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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第三篇 乱世の潮目

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第十一話 エルツェンの戦い(上)

砲声が響く中、十台の荷車と護衛八十人を率いてエルツェンへ急ぐアレク。物資を城へ届けるため、敵の斥候が待つ北東門への突破を試みます。

 低い轟音が、夜の街道を震わせた。

 荷車を引く馬が一斉に耳を立て、何頭かが足を止めようとする。御者たちは手綱を締めたが、強く引いて馬を怯えさせないよう慎重に宥めていた。

「今のも、エルツェンからですよね」

 アレクは東の暗闇へ目を向けた。

 雲に覆われた空が、一瞬だけ赤く染まる。光が消えてから少し遅れて、次の砲声が届いた。

「そのようです」

 隣を進むフェリクスも、同じ方角を見ている。

「夜のうちから撃ち始めるとは思いませんでした」

「俺も、攻撃は明日の朝からだと思っていました」

 報告では、シュヴァルツ伯軍がエルツェン南方へ到着したのは今日の午後だった。三千を超える軍勢が陣地を整え、十二門の砲を配置するには時間が掛かる。

 本格的な攻撃は、夜が明けてから始めると考えていた。

 しかし、砲声は既に十回以上響いている。

「城兵を眠らせないためでしょうか」

「その可能性はあります。夜中にいつ砲弾が飛んでくるか分からなければ、交代で休むことも難しくなる」

 狙いの定まらない夜に砲弾を使うのは、城壁を壊すためだけではないのかもしれない。威嚇や射程の確認を兼ねている可能性もある。

 アレクには断定できなかった。

 分かっているのは、砲撃を受けている城へ十台の荷車を届けなければならないということだけだ。

「アレク殿」

 前方を確認していた騎兵が戻ってきた。

「この先一里ほど、敵兵は確認できません。小橋が一か所ありますが、荷車も通れます」

「道の状態は?」

「雨でぬかるんでいる場所があります。特に下り坂では注意が必要です」

「分かりました。先へ進みながら、次の区間も確認してください」

「はっ」

 騎兵が再び暗い街道へ向かう。

「速度を上げますか」

 フェリクスに問われ、アレクは後ろを振り返った。

 十台の荷車は、今のところ一台も遅れていない。荷車の前後にはマティアス側の護衛五十人と、ヴァイス男爵から預かったアルヴェイン兵三十人がいる。

 それでも雨の後の街道を、昼間と同じようには進めない。

「今のままで進みます。砲声が聞こえたからといって馬を急かし、城へ着く前に車軸を壊したら意味がありません」

「承知しました」

 急がなければならない。

 だが、急ぎすぎてもいけない。

「御者へもう一度伝えてください。下り坂では車間を広げる。前の荷車が滑っても、後ろからぶつからない距離を取るように」

「すぐに」

 フェリクスが後方へ合図を送り、伝令が各荷車へ指示を伝えていく。

 アレクは前を向いた。

 東の空から、また低い砲声が届く。

 焦りは消えない。それでも、今出来ることを一つずつ続けるしかなかった。

「全隊、このまま前進します。松明の間隔を保ち、前の灯りを見失わないでください!」

 命令が夜の街道へ伝わっていく。

 泥を踏む馬蹄と車輪の音が、砲声の合間を埋めた。


 ◇ ◇ ◇


 夜明けが近づくにつれ、東の空が薄く白み始めた。

「前方に城壁!」

 先頭から声が届く。

 アレクは馬を進め、小高い丘へ上がった。

 丘の向こうに、エルツェンがあった。

 北と西を丘陵に守られ、東側を川が流れている。二重の城壁といっても、遠くから見える外壁は黒い影にしか見えない。その上には警戒の松明が並び、南西側では何かが燃えていた。

