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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第九篇 乱世に広がる道

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第六話 湖の国から来た使者

王への贈り物を試す朝。

一方、西隣のシガリア王国では、湖畔の港に日々の荷が届いていました。

 翌朝、アレクは王城の射場でレオンハルトを待っていた。

 的の向こうには土が高く盛られ、周囲の通路には警備兵が立っている。射場へ入る者を確かめる兵と、銃の準備をする者は、それぞれの仕事に就いていた。

 台の上には、昨日献上した二挺が並んでいる。

 朝の光を受けた金の獅子へ目を向けていると、後ろから声がした。

「待たせたか」

 振り返り、アレクは頭を下げた。

 レオンハルトの後ろには、ユリウスとマティアスがいた。

「いえ。こちらの準備も、整ったところです」

「そうか」

 レオンハルトは台へ近づくと、まずフリント騎兵銃を手に取った。

 昨日も確かめていたはずだが、改めて肩へ当て、その長さを見ている。

「兵から話を聞いたと言っていたな」

「はい。馬に乗る際には、もう少し短い方が扱いやすいと。その意見をもとに、ロルフたちに相談しました」

「持つ者に聞くのが一番か」

「私だけでは、気づかないこともありますので」

 レオンハルトは頷き、的へ目を向けた。

 アレクが扱う上での注意を伝える。王は途中で一度問い返したが、最後まで聞いてから姿勢を整えた。

 ユリウスたちが後ろへ下がる。

 レオンハルトは銃を構えた。

 剣を手にした姿は何度も見てきた。

 その手に、自分たちが作った銃がある。

 アレクは口を閉じ、王の動きを見守った。

 銃声が響いた。

 白い煙が広がる。

 的の端に、新しい傷がついていた。

 レオンハルトは銃を下ろし、煙の向こうを見た。

「端か」

「的には当たっております」

 ユリウスが答えた。

「慰めるには早いぞ」

「そのつもりではございません」

 レオンハルトは少し笑い、銃を確かめるアレクへ目を向けた。

「お前なら、もっとよい所へ当てるのだろうな」

「慣れておりますので」

「そう答えられると、続けて撃ちたくなる」

 横でマティアスが口を開いた。

「陛下、この後にもご予定がございます」

「分かっている」

 返事をしながら、レオンハルトは台へ視線を移した。

 そこには、まだ試していない一挺が残っていた。

 ◇ ◇ ◇

 フリント拳銃を受け取ったレオンハルトは、その重さを手の中で確かめた。

 近くに設けられた別の的を見る。

「こちらは、あの的だな」

「はい。騎兵銃と同じ距離で使う物ではありません」

 アレクが答えると、レオンハルトは頷いた。

 小さくなったからといって、長い銃と同じように働くわけではない。

 その点は、昨日も伝えている。

 王は急かさず説明を聞き、的へ向き直った。

 ユリウスの視線が、その手元へ向く。

 剣よりも短い物が、王の手に収まっていた。

 やがて、もう一度銃声が響いた。

 レオンハルトの腕がわずかに動く。

 的を確かめた兵が、命中を告げた。

「こちらも、真ん中とはいかんな」

 そう言いながらも、レオンハルトの声は楽しそうだった。

 拳銃をアレクへ返し、的へ近づく。

 ユリウスも続いた。

 木に残った傷を前に、王は足を止めた。

「小さくても、銃であることに変わりはないか」

「はい」

 アレクは答えた。

 レオンハルトは、しばらく傷を見ていた。

 それから、自分の腰へ目を落とした。

「剣を抜くより前に、使える場面もありそうだ」

「ただ、これだけを頼りにはなさらないでください」

 思わず言うと、レオンハルトが顔を向けた。

 アレクは姿勢を正した。

「お守りする者が不要になるわけではありません。撃てば、すぐに続けて使える物でもありませんので」

「それは、よく覚えておこう」

 王が答える。

 その横で、ユリウスが深く頷いた。

「私からも、お願いいたします」

