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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第九篇 乱世に広がる道

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第一話 夢をかなえた友

アルヴェインを訪れたアレクを迎えるのは、懐かしい顔でした。

 アルヴェインへの訪問日が決まると、アレクは、留守中に任せる仕事をそれぞれの担当者へ引き継いだ。

 領地と城のことは、オスカーたちへ。

 残る鉄砲隊の指揮と訓練は、ギルベルトへ任せる。

 今回、三千人の鉄砲隊を連れていくわけではない。同行するのは護衛と、教育状況を確認するために選んだ少人数だった。

 ラーデン村へ立ち寄る件も、アルヴェイン側を通じてヴァイス男爵へ伝えられ、了承が届いていた。

 出発の朝、エリーゼは玄関の外まで見送りに来た。

「忘れ物はありませんか」

「何度も確かめました」

 アレクが答えると、エリーゼは小さく笑った。

「私も、昨日から何度も同じことを伺っていますね」

「そのたびに、もう一度確かめたくなります」

 並んで笑った後、アレクは馬の方へ目を向けた。

 従者たちが、最後の荷を確かめている。

 エリーゼが声をかけた。

「ラーデン村にも、行けるのですね」

「はい。用務を終えた後に、立ち寄らせていただくことになりました」

「最初に、お世話になった神父様でしたね」

 アレクは頷いた。

「行くところのなかった私を、教会へ入れてくださいました。食事も、寝る場所も用意してくださって」

 話していると、黒いパンを急いで食べ、苦笑された時のことが浮かんだ。

 あの頃は、翌日をどう過ごせばよいのかさえ分からなかった。

「戻ると約束したのに、ずっとそのままでした」

 エリーゼは、アレクの顔を見た。

「お会いできたら、たくさんお話ししてください」

「何から話せばよいか、迷いそうです」

「では、戻られてから、私にも聞かせてください。その方のお話を」

 アレクは彼女へ向き直った。

「はい。必ず」

 エリーゼが差し出した手を取る。

 少しだけ握ってから、アレクは静かに離した。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい、アレク」

 その声を背に受け、アレクは馬へ向かった。

 ◇ ◇ ◇

 国境で書状を確かめられた後、一行はアルヴェイン側の案内を受けて進んだ。

 見覚えのある国の旗が、街道沿いの関所で揺れている。

 今回は、補給線を取り戻すために兵を急がせているのではなかった。

 街道の先に何があるかを尋ね、道の状態を確かめながら進む。

 荷車とすれ違えば、護衛が道を空けた。

 畑で働く者が顔を上げ、こちらの旗を見ている。

 アレクは、その向こうに続く土地へ目を向けた。

 初めてこの国を歩いた時には、自分がどこにいるのかもよく分かっていなかった。

 今は、訪問する理由を記した書状を持ち、迎える者がいる。

 それでも、ヴァイスブルクの城壁が見えた時には、胸の奥が少し落ち着かなくなった。

 城門へ近づくと、出迎えの一行が待っていた。

 アレクは馬を止め、下りた。

 先頭に立つ者へ挨拶を返し、正式な書状を渡す。

「お待ちしておりました、ハルトマン伯爵」

「お迎えいただき、ありがとうございます」

 挨拶を交わした後、案内役の騎士が前へ進み出た。

 赤みがかった髪だった。

 肩には厚みが増し、腰の剣も身につけた装備も、騎士にふさわしいものになっていた。

 だが、顔を上げた時、アレクは息を止めた。

「……トーマス?」

 騎士の口元が動いた。

 礼を取る姿勢は崩さなかったが、笑みまでは隠せていなかった。

「お久しぶりです、アレク伯爵様」

 アレクは、その顔を見つめた。

 ラーデン村の空き地で、木剣を差し出してきた少年。

 初めての戦場へ、一緒に向かった相手だった。

「本当に、トーマスなのですね」

「はい。トーマス・ベッカーにございます。本日は、ご案内を務めさせていただきます」

 丁寧な返事を聞いても、すぐには言葉が出なかった。

 トーマスの方が、少し困ったように笑った。

「私も、お名前を伺った時には、すぐには信じられませんでした」

「私も、驚いています」

 アレクはようやく答えた。

