第十一話 エルツェンの戦い(上)
エルツェンへ向かう先発輸送隊を任されたアレク。
夜の街道を進む中、遠くから聞こえてきたのは、すでに始まっていた砲撃の音でした。
目的は、戦うことではなく物資を届けること。
ですが、城へ近づけば近づくほど、輸送と戦闘の境目はなくなっていきます。
今回は、アレクが「届ける側」から「守る側」へと変わっていく、エルツェン攻防の始まりです。
ドォォン――!
遠くで砲声が響いた。
暗い街道を進んでいた馬たちが一斉に耳を立てる。
少し遅れて。
ドォン――!
二発目。
さらに。
ドォォォン――!
「……近くなってる」
俺は東の暗闇を見た。
当然、エルツェンの城壁はまだ見えない。それでも、低い雲の向こうが一瞬だけ赤く染まるのが分かった。
「シュヴァルツ伯軍ですね」
隣を進むフェリクスが言った。
「たぶん」
「夜のうちから砲撃するとは思いませんでした」
「俺も」
聞いていた予定では、シュヴァルツ伯軍は今日の午後にエルツェン南方へ到着し、そのまま陣を作り始めたはずだった。
普通に考えれば、本格的な攻撃は翌朝。
俺たちもそう見ていた。
だが。
ドォン――!
砲声は止まらない。
「何で夜から撃つんだろう」
「城兵を休ませないためでしょうか」
「それもありそう」
俺は馬上で考える。
夜間砲撃。
狙いを正確につけるのは難しい。
弾薬だって無限じゃない。
なら城壁を本気で破壊するためというより。
「怖がらせる?」
「心理的な効果ですか」
「眠れないでしょう。いつ弾が飛んでくるか分からないし」
城兵は一晩中緊張する。
明日の朝、本格的な攻撃が始まる時には既に疲れている。
「それだけならいいですけど」
「他に?」
「音を聞かせること自体が目的かもしれない」
「誰にです?」
「周辺の領主」
フェリクスが少し考える。
「ああ……」
シュヴァルツ伯がエルツェンを攻めている。
その事実が広がる。
まだどちらにつくか迷っている領主たちに、
こちらはもう動いた。
お前たちはどうする。
そう突きつける。
「戦場の外にも聞かせてる」
「あり得ます」
「でも」
俺は首を振った。
「考えすぎかもしれない」
「珍しく慎重ですね」
「最近、そこを散々言われてるので」
「良いことです」
「褒められてる?」
「今回は」
「皆その言い方するなぁ」
少し笑う。
だが。
すぐ東を見る。
砲声。
城。
俺たちは十台の荷車を連れて、そこへ向かっている。
「アレク殿」
前方から騎兵が戻ってきた。
「どう?」
「街道、この先一里ほどは通行可能です。ただし雨でぬかるみが増えています」
「橋は?」
「小橋一か所。問題ありません」
「敵兵は?」
「確認できず」
「分かった。ありがとう」
斥候が離れる。
フェリクスが俺を見る。
「進みますか?」
「はい」
「速度は?」
「今のまま」
「砲声は近づいています」
「だからって速くしすぎたら」
後ろの荷車を見る。
泥。
夜。
十台。
「城に着く前に壊れる」
「分かりました」
急ぐ。
でも急ぎすぎない。
簡単そうで難しい。
俺は手綱を握り直した。
「全隊、このまま前進! 車間を詰めすぎるな!」
「はっ!」
ギギギギ……。
車輪が泥を踏む。
東から響く砲声へ向かって、俺たちは進み続けた。
◇ ◇ ◇
夜が明ける少し前。
「灯り!」
先頭の兵が叫んだ。
「前方に灯り!」
俺は馬を進める。
丘を一つ越えた。
そして。
「……」
見えた。
エルツェン。
暗い平原の向こうに、黒い城壁が浮かんでいる。
南側。
無数の焚き火。
シュヴァルツ伯軍だ。
「多いな……」
数千。
夜だから正確には分からない。
だが、焚き火の広がりだけで規模が分かる。
城壁のさらに東。
川。
エルツェンは北と西を丘に守られ、東を河川に接している。
主な攻撃方向は南。
オットー男爵から聞いた通りだ。
そしてシュヴァルツ伯も。
当然そこを攻めている。
ドォォン――!
