表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『知らない世界の知っている物語』 ~剣と知識を授かった平凡な会社員は、異世界の乱世を生き抜く~  作者: 相田 ソウ
第三篇 乱世の潮目

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/65

第十一話 エルツェンの戦い(上)

エルツェンへ向かう先発輸送隊を任されたアレク。


夜の街道を進む中、遠くから聞こえてきたのは、すでに始まっていた砲撃の音でした。


目的は、戦うことではなく物資を届けること。


ですが、城へ近づけば近づくほど、輸送と戦闘の境目はなくなっていきます。


今回は、アレクが「届ける側」から「守る側」へと変わっていく、エルツェン攻防の始まりです。

 ドォォン――!

 遠くで砲声が響いた。

 暗い街道を進んでいた馬たちが一斉に耳を立てる。

 少し遅れて。

 ドォン――!

 二発目。

 さらに。

 ドォォォン――!

「……近くなってる」

 俺は東の暗闇を見た。

 当然、エルツェンの城壁はまだ見えない。それでも、低い雲の向こうが一瞬だけ赤く染まるのが分かった。

「シュヴァルツ伯軍ですね」

 隣を進むフェリクスが言った。

「たぶん」

「夜のうちから砲撃するとは思いませんでした」

「俺も」

 聞いていた予定では、シュヴァルツ伯軍は今日の午後にエルツェン南方へ到着し、そのまま陣を作り始めたはずだった。

 普通に考えれば、本格的な攻撃は翌朝。

 俺たちもそう見ていた。

 だが。

 ドォン――!

 砲声は止まらない。

「何で夜から撃つんだろう」

「城兵を休ませないためでしょうか」

「それもありそう」

 俺は馬上で考える。

 夜間砲撃。

 狙いを正確につけるのは難しい。

 弾薬だって無限じゃない。

 なら城壁を本気で破壊するためというより。

「怖がらせる?」

「心理的な効果ですか」

「眠れないでしょう。いつ弾が飛んでくるか分からないし」

 城兵は一晩中緊張する。

 明日の朝、本格的な攻撃が始まる時には既に疲れている。

「それだけならいいですけど」

「他に?」

「音を聞かせること自体が目的かもしれない」

「誰にです?」

「周辺の領主」

 フェリクスが少し考える。

「ああ……」

 シュヴァルツ伯がエルツェンを攻めている。

 その事実が広がる。

 まだどちらにつくか迷っている領主たちに、

 こちらはもう動いた。

 お前たちはどうする。

 そう突きつける。

「戦場の外にも聞かせてる」

「あり得ます」

「でも」

 俺は首を振った。

「考えすぎかもしれない」

「珍しく慎重ですね」

「最近、そこを散々言われてるので」

「良いことです」

「褒められてる?」

「今回は」

「皆その言い方するなぁ」

 少し笑う。

 だが。

 すぐ東を見る。

 砲声。

 城。

 俺たちは十台の荷車を連れて、そこへ向かっている。

「アレク殿」

 前方から騎兵が戻ってきた。

「どう?」

「街道、この先一里ほどは通行可能です。ただし雨でぬかるみが増えています」

「橋は?」

「小橋一か所。問題ありません」

「敵兵は?」

「確認できず」

「分かった。ありがとう」

 斥候が離れる。

 フェリクスが俺を見る。

「進みますか?」

「はい」

「速度は?」

「今のまま」

「砲声は近づいています」

「だからって速くしすぎたら」

 後ろの荷車を見る。

 泥。

 夜。

 十台。

「城に着く前に壊れる」

「分かりました」

 急ぐ。

 でも急ぎすぎない。

 簡単そうで難しい。

 俺は手綱を握り直した。

「全隊、このまま前進! 車間を詰めすぎるな!」

「はっ!」

 ギギギギ……。

 車輪が泥を踏む。

 東から響く砲声へ向かって、俺たちは進み続けた。


 ◇ ◇ ◇


 夜が明ける少し前。

「灯り!」

 先頭の兵が叫んだ。

「前方に灯り!」

 俺は馬を進める。

 丘を一つ越えた。

 そして。

「……」

 見えた。

 エルツェン。

 暗い平原の向こうに、黒い城壁が浮かんでいる。

 南側。

 無数の焚き火。

 シュヴァルツ伯軍だ。

「多いな……」

 数千。

 夜だから正確には分からない。

 だが、焚き火の広がりだけで規模が分かる。

 城壁のさらに東。

 川。

 エルツェンは北と西を丘に守られ、東を河川に接している。

 主な攻撃方向は南。

 オットー男爵から聞いた通りだ。

 そしてシュヴァルツ伯も。

 当然そこを攻めている。

 ドォォン――!

