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『知らない世界の知っている物語』 ~剣と知識を授かった平凡な会社員は、異世界の乱世を生き抜く~  作者: 相田 ソウ
第四篇 乱世に抗う力

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第十二話 比べるための一発

火槍の試作を進める前に、アレクたちはアルベルトから借りた既存の火槍を実際に試射します。

火薬は別送で届き、ヴァイスブルクで火槍を扱っていた兵も同行していました。

新しい武器を作るには、まず今ある武器が何を得意とし、何に苦しんでいるのかを知る必要があります。

ロルフが最初の鉄材へ金槌を振り下ろしてから、四日が過ぎた。

火槍より長い筒を作る仕事は、思っていた以上に進まなかった。

鉄を熱し、延ばし、丸め、繋ぎ目を叩く。

少しでも形が歪めば、ロルフは容赦なく作り直した。

「またですか」

炉の前で赤くなった鉄を見ながら、俺は尋ねた。

「まただ」

「昨日の物と、どこが違うんです?」

「違うから捨てる」

「見ただけでは分かりません」

「だからお前は記録していろ」

ロルフはそれだけ言うと、失敗した鉄材を脇へ退けた。

俺は作業台の端に置いた帳面を開く。

使った鉄の量。

熱した回数。

繋ぎ目が割れた場所。

作り直しになった理由。

最初は、同じようなことを何度も書く意味が分からなかった。

だが、二本続けて似た場所が裂けた時、ロルフは帳面を見てから、鉄を叩く順番を変えた。

「そこに答えが書いてあるんですか?」

「答えではない」

「では何が」

「次に同じことをしないための理由だ」

その言葉を聞いて、俺は帳面へ目を落とした。

俺が知っている火縄銃も、誰か一人の天才が、最初から完成した形を作ったわけではない。

作った者がいて、壊した者がいて、失敗を残した者がいた。

俺は完成した姿を知っている。

けれど、その完成へ至るまでの失敗は何一つ知らない。

だから今は、知ったふりをするより、目の前で起きたことを残すしかなかった。

昼を過ぎた頃、工房の外から荷車の音が聞こえた。

橋の修復へ使う木材でも届いたのかと思ったが、外へ出たロルフが珍しく作業の手を止めた。

「アレク」

呼ばれて外へ出る。

荷車の横には、アルヴェインの紋章をつけた兵が二人立っていた。

一人は見覚えのある、火槍を運んできた兵だった。

もう一人は、胸の前で小さな木箱を抱えている。

その木箱には、赤い布が巻かれていた。

「アルベルト様からですか?」

俺が尋ねると、兵は頷いた。

「火薬を預かってきた。別の荷として運ぶよう命じられていた物だ」

「ようやく届いたんですね」

「火槍と同じ荷車へ積めば、街道で何が起こるか分からん。護衛を付け、途中の町で保管しながら運んだ」

兵は木箱を軽く持ち上げた。

「ここから先は、火薬を扱える者へ渡すようにとも命じられている」

その言葉に合わせるように、マティアスが橋の方から歩いてきた。

俺は木箱と兵を見た。

「火薬は届いたようですね、マティアス様」

「届いた。だが、届いたからすぐ撃つわけではない」

「分かっています」

「本当にか?」

少し間を置いてから、俺は答えた。

「まず、既存の火槍を撃って確かめます」

マティアスは頷いた。

「そのために、この兵にも来てもらった」

火槍を運んできた兵の隣にいた男が、一歩前へ出る。

年は三十を少し過ぎたくらいだろう。革の手袋を腰へ下げ、火縄を入れているらしい細長い袋を肩から提げていた。

「ヴァイスブルクで火槍を扱っていた者です」

男は短く名乗り、借りている火槍へ目を向けた。

「この一挺なら、私が撃ったことがあります」

