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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第二篇 乱世に蒔く種

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第四話 第二次ヴァイスブルクの戦い(上)

動かなかったベルン伯爵軍が、ついに国境を越えます。

かつてと同じ戦場で、互いの戦い方を知るアルベルトとベルン伯爵が、兵力と地形を読み合います。


 ベルン伯爵の陣地へ送った使者がヴァイスブルクへ戻ったのは、翌日の昼を過ぎてからだった。

 使者は城門をくぐると馬を降りる間も惜しみ、封をされた書状を抱えて城館へ駆け込んだ。

 軍議の部屋では、アルベルト、ヴァイス男爵、ゲオルク、周辺部隊の指揮官たちがその帰りを待っていた。

 アレクもアルベルトの後ろに立っている。

「ベルン伯爵からの返答です」

 使者から書状を受け取った文官が封を確かめ、アルベルトへ差し出した。

 アルベルトは短い文面を黙って読み、机の上へ置いた。

「何と?」

 ヴァイス男爵が尋ねる。

「国境の安定を守るために兵を置いている。アルヴェインを攻める意図はない。西方の情勢が落ち着けば兵を退く、だそうだ」

「撤退には応じないということですか」

「西方の情勢が落ち着けば、と書いてある」

「それがいつなのかは?」

「書いていない」

「西方の情勢が何を指しているのかも?」

「ない」

 アルベルトが書状をヴァイス男爵へ渡す。

 文章だけを読めば、ベルン伯爵はアルヴェインとの戦いを望んでいないことになる。

 しかし、四千二百人もの兵を国境近くへ集め、その兵をいつ退かせるのかも明らかにしていない。

「これでは、明日退くとも、一年後まで退かないとも読めます」

 アレクが言うと、アルベルトが頷いた。

「約束ではない。自分の行動を縛る言葉を一つも使っていない」

「使者は、どのように扱われた?」

 ゲオルクが尋ねる。

「陣地へ到着してから半日以上待たされました」

「ベルン伯爵本人には会えたか」

「いいえ。書状を渡したのは側近の騎士です。返答もその者から受け取りました」

「敵陣の様子は」

「堀と柵の工事を続けていました。兵糧を積んだ荷車も入っています。撤退の準備をしているようには見えませんでした」

 言葉では攻める意図がないと伝えながら、軍を留める準備は続けている。

 ベルン伯爵の意図を知るには、返事の内容より実際の動きを見る必要があった。

「レオンハルトへ送った使者は?」

 アレクが尋ねる。

「まだ戻らん。距離を考えれば当然だ」

 アルベルトが答える。

「では、西で何が起きているかは分からないままですか」

「すべては分からん。だが、何も分からないわけではない」

 アルベルトが机の上に別の報告書を広げた。

 西方を行き来する商人と、国境付近に出していた斥候から集めた情報だった。

「シュヴァルツ伯軍約七千人が進路を変えた。北東へ向かっている」

「北東には……」

「レオンハルトの軍がいる」

 アレクは地図を見た。

 シュヴァルツ伯はベルン伯爵と争う可能性があった。そのため、自領に兵を残さなければならず、全軍をレオンハルトへ向けることは難しいと思われていた。

 ところが今、約七千人がレオンハルトを迎え撃つ方向へ動いている。

「ベルン伯爵との争いを止めた?」

「その可能性が高い」

 ゲオルクが報告書の一部を指した。

「ベルン伯爵側の使者が、何度かシュヴァルツ伯のもとへ出入りしたとの話もあります」

「和平を結んだのでしょうか」

「正式な内容までは分からん」

 アルベルトが答える。

「だが、シュヴァルツ伯がベルン伯爵への備えを減らし、レオンハルトへ七千を向けたのは事実だ」

「その間、俺たちはベルン伯爵軍に動けなくされていた」

「ああ」

 アルヴェイン軍がレオンハルトへ加勢するかもしれない。

 ベルン伯爵はその可能性を四千二百人で抑えながら、シュヴァルツ伯との交渉を進めた。

 双方の争いが止まったのなら、ベルン伯爵は西への備えを減らせる。

「では、ベルン伯爵は目的を果たしたことになります」

