第十話 測ることから
新しい火槍を作るため、アレクはアルベルトへ既存の火槍を貸してほしいと頼みます。
しかし、借りた武器をどう扱い、壊した場合に誰が責任を負い、完成した成果を誰のものにするのか。
物を作るには、技術だけでなく、金と権利についても決めなければなりません。
そしてヴァイスブルクから届いた一本の火槍を前に、アレクたちは新しい武器を作るための、さらに小さな一歩を踏み出します。
ロルフの工房を出たあと、俺たちは橋の近くにある建物へ戻った。
机の上に新しい帳面を広げ、アルベルト様へ送る書状を書く。
『アルベルト様。お元気でしょうか』
「いらん」
向かいに座っていたマティアス様が言った。
「まだ一行目です」
「元気かどうか聞くために書くのではないだろう」
「挨拶は必要じゃないですか?」
「必要だ。だが、お前は余計なことを書き始めると長い。先に用件を書け」
「分かりました」
書いた一行へ線を引く。
『ヴァイスブルクにある火槍を一つ、お貸しいただけないでしょうか』
「何のために借りる」
「それは次に書きます」
「相手に聞かれる前に書け」
分かっている。
分かっているのだが、横から一文ずつ口を出されると、なかなか進まない。
『現在、マティアス商会の資金で、既存の火槍より短く、運びやすい新しい火槍を作ろうとしています。その参考にするため、ヴァイスブルクで使用している火槍を一つお借りしたいと考えています』
「新しい火槍とは何だ」
「短くて、運びやすい火槍です」
「それは今書いた」
「では、火縄銃に近い形の武器です」
「火縄銃とは何だ」
「あ」
この世界にはない名前だった。
俺の頭の中では、火縄銃という言葉だけで形が浮かぶ。
長い鉄筒。
木製の銃床。
火縄を挟む部品。
引き金。
だが、アルベルト様には伝わらない。
「筒の後ろに短い木の台を取りつけ、地面へ立てなくても構えられる形を考えています」
「それを書け」
「図もつけます」
「その方が早いな」
俺は書状の横へ簡単な図を描いた。
昨日ロルフに見せたものより、さらに簡単な図だ。
細かい部品は描かない。
長い柄を取り除き、鉄筒の後ろへ木の台をつける。
肩か胸の近くで支える。
火縄を手で点火孔へ近づけるのではなく、簡単な仕組みで火皿へ落とす。
それだけを示す。
「これで伝わりますか?」
「少なくとも、お前が今の火槍とは違うものを作ろうとしていることは分かる」
「では、送ります」
「待て」
書状を畳もうとすると、止められた。
「まだ何かありますか?」
「借りた火槍をどうする」
「調べます」
「どう調べる」
「長さや重さを測ります。筒の太さや、弾の大きさも確かめます」
「分解するのか」
「必要なら」
「壊したら?」
「壊さないようにします」
「壊した場合を聞いている」
「弁償します」
「誰が」
「俺が……」
言いかけて止まる。
俺には弁償する金がない。
「マティアス商会が弁償する」
マティアス様が言った。
「いいんですか?」
「俺が金を出すと決めた。だが、その代わり、最初から書いておけ」
「壊すつもりはありません」
「壊すつもりがなくても壊れるのが試作だ」
俺はグリュン川大橋の戦いのあと、責任を取ると言って笑われた。
また同じことを言いかけていた。
失敗しないと言うことと、失敗した場合に備えることは違う。
『火槍は、長さ、重さ、筒の内側、弾との隙間などを調べるために使用します。必要であれば、元に戻せる範囲で部品を外す可能性があります。万一破損した場合は、マティアス商会が同等の品を弁償します』
「返す時期は」
「調査が終わったら」
「いつ終わる」
「分かりません」
「なら期限を決めろ」
「一月では短いでしょうか」
「運ぶ時間もある。二月にしろ。足りなければ、その前に延長を申し出る」
俺は借用期間を書き加えた。
「これでいいですか?」
「新しい火槍が完成した場合、アルベルト公へ何を渡す」
