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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第九篇 乱世に広がる道

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第三話 馬上の声、王への贈り物

今回もお読みいただき、ありがとうございます。

帰郷を終えたアレクの日々が、再び動き始めます。

 ラーデン村を発つ時、マルセルは教会の前まで見送りに出てくれた。

 アレクが馬へ近づくと、後ろから声がかかった。

「便りを忘れないように」

 振り返れば、マルセルは穏やかな顔で立っていた。

「はい。城へ戻ったら、まず書きます」

「それなら、安心して待てます」

 隣にいたトーマスが笑った。

「今度は、俺も出します」

「あなたには、先ほども言いましたよ」

「だから、忘れないうちに約束しておこうと思いまして」

 マルセルが小さく笑う。

 アレクは、その顔をもう一度見てから馬に乗った。

 村の道を進む間、何人かの住民が手を振ってくれた。アレクも手を上げて応える。

 教会が建物の陰へ隠れる手前で振り返ると、マルセルはまだ同じ場所にいた。

 アレクは深く頭を下げた。

 ◇ ◇ ◇

 城の玄関へ着くと、エリーゼが待っていた。

 アレクが馬を下りる間にも、こちらへ歩いてくる。

「おかえりなさい、アレク」

「ただいま戻りました」

 旅の間に見たものも、聞いた話も、伝えたいことは多かった。

 だが、彼女の顔を見ると、最初に出てきたのは別の言葉だった。

「留守を預かってくれて、ありがとうございます」

「オスカーたちが助けてくれましたから」

 エリーゼは微笑み、アレクの顔を見た。

「マルセル様には、お会いできましたか」

「はい。トーマスにも」

「では、お話を聞かせてください」

 アレクは頷いた。

 玄関の奥で、オスカーが使用人へ荷物の行き先を伝えていた。マルタは二人へ礼をしてから、お茶を用意すると告げる。

 エリーゼと並んで廊下を進みながら、アレクは村でのことを話し始めた。

 ◇ ◇ ◇

「伯爵に仕えていると思われたのですか」

 エリーゼが尋ねた。

「はい。今日来る伯爵を待たせてはいけないと、言われてしまいました」

 アレクが答えると、彼女は口元へ手を添えた。

「それで、ご自分だと」

「なかなか、信じていただけませんでした。トーマスにも説明してもらって」

「急に伯爵になって戻られたら、驚かれると思います」

「エリーゼのことをお話しした時は、もっと驚いていました」

「私のことも?」

「結婚したと伝えたら、喜んでくださいました。その後で、アルベルト大公の姪だと話したのです」

 エリーゼは少し困ったように笑った。

「驚かせてばかりだったのですね」

「そのつもりではなかったのですが」

 アレクも笑った。

 机の上には、温かい茶が置かれていた。

 エリーゼは話の途中で急かすこともなく、マルセルの言葉や、騎士となったトーマスの様子へ耳を傾けていた。

「次は、エリーゼも連れてくるようにと言われました」

 アレクが言うと、彼女は杯を置いた。

「私も、ご挨拶に伺ってよろしいのですか」

「はい。ぜひ会いたいと」

「嬉しいです」

 エリーゼの顔が明るくなった。

「アレクを迎えてくださった方に、私からもお礼を申し上げたいと思っておりました」

 その返事を聞き、アレクは次の便りに何を書くかを決めた。

 村で待っていてくれた人へ、無事に戻ったことを知らせる。

 そして、妻も会える日を楽しみにしていると伝えようと思った。

 ◇ ◇ ◇

 翌朝、アレクはギルベルトから留守中の報告を受けた後、騎馬鉄砲隊の様子を見に行った。

 訓練を終えた兵たちが、馬を休ませているところだった。

 鞍を確かめる者もいれば、銃の手入れへ移る者もいる。アレクは、近くで働いていた兵に軽く頷き、厩の脇を通った。

 その先から、話し声が聞こえた。

