかった。

細い棒。

先が曲がった金具。

薄い板。

小さな皿のようにへこんだ鉄片。

「火皿ですか」

俺が言うと、ロルフは一瞬だけ手を止めた。

「また昔の本か」

「そうです」

「その本には、これをどう作るかまで書いてあったのか?」

「そこまでは」

「役に立たん本だな」

「俺も今はそう思っています」

ロルフは鼻で笑い、浅い皿のような鉄片を指した。

「ここへ細かい火薬を置く。火縄は、この上へ落とす」

「筒の中の火薬とは別に」

「別だ。火を筒の中へ伝えるための火薬だ」

火槍では、筒の横に開いた点火孔へ、兵が手で火縄を近づけていた。

煙と火が顔の近くで噴き出す。

風が強ければ火縄の火が揺れ、構える場所によっては自分の手元へ火が向く。

火皿を付け、そこへ火縄を落とすことができれば、少なくとも毎回同じ位置へ火を置ける。

頭の中では、それだけの話だった。

「引金を引けば、火縄がここへ落ちるんですよね」

俺は火皿を指した。

「そのつもりだ」

「では、引金と火縄を挟む金具をつなげば」

「つなげるだけなら、お前でも言える」

ロルフは細い鉄片を手に取った。

「問題は、どう落とすかだ」

「どう、とは?」

「速すぎれば、火皿の火薬が散る。遅ければ、火縄が届く前に火が弱る。横へずれれば、火は付かん」

「火皿を大きくすれば」

「火薬が増える。増えれば、持ち運ぶ時にこぼれやすくなる」

「深くすれば」

「火縄が底まで届かんかもしれん」

何かを良くしようとすると、別の問題が出る。

火槍を測り始めてから、ずっと同じことの繰り返しだった。

俺は帳面を開き、新しい頁の一番上へ書く。

『火を落とす仕組み』

その下に、ロルフが言ったことを書き並べた。

火縄が火皿の中央へ落ちるか。

火皿の火薬が散らないか。

火皿を覆う蓋が必要か。

泥や煤が付いても動くか。

「火蓋は付けますか?」

「最初からか?」

「雨を防ぐなら必要です」

「今日は雨か?」

「違います」

「なら、今日はなくてもいい」

俺は少し迷ってから、帳面へ書いた。

『火蓋は後で付ける』

「先に全部を付ければ、動かなかった時に何が悪いか分からん」

ロルフが俺の手元を見て言う。

「火皿か。火縄か。引金か。蓋か。一度に増やすな」

「分かりました」

「本当にか?」

「前よりは」

「便利な言葉だな」

◇ ◇ ◇

昼までに、ロルフは火縄を挟む金具を三つ作った。

一つ目は、火縄を挟んだまま落とすには重すぎた。

倒れた勢いで火皿の縁を叩き、火薬を置けば外へ飛ばしてしまいそうだった。

二つ目は軽すぎて、途中で止まった。

木台へ仮に固定した金具を引いても、火縄を挟む部分が半分までしか動かない。

三つ目は火皿の少し手前へ落ちた。

「惜しいですね」

俺が言うと、ロルフは三つ目の金具を持ち上げた。

「惜しい物は、当たらない物と同じだ」

「でも、火皿の近くまでは来ました」

「近くへ火を落とすために作っているのではない」

ロルフは金具を作業台へ戻した。

「火は、決まった場所へ落ちるから使える」

その言葉は、火器のことだけを言っているようには聞こえなかった。

橋へ運ぶ木材も、兵へ渡す食料も、決まった場所へ決まった時に届かなければ意味がない。

戦で火槍を使う時も、敵が狭い場所へ集まる瞬間を選ぶ必要がある。

強い物を持つだけでは足りない。

必要な時に、必要な場所へ置く。

それができて初めて役に立つ。

「金具の形を変えますか?」

俺が尋ねる。

「形だけではない」

ロルフは火縄を指した。

「火縄の重さも、太さも、火の大きさも変わる。濡れていればさらに違う」

「全部を揃えないと」

「全部を揃えるのは無理だ」

即答だった。

「だから、少しくらい違っても動くように作る」

それは、思っていたより難しいことだった。

同じ火縄。

同じ金具。

同じ火薬。

すべてを揃えられれば、同じ動きになる。

だが戦場では、火縄は湿る。

兵は急ぐ。

手は泥で汚れる。

火薬はこぼれる。

使う者が変われば、力の入れ方も違う。

完璧な条件でしか動かない仕組みは、戦場では役に立たない。

「ロルフさん」

「何だ」

「最初の一挺は、どこまでできれば成功ですか?」

ロルフはすぐには答えなかった。

火皿の横へ置いた金具を眺める。

「人の手で火縄を持たず、引金で火を火皿へ落とせる」

