第三話 馬上の声、王への贈り物
今回もお読みいただき、ありがとうございます。
帰郷を終えたアレクの日々が、再び動き始めます。
ラーデン村を発つ時、マルセルは教会の前まで見送りに出てくれた。
アレクが馬へ近づくと、後ろから声がかかった。
「便りを忘れないように」
振り返れば、マルセルは穏やかな顔で立っていた。
「はい。城へ戻ったら、まず書きます」
「それなら、安心して待てます」
隣にいたトーマスが笑った。
「今度は、俺も出します」
「あなたには、先ほども言いましたよ」
「だから、忘れないうちに約束しておこうと思いまして」
マルセルが小さく笑う。
アレクは、その顔をもう一度見てから馬に乗った。
村の道を進む間、何人かの住民が手を振ってくれた。アレクも手を上げて応える。
教会が建物の陰へ隠れる手前で振り返ると、マルセルはまだ同じ場所にいた。
アレクは深く頭を下げた。
◇ ◇ ◇
城の玄関へ着くと、エリーゼが待っていた。
アレクが馬を下りる間にも、こちらへ歩いてくる。
「おかえりなさい、アレク」
「ただいま戻りました」
旅の間に見たものも、聞いた話も、伝えたいことは多かった。
だが、彼女の顔を見ると、最初に出てきたのは別の言葉だった。
「留守を預かってくれて、ありがとうございます」
「オスカーたちが助けてくれましたから」
エリーゼは微笑み、アレクの顔を見た。
「マルセル様には、お会いできましたか」
「はい。トーマスにも」
「では、お話を聞かせてください」
アレクは頷いた。
玄関の奥で、オスカーが使用人へ荷物の行き先を伝えていた。マルタは二人へ礼をしてから、お茶を用意すると告げる。
エリーゼと並んで廊下を進みながら、アレクは村でのことを話し始めた。
◇ ◇ ◇
「伯爵に仕えていると思われたのですか」
エリーゼが尋ねた。
「はい。今日来る伯爵を待たせてはいけないと、言われてしまいました」
アレクが答えると、彼女は口元へ手を添えた。
「それで、ご自分だと」
「なかなか、信じていただけませんでした。トーマスにも説明してもらって」
「急に伯爵になって戻られたら、驚かれると思います」
「エリーゼのことをお話しした時は、もっと驚いていました」
「私のことも?」
「結婚したと伝えたら、喜んでくださいました。その後で、アルベルト大公の姪だと話したのです」
エリーゼは少し困ったように笑った。
「驚かせてばかりだったのですね」
「そのつもりではなかったのですが」
アレクも笑った。
机の上には、温かい茶が置かれていた。
エリーゼは話の途中で急かすこともなく、マルセルの言葉や、騎士となったトーマスの様子へ耳を傾けていた。
「次は、エリーゼも連れてくるようにと言われました」
アレクが言うと、彼女は杯を置いた。
「私も、ご挨拶に伺ってよろしいのですか」
「はい。ぜひ会いたいと」
「嬉しいです」
エリーゼの顔が明るくなった。
「アレクを迎えてくださった方に、私からもお礼を申し上げたいと思っておりました」
その返事を聞き、アレクは次の便りに何を書くかを決めた。
村で待っていてくれた人へ、無事に戻ったことを知らせる。
そして、妻も会える日を楽しみにしていると伝えようと思った。
◇ ◇ ◇
翌朝、アレクはギルベルトから留守中の報告を受けた後、騎馬鉄砲隊の様子を見に行った。
訓練を終えた兵たちが、馬を休ませているところだった。
鞍を確かめる者もいれば、銃の手入れへ移る者もいる。アレクは、近くで働いていた兵に軽く頷き、厩の脇を通った。
その先から、話し声が聞こえた。
「火縄を気にしなくてよくなったのは、助かるな」
「ああ。あれがないだけで、随分と違う」
新しい銃を受け取った兵たちだった。
アレクは足を緩めた。
火打石を使う銃に替わり、兵たちはどう感じているのか。報告書を読むだけでなく、直接聞いておきたかった。
