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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第三篇 乱世の潮目

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第十四話 勝った後に残るもの

エルツェンを守り切った翌朝、アレクたちは死傷者の確認、城壁の応急修理、食料の確保に追われます。一方、南へ退いたシュヴァルツ伯軍とは別に、ライゼン将軍率いる王都軍が東から接近していました。

 翌朝、エルツェンに砲声は響かなかった。

 代わりに、夜が明ける前から荷車の車輪が石畳を軋ませ、崩れた城壁から瓦礫を運び出す音が続いていた。教会の前では負傷者を運ぶ兵と住民が行き交い、広場ではクレーマー商会の者たちが食料と医療物資を仕分けている。

 戦っていた時よりも、町全体が忙しく動いているように見えた。

 アレクは宿として使っている建物の窓から、その光景を眺めた。

「戦は、勝ってからのほうが長い……」

 昨夜、マティアスに言われた言葉を口にする。

 肩を動かすと鈍い痛みが走った。医師には骨に異常はなく、打撲と浅い傷だけだと言われている。

 剣を振るわなければ、仕事に支障はない。

「アレク殿」

 背後から声を掛けられ、アレクは振り返った。

 扉の前にフェリクスが立っている。

「マティアス様がお呼びです」

「もうですか」

「何か問題が?」

「昨日は日が暮れるまで働いたので、せめて朝くらいは休めるかと思っていました」

「医師の診察は終わっていますね」

「終わりました」

「肩は」

「骨には異常がないそうです」

「それなら動けます」

「フェリクスさんまで、マティアス様に似てきましたね」

「光栄です」

「褒めていません」

 アレクは上着を羽織った。

「何の会議ですか」

「城と町の被害、物資の配分、負傷者の収容先、食料の補充、城壁の応急修理です」

「多いですね」

「戦が終わったので」

「終わったから増えたのでは?」

「そうとも言えます」

 フェリクスが僅かに笑う。

 アレクは痛む肩を庇いながら、城館へ向かった。


 ◇ ◇ ◇


 城館の会議室には、既にエルツェンとその周辺の地図が広げられていた。

 マティアスとレオンハルトのほか、カール、ユリウス、工兵長、輸送隊長が席についている。

「遅い」

 入ってきたアレクへ、マティアスが言った。

「呼ばれてすぐ来ました」

「俺たちは先に来ている」

「皆さんが早いのでは?」

「座れ」

「はい」

 アレクはフェリクスと並んで空いている席へ座った。

 机の上には、昨夜までに集めた報告が何枚も積まれている。アレクとフェリクスが区画ごとの責任者から集めた記録も、その中にあった。

「まずは人的被害だ」

 カールが一枚の紙を取った。

「守備隊の死者は七十三人。重傷者百十一人。軽傷者は二百人を超えている。夜間も確認を続けたが、崩れた南西角塔の下に残っている者がいる可能性がある」

 アレクの脳裏に、城壁で一緒に戦った兵たちの顔が浮かんだ。

 名前を聞いた者は少ない。

 盾で矢を防いでくれた兵も、敵兵を一緒に押し返した兵も、その後どうなったのか分からなかった。

「民兵は」

 アレクが尋ねる。

「死者三十八人。重傷者四十七人。軽傷者は確認中だ」

「そうですか……」

「戦える状態ではない者も多い。負傷していなくても、今日は休ませなければ倒れる者が出る」

 西壁に立っていた民兵は、鎧も戦闘経験もない者が大半だった。

 それでも、城壁を守り切った。

 生き残ったからといって、すぐに元の仕事へ戻せるわけではない。

