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『知らない世界の知っている物語』 ~剣と知識を授かった平凡な会社員は、異世界の乱世を生き抜く~  作者: 相田 ソウ
第二篇 乱世に蒔く種

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第五話 第二次ヴァイスブルクの戦い(中)

ベルン軍はヴァイスブルクを目前にしながら、城を攻めようとしない。


動かない本隊。

途絶えた北東からの連絡。

そして、予定通りに到着しない援軍。


フリードリヒが狙うのは城なのか、それとも別の何かなのか。


その答えは、アレクがこの世界で最初に暮らした場所――ラーデンへと繋がっていく。

 パチッ。

 パチパチ……。

 薪が爆ぜる音だけが、夜の陣地に小さく響いていた。

 第二次ヴァイスブルクの戦い、第一日目の夜。

 俺たちはヴァイスブルク南側の丘陵地に陣を置いていた。

 昼間の戦いでは、アルベルトが仕掛けた策をフリードリヒに読み返された。

 こちらの戦死者は六十三名。負傷者は百四十名を超え、特に北側へ配置していた弓兵隊の損害が大きかった。

 一方、ベルン軍は中央街道の確保に成功している。

 ヴァイスブルクへ向かうには、これ以上ない位置だ。

 それなのに、ベルン軍は城を攻めなかった。

「……何でだ」

 俺は地面に広げた地図を睨んでいた。

 中央街道を押さえたベルン軍。その東にはヴァイスブルクがあり、俺たちは南側の丘陵地へ退いている。

 何度見ても、城を攻めない理由が分からない。

「まだ考えてるのか?」

 声に顔を上げると、トーマスが木の椀を二つ持って立っていた。

「うん」

「飯」

「ありがとう」

 受け取った椀には薄いスープ。その横には黒パンがあった。

 昼から何も食べていない。

 腹は減っているはずなのに、地図の方が気になった。

「食えよ」

「分かってる」

 一口飲む。

「……美味しくない」

「贅沢言うな」

「いや、これは本当に美味しくない」

「俺もそう思う」

「思うんじゃん」

 二人で少し笑った。

 だが、俺の視線はすぐ地図へ戻る。

「何がそんなに気になるんだ?」

「全部」

「それじゃ分からん」

「俺も分からん」

「じゃあ寝ろ」

「寝たら分からないままだろ」

「考えても分からないなら同じじゃないか?」

「……」

 こいつ、たまに正論を言う。

「アレク」

「ん?」

 トーマスの顔から笑いが消えた。

「お前さ、最近何でも自分で分からないと気が済まなくなってないか?」

「……そう?」

「ああ」

「前からじゃない?」

「前はもっと馬鹿だった」

「喧嘩売ってる?」

「褒めてる」

「どこが?」

「半分」

「お前までそれ言うな」

 トーマスが笑った。

「でも、無理するなよ」

「……」

「昼間だって、また前へ出てただろ」

「出てない」

「出てた」

「ゲオルクさんに怒られる前には戻った」

「怒られてただろ」

「……」

 反論できない。

「死ぬなよ」

 トーマスが静かに言った。

「……お前もな」

「ああ」

 トーマスは立ち上がる。

「飯は食え」

「分かった」

 俺は離れていく背中を見送り、もう一度地図へ目を落とした。

 ベルン軍はヴァイスブルクを攻めない。

 なぜだ。

 昼間、アルベルトは言った。

『本当に欲しいのがヴァイスブルクとは限らん』

 なら、フリードリヒは何を欲しがっている?

