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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第二篇 乱世に蒔く種

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第十三話 中央に届いた種

家政評議会から招かれたアレクは、アルベルトたちとともに大公都アルヴェインブルクへ向かいます。

ヴァイスブルクで生まれた試みは、土地の違いと反対意見に向き合いながら、新たな場所へ届こうとしていました。

 家政評議会から使者が訪れた翌日、アレクはヴァイスブルク城の一室で両腕を広げていた。

「動かないでください」

「動いていません」

「先ほどから三度も腕を下ろしています」

「腕が疲れるんです」

「剣を振るよりは楽でしょう」

 針子に言われ、アレクは昨日ヨハンから同じようなことを言われたのを思い出した。

 アレクの前には、大公家が保管していた濃紺の上着が用意されている。襟と袖口には銀糸で細い模様が縫われ、普段着よりも厚く上質な布が使われていた。

 完全に新しく作れば十日では間に合わないため、体格の近い若い従者が以前使っていた服を仕立て直している。袖と裾を詰め、肩の幅を合わせれば、家政評議会へ出ても恥ずかしくない服になるという。

「少し大きいですね」

「これ以上詰めると、肩を動かした時に窮屈になります」

「別に剣を振るわけではありません」

「評議の途中で剣を振らないでください」

「振りませんよ」

 針子は返事をせず、アレクの袖へ新たな印をつけた。

 部屋の隅では、エリーゼが椅子に座って作業を眺めている。

「何かおかしい?」

 アレクが尋ねると、エリーゼは小さく首を振った。

「いつもより大人びて見えます」

「本当に?」

「服だけは」

「それは褒めてないよね」

「半分は褒めています」

 最近、周囲でその答えが流行っている気がした。

 アレクが不満そうな顔をすると、エリーゼは楽しそうに笑った。

「でも、少し固いですね」

「布が?」

「アレクがです。汚してはいけないと思っているのでしょう?」

「これ、普段着よりずっと高いだろ」

「そのための服なのですから、着なければ意味がありません」

「着たまま食事をするのが怖い」

「評議の席で食事はしません」

「その後に何か出されたら?」

「こぼさなければよいのです」

「簡単に言うなあ」

 針子が袖へ針を通している間、アレクは再び腕を上げた。

 アルヴェインブルクへ向けて出発するのは、五日後と決まっている。

 大公都までは馬車で数日を要する。評議の日より早く到着し、ヨハンが持参する帳簿や報告書を確認する時間を取るためだった。

 同行するのは、アルベルト、アレク、ヨハン、ゲオルク、トーマス、エリーゼと、その護衛や使用人たちである。

 エリーゼが一緒に行くと聞いた時、アレクは少し安心した。

 家政評議会へ出るのは自分だけだが、初めて訪れる大公都に知っている相手が多いことは心強い。

「できました」

 針子が最後の印をつけ、アレクの腕を下ろさせた。

「三日後に、もう一度合わせます。それまでは普段の服を着てください」

「言われなくてもそうします」

「残念ですね」

 エリーゼが言った。

「何が?」

「その服でヴァイスブルクの市場を歩けば、皆が振り返ったと思います」

「悪い意味で?」

「服に着られている小姓がいる、と」

「やっぱり褒めてないだろ」

 エリーゼは答えず、立ち上がってアレクの襟へ手を伸ばした。

 仮留めされた襟が少し曲がっている。

 エリーゼは布を整えると、一歩離れて全体を見た。

「これで大丈夫です」

「まだ直し終わってないよ」

「服ではなく、アレクです」

 アレクが意味を尋ねる前に、エリーゼは侍女とともに部屋を出ていった。

 残されたアレクは、針子へ顔を向けた。

「今の、どういう意味だと思います?」

「さあ」

「分かってますよね」

「動かないでいただけるなら、考えてもよいですが」

 アレクは諦めて、再び両腕を広げた。

 五日後の朝、アルベルト一行はヴァイスブルクを出発した。

 正式な服は箱へ収めて馬車に積み、アレクはいつもの旅装を身につけている。数日間も上等な服で街道を進めば、大公都へ着く頃には泥と埃で着られなくなる。

 アルベルトとエリーゼは馬車へ乗り、アレク、ゲオルク、トーマスは護衛の騎兵とともに馬を進めた。ヨハンは帳簿や報告書を積んだ別の馬車に乗っている。

 南橋を渡る時、アレクは自然と速度を落とした。

 橋の上では、荷車を引く馬がこちらへ向かって歩いてくる。御者が一行に気づき、橋の入口で荷車を止めようとした。

「そのまま来て構わん」

 アルベルトが馬車の窓から声を掛ける。

 荷車が先に橋を渡り、アルベルトたちの馬車と騎兵がその後に続いた。

 橋の床板は車輪の重さを受けて低く鳴ったが、不安を覚えるような軋みはない。

「気になるか」

 隣へ馬を寄せたゲオルクが尋ねた。

「はい。完成してから何台くらい通ったのかと思って」

「数えるつもりか?」

「数えませんよ」

「ヨハン殿なら、南門の記録を見れば分かると言うだろうな」

「帰ってきたら確認してみます」

「やはり数えるのではないか」

 ゲオルクは呆れたように笑った。

 橋を渡った一行は、南東へ続くリューデン街道を離れ、大公都へ向かう北の街道へ入った。

 ヴァイスブルクの周辺では麦畑が多かったが、北へ進むにつれて景色が変わっていく。

 緩やかな丘には葡萄畑が並び、低地には牧草地が広がっていた。森の近くを通る村では、荷車へ薪や板材を積み込んでいる。川沿いの土地には水車があり、穀物を挽く音が街道まで聞こえてきた。