「ただ、馬に乗るには少し長いな」
一人が言った。
「火縄銃の頃から思っていたが」
「慣れれば、何とかなるだろう」
「何とかはなるさ。今までも、そうしてきた」
男は銃を持ち直した。
「だが、もう少し短ければ楽だと思わないか」
アレクは、そこで足を止めた。
兵の一人がこちらに気づき、背筋を伸ばす。
「伯爵様」
ほかの兵も振り返った。
話していた男は、銃を抱え直して頭を下げた。
「申し訳ありません。頂いた銃に、不満を申したわけでは」
「その話を、詳しく聞かせてください」
アレクが言った。
男が顔を上げる。
「銃の長さのことです」
「はっ」
「責めているのではありません。どんな時に困りますか」
兵たちは顔を見合わせた。
アレクは馬のそばへ進み、男の持つ銃へ目を向けた。
新しい点火の仕組みがついている。
だが、銃そのものの長さは、以前と大きく変わっていなかった。
「乗り降りの時か。それとも、馬の上で扱う時でしょうか」
「どちらも、でございます」
男は慎重に答えた。
「地面に立っている時なら、さほど気になりません。ですが、馬の上では、隣の者や馬に当てぬよう気を遣います」
「私もです」
隣の兵が口を開いた。
「急いで持ち替えようとすると、銃の先ばかり気になりまして」
アレクは頷いた。
「いつもの動きを、見せてもらえますか。急がなくてよいので」
男は近くの兵へ馬を頼み、銃を確かめてから動き始めた。
アレクは、その手元を見ていた。
男は決して不器用ではなかった。
周りにぶつけないよう、銃の向きを変えてから体を動かしている。何度も繰り返し、身につけた動きだった。
だからこそ、離れて見ているだけでは分からなかった。
自然に見える所作の中に、銃の長さを補うための一手間があった。
「今、持ち直したのは」
「このままでは、邪魔になりますので」
男が答えた。
アレクは銃を受け取り、自分でも確かめた。
地面に立って持つ時には、使い慣れた長さだった。
それを馬のそばで動かそうとすると、兵が先ほど見せた動きの意味がよく分かった。
「……なるほど」
アレクは呟いた。
火縄をなくせば、騎馬鉄砲隊は扱いやすくなる。
それは間違っていなかった。
だが、それで十分だと考えていた。
兵たちは以前から、別の不便にも付き合っていたのだ。
こちらへ歩いてきたギルベルトが、数歩手前で止まった。
「何かありましたか」
「銃の長さについて、話を聞いていました」
アレクは答え、兵へ銃を返した。
「馬に乗って使うなら、もう少し短い方がよいのではないかと」
ギルベルトは兵たちへ目を向けた。
男が口を開きかけたところで、アレクは続けた。
「実際に見せてもらいました。私が気づいていなかったことです」
ギルベルトは頷いた。
「ほかの者にも、確かめさせましょう」
「お願いします。ただ、すぐにすべて替えると約束はできません。短くしても同じように使えるか、職人にも相談しなければ」
アレクは兵たちを見た。
「ですが、聞けてよかったです。これからも、困ることがあれば教えてください」
男は、しばらくアレクを見ていた。
それから、先ほどよりもはっきりした声で答えた。
「承知いたしました」
隣の兵も頷く。
アレクが歩き出してから、後ろで小さな声がした。
「本当に、作り直してくださるのだろうか」
「相談すると仰っただろう。お前も、ほかに困ることがないか考えておけ」
アレクは振り返らなかった。
代わりに、隣を歩くギルベルトへ言った。
「乗っている者に聞かなければ、分からないものですね」
「慣れた者ほど、自分で何とかしてしまうこともあります」
「私は、それを見て、不便なく扱えていると思ってしまっていました」
ギルベルトは否定しなかった。
「次の報告には、その辺りも入れさせます」
「お願いします」