 光。

 南西。

「砲」

 十二門。

 全部ではない。

 今撃っているのは三、四門ほどか。

 ドォン!

 少し遅れて。

 ズゥン――。

 城壁のどこかに着弾。

「まだ撃ってる」

「夜通しでしょうか」

「弾、大丈夫なのかな」

「シュヴァルツ伯軍の砲弾備蓄までは分かりません」

「そうですよね」

 城の東側を見る。

「俺たち、どうやって入る?」

 南は敵。

 西も敵の斥候がいる可能性が高い。

 北は丘。

 東は川。

「正門は南?」

「南東側に主門があります」

 フェリクスが答える。

「敵に近い」

「はい」

「北門は?」

「小さい通用門があります。ただし荷車が通れるかは分かりません」

「東は?」

「川沿いに水門があります」

「荷車は?」

「無理でしょう」

 俺は地図を出す。

 暗い。

 松明を近づける。

「北へ回る?」

「遠回りになります」

「敵は?」

「南よりは少ないでしょう」

「でも丘」

「荷車には厳しい」

 時間。

 夜明け。

 攻撃。

 十台。

「……城へ伝令を出す」

「どこから?」

「東側」

「水門?」

「人だけなら入れるかもしれない」

 フェリクスが頷く。

「城側に、どこから入れるか聞く?」

「そうです」

 勝手に門へ行って、開かない。

 それが一番まずい。

「二騎」

「はい」

「白布を持たせて。城側に近づいたら武器を見せない」

「敵に見つかれば?」

 分かっている。

 危険だ。

「東から川沿い。出来るだけ城壁の陰を使う」

「承知しました」

 二人の騎兵が出る。

 俺たちは丘の陰へ荷車を止めた。

「全車停止!」

 ギィ……。

 ギギギ……。

 止まる。

「松明を減らせ!」

「はっ!」

 暗くする。

 敵から見えにくくするためだ。

「アレク殿」

「はい」

「敵に見つかった場合は?」

 護衛隊長。

 考える。

 こちら八十。

 荷車十。

 敵本隊三千以上。

 戦う?

 無理だ。

「逃げます」

「荷は?」

「状況次第」

「守るのでは?」

「人が死んだら届けられない」

 マティアスの言葉。

「護衛だけなら?」

「敵が少数なら追い払う。でも大きい部隊なら荷を捨ててでも退く」

「承知しました」

 言うだけで。

 胸が重い。

 十台。

 ここまで運んできた。

 でも。

 荷は手段だ。

 届ける人間まで死ねば意味がない。

「……来た」

 フェリクス。

 東。

 一騎。

 いや。

 二騎。

 戻ってくる。

「報告!」

「どうだった!」

「城側と接触! 北東門を開けるとのこと!」

「荷車通れる?」

「一台ずつなら!」

「敵は?」

「北側に小規模な斥候を確認! ただし城兵が牽制しております!」

「よし」

 地図。

 北東。

「ここから?」

「半里ほど北へ回ります」

「道は?」

「細いですが荷車は通せます!」

「じゃあ行く」

 空。

 少し明るくなってきた。

 時間がない。

「全隊、北へ! 松明は必要最低限!」

「はっ!」

 十台の荷車が再び動き始めた。


 ◇ ◇ ◇


 ドォォン――!

 砲声。

 今度は。

 近い。

 北へ回るほど、エルツェンの城壁が大きくなっていく。

「敵騎兵!」

 前方。

「数!」

「十五ほど!」

「来る?」

「こちらを見ています!」

 まずい。

 シュヴァルツ伯軍の斥候。

「護衛前へ!」

 ザッ!

