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『知らない世界の知っている物語』 ~剣と知識を授かった平凡な会社員は、異世界の乱世を生き抜く~  作者: 相田 ソウ
第三篇 乱世の潮目

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第十二話 エルツェンの戦い(中)

援軍が到着するまで、エルツェンを持たせる。


そのためにアレクは、剣を振るうだけではなく、兵を休ませ、物資を回し、民兵まで動かさなければならなくなります。


しかし、シュヴァルツ伯軍もまた、ただ力任せに攻めているわけではありません。


南門、南西壁、西壁。

守る側の兵を少しずつ分散させながら、援軍が来る前に城を落とそうとする。

 ギィンッ!

 剣と剣がぶつかり、腕に重い衝撃が走った。

「くっ……!」

 城壁へ上がってきた敵兵が、そのままもう一度剣を振り上げる。俺は半歩だけ身体をずらした。

 ブンッ!

 剣先が目の前を通り過ぎる。

 相手が振り切ったところへ踏み込み、剣の柄で顔を殴りつけた。

「ぐっ!」

 敵兵がよろめく。

 その瞬間、横にいた城兵の槍が突き出された。

「うおっ!」

 敵兵は慌てて盾を向けたが、ここは城壁の上だ。足場は狭く、後ろには登ってきた梯子しかない。

「押せ!」

「おおおっ!」

 城兵が盾ごと敵兵へ体当たりする。

「うわっ!」

 敵兵の身体が傾き、そのまま城壁の外へ消えた。

 直後、ガンッと梯子の縁に次の敵兵の手が掛かる。

「まだ来る!」

「梯子を落とせ!」

 城兵三人が長い棒を梯子へ押し当てる。

「せーの!」

 ギギッ……。

 梯子が少しずつ城壁から離れていく。

「もっと押せ!」

「うおおおおっ!」

 完全に傾いた梯子には、まだ何人もの敵兵がしがみついていた。

「待て! 待てぇ!」

 敵兵の叫び声が聞こえる。

 だが、今止める理由はない。

 梯子が完全に壁を離れ、そのまま外側へ倒れていった。

「うわああああっ!」

 ドサッ! ドサドサッ!

 人が落ちる音がする。

 助かった。

 そう思ったのも一瞬だった。

「次!」

 カールの声が飛ぶ。

 右を見ると、既に別の梯子が城壁へ掛かろうとしていた。

「何本あるんだよ!」

「数える暇があるなら動け!」

「数えてませんよ!」

 俺は次の持ち場へ走った。

 その途中。

 ヒュンッ!

「危ない!」

 誰かに肩を掴まれ、身体を引かれる。

 直後、ガンッと石壁へ矢が突き刺さった。

「……助かりました」

「止まるな!」

「はい!」

 振り返って相手の顔を確認する暇もない。

 城壁の下では盾兵が身を守り、その背後から弓兵や弩兵が城壁を狙っている。その間にも梯子が運ばれ、少し離れた南門では破城槌が門を叩き、さらに後方からは砲撃が続いていた。

「これが攻城戦……」

 知識では知っていた。

 梯子を掛ける。門を破る。矢で城兵を牽制し、砲で城壁を壊す。

 文字にすれば数行で済む。

 だが実際には、その全てが同時に起きる。

「アレク!」

「はい!」

 カールが城壁の中央付近から叫んでいた。

「左を頼む!」

「俺が!?」

「剣は使えるんだろう!」

「使えますけど!」

「なら使え!」

「分かりました!」

 左側へ走る。

 城兵は十人ほど。

 そこへ二本の梯子が掛けられようとしている。

「そっちを押さえて!」

 俺が叫ぶと、兵たちが一瞬こちらを見た。

 当然だ。

 突然現れた十五歳の少年に命令されれば、誰だと思う。

「カール副将の指示です!」

「分かった!」

 それなら早かった。

「槍兵二人は梯子の上を見て! 残りは……」

 言いかけて止まる。

 全員を梯子へ集めれば、下から飛んでくる矢に晒される。

「盾を前へ! 弓から隠して!」

「おう!」

 大型盾を持った二人が前へ出た。

 ガンッ!

 すぐに一本の矢が盾へ突き刺さる。

「槍! 上がってくる奴を狙って!」

「おおっ!」

 梯子から敵兵の頭が見えた。

 槍が突き出される。

「ぐあっ!」

 敵兵が落ちる。

 もう一本の梯子を押そうとしていた城兵が叫んだ。

「三人じゃ無理だ!」

「じゃあ五人!」

「そんなに回したら人が足りん!」

 そうだった。

 ここにいるのは十人ほどしかいない。

 盾に二人。

 槍に二人。

 梯子を押すため五人を使えば、ほとんど残らない。

「……押すのやめて!」

「何!?」

「一人ずつ上がらせて倒す!」

「梯子を落とさないのか!」

「五人使って押すより、その方がいい!」

「……分かった!」

 梯子の先は狭い。

 敵兵は一度に一人か二人しか上がれない。

 なら、その瞬間を狙う。

「来ます!」

 敵兵の頭が出る。

「今!」

 ザッ!

 槍が突き出された。

「ぐっ!」

 敵兵が落ちる。

 次が上がってきた。

「盾!」

 ガンッ!

