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『知らない世界の知っている物語』 ~剣と知識を授かった平凡な会社員は、異世界の乱世を生き抜く~  作者: 相田 ソウ
第四篇 乱世に抗う力

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第七話 グリュン川大橋の戦い(中)

橋の南半分と第一防衛線を失ったローゼンハイム男爵軍。

残されているのは、北側に築いた第二防衛線と関門だけです。

ヴァルナー伯軍は、最初の攻撃で男爵軍の守り方を既に見ています。

大盾で矢を防ぎ、煙で塔の視界を奪い、鉤と綱で荷車の障害を崩す。

さらに今度は、丸太を使って第二防衛線と関門を破壊しようとしていました。

一方、レオンハルトの騎兵二百は、街道を塞ぐ倒木によって到着が遅れています。

橋を守り続けるのか。

それとも敵に奪われる前に壊すのか。

男爵軍が最後の防衛線へ集まる中、ヴァルナー伯軍による次の攻撃が始まります。

 ヴァルナー伯軍の太鼓が、橋の南側から響いていた。

 ドン。

 ドン。

 ドン。

 朝よりも近い。

 第一防衛線を失ったことで、敵は橋の中央付近まで進んでいる。

 俺たちが残しているのは、北寄りに作った第二防衛線と、その後ろにある石造りの関門だけだった。

「矢の残りは?」

 マティアスに聞かれ、俺は手元の記録を見る。

「橋と倉庫を合わせて四千五百ほどです。ただ、弓に合わない物も混じっています」

「使えるものだけなら?」

「四千を少し切るくらいです」

「水は?」

「第二防衛線に十七樽。北側の井戸から補充していますが、運ぶ人が足りません」

「負傷者は?」

「重傷者を治療所へ運んでいます。軽傷者の中には、手当てをすれば戻れる人もいます」

「戦える兵は?」

「橋の正面に三百ほど。上流や城にいる人を合わせれば四百二十前後です」

 敵はまだ千四百以上いる。

 しかも、今度の攻撃には四百ほどが動き始めていた。

「アレク殿」

 弓兵長が俺を呼ぶ。

「集めた矢をどう分けます?」

 橋の北側には、男爵軍が持っていた長弓だけでなく、猟師や村人から集めた短い弓もある。

 当然、同じ矢を全ての弓で使えるわけではない。

「最初に付けた白い布を使います」

「距離ごとに分けるのですか?」

「はい。長弓に慣れた人は遠い布。普通の弓兵は真ん中。短弓の人は、一番近い布を越えた敵だけを狙ってください」

「盾の兵は?」

 俺は橋の南側を見る。

 敵の前面には、大きな木盾が並んでいる。表面には濡れた獣皮が張られ、火矢を防ぐ準備もされていた。

「盾へ何十本射ても、止められるか分かりません」

「では誰を狙う?」

「盾の後ろにいる人です。煙を運ぶ人、障害を壊す人、丸太を押す人」

「見えるならな」

「見えた時だけでいいです。煙の中へ適当に射たら、味方に当たります」

「分かった」

「それから、敵が射た矢で使えるものは集めてください。折れている物も、鏃だけ外せるなら残します」

「戦の最中にそこまでやるのか?」

「なくなってから集めるよりはいいでしょう」

 弓兵長が僅かに笑う。

「承知した」

 第一防衛線と違い、第二防衛線は北側関門のすぐ前にある。

 石と土を積んだ荷車を左右から寄せ、中央には二人が並べる程度の通路しか残していない。

 関門の左右にある塔から橋を見下ろせるため、上から弓を射ることも、石を落とすことも出来る。