「二人がかりで言うな。護衛も連れずに出歩くつもりはない」

 マティアスが口元を緩めた。

 アレクも、少し安心して息を吐く。

 レオンハルトは台へ戻り、確認を終えた二挺へ目を向けた。

「よい品だ。飾っておくだけでは、もったいないな」

「ありがとうございます」

「職人たちにも伝えよ。実際に撃ってみて、ますます気に入ったとな」

 アレクは頭を下げた。

「必ず、お伝えいたします」

 ロルフは、どのような顔をするだろうか。

 喜んだ後には、持ちづらい所はなかったかと尋ねてくるかもしれない。

 その時に答えられるよう、アレクは王の言葉を胸に留めた。

 レオンハルトは、箱へ戻された拳銃を見てから言った。

「次に使う時までに、もう少し当てられるようにしておかねばな」

「練習の場は、改めて整えさせます」

 ユリウスが答える。

 王は満足そうに頷いた。

 ◇ ◇ ◇

 グランヴァルト王国の西隣に、シガリア王国がある。

 国土は巨大な湖を囲むように広がり、湖畔の町や港は、街道だけでなく船の往来によっても結ばれていた。

 その東岸にあるゼーラント伯爵領は、東でグランヴァルトと国境を接している。

 伯爵領の港では、朝から荷揚げが続いていた。

 沖には帆を広げた船が見える。その向こうにも水面が続き、対岸は霞んでいた。

 船着き場には荷車が並び、運び出される樽や袋を、商会の者たちが数えている。倉の前では、次に船へ積む木材を巡って声が飛び交っていた。

 港を見下ろす執務室で、エーベルハルト・フォン・ゼーラント伯爵は一枚の書状を机へ置いた。

 王の印が押されていた。

 向かいに立つ長男のレナートが、父の顔を見る。

「また、納めろと」

「ああ」

「先月も納めたばかりです」

「その分とは別だそうだ」

 エーベルハルトは、隣に置いてあった帳簿を開いた。

 王軍へ渡した穀物。

 船員へ支払った賃金。

 運ぶ間に傷んだ船の修繕費。

 支出の欄は埋まっていた。

 それに対し、王家から受け取った代金を書く場所には、空白が残っている。

 前王の時代にも、戦の負担は軽くなかった。

 だが、何を差し出すかは決められていた。

 兵を率いて戦う領主がいる。

 その兵へ食糧を届けるため、船と荷車を揃える領主がいる。

 エーベルハルトは後者の働きを認められ、爵位と領地を授かった。

 今の王は、その取り決めを快く思っていない。

 戦場へ出ず、商いを続ける者には、それに見合う負担が必要だという。

 兵糧と船を出す役目は、そのままだった。

 そこへ、金を納める命令が重なった。

「港の税を上げれば、船がほかへ向かいます」

 レナートが言った。

「分かっている」

「村へ負担を回すこともできません。昨年の分を納め終えていない村もあります」

「それも、分かっている」

 エーベルハルトは帳簿を閉じた。

 窓の外では、荷を下ろした船が岸を離れようとしていた。

 港は動いている。

 それなのに、船を動かす者の手元には、金が残らなくなっていた。

 扉が叩かれた。

 入ってきた役人は、礼を済ませるとすぐに口を開いた。

「伯爵様。倉の前に、兵が来ております」

 エーベルハルトは椅子から立った。

「どこの兵だ」

「西隣の領主様の兵です。穀物を軍用に出せと」

 レナートの表情が険しくなった。

 父は上着を取り、息子を見た。

「来なさい」

 ◇ ◇ ◇

 倉の前には、二十人ほどの兵がいた。

 荷車を囲むように立ち、その中央で商人が指揮官へ訴えている。

「これは、すでに買い手の決まっている荷です。引き渡せなければ、こちらが代金を返さなければなりません」

「それは、お前たちで話をつけろ」

「先の分も、まだお支払いいただいておりません」

 指揮官は顔をしかめた。

「戦場へ出ぬのなら、せめて荷くらいは出してもらおう」

 商人が言葉を失った。

 その脇で、若い荷運びの男が袋を抱えたまま立ち尽くしている。

「誰の命令で、私の港の荷を持ち出す」

 エーベルハルトが声をかけると、兵たちが振り向いた。

 指揮官は伯爵の顔を認め、姿勢を正した。

 しかし、荷車のそばから離れようとはしなかった。

「我が主の命令にございます。兵を集めるにあたり、穀物が必要となりました」