 村ごとに、暮らしを支えるものが違う。

 ヴァイスブルクで市場税を下げ、商人が集まるようにした方法を、街道から離れた小さな村で行っても同じ効果は得られない。そもそも市場が開かれるのが月に数度しかない土地もあった。

 標準箱についても、穀物の取引が多い町なら役に立つ。だが、木材や家畜を主に扱う場所では、先に別の基準が必要になる。

「何を見ている?」

 休憩のため立ち寄った村で、トーマスが尋ねた。

「荷車」

「またか」

「今回は数えてない」

「何が違うんだ?」

「積んでいるものを見てる」

 ヴァイスブルクへ向かう荷車には穀物や塩が多い。だが、この村を通る荷車には切り揃えられた板材が積まれていた。

 長さの異なる木材を縄でまとめているため、標準箱では量れない。一本ごとの長さや太さを確認しなければ、同じ荷車一台でも価値は大きく変わる。

「評議で聞かれた時のためか?」

「それもある。でも、ヴァイスブルクで上手くいったことを、そのまま他の土地へ使えない理由が少し分かってきた」

「街道を歩いただけでか」

「見ないよりは分かるよ」

「俺には、どこも同じ村に見える」

「この村は板材が多い。昨日泊まった村は葡萄酒を運ぶ樽が多かった」

「酒なら、昨日の村のほうがよかったな」

「そこしか見てなかったの?」

「俺は評議へ出ないからな」

 トーマスは村の井戸から汲んだ水を飲み、空になった器をアレクへ渡した。

「それに、どの村でも俺たちの仕事は変わらない。一行の前後を見張り、怪しい者を近づけない。それだけだ」

「そう考えると、同じなのかもしれない」

「だろ?」

「でも、道の広さが違えば、護衛の並び方も変わるんじゃないか」

「余計なことに気づくな」

「違うの?」

「違わない。だから狭い道では前後の距離を詰めている」

「やっぱり、土地が違えば変わるんだ」

「お前は評議の話だけ考えていろ」

 トーマスは器を取り返すと、馬の様子を確かめに行った。

 大公都までの街道には、ヴァイスブルク周辺よりも多くの宿場があった。

 大公家の使者や役人が頻繁に通るため、馬を替えられる場所も整えられている。一方で、街道の一部には深い轍が残り、雨が降れば泥で進みにくくなりそうな場所もあった。

 中央へ近づけば、すべてが整っているわけではない。

 使う者が多い道ほど傷むのも早く、修理には人と金が必要になる。

 三日目の午後、一行は幅の広い石橋を渡った。

 川幅は南橋の倍近くあり、橋脚には木ではなく石が使われている。二台の荷車が余裕を持ってすれ違い、その脇を歩く者のための場所まであった。

「立派ですね」

 アレクは馬車の窓を開けていたアルベルトへ声を掛けた。

「大公都へ続く街道だからな」

「造るのに、どれくらい掛かったんでしょう」

「今の橋は、俺の父の代に架け替えられた。三年ほど掛かったと聞いている」

「三年……」

「南橋一つを架けたからといって、すべての橋を同じものと思うなよ」

「思っていません」

「今、費用を計算しようとした顔をしていた」

「どれくらい掛かるのか、少し気になっただけです」

「その橋の帳簿は家政評議会に残っている。望むなら見せてもらえ」

「読める量ですか?」

「荷車一台分はあるだろうな」

「やめておきます」

 アルベルトが笑い、馬車の窓を閉めた。

 四日目の昼過ぎ、街道の先に大きな城壁が見えた。

 アルヴェインブルクだった。

 城壁はヴァイスブルクより高く、外側にも多くの建物が並んでいる。職人の工房、旅人が泊まる宿、家畜を休ませる囲い、荷車を預かる場所が、城門へ続く街道の両側に広がっていた。