 騎兵。

 アルヴェイン兵三十。

 マティアス側五十。

 全部出す必要はない。

「二十騎、前へ! 残りは荷車から離れるな!」

「はっ!」

 敵。

 十五騎。

 距離。

 互いに止まる。

「気づかれた」

 フェリクス。

「ですね」

 敵騎兵の一人が。

 反転。

「伝令!」

「一騎戻る!」

「まずい」

 敵本隊へ知らせに行く。

「追いますか?」

 護衛隊長。

 どうする。

 追えば。

 荷車から離れる。

 でも放せば。

 敵が来る。

「……追わない」

「よろしいのですか?」

「追いつける保証ない」

「はい」

「残り十四騎がこっちにいる」

「ああ」

「荷を優先」

 早く城へ。

「全車速度を上げろ! ただし間隔を詰めるな!」

 ギギギギ――!

 馬。

 車輪。

 北東門。

 見える。

 城壁。

 小さい門。

 その上。

「味方旗!」

 エルツェン守備兵。

「来い!」

 城壁から声。

「急げ!」

 敵騎兵十四。

 少し近づく。

 ヒュン――!

「矢!」

「伏せろ!」

 ガンッ!

 荷車の木枠に一本。

「弓騎兵?」

「一部です!」

「撃ち返すな!」

「なぜ!」

「止まるから!」

 逃げる。

 今は。

 戦う必要がない。

 北東門。

 開く。

 ギギギギ……!

「一台ずつ!」

「第一車、入れ!」

 ガラガラガラッ!

 一台。

 門へ。

 二台目。

「敵騎兵来ます!」

 ドドドドッ!

 距離。

 二百。

「護衛!」

「はっ!」

 二十騎が反転。

 道を塞ぐ。

「荷車は止めるな!」

 三台。

 四台。

 敵。

 矢。

 ヒュン!

「ぐっ!」

 一人。

 味方騎兵の肩。

「下げろ!」

 五台目。

 六台目。

「アレク殿!」

「何です!」

「敵、増援!」

 南西。

 丘の向こう。

 騎兵。

 数十。

「……早い!」

 本隊から近い。

「七台目! 急げ!」

 城壁。

「弓兵!」

 エルツェン守備兵。

「放てぇ!」

 バシュッ!

 城壁から矢。

 敵騎兵の前。

 地面へ。

「近づけさせるな!」

 八台。

 九台。

「最後!」

 十台目。

 ギギギギ――!

 入る。

「護衛、退け!」

「退けぇ!」

 味方騎兵。

 門へ。

 敵騎兵も追う。

「閉門準備!」

「急げ!」

 俺。

 フェリクス。

 最後。

 馬。

 門。

 ドドドッ!

「入れ!」

 通過。

 直後。

「閉めろぉぉ!」

 ギギギギ――!

 門が閉じる。

 外。

 ドドドッ!

 ガンッ!

 敵騎兵。

 止まる。

「……」

 俺は馬上で。

 しばらく動けなかった。

「アレク殿」

「……はい」

「十台」

 フェリクス。

「入りました」

「……全部?」

「全部です」

「本当に?」

「はい」

 息。

 吐く。

「良かった……」

 本当に。

 それしか出なかった。


 ◇ ◇ ◇


「誰が責任者だ!」

 城内。

 一人の男が走ってくる。

 三十代後半。

 短い黒髪。

 左頬に新しい傷。

 胸甲の上から灰色の外套。

「私です」

 答えようとして。

 一瞬。

 止まる。

 俺?