「その荷は、私の物ではない」

「ですが、こちらの港には十分な蓄えがあると伺っております」

「誰の蓄えかを聞いている」

 エーベルハルトは指揮官の前で止まった。

 レナートも隣へ並ぶ。

 後ろから来た港の警備兵たちが、少し離れた所で足を止めた。

 荷運びの声が途切れていた。

 エーベルハルトは、それを聞いていた。

 ここで兵同士が争えば、商人たちが最初に巻き込まれる。

「命令書を見せなさい」

 差し出された紙へ目を通す。

 求められている量は書かれていた。

 だが、代金の支払期限は記されていなかった。

「荷車から離れさせろ。その量は、私の倉から出す」

「父上」

 レナートが声を上げかけた。

 エーベルハルトは手で制し、指揮官を見た。

「受け取った量と、貴殿の名を記した受領書を置いていけ。支払いを求める時に必要だ」

「承知いたしました」

 指揮官が兵へ命じる。

 荷車を囲んでいた者たちが、ようやく離れた。

 商人は深く頭を下げた。

「伯爵様、申し訳ございません」

「約束した相手へ、荷を届けなさい」

「ですが」

「船を待たせているのだろう。急ぎなさい」

 商人はもう一度頭を下げ、荷運びの者たちへ声をかけた。

 止まっていた荷車が動き出す。

 エーベルハルトは、その車輪が倉の角を曲がるまで見送った。

 隣のレナートは、父の倉へ向かう兵たちを見ていた。

 ◇ ◇ ◇

 執務室へ戻ると、レナートが扉を閉めた。

「いつまで、続けるのですか」

 エーベルハルトは返事をせず、机の上の帳簿を見た。

 今日の分も、ここへ加わる。

「父上の倉から出せば、今度は領内で必要になった時の蓄えが減ります」

「あの商人の荷を渡せば、次の船が来なくなる」

「それは分かっています」

 レナートは唇を結んだ。

 父が荷を守ったことを責めたいのではなかった。

 港で働く者たちを見捨てずに済む方法を、ほかに思いつけないことが悔しかった。

「私が兵を率いて出れば、あの者たちは納得するのでしょうか」

 エーベルハルトが顔を上げた。

「お前がか」

「領内を守る兵はおります。私も、その者たちと働いてきました」

「城の見回りと、遠くへ兵を連れていくことは違う」

「兵の率い方も学びます。経験が足りないことは、承知しています」

 息子の返事は早かった。

 エーベルハルトは、少し黙った。

 レナートは幼い頃から、商会の倉と船着き場へ出入りしていた。

 荷の値段だけでなく、運ぶ者の顔も知っている。

 今日、荷車の前で立ち尽くしていた若者とも、言葉を交わしたことがあるはずだった。

「戦場へ出れば、今日のようなことがなくなると思うか」

 父が尋ねると、レナートは答えに詰まった。

「私たちは、兵糧を届けてきた。船を失ったこともある。帰ってこなかった船乗りもいる。だが、今は、それを国に尽くした働きとは認めてもらえない」

 エーベルハルトは、王から届いた書状へ目を落とした。

「お前が一度兵を率いたからといって、あの者たちが私たちへの見方を変えるとは限らん」

「では、このまま納め続けるのですか」

「そうは言っていない」

 父の声が、わずかに強くなった。

 レナートは口を閉じた。

 エーベルハルトは息を吐き、窓へ向かった。

 湖の上で、帆が風を受けていた。

 あの船に荷を預ける者は、目的の港へ届くと信じている。

 約束を守れなくなれば、人は別の船を選ぶ。

 商いでは、当たり前のことだった。

「私に、少し考えさせてくれ」

 レナートは父の横顔を見た。

 やがて、静かに頷いた。

「ですが、私にも話してください。父上だけで、決めないでください」

 エーベルハルトは息子へ顔を向けた。

「ああ」

 今度は、すぐに答えた。

 ◇ ◇ ◇

 三日後、商会のベルントが戻ってきた。

 長くエーベルハルトのもとで働き、国境を越える取引を任されている男だった。

 旅の報告を終えたベルントは、机に積まれた書状を見た。

「留守の間に、また何かございましたか」

 エーベルハルトが港での出来事を話すと、男の顔から笑みが消えた。

「買い手の決まった荷まで、ですか」

「ああ。今回は止めた」

「次も止められるとは限りませんな」

「だから、お前の意見も聞きたい」

