第十一話 最初の一挺
ヴァイスブルクから届いた火槍を測り終えたアレクたちは、いよいよ新しい武器の製作へ進みます。
火槍より短い全長と、火槍より長い鉄筒。
アレクが昔読んだ本の知識として示した構想を、ロルフはこの世界で実際に作れる形へ変えようとします。
その一方、アレクのもとには、アルヴェインブルクからエリーゼの手紙が届きます。
ヴァイスブルクから届いた火槍を調べ始めて、五日が過ぎた。
ロルフの工房の作業台には、太さの異なる鉄の棒が十本並んでいる。
その隣には木を削って作った輪や、筒の外側へ当てるための型が置かれていた。
「もう一度、奥まで入れてみろ」
「これですか?」
「そっちじゃない。印が三つある方だ」
「最初から番号を付けた方が分かりやすかったんじゃないですか?」
「誰かが余計な文字を書かなければ、印だけで分かった」
ロルフが俺の手元を見る。
鉄の棒には、俺が炭で書いた数字が並んでいた。
測った結果を間違えないよう番号を付けただけなのだが、ロルフには気に入らなかったらしい。
「消せばいいじゃないですか」
「煤が残る」
「工房の道具が煤で汚れることを気にするんですか?」
「俺がつけた煤と、お前がつけた煤は違う」
「何が違うんです?」
「俺のは必要な汚れだ」
「俺の数字も必要です」
「口だけはよく動くな」
言い返しながら、指示された棒を火槍の筒口へ差し込む。
最初は抵抗なく入った。
だが、半分を少し過ぎたところで止まる。
「ここから入りません」
「無理に押すな」
「分かってます」
棒を抜き、その隣にある少し細いものへ替える。
今度は奥まで入った。
同じ作業を、火槍の向きを変えながら何度も繰り返す。
測っているのは、筒の内側の太さだ。
前世なら専用の道具があったのだろう。だが、俺は名前も正確な形も覚えていない。
だからロルフと相談し、太さの異なる棒を作った。
どの棒がどこまで入るかを調べれば、少なくとも筒の内側がどの程度違っているかは分かる。
「同じ筒なのに、場所によって太さが違いますね」
「ああ」
「入口は広い。途中は少し狭い。その奥でまた広くなってる」
「鉄を巻いて繋いだ時にずれたんだろう」
「これで弾がまっすぐ飛ぶんですか?」
「飛ばすだけなら飛ぶ」
「狙ったところには?」
「運がよければな」
ロルフは作業台の上に置かれた弾を一つ摘まんだ。
火槍と一緒に送られてきた鉄の弾だ。
球というより、角の取れた塊に近い。大きさも一つずつ僅かに違っている。
弾を筒口へ当てると、周囲に目で分かるほどの隙間ができた。
「これだけ隙間があれば、火薬の力が逃げます」
「だが、隙間を狭くすれば弾が入らん」
「筒と弾の大きさを揃えればいいでしょう」
「口で言うのは簡単だ」
ロルフが弾を作業台へ戻す。
「この弾を十個、同じ大きさに作れと言われれば作れる。百個でも時間をかければ作れる。だが、別の工房で作った弾まで同じ大きさになると思うか?」
「型があれば」
「誰が型を作る」
「ロルフさんが」
「断る」
「まだ最後まで言ってませんよ」
「聞かなくても分かる」
「じゃあ、どこまで分かりました?」
「同じ型をいくつも作り、それを別の工房へ渡す。筒も同じ太さに揃え、どこで作った弾でも使えるようにしたい」
「そこまで分かってるなら、話が早いですね」
「お前が考えそうなことくらい分かる」
ロルフはそう言いながら、紙の上へ一本の線を引いた。
筒の入口、中央、火薬を詰める奥。
それぞれの場所で、どの棒が入ったかを書き込んでいく。
文字を書くことを嫌がっていた割には、俺より読みやすい。
「この火槍一本を測っても、他の火槍が同じとは限らん」
「分かってます」
「分かっていない顔だ」
「どんな顔ですか、それ」
「一本を測れば全部分かると思っていた顔だ」
何も言い返せなかった。
正直に言えば、少しはそう思っていた。
ヴァイスブルクから火槍を一挺借り、それを正確に調べれば、今ある火槍の欠点を数字にできる。
だが、職人ごとに筒の太さも弾の大きさも違うなら、この一挺から分かるのは、この一挺のことだけだ。
「同じ火槍を作るだけでも、難しいんですね」
「今さら気づいたのか」