「敵側はどうなっていますか」

 カールの問いに、レオンハルトが答えた。

「城内と城壁周辺に残された遺体が二百人以上。城外で確認できたものは約三百六十だ。撤退時に運ばれた負傷者は分からん」

「捕虜は」

「百七十二人。西翼が崩れた際に取り残された者が多い」

 敵の死傷者は守備側より多い。

 数字だけを比べれば勝利だった。

 しかし、守備隊と民兵を合わせて百人以上が死亡している。その家族にとって、敵を何人倒したかは慰めにならない。

「捕虜へ食料を出す必要もありますね」

 アレクが言うと、輸送隊長が頷いた。

「既に最低限は出している」

「負傷者の治療は?」

「重傷者は敵味方を分けたうえで教会へ運んでいる。治療の順番は傷の重さで決める」

 捕虜だからといって、治療せず死なせればいいわけではない。

 だが、薬も布も人手も限られている。全員を同じように救える状態でもなかった。

「次は城壁だ」

 工兵長が別の紙を広げた。

「南西角塔は上部がほぼ崩壊している。下部にも亀裂があり、このまま上だけ積み直すことはできん」

「再建には、どれくらい掛かりますか」

「石材を運び、足場を組み、下から補強するなら一月以上は欲しい」

「シュヴァルツ伯は待ってくれないでしょうね」

「だから本格的な再建より先に、次の攻撃を防ぐ形を作る」

 工兵長が南西角塔の内側を指した。

「裂け目の後ろに木柵を二重に組む。二つの柵の間へ土と細かな瓦礫を詰め、内側から支柱を入れる」

「土で壁を作るのですか」

「ああ。石壁ほど長くは持たんが、短期間で作れる。昨日使った袋だけを積むより崩れにくい」

 前世で見た土塁に近いものだった。

 石だけで壁を作り直すことに固執せず、木と土で不足する時間を補う。

「砲撃には耐えますか」

「十二門で同じ場所を撃たれ続ければ壊れる」

「では、意味がないのでは」

「石壁でも壊れた」

 工兵長が崩れた角塔を指で叩く。

「壊されない壁など作れん。砲弾が何発か当たっても、敵兵がすぐに城内へ入れなければいい。その間に兵を集められる」

「なるほど」

「南門は外板三枚を交換する。壊れた閂も替えなければならん。西壁は胸壁の補修だけで済む」

 カールが腕を組んだ。

「応急修理に何日掛かる」

「材料が揃えば五日だ」

「五日か」

「昼夜を分けて作業させる。ただし、昨日戦った民兵をすぐに使えば倒れるぞ」

「今日は工兵と商会の人員を中心にする。民兵は明日以降、本人の体調を確認してからだ」

 カールはすぐに答えた。

 守備兵を無理に働かせ、次の攻撃が来た時に動けなくしては意味がない。

「必要な木材は」

 マティアスが尋ねた。

 輸送隊長が帳簿を開く。

「昨日持ち込んだ分と、町の材木商から買い上げられる分を合わせても、必要量の七割ほどです」

「近隣から運ばせるなら」

「早くても三日掛かります」

「遅いな」

「分かっています」

 アレクは町の被害を書いた紙へ目を落とした。

「壊れた家の木材は使えませんか」

 会議室にいる者たちの視線が集まる。

「昨日の砲撃で、南側の家が何軒も壊れています。住めないほど壊れた家から、焼けていない梁や柱を回収できれば」

「使える」

 工兵長が答えた。

「全てではないが、太い梁と長い柱は柵や支柱に回せる。板も状態がよければ役に立つ」

「では、それを使えば三日を待たずに――」

「待て」

 マティアスが止めた。

「誰の家だ」

「町の人の家です」

「それを誰の許可で解体する」

 アレクは言葉を止めた。

 地図や報告書の上では、住めなくなった家は利用できる廃材に見える。

 だが、そこには所有者がいる。

 砲撃で家を失ったばかりの者から、残った柱や板まで取り上げれば、城を守るためという理由があっても納得されない。