光。
南西。
「砲」
十二門。
全部ではない。
今撃っているのは三、四門ほどか。
ドォン!
少し遅れて。
ズゥン――。
城壁のどこかに着弾。
「まだ撃ってる」
「夜通しでしょうか」
「弾、大丈夫なのかな」
「シュヴァルツ伯軍の砲弾備蓄までは分かりません」
「そうですよね」
城の東側を見る。
「俺たち、どうやって入る?」
南は敵。
西も敵の斥候がいる可能性が高い。
北は丘。
東は川。
「正門は南?」
「南東側に主門があります」
フェリクスが答える。
「敵に近い」
「はい」
「北門は?」
「小さい通用門があります。ただし荷車が通れるかは分かりません」
「東は?」
「川沿いに水門があります」
「荷車は?」
「無理でしょう」
俺は地図を出す。
暗い。
松明を近づける。
「北へ回る?」
「遠回りになります」
「敵は?」
「南よりは少ないでしょう」
「でも丘」
「荷車には厳しい」
時間。
夜明け。
攻撃。
十台。
「……城へ伝令を出す」
「どこから?」
「東側」
「水門?」
「人だけなら入れるかもしれない」
フェリクスが頷く。
「城側に、どこから入れるか聞く?」
「そうです」
勝手に門へ行って、開かない。
それが一番まずい。
「二騎」
「はい」
「白布を持たせて。城側に近づいたら武器を見せない」
「敵に見つかれば?」
分かっている。
危険だ。
「東から川沿い。出来るだけ城壁の陰を使う」
「承知しました」
二人の騎兵が出る。
俺たちは丘の陰へ荷車を止めた。
「全車停止!」
ギィ……。
ギギギ……。
止まる。
「松明を減らせ!」
「はっ!」
暗くする。
敵から見えにくくするためだ。
「アレク殿」
「はい」
「敵に見つかった場合は?」
護衛隊長。
考える。
こちら八十。
荷車十。
敵本隊三千以上。
戦う?
無理だ。
「逃げます」
「荷は?」
「状況次第」
「守るのでは?」
「人が死んだら届けられない」
マティアスの言葉。
「護衛だけなら?」
「敵が少数なら追い払う。でも大きい部隊なら荷を捨ててでも退く」
「承知しました」
言うだけで。
胸が重い。
十台。
ここまで運んできた。
でも。
荷は手段だ。
届ける人間まで死ねば意味がない。
「……来た」
フェリクス。
東。
一騎。
いや。
二騎。
戻ってくる。
「報告!」
「どうだった!」
「城側と接触! 北東門を開けるとのこと!」
「荷車通れる?」
「一台ずつなら!」
「敵は?」
「北側に小規模な斥候を確認! ただし城兵が牽制しております!」
「よし」
地図。
北東。
「ここから?」
「半里ほど北へ回ります」
「道は?」
「細いですが荷車は通せます!」
「じゃあ行く」
空。
少し明るくなってきた。
時間がない。
「全隊、北へ! 松明は必要最低限!」
「はっ!」
十台の荷車が再び動き始めた。
◇ ◇ ◇
ドォォン――!
砲声。
今度は。
近い。
北へ回るほど、エルツェンの城壁が大きくなっていく。
「敵騎兵!」
前方。
「数!」
「十五ほど!」
「来る?」
「こちらを見ています!」
まずい。
シュヴァルツ伯軍の斥候。
「護衛前へ!」
ザッ!
