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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第九篇 乱世に広がる道

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第七話 港を守る条件

湖の東岸から届いた書状を前に、マティアスは王のもとへ向かいます。

 レオンハルトは、机に広げられた地図を見ていた。

 グランヴァルトの西に、シガリア王国がある。

 その国土に大きく描かれた湖の東岸を、マティアスが指した。

「ここが、ゼーラント伯爵の港です。国境から荷車の通れる街道が続いております」

「船は、どこまで出ている」

「対岸の町にも。伯爵の商会は、湖の各地に取引相手を持っているようです」

 レオンハルトは、湖を囲む街道へ目を移した。

 陸を進めば、湖の縁に沿って回り込むことになる。

 だが、東岸の港から船を使えば、その道をたどらずに向かえる場所が幾つもあった。

「伯爵がこちらにつけば、西へ進む足場になるか」

「はい。ただし、港が使えるだけでは足りません。船と、動かす者の協力も必要です」

「それを持っているのが、その伯爵なのだな」

「そう聞いております」

 マティアスは、地図の横へ書状を置いた。

「もっとも、伯爵はまだ帰属を申し出ておりません。まずは私の話を聞きたいと、使者を送ってきただけです」

「お前が商人だったからか」

「そのようです」

 レオンハルトは顔を上げた。

「それで、その男をどう見た」

「本人には、まだ会っておりません」

「使者の話からでも、分かることはあるだろう」

 マティアスは頷いた。

「港の商人が徴発を受けた際、自分の倉を開けて荷を守っております。続ければ伯爵自身の蓄えが尽きますが、商人に約束を破らせれば、港へ来る船が減ると考えたのでしょう」

「領民を守りながら、商いも守ったか」

「はい。少なくとも、金を納めるのが惜しいだけの者ではないようです」

 レオンハルトは書状を手に取った。

 目を通す間、マティアスは口を挟まなかった。

 やがて王は、書状を地図のそばへ戻した。

「こちらが受け入れれば、シガリア王は黙っておらんな」

「隣国に領主と港を奪われたと考えるでしょう。伯爵領へ兵を向ける可能性はございます」

「迎える以上は、守らねばならん」

「はい。その覚悟がなければ、帰属を勧めるべきではありません」

 レオンハルトは椅子へ背を預けた。

 湖の東岸に、小さな港の印がある。

 今はシガリアの領地だった。

 そこへ至る街道の先は、すでに自国へつながっている。

「その伯爵を、こちらへ引き寄せろ」

 マティアスが姿勢を正した。

「ただし、港だけを手に入れても、船を動かす者に逃げられては意味がない。伯爵が何を望み、何を差し出せるのか、確かめてこい」

「承知いたしました」

「本領の安堵と伯爵家の存続は、交渉の土台にしてよい。こちらへ従うなら、商人だったことを理由に軽く扱うつもりはない」

 レオンハルトは、マティアスへ目を向けた。

「それは、お前が話した方が伝わるだろう」

 マティアスはわずかに口元を緩めた。

「説得するには、都合のよい経歴でございます」

「今さら気づいたように言うな」

 王が笑った。

 マティアスは一礼し、地図と書状をまとめた。

 ◇ ◇ ◇

 ベルントが再び面会の部屋へ通された時、机の上には、すでに紙が用意されていた。

 マティアスは男へ席を勧め、向かいに座った。

「待たせたな」

「いいえ。お取り計らいいただき、ありがとうございます」

「陛下へ報告した」

 ベルントの背筋が伸びた。

 マティアスは、その反応を見てから続けた。

「ゼーラント伯爵に、その意思があるなら、グランヴァルトへの帰属について話し合う用意がある」

 男は、すぐには答えなかった。

 予想していなかった話ではないはずだった。

 それでも、侯爵の口からはっきり告げられると、意味が違った。

「……帰属でございますか」

「そちらの王に、私から取りなしてほしいという話ではなかったな」

「はい」

「ならば、伯爵が今の主君に仕え続けるのか、別の道を選ぶのかを決めねばならん」

 マティアスは、用意していた紙をベルントの前へ置いた。

「本領と家の存続は、守る方向で話を進められる。ただし、条件がある」

 ベルントは紙へ目を落とした。

 マティアスが一つずつ説明する。

 グランヴァルト国王への忠誠。

 領地に応じた納税と軍役。

 港と街道の使用。

 戦時の輸送への協力。

 読み進めるベルントの指が、港について書かれた箇所で止まった。

「船を、自由に徴発なさるということでしょうか」

「何を、どれだけ求めるかは、あらかじめ定める。代価が必要なものについても同じだ。今の主君と同じように、代金の支払期限も決めずに荷を取られては、伯爵がこちらへ来る意味がないだろう」