「持ち主から買い取ります」

「金だけを渡して終わりか」

「それでは、新しい家を建てる材料がなくなります」

「なら、どうする」

 アレクは少し考えた。

「こちらで解体と運搬を行います。使った梁や柱は種類と量を記録して、家を再建する時に同じ量以上の新しい木材を優先して渡す」

「それだけか」

「解体費用もこちらで負担します。木材そのものへの補償も必要です」

「拒否した者は」

「無理には使いません」

「足りなければどうする」

「近隣から届くまで、別の材料で補います」

 工兵長が地図を見ながら口を開いた。

「最初の木柵に必要な分だけなら、全ての家を解体する必要はない。十軒ほどから使える材料が集まれば始められる」

「なら、その条件で交渉しろ」

 マティアスが言った。

「誰がですか」

「お前が言い出した」

「そうなりますよね」

「フェリクスを連れていけ。誰の家から何を受け取ったのか、一つずつ記録させろ」

「承知しました」

 フェリクスが先に答える。

 アレクの仕事が決まった。

「次は食料です」

 輸送隊長が帳簿の頁をめくった。

「戦闘前、城内の備蓄は十二日分でした。現在は、昨日運び込んだ分を含めて七日ほどです」

「五日分も減ったのですか」

「城内にいる人数が増えた。守備隊と住民だけではない。周辺から避難してきた者、民兵、負傷した捕虜もいる。昨日は戦闘中のため、予定より多くの水と食料を配った」

 さらに城外には、レオンハルト軍二千四百人がいる。

「レオンハルト殿下の軍は、どれくらい持ってきていますか」

「五日分だ」

 レオンハルトが答えた。

「五日ですか」

「二千四百人を急いで動かしながら、一月分を運べると思うか」

「思いません」

「なら聞くな」

「確認しただけです」

 短いやり取りの後、アレクは地図へ目を落とした。

 ベルグハーフェンとエルツェンの間には街道がある。

 だが、全ての食料を荷車だけで運べば時間も車両も必要になる。

「川は使えませんか」

 マティアスがアレクを見る。

「続けろ」

「ベルグハーフェンから船で運び、エルツェンに近い河港で荷車へ積み替えます。最初から陸路だけで運ぶより、早く大量に送れるはずです」

「一番近い荷揚げ場はここだ」

 輸送隊長が、エルツェンの南西にある小さな河港を指した。

「ただし、シュヴァルツ伯軍が退いた方向に近い」

「危険ですね」

「ああ。河港を押さえられれば、船から降ろしたところを奪われる」

「北側に使える場所はありませんか」

「あるが、遠回りだ。南西の河港を使うより二日ほど余計に掛かる」

「安全性は」

「南西よりは高い」

 速いが、敵に近い南西の経路。

 遅いが、比較的安全な北側の経路。

 どちらか一方だけを選べば、それぞれの欠点をそのまま抱えることになる。

「両方を使えませんか」

 アレクが言うと、輸送隊長が眉を上げた。

「荷を二つに分けるのか」

「はい。城を飢えさせないために必要な食料は、北側から運びます。遅くても、安全な方で確実に届ける」

「南西は」

「斥候が安全を確認できた時だけ使います。失っても城の食料が尽きない量に抑えて、護衛も付ける」

「囮にするのか」

「しません。荷を運ぶ人がいます」

 アレクは南西の河港からエルツェンまでの道を指でなぞった。

「敵がいないと確認できた時に、急いで必要な物を運ぶための経路です。危険なら使わない」

「二つの経路から同じ日に荷が来れば、受け取る側が混乱するぞ」

 輸送隊長が指摘する。

「荷札を分けます」

「どう分ける」

「出発地、行き先、中身、優先順位を書きます。北側を通る主力の食料と、南西から運ぶ緊急物資で札の印を変える。受け取る倉庫も最初から決めておけば、同じ場所へ荷車が集まりません」