 もっと聞きたいことがあった。

 だが、周囲には出迎えの者たちがいる。こちらを待っている人もいた。

 トーマスが、城門の内側を示した。

「どうぞ、こちらへ」

「はい。お願いします」

 歩き出した背中を見ながら、アレクはもう一度、その腰の剣へ目を向けた。

 村で将来を語っていた男が、騎士として、自分を迎えていた。

 ◇ ◇ ◇

 荷を置き、身なりを整えた後、アレクは教育を担当する者たちと会った。

 机には、増設を予定している隊の人数や、今ある銃の数を記した書付が並べられていた。

 アルヴェインでも、火縄銃を扱う兵は育っている。

 だが、新たな兵を増やすとなれば、教える者も増やさなければならない。

 すでにある隊から、どこまで人を出せるか。

 指揮を任せる者に、何を学ばせるか。

 アレクは説明を聞き、持参した記録と照らし合わせながら質問した。

 トーマスは案内役として、その場に控えていた。

 必要な書付を求められると、担当する者へすぐに伝える。

 次に訪れる訓練場の準備を確かめ、戻ってくる。

 人に何かを頼む時も、相手が返事をしただけで済ませず、何をするのかを短く確かめていた。

 アレクは、話の合間にその姿を見た。

 昔のトーマスなら、前へ出ることに気を取られていたかもしれない。

 今は、周囲の者がどう動いているかも見ている。

 会議を終え、訓練場へ向かう途中で、アレクは声をかけた。

「案内を頼まれたのは、今日だけですか」

「今回のご訪問に合わせて、申しつかりました」

「普段は、こちらに?」

「はい。ヴァイスブルクで務めております」

 トーマスは答え、前を歩く兵へ声をかけた。

 訓練場へ入る前に、担当者へ到着を知らせるよう命じる。

 兵は礼をして、小走りに向かった。

 アレクは、その後ろ姿を見送った。

「立派になりましたね」

 思わず言うと、トーマスが顔を向けた。

 一瞬、昔のように何かを言い返しそうになった。

 だが、すぐに口を閉じ、姿勢を正す。

「恐れ入ります」

 アレクは、少し笑ってしまった。

 トーマスも、それに気づいて目を細めたが、案内役としての態度は崩さなかった。

 ◇ ◇ ◇

 その日の用務が一段落した頃、アレクはトーマスと話す時間を取ることができた。

 案内された小部屋の窓からは、城内の庭が見えた。

 机の上には、水の入った杯が二つ置かれている。

 トーマスは、扉のそばで立ち止まった。

「お掛けください」

 アレクが言うと、少しためらってから向かいへ座った。

「お疲れではございませんか」

「大丈夫です」

「明日の予定については、担当の者から改めて」

「トーマス」

 アレクが呼ぶと、相手は口を閉じた。

「二人の時くらい、以前のように話してください」

 トーマスは、アレクの顔を見た。

 それから、扉の方へ一度目を向ける。

「……本当に、よいのですか」

「そのために、時間を作っていただいたのです」

 少しの沈黙があった。

 やがて、トーマスが長く息を吐いた。

「お前が伯爵になるなんて、誰が思うんだ」

 その言葉に、アレクは笑った。

「私も、思っていませんでした」

「しかも、グランヴァルトの伯爵だぞ。初めて聞いた時は、別人だと思った」

「名前が同じでも、ですか」

「名前が同じだから、余計に信じられなかったんだ」

 トーマスも笑った。

 肩の力が抜けると、村で話した時の面影がはっきりと戻ってきた。

「だが、顔を見れば分かった」

「私もです。髪の色を見て、もしやと思いました」

「そこか」

「顔もです」

 アレクが答えると、トーマスは杯を手に取った。

 一口飲んでから、改めてアレクを見る。

「生きていて、よかった」

 声の調子が変わっていた。

 アレクも笑みを収めた。

「トーマスも」

「ああ」

 それだけで、少しの間、言葉が途切れた。

 同じ村を出た時には、その後どこで暮らすことになるかも分からなかった。

 今、別の国に仕える者同士として、同じ机に向かっている。

 アレクは、トーマスの剣へ目を向けた。

「本当に騎士になったんですね」

 トーマスは、その視線に気づいた。

 腰へ触れかけ、すぐに手を戻す。

「ああ。言っただろう。いつかなるって」

「覚えています」

 村で徴集兵を選んでいた朝。

 父がなれなかったから、自分がなる。

 そう答えた声も、覚えていた。

「いつ、取り立てられたのですか」

「ベルン伯爵領へ攻め込んだ時だ。それまでは、従士として働いていた」