「少なくとも一つはな」

「目的を果たしたなら、兵を退かせるでしょうか」

 アレクの問いに、軍議へ参加していた指揮官たちの視線がアルベルトへ集まった。

 アルベルトはベルン伯爵の書状を指先で押さえた。

「退くかもしれん」

「退かないかもしれない?」

「ああ。西へ向けていた兵まで使えるようになったのなら、むしろ増やすこともできる」

 ベルン伯爵がアルヴェイン軍を足止めするだけなら、国境の外にいればよい。

 だが、西側の危険が減った今、四千二百人を別の目的へ使う余裕が生まれている。

「見張りを増やします」

 ヴァイス男爵が言った。

「国境だけではない。敵の補給拠点と陣地の後方も見ろ」

 アルベルトは斥候隊の指揮官へ命じた。

「荷車が減るなら撤退の可能性がある。反対に、砲や攻城用の木材が動けば、その時はすぐに知らせろ」

「承知しました」

「城外の兵はいつでも動けるようにしておけ。ただし、まだ配置にはつけるな。何日も鎧を着せたまま待たせれば、戦う前に疲れる」

「はっ」

 軍議が終わっても、ベルン伯爵軍はその日のうちには動かなかった。

 陣地では堀を掘り、柵を組む作業が続けられた。

 西から来る荷車も止まらない。

 日が沈み、ヴァイスブルクの城門が閉じられた後も、国境の向こうには濃紫の旗が残っていた。

 ◇ ◇ ◇

 夜明け前、城壁の鐘が激しく鳴らされた。

 眠りについてから間もなかったアレクは、廊下を走る足音で目を覚ました。

「敵が動きました!」

 扉の外から兵の声が響く。

 アレクは上着を羽織り、剣を腰へ下げて部屋を飛び出した。

 城館の階段を下りる頃には、ヴァイスブルク全体が動き始めている。

 兵舎から武装した者たちが広場へ集まり、厩では従者が馬へ鞍を載せていた。城壁へ矢束が運ばれ、門の前には槍兵が並び始めている。

 軍議の部屋へ入ると、アルベルトはすでに鎧を身につけ、地図の前に立っていた。

「状況は」

 ゲオルクが斥候から報告を受けている。

「ベルン伯爵軍は夜明け前に陣地を出ました。主力は中央街道を東へ進んでいます」

「兵数」

「国境を越えたのは約四千人。二百人ほどが元の陣地と補給品を守っています」

「砲は」

「四門すべてが主力と共に動いています」

「越境したことに間違いはないな」

「国境標を越えたところを複数の斥候が確認しております」

 昨日届いた書状には、アルヴェインを攻める意図はないと書かれていた。

 その返事から一日も経たないうちに、約四千人が国境を越えた。

「こちらの使者が戻ったことを確認してから動いたのでしょうか」

 アレクが言う。

「書状が届いたという形を残したかったのかもしれん」

 アルベルトは机上の駒を動かした。

「後になって、国境の安定を守ろうとしたが、アルヴェイン側が兵を集めたため進軍したとでも主張するつもりだろう」

「そんな話が通りますか?」

「事実かどうかと、信じる者がいるかどうかは別だ」

 ヴァイス男爵が地図上の城を指す。

「城門を閉ざし、籠城の準備を進めます」

「城内の兵糧は?」

「増援を含めれば十五日程度です。東側の町から購入した分が届けば、さらに延ばせます」

「その荷は、いつ届く」

「早ければ二日後です」

「敵が街道を押さえれば届かん」

「ですが、野戦では兵力が足りません」

 ヴァイスブルク城内には、もともとの守備兵が約千三百人いる。

 アルベルトが東部から連れてきた千二百人と、周辺から集めた八百人を合わせれば、全体で約三千三百人。

 しかし、城を空にすることはできない。

 城外へ出せる兵は二千人に限られる。

 対するベルン伯爵軍は約四千人。

 単純な数では、二倍の差があった。

「城へ籠もれば、敵は四門の砲を好きな場所へ据えられる」

 アルベルトが言った。

「城壁を落とせるほどの威力があるでしょうか」

「一度や二度では無理だ。だが、十日、二十日と同じ場所を撃たれれば、門や石壁は傷む」

 ベルン伯爵軍が運んでいる砲は、短く太い鉄筒を頑丈な木台へ固定したものだった。

 火薬と石弾、あるいは鉄弾を筒へ詰め、後部の点火孔から火を入れて撃つ。

 重く、狙いを変えるにも時間が掛かる。装填は遅く、離れた相手へ正確に当てられるものでもない。