「戦で使ったことも?」

「あります。橋の戦いでは、最初の一斉射に加わりました」

アルベルトが、騎兵を狭い場所へ誘い込んでから火槍を使った戦いだ。

あの時、俺は近くで火槍が放たれるのを見ていた。

轟音と煙。

馬の悲鳴。

崩れる敵の列。

だが、撃った側の兵が何を感じ、どれほどの手間をかけていたのかまでは見えていなかった。

「試射は、レオンハルト殿下が指定した川原で行う」

マティアスが言った。

「火薬を扱う者も、すでに向かわせた。ロルフも来い」

「工房を空にするのか」

ロルフが不機嫌そうに言う。

「一挺作る前に、一挺撃つところを見ろ」

「見るだけで鉄筒が作れるわけではない」

「見ずに作るよりはましだ」

ロルフはしばらく黙っていたが、やがて帳面と炭筆を俺へ投げた。

「記録係はお前だ」

「ロルフさんは?」

「筒を見る」

それ以上の説明はなかった。

◇ ◇ ◇

試射場所は、橋から少し下流へ進んだ川原だった。

背後には低い土手があり、その向こうに人家はない。

川原の端には、厚い板を何枚も重ねた的が立てられていた。

的の前には、距離を測るための縄が地面へ伸ばされている。

火薬を扱う者は、木箱を開ける前に周囲を見回した。

近くに火の気がないことを確かめ、火縄を持つ火槍兵以外には近づくなと言う。

俺たちは少し離れた場所に立った。

ロルフは火槍の筒をじっと見ていた。

柄と鉄筒の接合部。

横に開いた点火孔。

鉄を丸めて作ったらしい筒の継ぎ目。

「まずは三発です」

火薬を扱う者が言った。

「最初は普段通りの量で。二発目と三発目は、同じ条件で撃ちます」

「雨の時は?」

俺が尋ねる。

「今日は晴れている。雨の記録は、雨の日に取る」

当然の答えだった。

一度の試射ですべてを知ろうとするな。

ロルフとマティアスに言われてきたことを、火薬を扱う者も同じように言った。

火槍兵は慣れた手つきで準備を始めた。

火薬と弾を筒へ入れ、長い柄の後ろを地面へ置く。

火槍は、やはり大きかった。

鉄筒だけなら両手で抱えられる程度でも、それを取り付けた長い柄が全体を扱いにくくしている。

地面へ置けば安定する。

だが、持って運ぶには邪魔で、向きを変えるにも時間がかかる。

火槍兵は筒を的へ向け、横の点火孔へ火縄を近づけた。

「撃ちます!」

声が響いた直後、火槍が吠えた。

轟音とともに白い煙が広がる。

火槍兵の身体がわずかに後ろへ揺れた。

地面へ置いた柄が衝撃を受け止めたのだろう。

煙が風に流れ、的が見えるようになる。

板の右側に、小さな穴が開いていた。

「右へ外れました」

俺が帳面へ書く。

「距離は同じです」

火薬を扱う者が告げる。

二発目も、三発目も撃った。

二発目は的の左下。

三発目は板の端に当たり、木片を飛ばした。

三発とも、的の近くへは飛んでいる。

だが、同じ場所には当たらなかった。

「火槍兵さん。狙いは毎回同じでしたか?」

俺が尋ねる。

「同じ場所を狙った」

「それでも、これだけ違う?」

「火槍はそういうものだ」

男は悪びれずに答えた。

「近い相手や、道のように狭い場所なら十分だ。集まっている騎兵へ撃ち込むなら、少しずれても誰かには当たる」

「一人を狙う武器ではない?」

「狙えないとは言わん。ただ、弓ほどには狙えん」

ロルフが、撃ち終えた火槍へ近づいた。

鉄筒の表面を見て、接合部を指で押す。

「変形はない」

「問題はありませんか?」

「三発で分かるか」

ロルフは筒口から中を覗いた。

「煤が残っている。弾が入るか確かめろ」

火槍兵が新しい弾を取り、筒口へ当てる。

一発目よりも、少しだけ入れにくそうだった。

長い装填棒で押し込むまでに、最初より時間がかかる。