 ベルグハーフェンで見たクレーマー商会の荷札は、荷物を数えるためだけのものではない。

 行き先と扱い方を、運ぶ者全員へ伝えるために使える。

「出来なくはない」

 輸送隊長が言った。

「だが、南西の河港を使えるか判断する者が必要だ」

「斥候から報告を受け、出発を止められる責任者を河港へ置きます」

「既に斥候は出している」

 マティアスが告げた。

「もうですか」

「シュヴァルツ伯が退いた方角に河港がある。確認しない理由がない」

「俺が考える前からですか」

「ああ」

「少しくらい先に考えたかったです」

「なら、次は早く気づけ」

「簡単に言いますね」

「難しいから、お前にも考えさせている」

 マティアスは輸送隊長へ視線を移した。

「主力は北側から送る。南西は斥候の報告を待て。荷札と倉庫の割り振りは、今日中に案を作れ」

「承知しました」

 会議は、すぐに次の仕事へ移った。


 ◇ ◇ ◇


 会議を終えたアレクとフェリクスは、町の南側へ向かった。

 砲撃を受けた居住区では、屋根が落ちた家や壁に穴が開いた家が並んでいる。火が移り、半分以上が焼けた家もあった。

 昨日は城壁を守ることだけで精一杯だった。

 今になって歩いてみると、壊れた建物の一つ一つに生活の跡が残っている。

 瓦礫の間に割れた皿が落ち、傾いた壁際には泥に汚れた椅子が倒れていた。屋根を失った部屋の隅には、小さな子供の靴が片方だけ残されている。

 使える柱や板を探しに来たはずなのに、それを材料として見ることへ抵抗を覚えた。

「アレク殿」

 フェリクスが声を掛ける。

「大丈夫です」

「まだ何も聞いていません」

「顔に出ていましたか」

「少し」

 アレクは壊れた家から視線を外した。

「行きましょう」

 最初の家の前には、中年の男と妻らしい女性が立っていた。

 二人は落ちた屋根を見上げ、瓦礫の中から使えそうな物を探している。

「すみません」

 アレクが声を掛けると、男が警戒した目を向けた。

「何だ」

「アレク・ハルトマンです。クレーマー商会のマティアス様から、町の被害を確認するよう命じられています」

「昨日、荷車と一緒に来た者か」

「はい」

「何を調べる」

「家の損傷と、ご家族の人数です。中を見せていただけますか」

 男は少し迷ってから頷いた。

 家の中へ入ると、屋根の半分が落ちていた。太い梁が折れ、雨が降れば部屋全体へ水が入る。

「このまま住めますか」

「無理だ。崩れていない部屋も、いつ屋根が落ちるか分からん」

「今夜はどこへ」

「教会の倉庫を借りている」

「ご家族は何人ですか」

「五人だ」

「怪我をした方は」

「いない」

「それは良かったです」

 フェリクスが家族の人数と被害を書き留める。

 アレクは倒れた梁を見た。

 焼けておらず、折れていない部分は木柵の支柱に使えそうだった。

「もう一つ、お願いがあります」

「何だ」

「この家に残っている梁や柱のうち、使えるものを城壁の応急修理へ使わせてもらえませんか」

 男の顔から僅かに緩んでいた警戒が戻った。

「家まで取り上げるのか」

「違います。勝手には使いません」

「屋根を失ったばかりの俺たちに、残った柱まで渡せと言うのだろう」

「同じ量以上の新しい木材を、家を建て直す時に優先してお渡しします。解体と運搬はこちらで行い、費用も負担します」

「いつ家を建て直せる」

 アレクはすぐには答えなかった。

 早く安心させるためなら、数日後、あるいは一月後と言うこともできる。

 しかし、町には同じように家を失った者が大勢いる。木材がいつ届き、何人の大工を集められるのかも決まっていない。

「今は、日付を約束できません」

「分からないのか」

「はい。ですが、誰の家から、どの木材を、どれだけ使ったのか記録します。その記録は城側とクレーマー商会の両方で保管します」

 フェリクスが記録用紙を男へ見せた。

「口約束だけにはしません。新しい木材を優先して渡す条件も、正式な書面へ残します」

「断ればどうなる」

「使いません」

「城壁の修理に必要なのだろう」

「必要です。それでも、あなたの家です」