「形を真似すれば作れると思ってました」
「見た目だけならな」
俺は作業台の端に置かれた火槍を見た。
発射用の鉄筒は、俺の前腕ほどの長さしかない。
その短い筒が、槍と変わらないほど長い木の柄の先端へ取り付けられている。
地面へ後端を置いて撃つため、発射の衝撃は受け止めやすい。筒の先へ敵が近づけば、長い柄を使って押し返すこともできるだろう。
だが、運ぶには長すぎる。
兵が持って走るにも、荷車へ何本も積むにも邪魔になる。
俺が短くしたいのは、鉄筒ではない。
火槍全体だ。
前世で見た火縄銃は、火槍のように長い柄を持っていなかった。
鉄の筒は今の火槍よりも長く、その筒を木の台へ固定している。木の後端を肩へ当て、両手で支えて撃つ。
全体としては火槍より短い。
だが、弾が通る筒は今より長くなる。
俺は自分で描いた新しい武器の図を、ロルフの前へ置いた。
「やっぱり、この形を作りたいです」
ロルフは紙へ目を落とした。
「この前も見た」
「測った後なら、違って見えません?」
「お前の絵が下手なのは変わらん」
「そこじゃなくて」
俺は図の鉄筒を指した。
「火槍の長い柄をなくします。その代わり、筒は今より長くする」
「なぜだ」
「火薬の力を、今より長く弾へ伝えられると思います」
「筒を長くすれば重くなる」
「火槍の柄ほど長い木は使いません。武器全体なら、今より短くできます」
「長さと重さは別だ」
「最初は重くても構いません。後から、どこまで軽くできるかを調べます」
ロルフが図を指でなぞる。
「この木の部分を肩へ当てるのか」
「はい」
「今の火槍は柄の後ろを地面へ置く。撃った時の衝撃を地面へ逃がしている。これは、その衝撃を人間が受ける」
「火薬の量を抑えて試します」
「弱くすれば弾が飛ばん」
「そこも調べます」
「調べる、測る、試す。便利な言葉だな」
「分からないまま完成したことにするよりいいでしょう」
「完成する前に金が尽きるぞ」
ロルフは図を作業台へ置いた。
「お前は長い柄をなくし、武器全体を短くしたい。だが、鉄の筒は今より長くする。弾との隙間を狭くし、筒を木の台へ固定し、後ろを肩へ当てる。火をつける仕組みまで変えたい。違うか?」
「はい」
「一度にそれだけ変えて、撃てなかった時はどうする。筒が悪いのか、弾が悪いのか、火薬が悪いのか、木の台への固定が悪いのか。それとも、お前が考えた形そのものが間違っているのか、誰にも分からんぞ」
「それは……」
ロルフの言う通りだ。
俺の頭にあるのは、前世で見た火縄銃の形だ。
実物を触ったことはない。
撃ったこともなければ、分解したこともない。
筒がどの程度の厚さだったのか。木の台へどのように固定されていたのか。どれほどの火薬を使っていたのか。
何も知らない。
それでも、完成した形には理由があるはずだ。
火槍より長い鉄筒。
肩へ当てられる木の台。
火縄を一定の場所へ近づけるための仕組み。
そして、狙いを定めるため、筒の上に付けられた小さな突起。
前世の人間たちが、意味もなくその形を選んだとは思えない。
「ロルフさん」
「何だ」
「この形で作ってください」
「話を聞いていたのか?」
「聞いていました」
「なら、一つずつ変えろ」
「一つずつ確かめるのは必要です。でも、最初の一挺はこの形にしたい」
「なぜだ」
「この形に、俺がまだ理解していない理由があるかもしれないからです」
ロルフの眉が動いた。
「知らない理由を頼りに武器を作るのか」
「俺がいた世界では、この形の武器が実際に使われていました」
「俺がいた世界?」
「あっ……」
口にしてから、自分の失言に気づいた。
前世のことを考えながら話していたせいで、余計な言葉が出てしまった。
「いえ。昔読んだ本です。昔読んだ本に、そのような形の武器が実際に使われていたと書かれていました」
ロルフが訝しげに俺を見る。
「何という本だ」
「題名までは覚えていません。古い武器について書かれた本だったと思います」
「その本には、作り方も書いてあったのか?」
「いいえ。形と、実際に戦で使われていたことだけです」
「随分と役に立たん本だな」
「今、俺もそう思っています」
