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『知らない世界の知っている物語』 ~剣と知識を授かった平凡な会社員は、異世界の乱世を生き抜く~  作者: 相田 ソウ
第一篇 乱世黎明

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第四話 初陣

燃える村を前に、アレクたちは敵の偵察へ向かう。

だが、見るだけで終わるはずだった任務は、やがて命を奪い合う現実へと変わっていく。


知識としてしか知らなかった戦争。

その本当の意味を、アレクは初めて思い知る。

 炎が夜空を赤く染めていた。

「火を消せ! 荷物をまとめろ!」

 ゲオルクの声が野営地に響く。

 眠っていた男たちは飛び起き、毛布を丸め、武器を手に取った。

 俺も槍を握る。

 手が震えている。

 止めようと思っても止まらない。

「アレク!」

 トーマスが駆け寄ってきた。

「これ、ベルン軍なんだよな?」

「たぶん」

「何人いる?」

「俺に聞くなよ」

「だってお前、こういうの詳しそうじゃん」

「歴史と実戦は違う!」

「れきし?」

「何でもない!」

 また余計なことを言った。

 だが、今は誤魔化している余裕もない。

「全員集まれ!」

 ゲオルクの周囲に十五人が集まる。

 ゲオルクが地面に膝をつき、小枝で簡単な図を描いた。

「ここが我々の野営地だ」

 一本の線。

「これが街道」

 その西側に丸を描く。

「燃えているのは、おそらくグリュン村だ」

「どれくらい離れているんです?」

 俺が聞いた。

「徒歩で半刻ほど」

 近い。

「敵は?」

 ハンスが聞く。

「分からん」

「偵察を出しますか?」

「いや」

 ゲオルクは即答した。

「十五人しかいない。分ける方が危険だ」

「じゃあ逃げる?」

 トーマスが言った。

「ヴァイスブルクへ向かう」

 ゲオルクが答える。

「街道を?」

「いや。街道は使わん」

 俺は地面の図を見る。

「敵がこっちに来る可能性があるから?」

 ゲオルクが俺を見る。

「そうだ」

「でも敵が略奪目的なら、次に狙うのは……」

 言いかけて止まった。

 嫌な考えが浮かんだ。

「何だ?」

「ラーデン村」

 トーマスの顔色が変わった。

「……は?」

 俺は地面を見る。

 今いる場所。

 燃えているグリュン村。

 そして俺たちが来た道。

 正確な地図ではない。

 それでも位置関係は分かる。

「グリュン村を襲った連中が次の村を探すなら、街道沿いを移動する可能性が高い」

「おい、待てよ」

 トーマスが俺の肩を掴んだ。

「ラーデンに行くってことか?」

「可能性の話だ」

「母ちゃんがいるんだぞ!」

「分かってる!」

「だったら戻らないと!」

 トーマスが走り出そうとする。

「待て!」

 ゲオルクが腕を掴んだ。

「離してください!」

「落ち着け!」

「村が襲われるかもしれないんだぞ!」

「だからといって一人で戻ってどうする!」

「戦います!」

「誰と! 何人を相手に!」

「それは……」

「敵が五十人なら?」

「……」

「百人なら?」

「……」

「お前一人で村を守れるのか!」

 トーマスが唇を噛んだ。

「でも……」

 その声が震えていた。

「母ちゃんが……」

 さっきまで騎士になると笑っていた少年だった。

 でも今は十五、六歳の子供にしか見えない。

 俺は何も言えなかった。

 ラーデン村にはマルセルもいる。

 帰ってこい。

 そう言われた。

 その帰る場所そのものが焼かれるかもしれない。

「ゲオルク様」

 ハンスが口を開いた。

「どうします?」

「……」

 ゲオルクは答えない。

 炎を見ている。

 俺も考える。

 逃げる。

 それが一番安全だ。

 ヴァイスブルクへ向かえば、少なくとも俺たち十五人は助かる可能性が高い。

 でもグリュン村の人間は?

 ラーデン村は?

 そもそも敵は何人いる?

 何のために来た?

 略奪だけなのか?

 それとも本隊のための偵察なのか?

