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『知らない世界の知っている物語』 ~剣と知識を授かった平凡な会社員は、異世界の乱世を生き抜く~  作者: 相田 ソウ
第四篇 乱世に抗う力

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第九話 武器を作る者たち

グリュン川大橋の戦いは終わりました。

しかし、戦が終われば、死傷者の確認、捕虜の扱い、橋の修復、領民の生活再建といった仕事が始まります。

その一方で、アレクとマティアスが新しい武器について話し少しずつ動き始めます。

必要な材料、費用、安全性、運搬、整備、訓練。そして、実際に形にする職人。

今回は、新しい武器を作るために、まず「分からないこと」を明らかにしていくお話です。

 戦に勝った翌朝、俺たちが最初にしたのは、勝利を祝うことではなかった。

 橋の上に残された遺体を運び、敵と味方に分け、身元を確かめることだった。

 名前の分かる者は帳面に記す。

 身元を示すものがあれば、遺品としてまとめる。

 何も持っていない者は、服装や身体の特徴を記録する。

 生きている者には、敵味方に関係なく治療が施された。

 もっとも、薬も布も人手も足りていない。

 助けられる者から助けるしかなかった。

「そっちの三人は、まだ息がある! 死者と一緒に運ぶな!」

 治療に当たっている男の声が響く。

 兵たちは疲れ切った身体を動かし、担架代わりの板へ負傷者を載せていた。

 俺も遺体の一つを運んだ。

 若い男だった。

 年齢は、今の俺とそれほど変わらないように見える。

 身につけているものから、ローゼンハイム側の兵だと分かった。

 名前は知らない。

 橋のどこで戦っていたのかも分からない。

 それでも、この男が橋を守るために戦い、死んだことだけは分かる。

「こちらへ」

 遺体を並べている兵に言われ、俺は男を地面へ下ろした。

 顔へ布がかけられる。

 その隣にも、さらに隣にも遺体が並んでいた。

 数字で聞けば、死者四十人。

 だが、こうして一人ずつ並べられた姿を見ると、四十という数字では足りない気がした。

 一人ずつに名前があり、家族がいる。

 帰りを待っている人間がいる。

「アレク」

 呼ばれて振り返ると、マティアス様が立っていた。

「はい」

「斥候が戻った。来い」

 俺は遺体へ一度頭を下げ、マティアス様のあとに続いた。

          ◇

 橋の北側に残った建物の一つが、臨時の軍議場所として使われていた。

 中にはレオンハルト殿下、ローゼンハイム男爵、ジークフリート殿がいる。

 机の上には周辺の地図と、斥候が持ち帰った書きつけが置かれていた。

「ヴァルナー軍は南へおよそ三里退きました」

 斥候が報告する。

「逃げ続けているのか?」

 ローゼンハイム男爵が尋ねた。

「いいえ。現在は街道沿いの丘に陣を置き、兵をまとめ直しております」

「まだ戻ってくるつもりか」

「可能性はあります。ただ、失った荷を補わなければ、大規模な攻撃は難しいかと」

 荷駄を襲ったことで、敵の矢や飼い葉、橋を壊すための道具の多くは失われた。

 馬や牛も逃がした。

 だが、ヴァルナー軍そのものを壊滅させたわけではない。

 兵の多くは生き残っている。

 指揮官も、撤退しながら負傷者を集め、残った食料を分配しているらしい。

 橋で負けたからといって、軍全体が使い物にならなくなったわけではないのだ。

「敵の指揮官は冷静だな」

 レオンハルト殿下が言った。

「背後を襲われたと知っても、全軍を崩さず退かせた。敗走した兵をまとめるのも早い」

「橋を渡ることに固執してくれた方が助かったのですが」

 俺が言うと、マティアス様がこちらを見た。

「敵がお前の都合に合わせてくれると思うな」

「思っていません」

「なら覚えておけ。一度退いた敵が、次も同じように退くとは限らん」