「それだけですか?」

「それだけできれば、次に直す場所が見える」

俺はその答えを帳面へ書いた。

最初の一挺の成功条件。

『火縄が、引金によって火皿へ落ちること』

完成した火縄銃から見れば、小さすぎる一歩だ。

けれど、今の俺たちには、それだけでも十分に高い壁だった。

◇ ◇ ◇

午後、マティアスが工房へ来た。

いつものように、入口でしばらく作業を眺めてから中へ入ってくる。

「今日は何ができた」

「三つ失敗しました」

俺が答えると、マティアスは作業台の金具を見た。

「それで、何が分かった」

「重すぎると落ちるのが速すぎる。軽すぎると途中で止まる。今の形だと、火皿の手前へ落ちる」

「なら、四つ目はどこを変える」

「金具の重さと、火縄を挟む位置です」

「ばねは?」

「まだです」

マティアスはロルフを見る。

「ばねを入れれば早くなるのではないか」

「早く動けばいいと思うなら、今すぐ付ける」

「違うのか」

「違う」

ロルフは珍しく、少しだけ強い声で言った。

「今は、金具がどのように落ちるかを見ている。ばねを入れれば、速さが変わる。速さが変われば、今の形が悪いのか、ばねが強すぎるのか分からなくなる」

マティアスはすぐに頷いた。

「なるほど」

「全部を一度に変えるなと言われました」

俺が言う。

「お前は、何度言われれば覚える」

「一度で覚えられるなら、帳面はいりません」

俺が返すと、ロルフが笑いそうになった。

けれど、すぐに咳払いをして顔を背けた。

「それで、費用はどうなっている」

マティアスの視線が俺へ向く。

「鉄は予定より使っています」

「予定はいくらだった」

「まだ決めていません」

「なら、予定より使ったとは言わん」

「でも、最初に考えていたよりは」

「最初に考えていたことは、ほとんど外れたのだろう」

否定できなかった。

「帳面を見せろ」

差し出すと、マティアスは数頁をめくった。

火槍の試射記録。

火薬の使用量。

ロルフが使った鉄材。

火皿を三つ作ったこと。

失敗した金具。

「紙の使い方だけは増えたな」

「必要な記録です」

「そうだな」

意外にも、マティアスは否定しなかった。

「失敗した金具は捨てるのか?」

「溶かして、別の物へ使います」

ロルフが答える。

「完全に無駄になる鉄は少ない」

「人の手間は戻りません」

俺が言う。

「だから、同じ失敗を二度しないよう書く」

マティアスは帳面を俺へ返した。

「金も、鉄も、人の時間も、使った理由を残せ。成功した時にだけ帳面を見せるな」

「失敗した記録も、アルベルト様へ送ります」

「そうだったな」

マティアスは工房の外へ目を向けた。

「その時には、見せられる失敗にしておけ」

◇ ◇ ◇

四つ目の金具は、日が傾く頃にようやく火皿の中央へ落ちた。

まだ火薬は置いていない。

火縄も、火を消した物を挟んでいる。

ただ、引金の代わりに細い金具を引く。

すると、火縄を挟んだ金具が前へ倒れ、火皿の中央へ触れる。

ロルフはそれを十回繰り返した。

一回目は中央。

二回目は少し右。

三回目は中央。

四回目は火皿の縁。

「また外れました」

「見れば分かる」

「火皿を少し広くすれば」

「火薬が散ると言った」

「では、金具を」

「今から作る」

ロルフは火縄を外し、金具の先を眺めた。

火皿へ落ちる位置が少しずれる。

原因は、金具だけではない。

木台へ固定する場所。

火縄を挟む角度。

引金を引く力。

小さな違いが積み重なり、火を落とす位置を変えていく。

俺はその一つずつを帳面へ書いた。

夕食の時間を過ぎても、ロルフは手を止めなかった。

「明日にしましょう」

俺が言うと、返事はなかった。

「ロルフさん」

「今、火皿の縁へ落ちた」

「見ていました」

「明日になれば、今日どこを削ったか忘れる」

「帳面に書いてあります」

「お前が書いた文字は読みにくい」

「読めますよ」

「俺には読みにくい」

結局、ロルフは自分の紙へ短い線と印を書いた。

文字を書くことを嫌がるくせに、必要になれば書く。

「それ、何を書いたんです?」

「次に削る場所だ」

「俺の帳面にも書いてください」

「自分で見て書け」

◇ ◇ ◇

翌朝、俺が工房へ行くと、机の上に一通の手紙が置かれていた。

見覚えのある、丸みを帯びた丁寧な文字だった。