騎兵。
アルヴェイン兵三十。
マティアス側五十。
全部出す必要はない。
「二十騎、前へ! 残りは荷車から離れるな!」
「はっ!」
敵。
十五騎。
距離。
互いに止まる。
「気づかれた」
フェリクス。
「ですね」
敵騎兵の一人が。
反転。
「伝令!」
「一騎戻る!」
「まずい」
敵本隊へ知らせに行く。
「追いますか?」
護衛隊長。
どうする。
追えば。
荷車から離れる。
でも放せば。
敵が来る。
「……追わない」
「よろしいのですか?」
「追いつける保証ない」
「はい」
「残り十四騎がこっちにいる」
「ああ」
「荷を優先」
早く城へ。
「全車速度を上げろ! ただし間隔を詰めるな!」
ギギギギ――!
馬。
車輪。
北東門。
見える。
城壁。
小さい門。
その上。
「味方旗!」
エルツェン守備兵。
「来い!」
城壁から声。
「急げ!」
敵騎兵十四。
少し近づく。
ヒュン――!
「矢!」
「伏せろ!」
ガンッ!
荷車の木枠に一本。
「弓騎兵?」
「一部です!」
「撃ち返すな!」
「なぜ!」
「止まるから!」
逃げる。
今は。
戦う必要がない。
北東門。
開く。
ギギギギ……!
「一台ずつ!」
「第一車、入れ!」
ガラガラガラッ!
一台。
門へ。
二台目。
「敵騎兵来ます!」
ドドドドッ!
距離。
二百。
「護衛!」
「はっ!」
二十騎が反転。
道を塞ぐ。
「荷車は止めるな!」
三台。
四台。
敵。
矢。
ヒュン!
「ぐっ!」
一人。
味方騎兵の肩。
「下げろ!」
五台目。
六台目。
「アレク殿!」
「何です!」
「敵、増援!」
南西。
丘の向こう。
騎兵。
数十。
「……早い!」
本隊から近い。
「七台目! 急げ!」
城壁。
「弓兵!」
エルツェン守備兵。
「放てぇ!」
バシュッ!
城壁から矢。
敵騎兵の前。
地面へ。
「近づけさせるな!」
八台。
九台。
「最後!」
十台目。
ギギギギ――!
入る。
「護衛、退け!」
「退けぇ!」
味方騎兵。
門へ。
敵騎兵も追う。
「閉門準備!」
「急げ!」
俺。
フェリクス。
最後。
馬。
門。
ドドドッ!
「入れ!」
通過。
直後。
「閉めろぉぉ!」
ギギギギ――!
門が閉じる。
外。
ドドドッ!
ガンッ!
敵騎兵。
止まる。
「……」
俺は馬上で。
しばらく動けなかった。
「アレク殿」
「……はい」
「十台」
フェリクス。
「入りました」
「……全部?」
「全部です」
「本当に?」
「はい」
息。
吐く。
「良かった……」
本当に。
それしか出なかった。
◇ ◇ ◇
「誰が責任者だ!」
城内。
一人の男が走ってくる。
三十代後半。
短い黒髪。
左頬に新しい傷。
胸甲の上から灰色の外套。
「私です」
答えようとして。
一瞬。
止まる。
俺?
