第二十九話 旗を並べる日
約束の日、アレクの城へフーゴが兵を率いて訪れます。
二つの隊が、初めて同じ訓練場に立ちます。
鍛冶町で試験を見届けてから、数か月が過ぎた。
アレクの城へは、その間も各地から報告が届いていた。
火縄銃を受け取った数。教育を終えた兵の数。まだ単独で隊を任せるには不安の残る指揮官のこと。
同じ日に銃が届いた家でも、進み具合は違っていた。
アレクはギルベルトたちと報告を確かめ、必要な返事を送り続けた。
そして、その日の朝。
城外の街道を、兵の列が近づいてきた。
先頭には、ヴァルテン伯爵家の旗がある。
馬上のフーゴがアレクを見つけ、片手を上げた。
「今度は、兵を連れて来たぞ」
馬を止めた伯爵へ、アレクが歩み寄った。
「お待ちしていました」
フーゴの後ろには、火縄銃を持った兵が続いていた。
三百人。
その列に沿って、見覚えのある隊長が馬を進めている。
以前、フーゴとともに訓練を見学した男だった。
隊長の命令で、兵たちが定められた場所へ進む。後ろから来る荷車のために道を空け、隊ごとにまとまって止まった。
アレクは、その様子を見た。
あの日、訓練場を眺めていた男が、今日は自分の育てた鉄砲隊を率いている。
フーゴが馬を下りた。
「まだ、貴殿の隊のようには動かん」
「今日は、そのために集まっていただいたのですから」
「ああ。遠慮なく見てくれ」
フーゴは答え、兵の方へ振り返った。
「ただ、よく学んできた者たちだ」
声には、自負があった。
アレクは頷いた。
「私たちも、準備をしてきました」
訓練場の向こうでは、ギルベルトがこちらを見ていた。
アレクが手を上げると、ギルベルトも応じた。
その後ろには、六百人の鉄砲兵が並んでいた。
◇ ◇ ◇
合同訓練は、マティアスとユリウスの了承を得て行われることになっていた。
アレクが指揮を任されている三千人のうち、今回は六百人を参加させる。
アレク自身の直属兵だけではなく、王家とマティアスから預かる隊からも参加させていた。
諸侯へ教官を派遣したことで生じた王家の隊の欠員も、補充された兵の教育を進め、すでに埋めている。
フーゴ側の三百人と合わせ、訓練場へ集まった鉄砲兵は九百人だった。
アレクとフーゴは、指揮を担う者たちを集めた。
「今日は、別々の隊が一緒に動くための訓練です」
アレクが言った。
「撃つことはしません。命令が伝わり、互いの動きを確かめられるかを見ます」
ギルベルトが頷く。
フーゴの隊長も、兵の配置を記した書付へ目を落とした。
アレクの六百人は訓練場の中央寄りに、フーゴの三百人はその右側に位置する。互いの列が重ならないよう間を取り、それぞれの旗を立てることになっていた。
命令を伝える者と、報告を受ける場所も確かめた。
フーゴが、自分の隊長へ尋ねる。
「よいか」
「はい」
「分からぬまま始めることのないようにな」
隊長は顔を上げた。
「承知しております」
アレクは、集まった者たちの顔を見た。
何度も一緒に訓練してきた者もいれば、今回初めて言葉を交わした者もいる。
同じ火縄銃を持っている。
だが、それだけで同じように動けるとは限らなかった。
「では、始めましょう」
アレクの言葉で、指揮官たちが持ち場へ戻っていった。
◇ ◇ ◇
最初の移動は、順調に見えた。
アレク側の隊が前へ進む。
少し遅れて、フーゴ側の隊も動き始めた。
兵の列は大きく乱れていない。
それぞれの指揮官が声をかけ、遅れた者が歩調を合わせる。
アレクは、自分の隊の先頭と、右側の旗を見比べていた。
次の命令を伝える。
自分の隊は、予定した場所で止まり、向きを変える準備に入った。
フーゴ側の隊も止まる。
だが、そこから動かなかった。
アレクは少し待った。
右側では、隊長が伝令と話している。フーゴも、その場へ馬を寄せていた。
こちらの指揮官が、アレクを振り返る。
続けてよいかを確かめる目だった。