宛名には、アレク・ハルトマンと書かれている。

「いつ届いたんですか?」

俺が尋ねると、ロルフは炉へ鉄を入れながら答えた。

「朝だ」

「どうして教えてくれなかったんです?」

「お前は今、見た」

「そういう意味ではなくて」

手紙の封を見つめる。

エリーゼからの返事だ。

俺が、自分の悩みや仕事のことを書いた手紙への返事。

工房で読むべきではないと思った。

だが、すぐに読むなと言われたわけでもない。

少し迷ってから、作業台から離れた椅子へ座る。

封を開けた。

『アレクへ。

お手紙を読みました。

まず、きちんと食事をしていない日があったと知り、安心できませんでした。

忙しいからといって、食べることを後回しにしてはいけません。

次にお会いした時、そのようなことをしていたと分かったら、私はきっと怒ります』

最初に書かれていたのは、心配より先の叱責だった。

思わず少し笑ってしまう。

手紙を読み進める。

エリーゼは、俺が悩みを書いてくれたことが嬉しかったらしい。

心配はしている。

けれど、何も知らされずに待つより、アレクが何に困り、何を考えているかを知っていたいとも書いてあった。

『私は今も、クララと包帯を作っています。

以前よりも布をまっすぐ切れるようになりました。

けれど、負傷された方のためにできることは、まだ少ないように思います。

叔父上は、私に他にも学ぶことがあるとおっしゃいます。

私もそう思います。

だから今は、薬草について書かれた本と、領地を治める人の仕事について書かれた本を読んでいます』

俺は、エリーゼがどんな本を読んでいるのか尋ねた。

彼女は、きちんと答えてくれた。

包帯を作り、薬草を学び、領地を治める者の仕事にも目を向けている。

俺が知らなかった彼女の時間が、手紙の中にはあった。

『アレクが、昔読んだ本に書かれていた武器を作ろうとしていることも分かりました。

私は武器のことはよく分かりません。

けれど、アレクが分からないことを分からないままにせず、調べようとしているのなら、私はそれを良いことだと思います。

ただし、危ないことを一人で決めないでください。

叔父上や、今お仕えしている方や、職人の方へ相談してください』

「相談しています」

小さく声に出す。

ロルフがこちらを見た。

「何がだ」

「何でもありません」

手紙の最後には、短い一文があった。

『アレクが次に会う時までに、私への贈り物を考えてくださると書いてくださったことも、覚えています。

でも、無事に会えることの方が、私はずっと嬉しいです。

お返事を待っています。

エリーゼ』

手紙を閉じる。

荷物の中にある、小さな木箱を思い出した。

林檎の花をかたどった髪留め。

次に会った時、自分の手で渡すと決めた物だ。

エリーゼは贈り物より無事に会えることが嬉しいと言った。

それでも、俺はその箱を開ける日を諦めたくなかった。

「返事か」

ロルフが言った。

「はい」

「悪い知らせか」

「違います」

「なら、顔を戻せ」

「どんな顔です?」

「鉄を見ずに、別の物を見ている顔だ」

俺は手紙を丁寧に畳み、上着の内側へしまった。

「ロルフさん」

「何だ」

「今日中に、火皿へ火を落とせますか?」

「できるようにする」

「俺も手伝います」

「お前は記録しろ」

「それだけですか?」

「昨日まで、火を落とす金具がどこで止まるかも分からなかった者に、鉄を任せられるか」

「分かりました」

俺は帳面を開く。

手紙を読んだ後だからか、昨日までより少しだけ筆が軽かった。

火縄を挟む金具。

火皿。

引金。

火縄の角度。

火皿の中央。

一つずつ書き出す。

ロルフは火を入れた炉から鉄を取り出し、金槌を振り下ろした。

◇ ◇ ◇

その日の昼、火皿を覆う小さな蓋が作業台へ置かれた。

薄い鉄板を曲げ、火皿の上へ被せる形にした物だ。

「火蓋ですか」

俺が尋ねる。

「まだ付けないと言ったはずだ」

「では、どうして作ったんです?」

「作るのと付けるのは違う」

ロルフは火蓋を火皿の横へ置いた。

「雨の日に火薬を守るには必要になる。だが、付けたままでは火縄を落とせん。撃つ前に開ける仕組みがいる」

「引金と一緒に開くようにすれば」

「今は、火縄を一度落とすことさえできていない」

「分かっています」

「なら、先の話をするな」