ロルフはまだ少し疑うような目をしていたが、それ以上は追及しなかった。
「本に書いてあったからといって、ここでも同じ物が作れるとは限らんぞ」
「分かっています。鉄の質も、職人の道具も、火薬も違うかもしれません」
「なら、昔の本を信じる前に、今ここにある鉄を見ろ」
「だから、ロルフさんの力を借りたいんです」
「都合のいいことを言う」
「まったく同じ物を作れとは言いません。ロルフさんが危険だと思うところは変えてください。筒を厚くする必要があるなら厚くする。重くなっても構いません。木への固定も、今できる方法でいいです」
「それでは、お前が描いた物とは違うものになるぞ」
「形の意味を確かめられればいいです」
俺は紙の横へ、試験で確認することを書いていく。
発射できるか。
鉄筒が火薬の力に耐えられるか。
木の台へ固定したまま撃てるか。
肩へ当てて支えられるか。
火槍より狙いを定めやすいか。
一度撃った後、もう一度使える状態にあるか。
「一挺ですべてを完成させるつもりはありません。撃てなければ、何が悪かったかを調べます。撃てても危険なら直します」
「最初の一挺は壊すために作るようなものか」
「できれば壊したくありません」
「壊すつもりがなくても壊れるのが試作だ」
「それはマティアス様にも言われました」
「珍しく正しいことを言ったな」
「本人の前でも言えます?」
「言える」
工房の入口から咳払いが聞こえた。
振り返ると、マティアス様が壁にもたれて立っていた。
「いつからいたんです?」
「お前がロルフの道具へ数字を書いて怒られていた頃からだ」
「ほとんど最初じゃないですか」
「聞く必要のある話だけ聞いていた」
マティアス様は作業台へ近づき、俺が描いた図を見る。
「今度は何を作る」
「新しい火槍の第一号です」
「試験用の筒ではないのか」
「筒だけでは、俺が知っている形に意味があるのか分かりません」
「この形に意味があると?」
「あると思います。でも、全部を理解しているわけではありません」
「随分と頼りない答えだな」
「知らないのに知っているふりをするよりはいいでしょう」
マティアス様がロルフを見る。
「作れるか?」
「作るだけならな」
「いくらだ」
「まだ分からん」
「商人に一番嫌われる答えだな」
「なら、他へ頼め」
「上限を決めろ」
二人の視線がぶつかった。
作ってみなければ必要な時間も鉄の量も分からない職人と、作る前に費用を決めたい商人。
どちらも間違っていない。
「最初の一挺に使える金額を、先に決めるのはどうです?」
二人が俺を見る。
「その金額を超えそうなら、作業を止めて相談する。余ったら次の試作へ回します」
「余ると思うか?」
「思いません」
「正直だな」
「足りないと言われる気がします」
マティアス様が金額を提示すると、ロルフはすぐに首を横へ振った。
そこからしばらく、二人の交渉が続いた。
俺が口を挟むたび、両方から黙っていろと言われた。
最終的に、ロルフが第一号の試作品を作ることになった。
鉄筒は火槍より長くする。
ただし、最初から軽くすることにはこだわらない。
ロルフが必要だと思う厚さを残し、木の台へ鉄の金具で固定する。
肩へ当てる木の部分も、俺が描いた形をそのまま真似るのではなく、木工職人と相談して決める。
火縄を点火孔へ近づける仕組みは、複雑にしすぎない。
筒の上には、狙いを合わせるための小さな突起を二つ付ける。
俺の記憶にある火縄銃そのものではない。
だが、完成すれば誰が見ても、今までの火槍とは違う武器になる。
「完成まで、どれくらいです?」
「筒だけでも十日は見ろ。その後で木へ載せる」
「そんなに?」
「鉄の塊から長い筒が生えてくると思っているのか」
「もう少し早くできるかと」
「嫌なら他へ頼め」
「待ちます」
ロルフは返事をせず、紙を自分の方へ引き寄せた。
その横顔は、もう作る者の顔になっていた。
◇ ◇ ◇
工房を出た時には、日が傾き始めていた。
橋の修復は今日も続いている。
石工たちが崩れた欄干を直し、大工たちが傷んだ足場を組み替えている。川岸では兵が周辺を警戒していた。
戦が終わっても、全てがすぐに元へ戻るわけではない。