 守りは第一線より強い。

 しかし、破られた時に下がれる場所は少なかった。

 背後には関門がある。

 扉を閉めれば敵を止められるかもしれないが、橋の上に残った味方も戻れなくなる。

「塔へ石を運べ!」

 ハーゲンが声を上げる。

「大きすぎる物はいらん! 一人で持てる石を数多く用意しろ!」

「油は使わないんですか?」

 近くにいた兵が聞く。

「油は高い。それに橋の上で燃やせば、こちらも近づけなくなる」

「熱湯は?」

「湯を沸かしている時間があるなら、水を消火に使え」

 俺も前世の城攻めでは、城壁の上から熱した油を掛けるような場面を何度も見た。

 だが実際には、大量の油を用意するだけでも金がかかる。

 水を運び、火を消し、負傷者に飲ませる方が重要だった。

「砂と細かい土も塔へ上げろ」

 ハーゲンが続ける。

「砂を?」

 俺が聞く。

「盾の隙間へ落とす。目へ入れば、しばらく前を見られん」

「なるほど」

 敵陣の太鼓が速くなる。

 ドン、ドン、ドン。

 ヴァルナー伯軍が前進を始めた。

 今度の攻撃は、最初から橋を奪うためのものだった。

 ◇ ◇ ◇

 敵の先頭には、大きな木盾を持つ兵が並んでいた。

 盾と盾の間をほとんど空けず、壁のようにして進んでくる。

 その後ろには、湿った藁や枝を積んだ台車。

 さらに後ろに、鉤、綱、斧を持つ工兵が続いている。

 丸太を縄で吊り下げた破壊用の道具も見えた。

「射るな!」

 弓兵長が叫ぶ。

「遠い布を越えるまで待て!」

 敵の弓兵が先に矢を放つ。

 狙いは橋の守備隊だけではない。

 北側関門の塔へ矢が集中した。

 カンッ。

 石壁へ矢が当たる。

 塔の上から顔を出した弓兵が、兜へ矢を受けて倒れた。

「盾を上げろ!」

「倒れた者を階段へ下ろせ!」

「弓兵は勝手に顔を出すな!」

 敵の大盾が最初の白い布を越える。

 熟練した弓兵だけが射始めた。

 矢が木盾へ刺さる。

 濡れた獣皮を貫けず、落ちるものも多い。

「盾ではなく後ろを狙え!」

 俺は叫んだ。

 盾が僅かに傾いた瞬間を狙い、弓兵が矢を放つ。

 工兵の一人が肩へ矢を受けて倒れた。

 後ろの兵がすぐ前へ出て、盾の列を埋める。

 敵は止まらない。

 台車が橋の中央へ入った。

 兵が湿った藁へ火をつける。

 最初は小さな炎だった。

 やがて白く濃い煙が上がり、南から吹く風に乗って北へ流れてくる。

「また煙です!」

「慌てるな!」

 ハーゲンが第二防衛線の中央に立つ。

「弓兵は見える敵だけを射ろ! 槍兵は障害から離れるな!」

 煙が橋を包み始める。

 目が痛い。

 息をするたびに喉が焼けるようだった。

 北側の塔まで煙が届き、弓兵たちが咳き込んでいる。

「姿が見えません!」

「射撃を止めろ!」

 適当に射れば、第二防衛線の味方へ当たる可能性がある。

 塔からの援護が止まった。

 煙の中から、木を叩く音が聞こえる。

 ガン。

 ガン。

 敵は大盾を前へ出し、その陰から工兵を近づけていた。

「来るぞ!」

 荷車の隙間から長い槍が突き出される。

 男爵軍の兵が盾で受ける。

 煙の向こうにいる敵の顔は見えない。

 こちらも荷車の後ろから槍を突き返す。

「砂を落とせ!」

 塔の上から、砂と細かな土が撒かれた。

 煙の切れ間で、大盾の後ろにいた兵が顔を覆う。

 その瞬間、男爵軍の弓兵が矢を放った。

「盾が倒れた!」