俺が責任者。
「アレク・ハルトマンです」
男が俺を見る。
「……十五?」
「はい」
「本当に責任者か?」
「俺も時々疑います」
「アレク殿」
フェリクスが横から止める。
「マティアス・クレーマー様直属、アレク・ハルトマン殿です。今回の先発輸送隊を任されております」
「……そうか」
男が姿勢を正す。
「エルツェン守備副将、カール・フォン・ヴェーデルだ」
「よろしくお願いします」
「よく来てくれた」
握手。
強い。
「積荷は?」
「工具、木材、包帯、薬草、医療用酒が中心です」
「木材?」
「砲撃で必要になると」
カールが少し驚く。
「誰が選んだ」
「オットー男爵と相談して」
「そうか」
顔が。
少し緩む。
「助かる」
城内を見る。
既に。
壁際に負傷者。
「もう?」
「夜の砲撃で十二名」
「死者は?」
「三」
「……」
まだ。
本格的な戦い前。
三人。
「積荷をどこへ?」
「工具と木材は南壁裏の工兵所。医療物資は教会」
「分かりました」
「人員を出す」
「こちらの御者も使います」
「頼む」
すぐ。
荷車が動く。
ギギギ……。
「アレク殿」
「はい」
「マティアス殿の本隊は?」
「今日中……は厳しいです」
「明日?」
「今の速度なら」
「レオンハルト殿下は?」
「今日夕方頃」
カールが息を吐く。
「なら」
南を見る。
「それまで持たせる」
俺も見る。
城壁の向こう。
黒煙。
「守備兵は八百?」
「昨日までな」
「今は?」
「周辺の兵と民兵を入れて千百ほど」
「増えてる」
「ああ」
「訓練は?」
「民兵は期待するな」
「ですよね」
「ただ」
カールの声。
「城壁の上に立つだけでも意味はある」
「数に見える」
「そうだ」
敵から。
守備兵が多く見える。
俺は前世の籠城戦を思い出す。
でも。
勝手に当てはめるな。
「敵は?」
「三千二百前後」
「砲十二」
「ああ」
「攻城塔?」
「確認していない」
「破城槌?」
「二基」
「梯子?」
「多数」
「主攻は?」
「南西だろう」
「砲も?」
「ああ」
カールが南壁へ向かう。
「見るか?」
「いいんです?」
「マティアス殿直属なのだろう」
「まだ二日目ですけど」
「何?」
「何でもありません」
俺とフェリクスも後を追う。
◇ ◇ ◇
南西城壁。
「……」
登った瞬間。
戦場が全部見えた。
シュヴァルツ伯軍。
南。
三千を超える兵。
中央。
大きな旗。
黒地に銀の狼。
「シュヴァルツ伯?」
「本陣だ」
カール。
その前。
歩兵。
いくつもの部隊。
「四つ?」
「大きく分けてな」
左。
槍兵。
中央。
盾兵。
右。
弓兵と弩兵。
さらに。
南西。
砲。
「十二……」
二列。
六門ずつ。
砲身。
城壁へ向いている。
「夜は全部使ってなかった」
「弾薬を温存したのだろう」
「本番は」
「これからだ」
敵陣。
動いている。
ザッ。
ザッ。
ザッ。
「歩兵前進!」
城兵が叫ぶ。
まだ遠い。
でも。
数百。
いや。
千以上。
「攻撃?」
「準備だ」
カール。
「砲撃で壁を叩きながら、兵を寄せる」
「南西?」
「ああ」
城壁を見る。
そこだけ。
石の色が少し違う。
「補修した?」
「十年前に崩れた」
「弱い?」
「他よりは」
シュヴァルツ伯は。
知ってる。
当然。
城の弱点。
「砲撃!」
敵。
白煙。
「伏せろ!」
ドォォォン――!
十二門。
全部ではない。
六。
轟音。
ヒュゥゥゥ――!
「来る!」
ドガァン!
城壁。
揺れる。
石。
粉塵。
「ぐっ!」
俺は壁へ手をつく。
二発。
城壁に直撃。
他は。
上。
下。
「装填!」
敵砲兵。
遠い。
でも。
動きが見える。
「発射間隔は?」
「砲による」
カール。
「この距離なら、そう何度も早くは撃てん」
「でも十二門」
「ああ」
交代で撃つ。
「城側の砲は?」
「四門」
「少ない」
「うち一門は昨日壊れた」
「三……」
敵十二。
こちら三。
「撃ち返す?」
「まだだ」
「なぜ?」
「距離がある」
火薬。
弾。
少ない。
「近づくまで待つ」
「ああ」
城兵。
弓。
弩。
石。
熱湯?
油?