「火縄を気にしなくてよくなったのは、助かるな」

「ああ。あれがないだけで、随分と違う」

 新しい銃を受け取った兵たちだった。

 アレクは足を緩めた。

 火打石を使う銃に替わり、兵たちはどう感じているのか。報告書を読むだけでなく、直接聞いておきたかった。

「ただ、馬に乗るには少し長いな」

 一人が言った。

「火縄銃の頃から思っていたが」

「慣れれば、何とかなるだろう」

「何とかはなるさ。今までも、そうしてきた」

 男は銃を持ち直した。

「だが、もう少し短ければ楽だと思わないか」

 アレクは、そこで足を止めた。

 兵の一人がこちらに気づき、背筋を伸ばす。

「伯爵様」

 ほかの兵も振り返った。

 話していた男は、銃を抱え直して頭を下げた。

「申し訳ありません。頂いた銃に、不満を申したわけでは」

「その話を、詳しく聞かせてください」

 アレクが言った。

 男が顔を上げる。

「銃の長さのことです」

「はっ」

「責めているのではありません。どんな時に困りますか」

 兵たちは顔を見合わせた。

 アレクは馬のそばへ進み、男の持つ銃へ目を向けた。

 新しい点火の仕組みがついている。

 だが、銃そのものの長さは、以前と大きく変わっていなかった。

「乗り降りの時か。それとも、馬の上で扱う時でしょうか」

「どちらも、でございます」

 男は慎重に答えた。

「地面に立っている時なら、さほど気になりません。ですが、馬の上では、隣の者や馬に当てぬよう気を遣います」

「私もです」

 隣の兵が口を開いた。

「急いで持ち替えようとすると、銃の先ばかり気になりまして」

 アレクは頷いた。

「いつもの動きを、見せてもらえますか。急がなくてよいので」

 男は近くの兵へ馬を頼み、銃を確かめてから動き始めた。

 アレクは、その手元を見ていた。

 男は決して不器用ではなかった。

 周りにぶつけないよう、銃の向きを変えてから体を動かしている。何度も繰り返し、身につけた動きだった。

 だからこそ、離れて見ているだけでは分からなかった。

 自然に見える所作の中に、銃の長さを補うための一手間があった。

「今、持ち直したのは」

「このままでは、邪魔になりますので」

 男が答えた。

 アレクは銃を受け取り、自分でも確かめた。

 地面に立って持つ時には、使い慣れた長さだった。

 それを馬のそばで動かそうとすると、兵が先ほど見せた動きの意味がよく分かった。

「……なるほど」

 アレクは呟いた。

 火縄をなくせば、騎馬鉄砲隊は扱いやすくなる。

 それは間違っていなかった。

 だが、それで十分だと考えていた。

 兵たちは以前から、別の不便にも付き合っていたのだ。

 こちらへ歩いてきたギルベルトが、数歩手前で止まった。

「何かありましたか」

「銃の長さについて、話を聞いていました」

 アレクは答え、兵へ銃を返した。

「馬に乗って使うなら、もう少し短い方がよいのではないかと」

 ギルベルトは兵たちへ目を向けた。

 男が口を開きかけたところで、アレクは続けた。

「実際に見せてもらいました。私が気づいていなかったことです」

 ギルベルトは頷いた。

「ほかの者にも、確かめさせましょう」

「お願いします。ただ、すぐにすべて替えると約束はできません。短くしても同じように使えるか、職人にも相談しなければ」

 アレクは兵たちを見た。

「ですが、聞けてよかったです。これからも、困ることがあれば教えてください」

 男は、しばらくアレクを見ていた。

 それから、先ほどよりもはっきりした声で答えた。

「承知いたしました」

 隣の兵も頷く。

 アレクが歩き出してから、後ろで小さな声がした。

「本当に、作り直してくださるのだろうか」

「相談すると仰っただろう。お前も、ほかに困ることがないか考えておけ」

 アレクは振り返らなかった。

 代わりに、隣を歩くギルベルトへ言った。

「乗っている者に聞かなければ、分からないものですね」

「慣れた者ほど、自分で何とかしてしまうこともあります」