壊すのは一日でも、直すには何日もかかる。
「マティアス様」
「何だ」
「ありがとうございます」
「何の話だ」
「試作品の金です」
「まだ成功していない」
「それでも、金を出してくれたので」
「礼は売れる物を作ってから言え」
「売るんですか?」
「商会の金を使うのだ。当然だろう」
「レオンハルト殿下やアルベルト様との話もありますよね」
「それを決めるのは、撃てる物ができてからだ」
マティアス様は歩みを止めずに答えた。
「今は最初の一挺へ金を出した。それ以上でも、それ以下でもない」
「失敗したら?」
「次に同じ失敗をしなければいい」
「それでも金はなくなります」
「だから記録を残せと言った」
マティアス様が俺を見る。
「何も残らない失敗が、一番高くつく」
その言葉を聞いて、俺はロルフの工房を振り返った。
閉じられた扉の向こうから、金槌の音が聞こえ始めている。
前世で当たり前に使われていた物も、最初から完成していたわけではない。
誰かが作り、失敗し、直した。
その積み重ねの先に、俺が知っている火縄銃がある。
「アレク殿!」
後ろから呼ぶ声がした。
振り返ると、伝令の兵が小走りでこちらへ向かってくる。
「アルヴェインブルクからお手紙が届いております」
「アルベルト様からですか?」
「いえ。エリーゼ様からです」
差し出された封筒には、見覚えのある字で俺の名前が書かれていた。
少し丸みがあり、丁寧に書こうとした跡が残る文字だ。
思わず封を見つめる。
「開けないのか?」
マティアス様に言われ、顔を上げた。
「部屋に戻ってから読みます」
「そうか」
「何です、その顔」
「何も言っていない」
「また顔だけで余計なことを言ってますよ」
「なら、気にするな」
俺は手紙を上着の内側へしまった。
◇ ◇ ◇
その夜、俺は部屋の机でエリーゼの手紙を開いた。
最初の一行には、ただ「アレクへ」と書かれている。
『お元気ですか。
叔父上にお手紙を書いたそうですね。
なぜ、その手紙に私宛てのお手紙がなかったのでしょう』
そこで、一度手が止まった。
「怒ってる……?」
声に出してから、続きを読む。
『叔父上から、アレクが無事だと聞きました。
無事だと分かったことは嬉しく思っています。
けれど、どうして私は叔父上から、あなたの様子を教えていただかなければならないのでしょう。
私たちは、もっと手紙を交わすものだと思っていました』
アルベルト様へ手紙を書いたことは事実だ。
レオンハルト殿下やマティアス様のこと、グランヴァルトで起きていること、自分がこれからどうするべきか。
報告と相談を兼ねた手紙だった。
エリーゼへ書けないことも多かった。
だから彼女への手紙を一緒に送らなかった。
そう説明すれば分かってもらえると思った。
だが、読み進めるうちに、それだけではないことに気づいた。
『お忙しいことは分かっています。
戦が続いていて、アレクが危険な場所にいることも知っています。
お手紙に書けないことがあることも、分かっているつもりです。
それでも、今どこにいるのか。
どのような仕事をしているのか。
困っていることや、悩んでいることはないのか。
きちんと食事をして、眠ることができているのか。
私は、あなたのことを何も知りません』
文字を追う速度が少しずつ遅くなる。
『叔父上もクララも、心配しなくてよいと言います。
けれど、その言葉だけで心配しなくなれるのなら、最初からこのような手紙は書いていません。
私が今、何をしているのかは気になりませんか。
どのような本を読んで、誰と話し、どのような気持ちで毎日を過ごしているのか、アレクは知りたいと思わないのでしょうか』
「それは……」
言い訳を探した。
だが、手紙へ言い訳をしても仕方がない。
俺はエリーゼが何をしているのか、ほとんど知らない。
アルヴェインブルクにいて、アルベルト様やクララと暮らしている。
それだけだ。
どんな本を読んでいるのか。
何を学んでいるのか。
俺がいなくなった後、どのような気持ちで過ごしているのか。
一度も尋ねていなかった。
『私は最近、負傷した兵士たちのために布や薬草を集めています。