「……」

 答えはまだ見えない。

 俺は考えながら、硬い黒パンを齧った。


 ◇ ◇ ◇


 同じ頃。

 ヴァイスブルクの北東に広がる森では、月明かりすら届きにくい木々の間を大勢の兵士が進んでいた。

 ザッ、ザッ、ザッ……。

 ベルン軍の別働隊、一千。

「声を出すな。松明は最小限にしろ。列を切らすな」

 低い声で命令が伝えられていく。

 先頭を進んでいるのは、三十代半ばの騎士、ディートリヒ・フォン・ハーゲン。

 フリードリヒから別働隊一千を預けられた指揮官だった。

「現在地は?」

「この谷です」

 副官が小さな地図を開いた。

「予定より半刻ほど遅れております」

「原因は?」

「荷車です。道が悪く、車輪を取られています」

「捨てろ」

「しかし、兵糧が」

「二日分だけ兵に持たせろ。残りは置いていく」

「……よろしいのですか?」

「我々の仕事は占領ではない」

 ディートリヒは地図の一点を指した。

 ラーデン街道。

「ここを三日維持できればいい」

「三日?」

「ああ。その間に本隊がヴァイスブルクを孤立させる」

「……」

「荷車のせいで夜明けに間に合わなければ、すべて無意味だ。捨てろ」

「はっ!」

 命令が後方へ伝わる。

「荷車を捨てろ!」

「兵糧は一人二日分!」

「余分な荷は置いていけ!」

 ザワッと兵士たちが動き出す。

 ディートリヒは森の向こう、東の暗闇へ目を向けた。

「夜明けまでに街道へ出る」

 その行軍を、まだアルヴェイン側は誰も知らなかった。


 ◇ ◇ ◇


 夜半。

「軍議を始める」

 アルベルトの言葉で、天幕の中が静かになった。

 中央には地図。

 集まっているのはアルベルト、ゲオルク、オットー、各隊の指揮官。そして俺だ。

「敵の状況は?」

「はっ。ベルン本隊は中央街道上で陣地構築を続けています。兵数に大きな変化はなく、砲四門も確認しております」

「ヴァイスブルクへ向けて動く様子は?」

「ありません」

「北は?」

「騎兵の一部が警戒中です。南は斥候のみ」

 アルベルトが腕を組んだ。

「やはり動かんか」

「はい」

「こちらは?」

 ゲオルクが答える。

「現在、野外で戦闘可能なのはおよそ千八百。負傷者まで含めれば二千弱です。ヴァイスブルク城内には千三百」

「夕刻までに到着する予定だった援軍五百は?」

「三百二十が到着しました。残りはまだです」

「理由は?」

「不明です」

 俺は顔を上げた。

「その援軍って、どこから来る予定だったんですか?」

「北東だ。アルテン、リューネ、ラーデン周辺から集まる兵だ」

「……ラーデン」

 思わず手が止まる。

「遅れてる?」

「ああ。予定なら日没前には全員到着しているはずだ」

「連絡は?」

「ない」

 胸の奥に、小さな違和感が生まれた。

 アルベルトが斥候隊長を見る。

「他に報告は?」

「特にはございません」

「本当に?」

 思わず俺が口を挟む。

「何だ、アレク」

「北東からの報告って、今日どれくらい来てます?」

「伝令か?」

「はい」

 ゲオルクが少し考えた。

「言われてみれば少ないな」

「最後は?」

 斥候隊長が答える。

「昼過ぎです。それ以降、北東方面から来た伝令はおりません」

「……」

 嫌な感覚が、少しずつ大きくなっていく。

「殿下」

「何だ」

「北東で何か起きてません?」

「理由は?」

「まだ分かりません。でも、援軍が来ない。伝令も来ない。それにベルン軍は、城を攻められる位置にいるのに動いていない」

 アルベルトの目が細くなる。

「続けろ」

「もしフリードリヒの目的がヴァイスブルクじゃないなら……他に何がある?」

 地図を目で追う。

 北東。

 街道。

 ラーデン村。

 その先にはアルヴェインブルク。

「……街道」

 指が止まった。

「ラーデン街道」

 ゲオルクの表情が変わる。

「まさか」

 オットーも地図へ身を乗り出した。

「ここを切られれば、ヴァイスブルクからアルヴェインブルクへの最短路が使えません」

「補給は?」

「南へ大きく迂回することになります。日数は通常の倍近く」

「……」

 アルベルトは黙ったまま地図を見ている。

「敵は、ヴァイスブルクを落とさなくてもいい?」

 俺が呟く。

「街道さえ切れば、城を孤立させられる……」

 天幕の中が静まり返った。

「伝令!」

「はっ!」

「北東へ騎兵を出せ。街道、北の林道、南の農道へ各二騎。敵を見つけても戦うな。確認したらすぐ戻れ」

「はっ!」

 伝令が走っていく。

 俺は地図上のラーデン村から目を離せなかった。

「……マルセル神父」

「何?」

 ゲオルクが聞く。

「いや、何でもないです」

 もし敵がラーデン街道を狙っているなら、ラーデン村はすぐ近くだ。

 嫌な予感が止まらなかった。


 ◇ ◇ ◇


 夜明け前。

 ラーデン村はまだ静かだった。

 教会ではマルセル神父が一本の蝋燭を頼りに書物を読んでいる。

「……歳だな」

 細かな文字へ目を細め、自嘲気味に笑った。

 その時。

 カラン……。

 外から小さな音がした。

「……?」

 顔を上げる。

 もう一度。

 カラン。

 家畜が落ち着きを失っている。

「何だ?」

 マルセルは立ち上がり、教会の扉を開けた。

 ギィ……。

 冷たい夜気が流れ込んでくる。

 村はまだ暗い。

 だが、遠くの森から何かが聞こえていた。

 ザッ。

 ザッ。

 ザッ。

 一定の間隔で続く音。

「……人か?」

 耳を澄ます。

 数人ではない。

 もっと多い。

「まさか……」

 マルセルは教会へ戻り、鐘の縄を掴んだ。

 ゴォン――!

 鐘の音が村中へ響く。

 ゴォン――!

「起きろ! 皆、起きろ!」

 家々に明かりが灯り始める。

「何だ!?」

「神父様!?」

「兵が来る!」

「どこの兵です!?」

「分からん!」

 ゴォン――!

 ゴォン――!