 俺が責任者。

「アレク・ハルトマンです」

 男が俺を見る。

「……十五?」

「はい」

「本当に責任者か?」

「俺も時々疑います」

「アレク殿」

 フェリクスが横から止める。

「マティアス・クレーマー様直属、アレク・ハルトマン殿です。今回の先発輸送隊を任されております」

「……そうか」

 男が姿勢を正す。

「エルツェン守備副将、カール・フォン・ヴェーデルだ」

「よろしくお願いします」

「よく来てくれた」

 握手。

 強い。

「積荷は?」

「工具、木材、包帯、薬草、医療用酒が中心です」

「木材?」

「砲撃で必要になると」

 カールが少し驚く。

「誰が選んだ」

「オットー男爵と相談して」

「そうか」

 顔が。

 少し緩む。

「助かる」

 城内を見る。

 既に。

 壁際に負傷者。

「もう?」

「夜の砲撃で十二名」

「死者は?」

「三」

「……」

 まだ。

 本格的な戦い前。

 三人。

「積荷をどこへ?」

「工具と木材は南壁裏の工兵所。医療物資は教会」

「分かりました」

「人員を出す」

「こちらの御者も使います」

「頼む」

 すぐ。

 荷車が動く。

 ギギギ……。

「アレク殿」

「はい」

「マティアス殿の本隊は?」

「今日中……は厳しいです」

「明日?」

「今の速度なら」

「レオンハルト殿下は?」

「今日夕方頃」

 カールが息を吐く。

「なら」

 南を見る。

「それまで持たせる」

 俺も見る。

 城壁の向こう。

 黒煙。

「守備兵は八百?」

「昨日までな」

「今は?」

「周辺の兵と民兵を入れて千百ほど」

「増えてる」

「ああ」

「訓練は?」

「民兵は期待するな」

「ですよね」

「ただ」

 カールの声。

「城壁の上に立つだけでも意味はある」

「数に見える」

「そうだ」

 敵から。

 守備兵が多く見える。

 俺は前世の籠城戦を思い出す。

 でも。

 勝手に当てはめるな。

「敵は?」

「三千二百前後」

「砲十二」

「ああ」

「攻城塔?」

「確認していない」

「破城槌?」

「二基」

「梯子?」

「多数」

「主攻は?」

「南西だろう」

「砲も?」

「ああ」

 カールが南壁へ向かう。

「見るか?」

「いいんです?」

「マティアス殿直属なのだろう」

「まだ二日目ですけど」

「何?」

「何でもありません」

 俺とフェリクスも後を追う。


 ◇ ◇ ◇


 南西城壁。

「……」

 登った瞬間。

 戦場が全部見えた。

 シュヴァルツ伯軍。

 南。

 三千を超える兵。

 中央。

 大きな旗。

 黒地に銀の狼。

「シュヴァルツ伯?」

「本陣だ」

 カール。

 その前。

 歩兵。

 いくつもの部隊。

「四つ?」

「大きく分けてな」

 左。

 槍兵。

 中央。

 盾兵。

 右。

 弓兵と弩兵。

 さらに。

 南西。

 砲。

「十二……」

 二列。

 六門ずつ。

 砲身。

 城壁へ向いている。

「夜は全部使ってなかった」

「弾薬を温存したのだろう」

「本番は」

「これからだ」

 敵陣。

 動いている。

 ザッ。

 ザッ。

 ザッ。

「歩兵前進!」

 城兵が叫ぶ。

 まだ遠い。

 でも。

 数百。

 いや。

 千以上。

「攻撃?」

「準備だ」

 カール。

「砲撃で壁を叩きながら、兵を寄せる」

「南西?」

「ああ」

 城壁を見る。

 そこだけ。

 石の色が少し違う。

「補修した?」

「十年前に崩れた」

「弱い?」

「他よりは」

 シュヴァルツ伯は。

 知ってる。

 当然。

 城の弱点。

「砲撃!」

 敵。

 白煙。

「伏せろ!」

 ドォォォン――!

 十二門。

 全部ではない。

 六。

 轟音。

 ヒュゥゥゥ――!

「来る!」

 ドガァン!

 城壁。

 揺れる。

 石。

 粉塵。

「ぐっ!」

 俺は壁へ手をつく。

 二発。

 城壁に直撃。

 他は。

 上。

 下。

「装填!」

 敵砲兵。

 遠い。

 でも。

 動きが見える。

「発射間隔は?」

「砲による」

 カール。

「この距離なら、そう何度も早くは撃てん」

「でも十二門」

「ああ」

 交代で撃つ。

「城側の砲は?」

「四門」

「少ない」

「うち一門は昨日壊れた」

「三……」

 敵十二。

 こちら三。

「撃ち返す?」

「まだだ」

「なぜ?」

「距離がある」

 火薬。

 弾。

 少ない。

「近づくまで待つ」

「ああ」

 城兵。

 弓。

 弩。

 石。

 熱湯?

 油?