 城の南には、数え切れないほどの焚き火が広がっている。

「あれがシュヴァルツ伯軍……」

「三千二百前後との報告です」

 兵の姿は暗闇に紛れている。それでも焚き火と天幕の数を見れば、こちらの先発隊とは比べものにならない規模だと分かる。

 敵陣の中央付近には濃紫色の旗が立っていた。

 その西側では、長い砲身が城壁へ向けられている。

 白煙が一つ上がった。

「伏せて!」

 思わず身を低くする。

 轟音が遅れて丘へ届き、その後に城壁の近くで土煙が上がった。

「今撃ったのは一門だけです」

「残りは装填中でしょうか」

「あるいは、順番に撃って城兵を休ませないつもりかもしれません」

 十二門を同時に発射すれば、次の砲撃まで間が空く。一、二門ずつ不規則に撃てば、城兵はいつ飛んでくるか分からない砲弾を警戒し続けることになる。

 南東寄りにある主門へ近づくのは危険だった。敵本隊に近いうえ、周辺には既に斥候が出ているはずだ。

「北側へ回ります」

 アレクは地図を広げた。

「城の北東に小門があると聞いていますが、荷車が通れるかは分かりません」

「先に城へ確認させますか」

「はい。いきなり十台で近づいて、門を開けてもらえなければ立ち往生します」

 先発隊は丘の陰へ入った。

「全車停止! 松明を減らしてください!」

 必要な灯りだけを残し、荷車の覆いも暗い側を外へ向ける。敵から完全に隠れることはできないが、丘の上に十台分の松明を並べるよりは目立たない。

「二騎を城へ送ります。白い布を持たせ、城兵が見える場所では剣や弓へ手を掛けないように」

「経路は?」

「北側を回り、城壁沿いに北東門へ。敵の斥候を見つけたら無理に進まず戻ってください」

 選ばれた二人が白布を持ち、薄暗い丘陵へ消えていった。

「待っている間に周囲を見ます」

 アレクは護衛隊長へ向き直った。

「敵に見つかった場合は、戦うことより荷車を逃がすことを優先します」

「少数の敵ならば?」

「追い払います。ただし深追いはしません。敵の本隊が来れば、必要なら荷を捨てて退きます」

「届けるための荷では?」

「人が全員死ねば、一台も届きません」

 口にすると胸が重くなった。

 工具も木材も、医療品も重要だ。それでも、荷を守るために八十人を死なせていいわけではない。

「退く場合は北西ですか」

「はい。丘を使い、敵の騎兵が一度に突っ込めない道へ入ります。荷車を捨てる判断は俺がします」

「承知しました」

 兵たちは馬の息を整え、御者は荷を縛る縄を調べた。

 城壁から砲弾の着弾音が響くたび、何人かが東へ顔を向ける。今にも攻撃されるかもしれない場所で、動かず待つ時間は長く感じられた。

「戻りました!」

 やがて、二騎が丘を越えてきた。

「城側と接触しました! 北東門を開くとのことです!」

「荷車は通れますか」

「一台ずつなら通せます!」

「経路に敵兵は?」

「北側に十数騎の斥候を確認しました。城壁の弓兵が牽制していますが、まだ周辺に残っています」

 見つからずに入ることは難しそうだった。

「ここから北東門まで、どれくらいですか」

「半里ほどです」

 夜明けが近づき、空は少しずつ明るくなっている。この場に留まれば、いずれ敵の斥候にも見つかる。

「全隊、出発します。荷車を一列にし、護衛は前後だけでなく左右にもついてください!」

 十台の荷車が再び動き始めた。


 ◇ ◇ ◇


 北側の丘に沿って進むと、エルツェンの城壁が次第に大きく見えてきた。

 北東門は主門より小さく、城壁の一部へ埋め込まれるように造られている。平時には人と小さな荷車を通すための門なのだろう。

 門楼の上から、城兵がこちらへ白い布を振っていた。

「味方の合図です!」

「このまま門へ向かいます!」

 アレクが答えた直後、前方の騎兵が声を上げた。

「敵騎兵! 左前方!」

 丘の裾に十五騎ほどが現れた。