 遠くには城の塔が見える。

 塔の上には、深紅地に金の龍を描いた大公国の旗が風を受けていた。

「大きいな」

 アレクが呟くと、トーマスが頷いた。

「ヴァイスブルクと比べるな。ここは大公都だ」

「分かってるけど、城壁の外にも町がある」

「中へ住めない者が増えたからな。戦になれば、外の建物をどう守るかが問題になる」

 大公都の大きさを見ていたアレクの意識が、戦の話へ引き戻された。

 城壁が高くても、その外に暮らす人々まで守れるわけではない。

 敵が迫れば外側の家や工房を捨て、城壁の中へ避難させるのかもしれない。だが、町へ入れる人数と蓄えている食料には限りがある。

 大きな町は強く見える。

 同時に、守らなければならない人と物も多かった。

 城門の前には、荷車の列ができていた。

 門は三つの通路に分かれ、旅人、荷車、大公家や諸侯の一行を別々に通している。それでも、大量の荷を積んだ商人は、役人の確認を受けるために待たなければならない。

 ヴァイスブルクより門番も役人も多い。

 一台の荷車に対し、通行証を見る者、荷物を確認する者、記録を残す者が分かれていた。

「これだけ人がいても、列ができるんですね」

 アレクが言うと、アルベルトと同じ馬車に乗っていたヨハンが窓から顔を出した。

「入ってくる人と荷も、ヴァイスブルクとは比べものになりません」

「門を増やせないんですか」

「増やせば、守る兵も必要になります。城壁を造り直す費用も掛かりますな」

「では、確認を減らす?」

「減らした結果、税を納めずに入る商人や、禁じられた品を持ち込む者が増えてよいのなら」

「よくありません」

「一つ変えれば、別の問題が出ます」

「最近、そればかりですね」

「統治とは、その繰り返しです」

 一行は大公家の印を示し、中央の通路から城内へ入った。

 門を抜けると、アレクの前にヴァイスブルクとは異なる町並みが広がった。

 大通りは荷車二台が並んでも余裕があり、その両側には石造りの建物が並んでいる。道の端には排水溝が設けられ、汚水が通りの中央へ流れないようにされていた。

 市場は一か所ではない。

 穀物を扱う区画、布や衣服を扱う区画、家畜を売買する場所が分かれている。川に近い場所には大きな倉が並び、荷を積み下ろす人足が絶えず出入りしていた。

 整っているように見えるが、人が多いため騒ぎも多い。

 荷車同士が道を譲らずに御者が怒鳴り合い、買い物客が市場役人へ値段の違いを訴えている。裏通りへ目を向ければ、狭い場所に小さな家が密集していた。

「見るところが多すぎる」

 アレクが言うと、隣を進むゲオルクが笑った。

「今日中に全部を見る必要はない」

「でも、評議は明後日ですよね」

「町を見物した感想を話す場ではないぞ」

「分かっています。ただ、ヴァイスブルクの方法を使えるか聞かれた時に、何も見ていないよりはいいかと」

「まずは城へ着け。馬から落ちれば、評議どころではない」

 アレクは前方へ視線を戻した。

 大公家の城は、町の北側にある高台へ築かれている。

 城門から続く道を上るにつれ、町全体が見渡せるようになった。城壁の外へ広がる家々、その先に続く畑、川沿いに並ぶ水車、遠くの街道を進む荷車まで見える。

 大公国の中心と呼ばれる町も、城だけで成り立っているわけではない。

 城へ税や報告を集める役人がいる。

 荷を運ぶ商人がいる。

 食料を作る農民がいて、道や橋を直す職人がいる。

 ヴァイスブルクより大きくても、支えているのは同じように人と物の流れだった。

 城へ到着すると、アレクたちは用意された部屋へ案内された。

 エリーゼは以前にもアルヴェインブルクを訪れたことがあり、城の中に専用の部屋が残されている。アルベルトも大公都へ滞在する時に使う一角へ向かった。

 アレクはトーマスと同じ部屋を与えられた。

「小姓なのに、俺と同じ部屋なんだな」

 荷物を置きながら、トーマスが言った。

「不満?」

「逆だ。俺まで大公家の城で寝られるとは思わなかった」

「護衛だからじゃない?」

「そうだろうな。夜中に逃げるなよ」

「逃げないよ」

「評議が怖いと言っていただろ」

「怖いけど、ここから一人でヴァイスブルクまで帰るほうが怖い」

「なら大丈夫だ」

 その日の夕方、アレクはヨハンの部屋へ呼ばれた。

 卓上には、ヴァイスブルクから運んできた帳簿と報告書が並んでいる。

「全部持ってきたんですか」

「全部ではありません。評議で必要になるものだけです」

「これで?」

「市場税を下げる前と後の税収、商人と荷車の数、標準箱を作るために掛かった費用、橋の建設費、大公家の倉で見つかった差です」

 帳簿は六冊あり、報告書も厚い束になっていた。

「明日までに、これを全部覚えるんですか」

「覚える必要はありません」

「よかった」

「自分が何を考えて提案したのかは、答えられるようにしてください」

「数字を聞かれたら?」

「私が答えます」

「ヨハンさんが来てくれて、本当によかったです」

「最初から同行すると言っていたでしょう」

 ヨハンは市場税に関する報告書を開いた。

「家政評議会が知りたいのは、ヴァイスブルクで何をしたかだけではありません」

「ほかの土地でも使えるか?」

「そうです。ただし、評議員の中には、ヴァイスブルクの方法を大公国全体へ広げることに反対する者もいるでしょう」

「どうしてですか」

「費用が掛かるからです。現地の仕事が増えることを嫌う者もいます。中央から地方へ余計な命令を出すべきではないと考える者もいます」

「でも、標準箱があれば取引の揉め事は減ります」

「穀物をほとんど扱わない土地にも、同じ箱を作らせますか」

「それは……必要ないかもしれません」

「橋を架け替える時、費用を大公家と商人と村で三分の一ずつ負担しました。同じ方法を、商人がほとんど通らない村の橋へ使えますか」

「商人が払ってくれません」

「市場税を下げれば、どの町でも商人が増えますか」

「街道や売る物がなければ、増えないと思います」

「それを忘れずに答えなさい」

 ヨハンは報告書を閉じた。

「ヴァイスブルクで上手くいったことを、自分の手柄として話す必要はありません。逆に、何の役にも立たないと言う必要もない。どのような条件があったから実行できたのかを話してください」