 男は壊れた屋根を見上げた。

 妻が傍らで、泥の付いた食器を布へ包んでいる。

「このままでは、どのみち住めん」

「はい」

「本当に新しい木材を渡すのだな」

「その条件でよいか、マティアス様の承認を得ます」

「お前が約束するのではないのか」

「俺個人の物ではないので、勝手には約束できません」

 男はしばらくアレクを見た後、小さく笑った。

「正直だな」

「勝手に決めると怒られます」

「マティアス様が怖いのか」

「怖いですよ」

「戦では、随分勇敢だったと聞いたが」

「それとこれとは別です」

 男の表情から、僅かに力が抜けた。

「条件が認められたら使っていい。倒れかけた家を解体してくれるなら、こちらも助かる」

「ありがとうございます」

「ただし、記録は家族にも一枚残してくれ」

 フェリクスが頷く。

「同じ内容のものをお渡しします」

 最初の同意を得たアレクたちは、次の家へ向かった。


 ◇ ◇ ◇


 昼過ぎ、教会の前へ戻ったアレクは、昨日西壁で民兵をまとめていたフーゴを見つけた。

 フーゴの右腕には布が巻かれている。

「フーゴさん」

「アレクか。今日も生きていたな」

「昨日も戦いが終わった後に会いました」

「一晩眠って、朝に目が覚めてから、ようやく生き残ったと思えるものだ」

 アレクにも、その感覚は少し分かった。

 戦っている間は、次の矢や敵兵を考えるだけで精一杯だった。安全な場所で目を閉じ、もう一度目を覚まして初めて、戦場から戻ったと実感できる。

「腕を怪我したのですか」

「槍がかすっただけだ」

「皆、それを言いますね」

「お前も肩を怪我しているだろう」

「俺は打撲です」

「似たようなものだ」

 フーゴは教会の入口へ目を向けた。

 負傷者の家族が壁際で待っている。治療を終えた者が出てくるたび、何人もの人が顔を上げた。

「知り合いがいるのですか」

「三人な」

「容体は」

「一人は助からないかもしれん」

「そうですか……」

 何と声を掛ければよいのか分からなかった。

 安易に大丈夫だとは言えない。

「アレク」

「はい」

「昨日は、ありがとな」

「俺にですか」

「ああ。俺たちは兵ではない。槍を持ったのも、祭りの時に少し訓練した程度だ」

 フーゴは傷のない左手を見た。

「敵を倒せと言われていたら、逃げた者も多かっただろう」

「正規兵の後ろから槍を出してもらっただけです」

「それがよかった」

「ですが、亡くなった人もいます」

「ああ」

 フーゴは否定しなかった。

「死んだ者のことは忘れるな」

「はい」

「だが、生き残った者まで忘れるな」

 アレクはフーゴを見る。

「昨日、似たようなことをマティアス様にも言われました」

「なら、そのとおりなのだろう」

「簡単ではありません」

「簡単に忘れないための言葉じゃないのか」

 フーゴはそう言って、アレクの肩を軽く叩いた。

「痛っ!」

「何だ」

「そこを打撲しています」

「先に言え」

「触られると思いませんでした」

 思わず上げた声に、教会前の人々がこちらを見る。

 フーゴが気まずそうに手を引っ込めた。

「悪かった」

「次からは反対側にしてください」

「次も叩かれるつもりか」

「痛くなければ」

 フーゴが笑った。

 近くで話を聞いていた民兵も、小さく笑う。

 死者も負傷者もいる。

 それでも、町からすべての笑い声が消えたわけではなかった。

 そのことに、アレクは少しだけ救われた。


 ◇ ◇ ◇


 夕方、アレクとフェリクスは城館へ戻った。

 朝から二十七軒を回り、家族の人数、家の損傷、現在の寝場所、提供できる木材を確認している。

「戻りました」

 会議室では、マティアスがまだ帳簿と報告書を読んでいた。

「遅かったな」

「二十七軒を一日で回ったのですが」

「結果は」

「十二軒が、条件付きで木材を提供してくれます」

「条件を言え」

「解体と運搬はこちらが行う。使った木材は種類と量を記録する。家を再建する時には、提供した量以上の新しい木材を優先して渡す。補償額は木材の状態を確認してから決めます」