「これも記録しろ」

ロルフが言う。

「撃った回数」

「はい」

「装填にかかった時間」

「はい」

「筒の中がどれだけ汚れたか」

「それは、どう書けば」

「見たまま書け。三発撃った後、弾が入りにくくなった。まずはそれでいい」

俺は帳面へ書き加えた。

三発目の後、弾の装填に時間がかかった。

筒の内側に煤が残った。

着弾位置は右、左下、端。

火槍兵は、火縄の先を確かめてから、こちらへ戻ってくる。

「火縄も短くなる」

俺は言った。

「当然だ」

「火薬と弾だけでなく、火縄も必要になる」

「火縄が湿れば撃てない。風が強ければ火が弱る。夜なら、火の明かりで居場所も分かる」

あの火槍兵は、まるで欠点を数えることに慣れているようだった。

「それでも使うんですね」

「使える場面があるからだ」

男は土手の向こうを見た。

「橋の上や、狭い道。敵がまとまって来る場所。最初の音と煙で馬が怯える場面。そういう時には、槍や弓では作れない混乱を作れる」

アルベルトが火槍を使った理由が、ようやく少し分かった。

火槍が強いから勝ったのではない。

役に立つ場所を選び、敵がそこへ来る形を作ったから役に立ったのだ。

「新しい物を作るなら」

火槍兵が言った。

「今の火槍より遠くへ飛ぶだけでは足りん。兵が扱えるか。雨の日にどうするか。何発撃てるか。そこまで考えろ」

俺は頷いた。

「はい」

「だが、今の火槍にできないことを一つでもできるなら、見せてほしい」

その言葉は、期待というより、使う側の願いに聞こえた。

武器を作る者は、つい形や威力のことを考える。

だが、実際に持つ兵は、もっと別のことを見ている。

運べるか。

構えられるか。

撃った後に死なずに済むか。

次の一発を間に合わせられるか。

俺は帳面を閉じた。

記録したのは三発だけだった。

それでも、頭の中にあった火縄銃の形と、目の前で撃たれた火槍との間には、思っていたより大きな隔たりがあった。

◇ ◇ ◇

工房へ戻る途中、マティアスが荷車の横を歩きながら尋ねた。

「どうだった」

「思っていたより、当たりませんでした」

「弓と比べてか」

「はい」

「弓を引く者は、風と距離を読み、何度も射てる。火槍兵は火薬と弾を詰め、火縄を保ち、煙の中で一発を撃つ」

「だから、同じようには考えられない」

「そういうことだ」

マティアスは少し間を置いてから続けた。

「新しい武器で、何を一番変えたい」

俺はすぐには答えなかった。

火槍より短くしたい。

筒を長くしたい。

狙いやすくしたい。

火縄を手で点火孔へ近づけるのではなく、決まった場所へ落とせるようにしたい。

どれも必要だった。

だが、すべてを一度に手に入れようとすれば、何もできない。

「まずは、狙うための形を作りたいです」

俺は答えた。

「火槍は、長い柄を地面へ置いて撃ちます。でも新しい物は、肩で支え、筒がどこを向いているかを見ながら撃てるようにしたい」

「命中率を上げるためか」

「少なくとも、狙う者が毎回同じ方向へ向けられるように」

「それで当たるかは分からん」

「分かっています」

「次は?」

「火を、もっと安全に点けたいです」

火槍の横にある点火孔へ、火縄を直接近づける。

そのたびに、火と煙が撃つ者の近くで噴き出す。

火薬を置く受け皿を作り、火縄をそこへ落とす仕組みがあれば、撃つ者は筒の横へ手を出さずに済む。

「手で火縄を持たず、引金を引いて火を落とす」

「作れるのか」

「作れる形を、ロルフさんと考えます」

「答えになっていない」

「まだ作っていないので」

マティアスは小さく笑った。

「その答えだけは、少し良くなったな」

◇ ◇ ◇

工房へ戻ると、ロルフは試射に使った火槍を作業台へ置いた。

