第四話 声から生まれた銃
今回もお読みいただき、ありがとうございます。
日々の仕事を重ねながら、アレクは王の誕生日を迎える支度を進めます。
ロルフへ相談してから、幾週間かが過ぎた。
その間にも、アレクの机には領地からの報告や、諸侯の鉄砲隊についての書状が届いていた。
朝から帳簿を確かめ、午後には訓練場へ出る。城へ戻れば、返事を待つ書状が増えていることもあった。
ロルフからの報告は、その合間に届いた。
騎馬鉄砲隊の動きを見に来たこと。
兵たちから、銃を扱いにくい場面を聞いたこと。
試作した物を確かめ、手を入れていること。
アレクは分からない点を尋ねながらも、日ごとに工房へ足を運ぶことはしなかった。
任せた仕事を進めてもらうには、自分が待つことも必要だった。
そして、その朝。
ロルフが試作品を持ってきたという知らせを受け、アレクは訓練場へ向かった。
◇ ◇ ◇
訓練場の端に、数人の騎馬鉄砲隊の兵が集まっていた。
そばにはギルベルトが立っている。
アレクが近づくと、ロルフが卓上の包みを開いた。
「こちらです」
布の下から現れた銃を見て、アレクは足を止めた。
今までの物より短い。
隣に置かれた従来の銃と比べると、その違いがよく分かった。
アレクは手に取り、持ち替えてみた。
「ずいぶん、扱いやすそうですね」
「まずは、使う者に確かめてもらいましょう」
ロルフが答えた。
アレクは頷き、兵たちへ顔を向けた。
その中に、見覚えのある男がいた。
厩の脇で、馬に乗るには銃が長いと話していた兵だった。
「最初に、お願いできますか」
声をかけると、男は背筋を伸ばした。
「私が、でございますか」
「はい。あの時に話してくれたことを、ロルフさんにも相談しました」
アレクは銃を差し出した。
男は両手で受け取り、しばらく見つめていた。
それから、いつもの銃を持つ時のように姿勢を整えた。
銃の先へ目を向ける。
もう一度、手元を確かめる。
「……短いですな」
隣の兵が、小さく笑った。
「見れば分かるだろう」
「分かるが、持つと違う」
男は真面目な顔で答えた。
ロルフが一歩近づいた。
「いつもの動きを、見せてもらえますか。具合の悪いところがあれば、そのまま教えてください」
「承知いたしました」
男は馬のそばへ移った。
ギルベルトが周囲を空けさせる。
兵は銃の状態を確かめてから、馬への乗り降りや、馬上での持ち替えを試した。
アレクは、以前見せてもらった動きを思い出していた。
あの時には、先に銃の向きを変えなければ動けない場面があった。
今は、そのたびに大きく持ち直す必要がない。
男も、それに気づいたようだった。
一度動きを止め、もう一度同じことを試す。
馬を下りてから、ロルフへ向き直った。
「ここが、楽になりました」
言いながら、先ほどの動きを示す。
「前の銃では、先がどこへ向いているか、もっと気を遣っていました」
「ほかには」
「持った感じが違うので、そこは慣れが要ります。いつものつもりで動かすと、手が余るような気がします」
ロルフは頷き、書付へ目を落とした。
褒められたことより、その後の言葉を詳しく聞いていた。
男は少し考え、ほかにも気づいた点を挙げた。
アレクは口を挟まずに聞いていた。
以前は、不満を聞かれたと思って頭を下げていた兵だった。
今は、自分の言葉をロルフが書き留める様子を見ながら、どう伝えればよいかを考えている。
ひと通り話した後、男はアレクを見た。
「伯爵様」
「はい」
「あの時の話を、本当に形にしてくださったのですか」
アレクは、ロルフへ目を向けた。
「作ってくれたのは、ロルフさんたちです」
男もそちらを向いた。
銃を抱え直し、深く頭を下げる。
「ありがとうございます」
ロルフは筆を止めた。
「まだ、確かめているところです。礼を言うのは、仕事が終わってからにしてください」
「ですが、我々の話を聞いて作ってくださったのですから」
男が答えると、ロルフは少し黙った。
それから、隣にいた別の兵へ顔を向けた。
「次の方にも、持っていただきましょう」
アレクは、その声が少し照れくさそうに聞こえた。
◇ ◇ ◇
その後も、兵たちは交代で試作品を確かめた。