「油は使う?」
「高い」
「ですよね」
「それに火を使えば城内へ燃え移る」
「なるほど」
俺が知っている籠城戦。
熱した油を落とす。
物語ではよくある。
実際には。
そんな贅沢。
簡単には出来ない。
「水の方が重要だ」
カールが言う。
「火を消す?」
「それもある。人も飲む」
「……」
また。
知識と現実。
違う。
「アレク殿」
フェリクス。
「見てください」
「何?」
「敵右側」
見る。
歩兵。
でも。
少し違う。
「盾?」
「大型です」
盾を並べ。
その後ろ。
人。
「何運んでる?」
長い。
木材。
「梯子?」
「一部は」
でも。
さらに後ろ。
大きい。
「破城槌」
カール。
二基。
濡れた皮を掛けている。
「南門?」
「一基は」
「もう一基は?」
「南西壁」
「壁?」
「崩れたら穴を広げる」
なるほど。
敵の目的。
砲で弱い壁を割る。
破城槌。
歩兵。
「一か所に集中」
俺が呟く。
「そうだ」
「分散しない」
「奴は馬鹿ではない」
カールの顔が硬い。
シュヴァルツ伯。
まだ会ったことはない。
でも。
戦い方から。
少し。
人が見える。
「レオンハルト殿下が来るまで」
「ああ」
「耐えれば?」
「それだけではない」
「え?」
「援軍が来ると敵も知っている」
「あ」
つまり。
シュヴァルツ伯も。
急ぐ。
「今日中に落としたい」
「少なくとも大きな損害を与えたいだろう」
「時間は」
俺たちの味方。
でも。
敵にとっては。
敵。
「だから夜から砲撃」
「だろうな」
城兵を疲れさせる。
砲撃。
朝。
一気に。
「来るぞ!」
叫び。
敵。
角笛。
ブオォォォォ――!
千を超える兵。
動く。
「弓兵、準備!」
「弩兵、前へ!」
城壁。
兵が並ぶ。
「アレク殿」
カール。
「下がれ」
「俺も」
「お前の仕事はここではない」
「……」
言葉が。
少し刺さる。
でも。
「何を?」
「届けた荷を使える状態にしろ」
「……」
「戦う兵は足りている」
カールが剣を抜く。
「今はな」
そうだ。
俺の仕事。
剣を振ることじゃない。
「分かりました」
俺は城壁から下りる。
背後。
角笛。
兵の叫び。
バシュッ!
矢。
ドォン!
砲。
でも。
俺は。
そこから離れる。
◇ ◇ ◇
「木材をここへ!」
「全部ですか!?」
「いや! 長材は南西壁! 短材は門へ!」
「工具!」
「工兵へ!」
「包帯は?」
「教会!」
「薬草!」
「同じ!」
城内。
人。
走る。
俺は。
紙。
積荷。
どこへ何を。
昨日なら。
ただの十台だった。
今は。
必要な場所が違う。
「アレク殿!」
工兵。
「木材が足りない!」
「何が?」
「梁! 長いのだ!」
「長材は?」
「三車分!」
「全部?」
「半分!」
「何に使う?」
「南西壁の裏へ支柱を組む!」
「門は?」
「短材で足りる!」
「じゃあ長材全部そっち!」
「はっ!」
判断。
俺。
でも。
工兵に聞く。
決める。
「フェリクスさん!」
「はい!」
「荷車を空にしたら」
「何を?」
待て。
空車。
使える。
「負傷者運搬」
「城内で?」
「南西壁から教会まで」
「荷車では大きすぎます」
「じゃあ担架?」
「木材があります」
「……作れる?」
「大工なら」
「大工は?」
「先発には二名」
「二人」
少ない。
「城内の職人を借りる」
「誰に?」
「守備隊」
走る。
これ。
戦場。
剣じゃない。
でも。
「アレク殿!」
声。
「何!」
「教会から! 包帯を全部こちらへ運ぶなと!」
「何で?」
「保管場所が足りません!」
「あ」
十台。
物を持ってくる。
でも。
置く場所。
「空き倉庫!」
「どこに?」
「探して!」
「はい!」
いや。
待て。
「フェリクスさん!」
「はい!」
「全部持っていかなくていい!」
「何を?」
「今日使う分だけ教会! 残りは荷車に残す!」
「でも砲撃が」
「車を北東側へ移す!」
「なるほど!」
南西。
砲撃。
北東。
敵から遠い。
「御者! 空いてる車から北東へ!」
「はっ!」
ゴロゴロゴロ――!
動く。
頭が。
追いつかない。
その時。
ドガァァァン!