 ベルントが顔を上げた。

「お分かりいただけますか」

「それでは船が動かなくなる。私にも、それくらいは分かる」

 マティアスは言った。

「だが、商人だったことを理由に、負担をすべて免れるとも思わないでくれ。港を守るには兵が要る。その兵を養うものも必要だ」

「承知しております」

「伯爵の領地で何を担えるのかは、本人から聞きたい。私が一方的に決めてよい話ではない」

 ベルントは、もう一度紙を読んだ。

 助けてやるとだけ告げられたのではなかった。

 何を求められるかが、書かれている。

 まだ決まっていないことも、決まったようには扱われていなかった。

「領内の商人や船乗りも、そのまま働けるのでしょうか」

「グランヴァルトの法と取り決めには従ってもらう。だが、こちらへ迎えた土地の商いを、理由もなく壊すつもりはない」

 マティアスは男を見た。

「私が欲しいのは、誰も来なくなった港ではない」

 ベルントは、深く頭を下げた。

「主へ、そのままお伝えいたします」

「返答は、伯爵がよく考えてからでよい。ただし、事態が変わった時は知らせてくれ」

 マティアスは書状へ署名し、封を施した。

 ベルントは両手で受け取った。

「侯爵閣下」

「何だ」

「主は、ご自身が商人であることを、誇りにしておられます」

 マティアスは黙って聞いた。

「ですが、近頃は、その話をすることが少なくなりました。こちらで伺ったことを、早く伝えたく存じます」

 マティアスは男の顔を見た。

「では、無事に届けてくれ」

「はい」

 ベルントは立ち上がり、深く礼をした。

 ◇ ◇ ◇

 それから数日後、ベルントはゼーラント伯爵領へ戻った。

 港では船の荷揚げが続いていた。

 出発前と同じように、人の声が飛び交っている。

 だが、商会の倉に積まれた穀物は減っていた。

 旅の埃を落とす間も惜しみ、ベルントは伯爵のもとへ向かった。

 執務室では、エーベルハルトとレナートが待っていた。

「戻りました」

「無事だったか」

「はい」

 エーベルハルトは頷き、椅子を示した。

「まずは座れ。話は、それからでよい」

 ベルントは腰を下ろすと、マティアスから預かった書状を差し出した。

 エーベルハルトが封を開く。

 レナートは父が読み終えるまで待ち、それから書状を受け取った。

 部屋の中で、紙を動かす音がした。

「国王にまで、話を通してくださったのか」

 エーベルハルトが言った。

「はい。帰属を望むのであれば、正式に話し合う用意があると」

「その条件が、これか」

「まだ、すべてが決まったものではございません。何を担えるかは、伯爵様ご自身から聞きたいと仰せでした」

 エーベルハルトは、机へ手を置いた。

「何を担えるか、か」

 ベルントが頷いた。

「港の船がどこへ向かうのか、街道を荷車が通れるかも、お尋ねになりました」

「港が欲しいのだな」

 レナートが顔を上げた。

 父は書状へ目を向けた。

「当然だ。助ける理由がなければ、隣国の王と争う危険など負わん」

「はい」

「こちらが何を求められるか、隠していないことは分かる」

 エーベルハルトはベルントを見た。

「荷の代金については」

「どれだけ供出するか、支払いをどうするかも、あらかじめ定めると。代金の支払期限も決めずに荷を取られては、こちらへ来る意味がないだろうと仰いました」

 エーベルハルトは、しばらく黙った。

 窓の外から、船の到着を知らせる声が聞こえた。

 いつもなら、どの船かと顔を向けるところだった。

 今は、マティアスの書状から目を離さなかった。

「そこまで、話したのか」

「はい」

 ベルントは続けた。

「ただし、商人だから負担を免れるわけではないとも。港を守る兵を養うものが必要だと」

「そのとおりだ」