 その時、森の奥から先頭の兵士たちが姿を現した。

 小さく掲げられた旗。

 そこにある紋章を見て、マルセルの表情が強張る。

「……ベルン」

 村人たちが騒ぎ始める。

「逃げろ!」

「東へ!」

「家財は捨てろ!」

「子供を連れて行け!」

「待て!」

 マルセルが叫ぶ。

「街道へ出るな!」

「なぜです!?」

「兵が狙っているのが街道なら、そこへ出れば巻き込まれる! 畑を抜けて東の林へ行け!」

 村人たちが動き始めた。

 その間にも、ベルン兵の足音は近づいてくる。

 ザッ、ザッ、ザッ……。

 先頭のディートリヒが馬上から村を見る。

「村が気づきました」

 副官が告げる。

「構わん」

「追いますか?」

「不要だ。命令を忘れたか」

「……略奪禁止。民への攻撃禁止」

「そうだ。我々の目的は街道だ。村に用はない」

 ディートリヒが声を張る。

「第一隊は北側へ! 第二隊は南側! 第三隊、木を倒して道を塞げ! 急げ!」

「はっ!」

 ザザザザッ!

 兵士たちが村の周囲を駆け抜けていく。

 村人は怯えているが、ベルン兵は剣を向けない。

 教会前に立つマルセルの前で、ディートリヒが馬を止めた。

「神父」

「……」

「村人を家へ戻せ。我々は村を焼かん。略奪もしない」

「信じろと?」

「信じなくていい。ただ、こちらの邪魔をしなければ誰も殺さん」

 マルセルは馬上の男を見上げた。

「何のために、この道を?」

「答える必要はない」

「戦ですか」

「……」

「また戦なのですか」

 ディートリヒは一瞬だけ黙った。

「そうだ」

「そうですか」

 マルセルは小さく息を吐いた。

「なら、また若者が死ぬ」

「……」

「あなたも、その一人にならぬよう気をつけなさい」

 ディートリヒが少し目を細める。

「変わった神父だ」

「よく言われます」

「……街道へ近づくな」

 ディートリヒは馬を進めた。

 マルセルはその背中を見送り、小さく呟く。

「アレク……お前は無事なのだろうな」


 ◇ ◇ ◇


 夜が明ける頃には、ラーデン街道はベルン軍一千によって完全に押さえられていた。

「木を倒せ!」

 ミシッ。

 ミシミシミシ……。

「離れろ!」

 バキバキバキッ!

 ズズゥゥン!

 大木が街道へ倒れる。

「次だ! 柵を作れ! 土を盛れ!」

「弓兵は丘へ!」

「槍隊は東西両方向を警戒!」

 ザッ、ザッ、ザッ!

 一千の兵が次々と動き、短時間で街道に防御陣地が作られていく。

 倒木。

 荷車。

 土嚢。

 杭。

 簡易防壁。

「伝令!」

「はっ!」

「本隊へ報告。ラーデン街道確保、予定通り」

「承知!」

 パカラッ!

 一騎が西へ走っていく。

 その頃、反対側の森では二騎のアルヴェイン斥候が木陰から敵陣を見ていた。

「……まずいな。千はいる」

「ああ。戻るぞ」

「待て。街道は使えない。南へ回る」

「分かった。急ごう」

 二騎が方向を変える。

 パカラッ!

「騎兵! 西側です!」

「追いますか!」

 ディートリヒは首を振った。

「不要だ」

「しかし、報告されます」

「されるだろう」

「なら……」

「構わん」

 ディートリヒは完成しつつある防壁を見る。

「気づいた頃には遅い」


 ◇ ◇ ◇


 朝。

「報告――!」

 馬がアルヴェイン軍陣地へ飛び込んできた。

 パカラッ!