 敵の大盾が一枚、橋の上へ倒れる。

 後ろにいた工兵が姿を晒す。

「今だ!」

 矢が次々と飛び、二人、三人と倒れた。

 それでも敵は盾を捨てない。

 後ろから来た兵が持ち上げ、再び前へ立てる。

「動かないな」

 俺は思わず呟いた。

「何がだ?」

 近くにいたハーゲンが聞く。

「人が倒れても、盾が残る。後ろの人がすぐ使える」

「敵も考えている」

 最初の攻撃で、ヴァルナー伯軍は橋の守り方を見た。

 弓兵の位置。

 荷車の構造。

 火を防ぐ濡れた獣皮。

 第一防衛線から退く時の合図。

 その全てを見た上で、次の攻撃を組み立てている。

「右の荷車に鉤が掛かった!」

 兵の声が響く。

 煙の中から伸びた鉤が、荷車の縁へ食い込んでいた。

 太い綱が敵側へ続いている。

「切れ!」

 男爵軍の兵が斧を振り下ろす。

 一度では切れない。

 煙の向こうから、敵が一斉に綱を引く。

「引け!」

 荷車が僅かに動いた。

 中に積んでいた石が崩れ、橋の上へ落ちる。

「押さえろ!」

 兵たちが荷車へ肩を当てる。

 別の鉤が掛けられる。

 さらにその後ろから、丸太を吊り下げた道具が近づいてきた。

「第一線と同じです!」

 俺が言う。

「同じではない」

 マティアスが答えた。

「今度は、こちらが下がる場所がない」

 背後を見る。

 北側関門の扉は、まだ開いている。

 だが橋の上にいる三百人全員が、一度にそこを通ることは出来ない。

 第二防衛線を破られれば、退却は第一線の時より難しくなる。

「男爵」

 マティアスが呼ぶ。

「石工へ作業を始めさせます」

「橋を崩すのか?」

「まず路面石を外します。まだ橋脚には手を付けません」

「どこまで崩す?」

「一人が通れる幅から始める。敵が止まらなければ広げます」

 男爵は煙に包まれた橋を見る。

「始めろ」

「石工を橋の下へ!」

 伝令が走る。

 補修された箇所には、既に足場と工具が用意されている。

 石工たちは橋の側面へ下り、路面を支える石を外す準備に入った。

「敵から見えますよね」

 俺が聞く。

「見せるためでもある」

 マティアスが答える。

「本当に壊すだけじゃなくて?」

「ヴァルナーは橋を無傷で欲しがっている。作業を見れば、橋を壊される前に取ろうとする」

「敵がもっと急ぐんじゃ」

「ああ」

「危なくなってません?」

「急げば、敵も無理をする」

 こちらは橋を壊せる。

 その事実を見せれば、敵は時間をかけて兵を消耗させる余裕を失う。

 だが、敵が一気に攻め込んでくれば、こちらも耐えられない可能性がある。

 敵陣の物見が、橋の側面で動く石工たちに気づいた。

 馬が一騎、ヴァルナー伯のいる場所へ走っていく。

 やがて太鼓の音が変わった。

 ドン、ドン、ドン、ドン。

 攻撃を急がせる合図だった。

 ◇ ◇ ◇

 ヴァルナー伯軍が、新たな兵を橋へ送り込んだ。

 大盾の後ろに歩兵が密集する。

 煙の中では正確な数が分からない。

 ただ、橋の石を踏む足音と、鎧がぶつかる音は明らかに増えていた。

「敵が詰め込みすぎてます!」

 俺は煙の向こうを見る。

「橋を壊される前に抜くつもりだ」

 マティアスが答える。

 敵の丸太が、第二防衛線の荷車へぶつけられた。

 ドン!

 荷車全体が揺れる。

 積まれていた石が落ち、兵が足を取られた。

「もう一度来るぞ!」

 ハーゲンが叫ぶ。

 ドン!