射撃の確認では、普段の銃と同じつもりで扱わず、違いを一つずつ確かめていく。
アレクは、少し離れたところから様子を見守った。
銃が短くなれば、すべてよくなるわけではない。
騎馬隊にとって扱いやすいことと、兵器として必要な働きをすること。その両方を確かめなければならなかった。
ギルベルトも兵の言葉を聞き、ロルフと何度か話し合っていた。
やがて確認を終えると、兵たちは銃を返した。
一人が、いつもの長い銃を受け取りながら笑った。
「いつもの銃を持つと、余計に長く感じますな」
「すぐに全員分が替わるわけではないぞ」
ギルベルトが言った。
男は姿勢を正す。
「承知しております」
「今日、気づいたことは、後からでも伝えるように。よかったことだけでなく、困ったこともだ」
「はっ」
兵たちが持ち場へ戻っていく。
その途中でも、試した銃について話す声が聞こえていた。
アレクはロルフへ向き直った。
「いかがでしたか」
「工房で考えているだけでは、分からないことがありますな」
ロルフは書付を見た。
「持ち方一つでも、人によって違います。もう少し確かめたいところがあります」
「お願いします」
アレクが答えると、ロルフは頷いた。
「それと、もう一つの方ですが」
ギルベルトが顔を上げた。
アレクも、ロルフが足元へ置いていた別の包みへ目を向けた。
◇ ◇ ◇
次の確認は、訓練場の一角を空けて行われた。
その場に残ったのは、アレクとギルベルト、それに確認を手伝う少人数だった。
ロルフが包みを卓上へ載せる。
布が開かれた。
ギルベルトは、中の物を見て眉を動かした。
銃に似ていた。
火打石を使う仕組みも見える。
だが、先ほどまで確かめていた銃とは、大きさがまるで違っていた。
「これも、鉄砲なのですか」
「はい」
アレクが答えた。
ロルフから受け取り、手に持つ。
前世の記憶にある物と、まったく同じ姿ではなかった。
それでも、片手で持てる小さな銃が、確かにそこにあった。
長い銃を短くしただけではない。
持ち歩き、必要な時に手へ取るための、別の形だった。
「随分と、小さいですな」
ギルベルトが言った。
「長い銃を持っていない時にも、身近に置ける物をと思ったのです」
アレクは答えた。
「ただし、長銃の代わりにはなりません。同じように遠くの敵を狙わせるつもりでもありません」
ギルベルトは頷いた。
その目は、まだ小さな銃へ向いている。
ロルフは、工房での試験結果と、扱う際の注意点を説明した。
アレクは一つずつ聞き返した。
小さくできたからといって、それだけで完成とは言えなかった。
持ち歩く間の具合や、手に取った時の扱いやすさも含めて、確認を重ねてきたという。
準備が整い、周囲の安全が確かめられた。
アレクは定められた場所へ進んだ。
銃を持つ手へ、自然に力が入る。
ロルフがこちらを見ていた。
ギルベルトも黙っている。
アレクは前を見た。
短い銃声が響いた。
白い煙が流れる。
ギルベルトの視線が、標的へ向かった。
確かめに行った者から報告が戻ると、ロルフが小さく息を吐いた。
アレクは手元の銃を見た。
小さい。
それでも、飾りでも玩具でもなかった。
ギルベルトが近づいてきた。
「長い銃を持てない場所でも、これなら携えられますな」
「はい。そのための物です」
「扱う者には、それまでとは違う注意も必要でしょう」
アレクは頷いた。
ギルベルトは、銃の小ささを面白がっているのではなかった。
誰が持ち、どう扱わせるかを、すでに考えていた。
「まずは、限られた者が扱うことになると思います」
「その方がよいかと」
ギルベルトが答える。
ロルフは銃を受け取り、手元を確かめた。
アレクは、その横顔を見た。
「ありがとうございます。お願いしていた形になりました」
「まだ、確かめることはあります」
「はい」
「ですが、ここまでは来ました」
ロルフはそう言って、ようやく笑った。
◇ ◇ ◇
それからも、試作品には手直しが加えられた。
アレクは報告を受け、必要な確認に立ち会った。
騎馬鉄砲隊の兵たちにも、再び意見を聞いた。
献上用の装飾に取りかかったという知らせが届いたのは、その後だった。