「条件……」

「市場税を下げても、大公家の財政がすぐに立ち行かなくならなかった。商人へ標準箱を使わせる市場役人がいた。橋へ金を出す商人組合があった。違いますか」

「違いません」

「ならば、そのまま話せばよいのです」

「ヨハンさんは、緊張していないんですか」

「しています」

「全然見えません」

「見せていないだけです」

「少し安心しました」

「なぜです?」

「俺だけじゃないので」

「安心するところが間違っています」

 翌日は、朝から評議で使う資料の確認が続いた。

 アルベルトも一度部屋を訪れ、アレクが数字を覚えようとしている姿を見ると、手元の紙を取り上げた。

「何をしている」

「市場税を下げる前と後の数字を覚えています」

「ヨハンがいるだろう」

「聞かれた時に答えられないと困ります」

「お前に聞かれるのは、なぜその案を出したかだ。数字を間違えて話すくらいなら、ヨハンに任せろ」

 アルベルトは紙を卓上へ戻した。

「中央の者を感心させようとするな。知らないことまで答えれば、そこから間違いが広がる」

「分からないことは、分からないと言う」

「それでいい。ただし、お前が見たことまで黙るな」

「はい」

「反対されたからといって、すぐに言い返すな。相手が何を心配しているのかを聞け」

「俺、そんなにすぐ言い返しますか」

 アルベルトとヨハンが同時にアレクを見た。

「……気をつけます」

「それでいい」

 評議当日の朝、アレクは仕立て直された正式な服へ袖を通した。

 濃紺の上着は肩に合い、仮合わせの時ほど窮屈には感じない。腰には細身の剣を帯びたが、評議室へ入る前に預ける決まりになっている。

 襟を整えようとしていると、部屋の扉が開いた。

「準備はできたか?」

 トーマスが顔を出す。

「たぶん」

「たぶんで評議へ行くのか」

「服は着た。剣もある。報告書はヨハンさんが持ってる」

「なら大丈夫だろ」

「簡単に言うなあ」

 アレクが襟へ手を伸ばしたところで、廊下からエリーゼが現れた。

「曲がっています」

「やっぱり?」

 エリーゼはアレクの前に立ち、襟の端を直した。

「昨日も教えたでしょう」

「自分でやると見えないんだよ」

「鏡があります」

「左右が逆に見えるから分からなくなる」

「その説明のほうが分かりません」

 襟を直し終えたエリーゼが、アレクを見上げた。

「これで大丈夫です」

「服に着られてない?」

「今日はアレクが着ています」

「それならよかった」

「評議でも、いつものように話せばよいのではありませんか」

「いつものように話したら、アルベルト様に止められる気がする」

「叔父上が止めるまで話せるなら、何も言えずに終わるよりよいと思います」

「それ、励ましてる?」

「はい」

「少し変わった励まし方だな」

 エリーゼは微笑み、アレクの上着から手を離した。

「行ってらっしゃい」

「行ってきます」

 アレクはヨハンとともに、評議の行われる部屋へ向かった。

 城の中央にある評議室には、長い卓が置かれていた。

 窓に近い上座へアルベルトが座り、その隣には家政評議会議長のハインリヒ・フォン・エーベルハルトがいる。

 ハインリヒは五十歳を越えた細身の男で、灰色の髪を短く整えていた。卓上には出席者ごとに資料が置かれ、数人の書記が壁際に控えている。

 財政、軍務、土地、街道、倉などを担当する評議員が席に着いていた。

 アレクはヨハンの隣へ座る。

 小姓である自分が評議員たちと同じ卓につくことに落ち着かなさを覚えたが、余計に周囲を見回さないよう、手元の資料へ視線を落とした。

「全員揃ったな」

 ハインリヒが出席者を見渡した。

「本日の最初の議題は、ヴァイスブルクにおける戦後復興と、そこで行われた試みについてだ。ヨハン殿、報告を」

「承知しました」

 ヨハンが立ち上がった。

 戦によって人と荷が減り、市場から得られる税収が落ちていたことから報告が始まる。

 市場税を一時的に下げたことで、商人一人から得られる税は減った。しかし、市場を利用する商人と荷車の数が増え、全体の税収は回復しつつある。

 標準箱を導入したことで、売り手と買い手の使う箱の違いから生じていた争いも減った。

 南橋については、傷んだ橋脚を残す補修ではなく、橋全体を架け替えたことが説明された。大公家だけで費用を負担せず、利益を得る商人組合と周辺の村にも、それぞれ金や人手を出してもらった。