 それでも、動かない城門や密集した兵に向けて何度も撃てば脅威になる。

「籠城するにしても、砲を城の前まで無傷で運ばせる必要はない」

 アルベルトはヴァイスブルク西方の地図を示した。

「敵が進軍隊形のまま、砲を据える場所を探している間に一度叩く」

「勝てますか」

 ヴァイス男爵が尋ねる。

「勝つためだけに出るのではない」

「では?」

「敵の砲を前へ出させない。敵の配置と、何を狙っているかを確かめる。こちらが不利になれば、城と南東の丘陵へ戻る」

「撤退の合図は」

「角笛を長く二度。旗は深紅の旗を左右へ三度振る。各隊に同じ命令を書いた者を持たせろ」

「承知しました」

「城門前には退いてきた兵を受け入れる場所を作れ。負傷者と戦える者を分けろ。門へ一度に殺到させるな」

「はっ」

 アルベルトは最初から、野戦でベルン伯爵軍を全滅させようとはしていなかった。

 敵へ損害を与え、進軍を遅らせる。

 砲を安全な位置へ据えさせない。

 そして、敵がどのように動くかを見る。

 その目的を果たせないと判断した時は、兵を残して退く。

「城外へ出す二千人を四つに分ける」

 アルベルトが地図へ駒を置いた。

「中央街道付近に歩兵八百。北側の丘へ弓兵四百。南側の林へ槍兵六百を伏せる。残り二百は予備だ」

 ゲオルクが配置を確認する。

「中央で敵の進路を止め、北から矢を浴びせます。敵が北へ兵を向ければ、南の六百を側面へ出す」

「基本はそれでよい」

「基本?」

 アレクが聞き返す。

「ベルン伯爵も同じ地図を見ている」

 アルベルトは北側丘陵と南の林を指した。

「前にこの場所で戦った相手だ。私が高所と林を使うことくらい考える」

「それでも同じ場所へ兵を置くのですか」

「地形の利点は、知られたから消えるものではない。北の丘を空ければ、今度は敵が弓兵を置く。南の林を空ければ、敵の兵がこちらの側面へ回る」

「相手が知っていることを前提に使う?」

「ああ。奴がどう対処するかを見れば、次に何を狙っているかも分かる」

「見てから配置を変える時間はありますか」

「そのための予備と伝令だ」

 アルベルトはアレクへ目を向けた。

「お前は私の近くにいろ」

「戦わなくていいんですか?」

「戦うなとは言っていない。自分から最前列へ行くなと言っている」

「分かっています」

「敵の旗と、こちらへ来る報告を見ろ。同じ報告が重なっても捨てるな。時間と場所が違えば、別の動きかもしれん」

「はい」

「ゲオルク」

「はっ」

「アレクを見張っておけ」

「承知しました」

「俺の仕事より、そちらの方が先なんですか?」

「お前が勝手に消えれば、仕事もできん」

 アルベルトは各隊の指揮官へ視線を戻した。

「配置につけ。敵は昼までに来る」

 ◇ ◇ ◇

 朝霧が薄くなり始めた頃、ヴァイスブルク西方の平原に濃紫の旗が現れた。

 最初に見えたのは斥候の騎兵だった。

 騎兵は街道の左右へ広がり、丘や林に敵兵がいないかを探りながら進んでいる。

 その後ろから、槍を並べた歩兵が姿を現した。

 弓兵、騎兵、荷駄隊が続き、中央付近には四門の砲がある。砲を載せた木台には太い縄が掛けられ、数頭の馬と大勢の兵が引いていた。

 数千人の足音が重なり、低い響きとなって平原を伝ってくる。

 アレクは中央後方の指揮所から敵軍を見ていた。

「四千人か」

 予備隊の近くにいたトーマスが呟く。

「陣地に残った二百人を除いてな」

「前より多い」

「こっちも増えている」

「それでも半分だろ」

「城の兵まで入れれば、そこまで違わない」

「その城の兵は出せないんだろ」

「だから地形を使う」

 答えながらも、アレクは敵の隊列から目を離さなかった。

 濃紫の旗が街道の途中で止まる。

 角笛が鳴り、ベルン伯爵軍の前列が速度を落とした。

 軍勢はヴァイスブルクへ真っ直ぐ進まず、街道上で横へ広がり始める。

「敵前列、分かれます!」

 見張りから報告が届いた。

「北へ約八百! 南へ約七百! 中央は二千を超えます!」

 アルベルトは北へ向かう敵の旗を見た。

「南側の兵は、林への警戒だな」

「北の八百は弓兵を追い払うつもりでしょうか」

 アレクが尋ねる。