 トーマスは、少し姿勢を直した。

「大きな手柄を、一人で立てたわけじゃない」

 戦の途中で、指揮を執る者が負傷したのだという。

 命令が途切れ、前へ出る者と、下がろうとする者が入り交じった。

 トーマスは近くにいた兵へ声をかけ、負傷者を運ばせた。その間、自分は残った者たちと持ち場を守った。

「隣の隊から、自分たちのいる場所まで下がれと知らせが来ていた。だが、それを聞いていない者もいたんだ」

「兵をまとめたのですね」

「怒鳴って、名前を呼んで、聞こえた者から伝えさせた。格好のよいものじゃなかった」

 トーマスは苦笑した。

「あとで聞いたら、俺の声だけは、よく聞こえたらしい」

 アレクも、わずかに笑った。

 村を出た頃から、トーマスの声はよく通っていた。

「全員を連れて戻れたわけじゃない」

 トーマスが続けた。

 アレクは黙って聞いた。

「だが、助けた方が、俺の働きを上官へ報告してくださった。それまでの働きも認めていただき、取り立てられたんだ」

「それで、騎士に」

「ああ」

 トーマスは頷いた。

 自慢するような声ではなかった。

 それでも、嬉しさは伝わってきた。

「母上には、知らせたのですか」

「知らせた。何度も読み返したらしい」

 トーマスの顔が和らいだ。

「兄貴からの返事には、母が近所へ見せて回って困ると書いてあった」

「嬉しかったのでしょうね」

「ああ。だから、帰れた時には、剣も見せた」

 アレクは、その光景を思い浮かべた。

 出発の日、息子を抱き締めていた母親。

 今度は、騎士となって帰った息子を迎えたのだ。

「よかったですね」

 アレクが言うと、トーマスは少し照れたように目を伏せた。

「お前に言われると、妙な気分だ」

「どうしてですか」

「俺が騎士になったと思ったら、お前は伯爵になっていたからな」

 アレクは首を振った。

「私のこととは、別です。トーマスが望んでいたことが、かなったのですから」

 トーマスは顔を上げた。

 しばらくアレクを見た後、静かに頷いた。

「ああ。ありがとう」

 ◇ ◇ ◇

 話は、今日見てきた訓練場のことへ移った。

 トーマスは、机へ少し身を寄せた。

「俺も、あちらへ行きたいと思っている」

「鉄砲隊ですか」

「ああ。新しく増やす隊があると聞いた。希望は伝えてある」

「配属は、これからなのですね」

「そうだ。騎士になったからといって、好きな持ち場を選べるわけじゃない」

 トーマスは、窓の外へ目を向けた。

「だが、学ぶ機会があるなら、逃したくない」

「ベルン伯爵領での戦を見て、そう思ったのですか」

「ああ。火槍を使う隊の話も聞いたし、こちらの火縄銃の働きも知った。知らぬままでいてよい武器じゃない」

 その言葉に、アレクは頷いた。

 トーマスは続けた。

「今日の話を聞いて、なおさら思った。持って撃てば済むのではないんだな」

「はい。銃を扱うことと、隊として動くことは、同じではありません」

「教える側になるには、何から覚える」

 問いかけは、真剣だった。

 アレクは、少し考えてから答えた。

「まずは、自分も教わることだと思います。何が分からず、どこで迷うのかを、覚えておいてください」

「自分が迷ったところを?」

「はい。後から来た兵も、同じところで困るかもしれません」

 トーマスは、黙って頷いた。

「それなら、俺にも覚えがある。従士になった頃、聞き直すのが嫌で、分かったふりをした」

「後で困りませんでしたか」

「困った。ひどく叱られた」

 アレクが笑うと、トーマスも笑った。

「兵には、同じことをさせないようにしたい」

「それも、大切なことだと思います」

 トーマスは杯を置いた。

「騎士になれば、もっと何でもできると思っていた」

「違いましたか」

「覚えることが増えた」

 その答えに、アレクは何度も頷きたくなった。

「私もです」

「伯爵になったお前でもか」

「伯爵になったからこそ、分からないことが増えました」

 トーマスが笑った。

 アレクも、笑みを返す。

「騎士になれたから、もう十分だとは思わないのですか」

「なったばかりで、終わりにしてどうする」

 迷いのない返事だった。

 村で木剣を差し出してきた時も、同じように前を見ていた。

 だが、今のトーマスは、戦場の怖さを知らずに言っているのではなかった。

 失った者のことも、うまくできなかったことも覚えている。