 シュヴァルツ伯軍の斥候だ。互いの姿を確認すると、敵はすぐには近づかず、距離を保ったままこちらを観察した。

「護衛を前へ出しますか」

「二十騎だけ前へ。残りは荷車を守ってください」

「はっ!」

 味方の騎兵二十人が列から離れ、敵との間へ進む。

 敵騎兵の一人が馬の向きを変えた。

「一騎、戻ります!」

「本隊へ知らせるつもりです」

 護衛隊長がアレクを見る。

「追いますか」

 追えば、目の前の十四騎を残したまま護衛が荷車から離れる。逃げた一騎へ追いつける保証もない。

「追いません。荷車を進めてください」

「敵の増援が来ます」

「だからこそ、今いる敵へ時間を使えません」

 十台の荷車は北東門へ向かって進み続ける。

 敵の斥候も動き始めた。正面から近づかず、味方の護衛騎兵を避けるように横へ広がる。

「弓を持っています!」

「御者は伏せて! 護衛は荷車の外側へ!」

 敵騎兵が馬上で弓を構えた。

 弦の鳴る音が重なり、矢が飛んでくる。

 一本が荷車の木枠へ刺さり、もう一本が護衛兵の盾に弾かれた。

「撃ち返しますか!」

「止まらないでください! 弓で戦うために来たのではありません!」

 護衛兵が盾を外側へ向け、荷車と御者を守る。

 北東門がゆっくりと開き始めた。

「一台ずつ入れ! 門の前で止まらないでください!」

 一台目の荷車が速度を落とさず門へ入る。

 二台目、三台目が続いた。

 敵騎兵は味方の護衛を避けながら、なおも弓を射てくる。

「ぐっ!」

 アルヴェイン兵の一人が肩を押さえた。矢が鎧の隙間へ当たっている。

「動けますか!」

「問題ありません!」

「無理なら馬を降りて荷車へ!」

「まだ乗れます!」

 四台目が門を通過する。

 その時、南側の丘の向こうから新たな馬蹄の音が聞こえた。

「敵の増援!」

 数十騎がこちらへ向かっている。

「護衛二十騎は、ゆっくり下がってください! 敵へ背を向けないように!」

 前へ出ていた騎兵が、敵を牽制しながら後退を始める。

「五台目、入れ!」

 城壁上からも声が上がった。

「弓兵、構え!」

 敵の増援が近づく。

「放て!」

 城壁から矢が降り、先頭の敵騎兵の前へ突き刺さった。敵は馬を止め、一度大きく迂回する。

 その時間に六台目、七台目が門をくぐった。

「後方の護衛を先に入れてください!」

「アレク殿は?」

「最後の荷車と一緒に入ります!」

 八台目が入る。

 負傷した兵も、ほかの騎兵に支えられながら門へ向かった。

「九台目!」

 敵の増援が再び近づいてくる。

 城壁から二射目の矢が放たれたが、今度は敵も盾を前へ向けていた。

「最後の荷車、急いでください! ただし門柱へ車輪を当てないように!」

「分かってる!」

 御者が手綱を操り、十台目を門へ入れる。

 荷台の端が門柱ぎりぎりを通過した。

「護衛、退け!」

 残っていた騎兵が一斉に門へ向かう。

 アレクとフェリクスも最後尾へ続いた。

「閉門準備!」

 門内から太い縄が引かれ、扉が動き始める。

 最後の護衛兵が飛び込んだ直後、アレクも門をくぐった。

「閉めろ!」

 左右の扉が重い音を立てて閉じる。

 直後、外側から馬蹄と怒鳴り声が聞こえた。

 敵騎兵が門前へ到着したらしい。

 太い閂が差し込まれ、城兵たちが扉を内側から押さえる。

 しばらく待っても、扉が破られる音はしなかった。小門を騎兵だけで攻めても、簡単には開かないと判断したのだろう。

「十台、すべて入りました」

 フェリクスの声を聞き、アレクは荷車を数えた。

 一台、二台と目で追い、最後の十台目まで確認する。

「護衛は?」

「負傷者一人。ほかは全員入っています」

「良かった……」

 その言葉とともに、身体から力が抜けそうになった。

 だが荷を門内へ入れただけでは、届けたことにはならない。

 どこで必要とされているのかを確かめ、使える者へ渡す必要がある。


 ◇ ◇ ◇


「誰が、この輸送隊の責任者だ!」