「それだけで終わるか見ろ」

 間もなく、新たな伝令が馬を走らせてきた。

「敵中央から兵が移動! 北へ向かっています!」

「数は」

「およそ六百!」

「北は合計千四百か」

 ゲオルクの顔が険しくなる。

 北側丘陵にいるアルヴェイン弓兵は四百人。

 三倍を超える敵が向かっている。

 ベルン伯爵は中央を厚くして正面から押すのではなく、最初に北側丘陵を奪うつもりだった。

「南の敵は動きません」

 別の伝令が報告する。

「林の前で停止し、盾を並べています」

「六百人を出せば、七百人に受け止められる」

 アレクが言った。

「ああ。林の伏兵も読まれている」

 アルベルトは北側丘陵へ目を向けた。

 ベルン伯爵は、以前と同じように中央へ誘い込まれることを避けた。

 北と南を先に押さえ、地形をアルヴェインだけに使わせないつもりだ。

「北の弓兵を下げますか」

 ゲオルクが尋ねる。

「まだだ。敵が斜面へ入るまで待たせろ」

「千四百人が相手です」

「平地で撃っても盾に防がれる。斜面へ入れば隊列が伸びる」

 伝令が北側丘陵へ走る。

 旗と角笛だけでは、細かな命令を伝えられない。伝令が丘へ着くまでにも時間が掛かり、その間に敵は前進を続けている。

 ベルン兵は大きな盾を前と頭上へ掲げ、斜面へ入った。

 横に広がっていた隊列が狭まり、前後に長く伸びる。

 足元の土は朝露で湿っていた。盾を持ったまま坂を登れば速度が落ち、後ろの兵が前の兵へ追いつく。

「北側弓兵、射撃開始!」

 アルベルトが命じた。

 深紅の旗が振られる。

 丘の上で四百人の弓兵が一斉に弓を引いた。

 最初の矢が高く上がり、斜面を登るベルン兵へ降り注ぐ。

 盾へ突き刺さる矢が多かったが、隊列の隙間へ落ちた矢もある。腕や脚を射抜かれた兵が倒れ、後ろから登ってきた者が足を止める。

 弓兵は二射目を放った。

 今度は距離が縮まり、矢が盾を越えて後列へ落ちる。

「敵北側、損害が出ています!」

「進軍は」

「止まりません!」

 ベルン兵は倒れた者を斜面脇へ運び、空いた場所へ後列の兵を入れて登り続けた。

 盾の列が一度崩れても、指揮官の号令で組み直される。

 四百人の弓兵が何度射ても、千四百人すべてを止めることはできない。

 距離が近づくほど弓兵の矢は当たりやすくなるが、射られる回数も残り少なくなる。

「北側から報告! 敵先頭まで八十歩!」

「弓兵に撤退準備を伝えろ。五十歩まで引きつけ、最後の一射を放ってから東の斜面へ下がれ」

「はっ!」

 伝令が馬を走らせる。

 だが、丘の上まで馬で登ることはできない。途中からは走って命令を届けなければならなかった。

「間に合いますか」

「間に合わせるしかない」

 アルベルトは敵中央を見た。

 北へ六百人を動かしたことで、ベルン伯爵軍中央は約千六百人まで減っている。

 その後ろに砲兵と騎兵がいる。

「南の六百を中央へ移す」

 ゲオルクがアルベルトを見る。

「北へ向けるのではなく?」

「南の七百は林の前で止まったままだ。あれを攻めても時間を使う。中央へ出て、北へ向かった兵を戻させる」

「予備は」

「二百すべて使う」

 中央の八百人、南側の槍兵六百人、予備二百人。

 合わせて千六百人。

 敵中央と数が並ぶ。

「砲があります」

 アレクが言った。

「分かっている」

「中央へ集まれば、狙われます」

「一つの塊にはしない。南から来る六百は敵左側へ、予備二百は中央の後ろへ入れろ。隊と隊の間を空けて進ませる」

 アルベルトは三人の伝令へ、同じ内容の命令を持たせた。

「最初の砲撃を受けたら止まるな。弾が落ちた場所を避け、前か斜めへ進め。後ろへ戻れば、進んでくる味方とぶつかる」

「射程へ入る前に散開させますか」

「散らしすぎれば槍兵に突かれる。隊列を保てる範囲だ」

 砲弾の当たる場所を予測することはできない。

 広がれば、一発で巻き込まれる人数を減らせる。しかし、兵同士が離れすぎれば、敵の槍兵と接触した時に押し負ける。

 安全な正解はなかった。

「中央隊、前進!」

 角笛が鳴り、深紅の旗が前へ倒される。

 アルヴェイン歩兵八百人が動き始めた。

 南の林からも六百人の槍兵が姿を現し、敵中央の左側へ向かう。