クララと一緒に包帯を作ることもあります。
最初はうまく布を切ることができませんでしたが、今は以前よりきれいに揃えられるようになりました。
叔父上は、私にはもっと別のことを学んでほしいようです。
ですが、私は何もせずに待っているだけではいたくありません。
アレクが遠くで頑張っているのなら、私もここでできることをしたいと思っています。
こうして私のことを書くのは、あなたにも私のことを知ってほしいからです』
俺は手紙を机へ置いた。
荷物の中から、小さな木箱を取り出す。
蓋を開けると、柔らかな布に包まれた銀の髪留めが現れた。
林檎の花をかたどった飾り。
中央には、青く磨かれた小さな石が嵌め込まれている。
これを見た時、エリーゼの淡い金色の髪を思い出した。
似合うと思った。
次に会った時に渡したいと思った。
それなのに、俺は彼女が今どんな本を読んでいるのかさえ知らない。
贈り物を選ぶことと、相手を知ろうとすることは、同じではないらしい。
『次のお手紙には、無事だという言葉だけでなく、アレクが今どのように過ごしているのかも書いてください。
食事をしているかどうかも、忘れずに書いてください。
それから、私に聞きたいことも書いてください。
何も質問がなければ、アレクは私のことなど知りたいと思っていないのだと考えてしまいます。
お返事を待っています。
エリーゼ』
最後まで読み終え、もう一度最初へ戻る。
二度目に読むと、最初に感じた怒りとは違うものが見えた。
エリーゼは、アルベルト様に手紙を送ったことを怒っているのではない。
アルベルト様には書いたのに、自分には書かなかったことが寂しかったのだ。
そして、自分が俺のことを知りたいと思うのと同じように、俺にも自分を知りたいと思ってほしい。
手紙全体から、その気持ちが伝わってくる。
「気にならないわけじゃないんだけどな……」
口に出してから、すぐに違うと思った。
気になっているのなら、尋ねればよかった。
忙しかった。
戦が続いていた。
書けないことが多かった。
どれも間違いではない。
だが、手紙を一枚書く時間すらなかったわけではない。
俺は新しい紙を机へ置いた。
『エリーゼへ。
まず、アルベルト様にだけ手紙を送り、エリーゼへの手紙を書かなかったことを謝ります。
言い訳をすれば、アルベルト様への手紙は報告と相談を兼ねたものでした。
ですが、忙しかったからエリーゼへ書けなかったというのは、たぶん言い訳にもなりません』
今度は、そのまま続けた。
俺は現在、グランヴァルトのエルツェン近くにいる。
マティアス様のもとで、兵糧や荷車に関わる仕事をしている。
橋を巡る戦いにも加わったが、今は怪我をしていない。
新しい武器を作ろうとしているが、まだ最初の一挺を作り始めたばかりだ。
『食事はしています。
ただし、忙しい日に一度抜いたことがあり、マティアス様に知られて怒られました。
眠れないほどではありませんが、考え事をして遅くなる日はあります』
書いてから、少し情けない気持ちになった。
もっと立派なことを書いた方がいいのではないか。
だが、エリーゼが知りたいと言ったのは、立派な俺ではない。
今の俺がどうしているのかだ。
『悩んでいることもあります。
昔読んだ本で知った武器を、こちらでも作れないか試しています。
けれど、私はその武器の形を覚えているだけで、作り方や、その形になった理由を全て知っているわけではありません。
失敗すれば、お金や時間を失うだけではなく、作る人や使う人を傷つけるかもしれません。
自分では知っているつもりだったことが、本当は何も分かっていなかったのではないかと、不安になることがあります』
筆が止まった。
今までの俺なら、この部分は消していた。
心配させないために、問題ないと書いていた。
けれど、エリーゼは悩みがあるのか知りたいと書いた。
俺はその文章を残した。
『エリーゼは最近、どのような本を読んでいますか。
包帯を作るほかには、どのようなことをしていますか。
アルヴェインブルクの市場には、今も林檎が並んでいますか。
クララとは、どのような話をしていますか。