「はい」

「次は上流も荷駄も、最初から警戒される」

 今回使った手は、もう知られた。

 松明と旗で兵数を多く見せる方法も、荷駄を襲って撤退を促す方法も、次は簡単に通用しないだろう。

 敵も戦いから学ぶ。

 俺たちだけが賢くなるわけではない。

「当面、橋への再攻撃はないと考えてよいか」

 ローゼンハイム男爵が尋ねる。

 レオンハルト殿下がうなずいた。

「私の歩兵八百を、しばらくこちらに置く。ヴァルナー軍が態勢を立て直したとしても、すぐに橋を攻めることはできないだろう」

「感謝いたします」

「ただし、いつまでも置いてはおけない。橋を直し、周辺の守りを固める必要がある」

 ローゼンハイム男爵の顔が曇った。

 橋だけではない。

 壊された柵や防壁も作り直さなければならない。踏み荒らされた畑を調べ、逃げた家畜を集め、避難させた領民をいつ戻すかも決める必要がある。

 捕虜へ与える食料も必要だった。

 敵とはいえ、捕虜を飢え死にさせるわけにはいかない。

「必要な木材と縄、鉄の金具を調べてください」

 俺はローゼンハイム男爵へ言った。

「マティアス商会の荷から出せるものを確認します。足りない分は周辺の町から集められるかもしれません」

「また借りを作ることになるな」

「代金を払っていただけるなら、借りにはなりません」

 そう答えると、マティアス様が鼻で笑った。

「ようやく商人らしいことを言うようになったな」

「俺は商人ではありません」

「俺に仕えている間は、似たようなものだ」

「剣も使います」

「商人も必要なら剣を使う」

 何でも商人の仕事に含めるつもりらしい。

 軍議が終わると、皆がそれぞれの仕事へ戻っていった。

 俺も橋の修復に必要なものを確かめようとした。

「アレク」

 マティアス様に呼び止められる。

「はい?」

 マティアス様は一冊の帳面を俺へ差し出した。

「何ですか、これ」

「昨日の話を、もう忘れたのか?」

 帳面を受け取る。

 新しい火槍。

 戦いが終わってから考えようと思っていたが、戦いが終われば、今度は後始末が始まった。

「忘れてはいません」

「なら書け」

「何をです?」

「お前が作ろうとしているものをだ」

「まだ頭の中に形があるだけです」

「だから書くんだ。頭の中なら、都合の悪いことを簡単に忘れられる」

 マティアス様は帳面の表紙を指で叩いた。

「何を作るのか。何が必要なのか。何が分からないのか。まずは全部書き出せ」

「今からですか?」

「今からだ」

「橋の仕事は?」

「ほかの者に任せろ」

「人手が足りません」

「石を運べる人間はほかにもいる。お前の頭の中にあるものを書けるのは、お前だけだ」

 そう言われれば断れない。

 俺は帳面を持ち、壊れた橋の近くに置かれた木箱へ腰を下ろした。

 筆記具を手に取る。

 最初に何を書くべきか考えた。

 新しい火槍。

 それだけでは曖昧すぎる。

 まず、今ある火槍の欠点を並べる。

 長く、重い。

 本体とは別に火薬と弾を運ぶ必要がある。

 雨や湿気に弱い。

 再装填に時間がかかる。

 命中率が悪い。

 職人ごとに筒の太さが違う。

 弾の大きさも揃っていない。

 火薬の量や詰め方も、扱う兵の経験に任されている。

 暴発する危険がある。

 一つ書くたびに、昨日の自分がどれほど簡単に考えていたか思い知らされた。

 俺は火縄銃を知っている。

 だが、知っているのは完成した姿だ。

 長い鉄の筒。

 木製の銃床。

 火縄を挟む部分。

 引き金を引けば、火縄が火皿へ下りる。

 火薬へ火が伝わり、弾が飛ぶ。

 それくらいなら分かる。

 だが、筒をどれほど厚くすれば爆発に耐えられるのか。

 弾と筒の隙間はどの程度が適切なのか。

 一発に使う火薬の量はどれほどか。

 火縄を火皿へ落とす仕組みを、どのような部品で作るのか。

 俺は知らない。

 前世で火縄銃を分解したことなどない。