「油は使う?」

「高い」

「ですよね」

「それに火を使えば城内へ燃え移る」

「なるほど」

 俺が知っている籠城戦。

 熱した油を落とす。

 物語ではよくある。

 実際には。

 そんな贅沢。

 簡単には出来ない。

「水の方が重要だ」

 カールが言う。

「火を消す?」

「それもある。人も飲む」

「……」

 また。

 知識と現実。

 違う。

「アレク殿」

 フェリクス。

「見てください」

「何?」

「敵右側」

 見る。

 歩兵。

 でも。

 少し違う。

「盾?」

「大型です」

 盾を並べ。

 その後ろ。

 人。

「何運んでる?」

 長い。

 木材。

「梯子?」

「一部は」

 でも。

 さらに後ろ。

 大きい。

「破城槌」

 カール。

 二基。

 濡れた皮を掛けている。

「南門?」

「一基は」

「もう一基は?」

「南西壁」

「壁?」

「崩れたら穴を広げる」

 なるほど。

 敵の目的。

 砲で弱い壁を割る。

 破城槌。

 歩兵。

「一か所に集中」

 俺が呟く。

「そうだ」

「分散しない」

「奴は馬鹿ではない」

 カールの顔が硬い。

 シュヴァルツ伯。

 まだ会ったことはない。

 でも。

 戦い方から。

 少し。

 人が見える。

「レオンハルト殿下が来るまで」

「ああ」

「耐えれば?」

「それだけではない」

「え?」

「援軍が来ると敵も知っている」

「あ」

 つまり。

 シュヴァルツ伯も。

 急ぐ。

「今日中に落としたい」

「少なくとも大きな損害を与えたいだろう」

「時間は」

 俺たちの味方。

 でも。

 敵にとっては。

 敵。

「だから夜から砲撃」

「だろうな」

 城兵を疲れさせる。

 砲撃。

 朝。

 一気に。

「来るぞ!」

 叫び。

 敵。

 角笛。

 ブオォォォォ――!

 千を超える兵。

 動く。

「弓兵、準備!」

「弩兵、前へ!」

 城壁。

 兵が並ぶ。

「アレク殿」

 カール。

「下がれ」

「俺も」

「お前の仕事はここではない」

「……」

 言葉が。

 少し刺さる。

 でも。

「何を?」

「届けた荷を使える状態にしろ」

「……」

「戦う兵は足りている」

 カールが剣を抜く。

「今はな」

 そうだ。

 俺の仕事。

 剣を振ることじゃない。

「分かりました」

 俺は城壁から下りる。

 背後。

 角笛。

 兵の叫び。

 バシュッ!

 矢。

 ドォン!

 砲。

 でも。

 俺は。

 そこから離れる。


 ◇ ◇ ◇


「木材をここへ!」

「全部ですか!?」

「いや! 長材は南西壁! 短材は門へ!」

「工具!」

「工兵へ!」

「包帯は?」

「教会!」

「薬草!」

「同じ!」

 城内。

 人。

 走る。

 俺は。

 紙。

 積荷。

 どこへ何を。

 昨日なら。

 ただの十台だった。

 今は。

 必要な場所が違う。

「アレク殿!」

 工兵。

「木材が足りない!」

「何が?」

「梁! 長いのだ!」

「長材は?」

「三車分!」

「全部?」

「半分!」

「何に使う?」

「南西壁の裏へ支柱を組む!」

「門は?」

「短材で足りる!」

「じゃあ長材全部そっち!」

「はっ!」

 判断。

 俺。

 でも。

 工兵に聞く。

 決める。

「フェリクスさん!」

「はい!」

「荷車を空にしたら」

「何を?」

 待て。

 空車。

 使える。

「負傷者運搬」

「城内で?」

「南西壁から教会まで」

「荷車では大きすぎます」

「じゃあ担架?」

「木材があります」

「……作れる?」

「大工なら」

「大工は?」

「先発には二名」

「二人」

 少ない。

「城内の職人を借りる」

「誰に?」

「守備隊」

 走る。

 これ。

 戦場。

 剣じゃない。

 でも。

「アレク殿!」

 声。

「何!」

「教会から! 包帯を全部こちらへ運ぶなと!」

「何で?」

「保管場所が足りません!」

「あ」

 十台。

 物を持ってくる。

 でも。

 置く場所。

「空き倉庫!」

「どこに?」

「探して!」

「はい!」

 いや。

 待て。

「フェリクスさん!」

「はい!」

「全部持っていかなくていい!」

「何を?」

「今日使う分だけ教会! 残りは荷車に残す!」

「でも砲撃が」

「車を北東側へ移す!」

「なるほど!」

 南西。

 砲撃。

 北東。

 敵から遠い。

「御者! 空いてる車から北東へ!」

「はっ!」

 ゴロゴロゴロ――!

 動く。

 頭が。

 追いつかない。

 その時。

 ドガァァァン!

 大きな音。

 城。

 揺れる。

「何!?」

「南西壁!」

 兵士。

「砲弾直撃!」

「崩れた?」

「一部!」

 次。

 鐘。

 カン! カン! カン!