「最初の一挺を渡します」
「なぜだ」
「火槍を貸していただく対価です。それに、アルベルト様には今まで世話になっています」
「一挺だけか」
「作り方も渡します」
マティアス様の顔から笑みが消えた。
「勝手に決めるな」
「ですが、アルベルト様の火槍を参考にするんですよ」
「火槍一挺の借用に、完成した武器の製造法をすべて渡すのか?」
「それだけではありません。俺はアルベルト様に拾っていただきました。剣も教えてもらいました。小姓にしてもらって、ヴァイスブルクで仕事をさせてもらいました」
「だから恩を返したい?」
「はい」
「お前一人で作るなら、好きにしろ」
マティアス様が帳面を指で叩いた。
「だが、これはお前一人の仕事ではない」
新しい火槍を作るために必要なもの。
マティアス商会の金。
ロルフの技術。
レオンハルト殿下が認めた工房と試射場所。
これから探す木工職人。
火薬を扱える者。
実際に火槍を使った兵。
「お前の頭にある形は、始まりにすぎん。それを実際に作れる形へ変えるのは職人だ。職人が作った方法を、お前が一人で誰かへ渡すと決めるな」
「アルベルト様でも?」
「相手が誰かの問題ではない」
マティアス様は書状を持ち上げた。
「曖昧な約束は、失敗したときより成功したときに揉める」
「失敗したときではなく?」
「失敗すれば、損を誰が負うかで揉める。成功すれば、利益を誰が得るかで揉める。後者の方が人は欲深くなる」
「では、どうすればいいですか?」
「調査した内容と試験の記録を渡せ。完成した場合は最初の一挺も渡す。ただし、製造法については、その時に改めて話し合う」
「それでアルベルト様が貸してくださるでしょうか」
「貸さないと言うなら、別の火槍を探す」
「簡単に見つかりますか?」
「簡単ではない。だからといって、最初からすべて差し出す理由にはならん」
俺は書状へ条件を書き加えた。
借りるのは火槍一挺。
期間は二月。
分解は元に戻せる範囲。
破損した場合はマティアス商会が弁償する。
調査と試験の記録を渡す。
新しい火槍が完成した場合、最初の一挺をアルベルト様へ渡す。
製造法については、完成後に改めて話し合う。
「ずいぶん堅い書状になりましたね」
「武器と金の話だ。柔らかくする必要があるか?」
「最後に一言くらい書いてもいいですか?」
「何を書く」
俺は最初に線を引いた言葉を、書状の最後へ書き直した。
『追伸。お元気でしょうか』
マティアス様がそれを見て、深く息を吐いた。
「送れ」
「はい」
◇
書状を送ってから六日が経った。
その間も、橋の周辺では休む暇がなかった。
壊れた防壁を片づける。
橋の路面から外した石を戻す。
欄干を直し、敵が再び来た場合に備えて新しい柵を作る。
逃げていた領民も少しずつ戻り始めた。
無事だった家へ戻れる者もいれば、踏み荒らされた畑や壊された家を前に立ち尽くす者もいる。
捕虜は、橋や街道の修復に使われていた。
働かせる代わりに食事を与える。
逃げようとする者が出ないよう、周囲には兵を置く。
ヴァルナー軍は南の丘からさらに退いた。
斥候の報告では、散らばった兵を集めながらヴァルナー伯領へ戻っているらしい。
追撃はしなかった。
こちらにも、その余裕はなかった。
「アレク! そっちの木材を数えたか!」
「今やっています!」
「今やっているは、まだ終わっていないという意味だ!」
遠くからマティアス様の声が飛んでくる。
「分かっています!」
俺は積まれた木材を数え、帳面へ記録した。
橋を直す木材。
柵を作る木材。
燃料にする薪。
同じ木でも用途が違う。
長さも太さも揃っていない。
使えるものと、削らなければ使えないものを分ける。
火槍のことだけを考えているわけにはいかなかった。
それでも、時間が空くたびにロルフの工房へ通った。
ロルフは新しい火槍を作ってはいない。