 城内から、一人の男が駆けてきた。

 三十代後半ほどに見える。短い黒髪の左側に傷があり、胸甲の上から灰色の外套を羽織っていた。

「アレク・ハルトマンです」

 アレクが答えると、男は一瞬だけ動きを止めた。

「お前が?」

「はい」

「本当に責任者なのか」

「マティアス・クレーマー様直属のアレク・ハルトマン殿です」

 フェリクスが横から説明する。

「今回の先発輸送隊を任されております」

 男はアレクと十台の荷車を見比べた後、姿勢を正した。

「エルツェン守備副将、カール・フォン・ヴェーデルだ。よく来てくれた」

「よろしくお願いします」

 差し出された手を握る。カールの掌には、剣を扱う者らしい硬い感触があった。

「積荷は何だ」

「補修用の木材と工具、包帯、薬草、医療用の酒が中心です」

「木材まであるのか」

「砲撃で城壁や門が壊れる可能性があると、ヴァイス男爵から教えられました」

「助かる。長い木材と工具は南西壁裏の工兵所へ。短い木材は南門へ回せ。医療品は教会だ」

「すべて教会へ運びますか」

 カールが少し考える。

「いや。昨夜から負傷者が増えているが、教会の保管場所にも限りがある。今使う分を優先しろ」

「残りは、敵から遠い北東側で保管します。荷車をそのまま使ってもよろしいですか」

「ああ。ただし火が移らないよう、建物と距離を取れ」

 御者と城兵が積荷を降ろし始める。

「昨夜の砲撃で、どれくらい被害が出ていますか」

「負傷者は十二人。死者が三人だ」

「本格的な攻撃前なのに……」

「夜中に城壁へ立っていた者が狙われた。砲弾が直接当たらなくても、崩れた石で怪我をする」

「現在の守備兵は?」

「元からいたのは八百ほどだ。周辺の兵と、城内で集めた民兵を合わせれば千百ほどになる」

「民兵も戦わせるのですか」

「必要になればな。ただし、槍を渡しただけで正規兵と同じように戦えるとは思っていない。今は水、石、矢、負傷者の運搬を任せている」

 戦える者が千百人いるわけではない。

 対するシュヴァルツ伯軍は三千二百。攻める側には十二門の砲もある。

「レオンハルト殿下の援軍は、早くても今日の夕方になると思います」

「分かっている」

 カールは南西側の城壁を見上げた。

「それまで持たせる」

 短い言葉だったが、迷いはなかった。

「敵の配置を見ますか」

「よろしいのですか」

「マティアス殿から来た者なら、何を見たか伝える必要もあるだろう」

 アレクはフェリクスとともに、カールの後を追った。


 南西城壁へ上がると、平原に広がる敵軍の姿がはっきり見えた。

 夜が明け、濃紫色の旗が風を受けている。その周囲には騎兵が集まり、少し離れた場所へ歩兵部隊が並んでいた。

「中央にある濃紫の旗が、シュヴァルツ伯の本陣ですか」

「ああ」

 敵軍の前方には大型の盾を持つ兵が並び、その後ろに槍兵と弓兵、弩兵がいる。さらに後方では、多数の兵が長い梯子を運ぶ準備をしていた。

 南門の正面には屋根のついた破城槌があり、南西側にも別の一基が置かれている。

 そして十二門の砲が、南西城壁へ向けられていた。

「南西に集中していますね」

「この辺りの城壁は、十年ほど前に一度崩れた。補修されているが、ほかより弱い」

「シュヴァルツ伯も、それを知っている」

「当然だろう。この城を奪うつもりなら、調べていないはずがない」

 砲で補修部分へ亀裂を作り、破城槌で崩す。その間に南門へも圧力を掛け、守備兵を分けさせるつもりなのだろう。

 敵は数が多いからといって、全方向へ均等に兵を並べてはいない。突破しやすい場所へ戦力を集めている。

「力任せだけではありませんね」

「シュヴァルツ伯は野心家だが、馬鹿ではない」

 敵陣で角笛が鳴った。

 盾兵が動き、その後ろから梯子を持った歩兵が進み始める。

「攻撃が始まります」

 アレクが剣へ手を掛けると、カールが止めた。

「お前は下へ行け」

「俺も戦えます」