 予備二百人は中央隊の後ろについた。

 アレクもアルベルトやゲオルクと共に、中央隊の後方を進む。

「アレク、伝令から離れるな」

 ゲオルクが言った。

「分かっています」

「剣を抜くのは、敵がここまで来た時だけだ」

「はい」

「敵の旗を見ろ。砲だけに気を取られるな」

 前方でベルン軍の槍が下がった。

 その後ろでは、砲兵たちが鉄筒の向きを調整している。

 木台の車輪へ石を噛ませ、反動で動かないよう縄を張る。火薬と弾を詰め終えた砲の点火孔へ、火縄を持った兵が近づいた。

「砲、発射準備!」

 見張りの声が飛ぶ。

「中央へ伝えろ!」

 伝令が走る。

 敵砲兵の手元で小さな火が動いた。

 一門目の砲が轟音を響かせる。

 白い煙が鉄筒の周囲へ噴き出し、重い弾が地面を跳ねながらアルヴェイン軍へ飛んだ。

 弾は前列を外れたが、地面へ当たった後も勢いを失わず、後方の兵二人を巻き込んだ。

 続いて三門が発砲する。

 一発は隊列の間を抜け、一発は手前の土へ深く食い込んだ。

 最後の一発が南から進んできた槍兵の列へ入り、盾を砕きながら数人を倒した。

 砲弾は爆発しない。

 それでも重い石や鉄の塊が勢いをつけて飛び込めば、人の身体も盾も耐えられなかった。

「止まるな!」

「間隔を保て!」

「倒れた者を後ろへ運べ!」

 指揮官の声が重なる。

 砲煙が風に流れ、敵中央の一部を隠した。

 発射を見て足を止めた兵もいたが、後ろから来た者に押され、再び前へ進み始める。

 四門の砲を撃ち終えたベルン砲兵は、鉄筒を冷ましながら次の装填へ入った。

 一度撃てば、すぐには次を撃てない。

 アルベルトはその時間を使い、敵中央へ距離を詰めた。

 両軍の弓兵が矢を放つ。

 盾に矢が突き刺さり、隊列の間で兵が倒れる。

 それでも前列は進み、やがて槍の穂先が届く距離まで近づいた。

「構え!」

 アルヴェイン兵が槍を下げる。

 ベルン兵も正面へ槍を向けた。

 両軍がぶつかり、木の柄と盾が激しく打ち合わされた。

 ◇ ◇ ◇

 ベルン伯爵は中央後方の馬上から、アルヴェイン軍の動きを見ていた。

 北側丘陵では、千四百人の兵が盾を並べて斜面を登っている。

 高所から矢を浴び、すでに大勢が倒れていた。

 それでも先頭は丘の上へ近づいている。

「北側の損害は」

「正確には分かりません。百人を超えている可能性があります」

 副官が答える。

「進ませろ」

「はい」

「弓兵が退き始めたら、深追いするな。丘を確保し、中央へ矢を射られないようにしろ」

「承知しました」

 ベルン伯爵の視線が中央へ戻る。

 アルヴェイン軍は、最初の砲撃を受けても前進を止めなかった。

 一つの密集隊形ではなく、中央、左側、その後方と分かれて進んできたため、四門の砲で与えられた損害はベルン伯爵の予想より少ない。

「アルベルトも前と同じではありませんな」

「ああ」

「中央が押されています」

「予定どおり下げろ」

「北へ回した六百を呼び戻しますか」

「戻すな」

「しかし、このままでは中央が」

「崩れてはいない」

 ベルン軍中央は、アルヴェイン軍と槍を交えながら少しずつ後退していた。

 前列だけが勝手に下がっているのではない。

 後列の指揮官が角笛の合図に合わせ、左右の歩調を揃えている。

 一歩戦い、一歩下がる。

 敵から見れば押しているように見えるが、隊列は保たれていた。

「二度目の装填は」

「間もなく終わります」

「中央をあと五十歩下げろ」

「砲の前まで引き入れますか」

「ああ」

「アルベルトが気づけば、止まるでしょう」

「大軍は、止まれと命じた瞬間には止まらん」

 ベルン伯爵は前回の戦いで、それを思い知らされていた。

 先頭の兵が止まっても、後ろの兵には理由が分からない。

 伝令と角笛が命令を運ぶ間にも、戦場は動く。

 勝っていると思った兵ほど、前へ進むことをやめない。

「中央の左右を開く準備をさせろ」

「はっ」

「砲撃後はすぐに閉じ、反撃へ移る」

「北側の兵は」

「丘を取らせろ。今日、必要なのは敵兵の首ではない」

 ベルン伯爵は北側丘陵と中央街道を見た。

「この二つだ」

 ◇ ◇ ◇