頼んでいない鍬を直し、馬車の車輪へ鉄の輪をはめ、橋に使う金具を作っている。
「まだ届かんのか」
俺が顔を出すたびに聞かれた。
「書状を送って六日です」
「遅い」
「返事を書く時間も必要です」
「大公なら馬の一頭くらい走らせられるだろう」
「楽しみにしているんですか?」
「仕事が進まんのが嫌なだけだ」
「まだ作るとは言っていないのでは?」
「作るとも言っていない」
相変わらずだった。
七日目の昼。
北の街道から、一台の荷車がやって来た。
ヴァイスブルクの旗は掲げていない。
だが、御者の隣に座る兵の外套には、見覚えのある紋章がついていた。
「アレク・ハルトマン殿はいるか!」
俺は持っていた木材の記録を近くの書記へ押しつけた。
「ここにいます!」
荷車へ走る。
ヴァイスブルクから来た兵は、俺の顔を見て手綱を止めた。
「アルベルト公より、書状と荷物を預かっている」
「早かったですね」
「大公閣下から、馬を潰してでも急げと言われた」
「そこまで急がなくても」
「私に言うな」
兵が荷台を指した。
藁と布で包まれた細長い荷物。
その横には、小さな木箱が二つ置かれている。
「火槍ですか?」
「そう聞いている。火薬は入っていない」
「木箱は?」
「一つには弾。もう一つには火槍を扱う道具が入っている。火薬は危険だから別に運べと命じられたが、今回は送られていない」
当然だ。
火薬を積んだ荷車を、七日も街道で走らせるべきではない。
「受け取りの記録へ印を」
「俺の印でいいですか?」
「マティアス・クレーマー殿の印が必要だ」
「ですよね」
荷物を受け取るのはマティアス商会だ。
俺個人ではない。
兵を案内し、マティアス様に確認してもらう。
荷物を運んできた者。
出発した日。
到着した日。
火槍一挺。
弾を入れた木箱一つ。
装填に使う道具を入れた木箱一つ。
荷物に破損がないことを確かめ、受取書へ商会の印が押された。
「随分と厳重ですね」
俺が言う。
「借り物だからな」
マティアス様は包みを確かめながら答えた。
「お前が弁償できないほど高い」
「それは大抵の物がそうです」
「自覚があるなら丁寧に運べ」
二人で持ち上げようとすると、想像していた以上に重かった。
鉄筒だけではない。
長い木の柄がついている。
普通の槍よりも明らかに重い。
これを持って行軍し、戦場で構え、火薬と弾を詰める。
撃ったあと、敵が近づけば再装填する暇はない。
マティアス様が言っていた欠点を、重さだけでも実感できた。
「これをロルフの工房へ運びます」
「その前に書状を読め」
「あ」
荷物のことばかり見ていた。
ヴァイスブルクの兵から渡された書状を開く。
『アレクへ。
書状は読んだ。
火槍一挺を二月の間、マティアス商会へ貸し出す。
分解は、元へ戻せる範囲で認める。
壊した場合は、書状にある通り弁償してもらう。
調査と試験の記録は、失敗したものも含めて送れ。
新しい火槍が完成した場合、最初の一挺は受け取る。
ただし、使い物にならなければ遠慮なく返す。
製造法については、完成してから話し合えばよい。
追伸。
私は元気だ。
お前は書状を書くたびに余計な一文をつけなければ気が済まないのか』
「受け入れてくださいました」
「そのようだな」
「使い物にならなければ返すそうです」
「当然だ」
「もう少し言い方があると思いませんか?」
「お前とアルベルト公の間では、これが普通なのだろう」
「俺はもっと丁寧に書きました」
「俺が直したからな」
否定できない。
「失敗した記録も送れと書いてあります」
「見られて困る記録を作るな」
「失敗するなという意味ですか?」
「違う。見栄を張って、失敗を隠すなという意味だ」
アルベルト様も、マティアス様と同じことを考えている。
成功した結果だけでは、次に同じものを作れない。
何を試し、何が駄目だったのか。
それを残して初めて、失敗にも意味が生まれる。
「工房へ運びましょう」