 ベルントはしばらく考えた。

 それから、言いにくそうに口を開いた。

「向こうで、耳にした話がございます」

「グランヴァルトか」

「はい。マティアス侯爵のことです」

 エーベルハルトは椅子へ座り直した。

 名は聞いていた。

 レオンハルトに近い人物であり、新たな王のもとで重い役目を担っているという。

「その侯爵が、どうした」

「かつては商いに携わっていた方だそうです」

 レナートが顔を上げた。

「商人だったのか」

「はい。向こうの商人たちが、その頃のことも話しておりました。今では侯爵となり、宰相として国王を支えておられると」

「商人だったことを、隠してはいないのだな」

 エーベルハルトが尋ねた。

「そのような話ではございませんでした」

 ベルントは答え、少し身を乗り出した。

「商いを知っているからこそ、話の通じる方だと言う者もおりました」

 エーベルハルトは黙った。

 商人だった者が、侯爵となった。

 それだけなら、金を必要とした王に重用されたのかもしれない。

 しかし、国政を任され、王のそばに立っているという。

 今も、商いをしていた頃を知る者たちが、その名を口にする。

「会ったのか」

「いいえ。私が聞いたのは、取引相手からの話です」

「そうか」

 エーベルハルトは頷いた。

 噂と、確かめたことを混ぜない。

 ベルントの、その答え方を信頼していた。

「その侯爵へ、書状を届けることはできるか」

 レナートが父を見た。

 ベルントも、すぐには返事をしなかった。

「商談のために王都へ向かうことはできます。お取り次ぎいただけるかは、行ってみなければ」

「それでよい」

「何を、お伝えになりますか」

 エーベルハルトは机の上の紙を引き寄せた。

「話を聞きたい」

 ペンへ手を伸ばす。

「どうすれば爵位を得られるかではない。その方が、どのような国に仕えているのかを」

 ◇ ◇ ◇

 書状を封じる前に、エーベルハルトはレナートへ渡した。

 息子は黙って読み、最後まで目を通してから顔を上げた。

「国王に知られれば、疑われます」

「ああ」

「商いの相談だとは、受け取られないでしょう」

「そうだろうな」

 エーベルハルトは否定しなかった。

 隣国の宰相へ、密かに窮状を訴える。

 何も起きないと考えるほど、二人とも世間を知らなかった。

「それでも、私たちの話を聞く者がいるかどうかは、確かめたい」

 レナートは、もう一度書状を見た。

 そこには、領地を差し出すとも、王を捨てるとも書かれていなかった。

 前王との取り決め。

 続く供出と未払い。

 港を守るために、これまでしてきたこと。

 そして、面会を願う言葉があった。

「ベルント」

 レナートは書状を父へ返し、男へ向き直った。

「侯爵が父上へ何を求めるのかも、聞いてきてくれ」

 ベルントが頷いた。

「承知いたしました」

「助けてもらえるという言葉だけでは、決められない」

 エーベルハルトは息子を見た。

 先日、兵を率いて出ると言った時とは違う顔だった。

 レナートは父の視線に気づき、言った。

「私も、この港を守りたいのです」

「ああ」

 エーベルハルトは頷いた。

 書状を封じ、ベルントへ渡す。

 別に用意していた記録の写しも添えた。

「私の言葉だけでは、信じてもらえぬだろう。求められたら、これも見せなさい」

 ベルントは受け取り、深く頭を下げた。

 翌朝、男はいつもの取引に向かう荷車とともに、港町を出た。

 エーベルハルトとレナートは、執務室の窓からその一行を見送った。

 荷車は湖沿いの道を離れ、東へ延びる街道へ入っていった。

 ◇ ◇ ◇

 グランヴァルト王都。

 誕生日の式典から十日余りが過ぎた頃、マティアスの滞在先へ、一人の商人が訪ねてきた。

 名はベルント。

 シガリア王国から来たと名乗り、侯爵本人への書状を持っていると告げた。

 封に押された印を確かめさせた後、マティアスは男を通すよう命じた。

 面会の部屋へ入ってきたベルントは、深く礼をした。

「お時間をいただき、ありがとうございます」

「書状を」

 ベルントが差し出す。

 マティアスは封を確かめ、開いた。