 工事の途中で川底の柔らかい場所が見つかり、橋と街道の位置を変更したことも隠さず報告する。

 倉の記録については、帳簿と実際に残っている小麦の量が一致していなかったこと、すべての品を毎日数えるのではなく、軍用物資や高価な品に対象を絞ったことが話された。

 最後に、城門、市場、大口の買い手が持つ記録を比べる試験と、ハイゼン方面との交易について説明する。

 ヨハンは成功した結果だけでなく、それに掛かった費用と増えた仕事も報告した。

「以上です」

 ヨハンが席へ戻る。

 ハインリヒは手元の報告書を見ながら、いくつかの数字を確認した。

「市場税を下げたにもかかわらず、二か月目には以前の税収に近づいた、と」

「はい。ただし、戦前の水準へ完全に戻ったわけではありません」

「商人の数が増え続ければ、いずれ上回る可能性は?」

「あります。しかし、周辺地域の収穫や街道の安全にも左右されます。税率だけで決まるとは考えておりません」

「標準箱は、今も市場のすべての取引で使われているのか」

「穀物については、原則として使わせています。少量の取引では袋のまま売買されることもあり、記録漏れが残っています」

「完全ではないということだな」

「はい」

 ヨハンがためらわず認めると、評議員の一人が口を開いた。

「完全でないものを、中央へ持ち込む必要があるのか」

 低い声の男だった。

 年齢は四十代半ばほどで、ほかの評議員より日に焼けている。資料には、ロタール・フォン・ブレヒトと記されていた。

「ヴァイスブルクで税収が戻ったからといって、全土の市場税を下げるつもりではあるまいな」

「本日は、その可否を話し合うために報告を求めた」

 ハインリヒが答えた。

「ならば、先に申し上げます。俺は反対です」

 室内の視線がロタールへ集まる。

「理由を聞こう」

「商人が通る街道と、そうでない街道がある。市場税を下げれば商人が来る土地もあれば、下げても誰も来ない土地もあります。収入だけを失う領主が出るでしょう」

 ロタールは卓上の報告書を指で叩いた。

「標準箱も同じです。大公都やヴァイスブルクのように穀物取引が多い町なら使える。しかし、山間の村へ同じ箱を作れと命じれば、職人と木材を使わせるだけになる」

「倉の照合については?」

 別の評議員が尋ねる。

「中央の倉ならできるでしょう。だが、小さな城の倉には、倉番が一人しかいないところもある。その者へ毎月すべてを数えろと命じれば、荷の受け入れも配給も止まります」

「すべてではなく、重要な物だけと報告されています」

「何を重要とするかを、中央が一律に決めることへ反対しているのです。海に近い土地と山の土地では、備える物が違う」

 ロタールの言葉には、新しい方法そのものを嫌う響きはなかった。

 心配しているのは、ヴァイスブルクで行われたことが、そのまま命令として地方へ下りることだった。

「以前、中央から穀物の備蓄量を増やせと命じた時、何が起きたか忘れたわけではありますまい」

 ロタールが続ける。

「不作の土地まで同じ量を集めさせた結果、農民が冬を越すための種麦まで倉へ運ばれた。翌年、改めて種麦を配るために、さらに多くの荷車と金を使った」

 アレクは手元の資料から顔を上げた。

 命令した側には、戦や飢饉へ備える目的があったはずだ。

 だが、土地ごとの収穫量を見ずに同じ量を集めれば、備蓄を増やすための命令が、次の収穫を減らすことになる。

 ロタールは、そのような失敗を繰り返すことを警戒していた。

「アルベルト殿下は、どのようにお考えです?」

 ハインリヒが尋ねる。

「ヴァイスブルクで行ったことを、そのまま全土へ命じるつもりはない」

 アルベルトは落ち着いた声で答えた。

「市場税を下げる判断も、標準箱を作る判断も、ヴァイスブルクの状況を見たうえで行った。別の土地なら、別の答えになるだろう」

「ならば、この報告を中央で扱う意味は何です」

 ロタールがアルベルトを見る。

「使えるところを選ぶためだ」

「誰が選びます?」

「それを今から話す」

 アルベルトはハインリヒへ視線を戻した。

「報告を求めたのは、お前だ。続けろ」

 ハインリヒはわずかに頷き、今度はアレクを見た。

「アレク・ハルトマン」

「はい」

 突然名前を呼ばれ、アレクは背筋を伸ばした。

「市場税の引き下げ、標準箱、橋の架け替え、倉の照合。最初の提案のいくつかは、お前が出したと報告されている」

「はい。ただし、実際に行える形へしたのは、アルベルト様やヨハンさん、ヴァイスブルクの役人や職人たちです」

「それも報告書に記されている。聞きたいのは、お前が今の反対意見をどう考えるかだ」

 評議員たちの視線が、アレクへ集まった。

 自分の案を否定されたのだから、守らなければならない。

 一瞬だけ、そのように考えた。

 だが、ロタールの話を聞くうちに、反対されているのはアレク自身ではないと分かっていた。

「ロタール殿の心配は、正しいと思います」

 アレクが答えると、数人の評議員が意外そうな顔をした。

「自分の提案を否定するのか」

 ロタールが尋ねる。

「ヴァイスブルクで行った方法を、そのまま大公国全体へ使うことには反対です」

「では、何のためにここへ来た」

「そのまま使わずに、役に立つ部分があるか確かめるためです」

 アレクはヨハンから教えられたことを思い出しながら言葉を続けた。

「市場税を下げたことと、標準箱を作ったことと、倉の中身を確かめたことは、別の話として考えるべきです。ヴァイスブルクでは同じ時期に行いましたが、すべてを一緒に広げる必要はありません」