 二度目。

 木が軋む。

 荷車の側面に亀裂が入った。

「槍兵、中央へ! 盾を重ねろ!」

 敵兵が隙間へ押し寄せる。

 男爵軍の槍が突き出される。

 敵の盾へ当たり、その間から別の槍が伸びる。

 橋の上が、再び人と武器で詰まった。

「矢を一束、左の塔へ!」

「水樽を前へ!」

「担架が足りません!」

「関門の扉を一枚外して使ってください!」

 俺は第二線の後ろを走った。

 負傷者が次々と運ばれてくる。

 腕を押さえている者。

 脚を引きずっている者。

 血に濡れたまま、まだ槍を離そうとしない者。

「軽傷者は左! 歩けない人だけ担架へ!」

「俺は戻れる!」

「傷を見てもらってからです!」

「前の兵が足りない!」

「死んだらもっと足りなくなります!」

 自分でも、何を言っているのか分からなくなりそうだった。

 全てが同時に起きている。

 矢が減る。

 水が減る。

 兵が倒れる。

 敵は増える。

「ハーゲン様が!」

 声が聞こえた。

 第二防衛線の中央を見る。

 ハーゲンが膝をついている。

 左肩に矢が刺さっていた。

 鎧の隙間へ深く入っている。

「ハーゲンさん!」

 俺は走った。

「来るな! 持ち場へ戻れ!」

「血が止まってません!」

「この程度で」

 立ち上がろうとしたハーゲンの身体が揺れる。

 従士が支えた。

「下がってください!」

「指揮官が下がれば兵が崩れる!」

「死んだらもっと崩れます!」

 自分が先ほど負傷兵へ言ったのと同じような言葉だった。

「ハーゲン様、治療所へ」

 従士が言う。

「まだだ」

「命令です」

「お前が私に命令するのか?」

「男爵様から、指揮官を無駄に死なせるなと言われております」

 ハーゲンは顔を歪めた。

 痛みのせいだけではない。

「アレク」

「はい」

「あの左側が崩れかけている」

 ハーゲンが第二防衛線の左側を指す。

 三十人ほどの兵がいるが、指揮していた騎士も負傷したらしく、隊列が乱れている。

「鐘と旗の合図を守らせろ。勝手に前へ出すな」

「俺が?」

「他に誰がいる」

「でも、全体の指揮は」

「全体を任せるとは言っていない。左側だけだ」

「……分かりました」

「返事は一度だ」

「はい」

 そこまで言うと、ハーゲンは従士に支えられて関門へ下がっていった。

 俺は左側へ走る。

 兵たちは敵を押し返そうと前へ出る者と、関門へ逃げようとする者に分かれていた。

「前へ出るな!」

 俺は声を上げた。

「荷車から離れないでください!」

「指揮官が倒れた!」

「ハーゲンさんは死んでません! 治療のために下がっただけです!」

「敵が入ってくる!」

「一人で止めようとしないでください!」

 夜の浅瀬で、ハーゲンが兵を五人ずつに分けたことを思い出す。

「五人で一組を作ってください!」

「今からか?」

「今だからです!」

「誰と組むんだ!」

「隣にいる人でいい! 槍を突いたら一歩下がる! 下がった人の代わりに、後ろの一人だけ前へ!」

 複雑な命令を出しても、煙と怒声の中では伝わらない。

「前へ出るな!」

「荷車から離れるな!」

「五人で動け!」

 同じ命令を何度も繰り返す。

 最初の五人が槍を突き出す。

 敵の盾へ当たる。

「一歩下がれ!」

 後ろの兵が前へ出る。

 次の槍が伸びる。

 少しずつ、ばらばらだった動きが揃ってきた。

「負傷者を中央へ運ぶな! 左側の通路から関門へ!」

 人の流れを分ける。

 戦う兵と、下がる負傷者が同じ場所でぶつからないようにする。

 俺は剣を抜いた。

 荷車の隙間から入ってきた敵兵が一人、盾を振り上げる。

 剣を盾へ滑らせ、そのまま肩口を狙う。

 相手が下がったところへ、横の槍兵が槍を突き込んだ。

「前へ追わないで!」

「倒せるぞ!」

「荷車から離れたら、向こうの方が多い!」

 敵陣から丸太が再び動く。

「来ます!」

 ドン!