「いったん止めます」
アレクは言った。
命令が伝わり、訓練場の動きが収まった。
フーゴがこちらへ来る。
その顔に、笑みはなかった。
「すまぬ。こちらが待たせた」
「何か、伝わっていませんでしたか」
「ああ。最初に指定された位置へ進むことは伝わっていた。だが、その先は、私から改めて命令を出すものと思わせてしまった」
フーゴの隊長も近づいてきた。
「申し訳ございません。隣の隊が止まったため、こちらも次の命令を待ちました」
アレクは、自分の指揮官たちへ目を向けた。
こちらでは、最初の説明に含まれた動作を続けるものとして伝わっていた。
フーゴ側では、途中で命令を待つものとして受け取られている。
同じように説明したつもりだった。
だが、受け取り方が違っていた。
「私の説明が足りませんでした」
アレクが言った。
隊長が顔を上げる。
「こちらの者には通じていたので、それでよいと思っていました。どこまでを一つの命令として動くのか、確かめていませんでした」
「私も、始める前に確かめるべきだったな」
フーゴが答えた。
ギルベルトは、兵たちのいる方を見ていた。
「一度、指揮する者同士で確認した方がよろしいかと」
「はい。兵には休憩を取らせてください」
アレクが答える。
フーゴも、自分の隊長へ頷いた。
休憩の命令が伝えられると、兵たちがそれぞれの隊で腰を下ろし始めた。
勝手に列を離れる者はいない。
アレクは、その様子を見てからフーゴへ向き直った。
「兵たちは、命令を守っていましたね」
「ああ。止めてしまったのは、我々だ」
フーゴは、はっきりと答えた。
◇ ◇ ◇
指揮官たちを集め直すと、ほかにも違いが見つかった。
報告をどこまで待ってから、次の命令を出すのか。
隣の隊の動きが遅れた時、誰へ知らせるのか。
自分の隊の中では、当たり前になっていることばかりだった。
アレクが説明すると、フーゴの隊長が尋ねる。
その答えを聞いて、今度はアレク側の指揮官が口を開いた。
最初に集まった時より、質問が増えていた。
フーゴは、それを止めなかった。
アレクも、時間を気にして話を打ち切ることはしなかった。
やがて、隊長たちは自分の言葉で、受け取った命令を説明し直した。
そこで食い違いがあれば、もう一度確かめる。
最後まで聞いたギルベルトが頷いた。
「こちらは、揃いました」
フーゴの隊長も答える。
「こちらも、兵へ伝え直してまいります」
「頼む」
フーゴが言った。
隊長たちが離れていく。
アレクは、訓練場に立つ二つの旗を見た。
「別の隊と動くのは、思っていた以上に難しいですね」
「同じ家の兵でも、隊長が違えば癖がある。家まで違うのだからな」
フーゴが答えた。
「だが、今日ここで分かった」
アレクは頷いた。
敵を前にしてから、初めて気づいたのではない。
そのために、集まったのだった。
◇ ◇ ◇
再開の合図が出た。
兵たちが立ち上がり、持ち場へ戻る。
アレクは、ギルベルトから準備を終えたと報告を受けた。
右側でも、フーゴの隊長が伯爵へ礼をしていた。
二つの隊が、命令を待っている。
アレクは息を整えた。
「始めます」
指示が伝わった。
六百人が動き出す。
右側でも、フーゴの命令を受けた三百人が前へ進んだ。
先ほどと同じ場所へ向かう。
アレクは、自分の隊だけでなく、右側の旗にも目を配った。
兵の列が止まる。
報告が届く。
次の動きへ移る。
今度は、右側の隊も止まったままにはならなかった。
フーゴが指示を出し、隊長がそれを兵へ伝える。
アレクが駆け寄る必要はなかった。
それぞれの隊が、自分たちの指揮官に従っていた。
途中で、フーゴ側の列にわずかな遅れが出た。
だが、その知らせは、次の動きへ移る前に届いた。
アレクは報告を受け、待つよう命じる。
遅れを直したと知らせが戻り、訓練が再び進んだ。
遠くで、ヴァルテン伯爵家の旗が揺れた。