「剣を使える兵は、今のところ足りている」

「では、何を?」

「届けた荷を使える状態にしろ。木材が荷車に積まれたままでは、城壁を支えられん。包帯が箱に入ったままでは、負傷者の血を止められん」

 その通りだった。

「分かりました」

「必要になれば呼ぶ」

 カールは剣を抜き、城壁の兵へ命令を飛ばし始めた。

「弓兵、まだ撃つな! 盾兵が射程へ入るまで待て!」

 アレクは城壁を下りた。

 背後で角笛が鳴り、敵兵の掛け声が次第に近づいてくる。

 今は剣を抜く時ではない。

 先に物資を、戦える形へ変えなければならなかった。


 ◇ ◇ ◇


「長い木材は工兵所へ! 短い木材は南門です!」

 アレクの指示を受け、御者と城兵が荷を分ける。

「工具は?」

「木材と一緒に工兵所へ運んでください! ただし大工道具は二組、荷車へ残します!」

「なぜだ?」

「別の場所が壊れた時、工具を取りに南西まで戻らなくて済むようにです!」

「分かった!」

 荷車から木材が降ろされ、肩へ担いだ兵たちが南西壁へ向かう。

 教会からも医療担当者が来ていた。

「包帯は何箱必要ですか」

「まず三箱を。薬草は、この印のある箱を優先してください。酒も一樽お願いします」

「残りは?」

「置く場所がありません」

「では荷車へ残します。必要になればすぐ運べるよう、同じ車へまとめましょう」

 アレクは御者頭を呼び、残る医療品を二台へ集めるよう命じた。空いた荷車は建物から離れた北東側へ移し、砲撃の火が燃え移りにくい場所に並べる。

「アレク殿!」

 工兵の一人が駆けてきた。

「南西壁へ長い木材をすべて運んでいいのか! 南門からも補強材が欲しいと言われている!」

「南西壁と南門で、必要な長さが違います。工兵長と門の守備兵に、本数を確認してください」

「今すぐ全部欲しいと言われたら?」

「長い木材は南西壁を優先します。南門には短い木材と、今ある梁を組み合わせられないか確認を。俺が勝手に半分ずつ分けても、使えなければ意味がありません」

「分かった!」

 工兵が走っていく。

 アレクも木材の荷車へ向かおうとすると、フェリクスが腕を掴んだ。

「どこへ行くのです?」

「木材の数を見ます」

「御者頭が確認しています」

「でも、俺も見たほうが」

「アレク殿が数えている間、こちらへ来る報告は誰が受けるのですか」

 言われて足を止めた。

 自分で数え、自分で運んだほうが早い仕事もある。しかしそれを始めれば、別の場所で起きていることが分からなくなる。

「御者頭から報告を受けます」

「それがよいでしょう」

「ありがとうございます」

「それが私の仕事です」

 直後、南西側から大きな着弾音が響いた。

 城内まで地面が揺れ、石片が城壁の内側へ降ってくる。

「負傷者!」

 城壁の階段から、担架に乗せられた兵が運ばれてきた。

「教会へ!」

「担架が足りません!」

 自力で歩けない者を二人の兵が両肩から支えている。その後ろにも、腕や頭から血を流した者が続いていた。

「歩ける人は一人ずつ教会へ! 担架は自分で動けない人を優先してください!」

「新しい担架は作れますか!」

 アレクは荷車へ掛けていた覆いと、短い木材を見た。

「大工を二人呼んでください! 短い木材と覆い布で作ります!」

「覆いを使えば、雨が降った時に荷が濡れます」

「全部は使いません。二枚だけ外し、残りの医療品には予備の油布を掛けます」

 使える物は限られている。

 一つの用途へ回せば、別の場所では使えなくなる。それでも今必要なものから選ばなければならない。

「アレク殿! 包帯を追加で二箱!」

「医療品の荷車から出してください! 御者に場所を聞けば分かります!」

「酒もです!」

「一樽ずつ運んでください! まとめて教会へ置かず、使い切ってから次を!」

 アレク自身が箱を持つ必要はない。必要な場所と量を確認し、運ぶ人間へ伝える。