 荷車の側面が大きく割れた。

 バキンという音とともに、積んでいた石が崩れる。

 中央の通路が広がった。

 これまで二人しか並べなかった場所へ、敵兵が五人、六人と押し込んでくる。

「押し返せ!」

「無理です!」

「関門を閉めろ!」

 誰かが叫んだ。

 背後を見る。

 北側関門の扉は開いたままだ。

 今閉めれば、橋の上にいる男爵軍の兵は戻れない。

 敵と一緒に橋へ取り残される。

「門を閉めれば敵を止められる!」

「まだ味方が残ってる!」

「このままなら全員入ってくるぞ!」

 ローゼンハイム男爵も関門前へ来ていた。

「どうする?」

 男爵がマティアスを見る。

「まだ閉めません」

「敵が入ってくる」

「橋の上にいる兵を捨てることになる」

「門を破られれば、橋も宿場も失う」

「予備兵を出します」

「予備は残り少ないぞ」

「だから今使う」

 マティアスが関門内にいた兵へ命じる。

「四十人、橋へ出ろ! 破口を塞げ!」

 新しい兵が関門から走り出す。

 だが、その四十人も多くは徴集兵だ。

 敵を一度押し返しても、いつまで持つか分からない。

「敵が増えます!」

 橋の南側を見る。

 煙の向こうから、さらに新しい兵が進んでいる。

 こちらの兵は疲れ、ハーゲンも負傷した。

 第二防衛線の一部は壊れている。

「石工は?」

 男爵が聞く。

「路面石を二列外しました!」

 伝令が答える。

「まだ人は通れますが、荷車は危険です!」

「さらに広げるか?」

 男爵がマティアスへ尋ねる。

 マティアスはすぐに答えなかった。

 敵を止めるなら、今すぐ橋を崩すべきなのかもしれない。

 だが橋の上には味方もいる。

 壊す場所によっては、こちらの兵まで戻れなくなる。

 その時、関門の向こうから声が上がった。

「東の街道に軍勢!」

「敵か?」

「旗を確認しろ!」

 塔の兵が目を凝らす。

 遠くから馬の蹄の音が近づいてくる。

 最初は低い地鳴りのようだった。

 やがて何十、何百という蹄の音が重なる。

「旗は?」

 ユリウスが叫ぶ。

「銀の双頭鳥! レオンハルト殿下の旗です!」

「援軍だ!」

 男爵軍の兵たちから声が上がった。

 北東の街道に、騎兵の列が現れる。

 その数、およそ二百。

 先頭を走る男は、三十代後半ほどだった。

 短い黒髪に、濃紺の外套。胸元にはレオンハルト直属であることを示す銀の意匠が付けられている。

 騎兵隊は関門の前で馬を止めた。

「ジークフリート・フォン・アルテン! レオンハルト殿下の命により援軍に参りました!」

「遅い!」

 ユリウスが声を返す。

「道に木を倒した者へ言ってください!」

「兵は戦えるか?」

「二百、全員おります!」

「橋では馬を使えん! 百五十を下ろせ!」

 マティアスが命じる。

 ジークフリートは一瞬だけマティアスを見たが、すぐに状況を理解した。

「百五十、下馬! 盾と剣を持て! 弓を扱える者は左へ!」

 騎兵たちが次々と馬から降りる。

 馬を管理する者と上流を警戒する五十騎を残し、百五十人が徒歩で関門へ入った。

 馬上で使う長い槍は置き、短槍、剣、盾へ持ち替える。

「橋へ!」

 ジークフリートが先頭に立つ。

 新しい兵が関門から第二防衛線へ出てきた。

 疲れ切った男爵軍と違い、実戦経験のある兵が多い。

 道中を急いできた疲労はある。

 それでも、一晩中戦い続けた者たちより動きは揃っていた。

「盾を並べろ!」

 レオンハルト軍の兵が、壊れた荷車の隙間へ入る。

 敵の槍を盾で受け、短槍を突き返す。

「押せ!」

 男爵軍の兵も声を上げた。

 敵が開いた隙間を、少しずつ押し戻す。