「いいだろう」

「即答ですか」

「問題があるのか」

「ありません。最初の家の方には、マティアス様へ確認してから正式に約束すると答えました」

「正しい」

「勝手に約束していたら?」

「お前の給金から出させる」

「確認しておいてよかったです」

 マティアスは次の報告を促した。

「残る十五軒は」

「五軒が保留です。十軒は断りました」

「理由は」

「家族との思い出が残っているから解体したくない、まだ修理できると思う、家を建て直せる時期が分からないのに柱を渡せない、などです」

「そうか」

「説得しますか」

「十二軒分で足りるのか」

「工兵長に確認しました。木柵の最初の部分を作るには足りるそうです。残りは近隣から届く木材を使えます」

「なら、拒否した者には手を出すな」

「いいのですか」

「何がだ」

「マティアス様なら、必要な物は全部集めるのかと思っていました」

「必要な分は集まったのだろう」

「はい」

「家を失った者から、残った物まで無理に奪えば恨まれる」

「それでも、城を守るためだと命令することはできます」

「命令した後はどうする」

 アレクは答えられなかった。

「恨みを持った住民が命令へ従うか見張るため、兵が必要になる。兵を置けば食料と金が掛かる。住民は復旧作業へ協力せず、情報も寄越さなくなる」

「そこまで含めて考えるのですか」

「それが効率だ」

 短い言葉だった。

 目の前の木材だけを見れば、命令して集める方が早い。

 だが、その後に必要となる兵、食料、金、時間まで含めれば、住民の同意を得る方が負担は少ない。

「勉強になります」

「なら、十二軒と契約を結べ。保留の五軒には返事を急がせるな」

「はい」

「明日からは補給の再編も手伝え」

「やはり仕事が増えるのですね」

「今朝、自分で二つの輸送路を使うと言っただろう」

「言いました」

「なら、荷札と倉庫の割り振りを輸送隊長と決めろ」

「分かりました」

 マティアスが次の報告へ手を伸ばそうとした時、扉が開いた。

「マティアス様」

 輸送隊長が足早に入ってくる。

「何だ」

「レオンハルト殿下から、至急お越しいただきたいと」

 マティアスの目が細くなった。

「何があった」

「王都軍の位置が判明しました」

 会議室の空気が変わる。

「どこですか」

 アレクが尋ねた。

「エルツェンの東です。距離は、およそ一日半」

「兵数は」

「約千八百。指揮官はライゼン将軍です」

 シュヴァルツ伯軍は南へ退いた。

 王都軍は東から接近している。

 エルツェンとレオンハルト軍は、二つの軍の間に位置することになる。

「行くぞ」

 マティアスは立ち上がり、上着を取った。

「俺もですか」

「被害と補給の状況を知っている者が必要だ」

「はい」

 アレクとフェリクスも、マティアスに続いて会議室を出た。


 ◇ ◇ ◇


 レオンハルトが使っている館には、エルツェン周辺の地図が広げられていた。

 ユリウスが東側へ王都軍を示す駒を置く。

「王都軍千八百人。指揮官はライゼン将軍です」

「進む速さは」

 マティアスが尋ねる。

「通常の行軍より遅い。斥候を広く出しながら進んでいます」

「戦闘隊形か」

「今のところ、そうは見えません」

 レオンハルトが地図を見下ろす。

「ライゼン将軍は王家への忠誠が厚い。だが、王兄の判断へ何も考えず従う男ではない」

「シュヴァルツ伯と合流する可能性は」

「ある」

 マティアスの問いに、レオンハルトが答える。

「俺たちを攻撃する可能性は」

「ある」

「エルツェンを王都軍の管理下へ置くつもりかもしれん」

「それもある」

 考えられる目的が多すぎる。

 アレクは地図上の駒を見比べた。

 レオンハルト軍は二千四百人。

 エルツェンの守備兵は大きな損害を受けているが、城壁と町を守っている。

 王都軍は千八百人。

 シュヴァルツ伯軍が近くにいれば挟み撃ちにできるかもしれない。しかし、シュヴァルツ伯は敗れた直後で、南へ退いている。