「ああ」
今度こそ、俺たちは火槍をロルフのもとへ運んだ。
◇
「遅い」
工房へ入るなり、ロルフに言われた。
「七日です」
「七日も待った」
「大公領から運んできたんですよ」
「話をしている間に包みを外せ」
「手伝ってください」
「お前が借りた物だ」
仕方なく、マティアス様と二人で布と藁を外す。
中から一本の火槍が現れた。
第一篇で見たものと同じだった。
長い木の柄。
その先端に取りつけられた筒状の鉄。
筒の先から火薬と弾を詰め、横に開いた小さな穴へ火縄を近づけて点火する。
槍と呼ばれているが、先端に刃はない。
長い柄の後ろを地面へ置き、筒を敵へ向けて撃つ。
近くで見ると、鉄筒は思っていたより太かった。
表面も滑らかではない。
槌で叩いた痕が残り、ところどころ色が違う。
「これが火槍か」
ロルフが初めて作業の手を止めた。
「見たことがないんですか?」
「遠くからならある。触るのは初めてだ」
「それで作れるんですか?」
「見たこともない物を、見ずに作れと言っていたのはお前だ」
「だから借りたんです」
「なら黙って見ていろ」
ロルフは火槍を作業台へ置いた。
まず、柄と鉄筒の接合部を見る。
鉄の帯が木の柄を締めつけ、二本の留め具で固定されている。
ロルフが指で押すと、僅かに動いた。
「緩んでいる」
「運んでいる間に?」
「それだけではない。撃つたびに衝撃がかかる。何度も使えば緩む」
「締め直せば使えますか?」
「使える。だが戦場で誰が直す」
専用の道具と、鉄を扱える人間が必要になる。
槍なら、柄が折れても別の柄へ穂先をつけ直せる。
火槍は鉄筒と柄の接合が悪くなれば、狙った方向へ撃つことさえ難しい。
ロルフは次に鉄筒の表面を確かめた。
「継ぎ目がある」
「継ぎ目?」
「一枚の鉄を丸めて筒にしている。ここを熱して叩き、つないだのだろう」
指で示されて、ようやく筋のような線が見えた。
「駄目なんですか?」
「筒を作るなら普通の方法だ。問題は、どれほど丁寧につながれているかだ」
「外から見て分かります?」
「分からん」
「では、どうするんです?」
「撃つ」
「いきなり?」
「撃ったあと、継ぎ目が開いていないか確かめる。だが、その前にすることがある」
ロルフは棚から細長い棒を何本か持ってきた。
太さが少しずつ違う。
最も細い棒を、火槍の筒口から差し込む。
途中までは入った。
だが、奥まで届く前に止まる。
「中に何か詰まっていますか?」
「違う」
棒を抜き、さらに細いものへ替える。
今度は奥まで入った。
ロルフは棒を回しながら、ゆっくり引き抜いた。
「筒の内側が同じ太さではない」
「先が細い?」
「場所によって違う。真円でもない」
「真円?」
「完全な丸ではないということだ」
鉄の板を丸め、外から叩いて作った筒だ。
内側まで均一な円になっているとは限らない。
俺は木箱を開け、入っていた弾を一つ取り出した。
鉄ではなく、丸い鉛の弾だった。
「これを入れてみてもいいですか?」
「待て」
ロルフが弾を受け取り、筒口へ当てる。
弾は抵抗なく中へ落ちた。
筒を傾けると、奥まで転がっていく音がする。
「ずいぶん隙間がありますね」
「隙間がなければ入らん」
「もっと筒に合う大きさにした方が、真っ直ぐ飛ぶのでは?」
「この筒のどこに合わせる。入口か。途中の細い場所か。奥の広い場所か」
答えられない。
弾を大きくすれば、途中で詰まる。
小さくすれば確実に奥まで入るが、筒との隙間が大きくなる。
「火薬が爆発したら、弾は前へ押し出されますよね」
「同時に、隙間から力が逃げる」
「それで威力が落ちる?」
「それだけではない」
ロルフは別の棒で弾を押し、筒の奥へ入れた。
「弾は筒の中で、毎回同じ場所に収まるとは限らん。右へ寄ることもあれば、左へ寄ることもある」
「火薬に押されたあとも?」
「壁へ当たりながら進む。どこへ当たり、どちらへ転ぶかは毎回違う」