 敵の剣を盾兵が受け止める。

「横から!」

 槍が脇腹へ突き出された。

「ぐあっ!」

 また一人落ちる。

「……いける」

 少なくとも、今は。

 だが梯子の下にはまだ何十人もの敵兵がいる。

 これをいつまで続ければいい。

「アレク!」

 またカールの声が聞こえた。

「何です!」

「南門が危ない!」

 直後。

 ドゴォォン!

 破城槌が門を叩く音が、城壁全体へ響いた。

「予備隊を回す! ここを持たせろ!」

「何人残るんです!?」

「南西壁全体で六十ほどだ!」

「無茶でしょう!」

「だから持たせろ!」

「それ答えになってない!」

 だがカールは既に南門へ向かって走っていた。

「……本当に皆、無茶ばっかり言うな」

 それでも、やるしかない。


 ◇ ◇ ◇


 ドゴォォン!

 南門の外では巨大な破城槌が門を叩き続けていた。

「押さえろ!」

 城兵たちが内側から梁を押さえる。

 ギギギギ……。

 木材が悲鳴のような音を立てている。

「もう一回来るぞ!」

「支えろ!」

 門の外から敵兵たちの掛け声が響く。

「せぇぇぇの!」

 ドゴォォォン!

「ぐっ!」

 衝撃で門が大きく揺れ、梁を押さえていた兵士たちの身体まで後ろへ押された。

「梁一本割れた!」

「交換しろ!」

「予備は!」

「残り二本!」

「持ってこい!」

 そこへカールが到着した。

「状況は!」

「外板が一枚割れました!」

「閂は?」

「まだ持っています!」

「敵兵は?」

「盾兵が二百ほど! 破城槌の周囲に五十ほどいます!」

「門楼から石を落とせ!」

「敵弓兵が邪魔です!」

 門楼から城兵が身体を出そうとする。

 ヒュン! ヒュヒュン!

「ぐあっ!」

「下がれ!」

 敵の弓兵は門楼を重点的に狙っている。

「盾を上へ回せ!」

「盾が足りません!」

 カールが歯を食いしばった。

 南西壁。

 南門。

 二か所を同時に攻められている。

 シュヴァルツ伯は、こちらの兵を分散させようとしている。

「副将!」

 伝令が走ってくる。

「何だ!」

「南西壁です!」

「今度は何だ!」

「敵の梯子が増えました!」

「何本だ!」

「確認できるだけで九本!」

「九……」

「それと砲撃が――」

 ドォォン――!

 伝令の言葉を轟音が遮った。

 少し遅れて、南西側からドガァァンと大きな音が響く。

 カールが振り返った。

 城壁の向こうへ土煙が上がっている。

「崩れたか?」

「確認します!」

「急げ!」

 伝令が走っていく。

 カールはほんの一瞬だけ目を閉じた。

 南門から離れられない。

 だが南西壁も危ない。

 指揮を執れる人間が足りない。

「……アレク」

 カールは小さく呟いた。


 ◇ ◇ ◇


 ドガァン!

「うわっ!」

 砲弾が城壁へ直撃し、砕けた石と粉塵が飛び散る。

 俺は身体を低くした。

「大丈夫!?」

「こっちは大丈夫だ!」

「壁は!?」

「下を見ろ!」

 壁の内側を見る。

 今朝、工兵たちと作った補強部分に新しい亀裂が走っている。

「亀裂が広がってる!」

 俺が叫ぶ。

「見れば分かる!」

 工兵長も怒鳴り返した。

「持ちます!?」

「分からん!」

「またそれ!?」

「分からんものは分からん!」

「ですよね!」

 それでも敵は待ってくれない。

「アレク殿!」

 伝令が城壁の階段を駆け上がってきた。

「何!」

「カール副将からです!」

「はい!」

「南西壁を任せると!」

「……」

「聞こえましたか!?」

「聞こえてます!」

 聞き間違いではなかったらしい。

「俺に?」

「南門から動けないとのことです!」

「だからって……」

 周囲を見る。

 城兵たちがこちらを見ている。

 待っている。

 俺が何を言うのか。

 十五歳だとか。

 昨日まで物資を運んでいたとか。

 今はそんなことを言っている場合じゃない。

「分かりました!」

 自分でも驚くほど大きな声が出た。

「現在の兵数は!」

「南西壁全体で六十三!」

「負傷者は!」

「動けない者が七人!」

「じゃあ戦えるのは五十六……民兵は?」

「壁の下に四十ほど!」

「武器は?」

「槍を持たせています!」

「弓は?」

「扱えません!」

「分かった!」

 城壁を見る。

 梯子は九本。

 だが、全てに同じ人数がいるわけではない。

「敵が一番多いところは!?」

「中央寄りです!」

「梯子は何本!?」

「四本!」

「じゃあ中央を厚くする!」

 兵を分ける。

 中央。

 左右。

 一瞬、頭の中で数字が混線する。

「中央二十六! 左右十五ずつ! 俺は中央!」

「はっ!」

「民兵には袋と石を運ばせて! それから水も!」

「水ですか?」

「火矢が来るかもしれない!」

「分かりました!」

 今、敵が使っているのは砲と梯子と破城槌。

 だが、それだけとは限らない。

 次に何をしてくる。

 考えろ。

 前世で読んだ攻城戦では、火も使う。坑道を掘って壁を崩す方法もある。

 だがシュヴァルツ伯は急いでいる。

 レオンハルト軍が来る前に城を落とさなければならない。

 時間の掛かる方法は使わないはずだ。

「梯子来るぞ!」

 敵兵が上がってきた。

「盾を前へ!」

「槍!」

 再び戦闘が始まる。

 ギィン!