「私は、それを見て、不便なく扱えていると思ってしまっていました」

 ギルベルトは否定しなかった。

「次の報告には、その辺りも入れさせます」

「お願いします」

 アレクは、ロルフへ相談することを頭の中で整理し始めた。

 ◇ ◇ ◇

 王宮から招待の書状が届いたのは、それから数日後だった。

 レオンハルトの誕生日を祝う式典が催されるという。

 アレクは読み終えた書状を、もう一度開いた。

 参列の支度を進めるようオスカーへ伝えた後も、祝いの品をどうするかが決まらなかった。

 ちょうど用務でマティアスのもとへ赴く機会があり、報告を終えてから尋ねた。

「陛下の誕生日の式典について、ご相談してもよろしいでしょうか」

「ああ。招待は届いたか」

「はい。このような席へ伺うのは、初めてですので」

「伯爵になったのだ。これからは、そうした招きも増える」

 マティアスが言った。

 アレクは頷き、書状へ目を落とした。

 城へ入った時にも、領地を任された時にも、爵位の重さは感じていた。

 今度は、祝いの席へ招かれることによって、それを知る。

「何を贈ればよいか、迷っております」

「品物のことか」

「はい。陛下に喜んでいただける物を贈りたいのですが」

「値段を競う必要はない。陛下に何を贈りたいのか、まずはそこから考えろ」

 マティアスは机の上の書付を脇へ寄せた。

「珍しいというだけで、扱いに困る物を持ち込むなよ」

「そこは、気をつけます」

 返事をしてから、アレクは少し考えた。

 自分が祝いの品を受け取った時、何が嬉しかったのか。

 思い浮かんだのは、ロルフが贈ってくれた火縄銃だった。

 子爵になった祝いだと渡された、特別な装飾のある一挺。

 自分のために作ってくれたのだと分かった時の喜びは、今も覚えている。

「銃では、いかがでしょうか」

 アレクが言うと、マティアスの目がこちらへ向いた。

「陛下へ銃を贈るのか」

「はい。ただ飾るためではなく、お使いいただける物を」

「何か考えているようだな」

「騎馬鉄砲隊の兵から、銃が長くて扱いにくいという話を聞きました。少し短い物を作れないか、ロルフに相談しようと思っていたところです」

 マティアスは黙って聞いていた。

「陛下も馬にお乗りになります。その時に扱いやすい物ができれば、陛下のための装飾を施して、贈れないかと」

「なるほど」

 マティアスが頷く。

「陛下が使うところまで考えているなら、よいのではないか」

 アレクは顔を上げた。

「ただし、できてもいない物を、今から献上すると約束するな。間に合わせるために、職人へ無理をさせることもないように」

「はい。まずは、相談してみます」

 マティアスは、わずかに口元を緩めた。

「それなら、陛下には黙っておこう」

 ◇ ◇ ◇

 アレクは、ロルフへ相談の内容を知らせる書状を送った。

 後日、工房を訪ねると、ロルフは話を聞く用意をして待っていた。

「兵が、長いと言っていたそうですね」

「はい」

 アレクは、騎馬鉄砲隊で見せてもらった動きを説明した。

 ギルベルトがほかの兵へ聞き取った内容も、書付にして持ってきている。

 ロルフは途中で何度か問い返した。

 どのような時に邪魔になるのか。

 全員が同じことを言っているのか。

 兵たちは、今までどう補ってきたのか。

 アレクは、分かることと、まだ確かめていないことを分けて答えた。

「短くすれば、今の銃とまったく同じにはなりません」

 話を聞き終えたロルフが言った。

「扱いやすくなっても、兵が求める働きができなくなれば困ります。まずは、試す物を作りましょう」

「お願いします。できたら、兵にも使い勝手を確かめてもらいたいです」

「ええ。実際に使う兵に確かめてもらうのが、一番です」

 ロルフは書付へ目を戻した。

「私も、騎馬隊の使い方を見せてもらった方がよさそうですな」

「ギルベルトに伝えておきます」

 アレクは答え、それからもう一つの用件を切り出した。

「その銃がうまく仕上がったら、陛下へ贈りたいのです」