 俺も左側の兵たちへ叫ぶ。

「前へ出すぎないで! レオンハルト軍の列に合わせてください!」

 橋の上で剣と盾がぶつかる。

 ガンッ。

 ギィン。

 敵兵が一人、二人と下がる。

 援軍の到着を見たヴァルナー伯軍の太鼓が変わった。

 撤退の合図だ。

「追うな!」

 ジークフリートが叫ぶ。

「橋の中央を越えるな!」

 敵は負傷者を運びながら、橋の南半分へ下がっていく。

 煙も少しずつ薄れていった。

 第二防衛線は大きく壊れた。

 それでも、北側関門は残っている。

 ヴァルナー伯軍は橋を完全には突破出来なかった。

 ◇ ◇ ◇

 戦闘が止まったのは、日が西へ傾き始めた頃だった。

 橋の中央には壊れた荷車、盾、槍、そして双方の死傷者が残されている。

 南半分にはヴァルナー伯軍。

 北半分には男爵軍とレオンハルト軍。

 どちらも橋全体を支配してはいない。

「損害は?」

 マティアスが聞く。

 書記が記録を読み上げる。

「この攻防で確認出来た死者は十九。重傷者十五。軽傷者は三十を超えています」

「ハーゲンは?」

「矢は抜けました。命に関わる傷ではないそうです。ただ、しばらく左腕は動かせないと」

「敵は?」

「橋の上だけで五十近く。ただし、全ては確認出来ません」

 敵の方が多く死んでいる。

 それでもヴァルナー伯軍は、まだ千三百以上の兵を残しているはずだ。

 こちらは騎兵二百が加わったが、レオンハルトの歩兵八百は夜まで来ない。

 第二防衛線は、次の攻撃に耐えられるか分からないほど壊れていた。

「橋を崩す作業は?」

 男爵が聞く。

「路面石を外し、荷車が通れない幅の穴が出来ています」

「敵が橋を奪っても、すぐ荷車は通せない?」

「ああ。ただし歩兵は渡れる」

「さらに広げるか?」

 マティアスは橋の南側を見る。

「今夜までは待ちます」

「また待つのか」

「歩兵八百が来れば、状況は変わる」

「来なければ?」

「その時に決めます」

 男爵は納得していない顔をしていた。

 だが、今度はそれ以上言わなかった。

 ジークフリートがこちらへ来る。

「騎兵二百で敵の側面を突ければ、陣を崩せます」

「川のこちら側から、どうやって側面へ回る?」

 マティアスが聞く。

「橋を通るしかありません」

「橋の南半分は敵が押さえている」

「なら、下馬して守りに使うしかないか」

 ジークフリートは悔しそうに橋を見る。

「せっかく騎兵が来たのに」

 俺も言った。

「馬に乗って戦えないんですね」

「ああ」

「橋の上じゃ、騎兵も少し強い歩兵と変わらない?」

「橋の上ではな」

 マティアスは橋ではなく、上流を見ていた。

 昨夜、敵の渡河部隊を退けた浅瀬がある方角だ。

「他に渡れる場所は……」

 そこまで口にして、俺も気づいた。

「上流の浅瀬?」

「ああ」

「でも流れが速いですよ」

「昨夜、敵は歩兵を渡そうとした」

「馬も渡れますか?」

 近くにいた男爵領の猟師が答える。

「水位がこれ以上上がらなければ。ただし、一頭ずつ慎重に渡す必要があります」

「二百騎全部なら?」

「時間がかかります」

「全てを渡す必要はない」

 マティアスが地図を広げる。

 上流の浅瀬。

 南岸の森。

 ヴァルナー伯軍の後方へ続く細い道。

 敵の本陣のさらに後ろには、食糧、矢、馬の飼料を積んだ荷車が並んでいる。

「敵の本陣へ突撃するんですか?」

「正面から千三百へ二百騎をぶつけるつもりはない」

「じゃあ?」

「戦う相手は兵だけではないと、何度も教えたはずだ」

 俺は地図を見る。

 橋を攻める兵。

 その兵を支える食糧。

 矢。