「戦うつもりではないのかもしれません」

 アレクが言うと、全員の視線が集まった。

「理由は」

 マティアスが促す。

「兵数です。王都軍千八百人だけでは、レオンハルト殿下の軍二千四百人へ正面から攻撃するには少ないと思います」

「エルツェンの守備隊と戦わせるつもりなら」

「もっと少ないです。城を攻めるなら、昨日のシュヴァルツ伯軍が残した跡を見れば難しさも分かるはずです」

「シュヴァルツ伯と合流するならどうだ」

 レオンハルトが尋ねる。

「王都軍が合流する前に、シュヴァルツ伯がさらに南へ退くかもしれません。ライゼン将軍も、確実に合流できるとは考えていないと思います」

「では、なぜ近づく」

「まず、話をするためではないでしょうか」

 アレクは東側の駒を指した。

「王都軍は斥候を広く出し、ゆっくり進んでいます。戦う前にエルツェンとこちらの状況を確かめたい。それから、レオンハルト殿下へ使者を送るつもりなのかもしれません」

「何を話す」

「そこまでは分かりません」

 王都軍を退かせる条件。

 エルツェンの扱い。

 シュヴァルツ伯を共通の敵とする提案。

 あるいは、レオンハルトへ王都へ戻るよう求める命令。

 いくつもの可能性が考えられるが、根拠がないまま一つへ決めることはできない。

「少なくとも、すぐに攻撃するつもりなら、もっと速く進むはずです」

 レオンハルトとマティアスが視線を交わした。

「どう思う」

 レオンハルトが尋ねる。

「使者を送る可能性はある」

 マティアスが答えた。

「だが、話し合いを求めることと、戦う意思がないことは同じではない」

「ああ。交渉が決裂すれば、そのまま敵になる」

 その時、廊下から急ぐ足音が聞こえた。

 扉が開き、兵が一礼する。

「レオンハルト殿下!」

「何だ」

「東方より騎兵一騎が接近しております!」

「王都軍の者か」

「はい。ライゼン将軍より、殿下へ書状を預かっていると!」

 レオンハルトがアレクを見る。

「当たったな」

「使者が来る可能性だけです。内容までは分かりません」

「それで十分だ」

 レオンハルトは兵へ向き直った。

「武器を預かり、使者を通せ」

「はっ!」

 兵が退室する。

 アレクは地図の東側に置かれた駒を見た。

 戦闘中は、敵が分かりやすかった。

 城壁へ梯子を掛け、門を破ろうとする者を中へ入れなければよかった。

 だが、戦が終われば状況は変わる。

 死者を弔い、負傷者を治療し、壊れた家と城壁を直し、食料を運ばなければならない。

 その間にも、敵か味方か分からない軍が近づいてくる。

 話し合いを求める使者が、剣を向ける軍勢より安全だとは限らない。

 使者の持つ一通の書状によって、昨日まで味方ではなかった者と手を結ぶこともあれば、同じ王家に連なる者同士が戦うこともある。

 剣を振るう戦いは終わった。

 代わりに、剣を抜かずに相手の意図を読み合う戦いが、エルツェンで始まろうとしていた。

第十四話を読んでいただき、ありがとうございました。

戦闘後のエルツェンでは、崩れた城壁だけでなく、傷ついた兵や家を失った住民の生活も立て直さなければなりません。アレクは、目の前の材料や数字だけでなく、その背後にいる人々まで考える必要があることをマティアスから学びました。

そして、ライゼン将軍率いる王都軍から使者が到着します。次話では、王都軍がエルツェンへ近づいた目的と、剣を抜かずに行われる交渉を描きます。


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同じ名前の人多すぎるよぅ。 ある意味リアルなのだが、オットー2人目、コンラートも2人、フリードリヒも2人(ひとりは名前だけ、エリーゼの爺様)登場しておる。 独逸人どもめ紛らわしい。 オットー2号と名付…
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