 ロルフの手が止まった。

「陛下へ?」

「誕生日の式典へ招かれました。陛下も馬に乗られますから、扱いやすい一挺をお贈りできればと思いまして」

 ロルフはアレクを見た。

「それで、装飾の話も書いてあったのですか」

「はい。金の獅子を入れられないでしょうか」

 アレクが答えると、ロルフは少し考え、頷いた。

「飾りの仕事は、それを得意とする者にも相談しましょう。ただ、先に銃を仕上げます」

「もちろんです。使えるかどうかを確かめてから、お願いします」

 ロルフは式典の日を尋ねた。

 日程を聞いても、すぐに間に合うとは言わなかった。

 手元の仕事を確かめ、まず試作へ取りかかると答えた。

 アレクは、その返事に頷いた。

 ここで急がせて、見た目だけの品を作ってもらいたいわけではなかった。

「子爵になられた時にお贈りした銃を思い出しますな」

 ロルフが、不意に言った。

 アレクは笑った。

「私も、あの銃のことを考えていました」

「そうですか」

「嬉しかったのです。私のために作ってくださった物だと分かって」

 ロルフは目を伏せ、机の上の紙を揃えた。

「今も、大切に使っています」

「使ってくれているなら、それで結構です」

 そう答えた声は、少し柔らかかった。

 アレクは机へ目を向けた。

 騎馬隊のために、少し短い銃を作る。

 それは、兵の困り事を解消するための改良だった。

 だが、王へ贈る品を考えているうちに、もう一つの形が頭から離れなくなっていた。

 火縄を使わずに撃てる。

 それなら、長い銃だけにこだわる必要はない。

「ロルフさん」

「はい」

「もう一つ、相談があります」

 ロルフは、揃えたばかりの紙から手を離した。

「今度は、何でしょう」

「もっと小さな銃を作れないでしょうか。片手で扱えるほどの物です」

 ロルフは答えなかった。

 アレクの顔を見てから、脇に置かれた銃へ視線を移す。

「馬に乗るために、少し短くするという話では?」

「それとは、別です」

「別」

「はい。こちらは、身近に置ける小さな銃にしたいのです」

 アレクは、自分の考える姿を言葉にした。

 長銃と同じように、遠くの敵を狙うための物ではない。

 長い銃を持ち歩けない時にも携えられる、もう一つの銃だった。

 ロルフの表情から、先ほどまでの穏やかさが消えた。

 怒っているのではなかった。

 新しい仕事を考える時の顔になっていた。

「小さくするだけで済むとは、思わないでください」

「はい」

「持った時にどう扱うのか。持ち歩いている間に不都合がないか。その辺りも、確かめなければなりません」

「そこも含めて、相談したいのです」

 ロルフは腕を組んだ。

 しばらく、工房の奥から聞こえる音だけが続いた。

「それも、陛下へ?」

「できれば、二挺を贈りたいと思っています」

「二挺ではなく、二種類ですな」

 アレクは、少し頭を下げた。

「そうなります」

 ロルフが息を吐いた。

 その口元には、呆れたような笑みがあった。

「祝いの品の相談かと思えば、銃を二種類作る話になりましたか」

「難しいでしょうか」

「難しいでしょうな」

 返事は早かった。

 だが、ロルフは紙をしまわなかった。

 新しい一枚を引き寄せ、アレクの方へ向ける。

「まず、その小さな銃を、どういう形にしたいのか聞かせてください」

 アレクは椅子を寄せた。

 ロルフが筆を取る。

「金の獅子を入れるのは、銃が仕上がってからです。陛下にお渡しする以上、見た目だけ立派な物にはできません」

「はい。お願いします」

 机の上に、二枚の紙が並んだ。

 一枚は、馬に乗る兵のための銃。

 もう一枚は、まだ誰も手にしたことのない、小さな銃だった。

お読みいただき、ありがとうございます。

兵たちの何気ない会話に足を止めるアレクと、その相談を受け止めるロルフ。二人のやり取りも楽しんでいただけたら嬉しいです。


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