 ガンッ!

 ザシュッ!

「ぐあっ!」

 敵兵が一人、城壁上へ飛び込んできた。

「入られた!」

「囲め!」

 城兵三人が向かう。

 だが敵兵は大型盾を持っていた。

 正面から剣を当てても通らない。

 なら。

 俺は低く踏み込み、盾の下から脚を斬った。

「ぐっ!」

 敵兵の膝が崩れる。

「今!」

 城兵の槍が突き出される。

 敵兵が倒れた。

「次!」

 叫ぶ。

 もう次が上がってきている。

「アレク殿! 左!」

「分かった!」

 左側では二人の敵兵が城壁へ上がっていた。

「予備は!?」

「いません!」

「……俺が行く!」

「中央は!?」

「すぐ戻る!」

 何分で戻れるかなんて分からない。

 それでも走る。

「うおおっ!」

 敵兵が剣を振る。

 受ける。

 ギィン!

 重い。

 だが身体は動く。

 神から与えられた剣の才能は確かにある。

 それでも無敵ではない。

 ヒュッ!

 二撃目を避ける。

 別の敵が右から来た。

「アレク! 右だ!」

「分かってる!」

 ガン!

 盾が肩へ当たる。

「ぐっ!」

 痛い。

 だが剣は落とさない。

 踏み込む。

 敵の腕を斬る。

「ぐあっ!」

 もう一人は城兵二人が押さえている。

「落とせ!」

「おおっ!」

 敵兵が城壁の外へ消えた。

「大丈夫か?」

 城兵が聞く。

「肩が痛い」

「動くか?」

「動きます」

「なら戦える」

「厳しいなぁ」

「戦場だからな」

「ですよね」

 少しだけ笑った。

 それだけでも、張り詰めていたものが少し緩んだ。


 ◇ ◇ ◇


 昼前になっても、シュヴァルツ伯軍の攻撃は止まらなかった。

「水をこっちへ!」

「矢束、残り四!」

「中央へ二つ、左右へ一つずつ!」

「弩矢は!?」

「まだある!」

「なら弩兵を優先して!」

 俺は壁の上と下を何度も行き来していた。

「負傷者!」

「教会へ! 歩ける人は自分で行って!」

「担架は!?」

「重傷者を優先!」

 最初は負傷者全員を担架で運ぼうとしていた。

 だが、それでは人手が足りない。

 歩ける者には歩いてもらう。

 担架は自力で動けない者に使う。

「アレク殿!」

 工兵長が呼ぶ。

「何です!」

「補強用の袋が足りん!」

「あと何袋必要!?」

「分からん!」

「また!?」

「壁がどれだけ崩れるか分からんのだ!」

「確かに!」

 空袋。

 倉庫には穀物袋がある。

 だが中には麦が入っている。

「麦を出す?」

「床へ出せば袋は使える!」

「駄目!」

 食糧だ。

 床へ直接撒けば汚れる。

 雨や湿気、鼠の問題もある。

「木箱は!?」

「何だ?」

「麦を木箱へ移す!」

「箱が足りん!」

「全部移す必要はない! 空袋を二十枚くらい作れればいい!」

 工兵長が一瞬考える。

「……やる!」

「倉庫長に許可を!」

「その時間があるか!」

 確かに。

 俺は一瞬迷った。

 だが、次の砲撃までどれほどあるか分からない。

「俺が責任取ります! やってください!」

 言ってから、自分でも驚いた。

 勝手に軍の備蓄へ手をつける。

 でも城が落ちれば、麦も箱も全て敵のものになる。

「分かった!」

 工兵長が走る。

 何を守り、何を捨てるか。

 全部を守ることはできない。

 金も、人も、物も有限だ。

 どこへ使うのかを決めなければならない。

 これは戦場だけの話ではない。

 ヴァイスブルクでやってきたこととも、根本は同じだった。

「アレク殿!」

 また声が飛ぶ。

「今度は何です!」

「敵が下がっています!」

「え?」

 城壁へ上がる。

 確かに、梯子に取り付いていた敵兵たちが後退し始めている。

「退いた?」

 城兵が呟いた。

「勝ったのか?」

「いや……」

 俺は敵陣を見る。

 敵兵は走って逃げているわけではない。

 隊列を崩さずに後退している。

 砲撃も止まった。

「休んでるだけです」

「何?」

「見て」

 敵陣の後ろから、新しい部隊が動き始めていた。

「……交代か」

 最初に攻めていた兵が後ろへ下がり、その代わりにまだ疲れていない部隊が前へ出てくる。

「五百?」

「六百くらいはいるぞ」

 まずい。

 シュヴァルツ伯軍は三千二百。

 城側は千百ほど。

 敵には兵を交代させる余裕がある。

 こちらにはない。

 朝から同じ兵たちが戦い続けている。

 顔を見る。

 汗。

 血。

 荒い呼吸。

「……このままだと夕方まで持たない」

「どうする?」

 城兵が聞く。

「伝令!」

「はい!」

「カール副将へ! 兵を交代させたいって!」

「そんな余裕ありません!」

「分かってる!」

 それでも休ませなければ、立っていることすらできなくなる。

「民兵に、戦闘以外の仕事をもっと任せる!」

「具体的には?」

「水、石、矢、負傷者の運搬! 正規兵は出来るだけ戦闘に集中させる!」

「それから?」

「城壁の区画ごとに少人数ずつ休ませる!」

「何人?」

 十人。

 そう言いかける。

 だが、それでは多いかもしれない。

「最初は五人ずつ! 状況を見て増やす!」

「どれくらい休ませます?」

「十分くらい……いや、敵が来たらすぐ戻す!」

 完璧な交代制なんて組めない。

 だが五分でも十分でも、座って水を飲めるだけで違うはずだ。

「分かりました!」

 伝令が走った。

「……頼むから意味あってくれ」

 神から知識はもらった。

 だが、正解まで教えてもらったわけではない。

 使い方を考えるのは俺だ。

 敵陣から角笛が響く。

 ブオォォォォ――!