 敵中央は少しずつ後退していた。

 アルヴェイン兵が一歩押せば、ベルン兵が一歩下がる。

 敵兵は倒れている。

 盾を捨てて逃げる者も見えた。

 しかし、部隊全体は崩れていない。

「押し返しています!」

 伝令がアルベルトのもとへ駆けてきた。

「敵中央、後退中!」

「北は」

「弓兵が最後の射撃を行っています。間もなく撤退します!」

「中央をあと少し押せば、北へ向かった兵を戻させられるかもしれません」

 アレクは敵中央を見つめた。

 下がり方が揃いすぎている。

 前列の兵が後ろを見ずに退いているのではなく、左右の旗を見ながら歩調を合わせていた。

「崩れていません」

「何?」

「敵中央です。押されているのに、列が崩れていない」

 ゲオルクも敵の隊列を見る。

「後退の旗が出ている」

「意図的に下がっています」

 アレクの言葉が終わるより早く、ゲオルクが声を上げた。

「中央隊を止めろ!」

 角笛が鳴らされ、停止を示す旗が掲げられる。

 だが、前方では両軍が槍を交えている。

 兵たちの怒号と、盾や武器がぶつかる音が響き、後方の角笛は簡単には届かない。

 旗に気づいた後列が足を止めても、前列は敵を押し続けた。

 止まった者と進む者が混ざり、隊列の一部が詰まる。

「敵中央が分かれます!」

 ベルン軍の中央が左右へ動いた。

 開いた隊列の向こうから、四門の砲が姿を現す。

 装填を終えた鉄筒が、アルヴェイン軍の正面へ向けられていた。

「前列を散らせ!」

 アルベルトが叫ぶ。

 伝令が走り、旗が大きく振られる。

 しかし、敵と槍を交えている兵は、背を向けて散ることができない。

 ベルン軍の砲兵が火縄を点火孔へ近づけた。

 轟音が続けて響く。

 一発目の弾が地面へ当たり、前列の足元から土を跳ね上げた。

 二発目は盾を砕き、その後ろにいた兵まで薙ぎ倒す。

 三発目は隊列の間を抜けたが、四発目が後列へ入り、並んでいた兵を巻き込みながら止まった。

 白煙と土煙が広がり、敵味方の旗が見えにくくなる。

「敵が来るぞ!」

 砲撃のため左右へ分かれていたベルン兵が、再び中央を塞ぎ始める。

 今度はベルン軍が前へ出た。

「下がるな!」

「列を作り直せ!」

「負傷者を踏むな!」

 アルヴェイン側の指揮官が声を張り上げる。

 だが、砲撃で空いた場所へ敵兵が入り込み、隊列が二つに分かれかけていた。

 北側からも新たな報告が届く。

「北側弓兵、後退中! 敵兵が丘上へ到達しました!」

 北の丘を失い、中央も押し返されている。

 ここで戦い続ければ、丘上から敵の弓兵に側面を射られる可能性があった。

「撤退する」

 アルベルトが命じた。

「長笛二度! 撤退旗を上げろ!」

 低く長い角笛が二度響いた。

 深紅の旗が左右へ三度振られる。

 各隊へ伝令が走る。

「中央隊は百人ずつ下がれ! 一斉に背を向けるな!」

「槍兵は交代で敵を止めろ!」

「負傷者を先へ!」

 退く命令が届いても、前列はすぐには離れられない。

 敵へ背中を向ければ追撃を受ける。

 一列が槍と盾で敵を止めている間に、後ろの列が下がる。下がった列が次の位置で止まり、前に残った者を受け入れる。

 ゲオルクが中央隊の指揮官たちへ命令を送り続ける。

 アレクも負傷者の集まる場所と退路を確認し、伝令へ伝えた。

「南東の道はまだ空いています! 荷車は先に通してください!」

「北から戻る弓兵は?」

「中央の後ろを横切らせるな。東側の斜面を使わせろ!」

 砲煙の中では、どの旗がどこにあるのか分かりにくい。

 伝令が同じ道へ集中し、馬同士がぶつかりそうになる。

 命令を聞き間違え、ヴァイスブルクの城門へ直接向かおうとする隊もあった。

 アレクは近くの兵を呼び止める。

「城門へ一度に戻らないでください! 南東の丘陵へ向かい、そこで隊列を作り直します!」

「城へ退くのではないのか?」

「負傷者と荷車を先に入れます。戦える者は丘陵へ!」

 兵は仲間へ同じ命令を叫びながら走っていった。

 ベルン軍は追ってきたが、勢いに任せて突撃はしなかった。

 アルヴェイン側が殿を残して退いていると分かると、一定の距離を保ちながら中央街道を前進する。

 北側丘陵では濃紫の旗が掲げられた。