 情報がない。

 戦国時代の戦でも同じだ。

 後世の俺たちは結果を知っている。

 敵の兵力。

 味方の兵力。

 誰がどこに布陣したか。

 誰が裏切ったか。

 何時頃に戦いが始まったか。

 だが実際に戦場にいた人間は違う。

 情報が断片的なのだ。

 敵が何人いるかすら分からない。

 味方が予定通り来るかも分からない。

 伝令が捕まれば命令は届かない。

 雨が降れば道も変わる。

 噂と誤報が飛び交う。

 だから偵察が重要になる。

 情報を持っている側が圧倒的に有利になる。

「……見に行くべきです」

 気づけば口にしていた。

 ゲオルクが俺を見る。

「何?」

「敵を」

「さっき偵察は出さないと言ったはずだ」

「一人だけなら?」

「誰を出す」

「俺です」

「アレク!」

 トーマスが驚いた顔をする。

 ゲオルクの目が細くなった。

「理由を言え」

「十五人全員で動けば音が出ます。敵に見つかる可能性も高い。でも一人なら近づける」

「なぜお前だ」

「俺は剣が使えます」

「偵察に剣の腕は関係ない」

「見つかった時に逃げる可能性が少し上がる」

「少しな」

「それに」

 俺は暗闇を見る。

「俺、夜目が利くみたいです」

 これはこの身体になってから気づいたことだった。

 前世より明らかに暗闇が見える。

 神から与えられた剣の才能に含まれているのか、単純に若い身体だからなのかは分からない。

「駄目だ」

 ゲオルクは即答した。

「でも」

「十五歳の初陣前の兵を一人で敵地に出す指揮官がいるか」

「じゃあ二人」

「話を聞け」

 ハンスが小さく笑った。

「私が行きます」

「ハンス」

「こいつを連れて」

「え?」

「言い出したのはお前だろ」

「そうですけど」

「だったら来い」

 ゲオルクが考える。

「……敵を見るだけだ」

「はい」

「戦うな」

「はい」

「村にも入るな」

「分かりました」

「敵の人数、装備、馬の数、進む方向。それだけ確認したら戻れ」

「はい」

 ゲオルクが俺を見る。

「特にお前だ、アレク」

「分かってます」

「戦うな」

「はい」

「手柄を立てようと思うな」

「思ってません」

「敵を見つけても近づくな」

「はい」

「危険だと思ったらハンスを置いて逃げろ」

「おい」

 ハンスが抗議した。

「命令だ」

「私の扱い酷くないですか?」

「お前は十三回目だろう」

「数え方が雑だな……」

 少しだけ緊張が緩んだ。

「行ってこい」

 ゲオルクが言った。

「必ず戻れ」

「はい」

 俺とハンスは暗闇へ入った。


 ◇ ◇ ◇


「足音を立てるな」

「はい」

「声も小さく」

「はい」

「俺より前に出るな」

「はい」

「……さっきから『はい』しか言ってないな」

「喋るなって言ったじゃないですか」

「それもそうだ」

 ハンスと二人で森の中を進む。

 街道は使わない。

 木々の間を抜けながら、西へ向かう。

 近づくほど焦げ臭さが強くなった。

 煙。

 そして、別の臭い。

「……」

 何だ?