「負傷者!」

 南西から。

 担架。

 人。

「教会へ!」

「道空けろ!」

 負傷者。

 血。

 顔。

 俺は。

 一瞬。

 止まる。

「……」

 ヴァイスブルク。

 思い出す。

 同じ。

 数字。

 でも。

 一人。

 一人。

「アレク殿!」

 フェリクス。

「はい!」

「今は!」

「分かってる!」

 動く。

 考える。

「大工!」

「はい!」

「担架、何個作れる?」

「木材があれば!」

「長材は使うな! 短材と布!」

「分かりました!」

「布は?」

「商隊の覆い!」

「あ」

 荷車。

 雨避け。

「二枚だけ使う」

「二枚で?」

「十台全部の覆い取ったら、雨降った時困る」

「分かりました」

 全部。

 繋がる。

 一つ使えば。

 別が減る。

「……難しい」

 でも。

 やる。

 今。

 俺に出来ること。


 ◇ ◇ ◇


 南西壁。

「梯子!」

 ガンッ!

「落とせぇ!」

「押せ!」

「うおおおおおっ!」

 城壁。

 シュヴァルツ兵。

 梯子。

 矢。

 盾。

 ガン!

 ギィン!

「第二梯子!」

「左!」

 カールが剣を振る。

「槍兵、寄せろ!」

「はっ!」

 梯子を登る敵。

「上げるな!」

 ザシュッ!

「ぐあっ!」

 落ちる。

 でも。

 次。

 次。

「砲撃来るぞ!」

「伏せろ!」

 ドォォン!

 ドガァン!

 南西壁。

 石。

 崩れる。

「壁裏支柱!」

「まだか!」

「作業中です!」

「急げ!」

 その時。

「副将!」

「何だ!」

「南門!」

「どうした!」

「破城槌接近!」

「……」

 カールが城壁から下を見る。

 一基。

 南門。

 もう一基。

 南西壁。

「二か所」

 敵。

 分ける?

 いや。

 南西中心。

 南門も。

「兵を裂かせる気か」

 カールが呟く。

 門を無視すれば。

 破られる。

 守れば。

 壁が薄くなる。

「南門へ予備百!」

「はっ!」

「民兵を壁裏へ!」

「民兵ですか?」

「石と水を運ばせろ! 戦わせるな!」

「はっ!」

 人。

 足りない。

 時間。

 足りない。

 シュヴァルツ。

 そこを。

 突く。


 ◇ ◇ ◇


「アレク殿!」

 教会。

 俺は呼ばれる。

「何です!」

「酒が足りません!」

「持ってきた!」

「どこへ?」

「あ」

 医療用酒。

 荷車。

「第二車!」

「北東へ移動済みです!」

「取ってくる!」

「待ってください!」

 フェリクス。

「何?」

「あなたが行く必要はない!」

「でも」

「人を使ってください!」

 止まる。

 そうだ。

 俺が全部走る必要ない。

「御者二人!」

「はい!」

「第二車から酒樽二つ! 教会へ!」

「はっ!」

 走る。

「……」

「アレク殿」

「はい」

「自分でやった方が早いことは多いです」

「はい」

「でも」

「全部自分でやったら」

「あなた一人しか働けません」

「……はい」

 会社。

 前世。

 管理職。

 思い出す。

 自分でやった方が早い。

 そう思って全部抱える人。

 いた。

「俺、同じことしてた」

「何が?」

「いや」

 苦笑い。

「ありがとう」

「何がです?」

「止めてくれて」

「それが仕事です」

 フェリクス。

 良い人だ。

 その時。

 鐘。

 カン! カン! カン!

 今度は。

 速い。

「何の鐘?」

 兵士。

 顔が変わる。

「城壁損壊!」

「どこ!?」

「南西!」

 走る。

 俺も。

 いや。

 止まる。

「俺は?」

 ここ。

 物資。

 でも。

 壁が崩れたら。

 全部終わる。

「フェリクスさん」

「行ってください」

「いい?」

「こちらは任せて」

「分かりました!」

 俺は走った。


 ◇ ◇ ◇


 南西壁裏。

「木材!」

「押せ!」

「支えろ!」

 工兵。

 壁。

 亀裂。

 石の一部が。

 内側へ崩れている。

「状況!」

 俺が聞く。

 工兵長。

「誰だ!」

「アレク・ハルトマン! 木材運んだ!」

「ああ!」

「持つ?」

「今は!」

「今は?」

「次の直撃で分からん!」

「補強は?」

「梁が足りん!」

「持ってきた長材全部は?」

「使ってる!」

「……」

 足りない。

「城内に?」

「家屋から取れば!」

「勝手に?」

「今はそれどころじゃ!」

 でも。

 民の家。

「誰の許可?」

「守備副将!」

「カール殿!」

「壁上だ!」

 時間。

 砲。

「……」

 俺が決める?