「殿下! 北東方面より報告!」

 アルベルトが天幕から出る。

「言え!」

「ベルン軍の別働隊を確認! 数はおよそ一千!」

「位置は!」

「ラーデン街道です! 既に占拠されています!」

「……」

 胸が強く鳴った。

「ラーデン村は!?」

 俺は思わず叫ぶ。

 斥候がこちらを見る。

「村?」

「村はどうなった!」

「そこまでは確認できません!」

「煙は?」

「……ありません。火災は確認しておりません!」

「……」

 少しだけ息が戻る。

 だが安心はできない。

「殿下」

「分かっている」

 アルベルトが地図を広げた。

「やはり街道だった」

 ゲオルクが問う。

「すぐ兵を出しますか?」

「待て」

「しかし敵は一千です」

「こちらから千を出せば、フリードリヒ本隊が動く」

 ベルン本隊にはまだ三千近い兵が残っている。

 対して、こちらの野外兵力は千八百。城内には千六百余。

「じゃあ、動けない?」

「それが奴の狙いだ」

 ヴァイスブルクを守る必要がある。

 ラーデン街道も取り返さなければならない。

 だが、両方へ十分な兵を出せるほど余裕はない。

「敵は街道をどれくらい固めています?」

 ゲオルクが斥候へ尋ねる。

「倒木、柵、簡易土塁。弓兵を高所へ置いております。既に防御陣地を構築中です」

「正面から行けば被害が出るな」

「はい」

「迂回路は?」

「北は丘陵、南は森。小部隊なら通れるかもしれませんが、大軍は難しいでしょう」

 アルベルトが黙った。

 俺は地図を見る。

 中央街道にフリードリヒの本隊。

 北東のラーデン街道にはディートリヒの別働隊。

 その間にヴァイスブルクと俺たちがいる。

 二つの問題を同時に押しつけられている。

 日本史にも、似た状況はいくらでもあった。

 支城。

 補給路。

 後詰。

 別働隊。

 だが、歴史を知っているからといって、その答えをそのまま今の戦場へ持ってこられるわけではない。

『知識は道具だ』

 神の言葉が頭に浮かんだ。

 なら、その道具をどう使うかを考えるしかない。

「……殿下」

「何だ」

「敵は、俺たちがラーデン街道を取り返しに行くと思ってますよね」

「ああ」

「だから本隊がここにいる」

「ああ」

「じゃあ、こっちを動けなくしたら?」

 俺はベルン本隊を指した。

 アルベルトが俺を見る。

「どうやって?」

「……」

 そこを考える。

 敵は約三千。砲四門。

 正面からまともにぶつかれば厳しい。

 だが、こちらには野外の千八百に加えて城兵がいる。

「城兵を全部は出せない。でも、一部なら出せますよね?」

「五百程度なら出せる」

「じゃあ、今の千八百と合わせて二千三百。それを全部、敵の前に見せる」

 アルベルトの目が細くなった。

「続けろ」

「攻めるふりをする」

 一度そう言ってから、首を振る。

「いや……ふりじゃ駄目だ。本気で一度ぶつかる」

 ゲオルクが察した。

「その間に別の部隊を北東へ出すのか?」

「はい」

「何人だ」

「多ければフリードリヒに気づかれる。でも三百じゃ少ない。五百くらい」

「五百で一千の防御陣地へ?」

「正面からは無理です」

 俺はラーデン村の北側を指した。

「村の北に、古い炭焼き道があるはずです」

 アルベルトが聞く。

「知っているのか?」

「村にいた時に聞きました。荷車は通れない。馬も場所によっては難しい。でも人なら通れる」

 ゲオルクが地図を見る。

「敵の側面へ出られるか?」

「たぶん」

「たぶん?」

「実際に全部歩いたわけじゃありません」

「……」

「でも、一千の防御陣地へ正面から突っ込むよりは可能性がある」

 アルベルトはしばらく黙っていた。

「五百を誰が率いる?」

「……」

 俺が口を開こうとした瞬間。

「お前は駄目だ」

「まだ何も言ってない!」

「顔に書いてある」

「でも俺、ラーデンなら」

「村までは知っている。炭焼き道を全部知っているわけではないだろう」

「……」

「それに、お前には別の仕事がある」

「何です?」

「私と一緒に、フリードリヒを騙す」

「……」

 少しだけ背筋が冷えた。

「どうやって?」

「今考える」

「今から!?」

「お前も考えろ」

「結局それ!」

 アルベルトの表情は、もう戦う者の顔へ変わっていた。

「ゲオルク」

「はっ」

「五百選べ。軽装で、山歩きに慣れた者を優先しろ。指揮はオットー」

「私が?」

「ヴァイスブルク周辺の地理は、お前が一番詳しい」

「……承知しました」

「敵を倒す必要はない。街道を開け。それだけだ」

「はい」

「アレク」

「はい」

「お前は私と来い」

「どこへ?」

 アルベルトは剣を取った。

「フリードリヒの前だ」

「……」

「奴に、我々が焦っていると思わせる」

「どうやって?」

「簡単だ」

「?」

「本当に焦ったように攻める」

「……それ、危なくない?」

「ああ」

「ですよね!?」

「だから死ぬな」

「軽い!」


 ◇ ◇ ◇


 午前。

 ベルン本陣。

「敵軍、動きます!」

 伝令の声にフリードリヒが馬上から顔を上げる。

「数は?」

「二千以上! ヴァイスブルクからも兵が出ています!」

「方向は?」

「こちらへ!」

 コンラートが笑った。

「かかりましたな」

「まだだ」

 フリードリヒは遠くのアルヴェイン軍を見る。

 旗が多い。

 兵が中央へ集まりつつある。

「ラーデン街道を知られた」

「はい」

「焦った」

「そうでしょう」

「……」

 フリードリヒの目が細くなった。

「アルベルトが、あれほど分かりやすく焦るか?」

「……では罠でしょうか」

「分からん」

「……」

「だから面白い」

 フリードリヒは即座に命じた。

「全軍、防御配置。砲兵を前へ」

「騎兵は?」

「動かすな。北東への道を警戒させろ」

 コンラートの表情が変わる。

「アルベルトなら何か出す、と?」

「ああ。見つけろ」

「はっ!」

 ブオォォォ――!

 角笛が鳴り、ベルン軍が陣形を整える。

 ガチャガチャガチャ!

 槍と盾が前へ並び、四門の砲が引き出されていく。

 フリードリヒは迫ってくるアルヴェイン軍を見据えた。

「さあ、アルベルト。今度は何をする」


 ◇ ◇ ◇


「止まるな! 前へ!」

 ザッ!

 ザッ!

 ザッ!