それから、エリーゼが今、何に悩んでいるのかも教えてください。
私に何かできるとは限りません。
それでも、知らないままでいたくはありません。
今度は、叔父上より先にエリーゼへ書きました。
返事を待っています。
アレク』
書き終えると、窓の外はすっかり暗くなっていた。
俺は手紙を折り、封筒へ入れる。
林檎の花の髪留めも一緒に送るべきか迷った。
だが、箱を閉じる。
これは会った時に、自分の手で渡したい。
次にいつ会えるかは分からない。
戦がどうなるかも、新しい武器が完成するかも分からない。
それでも、会うためには無事でいなければならない。
机の上には二枚の紙があった。
一枚には、ロルフと作る最初の一挺の図。
もう一枚には、エリーゼへ伝える俺の暮らしと悩み。
どちらも、完成した答えではない。
それでも、分からないままにせず、形にすることから始める。
新しい武器も。
遠く離れた相手との関係も。
俺が知っている形を真似るだけでは、きっと本物にはならない。
◇ ◇ ◇
翌朝、俺はエリーゼへの手紙をアルヴェインブルクへ向かう伝令へ預けた。
その足でロルフの工房へ行く。
扉を開けると、炉には既に火が入っていた。
作業台の上には、昨日までなかった細長い鉄材が置かれている。
「早いですね」
「何がだ」
「昨日決めたばかりなのに、もう始めてる」
「始めなければ、いつまで経っても終わらん」
ロルフは鉄を火床へ入れた。
「昨日の図は?」
「ここにあります」
「記録する紙も用意しろ」
「もう持ってきました」
「なら、邪魔にならんところへ立て」
「手伝いますよ」
「お前に鉄は任せん」
「何ならできます?」
「見ていろ」
「それだけですか?」
「昨日まで、一本の火槍を測ることすら知らなかった者が、今日は長い筒を作れるつもりか?」
言い返せない。
俺は作業台の端へ紙を置き、筆を取った。
炉の中で鉄が赤くなっていく。
まだ筒ではない。
弾を飛ばすこともできない。
武器と呼べる形にすらなっていない。
それでもロルフが最初の一打を振り下ろした瞬間、新しい火槍を作る仕事は、測る段階から作る段階へ進んだ。
火花が飛び、工房に甲高い音が響く。
俺は紙の一番上へ書いた。
『新しい火槍 第一号』
その下には、まだ何も書かれていない。
成功するか、失敗するか。
長い筒には、本当に意味があるのか。
俺が記憶している形を、この世界でも武器にできるのか。
答えが書かれるのは、もう少し先になる。
だが、火槍より短い全長と、火槍より長い鉄筒を持つ最初の一挺は、今、ロルフの金槌の下で形を持ち始めていた。
第十一話をお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、既存の火槍の測定を終え、新しい火槍の第一号を作り始めるまでを描きました。
アレクが短くしようとしているのは、発射用の鉄筒ではなく、長い柄を含めた火槍全体です。
火槍の短い筒を逆に長くし、木の台へ固定して肩で支える。全長は短くしながら、弾が通る筒を長くするという、アレクが記憶する火縄銃に近い形を目指します。
しかし、アレクが知っているのは完成した武器の姿だけです。
なぜその形になったのか、どのような材料や方法で作られたのかまでは分かりません。
ロルフの職人としての知識と、マティアスの資金や現実的な判断を借りながら、アレクは前世の知識をこの世界で使える技術へ変えていくことになります。
また今回は、エリーゼからの手紙も届きました。
叔父のアルベルトには手紙を書いたのに、自分への手紙はなかった。
その不満の奥には、アレクが今どこで何をしているのか知りたいという心配と、自分のことも知ろうとしてほしいという寂しさがあります。
アレクも初めて、自分の無事を一方的に知らせるだけでなく、悩みを打ち明け、エリーゼの暮らしや気持ちを尋ねる手紙を書きました。
二人の文通は、近況を知らせるためだけのものから、互いを知るためのものへ少しずつ変わり始めます。
次話では、ロルフによる第一号の製作が進みます。
長い鉄筒、木の台、点火の仕組み。
アレクの記憶にある形が、この世界で最初の一挺として組み上がっていきます。