火薬を扱う者が残った火薬を木箱へ戻し、火縄兵と共に帰る準備をする。

別送された火薬は、借りた火槍と同じように勝手に使える物ではない。

使った量を記録し、残りを管理する必要がある。

「火薬は、ここへ置きっぱなしにしない」

マティアスが言った。

「レオンハルト殿下の管理人へ預ける。必要な時に必要な量だけ受け取れ」

「工房で試作する時もですか?」

「もちろんだ」

「不便ですね」

「不便だから事故が減る」

反論できなかった。

ロルフは火槍の筒を見ながら言った。

「筒の内側は、思った通り揃っていない」

「弾も少しずつ大きさが違いました」

「火薬の量も、同じとは限らん」

「新しい物では、揃えたいです」

「揃えるためには、何がいる」

俺は帳面を開いた。

「筒の太さを測る棒。弾の大きさを確かめる型。火薬を同じ量で取り分ける容器」

「他には」

「筒の長さと重さを測る道具。記録する紙」

「それだけか」

少し考える。

「木の台へ筒を固定する金具。火皿。火皿を覆う蓋。火縄を挟む金具。引金。金具を動かすためのばね」

ロルフが頷いた。

「ようやく、作る前に必要な物が見え始めたか」

「見え始めただけです」

「それでいい」

ロルフは、四日かけて作りかけていた鉄筒を持ち上げた。

まだ木の台には載っていない。

後ろも、火を扱う仕組みも付いていない。

ただ、火槍より長い鉄の筒が、作業台の上にあるだけだ。

「これを完成品にするつもりはない」

ロルフが言った。

「最初の一挺は、撃った時にどこが壊れるかを見るための物だ」

「壊れない方がいいです」

「壊れなければ、それに越したことはない」

ロルフは筒の後ろを指した。

「だが、まず後ろを閉じる。火薬の力を受ける場所だからな」

次に、筒の横を指した。

「火を中へ伝える穴を作る。その外に火薬を置く受け皿を付ける」

最後に、作りかけの木台へ目を向けた。

「そして、火縄を毎回同じ場所へ落とす仕組みを考える」

「引金を引けば、火縄が火皿へ落ちる形です」

「言うのは簡単だ」

「分かっています」

「本当にか?」

「前よりは」

ロルフは鼻で笑った。

「なら、帳面に書け」

俺は紙の新しい頁を開いた。

一番上に、今日の日付を書く。

その下へ、試射で分かったことを書き並べた。

火槍は、狭い場所で敵がまとまる時に役立つ。

一人を狙うには精度が足りない。

撃つごとに筒の中が汚れ、弾を入れにくくなる。

火縄と火薬は、雨と風に弱い。

火槍兵は、運搬と装填に時間がかかる。

次に、新型で確かめたいことを書く。

肩で支えられるか。

筒を見て狙えるか。

火を決まった場所へ落とせるか。

撃った者が危険なく構えられるか。

そして最後に、一行だけ足した。

『既存の火槍より良いかどうかは、並べて撃つまで分からない』

帳面を閉じると、ロルフが新しい鉄片を炉へ入れた。

火縄を挟む金具を作るための鉄だ。

火槍より短い全長と、火槍より長い鉄筒を持つ最初の一挺は、まだ弾を飛ばせない。

それでも、ただ形を真似る段階は終わった。

何と比べ、何を変え、どこで失敗するか。

それを確かめるための仕事が、ようやく始まった。

第十二話をお読みいただき、ありがとうございます。

今回は、既存の火槍を実際に撃ち、命中のばらつき、装填の手間、煤による扱いにくさ、火縄と火薬の管理といった課題を確かめました。

火槍は万能ではありませんが、橋や狭い道のように敵が密集する場所では、音と煙も含めて大きな力を持ちます。

アレクたちはその長所を残しながら、肩で支える構造、照準、火皿と引金を備えた新型の試作へ進みます。

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