 実際に撃ったこともない。

 博物館や本、映像の中で見た知識しか持っていない。

「分からないことばかりだな」

 思わず呟いた。

「ようやく分かったか」

 いつの間にか、マティアス様が隣に立っていた。

「聞いていたんですか?」

「声に出していたのはお前だ」

「……そうでしたか」

 帳面を見られないように閉じようとすると、取り上げられた。

「見せろ」

「まだ途中です」

「途中だから見るんだ」

 マティアス様が頁をめくる。

「長さ、重さ、火薬、弾、雨、命中率、再装填、暴発か」

「ほかにもあると思います」

「費用がない」

「あ」

「何人で運ぶかもない。荷車一台で何本運べるか。壊れたときに誰が直すのか。撃つ兵を何日訓練するのか。必要な火薬をどこから買うのか」

 次々と問題が増えていく。

「全部、最初から考える必要がありますか?」

「考えるだけなら金はかからん」

「答えが分からないものもあります」

「なら、分からないと書け」

 マティアス様が帳面を返す。

「分からないことを隠したまま金を使うのが、一番高くつく」

 俺は新しい頁に、分からないことを書き始めた。

 製造費。

 修理方法。

 訓練日数。

 運搬可能数。

 必要な職人。

 そこまで書いて、手が止まった。

「鍛冶職人が必要ですね」

「一人では足りん」

「どうしてです?」

「鉄の筒だけ作れば、武器になると思っているのか」

「木の台も必要です」

「なら木工職人もいる」

「火薬を扱える人も」

「実際に火槍を使った兵も必要だ。作る者が使い方を知らず、使う者が作り方を知らなければ、欠点がどこにあるか分からん」

 少なくとも四種類の人間が必要になる。

 鉄筒を作る鍛冶職人。

 木の台を作る木工職人。

 火薬を安全に扱える者。

 実際に火槍を撃った経験のある兵。

 さらに、開発する場所も必要だ。

 町の中で試射するわけにはいかない。

 暴発すれば職人だけでなく、近くにいる人間まで巻き込む。

 火薬に火が移れば、工房や周辺の家が燃える可能性もある。

「人里から少し離れた場所に工房が必要です」

「そうだな」

「でも、離れすぎると材料を運ぶのが大変になる」

「その通りだ」

「見張りも必要です」

「なぜだ」

「新しい武器を作っていると知られたら、盗もうとする者が出るかもしれません」

「少しは考えられるようになったな」

 褒められた気がしない。

「試作品を一つ作るだけでも、随分大変ですね」

「だから、誰も簡単には新しいものを作らん」

 マティアス様は橋の修復作業へ目を向けた。

「だが、作る価値がないという意味ではない」

「分かっています」

「なら、次に必要なものを考えろ」

 俺は帳面を見る。

 今ある火槍。

 新しいものを作るには、まず比べる対象が必要だ。

「既存の火槍を一つ手に入れたいです」

「どうする」

「ヴァイスブルクから借ります」

「誰に頼む」

「アルベルト様に」

「貸してくれると思うか?」

「たぶん」

「ずいぶん自信がないな」

「貸してはくれると思います。ただ、理由は聞かれます」

「当然だ」

「新しい火槍を作ると知ったら、完成したものを見せろと言われるでしょう」

 アルベルトなら、それだけでは済まないかもしれない。

 試験にも立ち会おうとする。

 製造法を渡すよう求める可能性もある。

「借りた対価として、完成品を渡す必要がありますか?」

「話し合い次第だ」

「マティアス商会が金を出すのに?」

「だからこそ、最初に決める。誰が金を出し、誰が職人を用意し、誰が完成したものを使えるのか」

 武器を一本作るだけではない。

 そこには金と権利が関わる。

 アルベルトから火槍を借りる。

 マティアス商会が資金を出す。

 レオンハルト公国内で作り、試す。

 それぞれが力を貸せば、それぞれが成果を求める。

「まず、レオンハルト殿下に話す」

 マティアス様が言った。