「どれか一つだけを使うということか」

「はい。使う場所も、最初から全土にする必要はないと思います」

 ハインリヒが身を乗り出した。

「具体的には?」

「試す土地や倉を少しだけ選びます。どれくらいの期間行うのかを先に決めて、その間に何が変わったかを記録します」

「上手くいかなければ?」

「やめるか、方法を変えます」

「中央が一度出した命令を、簡単にやめられると思うのか」

 ロタールの問いに、アレクはすぐには答えなかった。

 命令を出した者は、自分の判断が間違っていたと認めたがらないかもしれない。現場も、一度始めた仕事を続けることが目的になってしまう可能性がある。

「だから、最初から試す期間を決めます」

「期間が終われば、自動的にやめると?」

「続けると改めて決めなければ、そこで終わるようにします。上手くいったという報告だけでなく、増えた仕事や掛かった費用も残してもらいます」

 アレクは南橋の工事を思い浮かべた。

「南橋では、最初に決めた場所へ橋を架けられませんでした。川底が柔らかかったからです。図の上では問題がなくても、実際に調べたら変えなければなりませんでした」

「橋と制度を同じにするのか」

「同じではありません。でも、最初に考えたとおりに進まないことは同じだと思います」

「それで?」

「橋の位置を変えた後、長い荷車が曲がれるか実際に動かしました。最初の道では曲がれなかったので、さらに変えました。制度も、使う人に無理がないか確かめる必要があります」

 ロタールは黙ってアレクを見ている。

「中央の者だけで決めず、試す土地の役人や商人、職人に、何が困るのかを聞きます。ヴァイスブルクで上手くいった方法でも、その土地に合わないなら使わない。それなら、試す意味はあると思います」