 違う。

 城の財産。

 軍の権限。

「伝令!」

「はい!」

「カール副将へ! 壁補強のため城内家屋から梁を徴発する許可! 急いで!」

「はっ!」

「返事待つ?」

 工兵長。

「待つ!」

「間に合わんぞ!」

「……」

 砲。

 白煙。

「来る!」

「伏せろ!」

 ドォォォン――!

 ドガァン!

 壁。

 ズシン。

 石。

 一個。

 落ちる。

「くっ!」

「もう無理だ!」

 工兵。

 待て。

 ここ。

 壁。

 裏。

 何か。

 前世。

 土嚢。

 でも。

 袋。

 土。

「袋!」

「何だ!」

「麦袋みたいな袋ある?」

「ある!」

「土入れる!」

「何?」

「崩れたところの裏!」

「そんなもので?」

「石壁の代わりにはならない! でも」

 穴。

 完全に開いた時。

 土。

 袋。

 積む。

「弾や矢を少し止められる!」

 工兵長が見る。

「何袋いる!」

「分からない!」

「おい!」

「やったことないから!」

「……」

 正直。

 でも。

「試す価値は?」

「ある!」

「ならやる!」

「空袋!」

「倉庫にある!」

「持ってこい!」

 でも。

 問題。

 土。

「城壁裏の土を掘れ!」

「床は石だ!」

「あ」

「外庭!」

「遠い!」

「崩れた石の瓦礫と土混ぜる!」

「それなら!」

 完全な土嚢じゃない。

 でも。

 何もしないより。

「アレク!」

 声。

 カール。

 城壁階段から下りてくる。

「梁徴発、許可する! 後で大公家……いや、レオンハルト殿下が補償する!」

「分かりました!」

「それと今の袋は何だ!」

「壁の裏を埋めます!」

「効果は!」

「分かりません!」

「……」

「でも崩れたままよりは!」

 カール。

 一瞬。

 考える。

「やれ!」

「はい!」

「民兵五十!」

「はっ!」

「アレクの指示に従え!」

「え?」

「お前が言い出した!」

「そうですけど!」

「やれ!」

「はい!」

 人。

 五十。

 俺を見る。

「……」

 責任。

 怖い。

 でも。

「空袋集めろ! 瓦礫から細かい石と土! 袋の半分から三分の二! 重くしすぎるな!」

 どれくらい。

 正確じゃない。

 現場。

 やりながら。

「二人一組!」

「はい!」

「口を縛る!」

「縄!」

「倉庫!」

「取りに行け!」

 動く。

 ザッザッ。

 袋。

 石。

 土。

 積む。

「そこじゃない!」

 工兵長。

「壁に寄せろ!」

「一段目!」

「互い違い!」

 俺。

 前世で見た。

 土嚢。

 レンガのように。

「互い違い?」

「上の袋を下の継ぎ目に重ねる!」

「こうか!」

「そう!」

 積む。

 一段。

 二段。

 低い。

 でも。

 壁が崩れた時。

 少しでも。

「……」

 これが。

 役に立つ?

 分からない。

 神の知識。

 万能じゃない。

 今。

 初めて。

 この世界で。

 試す。

「砲撃!」

 叫び。

「伏せろ!」

 ドォン!

 ドガァァン!

 今度。

 壁。

 大きい。

 バキバキッ!

「崩れる!」

 石。

 ズズズ……。

 ドガァン!