大きな音。
城。
揺れる。
「何!?」
「南西壁!」
兵士。
「砲弾直撃!」
「崩れた?」
「一部!」
次。
鐘。
カン! カン! カン!
「負傷者!」
南西から。
担架。
人。
「教会へ!」
「道空けろ!」
負傷者。
血。
顔。
俺は。
一瞬。
止まる。
「……」
ヴァイスブルク。
思い出す。
同じ。
数字。
でも。
一人。
一人。
「アレク殿!」
フェリクス。
「はい!」
「今は!」
「分かってる!」
動く。
考える。
「大工!」
「はい!」
「担架、何個作れる?」
「木材があれば!」
「長材は使うな! 短材と布!」
「分かりました!」
「布は?」
「商隊の覆い!」
「あ」
荷車。
雨避け。
「二枚だけ使う」
「二枚で?」
「十台全部の覆い取ったら、雨降った時困る」
「分かりました」
全部。
繋がる。
一つ使えば。
別が減る。
「……難しい」
でも。
やる。
今。
俺に出来ること。
◇ ◇ ◇
南西壁。
「梯子!」
ガンッ!
「落とせぇ!」
「押せ!」
「うおおおおおっ!」
城壁。
シュヴァルツ兵。
梯子。
矢。
盾。
ガン!
ギィン!
「第二梯子!」
「左!」
カールが剣を振る。
「槍兵、寄せろ!」
「はっ!」
梯子を登る敵。
「上げるな!」
ザシュッ!
「ぐあっ!」
落ちる。
でも。
次。
次。
「砲撃来るぞ!」
「伏せろ!」
ドォォン!
ドガァン!
南西壁。
石。
崩れる。
「壁裏支柱!」
「まだか!」
「作業中です!」
「急げ!」
その時。
「副将!」
「何だ!」
「南門!」
「どうした!」
「破城槌接近!」
「……」
カールが城壁から下を見る。
一基。
南門。
もう一基。
南西壁。
「二か所」
敵。
分ける?
いや。
南西中心。
南門も。
「兵を裂かせる気か」
カールが呟く。
門を無視すれば。
破られる。
守れば。
壁が薄くなる。
「南門へ予備百!」
「はっ!」
「民兵を壁裏へ!」
「民兵ですか?」
「石と水を運ばせろ! 戦わせるな!」
「はっ!」
人。
足りない。
時間。
足りない。
シュヴァルツ。
そこを。
突く。
◇ ◇ ◇
「アレク殿!」
教会。
俺は呼ばれる。
「何です!」
「酒が足りません!」
「持ってきた!」
「どこへ?」
「あ」
医療用酒。
荷車。
「第二車!」
「北東へ移動済みです!」
「取ってくる!」
「待ってください!」
フェリクス。
「何?」
「あなたが行く必要はない!」
「でも」
「人を使ってください!」
止まる。
そうだ。
俺が全部走る必要ない。
「御者二人!」
「はい!」
「第二車から酒樽二つ! 教会へ!」
「はっ!」
走る。
「……」
「アレク殿」
「はい」
「自分でやった方が早いことは多いです」
「はい」
「でも」
「全部自分でやったら」
「あなた一人しか働けません」
「……はい」
会社。
前世。
管理職。
思い出す。
自分でやった方が早い。
そう思って全部抱える人。
いた。
「俺、同じことしてた」
「何が?」
「いや」
苦笑い。
「ありがとう」
「何がです?」
「止めてくれて」
「それが仕事です」
フェリクス。
良い人だ。
その時。
鐘。
カン! カン! カン!