「来るぞ!」

 第二波が始まった。


 ◇ ◇ ◇


 昼を過ぎても戦闘は続いた。

「撃てぇ!」

 バシュッ!

 城壁から矢が飛ぶ。

 敵兵は盾を並べて進んでくる。

 ガン! ガンッ!

「弩兵!」

 バシュッ!

 弩矢が盾を貫き、一人の敵兵が倒れる。

「進め!」

 それでも敵は止まらない。

「梯子!」

 ガンッ!

「右二本! 中央三本! 左一!」

「中央優先!」

 第二波は朝より強く感じた。

 実際に敵が強くなったのではない。

 こちらが疲れているのだ。

「休憩組戻りました!」

「次の五人を下げて!」

「今ですか!?」

「今!」

「中央が危ないです!」

「なら三人! 全員休ませなくていい!」

 状況に合わせて変える。

 最初に決めた数字へ固執していたら駄目だ。

「アレク殿!」

「何!」

「カール副将から!」

「はい!」

「その交代方法、南門でも使うとのことです!」

「分かりました!」

 俺が思いついたから特別な方法というわけではない。

 兵を休ませるなど当たり前だ。

 ただ、この状況で必要だった。

 それだけだ。

「敵兵上がった!」

「どこ!」

「中央!」

 走る。

 敵兵五人ほどが城壁上へ乗り込んでいる。

「押し返せ!」

 城兵十五人ほどが取り囲む。

 狭い城壁上で剣、槍、盾がぶつかり合う。

 ギィン! ガンッ!

「アレク! 左から回れ!」

「分かった!」

 俺は敵兵の側面へ回る。

 盾兵が城兵と押し合っている。

 正面からは難しい。

「行きます!」

 敵の脚を斬る。

「ぐっ!」

 敵兵の姿勢が崩れる。

「押せ!」

「うおおおっ!」

 城兵が一気に押し込む。

 一人。

 二人。

 敵兵が城壁外へ落ちる。

 三人目を槍が貫いた。

 そして最後の一人。

 まだ若い。

 俺より二つか三つ上くらいだろうか。

 一瞬だけ目が合った。

 怖がっている。

 それが分かる。

 俺と同じだ。

 だが、怖いからといって相手は剣を止めない。

 敵兵が歯を食いしばり、俺へ斬りかかってくる。

 ギィン!

 受ける。

 返す。

 ザシュッ!