 やがて大工が短い木材を組み、覆い布を張った簡易担架を作り始めた。

 不格好ではあるが、人を寝かせて運ぶことはできる。

 その時、警鐘が激しく鳴った。

「南西壁、損傷!」

「どれくらいですか!」

「内側へ一部崩れました! 工兵が補強を始めています!」

 アレクはフェリクスを見る。

「ここは任せてもいいですか」

「御者頭と医療担当者がいます。残りの荷も分かれています」

「何かあれば、南西壁へ知らせてください」

「承知しました」

 アレクは工兵所へ向かって走った。


 ◇ ◇ ◇


 南西壁の内側には、砕けた石が散乱していた。

 城壁が完全に崩れたわけではない。だが補修されていた部分へ亀裂が走り、内側の石がいくつも落ちている。

「木材を立てろ!」

 工兵長の命令で、運ばれてきた長い木材が城壁へ斜めに当てられていた。地面と城壁の間へ支柱を組み、内側への崩落を防ごうとしている。

「持ちますか!」

 アレクが尋ねると、工兵長は木材の位置を確かめたまま答えた。

「次にどこへ当たるかによる! 同じ場所へ直撃すれば分からん!」

 城外から砲声が響く。

「伏せろ!」

 工兵たちが壁から離れ、地面へ身を伏せる。

 砲弾は少し離れた城壁へ当たり、石の粉と土煙を上げた。

「作業を続けろ!」

 工兵たちがすぐ立ち上がる。

 次の砲撃まで、どれだけ時間があるか分からない。十二門すべてが同時に撃っているわけではないため、装填の間隔を読みにくかった。

 アレクは崩れた箇所を見た。

 支柱で内側から支えても、石が落ちた場所には隙間が残る。さらに崩れれば、砕けた石が工兵や守備兵へ飛ぶかもしれない。

 前世で見た、土を詰めた袋が頭に浮かんだ。

「空の袋はありますか」

「袋?」

「麦や砂を入れる袋です」

「工兵所に十枚ほどある。それがどうした」

「土と細かい瓦礫を詰めて、崩れた場所の内側へ積めませんか」

「袋で城壁を支えるのか」

「石壁の代わりにはなりません。ただ、隙間を狭くし、崩れた石が内側へ飛ぶのを少しでも抑えられるかもしれません」

 工兵長は亀裂と空袋を見比べた。

「詰めすぎれば、重くて運べんぞ」

「二人で運べる重さにします。土だけで足りなければ、崩れた石の細かなものも混ぜます」

「積み方は?」

「下の袋の継ぎ目へ、上の袋の中央を重ねます。崩れにくくなるはずです」

「やったことはあるのか」

「ありません。昔読んだ話に、似た方法がありました」

「話か」

「何もしないよりは試す価値があります」

 工兵長は一瞬だけ考えた。

「十枚だけなら、失っても大きな痛手にはならん。やるぞ!」

「空袋を持ってこい! 四人は土と瓦礫を詰めろ!」

 工兵たちが作業へ取り掛かる。

「袋の口は折り、縄で縛ってください! 重くしすぎず、まず一段目です!」

「そこへ置け!」

「違う、横向きだ!」

 工兵長がすぐに現場の指揮を引き継いだ。

 アレクが一つずつ指示しなくても、石を扱ってきた工兵たちのほうが、どこへ積めば効果があるのか判断できる。

「アレク殿!」

 伝令が駆け込んできた。

「工兵長! 城内の家屋から梁を外して使えないか、カール副将へ許可を求めています!」

「返事は!」

「必要な家屋と本数を報告しろとのことです! 許可なく外すなとも!」

「分かった! 南西壁に近い空き倉庫から二本、使えそうな梁がある!」

「持ち主は?」

「今は軍の倉庫だ!」

「それを先に使います。民家の梁が必要なら、場所と本数をもう一度カール殿へ伝えてください!」

 戦場だからといって、城内の家を勝手に壊していいわけではない。命を守るために必要となる可能性はあるが、それでも誰が許可し、何を使ったのかを残さなければならない。

 最初の袋が積み上がった。

 城壁を覆うにはほど遠い。それでも、石の抜けた部分を内側から塞ぐ形にはなっている。

「砲撃!」

 白煙を見つけた城兵が叫ぶ。

「伏せろ!」

 次の瞬間、激しい衝撃が城壁を揺らした。