 知っているような。

 知らないような。

 ハンスが突然しゃがんだ。

 俺も止まる。

「声」

 耳を澄ます。

 男たちの笑い声が聞こえる。

 馬の鳴き声。

 木が燃える音。

 俺たちはゆっくり進んだ。

 やがて木々が途切れる。

 その先。

 グリュン村があった。

「……」

 言葉が出なかった。

 家が燃えている。

 何軒も。

 道には荷車。

 袋。

 樽。

 家畜を引いている兵士。

 そして――人。

 倒れている。

 一人。

 二人。

 もっと。

「見るな」

 ハンスが小声で言った。

「でも」

「数えろ」

「……」

「今のお前にできるのは、それだ」

 俺は唇を噛んだ。

 敵兵を数える。

 一人、二人、三人……。

「二十七」

「俺は二十九見えた」

「家の中にもいるかもしれない」

「ああ。三十から四十と考えた方がいい」

「馬は?」

「七頭」

「騎兵?」

「いや。荷物を運ぶためだろう」

 兵士たちを見る。

 統一された装備ではない。

 槍。

 剣。

 弓。

 革鎧。

 金属製の胸当てを着ている者も数人。

「火槍はいない?」

「見える範囲にはな」

「……略奪隊ですね」

「おそらく」

 その時。

「お願いです!」

 女の声。

 身体が固まった。

 村の中央。

 兵士が一人の老人を引きずり出している。

「食料はどこだ!」

「もうありません!」

「嘘をつけ!」

 殴る。

 老人が倒れる。

「やめて!」

 女性が駆け寄る。

 兵士が笑う。

 俺の手が剣へ伸びた。

 その手首をハンスが掴んだ。

「何をしてる」

「……」

「アレク」

「分かってます」

「俺たちは偵察だ」

「分かってる」

「なら見るだけだ」

「……分かってます」

 頭では。

 でも。

 目の前で人が殴られている。

 助けられるかもしれない。

 剣なら使える。

 俺なら――。

「やめろ」

 ハンスが言った。

「お前が今考えていることは分かる」

「……」

「一人斬ったらどうなる?」

「敵が集まる」

「何人だ」

「三十以上」

「勝てるか?」

「……無理です」

「なら死ぬ」

「……」

「お前が死んで、俺も死ぬ。あの老人も結局死ぬかもしれない」

 何も言えなかった。

「戦場ではな、助けられない人間がいる」

 ハンスの声は冷たかった。

 だが横顔は苦しそうだった。

「覚えておけ」

 俺は拳を握った。

 ゲームなら敵兵三十。

 倒せばいい。

 小説なら主人公が飛び出して救えばいい。

 現実は違う。

 一人を助けようとして全員死ぬことがある。

「戻るぞ」

「……はい」

 俺たちは静かに後退した。

 その時だった。

 パキッ。

 足元で枝が折れた。

「誰だ!」

 声。

「走れ!」

 ハンスが叫んだ。

 俺たちは走った。

「いたぞ!」

 後ろから声。

 足音。

 追ってくる。

「何人!?」

「見るな! 走れ!」

 森を駆ける。

 枝が顔に当たる。

 息が上がる。

 心臓が激しく鳴る。

 後ろから足音。

 近い。

「止まれ!」

 止まるわけがない。

 だが――。

「アレク! 右!」

 ハンスの声。

 反射的に身体を沈めた。

 ヒュッ。

 頭の上を何かが通った。

 矢。

「弓!?」

「走れ!」

 怖い。

 本当に怖い。

 剣なら見える。

 槍なら見える。

 でも矢は違う。

 どこから飛んでくるか分からない。

 俺たちは走った。

 森を抜ける。

「あと少しだ!」

 ハンスが叫ぶ。

 その瞬間。

「ぐっ!」

 ハンスが倒れた。

「ハンスさん!」

「走れ!」