 それでも、次を目指していた。

「配属が決まったら、知らせてください」

 アレクは言った。

「こちらから勝手に決めることはできませんが、学ぶお手伝いができることはあると思います」

「ああ。まずは、選んでもらわねばな」

 トーマスが頷いた。

 アレクは、村の空き地を思い出した。

 あの時は、トーマスが自分へ木剣を渡した。

 今日は、トーマスの問いに自分が答えている。

 どちらか一方だけが変わったのではない。

 二人とも、あの場所から歩いてきたのだった。

 ◇ ◇ ◇

 やがて、話題はラーデン村へ移った。

「村にも寄るのだろう」

 トーマスが尋ねた。

「はい。許可をいただきました」

「聞いている。俺が案内することになった」

 アレクは顔を上げた。

「トーマスが?」

「ああ。道を知っている者がよいだろうとな。こちらの用務が済んでから、村まで同行する」

 アレクは、思わず笑みを浮かべた。

「それは、心強いです」

「今なら、昔よりは役に立つぞ」

「昔も、助けてもらいました」

 トーマスは少し笑い、杯に残った水を飲んだ。

 アレクは、聞きたかったことを口にした。

「マルセルさんは、お元気ですか」

「ああ。今も教会にいる。俺が戻った時には、姿勢が悪いと背中を叩かれた」

「騎士になっても、ですか」

「なったから、余計にだそうだ」

 アレクは笑った。

 笑いながら、胸の奥が緩んでいくのを感じた。

 あの人は、今も村にいる。

 教会で暮らし、帰ってきたトーマスの背筋を正している。

「よかった」

 小さく言うと、トーマスがこちらを見た。

「ずっと、気になっていたのか」

「はい」

 アレクは頷いた。

「戻ると約束したままでしたから」

 トーマスは、しばらく黙っていた。

 それから、ゆっくりと口を開く。

「お前のことも、気にしていた」

 アレクは顔を上げた。

「私のことを?」

「ああ。便りで村の話を聞くと、時々、お前の消息を知らないかと書いてあった」

 アレクは、膝の上で手を握った。

 待っているだろうとは、思っていた。

 それでも、実際に聞くと、言葉が出なかった。

「グランヴァルトに若い伯爵がいるという話は、俺も耳にした」

 トーマスが続けた。

「だが、俺の知るアレクだと確かめるまでは、家族への便りにも書けなかった。別人の話で、マルセル神父を喜ばせるわけにもいかんだろう」

「そうですね」

「今回は、顔を見た。もう、間違えようがない」

 トーマスは、少し笑った。

「会ったら、驚くだろうな」

「怒られるかもしれません」

「それは、あるかもしれん」

 否定されず、アレクは苦笑した。

 トーマスも笑ったが、すぐに穏やかな顔へ戻った。

「だが、会えば分かる。生きて帰ってきたんだからな」

 アレクは頷いた。

 言い訳を先に考えるのは、やめようと思った。

 長く戻らなかったことを謝る。

 世話になった礼を伝える。

 そして、今どう暮らしているかを、自分の言葉で話す。

 そのために、村へ行くのだった。

 ◇ ◇ ◇

 翌日の予定を確かめた後、二人は窓のそばへ立った。

 庭を横切る兵が、トーマスに気づいて礼をする。

 トーマスは頷き、またアレクへ顔を向けた。

「村へ行く道は、少し直された。昔ほど荷車が揺れなくなったぞ」

「教会は、変わっていませんか」

「屋根を直した。ほかは、見れば分かる」

「では、楽しみにしておきます」

 アレクが答えると、トーマスは笑った。

 廊下の方から、人が近づく気配がした。

 トーマスが姿勢を整える。

「それでは、明朝、訓練場へのご案内に伺います」

 急に戻った丁寧な口調に、アレクは少しだけ目を細めた。

「よろしくお願いします」

 トーマスも、それに気づいて笑みをこらえていた。

 扉の前で礼をし、部屋を出ていく。

 アレクは、その背中を見送った。

 騎士になると言った友は、本当に騎士になっていた。

 その友が、今度は帰り道を案内してくれる。

 アレクは窓へ向き直った。

 村を出た時には、戻る日がこれほど先になるとは思っていなかった。

 騎士と伯爵になった二人が、もうすぐ、あの村へ帰る。

かつて村で将来を語り合った二人が、伯爵と騎士として再会しました。

立場が変わっても、二人きりになれば昔のように話せる。そんな友との時間を描きました。


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