 剣が胸へ入った。

「……」

 敵兵が倒れる。

 見てはいけない。

 今は。

「次!」

 自分へ言い聞かせるように叫ぶ。

 まだ戦いは終わっていない。


 ◇ ◇ ◇


 午後。

 城内には、朝とは違う匂いが広がっていた。

 煙と血、汗、土、そして火薬の臭いが混ざっている。

 教会へ入ると、床には負傷者が並べられていた。

「負傷者は何人です?」

 治療を手伝っていた女性へ聞く。

「ここだけで八十人を超えました」

「重傷者は?」

「二十人ほどです」

「死んだ人は……?」

 女性が一瞬黙る。

「二十三人」

「……」

 夜の砲撃が始まった時は三人だった。

 今は二十三人。

 まだ一日も終わっていない。

「アレク殿?」

「大丈夫です」

 大丈夫ではない。

 でも今はそれしか言えない。

「包帯は?」

「まだあります」

「酒は?」

「半分ほど」

「薬草は?」

「種類によります」

「一番足りないものは?」

「人手です」

 また人。

 物があっても、使う人間がいなければ意味がない。

「民兵から回せます?」

「戦える男は壁へ上がっています」

「女性は?」

「既に手伝っています」

「年配の人は?」

「出来る範囲で」

 城全体が戦っている。

 兵士だけではない。

 子供以外のほとんどの人間が、何らかの仕事をしている。

「アレク殿!」

 外から声がした。

「はい!」

「カール副将がお呼びです!」

「すぐ行きます!」

 俺は教会を出た。


 ◇ ◇ ◇


 南門と南西壁の間で、カールが地図を広げていた。

 顔に血が付いている。

「怪我したんですか!?」

「他人の血だ」

「びっくりした……」

「座れ」

「はい」

 言われて初めて地面へ座る。

 その瞬間、自分の脚が震えていることに気づいた。

 朝から、ほとんど休んでいない。

「水だ」

「ありがとうございます」

 受け取る。

 ただの水なのに、今まで飲んだ何より美味しく感じた。

「状況を聞く」

 カールが言った。

「南門はまだ持っている」

「はい」

「南西壁は?」

「補強しながら持たせています。まだ完全な穴は開いてません」

「戦える兵は?」

「今は四十七人くらいです」

「減ったな」

「はい」

 朝は五十六人だった。

 九人が死傷したか、戦えなくなった。

「南門は七十一」

「予備隊は?」

「百二十」

「まだいる」

「ああ。ただし西壁と北壁も無人には出来ない」

「敵が回り込む可能性がある」

「そうだ」

 全員を南へ集めるわけにはいかない。

「レオンハルト殿下は?」

「まだ来ない」

「あとどれくらい?」

 カールが空を見る。

「予定通りなら二刻ほどだ」

「二刻……」

 長い。

「持ちます?」

 俺が聞くと、カールは少し笑った。

「持たせる」

「……俺も朝、同じこと言いました」

「なら同じだな」

 少しだけ笑った。

 だがカールはすぐ地図へ視線を戻す。

「問題がある」

「何です?」

「敵の砲撃だ」

「南西壁?」

「さっきから少し狙いがずれている」

「どこへ?」

 カールが地図上の南西角を指した。

「南西角塔だ」

「塔?」

「ああ」

「なぜ?」

「分からん」

 考える。

 今まで敵は城壁の弱い場所を砲撃していた。

 そこへ穴を開け、兵を入れる。

 分かりやすい。

 だが今は塔を狙っている。

「見てきます」

「少し休め」

「見てから休みます」

「……分かった」

 俺は立ち上がった。

 脚が重い。

 それでも南西角塔へ向かった。


 ◇ ◇ ◇


 塔へ上がる。

 敵砲兵を見る。

「……確かに」

 砲の向きが少し変わっている。

「アレク殿」

 いつの間にかフェリクスが来ていた。

「探しましたよ」

「ごめんなさい」

「何を見ているんです?」

「敵の砲です」

 フェリクスも見る。

「南西角塔を狙っていますね」

「何でだと思います?」

「塔を使えなくするためでしょうか」

「それだけ?」

 塔があることで南壁と西壁の両方を見渡せる。

 弓兵を置くこともできる。

 だが、砲弾を大量に使ってまで壊す価値は。

「……角を取る」

 フェリクスが呟いた。

「何です?」

「塔が使えなくなれば、南壁と西壁の接続部分が弱くなります」

「……」

 俺は西側を見る。

 今まで敵兵は少なかった。

 だが。

「フェリクスさん」

「見えました」

 敵陣の西側で、新しい部隊が動き始めていた。

「回り込んでる」

「はい」

 砲で角塔を潰す。

 同時に西から攻める。

 守備兵をさらに分散させる。

「カール殿!」

 城壁下へ叫ぶ。

「何だ!」

「敵が西から来ます!」

「何!?」

「五百……いや、六百くらい!」

 カールも城壁へ上がってくる。

 敵の動きを確認した瞬間、表情が変わった。

「やられた」

「朝から南に兵を集中させたのは……」

「こちらの兵を南へ寄せるためだ」

「西壁には?」

「正規兵百五十しかいない」

「敵は六百」

「そうだ」

「予備隊を回す?」

「回す」

「でも南は?」

「減らせん」

 人が足りない。

 時間もない。

 それでも敵は待ってくれない。

「民兵を……」

 俺は言う。

「戦わせるしかない?」

 カールは少し黙った。