式典への出発が近づいた頃、アレクは工房を訪れた。
ロルフは、奥の部屋へ案内した。
卓上には、布で覆われた長い包みと、蓋を閉じた箱が置かれている。
アレクが前へ立つと、ロルフは布を外した。
金の獅子が現れた。
銃床へ施された装飾は、窓から入る光を受けて輝いていた。
ただ金を多く使ったのではない。
獅子の姿が引き立つよう周囲の模様が整えられ、銃全体の落ち着いた色合いの中で、そこへ自然に目が向く。
アレクは、しばらく言葉を失った。
「……見事ですね」
「飾りを手がけた者にも、そう伝えます」
ロルフが言った。
アレクは許しを得て、銃を手に取った。
試作の時に何度も確かめた、騎馬隊向けの長さだった。
それが今は、王へ贈るための一挺となっている。
アレクはゆっくりと持ち替え、金の獅子を見た。
レオンハルトが馬上で手にする姿を思い浮かべる。
よく似合うと思った。
「こちらも」
ロルフが箱へ手をかけた。
箱そのものにも装飾が施されていた。
蓋が開くと、内側に敷かれた布の上に、小さな銃が収まっている。
アレクは長い銃を戻してから、箱の前へ移った。
こちらにも、金獅子があった。
二挺が同じ主のために作られたことが、一目で分かる。
「試した物と、同じように確かめてあります」
ロルフが言った。
「装飾をつけた後も、具合が変わっていないか見直しました」
「ありがとうございます」
アレクは深く頭を下げた。
「私一人の仕事ではありません」
「はい。皆さんにも、必ずお礼を伝えたいです」
ロルフは頷いた。
アレクは、もう一度箱の中を見た。
騎兵用の銃を献上した後、この箱を開く。
レオンハルトは、どのような顔をするだろう。
そう考えると、緊張とともに、少し楽しみでもあった。
◇ ◇ ◇
献上品についての確認が終わり、アレクは帰る支度を始めた。
従者が包みを運ぶために部屋を出る。
ロルフは箱を閉じ、留め具を確かめた。
それから、壁際に立てかけてあった別の包みへ手を伸ばした。
「それと」
アレクが振り返る。
「こちらも、持っていってください」
ロルフが差し出したのは、布に包まれたもう一挺の銃だった。
包みは、王へ贈る騎兵用の銃と同じくらいの長さがある。
「こちらは?」
尋ねながら受け取り、アレクは布をほどいた。
白い花が見えた。
林檎の花だった。
その周りには、五つの蕾が配されている。
アレクは手を止めた。
自分の旗に使った紋章が、銃へ施されていた。
花の形を確かめ、それからロルフへ顔を上げる。
「私の……」
ロルフは、少し照れくさそうに口元を動かした。
「子爵になった時は火縄銃。伯爵になってから何も贈っていなかったからな」
アレクは、すぐには答えられなかった。
今日は、王への贈り物を受け取りに来た。
自分まで何かを贈られるとは、考えていなかった。
「ですが、陛下の銃だけでも、お忙しかったでしょう」
「一緒に進めた方が、確かめやすいこともあります」
ロルフは、いつもの口調へ戻って答えた。
「それに、騎馬隊を率いる人が使えば、気づくこともあるでしょう」
アレクは銃へ目を落とした。
林檎の花の周りを、控えめな装飾が囲んでいる。
王へ贈る銃とは違う。
だが、こちらも、自分のために考えて作ってくれた品だった。
子爵になった時にも、同じように驚いた。
あの時から、領地も兵も増えた。
任される仕事も変わった。
それでも、ロルフの前で祝いの品を受け取ると、何と言えばよいか分からなくなるところは変わっていなかった。
「ありがとうございます」
アレクは言った。
それだけでは足りない気がして、顔を上げた。
「大切に使います」
ロルフは頷いた。
「ええ。使ってください。そのために作りました」
アレクは、もう一度頭を下げた。
銃を包み直す手は、自然に慎重になっていた。
◇ ◇ ◇
城へ戻ったアレクは、自室へ二挺の銃を運ばせた。
一挺は、今まで使ってきた火縄銃だった。
もう一挺は、今日ロルフから受け取った物。
机の上へ並べると、長さの違いがはっきりした。
だが、アレクは、まず古い方へ手を伸ばした。
子爵になった祝いに贈られた銃だった。