今度は。
速い。
「何の鐘?」
兵士。
顔が変わる。
「城壁損壊!」
「どこ!?」
「南西!」
走る。
俺も。
いや。
止まる。
「俺は?」
ここ。
物資。
でも。
壁が崩れたら。
全部終わる。
「フェリクスさん」
「行ってください」
「いい?」
「こちらは任せて」
「分かりました!」
俺は走った。
◇ ◇ ◇
南西壁裏。
「木材!」
「押せ!」
「支えろ!」
工兵。
壁。
亀裂。
石の一部が。
内側へ崩れている。
「状況!」
俺が聞く。
工兵長。
「誰だ!」
「アレク・ハルトマン! 木材運んだ!」
「ああ!」
「持つ?」
「今は!」
「今は?」
「次の直撃で分からん!」
「補強は?」
「梁が足りん!」
「持ってきた長材全部は?」
「使ってる!」
「……」
足りない。
「城内に?」
「家屋から取れば!」
「勝手に?」
「今はそれどころじゃ!」
でも。
民の家。
「誰の許可?」
「守備副将!」
「カール殿!」
「壁上だ!」
時間。
砲。
「……」
俺が決める?
違う。
城の財産。
軍の権限。
「伝令!」
「はい!」
「カール副将へ! 壁補強のため城内家屋から梁を徴発する許可! 急いで!」
「はっ!」
「返事待つ?」
工兵長。
「待つ!」
「間に合わんぞ!」
「……」
砲。
白煙。
「来る!」
「伏せろ!」
ドォォォン――!
ドガァン!
壁。
ズシン。
石。
一個。
落ちる。
「くっ!」
「もう無理だ!」
工兵。
待て。
ここ。
壁。
裏。
何か。
前世。
土嚢。
でも。
袋。
土。
「袋!」
「何だ!」
「麦袋みたいな袋ある?」
「ある!」
「土入れる!」
「何?」
「崩れたところの裏!」
「そんなもので?」
「石壁の代わりにはならない! でも」
穴。
完全に開いた時。
土。
袋。
積む。
「弾や矢を少し止められる!」
工兵長が見る。
「何袋いる!」
「分からない!」
「おい!」
「やったことないから!」
「……」
正直。
でも。
「試す価値は?」
「ある!」
「ならやる!」
「空袋!」
「倉庫にある!」
「持ってこい!」
でも。
問題。
土。
「城壁裏の土を掘れ!」
「床は石だ!」
「あ」
「外庭!」
「遠い!」
「崩れた石の瓦礫と土混ぜる!」
「それなら!」
完全な土嚢じゃない。
でも。
何もしないより。
「アレク!」
声。
カール。
城壁階段から下りてくる。
「梁徴発、許可する! 後で大公家……いや、レオンハルト殿下が補償する!」
「分かりました!」
「それと今の袋は何だ!」
「壁の裏を埋めます!」
「効果は!」
「分かりません!」
「……」
「でも崩れたままよりは!」
カール。
一瞬。
考える。
「やれ!」
「はい!」
「民兵五十!」
「はっ!」
「アレクの指示に従え!」
「え?」
「お前が言い出した!」
「そうですけど!」
「やれ!」
「はい!」
人。
五十。
俺を見る。
「……」
責任。
怖い。
でも。
「空袋集めろ! 瓦礫から細かい石と土! 袋の半分から三分の二! 重くしすぎるな!」
どれくらい。
正確じゃない。
現場。
やりながら。
「二人一組!」
「はい!」
「口を縛る!」
「縄!」
「倉庫!」
「取りに行け!」
動く。
ザッザッ。
袋。
石。
土。
積む。
「そこじゃない!」
工兵長。
「壁に寄せろ!」
「一段目!」
「互い違い!」
俺。
前世で見た。
土嚢。
レンガのように。
「互い違い?」
「上の袋を下の継ぎ目に重ねる!」
「こうか!」
「そう!」
積む。
一段。
二段。
低い。
でも。
壁が崩れた時。
少しでも。
「……」
これが。
役に立つ?
分からない。
神の知識。
万能じゃない。
今。
初めて。
この世界で。
試す。
「砲撃!」
叫び。
「伏せろ!」
ドォン!
ドガァァン!
今度。
壁。
大きい。
バキバキッ!
「崩れる!」
石。
ズズズ……。
ドガァン!