ロルフが筒口を俺へ向けた。
火薬が入っていないと分かっていても、思わず身体をずらす。
「穴の中で弾がどちらへ転ぶか分からん。これで狙ったところへ飛べと言う方が無理だ」
「筒と弾の大きさを揃えれば」
「近づけることはできる。だが、狭すぎれば、煤がついたときに弾が入らなくなる」
「一発撃つと、筒の中が汚れる?」
「火薬を燃やすのだろう。何も残らんと思っているのか」
再装填するたびに筒を完全に掃除する余裕はない。
弾と筒の隙間を小さくしすぎれば、最初の一発は撃てても、二発目が装填できない可能性がある。
「難しいですね」
「今さら気づいたのか」
「気づくたびに問題が増えるんです」
「物を作るとはそういうものだ」
ロルフは火槍の点火孔を覗き込んだ。
細い針金を差し、角度と位置を確かめる。
「穴が大きい」
「火を移しやすくするためでは?」
「火は移る。だが、ここから火薬の燃えた力も漏れる」
「持っている人に当たりませんか?」
「当たるかもしれん」
火槍を使う兵は、点火孔の近くへ火縄を差し込む。
風向きや構え方によっては、吹き出した火や燃えかすが手や顔へ向かう。
俺は第一篇で火槍が撃たれた光景を思い出した。
轟音。
白煙。
怯える馬。
あのときは遠くから見ていた。
撃った兵がどのように構え、どれほど危険な思いをしていたのかまでは見ていなかった。
「これを短くすればいいと思っていました」
俺が言うと、ロルフがこちらを見る。
「短くするだけなら、柄を切ればいい」
「それでは新しい武器になりません」
「だから、何を変える」
俺は帳面を開いた。
「筒の内側を、できるだけ同じ太さにする。弾の大きさを揃える。点火孔を小さくして、火を安全に移せる仕組みをつける。それから、柄の代わりに短い木の台を取りつける」
「一度に全部作るのか?」
「そのつもりでした」
「失敗したとき、どこが悪かったか分からなくなる」
「あ」
筒。
弾。
火薬。
点火の仕組み。
木の台。
すべてを一度に変え、新しい火槍が撃てなかった場合、どこが原因なのか分からない。
「では、一つずつ変えます」
「何からだ」
「鉄筒です」
「どれくらいの太さにする」
答えようとして、止まった。
火槍の筒と同じ太さ。
それでは曖昧だ。
今ある筒は、場所によって内側の太さが違う。
「まず、測ります」
「何を使って」
「さっきの棒を」
「あれは私が農具の穴を確かめるために作ったものだ。太さも適当だ」
「では、同じ太さの棒を作ります」
「何本」
「何本必要ですか?」
「私に聞くな」
また問題が増えた。
筒の内側を測る棒。
弾の大きさを測る型。
火薬の量を揃えるための容器。
筒の長さを測る縄や棒。
重さを比べる秤。
新しい火槍を作る前に、作らなければならないものがある。
「武器を作りに来たはずなんですけど」
「武器を作るために必要な道具を作る。それが最初だ」
ロルフは細い鉄の棒を一本、作業台へ置いた。
「これを基準にする」
「基準?」
「この棒より穴が狭ければ入らん。この棒より広ければ動く。まず一本決め、同じ太さの棒を作れるか試す」
「同じ太さの筒ではなく?」
「棒も同じに作れん職人が、筒を同じに作れると思うか?」
思わない。
筒より棒の方が単純だ。
まず、基準となる一本を作る。
次に、それと同じ太さの棒を作る。
二本が同じ太さになっているか確かめる。
それすらできなければ、同じ内径の鉄筒を何本も作ることなどできない。
「弾は?」
「木か鉄で、穴の開いた型を作る。大きすぎる弾は通らず、小さすぎる弾は別の穴から落ちるようにする」
「火薬は?」
「同じ大きさの小さな容器を作れば、一回分の量を揃えられる」
「全部、測るための物ですね」
「同じものを作りたいのだろう」
「はい」
「なら、同じかどうかを確かめる方法が必要だ」
前世では、同じ商品は同じ大きさで作られていた。
同じ種類のねじ。