 積まれた袋の一つが破れ、中の土と小石が飛び出す。だが残る袋はその場へ留まり、崩れた石の一部を受け止めていた。

「完全には防げません」

「当たり前だ!」

 工兵長が破れた袋を引き出した。

「だが、石を積むより早い。形も変えられる」

「使えますか」

「空袋がある限りはな! お前は次を持ってこさせろ!」

 方法が工兵長のものになった。

 それでよかった。

「フェリクスさんへ伝令を! 荷車や教会に空袋がないか確認してください! ただし中身の入った袋を勝手に空けないように!」

「はっ!」

 伝令が走り出す。

 城外から敵の角笛が鳴った。

 これまでより近い。

「梯子が来るぞ!」

 城壁上から叫び声が上がる。

 南門の方角では、破城槌が門を叩く重い音が響いた。

「工兵長!」

「こっちは任せろ! 袋と木材が届けば続けられる!」

 アレクが階段へ目を向けると、カールが剣を持って下りてきた。

「補強はどうだ」

「袋へ土と瓦礫を詰め、崩れた部分へ積んでいます。砲弾は防げませんが、隙間を塞ぐことはできます」

 カールは積まれた袋を見た。

「もっと作れるか」

「空袋があれば。工兵長たちが作業を続けます」

「分かった。民家の梁はまだ使うな。軍の倉庫と空き建物から使える物を先に集めろ」

「はい」

 城壁上から新たな声が届く。

「梯子接近!」

「南門へ破城槌!」

「弓兵、放て!」

 カールがアレクを見た。

「剣は使えると言ったな」

「はい」

「物資の振り分けは」

「フェリクスさんと御者頭へ任せました。工兵の作業も続けられます」

「ならば上へ来い。壁を破られれば、物資も工兵も守れん」

 アレクは腰の剣を抜いた。

 金属が鞘を擦る音が、砲声と怒号の中へ消える。

「どこを守りますか」

「南西壁だ。梯子が三本来ている」

 階段を上がるにつれ、弓が風を切る音と剣同士がぶつかる音が大きくなった。

 城壁へ出た瞬間、一本の梯子が石壁へ掛かる。

「押し返せ!」

 城兵二人が長い棒を梯子へ当てようとするが、下から敵の弓兵が矢を射かけてくる。

「盾を前へ! 押す兵を守ってください!」

 近くにいた盾兵が動き、飛んできた矢を受ける。

 別の梯子から敵兵の頭が現れた。

「上がってくるぞ!」

 アレクは剣を構えた。

 敵兵が盾を城壁上へ押し出し、その後から身体を乗り上げようとする。

 正面から斬りつけても盾に阻まれる。

「槍を!」

 アレクの声に応じ、横にいた城兵が槍を突き出した。

 敵兵が槍を避けるため盾を横へ向ける。

 その瞬間、アレクは一歩踏み込み、剣の腹を盾へ叩きつけた。

 敵兵の身体が梯子の外側へ傾く。

「押せ!」

 城兵の槍が盾を突き、敵兵を梯子から押し落とした。

 悲鳴が城壁の下へ消えていく。

 だが、次の敵兵が既に上がってきていた。

 南門では破城槌の音が続き、南西側には砲煙が広がっている。梯子を持った兵は、平原の向こうから次々と近づいてくる。

 レオンハルト軍の姿は、まだ見えない。

「次が来ます!」

 アレクは剣を握り直した。

 運んできた木材も、包帯も、薬草も、ここで使われている。

 それを届けた者として、今度は使う時間を守らなければならない。

「援軍が来るまで、ここを持たせます!」

「おおっ!」

 城兵たちが武器を構える。

 敵兵の手が、再び城壁の縁へ掛かった。

第十一話を読んでいただき、ありがとうございました。

アレクたちは敵騎兵の妨害を受けながらも、十台すべての荷車をエルツェンへ届けました。しかし、物資は城内へ入れただけでは役に立ちません。工兵や医療担当者へ振り分け、崩れ始めた城壁を支えることで初めて戦う力になります。

次話では、南門、南西壁、西壁へ攻撃を広げるシュヴァルツ伯軍に対し、アレクが城を守る指揮の一端を担います。


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