 二千三百の兵が前進する。

 ドドドドドド……。

 大人数の足音が重なり、地面が低く震える。

 槍が揺れ、旗がはためき、鎧の金属音が絶え間なく続く。

 前方にはベルン軍三千弱。

 その前に四門の砲。

「……」

 喉が乾く。

「殿下」

「何だ」

「本当に攻めるんですか?」

「ああ」

「どこまで?」

「敵が、我々を本気だと思うところまでだ」

「それ、どこです?」

「知らん」

「知らないの!?」

「敵に聞け」

「無茶苦茶だ!」

 アルベルトが笑う。

「アレク」

「はい」

「戦場で一番騙しにくいものは何だと思う?」

「何です?」

「命だ」

「……」

「本当に兵が死ぬ場所を見れば、人はそれを囮だとは考えにくい」

 つまり、本当に戦う。

 死者も出る。

 その時間を使って、オットー率いる五百がラーデンへ向かう。

「……戦争って、やっぱり嫌だな」

「何か言ったか?」

「何でもないです」

「弓兵、前へ!」

 ザッ!

 三百の弓兵が進む。

「構え!」

 ギリギリギリ……。

 弦が引き絞られる。

「放て――!」

 ヒュン!

 ヒュヒュヒュヒュン!

 無数の矢が空へ上がる。

「盾!」

 ガガガガガッ!

「撃ち返せ!」

 ベルン側からも矢が飛ぶ。

「盾を上げろ!」

 ガガガガッ!

「ぐあっ!」

 すぐ横で一人が倒れる。

「前進!」

 ザッ!

 ザッ!

 ザッ!

 距離が縮まる。

 ベルン軍の砲兵が動く。

「装填!」

 砲口がこちらを向いた。

「殿下」

「ああ」

「来るぞ」

「散開準備!」

 砲手が火を近づける。

 ジュッ。

「撃て――!」

 ドォン――!!

 ドォン!

 ドォン!

 ドォン!

 空気そのものに殴られたような衝撃が走る。

「散れ――!」

 ヒュゥゥゥン!

 ズドォォン!

 土と人が跳ねた。

「うわあああっ!」

「ぐっ!」

 耳の奥でキーンという音が続く。

 土煙が顔へ降りかかる。

「アレク!」

 アルベルトが何か叫んでいる。

「何!?」

「前だ!」

 ようやく聞こえた。

 ベルン兵が槍を構えて迫っている。

「構え――!」

 ガチャァァァン!

 アルヴェイン槍兵が一斉に槍を下げる。

 俺も剣を抜く。

 シャッ――!

「押せぇぇぇぇ!」

「オオオオオオオッ!」

 両軍が走る。

 ドドドドドドドド!

 五十。

 三十。

 二十。

 十。

 そして――。

 ガァァァァン!!

 人と人。

 槍と盾。

 鎧と鎧が、真正面から激突した。


 ◇ ◇ ◇


 その頃、北の森ではオットー率いる五百がラーデンへ向かっていた。

「止まれ」

 オットーが手を上げると、兵たちが一斉に止まった。

「道は?」

 案内役の地元猟師が前を指す。

「この先です。ただ、途中に崖があります」

「兵は通れるか?」

「一列なら」

 オットーは後ろの五百を振り返った。

 一列で進めば時間がかかる。

「他の道は?」

「ありません」

 遠くから、ドォン――! と砲声が聞こえた。

 オットーは一瞬だけ西を振り返る。

 アルベルトたちが戦っている。

 自分たちのために時間を作っている。

「行くぞ。一列になれ。間隔を詰めろ。音を出すな」

「はっ!」

 ザッ、ザッ、ザッ……。

 五百の兵が森の奥へ消えていった。


 ◇ ◇ ◇


 ガン!

 ガキン!

 ガチャァン!

「押せ!」

「下がるな!」

「槍を入れろ!」

 剣を振る。

 ガキン!

 敵の剣を受け、押し返す。

 近い。

 相手の表情まで見える。

「くっ!」

 膝を入れる。

 敵の体勢が崩れた。

 剣を返す。

 ザシュッ!

「ぐっ!」

 倒れる。

「アレク!」

「はい!」

「右だ!」

 ゲオルクの声。

 右側でベルン兵が押し始めている。

「第三隊! 右へ! 穴を塞げ!」

「はっ!」

 ザッ!

 兵が動く。

 俺は一瞬、自分が命令を出したことに気づいた。

 前の戦では、こんな余裕はなかった。

 だが考えている暇はない。

「敵騎兵! 左!」

 ドドドドド!

「槍隊、左へ!」

 ガチャガチャ!

 槍の向きが一斉に変わる。

「止めろ!」

 ヒヒィィン!

 騎兵が突っ込んでくる。

 ガァン!

「ぐあっ!」

 兵士が一人、弾き飛ばされた。

「押し返せ!」

 少し前ではアルベルト自身も剣を振るっている。

「殿下! 前に出すぎです!」

「お前に言われたくない!」

「俺は最近気をつけてます!」

「嘘をつけ!」

「本当です!」

 こんな時に何を話しているんだと思う。

 それでも、一瞬だけ笑いそうになった。

 その瞬間。

 ドォン――!