 相手は、シガリア東部のゼーラント伯爵だった。

 書かれている内容へ目を通す間、ベルントは立ったまま待っていた。

「座れ」

 読み終えたマティアスが言った。

 男が椅子へ腰を下ろすのを待ち、書状を机へ置く。

「貴殿は、伯爵に長く仕えているのか」

「爵位を授かられる前から、商いのお手伝いをしております」

「では、今の領地を持つ前のことも知っているのだな」

「はい」

 マティアスは、男の顔を見た。

 旅の疲れは見える。

 だが、言葉を急いで重ねようとはしていなかった。

「私が商人だったことを、どこで聞いた」

「王都で取引をしている者からです。その話を、主に伝えました」

「それで、私へ書状を送ることにしたのか」

「はい」

 ベルントは背筋を伸ばした。

「商いで国を支えてきた者にも、話を聞いてくださる方ではないかと」

 マティアスは、書状へ目を落とした。

 窮状を訴える言葉はあった。

 しかし、何をしてほしいのかは、最後まで明確には書かれていない。

「話を聞くだけなら、今、聞いている」

 マティアスが言うと、ベルントの表情が引き締まった。

「貴殿の主は、その先に何を望んでいる」

 男は少し黙った。

 用意してきた言葉を、そのまま答えるか迷っているようだった。

 やがて、ゆっくり口を開いた。

「港を守る道を、探しておられます」

「領地ではなく、港か」

「領民の多くが、港に関わって暮らしております。船乗りも、荷を運ぶ者も、倉を借りる商人も。そこが立ち行かなくなれば、畑を耕す村の作物も売れなくなります」

 マティアスは頷いた。

「供出した荷の記録はあるか」

「写しを持参しております」

 ベルントが包みを開く。

 差し出された紙を、マティアスは順に読んだ。

 船の数。

 運んだ穀物の量。

 支払いを受けた分と、受けていない分。

「この未払いについて、返答は来ているのか」

「支払いを待つようにと。それでも、次の供出は命じられております」

「伯爵は、その負担をどこから出している」

「商会の蓄えと、領主としての収入からです。ですが、どちらにも限りがございます」

 マティアスは紙を置いた。

 領主の困窮を訴える使者は、珍しいものではない。

 だが、目の前の男は、シガリア王に負担の軽減を働きかけてほしいと頼んでいるのではなかった。

 国境を越え、別の王に仕える者のもとへ来ている。

「伯爵の領地が分かる物はあるか」

「こちらに」

 ベルントは、もう一つの包みから地図を取り出した。

 机の上へ広げる。

 マティアスの目が、その中央に描かれた湖へ向いた。

 大きい。

 湖の東岸に港があり、そこから一本の街道がグランヴァルトとの国境へ続いていた。

「これが、貴殿らの港か」

「はい」

「こちらの道は、荷車が通れるのだな」

「商会の荷も、その道を使って運んでおります」

 マティアスは街道を目で追った。

 国境を越え、伯爵領を通り、湖へ至る。

 港の先には、水を隔てて幾つもの町が描かれていた。

「この港からは、どこまで船を出している」

 ベルントが地図へ手を伸ばした。

「こちらの町と、その北にある港へは、普段から。湖の西岸へ向かう船もございます」

 指が、水面を横切った。

 マティアスは、その動きを見ていた。

 陸路では湖を迂回しなければならない町へ、船なら直接向かえる。

 ベルントは手を引き、侯爵の返事を待った。

 マティアスは、地図から目を上げた。

「王都には、しばらく滞在できるか」

「はい。主からも、返事を急かすことのないようにと」

「では、待っていてくれ。こちらから知らせを出す」

 ベルントは椅子から立ち、深く頭を下げた。

「よろしくお願いいたします」

 男が退出した後も、マティアスは地図を片づけなかった。

 伯爵の書状を読み直し、もう一度、湖の東岸へ目を戻す。

 港から国境へ延びる街道を、指先でたどった。

 そこは、グランヴァルトの道へつながっていた。

お読みいただきありがとうございます。

船を動かし、荷を届け、港で暮らす人々。その働きを支える伯爵にも、守りたいものがあります。


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