「ああ」

 とうとう、物を運んでいた人たちにも武器を持たせなければならない。

「槍を配れ!」

 カールが叫んだ。

「民兵百五十、西壁へ!」

「はっ!」

「正規兵百二十を西へ回せ!」

「予備隊を全部?」

「三十は残す!」

「南門は?」

「そのまま!」

「南西壁も?」

「そのままだ!」

 どこもギリギリだ。

「アレク」

「はい」

「お前は西へ行け」

「俺が?」

「民兵を連れていけ」

「でも……」

「お前は人と話せる」

 カールが俺を見る。

「兵ではない者を動かすなら、お前の方がいい」

 神から与えられた、人の感情を読み取りやすい能力。

 万能ではない。

 でも、今なら少し役に立つかもしれない。

「分かりました」

「皆、怖がっている」

「当然です」

「だからこそ」

 カールの目が鋭くなる。

「逃げさせるな」

「……はい」

 重い言葉だった。

 それでも答えた。


 ◇ ◇ ◇


 西壁の下には百五十人ほどの民兵が集められていた。

 若い男もいれば、俺の父親くらいの年齢に見える者もいる。職人、商人、農民。服装もばらばらだ。

 槍を渡されているが、握り方だけでも慣れていないことが分かる。

 何より、怖がっている。

 表情、呼吸、視線。

 神からもらった力を使うまでもなく分かる。

「聞いてください!」

 声を上げる。

 皆が俺を見る。

「俺はアレク・ハルトマンです! マティアス・クレーマー様の先発隊として来ました!」

 名前を知らない者も多い。

 当然だ。

「援軍は来ます!」

 少しざわめきが起こる。

「レオンハルト殿下の軍が、今こちらへ向かっています!」

 表情が少し変わった。

 希望。

 でも。

「ただ、まだ来ていません!」

 ざわめきが大きくなる。

「敵は西壁へ回っています! 数は六百前後!」

「そんな……」

「六百だと?」

 まずい。

 でも嘘を言う方がもっとまずい。

「俺たちだけで敵六百を倒せとは言いません!」

 皆を見る。

「援軍が来るまで、ここを持たせます!」

「俺たちは兵じゃねえぞ!」

 一人が叫んだ。

「分かってます!」

「槍なんて使えねえ!」

「それも分かってます!」

「ならどうしろってんだ!」

「一人で戦わないでください!」

 少し静かになる。

「正規兵が前に立ちます! 皆さんはその後ろです!」

 正規兵百二十人は、既に西壁へ上がり始めている。

「敵が城壁へ上がってきたら、正面から剣で勝とうとしなくていい。槍を前へ突き出してください!」

「それだけでいいのか?」

「最初はそれだけでいい!」

 本当はもっと必要だ。

 でも今から複雑な戦い方を教えても混乱するだけだ。

「一人で英雄になろうとしないでください!」

 俺は続ける。

「隣の人と一緒に動く! 前の兵が下がったら支える! 敵が上がってきたら何人かで槍を向ける! それだけ覚えてください!」

 まだ怖がっている。

 当然だ。

「逃げたい人もいると思います」

 そこで一度言葉を切った。

「俺も逃げたいです!」

 何人かが驚いた顔をした。

「怖いです! 本当に!」

 嘘じゃない。

「でも、ここを抜かれたら」

 城内を見る。

 家。

 教会。

 そこには、この人たちの家族や友人がいるのだろう。

「後ろにいる人たちまで戦うことになります」

 だから。

 俺は剣を抜いた。

「俺は行きます」

 西壁へ続く階段を見る。

「皆さんも、来てください」

 しばらく誰も動かなかった。

 その後。

 一人の年配の男が前へ出た。

 身体が大きく、腕も太い。鍛冶屋だろうか。

「十五のガキにそこまで言われちゃな」

「俺、十五って言いました?」

「顔見りゃ分かる」

「そんなに?」

「行くぞ!」

 男が槍を握る。

「俺も行く」

「俺もだ」

 一人。

 また一人。

 動き始める。

 全員ではない。

 だが、ほとんどの者が階段へ向かった。

「……」

 隣でフェリクスが少し笑った。

「良かったですね」

「何が?」

「逃げませんでした」

「俺も含めて?」

「あなたは最初から行くでしょう」

「逃げたいって言ったでしょう」

「知っています」

「なら」

「それでも行くでしょう?」

「……」

 この人。

 俺の扱いが上手くなっている。

「行きましょう」

「はい」

 俺たちも西壁へ上がった。


 ◇ ◇ ◇


 敵兵が西から近づいてくる。

 盾兵。

 梯子。

 数は六百ほど。

 だが南側より地面に傾斜があるため、進み方は少し遅い。

「梯子を運びにくそうですね」

「ああ」

 正規兵が答える。

「地形はこっちの味方か」

「少しはな」

 使えるものは使う。

「弓兵!」

「まだ距離がある!」

 敵が少しずつ近づく。

 民兵たちは後ろで槍を握っているが、腕が震えている者もいる。

「まだ構えなくていいです!」

「え?」

「槍って重いでしょう! 敵が壁まで来てからでいい!」

「分かった!」

 ずっと構えていれば、それだけで疲れる。

「弓兵、今!」

 バシュッ!

 城壁から矢が飛ぶ。

 敵兵は盾を向ける。

 ガン!

 数人が倒れた。

「弩!」

 バシュッ!

 弩矢が盾を貫く。

「進め!」

 それでも敵は進む。

 やがて梯子が壁へ掛かった。

 ガンッ!