大切に扱ってきたが、使い続けるうちに小さな傷が増えている。
指を添えると、見覚えのある傷に触れた。
初めて受け取った時には、傷一つなかった。
装飾を傷めたくなくて、手に取るだけでも気を遣ったことを覚えている。
それでも、ロルフは使うために贈ってくれた。
だから、持っていった。
馬に乗る時も、兵の前へ立つ時も。
アレクは、ゆっくりと銃を持ち上げた。
部屋の壁際には、飾るための場所を用意してもらっていた。
そこへ銃を据える。
少し離れて、傾いていないか確かめた。
机へ戻り、新しい銃を手に取る。
林檎の花と五つの蕾には、まだ傷がない。
アレクはそれを見てから、壁へ飾った火縄銃へ顔を向けた。
子爵になった頃には、伯爵として城を持つ日が来るとは思っていなかった。
エリーゼと、この城で暮らすことも。
あの銃を受け取った自分に話したら、信じるだろうか。
そう考えて、少し笑った。
扉が叩かれた。
「アレク。入ってもよろしいですか」
「はい」
エリーゼが部屋へ入ってきた。
アレクの手元を見て、それから壁へ目を向ける。
「そちらに、飾られたのですね」
「はい。子爵になった時に、ロルフさんから頂いた物です」
エリーゼは近づき、飾られた銃を見た。
「大切に使っておられましたね」
「これからは、ここに置いておこうと思います」
アレクは答え、手元の銃を彼女へ見せた。
「今日、こちらを頂きました」
エリーゼの目が、装飾へ向いた。
「林檎の花」
「はい。伯爵になった祝いだそうです」
彼女は、花の周りにある蕾も見つめた。
それから、嬉しそうにアレクを見た。
「よく似合っています」
「ありがとうございます」
「ロルフ様も、アレクに使っていただきたいのでしょうね」
「そう仰っていました」
アレクは、新しい銃を机へ戻した。
エリーゼと並び、壁に飾った一挺を見上げる。
今までの働きを終えたからといって、手放したい物ではなかった。
この部屋にあれば、これからも目に入る。
子爵になった時、その昇進を喜び、銃を贈ってくれた人がいたことを思い出せる。
「随分と、遠くまで来た気がします」
アレクが言うと、エリーゼは少し考えた。
「でも、贈ってくださる方は、同じなのですね」
アレクは彼女を見た。
それから、もう一度二挺へ目を向けた。
「……はい」
答えると、胸の中が温かくなった。
◇ ◇ ◇
王都へ発つ朝、城の玄関前には馬車が待っていた。
レオンハルトへ贈る二挺は、それぞれ丁寧に包まれている。
オスカーが積み込みを確かめ、従者へ声をかけていた。
アレクはエリーゼとともに外へ出た。
林檎の花を配した新しい銃は、献上品とは別に用意してある。
一行は城を出発し、途中の合流地点でマティアスの一行と落ち合った。
そこで贈り物の包みが二つあると聞き、マティアスがアレクへ顔を向けた。
「一挺ではなかったのか」
「はい。もう一つ、陛下にお見せしたい物ができました」
「また、何か考えたな」
アレクが答える前に、マティアスは続けた。
「王宮の担当者には、知らせてあるのだろうな」
「はい。持参する品について、事前にお伝えしております。到着後の確認も受ける予定です」
「ならばよい」
マティアスは、包みの置かれた馬車へ目を向けた。
アレクは、ロルフから預かった言葉を思い出した。
使うために作った。
自分へ贈られた銃も、王へ贈る銃も、それは同じだった。
確認を終えると、一行は再び王都へ向けて出発した。
アレクは隣に座るエリーゼへ顔を向けた。
「陛下に喜んでいただけるでしょうか」
「きっと」
エリーゼは微笑んだ。
「陛下がお使いになる姿を思い浮かべて、ロルフ様にお願いしたのでしょう。そのお気持ちも、お伝えになってください」
アレクは頷いた。
アレクは、出発の時に見上げた林檎の花の旗を思い出した。
自室の壁には、最初に贈られた銃を残してきた。
そして今、同じ職人が作った二挺を、王へ届けに行く。
お読みいただき、ありがとうございます。
立場が変わっても続く、アレクとロルフの関係を感じていただけたら嬉しいです。
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