 エーベルハルトは、初めて少し笑った。

「何も出さずに守ってもらえると言われた方が、信用できん」

 ◇ ◇ ◇

 ベルントを休ませた後、執務室には父子だけが残った。

 レナートは、机に置かれた書状を見ていた。

「帰属すれば、シガリア王が兵を向けてくるかもしれません」

「ああ」

「こちらの兵も、戦うことになります」

「そうなるだろう」

 エーベルハルトは椅子へ腰を下ろした。

 レナートにも座るよう促したが、息子は立ったままだった。

「父上は、どうなさるおつもりですか」

「直接、マティアス侯爵に会いたい」

「帰属を決めるために」

「その前に、確かめるためだ」

 エーベルハルトは答えた。

「書状にある条件を、どこまで約束してもらえるのか。王が何を考えているのか。領民を預ける相手を、私の目で見たい」

 レナートが頷いた。

 父は、少し間を置いて続けた。

「そして、帰属するなら、家督はお前に譲りたい」

 レナートの顔が動いた。

「私に、ですか」

「ああ。爵位と領地を継いでもらいたい」

「父上は」

「商いに戻る」

 エーベルハルトは、静かに答えた。

 レナートは父を見つめた。

 疲れた顔はしている。

 だが、何もかも投げ出そうとしているようには見えなかった。

「私が兵を率いると言ったからですか」

「それだけではない」

「戦場へ出ないことを理由に、父上が退かなければならないのなら、私は継ぎたくありません」

「そういう話ではない」

 エーベルハルトが遮った。

 息子を見て、はっきりと言う。

「私は、これまでの働きを恥じていない。船を揃え、兵糧を届けた。それで国を支えてきた」

「では、なぜ」

「私が領主になった時、お前はまだ幼かった。今は違う」

 エーベルハルトは、窓の向こうの港を示した。

「倉を見て、村を回り、兵と働いてきただろう。私の代わりに、領民の話を聞くことも増えた」

「父上に教わりながらです」

「これからも、教えられることは教える」

 父の声が、少し和らいだ。

「だが、領主として決めるのは、お前に任せたい」

 レナートは口を閉じた。

 窓の外で、荷車が石畳を通る音がした。

 エーベルハルトは、その音へ耳を傾けた。

「私は、船と荷を動かす。必要なものを集め、売れるものを売る。その仕事なら、まだお前に負けるつもりはない」

 レナートが、わずかに笑った。

「私も、勝てるとは思っておりません」

「ならば、役割を分けよう」

 エーベルハルトは言った。

「領地の政は、お前に任せる。私は商会の経営に戻る。商会に何か頼む時は、領主として話を持ってこい」

「父上にも、条件を出されるのですか」

「当然だ。代金も払わず、荷を出せと命じる領主になってもらっては困る」

 レナートは、今度ははっきり笑った。

 父も口元を緩めた。

 しばらくして、レナートが姿勢を正した。

「私が継ぎます」

 エーベルハルトは黙って聞いた。

「ただ、父上が兵糧を届けてきた働きまで、間違いだったことにはしたくありません」

「する必要などない」

「はい。私も、この家が何をしてきたかを忘れずに、仕えたいと思います」

 エーベルハルトは頷いた。

「では、侯爵には二人で会おう」

「私もですか」

「お前が継ぐというなら、お前の考えを聞いてもらわねばならん」

 机の上には、まだシガリア王の命令書も残っていた。

 家督を譲ることも、グランヴァルトへ帰属することも、二人で決めただけでは成立しない。

 それでも、誰がどの役目を引き受けるのかは、定まった。

 エーベルハルトは、マティアスの書状を手元へ引き寄せた。

 ◇ ◇ ◇

 翌日の昼前、王の使者が到着した。

 港の警備を預かる者から知らせを受けたエーベルハルトは、レナートとともに広間へ向かった。