「許可を取るためですか?」

「それもある。勝手に領内で火薬を爆発させれば、俺でも捕まる」

「マティアス様でも捕まるんですね」

「お前は俺を何だと思っている」

「捕まらない商人かと」

「そんな商人がいるか」

 少しだけ笑い、俺たちはレオンハルト殿下のもとへ向かった。

          ◇

 レオンハルト殿下は、捕虜の扱いについて報告を受けているところだった。

 話が終わるのを待ち、新しい火槍の構想を説明する。

 俺が描いた簡単な図を見たレオンハルト殿下は、しばらく何も言わなかった。

「これが、火槍より短い新しい武器か」

「はい。まだ形を考えただけですが」

「どれほど遠くまで飛ぶ」

「分かりません」

「命中率は」

「作って試さなければ分かりません」

「一発撃ったあと、次を撃つまでの時間は」

「それも、まだ」

「何本作れば、兵百人分の働きをする」

「分かりません」

 質問されるたび、同じ答えを返すしかなかった。

 自分でも情けなくなる。

「分からないことばかりだな」

「申し訳ありません」

「謝る必要はない。まだ作っていないのだから当然だ」

 レオンハルト殿下は図を机へ置いた。

「では、いくらまでなら失敗できる」

「それは……」

 答えられない。

 金のことはマティアス様に頼むつもりだった。

 だが、頼むのであれば、どれほど使う可能性があるのか考えなければならない。

「最初は商会の金だけで作ります」

 マティアス様が答えた。

「試作品を一つ。撃てるかどうかも分からないものへ、公国の金を出せとは言わん」

「私に求めるものは?」

「工房を置く許可と、試射できる場所です。それから、職人を紹介していただきたい」

「完成した場合は?」

「公国軍に買っていただきます」

「随分と商人らしい答えだ」

「ただで渡せと?」

「言ってみただけだ」

 レオンハルト殿下が笑う。

「よい。領内での製造と試験を認める。ただし、火薬を扱うときは必ず管理できる者を立ち会わせろ。試射場所もこちらで決める」

「承知しました」

「軍の金を出すのは、使えるものができてからだ」

「十分です」

「それから、アルベルト公へ火槍を借りるのなら、話を隠すな。あとで知られる方が面倒になる」

「分かっています」

 レオンハルト殿下は、扉の近くに控えていた兵へ声をかけた。

「ローゼンハイム男爵を呼べ。腕のよい鍛冶職人がいないか聞きたい」

 しばらくして、ローゼンハイム男爵がやって来た。

 事情を説明すると、一人の職人を紹介された。

「ロルフ・ブレンナーという男がいます」

「武器職人ですか?」

「いや。主に農具と馬具、橋に使う金具を作っている」

「火槍を作った経験は?」

「ないだろう」

 それでは意味がないと思いかけた。

 だが、ローゼンハイム男爵が続ける。

「鉄の扱いなら、この周辺であの男より優れた者はいない。武器を好んで作らないだけだ」

「武器を作るのが嫌いなのですか?」

「戦があるたび、槍や剣を作れと命じられる。それで農具の修理が後回しになり、領民が困るのが気に入らないらしい」

 少し変わった職人だ。

 だが、会ってみる価値はある。

「紹介してください」

「分かった。ただし、私が命じても、納得できなければ動かない男だ」

「領主様の命令でも?」

「腕のよい職人ほど頑固なものだ」

 マティアス様は、その話を聞いて楽しそうにしていた。

「ちょうどいい」

「どこがですか?」

「お前の都合のいい話を、すべて否定してくれる」

「俺の味方をしてください」

「金を出すのが俺の仕事だ。お前を甘やかすのは仕事ではない」

 こうして、俺たちはロルフ・ブレンナーの工房を訪ねることになった。

          ◇

 ロルフの工房は、橋から少し離れた町の外れにあった。

 建物の前には、修理を待つ鍬や鎌、馬車の車輪が並んでいる。

 中から金属を打つ音が聞こえた。

 扉を開けると、熱気が押し寄せてくる。