 左脚。

 矢が刺さっている。

「置いていけ!」

 ゲオルクの命令が頭をよぎった。

 危険ならハンスを置いて逃げろ。

 合理的だ。

 俺一人なら逃げられる。

 でも。

「できるかよ!」

 ハンスの腕を肩に回す。

「馬鹿!」

「知ってます!」

「お前まで死ぬぞ!」

「それは嫌です!」

「だったら逃げろ!」

「それも嫌です!」

「面倒臭い奴だな!」

 後ろから敵が来る。

 足音。

 二人。

 いや、三人。

 ハンスを担いだままでは逃げ切れない。

 どうする。

 どうする。

 頭を使え。

 剣より先に頭を使え。

 周囲を見る。

 暗い森。

 斜面。

 街道。

 木。

 俺たちを追ってくる敵は、こちらが負傷したことを知っている。

 だから追う。

 逃げ切れないと思っている。

 なら――。

「ハンスさん」

「何だ!」

「ここで待っててください」

「は?」

 俺はハンスを大きな木の陰に座らせた。

「おい、何する気だ」

「三人ですよね」

「たぶんな」

「なら」

 槍を置く。

 腰の剣を抜く。

「三人なら、やります」

「馬鹿か!」

「逃げられないでしょう!」

「だからお前だけ逃げろ!」

「嫌だって言ってるでしょう!」

 声を抑えながら怒鳴り合う。

「それに」

 俺は息を整えた。

「正面から三人とは戦いません」

「何?」

「ここ、暗いです」

「だから?」

「向こうは俺たちが逃げてると思ってる」

 ハンスが俺を見る。

「……待ち伏せか」

「はい」

 前世の知識というほど大層なものではない。

 追撃する側は、逃げる敵を見れば前へ出る。

 特に勝っていると思っている時ほど。

 戦国時代でも追撃時に隊列が乱れ、逆襲を受ける例はいくらでもある。

 人間は勝っていると思った瞬間に警戒が緩む。

「一人目を俺がやります」

「二人目は?」

「俺」

「三人目は?」

「俺」

「全部お前じゃないか」

「ハンスさん脚怪我してるでしょう」

「……」

「無理なら逃げます」

「最初からそうしろ」

「ハンスさんを連れて」

「だからな……」

 足音。

 近い。

「来ます」

 俺は木の陰へ隠れた。

 剣を握る。

 震えている。

 さっきまでとは違う。

 今から俺は――。

 人を殺す。

「……っ」

 吐きそうだ。

 足音。

 一人。

「どこ行った!」

 二人目。

「血がある! こっちだ!」

 三人。

 来る。

 最初の男が木の横を通る。

 今。

 身体が動いた。

「――っ!」

 剣を振る。

 肉を斬る感触。

「え?」

 男が俺を見る。

 その顔。

 驚いていた。

 首から血が噴き出す。

 男が倒れる。

「……」

 俺は動けなかった。

 人を。

 斬った。

「アレク!」

 ハンスの声。

 二人目が来る。

「この野郎!」

 剣。

 身体が勝手に反応する。

 受け流す。

 踏み込む。

 腹。

 剣が入る。

「ぐっ……!」

 温かいものが手にかかった。

 血。

 男が崩れる。

「う、あ……」

 声。

 俺が?

 違う。

 相手だ。

 三人目。

 槍を持っている。

 俺を見て止まった。

 仲間二人が一瞬で倒れた。

 恐怖。

 相手の顔に浮かんでいる。

 俺と同じだ。

「……来るな」

 自分でも驚くほど震えた声だった。

「来るな!」

男が槍を構える。

「うわあああ!」

 突っ込んでくる。

嫌だ。

 来るな。

 死にたくない。

 身体を横へ。

 槍を避ける。

 剣を振る。

 首。

 止められない。

 刃が入る。

 男が倒れた。


挿絵(By みてみん)