「商人も職人も、自分に都合のよいことしか言わないかもしれんぞ」

「だから、言われたとおりにするのではなく、理由を聞きます。橋へ金を出したくない商人もいました。でも、新しい通行税を四年間設けない条件なら払うと言いました」

「相手に利益を与えて動かしたのか」

「はい。村には現金ではなく人手を出してもらい、その代わりに薪を取れる量を増やしました。同じ負担を全員へ求めたわけではありません」

 ハインリヒは書記へ目を向けた。

「今の発言を残せ」

 書記が素早く筆を動かす。

 アレクは自分の言葉が中央の記録へ残されると知り、急に喉が乾いた。

「ヨハン殿」

 ハインリヒが呼ぶ。

「はい」

「ヴァイスブルクでは、倉の照合をどの程度の期間行う予定だ」

「月に一度を三か月続けます。その後、見つかった差と作業に掛かった人数を確認します」

「対象は?」

「軍用の小麦、塩、干し肉です。薬や高価な品は、出し入れのたびに別の記録を残します」

 ハインリヒは中央の倉を担当する評議員へ顔を向けた。

「大公都の軍用倉で、同じ試験はできるか」

「すべての倉では難しいでしょう。一棟だけなら可能です」

「対象を小麦と矢に絞れば?」

「小麦は標準箱へ換算できます。矢は十本ごとの束で数えておりますので、現物との照合は可能です。ただし、矢羽の傷みや折れたものをどう扱うか決める必要があります」

「それも記録すればよい」

 別の評議員が言った。

「記録を増やしすぎれば、倉番の仕事が止まるという話をしていたところでしょう」

 ロタールがすぐに口を挟む。

「傷んだ矢を一本ずつ書かせる必要はありません」

 アレクが言うと、再び視線が集まった。

「では、どうする」

「一定以上の数が傷んでいた時だけ理由を残します。何本からを記録するかは、倉を使っている人に決めてもらったほうがいいと思います」

「また現場へ任せるのか」

「中央で決めても、普段どれくらい傷むのか分からないので」

 軍用倉を担当する評議員が頷いた。

「十本の束が一つ使えなくなった時を基準にすれば、数えやすい」

「それなら倉番にも説明できます」

 ハインリヒは全員の意見を聞き、最初の決定をまとめた。

 大公都にある軍用倉の一棟で、小麦と矢を対象に、帳簿と現物を照合する。

 期間は三か月。

 毎月一度だけ数え、数字の差だけでなく、作業に使った人数と時間も記録する。

 小さな損失をすべて書かせることはせず、定めた量を超えた破損や腐敗だけ理由を残す。

 三か月が終わった時点で、家政評議会が結果を確認する。続けると決めなければ、その試験は終了する。

「これなら反対はないか」

 ハインリヒが尋ねる。

「大公都の倉一棟に限るなら」

 ロタールが答えた。

「ただし、この結果だけで地方の倉へ一斉に命じることには反対します」

「その時は、改めて評議を開く」

「承知しました」

 次に標準箱について話し合われた。

 大公都では、すでに複数の商人組合が異なる箱を使っている。ヴァイスブルクより取引量が多いため、急に一つへ統一すれば、新しい箱を大量に作る必要があった。

 古い箱を使えなくすれば、商人の損失も大きい。

 そのため、すぐに統一する案は退けられた。

 まず、穀物取引の多い市場を一か所選び、商人組合と職人へ必要な費用を出させる。既存の箱を捨てさせず、大公家が認めた標準箱との違いを示す印をつける方法も検討する。

 実施するかどうかは、商人と市場役人の意見を聞いた後に決めることになった。

 市場税については、中央から一律に下げる命令を出さない。

 町ごとの税収、街道、商人の数、扱う品を調べ、領主や代官が必要と判断した場合だけ、期限を定めて試す。

「結局、ヴァイスブルクの制度を、そのまま採用したものは一つもないな」

 評議員の一人が言った。

「それでよい」

 ハインリヒが答えた。

「我々が採用したのは、ヴァイスブルクの税率でも箱でもない。小さく試し、結果と費用を記録してから次を決める方法だ」

 アレクは、その言葉を聞いて初めて、自分たちが中央へ持ち込んだものが何だったのか分かった気がした。

 橋そのものを運んできたわけではない。

 標準箱を大量に持ってきたわけでもない。

 現地で問題を見つけ、話を聞き、できる範囲で試し、上手くいかなければ変える。

 ヴァイスブルクで繰り返してきた、その進め方が中央へ届いたのだった。

 評議は昼を過ぎても続いた。

 街道の修理費、冬に備えた穀物の備蓄、河川輸送の通行料など、アレクが知らない問題が次々に話し合われる。

 一つの議題でも、土地や立場によって意見が違った。

 財政を預かる者は費用を心配し、軍を預かる者は必要な物資が不足することを恐れる。土地を管理する者は農民の負担を考え、街道を管理する者は荷車と人足の確保を求めた。

 誰か一人の意見だけで、すべてを決めることはできない。

 アルベルトがヴァイスブルクで多くの者へ問いかけていた理由も、少し分かった。

 夕方近くになり、ハインリヒが評議の終了を告げた。

「本日決めた試験については、明日中に書状を出す。担当者は必要な人員と費用をまとめて提出せよ」

 評議員たちが席を立つ。

 アレクも立ち上がろうとしたところで、アルベルトが隣から声を掛けた。

「どうだった」

「疲れました」

「感想はそれだけか」

「皆、同じ大公国のことを話しているのに、心配していることが違いました」

「それが分かったなら十分だ」

「俺の話、おかしくなかったですか」

「少し長かった」

「やっぱり」

「だが、必要なことは話せていた」

 アルベルトはそれだけ言うと、ハインリヒに呼ばれて部屋の奥へ向かった。

 アレクはヨハンとともに資料を集める。

「ヨハンさん」

「何です?」

「数字を聞かれませんでした」

「聞かれたのは私ですからな」

「昨日、覚えなくてよかった」

「だから言ったでしょう」

「途中で何度か、助けてくれるかと思って見たんですけど」

「自分で答えられていたので、必要ないと判断しました」

「少しくらい頷いてくれてもよかったのに」

「評議中に何度もこちらを見ないでください」

「緊張してたんですよ」

「知っています」

 ヨハンは最後の帳簿を閉じた。

「それでも、反対意見を聞けたことは評価します」

「ロタール殿の話が正しいと思ったので」