一部。
内側へ。
「うわっ!」
粉塵。
「アレク!」
「大丈夫!」
見る。
壁。
穴。
まだ。
完全には貫通していない。
でも。
外側。
薄い。
「袋!」
積んだ袋。
いくつか破れた。
でも。
残っている。
「……使える」
工兵長。
「もっと作れ!」
声。
「袋を増やせ!」
「はい!」
今度は。
俺じゃない。
工兵長が。
自分で。
動かす。
それでいい。
俺は。
入口を出しただけ。
「アレク」
カール。
「何です?」
「これはどこで覚えた」
「昔読んだ……」
また。
「話です」
「随分便利な話だな」
「俺も最近そう思います」
カールが笑う。
でも。
すぐ。
城壁上。
「敵接近!」
叫び。
「梯子!」
「破城槌、南西へ!」
カールの顔が変わる。
「来る」
剣。
抜く。
「アレク」
「はい」
「今度はお前も上へ来い」
「いいんです?」
「壁が破られれば物資係も何もない」
「……ですよね」
俺も剣を抜く。
シャッ――。
久しぶり。
いや。
数日。
でも。
長く感じる。
剣。
紙。
今日は。
両方。
「民兵は壁裏! 突破されたら槍!」
「はっ!」
「アレク」
「はい」
「死ぬなよ」
「最近そればっかり言われるんです」
「なら守れ」
「はい」
階段。
上がる。
音。
近い。
「梯子!」
ガンッ!
「敵兵上がるぞ!」
「落とせぇぇ!」
「うおおおおおおっ!」
俺は城壁へ出た。
目の前。
梯子。
敵兵。
盾。
剣。
矢。
砲煙。
そして。
その向こう。
シュヴァルツ伯軍。
「……来た」
戦場。
今度は。
逃げられない。
敵兵の頭が。
城壁の上へ出る。
「アルヴェインか!」
剣。
振り上げる。
俺も。
構える。
「今は違う」
小さく。
呟いた。
俺は今。
マティアス・クレーマーの配下。
でも。
そんなこと。
敵には関係ない。
剣。
振る。
ギィン!
敵の剣を受ける。
重い。
「くっ!」
押す。
相手。
梯子。
足場。
悪い。
俺は一歩引く。
敵が上がる。
その瞬間。
横。
回る。
剣。
腕へ。
ザシュッ!
「ぐあっ!」
敵。
落ちる。
「次!」
カールの声。
もう。
次の兵。
梯子。
上がる。
南門。
ドゴォォン!
破城槌。
南西壁。
ドゴォン!
二方向。
さらに。
「砲撃!」
「伏せろぉぉ!」
ドォォォン――!
戦場が。
全部。
一つになる。
音。
煙。
人。
血。
石。
木。
その中で。
俺は剣を握る。
遠く。
東。
レオンハルト本隊はまだ来ない。
マティアスも。
アルヴェイン援軍も。
まだ遠い。
今。
エルツェンにいるのは。
守備兵。
民兵。
そして。
俺たち。
「持たせる」
誰に聞かせるでもなく。
言った。
ヴァイスブルクの時。
俺たちは。
間に合った。
今度は。
俺が。
待つ側だ。
「来い!」
敵兵。
剣。
俺も。
前へ出る。
援軍が来るまで。
この城を。
落とさせない。
第十一話をお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、エルツェンの戦いの開幕を描きました。
アレクたちはまず、工具、木材、包帯、薬草といった物資を城へ届けます。
しかし、城へ入った後も仕事は終わりません。
どこへ何を運ぶのか。
何を優先するのか。
負傷者をどう運ぶのか。
砲撃で傷んだ城壁をどう支えるのか。
そして、前世の知識から思いついた土嚢に近い補強方法も、最初から完璧に使えるわけではなく、現場の工兵たちと試しながら形にしていきます。
アレクの知識は答えそのものではなく、あくまで新しい選択肢を生み出すきっかけです。
そして最後には、ついに剣を抜くことになりました。
物資を運ぶだけでは終わらない。
戦場へ届けた物を守るためには、自分自身も戦わなければならない。
援軍であるレオンハルト、マティアス、アルヴェイン軍はまだ到着していません。
それまでエルツェンは持ちこたえられるのか。
次話、「エルツェンの戦い(中)」へ続きます。