「……」

 静かになった。

 俺は立っていた。

 剣を持って。

 足元に三人。

「アレク」

 ハンスの声。

 返事ができない。

「アレク」

「……はい」

「終わった」

「……」

「もう敵はいない」

「……はい」

 手を見る。

 血。

 俺のじゃない。

「……殺した」

「ああ」

「三人」

「ああ」

「俺が」

「ああ」

「……」

 胃がひっくり返った。

「うっ……!」

 その場に膝をつく。

 吐いた。

 昼に食べたもの。

 胃液。

 涙。

 全部出た。

「う……っ」

 身体が震える。

 止まらない。

「俺……」

「アレク」

「殺した」

「生きるためだ」

「でも……」

「お前が殺さなければ俺たちが死んでた」

「……」

「それでも嫌なら吐け」

 ハンスは木にもたれたまま言った。

「全部吐け」

「……」

「最初はそれでいい」

 俺は地面を見た。

 さっき殺した男の顔が見える。

 若い。

 二十歳くらいかもしれない。

 俺より少し上なだけ。

 名前は知らない。

 家族がいるかもしれない。

 恋人がいるかもしれない。

 俺たちと同じように徴集されただけかもしれない。

 歴史書なら――三名戦死。

 それだけだ。

 でも違う。

 三人いた。

 三人とも人間だった。

「……これが戦争か」

 呟いた。

 返事はなかった。


 ◇ ◇ ◇


「遅い!」

 ゲオルクが駆け寄ってきた。

「ハンス!」

「脚をやられました」

「矢か」

「はい」

「抜くな。そのままだ」

 兵士たちがハンスを支える。

「敵は?」

「三十から四十。馬七。確認できた範囲では火槍なし」

 ハンスが報告する。

「追手は?」

 ハンスが俺を見る。

「三人」

「どうした?」

「死にました」

「お前が?」

「二人と半分くらいはこいつです」

「半分?」

「最初の一人は完全にアレク。二人目もアレク。三人目もアレク」

「全部ではないか」

「私は応援しました」

「役に立ってないじゃないですか」

 思わず言った。

 ハンスが笑った。

「喋れるなら大丈夫だな」

「……」

 大丈夫。

 なのだろうか。

 ゲオルクが俺を見る。

 俺の服。

 剣。

 血。

 何も聞かなかった。

「初めてか」

「……はい」

「そうか」

 それだけだった。

「敵はグリュン村で略奪中です」

 俺は続けた。

「食料と家畜を集めてました」

「進行方向は?」

「まだ分かりません」

「村人は?」

 答えられなかった。

 ハンスが代わりに言う。

「死者多数。生存者もいます」

 トーマスが聞く。

「ラーデンに向かいそうなのか?」

「分からない」

「でも可能性あるんだろ?」

「ある」

「なら戻ろう!」

「トーマス」

 ゲオルクが低い声で言う。

「我々は十五人だ」

「十四人です」

 ハンスが自分の脚を指した。

「今それを言うな」

「すみません」

「敵は三十以上」

 ゲオルクは続ける。

「正面から戦えば負ける」

「でも!」

「だから考える」

 ゲオルクが俺を見る。

「アレク」

「はい?」

「お前ならどうする」

「俺?」

「さっきから頭を使えと言っていただろう」

「いや、でも俺、初陣ですよ」

「今終わった」

「そういう問題ですか?」

「敵三人を斬ったなら立派な初陣だ」

「嬉しくないです」

「だろうな」

 ゲオルクが地面にしゃがむ。

「それでも考えろ」

 全員が俺を見る。

 困る。

 俺は軍師ではない。

 ただの戦国オタクだ。

 でも。

 敵三十から四十。

 こちら十四人。

 正面からは勝てない。

 目的は?

 敵を全滅させることではない。

 ラーデン村を守ること。

 なら。

「……敵を倒す必要はない」

 口に出す。

「何?」

 トーマスが聞いた。

「敵にラーデンへ行かせなければいい」

「どうやって?」

 考える。

 略奪隊の目的。

 食料。

 家畜。

 金目の物。

 つまり戦うために来た部隊ではない。

「この連中、略奪隊ですよね?」

「そうだろうな」

 ゲオルクが答える。

「なら、死にたくないはずです」

「誰だって死にたくないだろ」

「そうじゃなくて」

 俺は地面に線を引く。

「敵は戦いに来たんじゃない。物を奪いに来た。だから強い敵がいると思わせれば避けるかもしれない」

 ゲオルクの目が少し変わった。

「続けろ」

「俺たちは敵の人数を知ってる。でも敵は俺たちの人数を知らない」

「……」

「だったら、その差を使います」

「どうやって?」

 トーマスが聞く。

 俺は炎を見る。

 火。

 夜。

 森。

 少人数。

 そして――音。

 戦国時代。

 夜戦。

 少数で大軍を混乱させた戦いはいくつもある。

 夜は兵数が見えない。

 だからこそ恐怖が増幅される。

 桶狭間を単純な奇襲だけで説明するのは危険だが、戦国期には情報の誤認や視界の制約が勝敗を大きく左右した。

 夜ならなおさらだ。

 人間は、見えない敵を実際より大きく想像する。

「……人数を多く見せます」

「十四人を?」

「はい」

「何人に?」

「百人くらい」

 トーマスが口を開けた。

「無理だろ」

「だから、見せるんじゃない」

 俺は答えた。

「そう思わせる」

 ゲオルクが黙って俺を見る。

「方法は?」

「あります」

 俺は地面の簡単な地図を見つめた。

 これが俺の初陣。

 三人を殺した。

 もう十分だった。

 これ以上、人を殺したくない。

 だから――。

「戦わずに追い返しましょう」

 俺は言った。

「俺たち十四人で、三十人以上の敵を」

初めて人を殺したアレクは、剣の才能が「生き残る力」であると同時に、「人を殺せる力」でもあることを知る。


そして今、十四人の味方に対して敵は三十人以上。


正面から戦えば勝ち目は薄い。


だからこそアレクは、剣ではなく知識を使うことを選ぶ。


次話、彼にとって初めての「戦わずに勝つための策」が始まる。

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