 一部。

 内側へ。

「うわっ!」

 粉塵。

「アレク!」

「大丈夫!」

 見る。

 壁。

 穴。

 まだ。

 完全には貫通していない。

 でも。

 外側。

 薄い。

「袋!」

 積んだ袋。

 いくつか破れた。

 でも。

 残っている。

「……使える」

 工兵長。

「もっと作れ!」

 声。

「袋を増やせ!」

「はい!」

 今度は。

 俺じゃない。

 工兵長が。

 自分で。

 動かす。

 それでいい。

 俺は。

 入口を出しただけ。

「アレク」

 カール。

「何です?」

「これはどこで覚えた」

「昔読んだ……」

 また。

「話です」

「随分便利な話だな」

「俺も最近そう思います」

 カールが笑う。

 でも。

 すぐ。

 城壁上。

「敵接近!」

 叫び。

「梯子!」

「破城槌、南西へ!」

 カールの顔が変わる。

「来る」

 剣。

 抜く。

「アレク」

「はい」

「今度はお前も上へ来い」

「いいんです?」

「壁が破られれば物資係も何もない」

「……ですよね」

 俺も剣を抜く。

 シャッ――。

 久しぶり。

 いや。

 数日。

 でも。

 長く感じる。

 剣。

 紙。

 今日は。

 両方。

「民兵は壁裏! 突破されたら槍!」

「はっ!」

「アレク」

「はい」

「死ぬなよ」

「最近そればっかり言われるんです」

「なら守れ」

「はい」

 階段。

 上がる。

 音。

 近い。

「梯子!」

 ガンッ!

「敵兵上がるぞ!」

「落とせぇぇ!」

「うおおおおおおっ!」

 俺は城壁へ出た。

 目の前。

 梯子。

 敵兵。

 盾。

 剣。

 矢。

 砲煙。

 そして。

 その向こう。

 シュヴァルツ伯軍。

「……来た」

 戦場。

 今度は。

 逃げられない。

 敵兵の頭が。

 城壁の上へ出る。

「アルヴェインか!」

 剣。

 振り上げる。

 俺も。

 構える。

「今は違う」

 小さく。

 呟いた。

 俺は今。

 マティアス・クレーマーの配下。

 でも。

 そんなこと。

 敵には関係ない。

 剣。

 振る。

 ギィン!

 敵の剣を受ける。

 重い。

「くっ!」

 押す。

 相手。

 梯子。

 足場。

 悪い。

 俺は一歩引く。

 敵が上がる。

 その瞬間。

 横。

 回る。

 剣。

 腕へ。

 ザシュッ!

「ぐあっ!」

 敵。

 落ちる。

「次!」

 カールの声。

 もう。

 次の兵。

 梯子。

 上がる。

 南門。

 ドゴォォン!

 破城槌。

 南西壁。

 ドゴォン!

 二方向。

 さらに。

「砲撃!」

「伏せろぉぉ!」

 ドォォォン――!

 戦場が。

 全部。

 一つになる。

 音。

 煙。

 人。

 血。

 石。

 木。

 その中で。

 俺は剣を握る。

 遠く。

 東。

 レオンハルト本隊はまだ来ない。

 マティアスも。

 アルヴェイン援軍も。

 まだ遠い。

 今。

 エルツェンにいるのは。

 守備兵。

 民兵。

 そして。

 俺たち。

「持たせる」

 誰に聞かせるでもなく。

 言った。

 ヴァイスブルクの時。

 俺たちは。

 間に合った。

 今度は。

 俺が。

 待つ側だ。

「来い!」

 敵兵。

 剣。

 俺も。

 前へ出る。

 援軍が来るまで。

 この城を。

 落とさせない。

第十一話をお読みいただき、ありがとうございます。


今回は、エルツェンの戦いの開幕を描きました。


アレクたちはまず、工具、木材、包帯、薬草といった物資を城へ届けます。


しかし、城へ入った後も仕事は終わりません。


どこへ何を運ぶのか。

何を優先するのか。

負傷者をどう運ぶのか。

砲撃で傷んだ城壁をどう支えるのか。


そして、前世の知識から思いついた土嚢に近い補強方法も、最初から完璧に使えるわけではなく、現場の工兵たちと試しながら形にしていきます。


アレクの知識は答えそのものではなく、あくまで新しい選択肢を生み出すきっかけです。


そして最後には、ついに剣を抜くことになりました。


物資を運ぶだけでは終わらない。

戦場へ届けた物を守るためには、自分自身も戦わなければならない。


援軍であるレオンハルト、マティアス、アルヴェイン軍はまだ到着していません。


それまでエルツェンは持ちこたえられるのか。


次話、「エルツェンの戦い(中)」へ続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