「自分の案を通すことより、使えるものにすることを優先できた。それでよいのです」

「褒められました?」

「半分は」

「残りの半分は?」

「もっと短く話せるようにしてください」

「やっぱり長かったんだ」

 評議室を出ると、廊下の先にロタールが立っていた。

 ほかの評議員はすでに帰り始めている。ロタールは壁際で書類を読んでいたが、アレクたちに気づくと紙を畳んだ。

「アレク・ハルトマン」

「はい」

「少し話せるか」

 アレクはヨハンを見た。

「私は先に資料を置いてきます」

「一緒にいてくれても」

「呼ばれたのは、あなたです」

 ヨハンは帳簿を抱え、そのまま廊下を進んでいった。

 アレクはロタールの前へ向き直る。

「何でしょうか」

「俺が、お前の案に反対したことを怒っているか」

「いいえ」

「本当か?」

「最初は少しだけ、自分のしたことを否定されたように思いました。でも、話を聞いたら違うと分かりました」

「俺は、新しい方法が嫌いなわけではない」

「はい」

「中央の決定は、書状一枚で地方へ届く。だが、その命令を実行するのは、現地の役人と領民だ。中央で簡単に決めたことほど、遠い土地では重い負担になる」

 ロタールは評議室の扉へ目を向けた。

「先ほど話した備蓄の件では、俺の管理する土地でも種麦が不足した。中央へ事情を伝えたが、最初の返事は命令どおり集めろというものだった」

「その後は?」

「冬になる前に命令は変わった。だが、すでに倉へ運んだ穀物を村へ戻すため、もう一度荷車と人足を集めることになった」

「最初に土地ごとの収穫を聞いていれば、必要なかった」

「そうだ」

 ロタールはアレクを見た。

「反対する者がいなければ、決める者は、自分の考えに何が足りないのか気づけない」

「でも、反対ばかりでは何も決まらないのでは?」

「だから、代わりの方法を出したお前の話を認めた」

「認めてくれたんですか」

「大公都の倉で試すことにはな」

「地方へ広げる時は?」

「結果と方法を見てからだ」

「厳しいですね」

「領民の種麦を二度も運ばせるよりはよい」

 アレクには反論できなかった。

「一つ聞きたい」

 ロタールが続ける。

「お前は、なぜ自分の案をそのまま通そうとしなかった」

「南橋で、最初の案どおりに進まなかったからです。川底を見ずに橋を架けていたら、完成した後で沈んでいたかもしれません」

「それだけか」

「それと、ヴァイスブルクへ来る途中で、いくつもの村を見ました。麦を売る村もあれば、木材や葡萄酒を運ぶ村もありました。同じ方法が全部に合うとは思えませんでした」

「街道を見ていたのか」

「はい」

「大公都の建物ばかり見ている小姓よりは、役に立ちそうだ」

「褒めています?」

「半分はな」

 ロタールはそう言うと、アレクの返事を待たずに歩き去った。

 夜、アレクは大公家の城にある小さな食堂へ呼ばれた。

 室内にはアルベルト、エリーゼ、ゲオルク、ヨハンがいる。評議を終えた後の簡単な食事で、昼間のような正式な席ではなかった。

「どうでしたか?」

 アレクが席へ着くと、エリーゼがすぐに尋ねた。

「何とか終わったよ」

「服も汚していませんね」

「そこを最初に見るの?」

「朝、とても心配していたでしょう」

「食事が出なかったから大丈夫だった」

「今から出ます」

 エリーゼが卓上の煮込み料理を示す。

「着替えてくればよかった」

「もう遅いですね」

 アレクは上着へ汁を飛ばさないよう、普段より慎重に匙を持った。

「評議で何を決めた」

 ゲオルクが尋ねる。

「大公都の軍用倉で、小麦と矢を三か月だけ数えることになりました。あと、標準箱を試せる市場があるか、商人たちに話を聞きます」

「それだけか?」

「市場税は、全部の町で下げません。土地ごとに違うので」

「随分小さな決定だな」

「はい」

 アレクは正直に頷いた。

「ヴァイスブルクでしたことが中央へ届いたと聞いた時は、もっと大きなことになるのかと思っていました。でも、倉一棟からです」

「不満か?」

 アルベルトが尋ねる。

「少しだけ。でも、今はそれでよかったと思っています」

「なぜだ」

「失敗しても、大公都全部の倉が混乱するわけではありません。三か月後に役に立つと分かったら、その時に増やせます」

「ならば十分だ」

「十分ですか?」

「種を一つ持ち込んだからといって、明日には森にならん」

 アルベルトは葡萄酒の杯を置いた。

「どの土に植えれば育つのかを確かめるところから始めるものだ。合わない土地へ無理に植えれば、芽も出ずに終わる」

「ヴァイスブルクで育ったものが、ここでも育つとは限らない」

「そういうことだ」

 アレクは窓の外へ目を向けた。

 大公都の町には、夜になっても多くの明かりが見える。

 その一つ一つの下で、人が働き、食事をし、荷を数え、明日の支度をしている。

 評議室で決めた試験も、実際に行うのは中央の倉で働く者たちだった。

「でも」

 エリーゼが言った。

「芽が出るかもしれないのでしょう?」

「三か月後には分かると思う」

「なら、楽しみに待てばよいではありませんか」

「エリーゼは簡単に言うなあ」

「アレクは難しく考えすぎるのです」

「その二人の間くらいが、ちょうどよいのかもしれんな」

 アルベルトの言葉に、エリーゼは首を傾げ、アレクは小さく笑った。

 翌朝、大公都の軍用倉へ向けて、一通の命令書が運び出された。

 そこに記されているのは、大公国全体を変える大きな命令ではない。

 一棟の倉で、小麦と矢を三か月間確かめる。

 違いがあれば理由を調べ、掛かった人手と時間を記録する。

 それだけだった。

 しかし、ヴァイスブルクの市場や橋、倉で積み重ねた考えは、確かに中央へ届いていた。

 まだ芽を出すかも分からない、小さな種として。

第十三話を読んでいただき、ありがとうございました。

ヴァイスブルクで行った方法をそのまま広げるのではなく、土地の事情を聞き、小さく試して結果を確かめることになりました。

反対意見も取り入れながら中央へ届いた小さな種が、これからどのような芽を出すのか。次回は、その変化を描いていきます。


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