「伏せろ!」

 ズドォン!

 左後方で土煙が上がる。

「殿下!」

「まだだ!」

「何が?」

「フリードリヒが騎兵を動かしていない!」

 敵後方を見る。

 二百ほどの騎兵がまだ待機している。

「北を警戒してる?」

「ああ」

「オットー隊に気づいてる?」

「可能性はある」

「じゃあ、見つかるかも」

「だから、もっとこっちへ意識を向けさせる!」

 アルベルトが敵兵の剣を弾く。

 ガキン!

「どうやって!?」

「押す!」

「単純!」

「単純なものほど効く!」

 アルベルトが剣を上げた。

「中央! 前へ――!」

「オオオオオッ!」

 ドドドドド!

 アルヴェイン軍が一歩押し込む。

「下がるな!」

「陣形維持!」

 遠く。

 フリードリヒが馬上からこちらを見ている。

 目が合った気がした。

 もちろん距離はある。

 それでも分かる。

 あいつも考えている。

 俺たちが何を隠しているのかを。

「殿下」

「何だ」

「フリードリヒ、気づきますよ」

「ああ」

「どれくらい時間を稼げば?」

「オットーが森を抜けるまでだ」

「それが分からない!」

「だから稼げるだけ稼ぐ」

「……」

 本当に、戦場は予定通りにはいかない。


 ◇ ◇ ◇


 正午。

 ベルン本陣。

「殿。敵の攻勢は強いです。しかし妙です」

 コンラートが戦場を見ながら言った。

「何がだ」

「アルベルトは勝とうとしていません」

 フリードリヒの目が細くなる。

「気づいたか」

「はい。押しては来ますが、こちらの陣を崩すほど兵を投入していない」

「つまり?」

「時間稼ぎです」

 フリードリヒは北を見る。

「騎兵二百を北へ。今すぐ出せ」

「しかし、本陣の護衛が薄くなります」

「構わん」

「……」

「アルベルトは私をここへ縛っている。なら、その間に何かが北を動いている」

「はっ!」

「騎兵、出ろ!」

 ブオォォォ――!

 角笛が響く。

 ドドドドド!

 二百騎が北へ走り始めた。

「殿下!」

「ああ」

「敵騎兵が動いた!」

「気づかれたな」

「どうします!?」

 アルベルトは即答した。

「追わせるな。こちらの騎兵三百を出せ!」

 旗が振られる。

 ブオォォォ――!

 アルヴェイン騎兵三百が北へ走る。

 ドドドドドド!

「追いつけ!」

「北へ行かせるな!」

 ベルン騎兵が後方を振り返った。

「敵騎兵!」

「来ます!」

「反転! 迎撃する!」

 ヒヒィィン!

 馬の向きが変わる。

 互いの槍が下がる。

「突撃――!」

「オオオオオオッ!」

 ドドドドドド!

 そして。

 ガァァァァン!!

 二つの騎馬隊が正面から激突した。

 馬が倒れ、人が投げ出され、槍と鎧の金属音が入り混じる。

「ぐあっ!」

「うわああっ!」

 北への道はそこで塞がった。

「これで少し時間ができた」

 アルベルトが呟く。

「あとはオットー次第だ」


 ◇ ◇ ◇


 その頃。

「急げ! もう少しだ!」

 オットー隊が森を抜ける。

 木々の向こうに光が見えた。

「止まれ!」

 オットーが姿勢を低くする。

 丘の下。

 そこにラーデン街道とベルン軍の防壁が見えた。

「いたな」

「正面に六百ほど。残りは東西の警戒に回っています」

「村は?」

「あちらです」

 ラーデン村の屋根が見える。

 煙も上がっている。

 少なくとも焼かれてはいない。

「よし」

 オットーは敵陣を観察した。

 こちらは五百。

 正面には六百。

 正面攻撃なら厳しい。

 だが今いるのは敵陣北側の側面。

 まだ発見されていない。

「第一隊百五十は、さらに東へ回れ。第二隊百五十はここで待機。残りは私と西へ」

「挟むのですか?」

「違う。道を開けさせる」

「どうやって?」

 オットーは敵陣の西を指した。

「退路を脅かす」

「……」

「あいつらの仕事は街道を守ることだ。死ぬことではない」

「なら、背後を取られたと思えば動く」

「そうだ。動いたところを叩く」

「はっ」

「行け」

 ザッ。

 兵たちが三方向へ分かれて森の中へ消えた。


 ◇ ◇ ◇


 午後。

「北に敵!」

 ラーデン街道のベルン兵が叫んだ。

「数は!」

「不明!」

「東にも敵影!」

「西にも!」

 ディートリヒが立ち上がる。

「囲まれた?」

 副官が聞く。

「違う。数は多くない。多く見せている」

「では、このまま守りますか?」

「……」

 ディートリヒは考えた。

 街道を守ることが任務。

 だが北から回り込まれ、西側の本隊との連絡を切られれば危険だ。

「第三隊百五十を北へ。第四隊百を西へ」

「待ってください。それでは正面が薄くなります」

「分かっている。しかし背後を取られる方がまずい」

 ザッ!