「正規兵、前!」

 城兵が梯子へ集まる。

「民兵はまだ!」

 敵兵が上がってくる。

 正規兵の槍が突き出された。

「うおっ!」

 敵兵が落ちる。

 だが別の梯子では、一人の敵兵が城壁へ乗り込んだ。

「右!」

「今です!」

 俺が叫ぶ。

 民兵三人が槍を向ける。

「突いて!」

「うおおおっ!」

 一人目の槍を敵兵が盾で受ける。

 二人目が肩へ当てる。

「ぐあっ!」

 三人目の槍で敵兵が後退した。

「押せ!」

 正規兵が盾で体当たりする。

 敵兵が城壁から落ちる。

「出来ます!」

 俺は民兵へ叫ぶ。

「今のでいい! 一人で倒そうとしなくていい!」

 民兵たちの表情が少し変わった。

 恐怖が消えたわけではない。

 でも、自分たちでも何かできると分かった。

「次来るぞ!」

 さっきの年配の男が叫ぶ。

「三人で槍向けろ!」

「おう!」

 今度は俺が言わなくても動いた。

 現場の人間が、自分たちで考え始めている。

 それでいい。

「アレク殿!」

「何です!」

「笑ってる場合ですか!」

「違う!」

 次の敵兵が上がってくる。

「左!」

 俺も走った。


 ◇ ◇ ◇


 午後も半ばになった。

 南門では破城槌が鳴り、西壁では梯子が壁を叩き、南西では砲撃が続いている。

 別々の場所で起きている戦闘音が重なり、城全体が一つの巨大な戦場になったように感じられた。

「敵下がる!」

「追わないで!」

 西壁の敵兵が少し後退する。

「勝ったぞ!」

 民兵が声を上げる。

「まだです!」

 俺はすぐ止めた。

「まだ終わってない!」

 敵は逃げていない。

 弓の射程外まで下がり、隊列を組み直している。

「今のうちに休んで!」

「え?」

「座って! 水を飲んで!」

 民兵たちが城壁裏へ座り込む。

「正規兵も交代してください!」

「敵がまた来るぞ!」

「来たら立つ! それまで休む!」

 五分でもいい。

 休める時に休む。

「アレク殿」

 フェリクスが俺の肩を見る。

「何です?」

「血が出ています」

「あ」

 さっき敵の盾を受けたところ。

 服が少し切れている。

「大したことないですよ」

「見せてください」

「今?」

「今です」

 仕方なく服を少しずらす。

「浅い切り傷です」

「じゃあ大丈夫」

「包帯を巻きます」

「でも」

「止まってください」

「……はい」

 フェリクスが包帯を巻く。

「アレク殿」

「何です?」

「誕生日はいつです?」

「急に何です?」

「十五歳でこれなら、十六歳になった時には何をしているのかと思いまして」

「やめてくださいよ」

「なぜです?」

「想像すると怖い」

「確かに」

「そこで同意しないでください」

 少し笑う。

 十六歳。

 そういえば、この世界に来てから自分の誕生日をほとんど意識していなかった。

 アレクとして十五歳。

 でも時間は止まっていない。

 俺もいつまでも十五歳ではない。

「……十六か」

「何か?」

「いや」

 今考えることではない。

 でも。

 この戦が終われば。

 そんな日も来る。

「終わらせないとな」

「何をです?」

「この戦」

「はい」

 フェリクスが包帯を結ぶ。

「終わらせましょう」

 その時。

 遠くから角笛が聞こえた。

 ブオォォォォ――!

「敵?」

 立ち上がる。

 だが音は西や南からではない。

 北西。

「何だ?」

 城兵たちも見る。

 城壁の北側。

 遠くの街道に土煙が上がっている。

「騎兵!」

「どっちの軍だ!」

「旗を見ろ!」

 俺も北西を見る。

 まだ小さい。

 だが銀色の旗が見えた。

「銀……」

 そして、その意匠。

 以前にも見た。

「レオンハルト殿下だ」

「援軍!」

 誰かが叫んだ。

「援軍だぁぁぁ!」

 城壁上から歓声が上がる。

「来た!」

「レオンハルト殿下だ!」

 民兵たちの顔も一気に明るくなる。

「助かった!」

「まだです!」

 俺は叫んだ。

 でも。

 自分でも笑っているのが分かった。

「まだ終わってません!」

 敵も当然気づいた。

 西側の兵の動きが止まり、南の本陣から別の角笛が鳴る。

「敵も見つけましたね」

 フェリクスが言う。

「はい」

 レオンハルト軍。

 以前聞いた兵力は二千四百。

 全て連れてきたのかは分からない。

 だが戦況を変えるには十分な兵数だ。

「カール副将へ!」

「既に伝令が走っています!」

「早い!」

 北西を見る。

 騎兵の後ろから歩兵が続いている。

 そして銀の旗。

「間に合った……」

 思わず呟く。

 その時だった。

 シュヴァルツ伯軍本陣で大きな動きが起きた。

「何?」

 兵が聞く。

「撤退か?」

「違う」

 敵の砲が向きを変える。

 城壁ではなく。

 いや。

 南西角塔。

「援軍が来たのに、まだ攻める?」

 フェリクスの表情が変わる。

「まさか」

「何です?」

「援軍が城へ入る前に」

 俺も分かった。

「城を落とすつもり?」

「最後の総攻撃でしょう」

 背筋が冷えた。

 シュヴァルツ伯は退かない。

 レオンハルトが来た。

 だからこそ、その前に決める。

「敵全軍、動きます!」

 見張りが叫んだ。

「南から約千五百!」

「西、六百!」

「砲兵、発射準備!」

 城内の鐘が激しく鳴る。

 カン! カン! カン! カン!

「総員配置!」

 遠くからカールの声が響く。

「休憩中の兵も全員戻せ!」

 俺は民兵を見る。

 疲れている。

 でも。

「立てます?」

 年配の男が槍を握った。

「十五のガキが立ってるんだ」

「だから俺、年齢言いました?」

「細かいことはいい。行くぞ」

「はい」

 俺も剣を抜く。

 シャッ――。

 北西からレオンハルト軍が近づく。

 南ではシュヴァルツ伯軍が動く。

 エルツェンはその間にいる。

「あと少しです!」

 声を上げる。

「あと少しだけ持たせる!」

「おおおおおっ!」

 民兵たちが応える。

 敵の角笛が鳴った。

 ブオォォォォ――!

 続いて北西から別の角笛。

 ブォォォォォ――!