火蓋を付ければ、雨には少し強くなる。

けれど、開け忘れれば撃てない。

閉め忘れれば火薬が濡れる。

開ける仕組みを足せば、また壊れる場所が増える。

便利な物ほど、扱う者に覚えなければならない手順を増やす。

俺は帳面の余白へ、火蓋について書いた。

雨を防ぐ。

火薬がこぼれるのを減らす。

ただし、撃つ前に開ける必要がある。

「兵に覚えさせることが増えますね」

「そうだ」

「火槍より扱いにくくなるかもしれません」

「なるかもしれん」

「それでも付けるんですか?」

ロルフは火蓋を指で弾いた。

「雨の日に撃てない武器を、お前は戦場へ持たせるのか」

俺は答えられなかった。

何かを増やせば、使う側の負担も増える。

けれど、減らせば使えない場面が増える。

新しい武器を作るということは、兵へ新しい作法を覚えさせることでもあった。

「最初の一挺には、火蓋を付けません」

俺は言った。

「ただし、火皿を覆う物が必要になることは記録しておきます」

「なぜ付けない」

「まず、火を落とせるかを確かめるためです。火蓋まで入れて動かなかったら、どこが悪いか分からなくなります」

ロルフは少しだけ目を細めた。

「ようやく、一度言われたことを覚えたか」

「一度では覚えられません」

「なら、帳面をなくすな」

◇ ◇ ◇

午後になると、五つ目の金具ができた。

昨日までの物より、火縄を挟む部分が少し低い。

火皿へ落ちる時の角度も変わっている。

火を消した火縄を挟み、ロルフが引金代わりの金具を引いた。

火縄を挟む部分が前へ倒れる。

火皿の中央へ、ちょうど触れた。

俺は思わず帳面へ顔を近づけた。

一回目は中央。

二回目も中央。

三回目は、少し左。

四回目は中央。

五回目も中央。

「前より揃っています」

俺が言う。

「五回で決めるな」

「でも、昨日よりは」

「昨日より悪くなければ、今日の形を残す」

ロルフは木台へ固定した金具を指で押した。

「次は、引金を付ける」

「これが引金ではないんですか?」

俺が今まで引いていた細い金具を見る。

「これは、私が動かすための物だ。兵が構えたまま使える形ではない」

言われてみれば、その通りだった。

今の仕組みでは、片手で金具を引き、もう片方で木台を押さえる必要がある。

肩へ当て、筒を的へ向けたまま使える形にはなっていない。

「引金を木台の下へ付ける」

ロルフは炭で線を引いた。

「人差し指で引けば、金具が動くようにする」

「火縄を落とす金具とは、どうつなげます?」

「それを今から考える」

「本に載っていた形なら」

「本に作り方はなかった」

「ありませんでした」

「なら黙って見ろ」

ロルフは、火縄を挟む金具の後ろへ細い鉄片を当てた。

引金を引くと、その鉄片が動き、金具を押さえていた部分を外す。

すると火縄を挟む金具が前へ倒れる。

言葉にすれば単純だった。

だが、実際に作るとなると、どの長さで金具をつなぐのか、どこに支点を置くのか、引金をどれほど引けば外れるのかを一つずつ決めなければならない。

「引金を軽くすれば、すぐ動きます」

俺が言う。

「すぐ動けば、運ぶ途中で落ちる」

「重くすれば」

「兵が構えたまま引けん」

「ちょうどよく」

「それを作る」

ロルフは金具を外した。

「お前はすぐに答えを言う。だが職人の仕事は、ちょうどよくするために何度も作り直すことだ」

その言葉に、俺は少し黙った。

俺は前世で、完成した物ばかり見てきた。

扉の取っ手を引けば開く。

道具のねじを回せば締まる。

引金を引けば火が落ちる。

けれど、完成した物の中には、目に見えない数え切れないほどの「ちょうどよさ」が詰まっている。

強すぎず。

弱すぎず。

重すぎず。

軽すぎず。

それを見つけるには、誰かが失敗し続けなければならない。

「俺も、少し考えます」

「考えるのは勝手だ」

ロルフは言った。

「ただし、思いつきを口にする前に、帳面へ書け」

◇ ◇ ◇

夕方、火薬を扱う者が、管理人から預かった少量の細かな火薬を持って工房へ来た。

今日使うのは、筒の中へ入れる火薬ではない。

火皿で燃えるかどうかを確かめるための、ごく少ない量だけだ。

火薬を扱う者は火皿を確かめ、火縄の先を見た。

「まだ引金はないのか」

「代わりの金具を引きます」

ロルフが答える。

「火が付かなければ、何を直す」