アレクは、ロルフへ相談することを頭の中で整理し始めた。
◇ ◇ ◇
王宮から招待の書状が届いたのは、それから数日後だった。
レオンハルトの誕生日を祝う式典が催されるという。
アレクは読み終えた書状を、もう一度開いた。
参列の支度を進めるようオスカーへ伝えた後も、祝いの品をどうするかが決まらなかった。
ちょうど用務でマティアスのもとへ赴く機会があり、報告を終えてから尋ねた。
「陛下の誕生日の式典について、ご相談してもよろしいでしょうか」
「ああ。招待は届いたか」
「はい。このような席へ伺うのは、初めてですので」
「伯爵になったのだ。これからは、そうした招きも増える」
マティアスが言った。
アレクは頷き、書状へ目を落とした。
城へ入った時にも、領地を任された時にも、爵位の重さは感じていた。
今度は、祝いの席へ招かれることによって、それを知る。
「何を贈ればよいか、迷っております」
「品物のことか」
「はい。陛下に喜んでいただける物を贈りたいのですが」
「値段を競う必要はない。陛下に何を贈りたいのか、まずはそこから考えろ」
マティアスは机の上の書付を脇へ寄せた。
「珍しいというだけで、扱いに困る物を持ち込むなよ」
「そこは、気をつけます」
返事をしてから、アレクは少し考えた。
自分が祝いの品を受け取った時、何が嬉しかったのか。
思い浮かんだのは、ロルフが贈ってくれた火縄銃だった。
子爵になった祝いだと渡された、特別な装飾のある一挺。
自分のために作ってくれたのだと分かった時の喜びは、今も覚えている。
「銃では、いかがでしょうか」
アレクが言うと、マティアスの目がこちらへ向いた。
「陛下へ銃を贈るのか」
「はい。ただ飾るためではなく、お使いいただける物を」
「何か考えているようだな」
「騎馬鉄砲隊の兵から、銃が長くて扱いにくいという話を聞きました。少し短い物を作れないか、ロルフに相談しようと思っていたところです」
マティアスは黙って聞いていた。
「陛下も馬にお乗りになります。その時に扱いやすい物ができれば、陛下のための装飾を施して、贈れないかと」
「なるほど」
マティアスが頷く。
「陛下が使うところまで考えているなら、よいのではないか」
アレクは顔を上げた。
「ただし、できてもいない物を、今から献上すると約束するな。間に合わせるために、職人へ無理をさせることもないように」
「はい。まずは、相談してみます」
マティアスは、わずかに口元を緩めた。
「それなら、陛下には黙っておこう」
◇ ◇ ◇
アレクは、ロルフへ相談の内容を知らせる書状を送った。
後日、工房を訪ねると、ロルフは話を聞く用意をして待っていた。
「兵が、長いと言っていたそうですね」
「はい」
アレクは、騎馬鉄砲隊で見せてもらった動きを説明した。
ギルベルトがほかの兵へ聞き取った内容も、書付にして持ってきている。
ロルフは途中で何度か問い返した。
どのような時に邪魔になるのか。
全員が同じことを言っているのか。
兵たちは、今までどう補ってきたのか。
アレクは、分かることと、まだ確かめていないことを分けて答えた。
「短くすれば、今の銃とまったく同じにはなりません」
話を聞き終えたロルフが言った。
「扱いやすくなっても、兵が求める働きができなくなれば困ります。まずは、試す物を作りましょう」
「お願いします。できたら、兵にも使い勝手を確かめてもらいたいです」
「ええ。実際に使う兵に確かめてもらうのが、一番です」
ロルフは書付へ目を戻した。
「私も、騎馬隊の使い方を見せてもらった方がよさそうですな」
「ギルベルトに伝えておきます」
アレクは答え、それからもう一つの用件を切り出した。
「その銃がうまく仕上がったら、陛下へ贈りたいのです」
ロルフの手が止まった。
「陛下へ?」