こちらでは、林檎の花と五つの蕾を配した旗が風を受けている。
違う旗の下にいる兵が、同じ予定に従って動いていた。
すべてが滑らかだったわけではない。
命令を伝え直す場面もあれば、位置を確かめるために時間を取ることもあった。
それでも、何が起きているか分からないまま、片方だけが取り残されることはなかった。
最後の移動を終えた兵たちが止まる。
各隊から報告が戻った。
ギルベルトが、アレクへ向き直る。
「予定した行動を終えました」
アレクは、右側を見た。
フーゴも、こちらを見ていた。
伯爵が片手を上げる。
アレクも手を上げた。
「ここまで」
訓練終了の命令が、兵たちへ伝わった。
◇ ◇ ◇
フーゴが近づいてきた時、アレクはようやく肩の力を抜いた。
伯爵も同じだったらしい。
馬を下りると、長く息を吐いた。
「一つの隊にまとめなくても、共に戦えるようにする。簡単にはいかんな」
「はい。でも、今日、少し近づきました」
「ああ」
フーゴは、兵たちへ目を向けた。
古参の隊長が、指揮官を集めて話している。
今日うまくいかなかったところを、その場で確かめているようだった。
「帰ってからの仕事が増えた」
フーゴが言った。
「こちらもです」
「次に来る時には、今日よりよく動かしてみせる」
その言葉に、アレクは笑みを浮かべた。
「では、私たちも、同じところで困らせないようにしておきます」
フーゴも笑った。
訓練場の一角では、両家の指揮官が並んで話していた。
最初は互いに名を確かめるところから始めた者たちだった。
今は、先ほどの動きについて、身振りを交えて言葉を交わしている。
アレクは、その姿を見ていた。
地図の上で駒を並べた時には、見えなかったことだった。
兵も、指揮官も、それぞれに顔と声がある。
次に同じ場所へ立つ時には、今日より話が早くなるだろう。
フーゴが言った。
「兵にも伝えておく。次に隣へ立つのは、今日ここにいた者たちかもしれんとな」
「はい」
アレクは頷いた。
別々の隊であることは、変わらない。
それでも、もう、知らない隊ではなかった。
◇ ◇ ◇
合同訓練の報告は、各家の配備状況とともに、マティアスへ届けられた。
それから数日後、王都の一室で、レオンハルトは書状を広げていた。
「五千四百か」
机の向こうに立つマティアスが頷く。
「アレクが預かる三千人に加え、諸侯のもとで基礎教育を終えた者が、合わせて二千四百人となりました」
「銃を渡しただけの数ではないな」
「はい。配備した銃の数とは別に、教育を終えた兵の人数を報告しております。まだ教育中の者は、この数に含めておりません」
レオンハルトは、書状の続きを読んだ。
そこには、各家の名と人数が記されていた。
ユリウスの配下だけではない。
アーノルドの配下にある諸侯の名も並んでいる。
「この全員を、すぐに連れていけるわけではないか」
「国境や城の守りから外せない隊もあります。また、基礎を終えていても、ほかの隊と合わせて動くには、さらに訓練が必要です」
マティアスは答えた。
レオンハルトの指が、ヴァルテン伯爵の名で止まった。
「それを、始めたのだな」
「はい。アレクとヴァルテン伯爵の合同訓練です。初めは命令の受け取り方に違いがあり、動きが止まったとのことです」
「そこまで書いて寄越したか」
「直した内容も記しております」
レオンハルトは、添えられた報告へ目を移した。
成功したとだけ書かれているのではない。
何が揃わず、どこで止まり、何を確かめ直したのか。
読み終えると、王は書状を机へ置いた。
「よい。戦場で初めて困られるより、今のうちに困っておけ」
マティアスは頷いた。
「ほかの家にも、段階を踏んで同様の訓練を進めさせます」
「ああ。ただ数を揃えて終わるな」
「承知しております」
レオンハルトは、もう一度、五千四百という数へ目を向けた。