「まず、火縄の位置を見る」

「火が付いても、筒へ伝わらなければ意味がない」

「筒へ伝えるのは次だ」

火薬を扱う者は頷いた。

「なら、今日の記録は火皿だけだな」

俺は帳面に書く。

火薬の量。

火縄の状態。

火皿の形。

火縄が落ちた位置。

火が付いたか。

火が付かなかった時、どこへ落ちたか。

工房の中から余分な火を遠ざけ、人が離れる。

俺とロルフは数歩下がった。

火皿には、細かな火薬が少量だけ置かれた。

火縄を挟んだ金具には、赤い火が残っている。

「引くぞ」

ロルフが金具へ手をかける。

俺は息を止めた。

金具が動く。

火縄を挟んだ部分が前へ倒れる。

だが、火皿の手前で止まった。

火は届かなかった。

「失敗ですね」

俺が言う。

「見れば分かる」

ロルフは火縄を外した。

「何が悪かったんです?」

「火縄を挟む位置が高い」

「金具の角度は?」

「それもある」

「火皿は?」

「今は違う」

俺は帳面へ書く。

一回目。火縄が火皿へ届かず。

火縄を挟む位置が高い可能性。

二回目は、火縄が火皿の端へ触れた。

火薬は少し焦げたが、火は広がらなかった。

火薬を扱う者が火皿を見て言う。

「端では足りん。火縄の赤い部分が中央へ触れなければ」

「火皿を広くすれば」

俺が口にすると、ロルフがこちらを睨んだ。

「分かっています。火薬が散る」

三回目。

金具が倒れる。

火縄の赤い先が、火皿の中央へ落ちる。

一瞬、何も起こらなかった。

次の瞬間、火皿の上で小さな火が走った。

ぱちり、と乾いた音がした。

火はすぐに消えた。

弾は飛ばない。

筒の中に火薬も入っていない。

それでも俺は、思わず一歩前へ出た。

「今、付きました」

「近づくな」

ロルフに止められ、慌てて足を止める。

火薬を扱う者が火皿を確かめ、頷いた。

「火は付いた」

ロルフは火縄を見た。

次に火皿を見た。

金具を押し、同じ動きをもう一度確かめる。

「まだ一度だ」

「でも、付きました」

「一度付いたことと、毎回付くことは違う」

四回目は、火縄が火皿へ届いた。

だが火薬は燃えなかった。

五回目は、火皿の端へ触れ、火薬の一部だけが焦げた。

六回目で、また小さな火が走った。

「二度目です」

俺は声を抑えながら言う。

ロルフは頷かなかった。

「火薬の量を変えるな。火縄も同じ長さにしろ。金具の位置も動かすな」

「同じ条件で、もう一度確かめるんですね」

「そうだ」

七回目。

火縄は中央へ落ちた。

火皿の火薬が、ぱっと燃えた。

八回目も成功した。

九回目は火縄が少し右へずれ、火が付かなかった。

十回目。

また、火が付いた。

俺は帳面へ、成功と失敗を並べて書く。

十回のうち、火が付いたのは四回。

付かなかったのは六回。

武器として使うには、あまりにも頼りない。

それでも、何が起きたかは分かる。

火縄を中央へ落とせば、火が付く。

少しずれれば、火は付かない。

つまり次に直すべきなのは、火薬の量ではない。

火皿の位置でもない。

火縄を、もっと確実に同じ場所へ落とす金具だ。

「今日の成功ですか?」

俺が尋ねると、ロルフは火皿を見つめたまま答えた。

「違う」

胸の奥が少し沈む。

「失敗ですか」

「違う」

ロルフは俺を見る。

「次に直す場所が分かった」

その言葉を聞いて、俺は帳面へ書いた。

『火縄が中央へ落ちれば着火する。落ちる位置を揃える必要がある』

最初の一挺は、まだ弾を飛ばさない。

撃てる形にすらなっていない。

それでも、今まで火槍の横へ手で火縄を近づけていた火は、初めて人の手を離れて火皿へ落ちた。

火が付いたのは、ほんの少しの火薬だけだった。

それでも俺には、火槍の横へ火縄を押し当てたあの日とは違う音が聞こえた。

人の手ではなく、引金へつながる金具が火を落とした音だ。

第十三話をお読みいただき、ありがとうございます。

今回は、火皿、火縄を挟む金具、引金へつながる仕組みを試しながら、火を決まった場所へ落とす難しさを描きました。

小さな着火の成功は、まだ弾を飛ばすことすらできない段階です。

それでも、試して記録し、直すべき場所を見つけることで、最初の一挺は少しずつ武器の形へ近づいていきます。

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