同じ太さの釘。
同じ口径の弾。
店で買えば、規格に合ったものが手に入る。
俺はそれを当たり前だと思っていた。
だが、その当たり前を作るためには、何を同じとするのかを決め、測る道具が必要になる。
「マティアス様」
俺は工房の入口に立っていたマティアス様を振り返った。
「聞いていた」
「また必要なものが増えました」
「帳面に書け」
「お金もかかります」
「いくらだ」
「まだ分かりません」
「なら、ロルフに聞け」
ロルフを見る。
「今の火槍を調べる。測るための棒と型を作る。そこまでなら銀貨二枚だ」
「思ったより安いですね」
「私の仕事代だけだ。鉄と木と炭は別に持ってこい」
「やっぱり増えた」
「嫌ならやめろ」
「やめません」
俺は帳面に必要な材料を書き始めた。
細い鉄棒。
弾を測る型に使う鉄。
火薬を量る小さな容器。
筒の長さを測るための棒。
秤。
記録用の紙と炭筆。
「秤は商会から持ってこい」
マティアス様が言う。
「商人用でいいんですか?」
「最初はな。さらに細かく量る必要が出たら、そのとき考える」
「鉄と木は?」
「橋の修復に使う物から勝手に取るな。別に買う」
「分かっています」
「本当に分かっている顔ではない」
「少しくらい余ったものを使えないかと思っただけです」
「それを勝手に使うことを盗みと言う」
「使いません」
危なかった。
橋の修復用に集めた材料は、ローゼンハイム男爵のために用意されたものだ。
マティアス商会の荷に入っていたとしても、すでに用途と代金が決まっている。
新しい火槍へ勝手に回してよいものではない。
「今日は何をします?」
「この火槍を測る」
ロルフが答えた。
「全部ですか?」
「測れるところからだ。長さ、重さ、筒の外側、内側、弾の大きさ。測れないものは、測れないと記録しろ」
「火薬がないので、威力は分かりません」
「なら、分からないと書け」
マティアス様と同じことを言う。
「二人とも似ていますね」
「誰と誰がだ」
「何でもありません」
俺は火槍を作業台の上へ置き直した。
その隣に帳面を広げる。
ロルフが長さを測り、俺が数字を書く。
マティアス様は必要な材料と費用を別の帳面へ記録する。
工房の外では、橋を直す槌の音が続いていた。
俺たちの前にあるのは、ヴァイスブルクから届いた一本の古い火槍。
その横に並べられたのは、新しい武器ではない。
太さの違う棒。
弾を測るために用意された鉄片。
火薬の量を書くための空欄。
まだ、俺の知っている火縄銃に似たものは何一つできていなかった。
それでも俺たちはようやく、何を作るべきかだけではなく、何を同じにしなければならないのかを知った。
新しい火槍を生み出す次の仕事は、一本の古い火槍を測ることから始まった。
第十話をお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、ヴァイスブルクから借りた火槍を調べながら、「同じものを作るための基準」について考えるお話でした。
現代では、同じ種類の道具や部品が同じ大きさで作られることを当然のように感じます。
しかし、そのためには太さや重さを測る道具があり、何を基準にするのかが決められていなければなりません。
アレクは火縄銃の完成した姿を知っていますが、それを何挺も同じ品質で作る方法までは知りません。
新しい鉄筒を作る前に、まず測るための棒や型を作る。
遠回りに見えるその仕事が、やがて火槍を一度きりの試作品ではなく、複数の兵が使える武器へ変えていくことになります。
また、アルベルトへの恩義があっても、成果をアレク一人の判断で譲ることはできません。
マティアスの資金、職人の技術、公国の場所と人員。
新しい武器は、多くの人間が関わって初めて形になります。
まだ新しい火槍は作られていません。
次回から、測った結果をもとに、最初の部品作りへ進んでいきます。