 使者は数人の護衛を伴っていた。

 挨拶を済ませると、封のある書状を差し出す。

「国境警備の強化について、陛下より御命令にございます」

 エーベルハルトは受け取り、開いた。

 初めは、また穀物か金を求められるのだと思っていた。

 読み進めるうちに、その目が止まった。

 王が任命する将と兵を、港へ受け入れること。

 船の出入りと軍用物資の管理を、その将に委ねること。

 駐留する兵の宿舎と食糧を、伯爵領で用意すること。

 エーベルハルトは、最後まで読んでから顔を上げた。

「港の管理を、私から移すということか」

「軍事に関わる部分を、陛下の任じられた将がお預かりします」

「船の出入りまで含まれている」

「国境に近い港でございます。兵糧や人の動きを確かめる必要があるとのお考えです」

 使者の声は変わらなかった。

 自分が決めたことではないと言わんばかりだった。

 レナートは、父の隣で黙っていた。

 ここで声を荒らげても、命令書の内容は変わらない。

 エーベルハルトは紙へ視線を戻した。

「兵は、いつ来る」

「受け入れの支度が整い次第、ご連絡いただくようにと。将と兵の選定は、すでに進められております」

「人数も知らされずに、宿舎と食糧を揃えよというのか」

「詳しくは、追って知らせが参ります」

 エーベルハルトは、書状を畳んだ。

「承った。宿と食事を用意させる。旅の疲れを取られよ」

 使者は礼をした。

 役人に案内され、護衛とともに広間を出ていく。

 足音が遠ざかるまで、父子は口を開かなかった。

 ◇ ◇ ◇

 執務室へ戻ると、レナートが先に言った。

「港を押さえるつもりです」

「ああ」

 エーベルハルトは命令書を机へ置いた。

「船の出入りを決められれば、荷も人も止められる」

「商会の船も、自由には出せなくなります」

「倉に何があるかも、調べられるだろう」

 港の管理を軍事の名目で握られれば、伯爵という地位だけが残っても、できることは限られてくる。

 レナートは扉へ目を向けた。

「ベルントを呼びます」

 エーベルハルトは頷いた。

 ほどなく、ベルントが部屋へ入ってきた。

 父から命令書を渡され、目を通す。

 読み終えた男は、顔を上げた。

「私が持ち帰った書状のことを、知られたのでしょうか」

「分からん。だが、知られていなくても、兵が入れば今までのようには動けなくなる」

 エーベルハルトは言った。

「帰ったばかりのところ、すまない」

 ベルントは首を振った。

「何をいたしましょう」

「侯爵への返事を急ごう。私と息子が、直接お会いしたいと伝えてくれ」

「承知いたしました」

「会う場所は、ご相談したい。国境を越えるにしても、領地を長く空けるわけにはいかん」

 ベルントが頷く。

 レナートは、王の命令書を手に取った。

「港の兵には、まだ何も知らせない方がよいでしょうか」

「普段どおりの警備を続けさせなさい。今、兵を集めれば、王の使者が何を疑うか分からん」

「分かりました」

 レナートは命令書を置いた。

 エーベルハルトは、新しい紙へペンを走らせた。

 前の書状では、話を聞きたいとだけ書いた。

 今度は、会って決める必要がある。

 領地のことも。

 家を継ぐ息子のことも。

 窓の外では、船が一隻、岸を離れようとしていた。

 船乗りが綱を解き、岸に残る者へ声をかけている。

 エーベルハルトは、その声を聞きながら書き続けた。

 まだ、この港から船を出せる。

 その間に、次の道を選ばなければならなかった。

お読みいただきありがとうございます。

領地を治めることと、商いで支えること。父子がそれぞれに担おうとする役目を描きました。


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