 炉の前に、一人の男が立っていた。

 四十代後半くらいだろう。

 太い腕に火傷の痕がいくつもあり、短く切った髪にも煤がついている。

 俺たちが入っても、男は作業を止めなかった。

 赤く熱した鉄を金槌で叩き、形を整えていく。

 やがて鉄を水へ入れると、白い蒸気が上がった。

「ロルフ・ブレンナー殿ですか?」

 俺が尋ねる。

「そうだ」

 男は俺ではなく、マティアス様を見た。

「領主様の使いか」

「ローゼンハイム男爵の紹介で来た。マティアス・クレーマーだ」

「商人上がりの兵站奉行か」

「知っているなら話が早い」

「何を作れと言う」

「俺ではなく、こいつの話を聞いてくれ」

 マティアス様に背中を押され、俺は前へ出た。

「アレク・ハルトマンです」

「若いな」

「十六です」

「帰れ」

「まだ何も話していません」

「戦が終わった翌日に兵站奉行が連れてくる若者だ。ろくなものを作らせない」

 否定できない。

「新しい火槍を作りたいと思っています」

「やはり武器か」

 ロルフの顔が明らかに険しくなった。

「今ある火槍より短く、運びやすいものにします。できれば命中率も上げたいです」

「できれば?」

「まだ、できるとは断言できません」

「正直なのか、何も考えていないのか分からんな」

 俺は帳面から簡単な図を取り出した。

「まず、これを見てください」

 ロルフは渋々受け取った。

 図には、俺が記憶を頼りに描いた火縄銃に似たものがある。

 長い鉄筒。

 その後ろにつけた木の台。

 肩か胸の近くで支える構造。

 火縄を火薬へ近づけるための簡単な部品。

 ロルフは図を見たまま黙っていた。

「どうでしょう」

「駄目だ」

 即答だった。

「どこがですか?」

「この筒では、一度撃てば裂ける」

「もっと厚くすれば作れますか?」

「作れる。だが重くなる」

「どれくらい?」

「火薬の量も筒の長さも決まっていないのに、答えられるわけがない」

 正論だった。

「既存の火槍より短くしたいんです」

「短くするのは柄だろう。この図では、筒の後ろを人間の身体で支えることになる」

「はい」

「今の火槍は長い柄の後ろを地面へつける。それで撃ったときの衝撃を受け止めている。これを肩へ当てれば、衝撃は誰が受ける」

「撃った人間です」

「骨が折れるかもしれん」

「木の台の形を変えれば、衝撃を分散できませんか?」

「できるかもしれん。だが鉄の筒を軽くしすぎれば、今度は筒が破裂する」

 短くする。

 軽くする。

 持ちやすくする。

 その一つを良くすれば、別の問題が生まれる。

 俺は火縄銃の形を知っているだけで、その形になった理由までは理解していなかった。

「この火縄を動かす部分も細かすぎる」

 ロルフが図を指す。

「作れませんか?」

「作れる職人はいる。だが、泥と煤にまみれた兵が何度も使えば、すぐ動かなくなるかもしれん」

「丈夫にすれば?」

「重くなり、金もかかる」

 また同じ問題だ。

「全部を同時に良くすることはできませんか?」

 俺が尋ねると、ロルフは呆れたように俺を見た。

「軽く、丈夫で、安く、遠くへ飛び、狙った場所へ当たり、誰でも簡単に使えるものが欲しいということか」

「できれば」

「神に頼め」

「神様にはあまり頼みたくありません」

「何の話だ」

「こちらの話です」

 ロルフは図を机へ置いた。

「何を一番優先する」

「全部必要です」

「なら帰れ」

「待ってください」

「鉄にも人にも限界がある。すべてを求めれば、何も作れん」

 俺は図を見る。

 軽さ。

 命中率。

 威力。

 安全性。

 費用。

 再装填の速さ。

 どれも必要に思える。

 だが、最初から完成した火縄銃を作ろうとしても無理なのだ。

 まず試作品を作り、一つずつ確かめなければならない。

 最初に必要なものは何だ。

 実際に撃てること。

 だが、撃った瞬間に筒が破裂し、使った人間が死んでは意味がない。