 二つの音が平原の上で重なった。

 援軍が来たから終わりではない。

 むしろ。

 ここからエルツェンの戦いは、最も激しい時間を迎えようとしていた。


 ◇ ◇ ◇


 同じ頃。

 エルツェン南方。

 シュヴァルツ伯軍本陣。

「レオンハルト軍、北西より接近!」

「数は」

「およそ二千! 後続も確認しております!」

 黒地に銀狼の旗の下で、一人の男が地図を見ていた。

 年齢は五十代前半。

 黒髪には既に灰色が混じっている。

 大柄ではなく、むしろ細身だ。

 それでも、その場にいる誰よりも落ち着いて見えた。

 コンラート・フォン・シュヴァルツ。

 シュヴァルツ伯本人だった。

「予定より早いな」

「撤退を?」

 副官が聞く。

「なぜだ」

「しかし、このままでは城兵とレオンハルト軍に挟まれます」

「まだ挟まれてはいない」

「ですが……」

「城は?」

「南西壁が限界に近いです」

「南門は」

「外板を破壊しました。まだ閂までは届いておりません」

「西壁は?」

「先ほどの攻撃は失敗しました」

「守備兵が増えたか?」

「民兵です」

「民兵?」

「はい。先ほどから槍を持った市民が壁へ上がっております」

 コンラートの目が僅かに細くなる。

「誰が動かした」

「確認できておりません」

「カールではないな」

「なぜです?」

「奴ならもっと早く民兵を使う」

 副官が黙る。

「今朝、北東門へ入った荷車があったな」

「十台です」

「護衛は?」

「八十前後」

「指揮官は」

「確認中です」

「急げ」

「はっ」

 コンラートは地図を見る。

 北西からレオンハルト。

 城内には守備隊。

 南には自軍。

「伯爵」

「何だ」

「攻撃を続ければ、退路を失う恐れがあります」

「分かっている」

「では」

「半刻だ」

「……」

「あと半刻だけ攻める」

 コンラートが南西壁を指した。

「南西へ八百」

「はい」

「南門へ五百」

「はい」

「西の六百はそのまま攻撃を続けさせろ」

「砲兵は?」

「全門、南西角塔へ集中」

「全門ですか?」

「崩せ」

「しかし、弾薬が」

「ここで使わず、どこで使う」

「……はっ」

 コンラートが顔を上げた。

「半刻で壁を割る」

「割れなければ?」

「退く」

「割れれば?」

 コンラートは北西から迫る銀の旗を見た。

「城内へ入る」

「レオンハルト軍が背後へ来ます」

「城壁を盾にする」

「……」

「奴が城ごと撃つか、見てみたい」

 副官の顔が硬くなる。

「全軍へ伝えろ」

「はっ」

「これが最後の攻撃だ」

 角笛が鳴った。

 シュヴァルツ伯軍最後の総攻撃が始まる。


 ◇ ◇ ◇


 ドォォォォン――!

 十二門の砲がほぼ同時に火を噴いた。

「伏せろぉぉ!」

 叫ぶ。

 直後。

 ドガァァァァン!

 南西側から、これまでで一番大きな衝撃が伝わってきた。

 城壁だけではない。

 地面そのものが揺れたように感じる。

「何だ!?」

 西壁の民兵が振り返る。

「塔だ!」

 誰かが叫んだ。

 南西角塔を見る。

 煙と石片の向こうで、塔の上部が僅かに傾いている。

「……まずい」

 外側ではない。

 内側へ傾いている。

「下から離れろ!」

 俺は叫んだ。

「塔から離れろぉぉぉ!」

 声が届くかは分からない。

 南西角塔の下には兵も工兵も民兵もいる。

 塔がさらに傾く。

 ギギギギ……。

 石材が擦れ合う不気味な音が響いた。

 そして。

 ズズズズズ――。

「崩れる!」

 ドガァァァァァン!

 塔の上部が内側へ崩れ落ちた。

 大量の土煙が城内へ広がる。

 一瞬だけ。

 戦場の音が消えたように感じた。

 だが。

「敵突撃ぃぃぃ!」

 すぐに城外から大歓声が上がった。

「うおおおおおおおっ!」

 来る。

 南西壁へ向かって、シュヴァルツ伯軍が一斉に走り出した。

「アレク殿!」

 フェリクスが俺を見る。

「南西が!」

「分かってます!」

 でも。

 俺たちは西壁を任されている。

 目の前には、まだ六百の敵兵がいる。

「行けない……」

「はい」

 西壁を捨てれば、こちらから敵が入る。

 南西へ駆けつけることは出来ない。

「カール殿を信じます」

「……」

 俺は剣を強く握った。

「こっちはこっちで持たせる!」

 敵の梯子が再び西壁へ近づいてくる。

 北西からレオンハルト軍が迫っている。

 だが、まだ城には届かない。

 南西では角塔が崩れ、敵兵が殺到している。

 城内の鐘が激しく鳴り続ける。

 カン! カン! カン! カン!

 その音を聞きながら、俺は初めて思った。

 間に合ったと思った援軍が。

 本当は間に合わないかもしれない。

 あとほんの少し。

 その「少し」が。

 戦場では、あまりにも長かった。

第十二話をお読みいただき、ありがとうございます。


今回は、エルツェン攻防がさらに激しくなり、アレクが一人の戦士としてだけではなく、現場を動かす側へ踏み込んでいく回になりました。


南西壁を任され、兵の配置を考え、疲労した兵を少人数ずつ休ませ、物資の使い方を決める。

さらに西壁では、戦い慣れていない民兵たちへ「一人で英雄になる必要はない」と伝え、正規兵と一緒に戦える形を作っていきます。


もちろん、どれもアレク一人の力で成り立っているわけではありません。


カール。

工兵。

フェリクス。

城兵。

民兵。


それぞれが自分の役割を果たし、その中でアレクも一つの判断を積み重ねています。


そして、ようやく姿を見せたレオンハルト軍。


本来なら援軍到着で流れが変わるはずでした。


しかしシュヴァルツ伯は退かず、逆に残されたわずかな時間へ全てを賭けます。


十二門の砲撃によって崩れ始める南西角塔。

そこへ殺到するシュヴァルツ伯軍。


援軍は見えている。

それでも、まだ届かない。


次話、「エルツェンの戦い(下)」へ続きます。

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