 ザッ!

 兵が移動する。

 防壁正面が薄くなる。

 森の中。

 オットーがその様子を見ていた。

「……動いた」

「今ですか?」

「まだだ」

 さらにベルン兵百が西へ移動する。

「今だ」

 オットーが剣を抜いた。

「第二隊、正面へ! 第一隊、東から出ろ!」

「全軍、突撃!」

「オオオオオオッ!」

 三方向からアルヴェイン兵が森を飛び出した。

「敵襲――!」

「北! 東! 正面!」

「戻れ!」

「陣形を作れ!」

 ベルン側に混乱が広がる。

「落ち着け!」

 ディートリヒが叫ぶ。

「敵は五百程度だ! こちらの方が多い! 防壁へ戻れ!」

 だが、一度分散させた兵はすぐには戻れない。

「正面! 柵を壊せ!」

「斧隊、前へ!」

 ガン!

 ガン!

 バキッ!

「弓!」

 ヒュン!

 ヒュヒュン!

「盾!」

 ガガガッ!

「押せ!」

 ザッ!

 ザッ!

 ガチャァァン!

 狭い街道で剣と槍と盾が激しくぶつかる。

 ガン!

 ガキン!

 バキッ!

「オットー様!」

「何だ!」

「村側から人が!」

「敵か!?」

「違います! 村人です!」

「……何?」

 ラーデン村から十数人の男たちが走ってくる。

 斧や鍬を持っている。

 その先頭にいたのはマルセルだった。

「神父!? 何をしている! 下がれ!」

 オットーが叫ぶ。

 だがマルセルは止まらない。

「街道の脇に古い水路があります!」

「……!」

「柵の東側です! あそこは土が柔らかい! 崩せば水が入る!」

 オットーが見る。

 防壁東側。

 確かに土の色が違う。

「斧隊! 東へ! 水路を崩せ!」

「はっ!」

「掘れ!」

 ザクッ!

 ザクッ!

「何をしている! 止めろ!」

 ベルン兵が気づく。

 だが遅い。

 地面から水が滲み始めた。

「もっと掘れ!」

 ザクッ!

 バキッ!

 ドッ。

 土が崩れる。

 ドバァッ!

 水が一気に流れ込んだ。

 簡易土塁の足元が崩れ始める。

「うわっ!」

「柵が傾くぞ!」

 ギギギ……。

「押せ! 今だ!」

 ドン!

 バキィッ!

「開いた!」

「突っ込め――!」

「オオオオオッ!」

 アルヴェイン兵が防壁を突破する。

 ディートリヒが舌打ちした。

「撤退する! 東へ!」

「東ですか?」

「西には敵が回っている! 東へ下がる! 隊列を崩すな! 負傷者も連れていけ!」

「はっ!」

 ベルン軍は後退する。

 完全な敗走ではない。

 ディートリヒは規律を維持したまま、兵を東へ退かせていった。

「追いますか?」

「追うな!」

 オットーが即答する。

「我々の目的は街道だ! 倒木をどけろ! 本隊へ伝令!」

「ラーデン街道、奪還!」

「はっ!」

 その声を聞きながら、マルセルが小さく笑った。

「……アレク。お前も戦っているのか」


 ◇ ◇ ◇


 夕方。

「伝令――!」

 一騎が本戦場へ駆け込んできた。

「殿下! 北東より報告!」

「言え!」

「オットー男爵隊、ラーデン街道へ到達! ベルン別働隊を排除! 街道を奪還しました!」

「……!」

「村は!?」

 俺はすぐに聞いた。

「ラーデン村は無事です! 焼失なし! 村人にも大きな被害はありません!」

「……よかった」

 全身から力が抜けた。

 アルベルトが一瞬だけ俺を見る。

 だが、すぐ前方へ視線を戻した。

「よし。目的達成だ。全軍、順次後退! 城へ戻るぞ!」

「え?」

「もうここで戦う必要はない」

「……」

 そうだ。

 俺たちはベルン本隊に勝つためにここで戦っていたわけじゃない。

 街道を取り返すための時間を稼いでいた。

「騎兵を先に戻せ!」

 ブオォォォ――!