 ベルン兵は退く弓兵を深追いせず、丘の上で陣形を整えている。

「追撃が弱い」

 アレクが言うと、ゲオルクが北の丘を見た。

「追って兵を散らすより、土地を取ることを優先している」

「中央街道と北の丘」

「ああ。今日のベルン伯爵は、最初からあの二つを狙っていた」

 アルヴェイン軍は南東の丘陵へ退いた。

 最後まで残っていた槍兵も、敵との距離が開いたところで順次後退する。

 ベルン軍はそれ以上追わなかった。

 戦場には、倒れた兵と壊れた盾、折れた槍が残された。

 中央街道の上では、白い砲煙が風に流されながら薄くなっていった。

 ◇ ◇ ◇

 日が傾く頃、アルヴェイン軍は南東の丘陵地に新しい陣を築いていた。

 ヴァイスブルクの城門までは遠くない。

 しかし、城とアルヴェイン軍の間にはベルン伯爵軍の一部が入り込める余地があり、油断はできなかった。

 負傷者は荷車へ乗せられ、城内へ運ばれていく。

 傷の浅い者はその場で手当てを受け、再び槍を持った。

 ゲオルクが集計途中の報告書を読み上げる。

「現時点で確認できた戦死者は六十三人。負傷者は百四十人余りです。行方を確認できていない者がいるため、数は増える可能性があります」

「北側は」

 アルベルトが尋ねる。

「弓兵の損害が最も大きくなっています。ただし、大半は撤退できました」

「敵の損害は」

「北側丘陵で百人以上が倒れています。負傷者を含めれば、我々より多いと思われます」

「そうか」

 敵へ与えた損害だけなら、アルヴェイン側が上回っているかもしれない。

 だが、中央街道と北側丘陵を奪われた。

 ベルン伯爵軍はヴァイスブルクの西側で砲を動かせるようになり、アルヴェイン軍は南東へ退いた。

「今日の戦いは、こちらの負けだ」

 アルベルトが言った。

 誰も反論しなかった。

「敵も多く倒れています」

 アレクが言う。

「ああ」

「それでも負けですか」

「兵を多く倒した側が、常に勝つわけではない。ベルン伯爵は必要な場所を取り、我々を退かせた」

 アルベルトは地図上の北側丘陵と中央街道へ、濃紫の駒を置いた。

「こちらの配置を読み、北へ兵を集めた。私が中央の薄さを突くことも読んで、砲の前まで引き込んだ」

「分かっていて、中央へ出たのですか」

「北の弓兵を見捨てるわけにはいかなかった。敵中央を押せば、北の兵を戻す可能性もあった」

「ですが、戻さなかった」

「ああ。ベルン伯爵は北側の損害を受け入れた」

 千四百人で丘を登れば、大勢の死傷者が出る。

 それでもベルン伯爵は兵を止めず、丘を奪うことを優先した。

「前回負けた相手だからこそ、こちらの戦い方を調べたのでしょうか」

「負けたからこそ調べたのだ」

 アルベルトは濃紫の駒を見つめた。

「勝った者は、自分のやり方が正しかったと思いやすい。負けた者は、変えなければ次も負けると知っている」

「アルベルト様も、前回と同じではありません」

「それでも今日は奴の方が上だった」

 アルベルトは自分の敗北を隠さなかった。

 言い訳もしない。

 敵の兵が多かったことも、砲があったことも、負けた理由として並べなかった。

「今日のベルン伯爵が何をしたかは分かった」

 アルベルトが言う。

「次は、明日何をするつもりかを考える」

「ヴァイスブルクを攻めるのでは?」

 ヴァイス男爵が地図へ身を乗り出した。

「中央街道を取り、北側丘陵も押さえています。砲を前へ出すには十分な状況です」

「その可能性はある」

「なら、夜のうちに城へ戻るべきでは」

「全軍を戻せば、ベルン伯爵は城の周囲を自由に使える。まず敵の動きを見る」

 アルベルトはヴァイスブルクと中央街道の間を指した。

「城へ向かうなら、砲と荷駄隊を前へ動かす必要がある。今夜の斥候に確認させろ」

「承知しました」

「北と南にも斥候を出せ。主力だけを見るな」

 アレクは地図の北東側へ目を向けた。

 そこには、ヴァイスブルクからアルヴェインブルクへ続く街道がある。

 ラーデン村を通る道だった。

 ベルン伯爵がヴァイスブルクを攻めるなら、中央街道を取った意味は分かる。

 だが、北側丘陵まで大きな損害を出して奪った理由は、それだけなのだろうか。