「安全性です」

 俺は答えた。

「最初の一つは、撃った人間が死なないものにしたいです」

「重くなってもか」

「はい」

「運びにくくても?」

「今の火槍より短くすることは諦めません。ただ、最初から軽くすることにはこだわりません」

「命中率は」

「最初は、狙った方向へ弾が飛ぶか確かめます」

「費用は」

 俺はマティアス様を見た。

「なぜ俺を見る」

「金を出してくださるので」

「限度はあるぞ」

 ロルフが初めて、わずかに笑った。

「それなら話はできる」

「作っていただけますか?」

「まだ作るとは言っていない。今ある火槍を見せろ」

「持っていません」

「では何と比べる」

「アルヴェイン大公から借ります」

 ロルフの目が細くなった。

「大公の武器を借りるのか」

「頼んでみます」

「借りられなければ?」

「別の場所から探します。それでも見つからなければ、今ある記録だけで始めます」

「まず実物を持ってこい。話はそれからだ」

 断られたわけではない。

 少なくとも、実物を持ってくれば話を聞いてくれる。

「分かりました」

 俺は帳面を開いた。

 最初の頁に題を書く。

『新しい火槍、第一号』

「待て」

 ロルフに止められた。

「何です?」

「まだ何も作っていない」

「これから作ります」

「撃てるかどうかも分からんものに、第一号などと名をつけるな」

「では、何と書けばいいですか?」

「自分で考えろ」

 俺は書いた文字へ線を引いた。

 少し考え、別の言葉を書く。

『試作品を作るための記録』

 ロルフはそれを見て、何も言わなかった。

 今度は否定されない。

「次は、アルベルト様へ書状ですね」

 俺が言うと、マティアス様がうなずいた。

「火槍を一つ貸してほしいと書け。新しいものを作るつもりだということも隠すな」

「アルベルト様なら、すぐにこちらへ来ると言い出しませんか?」

「言うかもしれんな」

「止めてください」

「俺に止められると思うか?」

「思いません」

「なら聞くな」

 工房の外へ出ると、遠くから金槌の音が聞こえた。

 壊れた橋を直すため、職人たちが鉄の金具を打っている。

 後ろの工房からも、ロルフが作業を再開する音が響いた。

 同じ鉄を叩く音だった。

 一方は、人と荷物が川を渡るための橋を直している。

 もう一方では、これから人を殺す武器が作られるかもしれない。

 その違いを考えると、胸の奥に重いものが残った。

 それでも、俺は帳面を閉じなかった。

 誰かを傷つけるためだけに作るつもりはない。

 人数で劣る戦場で、俺の隣にいる者を一人でも多く生きて帰すために作る。

 その考えが正しいのかは、まだ分からない。

 ただ、何もせず次の戦を待つことだけはできなかった。

 その日、まだ一本の武器も作られていなかった。

 それでも、新しい火槍を生み出す最初の仕事は、すでに始まっていた。

第九話をお読みいただき、ありがとうございます。

今回は、新しい火槍の開発へ向けた最初の一歩を描きました。

アレクが知っているのは、完成した火縄銃の姿と大まかな仕組みだけです。

鉄筒の厚さ、火薬の量、弾との隙間、反動に耐える構造など、実際に作るための知識は持っていません。

そこで必要になるのが、この世界で鉄や木、火薬を扱ってきた人々の経験です。

今回登場したロルフ・ブレンナーは、アレクの考えをそのまま形にする職人ではありません。

作れないものは作れないと言い、危険なものは危険だと指摘し、何を優先するのかを問い返す人物です。

前世の知識だけですべてを解決するのではなく、アレクの知識と、この世界の職人たちの技術を組み合わせながら、新しい火槍を形にしていきます。

その日、まだ一本の武器も作られていませんでした。

それでも、完成へ向けた最初の仕事は、確かに始まっています。

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