 予備の武器。

 馬の飼料。

 負傷者を運ぶ荷車。

「敵の荷を狙う?」

「ああ」

「でも、守ってる兵もいますよね」

「橋の正面よりは少ない」

 橋を守るために、ヴァルナー伯は兵を前へ集めている。

 橋を早く奪おうとして、さらに多くの予備を投入した。

 その分、後方の守りは薄くなっているはずだ。

「橋を守るだけでは勝てん」

 マティアスの指が、上流から南岸へ回り込む道をなぞる。

「次はこちらが川を渡る」

 橋の正面では、ヴァルナー伯軍が次の攻撃へ向けて隊列を整え直している。

 レオンハルトの歩兵八百は、まだ到着していない。

 第二防衛線も、橋そのものも、いつまで持つか分からない。

 それでも、ようやくこちらにも動かせる兵が増えた。

 敵が昨夜使おうとした浅瀬。

 今度はその道を、こちらが使う。

 守るだけだった戦いが、初めて反撃へ変わろうとしていた

第七話をお読みいただき、ありがとうございます。

今回は、グリュン川大橋の第二防衛線と北側関門を巡る攻防を描きました。

第一防衛線で多くの矢を使った男爵軍には、同じように射続ける余裕がありません。

そこでアレクは、弓の種類や兵の経験に応じて射程の目印を分け、敵の盾ではなく、その後ろにいる工兵や煙を運ぶ者を狙わせました。

盾を持つ兵だけを倒そうとするのではなく、攻撃を成立させている人間を狙う。

これもまた、目の前の兵だけを見ないための判断です。

しかしヴァルナー伯軍も、第一防衛線での失敗を繰り返しません。

大盾へ濡れた獣皮を張り、塔へ矢を集中させ、煙によって弓兵の視界を奪います。

さらに、鉤と綱、斧、丸太を使い、第二防衛線の荷車を少しずつ破壊しました。

男爵軍は橋を守るだけでなく、実際に路面石を外す作業も始めています。

これは敵に橋を渡さないための準備であると同時に、ヴァルナー伯軍へ「このままでは橋を失う」と思わせるための動きでもあります。

ただし敵を焦らせれば、その分だけ攻撃も激しくなります。

橋を壊される前に奪おうとした敵が予備兵を追加したことで、第二防衛線は大きく崩れました。

その戦いの中で、男爵軍を率いてきたハーゲンも負傷します。

アレクは全軍を指揮したわけではありません。

指揮官を失って混乱した左側の三十人ほどに対し、複雑な戦術ではなく、

「荷車から離れない」

「五人で動く」

「一人が下がった時だけ、後ろの一人が前へ出る」

という単純な命令を繰り返しました。

これはアレクが前世の知識だけで考え出したものではありません。

上流の夜戦でハーゲンが実際に行った指揮を見て学び、それを必要な場面で使っています。

第二防衛線が破られかけ、関門の扉を閉じるかどうかを迫られた時、ようやくレオンハルトの騎兵二百が到着しました。

ただし狭い橋の上では、騎兵は馬の速さも突撃力も使えません。

百五十人が馬を降り、実戦経験を持つ歩兵として橋へ入り、第二防衛線の崩壊を防ぎました。

援軍は間に合いましたが、それだけで戦いに勝ったわけではありません。

橋の南半分は、今もヴァルナー伯軍が押さえています。

第二防衛線は大きく壊れ、男爵軍とレオンハルト軍にも多くの死傷者が出ています。

歩兵八百が到着するのは、早くても夜です。

騎兵二百が加わっても、橋の上で戦う限り、その本来の力は使えません。

そこでマティアスが目を向けたのは、前夜に敵の渡河部隊を退けた上流の浅瀬でした。

橋の上で使えないなら、橋の上で使う必要はない。

次話では、騎兵を上流から南岸へ渡し、ヴァルナー伯軍の後方にある食糧、矢、飼料、荷車を狙う反撃が始まります。

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