「何か気になるか」

 アルベルトが尋ねた。

「まだ分かりません」

「なら、分からないまま残しておけ。勝手に答えを作るな」

「はい」

 アレクは北東へ伸びる道を見続けた。

 地図には、すでに動き終わった兵の位置しか載っていない。

 今、この瞬間に敵が何を動かしているのかまでは分からなかった。

 ◇ ◇ ◇

 ベルン伯爵軍の陣地では、日が沈んだ後も工事が続けられていた。

 中央街道の両側へ杭が打たれ、奪った北側丘陵には弓兵が配置されている。

 四門の砲は街道上に並べられていたが、ヴァイスブルクへ向けて前進する準備は行われていなかった。

「北側丘陵を確保しました」

 副官が報告する。

「中央街道も我が軍の支配下です。アルヴェイン軍は南東の丘陵へ退いております」

「追撃は」

「命令どおり停止させました」

「損害は」

「戦死者は百八十人前後。負傷者は三百人に近づく可能性があります。北側へ向かった部隊の損害が大きくなっています」

「負傷者を元の陣地へ戻せ。歩けない者には荷車を使え」

「はっ」

 ベルン伯爵はアルヴェイン軍以上の損害を出していた。

 それでも、中央街道と北側丘陵を取るという目的は果たしている。

「砲を城へ向けますか」

「まだ動かすな」

「今なら、ヴァイスブルクの西へ据えられます」

「城を攻めれば、アルベルトは城を守ることだけ考えればよくなる」

「城を落とすために来たのではないのですか」

「欲しくないわけではない。だが、城は逃げん」

 ベルン伯爵は地図上のヴァイスブルクから、北東へ指を滑らせた。

「先に、城を守るために必要な道を奪う」

「ラーデン街道」

「ああ」

 ヴァイスブルクとアルヴェインブルクを結ぶ最短路。

 兵糧と援軍の多くが、その道を通って西部へ送られる。

 南側にも迂回路はあるが、距離が長く、荷車の通れない場所も多い。

「別働隊千人の準備は」

「整っております」

「兵糧は二日分だけ持たせろ。荷車は最小限。旗は畳ませ、松明も必要な場所だけで使え」

「本隊が三千人まで減ります」

「焚き火は四千人いた時と同じ数を残せ。夜のうちなら、アルヴェインの斥候もすぐには気づかん」

「別働隊の目的は、街道の遮断だけですか」

「三日維持できればよい。倒木と荷車で道を塞ぎ、丘へ弓兵を置け」

「ラーデン村は」

「手を出すな。略奪も放火も許さん」

「村人が抵抗した場合は」

「街道から離れさせろ。我々の目的は村ではない」

 ベルン伯爵は、南東に置かれたアルヴェイン軍の駒を見た。

「街道を取り返そうとすれば、アルベルトは兵を分けなければならん」

「動かなければ?」

「ヴァイスブルクへの補給と援軍が止まる」

「本隊はどうしますか」

「三千人で正面に残る。砲を見せ、いつでも城を攻められると思わせろ」

「どちらを選んでも、兵が足りなくなる」

「そうだ」

 ベルン伯爵は別働隊長を呼び、北東へ向かう道を示した。

「夜明けまでに森を抜けろ。道が悪ければ荷車を捨てても構わん。速さを優先しろ」

「承知しました」

「敵の斥候と出会っても、追い回すな。街道へ着くことだけを考えろ」

「はっ」

 別働隊長が天幕を出ていく。

 間もなく、陣地の北側へ千人の兵が集められた。

 濃紫の旗は布で包まれ、槍の穂先にも月明かりが反射しないよう布が巻かれている。

 兵たちは声を抑え、前の者の肩と足元を見ながら森へ入った。

 本陣に残された焚き火は、これまでと同じように燃えている。

 遠くから見れば、四千人が中央街道を守っているように見えた。

 千人の別働隊はヴァイスブルクへ向かわない。

 戦場から離れるように北東へ進んでいく。

 その先にあるのは、アルヴェイン西部へ兵糧と援軍を運ぶ一本の街道。

 そして、アレクがこの世界で初めて暮らしたラーデン村だった。


第四話を読んでいただき、ありがとうございました。

以前の敗北から学んだベルン伯爵は、大きな犠牲を払いながらも中央街道と北側丘陵を奪いました。

初日の戦いに敗れたアルベルトたち。その夜、正面の戦場とは別に動き出した千人が、ラーデン街道へ迫ります。


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