「誕生日の式典へ招かれました。陛下も馬に乗られますから、扱いやすい一挺をお贈りできればと思いまして」
ロルフはアレクを見た。
「それで、装飾の話も書いてあったのですか」
「はい。金の獅子を入れられないでしょうか」
アレクが答えると、ロルフは少し考え、頷いた。
「飾りの仕事は、それを得意とする者にも相談しましょう。ただ、先に銃を仕上げます」
「もちろんです。使えるかどうかを確かめてから、お願いします」
ロルフは式典の日を尋ねた。
日程を聞いても、すぐに間に合うとは言わなかった。
手元の仕事を確かめ、まず試作へ取りかかると答えた。
アレクは、その返事に頷いた。
ここで急がせて、見た目だけの品を作ってもらいたいわけではなかった。
「子爵になられた時にお贈りした銃を思い出しますな」
ロルフが、不意に言った。
アレクは笑った。
「私も、あの銃のことを考えていました」
「そうですか」
「嬉しかったのです。私のために作ってくださった物だと分かって」
ロルフは目を伏せ、机の上の紙を揃えた。
「今も、大切に使っています」
「使ってくれているなら、それで結構です」
そう答えた声は、少し柔らかかった。
アレクは机へ目を向けた。
騎馬隊のために、少し短い銃を作る。
それは、兵の困り事を解消するための改良だった。
だが、王へ贈る品を考えているうちに、もう一つの形が頭から離れなくなっていた。
火縄を使わずに撃てる。
それなら、長い銃だけにこだわる必要はない。
「ロルフさん」
「はい」
「もう一つ、相談があります」
ロルフは、揃えたばかりの紙から手を離した。
「今度は、何でしょう」
「もっと小さな銃を作れないでしょうか。片手で扱えるほどの物です」
ロルフは答えなかった。
アレクの顔を見てから、脇に置かれた銃へ視線を移す。
「馬に乗るために、少し短くするという話では?」
「それとは、別です」
「別」
「はい。こちらは、身近に置ける小さな銃にしたいのです」
アレクは、自分の考える姿を言葉にした。
長銃と同じように、遠くの敵を狙うための物ではない。
長い銃を持ち歩けない時にも携えられる、もう一つの銃だった。
ロルフの表情から、先ほどまでの穏やかさが消えた。
怒っているのではなかった。
新しい仕事を考える時の顔になっていた。
「小さくするだけで済むとは、思わないでください」
「はい」
「持った時にどう扱うのか。持ち歩いている間に不都合がないか。その辺りも、確かめなければなりません」
「そこも含めて、相談したいのです」
ロルフは腕を組んだ。
しばらく、工房の奥から聞こえる音だけが続いた。
「それも、陛下へ?」
「できれば、二挺を贈りたいと思っています」
「二挺ではなく、二種類ですな」
アレクは、少し頭を下げた。
「そうなります」
ロルフが息を吐いた。
その口元には、呆れたような笑みがあった。
「祝いの品の相談かと思えば、銃を二種類作る話になりましたか」
「難しいでしょうか」
「難しいでしょうな」
返事は早かった。
だが、ロルフは紙をしまわなかった。
新しい一枚を引き寄せ、アレクの方へ向ける。
「まず、その小さな銃を、どういう形にしたいのか聞かせてください」
アレクは椅子を寄せた。
ロルフが筆を取る。
「金の獅子を入れるのは、銃が仕上がってからです。陛下にお渡しする以上、見た目だけ立派な物にはできません」
「はい。お願いします」
机の上に、二枚の紙が並んだ。
一枚は、馬に乗る兵のための銃。
もう一枚は、まだ誰も手にしたことのない、小さな銃だった。
お読みいただき、ありがとうございます。
兵たちの何気ない会話に足を止めるアレクと、その相談を受け止めるロルフ。二人のやり取りも楽しんでいただけたら嬉しいです。
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