カルディアとの戦で、三千挺は力を示した。
その知らせは、すでに他国にも届いているだろう。
だが、それで増えるのをやめたわけではない。
「三千で終わると思っている者には、考えを改めてもらわねばならんな」
王の口元が、わずかに上がった。
マティアスは、その言葉に笑わなかった。
書状を受け取り、静かに答えた。
「その時に動かせる軍として、整えてまいります」
◇ ◇ ◇
マティアスがアレクの城を訪れた時には、フーゴの隊はすでに領地へ戻っていた。
訓練場では、今日も兵が動いている。
その様子を窓から確かめてから、マティアスは机へ書状を置いた。
「陛下にも報告した。引き続き進めろ」
「承知しました」
「ヴァルテン伯爵とは、よい話ができたようだな」
「はい。私たちだけでは気づかなかったことも、ありました」
「ならば、そのやり取りを続けることだ」
アレクは頷いた。
マティアスは、もう一通の書状を取り出した。
「こちらは、アルヴェインからだ」
アレクが顔を上げる。
「アルベルト様からですか」
「ああ。鉄砲隊の増設にあたり、教育の進め方について助言を求めている」
書状を受け取り、アレクは目を通した。
アルヴェインにも、すでに火縄銃を扱う隊はある。
今回は隊をさらに増やすため、教育や訓練の様子を見て助言してほしいという申し入れだった。
「私が、伺うのでしょうか」
「陛下は了承された。こちらの訓練に支障が出ぬよう、日程を調整して行くことになる」
「分かりました」
アレクは答え、書状へ目を戻した。
訪問する場所や、誰と話をするかは、これから詰めていくことになる。
勝手に国境を越え、好きな場所へ向かえるわけではない。
それでも、アルヴェインへ行くのなら。
アレクは、書状を机へ置いた。
「マティアス様」
「何だ」
「用務を終えた後に、立ち寄らせていただきたい場所があります」
マティアスが顔を向けた。
「どこだ」
「ラーデン村です」
その名を口にすると、教会の扉が思い浮かんだ。
使い込まれた長椅子。
温めてもらったスープと、黒いパン。
文字を教わった、小さな机。
そして、出発の日に、自分の顔を見て約束するよう言った人。
マティアスは、少し考えてから尋ねた。
「何か用があるのか」
「戻ると約束した人が、待っています」
アレクは答えた。
口にしてから、目を伏せた。
「ずっと、帰れないままでした」
マティアスは、すぐには何も言わなかった。
やがて、机の上の書状へ目を向ける。
「アルヴェイン側へ、日程と合わせて打診する。訪問先の領主にも、話を通してもらわねばならん」
アレクが顔を上げた。
「よろしいのですか」
「用務を放り出して行くのでなければな」
「はい。もちろんです」
返事をすると、マティアスは一度頷いた。
「戻ったら、その者の話も聞かせろ」
「はい」
アレクは、もう一度答えた。
マティアスが部屋を出た後も、アレクはしばらく机の前に立っていた。
窓の外では、訓練を終えた兵が列を整えている。
林檎の花の旗が、その上で風を受けていた。
あの村を出た時には、自分の旗などなかった。
守る領地も、命令を待つ兵もいなかった。
それでも、帰る場所はあった。
アレクは椅子へ座り、訪問に向けて確認すべきことを書き出した。
留守中の仕事を、確実に引き継ぐ。
引き受けた用務を果たす。
その先で、ようやく伝えられる。
遅くなりましたが、戻りました。
あの日の約束を、今度こそ果たしに行く。
第二十九話をお読みいただき、ありがとうございました。
互いを知り、共に歩み始めた二つの隊。そして、アレクが果たしたいと願う約束。これからの物語も見守っていただけたら嬉しいです。
少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や【★★★★★】での評価で応援していただけると、執筆の励みになります!