 角笛が鳴る。

 アルヴェイン軍が後退を始めた。

 ベルン軍は追ってこない。

 遠くの本陣では、フリードリヒがその様子を見ていた。

「追撃しますか」

 コンラートが尋ねる。

「不要だ」

「しかし、ラーデン街道は奪い返されました」

「ああ」

「ディートリヒ隊は東へ撤退中です」

「損害は?」

「まだ分かりません」

 フリードリヒがゆっくり息を吐く。

「アルベルト……やはり簡単ではないな」

「ですが、こちらは中央街道を維持しています」

「ああ。だからまだ終わっていない」

 フリードリヒは北東を見る。

「それに、ディートリヒが東へ下がったのなら、まだ使える」

「……?」

「アルベルトは街道を取り返した」

「はい」

「だが、一度切られた道を今度は守らなければならない」

 コンラートの表情が変わる。

「……最低でも五百」

「いや、七百は置くだろう」

「これで奴が自由に使える兵はさらに減る」

「……なるほど」

「次は明日だ」

 フリードリヒはヴァイスブルクを見る。

「今日、奴は道を選んだ」

 そして静かに言った。

「明日は、城を選ばせる」


 ◇ ◇ ◇


 夜。

 ヴァイスブルクの門が開いた。

 ギィィィ……。

「帰還!」

「負傷者を先に入れろ!」

「道を開けろ!」

 兵士たちは疲れ切っていた。

 鎧は泥と血に汚れ、俺も似たような姿になっている。

「アレク」

 声に振り返る。

 エリーゼが城内で待っていた。

「……」

「何?」

「無事だった」

「そっちも」

「私は城にいたもの」

「そうだった」

「……馬鹿」

「何で?」

「心配した」

「……」

 言葉が少し止まる。

「ごめん」

 エリーゼは俺の袖を少しだけ掴んだ。

 だが、すぐに手を離した。

「怪我は?」

「ないよ」

「本当に?」

「血はほとんど他人の」

「それ、安心できない」

「……ごめん」

「もう……」

 エリーゼが小さく息を吐く。

「マルセル神父も無事なんでしょう?」

「聞いた」

「よかったわね」

「ああ。本当に」

 胸の奥に残っていた重いものが、ようやく少し軽くなった。

 だが戦は終わっていない。

 城壁の外には、まだベルン軍がいる。

「アレク!」

 ゲオルクの声。

「軍議だ!」

「今から!?」

「今からだ!」

「寝たい!」

「フリードリヒに言え!」

「絶対聞いてくれない!」

「なら来い!」

「はい!」

 走り出す。

「アレク」

 後ろからエリーゼに呼ばれ、振り返った。

「……死なないで」

「……」

 俺は少しだけ笑った。

「努力する」

「絶対って言いなさいよ」

「戦場で絶対なんて言えないよ」

「……」

「だから、帰ってくる」

 それだけ言って、俺は城館へ走った。


 ◇ ◇ ◇


 軍議室へ入ると、アルベルトは既に地図の前にいた。

「遅い」

「帰ってきたばっかりですよ!」

「敵も同じだ」

「……それ言われると何も言えない」

 席につく。

「状況は?」

 アルベルトが聞く。

 ゲオルクがラーデン街道を示した。

「街道そのものは奪還しました。ただし、維持するためには兵を残す必要があります」

「何人?」

「最低七百」

「七百?」

 思わず聞き返す。

「そんなに?」

「ベルン軍が再び一千で来れば、五百では守れん」

「……」

 つまり、別働隊は追い払った。

 だが、その結果として今度はこちらが兵を街道へ置かなければならなくなった。

 アルベルトが俺を見る。

「分かったか」

「はい」

「何がだ」

「勝ったのに、全然楽になってない」

「そうだ」

「むしろ自由に使える兵が減った?」

「ああ」

「……嫌な奴だな」

「誰が」

「フリードリヒ」

「同感だ」

「褒めてます?」

「半分」

「……またそれ」

 だが、アルベルトは笑っていなかった。

「明日、奴は来る」

「城へ?」

「ああ」

「なぜ分かるんです?」

「今日、フリードリヒは我々に七百を使わせた」

 アルベルトはラーデン街道の駒を指す。

「その分、ヴァイスブルクの守りは薄くなる」

「……」

 俺は地図を見る。

 ベルン本隊は三千弱。

 砲四門。

 こちらは街道へ七百を残さなければならず、二日間の戦いで負傷者も増えている。

「明日は本当に城を攻める?」

「ああ」

 アルベルトは立ち上がった。

「今日、フリードリヒは道を切った。我々はそれを取り返した」

 指がヴァイスブルクで止まる。

「明日、奴はここを取りに来る」

 その時。

 遠くから低い砲声が一発だけ響いた。

 ドォン――。

 全員が動きを止める。

 威嚇なのか。

 試射なのか。

 まだ分からない。

 それでも城壁がわずかに震えた。

 俺は窓の向こう、西の暗闇を見る。

 敵の姿は見えない。

 だが、その向こうでは四門の砲が、明日の攻撃に備えている。

 第二次ヴァイスブルクの戦い、二日目。

 俺たちはラーデン街道を守った。

 そして三日目。

 今度は、ヴァイスブルクそのものを守らなければならない。

ラーデン街道を奪われたアルヴェイン軍は、本隊でフリードリヒを引きつけながら、別働隊で街道の奪還に成功した。


ラーデン村も、マルセル神父も無事。

しかし、それで戦況が楽になったわけではない。


取り返した道を守るため、今度はアルヴェイン側が兵を割かなければならない。


一つの戦場で勝っても、別の場所で不利になる。

フリードリヒの狙いは、少しずつアルベルトたちの兵力を削っていくことだった。


そして次はいよいよ、ヴァイスブルクそのものを巡る戦いへ。

第二次ヴァイスブルクの戦いは、三日目を迎えます。

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