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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第八篇 乱世に結ぶ絆

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第二十八話 砲声の、その先へ

王家の鍛冶町から、試験への招きが届きます。

アレクはマティアスとともに、職人たちの仕事を見届けに向かいます。

 王家の鍛冶町から知らせが届いたのは、フーゴが城を訪れてからしばらく後のことだった。

 改良した砲車と、新しい砲弾を見ていただきたい。

 書状には、試験を重ねて得られた成果と、まだ解決していない問題が記されていた。

 アレクはそれをマティアスへ送り、試験への立ち会いを願い出た。

 返事は短かった。

 自分も行く。日を合わせろ。

 そうして訪れた鍛冶町では、朝から槌の音が響いていた。

 荷車が通り、煤のついた前掛けを着けた職人が道を横切る。以前は仕事が減って困っていると訴えていた町に、今は王家からの注文が届いている。

 試験場は、町の外に設けられていた。

 アレクたちが到着すると、待っていた職人と砲兵が礼をした。

「お待ちしておりました」

 取りまとめ役の職人が進み出る。

 マティアスは挨拶を受け、並べられた大砲へ目を向けた。

「知らせは読んだ。まずは、見せてもらおう」

「はい。こちらでございます」

 案内された先で、アレクは足を止めた。

 大砲そのものには、見覚えがあった。

 だが、それを支える砲車の姿が違っている。

 左右に、大きな車輪が一つずつ付いていた。

 砲身のそばに立つ兵と見比べると、以前のものより車輪が大きくなったことがよく分かった。

「まず、移動をご覧いただきます」

 職人が言った。

 砲兵たちが持ち場へ向かう。

 合図を受けて馬が歩き始めると、大砲がゆっくりと動き出した。

 アレクは、その後を目で追った。

 砲車は試験場の端まで進み、そこで向きを変える。兵が声をかけ合い、定められた場所へ運んでいった。

 以前なら何度も立ち止まっていたような場所でも、砲車は止まらずに進んだ。

 マティアスが、そばにいた砲兵へ尋ねた。

「前のものも扱ったことがあるか」

「はい」

「どうだ」

「動かしやすくなりました。特に、場所を変える時の手間が違います」

 兵は、向きを変えている砲車を見た。

「以前は、少し向きを直すだけでも苦労することがございました」

「悪路でも同じように動くか」

「そこまでは申し上げられません。ぬかるめば足を取られますし、馬にも負担がかかります」

 マティアスは頷いた。

 大砲が所定の場所へ運ばれる。

 砲兵たちは、それで仕事を終えたわけではなかった。声をかけ合いながら、射撃のための準備へ移っていく。

「移した後、どれほどで使える」

 マティアスが尋ねた。

 職人が、記録を持つ者を呼んだ。

 これまでの試験で、移動と準備にどれほど時間がかかったか。その説明を聞きながら、マティアスは砲兵たちを見ていた。

「城まで運べればよい、というだけではなくなるな」

 アレクが顔を向ける。

「野戦での運用ですか」

「ああ。敵が、こちらの置いた場所へ来るとは限らん。動かせるなら、使い道も増える」

 砲兵が、その言葉に背筋を伸ばした。

 アレクも、砲車へ目を戻した。

 馬で駆ける鉄砲隊と、同じ速さで進めるわけではない。

 それでも、一度据えた場所から動かすことをためらわずに済むなら、できることは変わる。

 砲兵たちの顔には、すでにその実感が表れていた。

 ◇ ◇ ◇

 次に案内された机には、二種類の弾が置かれていた。

 一つは、これまで使ってきた球形の弾だった。

 その隣には、胴が長く、先端へ向かって細くなった試作弾がある。

 マティアスが足を止めた。

「弾の形まで変えたのか」

「はい。アレク伯爵様からいただいたお話をもとに、試してまいりました」

 職人が答えた。

 アレクは、試作弾を見た。

 前世で見覚えのある砲弾の姿に、近づいている。

 だが、見た目が似ているからといって、同じように働くとは限らない。

「今日使うのは、今までの大砲ですね」

「はい。砲身は変えておりません」

 職人は、試験場の奥を示した。

 門を模した標的が、間隔を空けて設けられていた。

 使う木材や組み方を揃え、結果を比べられるようにしたという。

「今回は、まず貫通の違いをご覧いただきます」

 アレクたちは、案内された見学場所へ移った。

 周辺を見張る兵から、退避を終えたと報告が届く。

 砲兵が準備を整え、指揮官へ知らせた。

 アレクは、大砲へ手を伸ばさなかった。

 自分の能力で照準を助ければ、狙う場所へ近づけることはできるかもしれない。

 だが、今日は職人と砲兵が重ねてきた試験を見る日だった。

 彼らの手で、どのような結果になるのかを確かめる。

 合図が上がった。

 砲声が響く。

 球形の弾が標的を打ち、木片が飛び散った。

 煙が流れるまで待ち、砲兵たちが状態を確かめる。

 続いて、別の標的へ試作弾を撃つ準備が進められた。

 マティアスは、黙って待っていた。

 二度目の砲声が響いた。

 標的の中央近くが大きく弾けた。

 その向こうで土煙が上がる。

 アレクは目を凝らした。

 門を模した木組みには、向こう側が見える穴が開いていた。

「抜けたか」

 マティアスが言った。

「確認いたします」

 指揮官が答えた。

 試験を止め、立ち入りの許可が出るまで待つ。

 職人たちが先に向かい、その後からアレクとマティアスも標的へ近づいた。

 木材の裂けた跡を見て、アレクは足を止めた。

 試作弾は標的を貫き、その後方まで達していた。

 職人が、従来の弾を撃った標的と見比べながら説明する。

「今回も、試作弾の方が深く貫いております。これまでの比較試験でも、同様の結果が出ています」

 マティアスが、穴の向こうへ目を向けた。

「実際の門でも、同じように働くなら大きいな」

「はい。ただ……」

 職人は、そこで言葉を切った。

 アレクが顔を向ける。

「命中位置のことですね」

「そのとおりでございます」

 書状に記されていた問題だった。

 職人は、持参した記録を開いた。

「今の一発は、狙った場所へ当たりました。ですが、同じように撃っても、命中する位置が揃わないのです」

 示された記録には、試験ごとの結果が書き込まれていた。

 球形の弾と比べても、命中位置の散らばりが大きい。

 標的へ当たれば深く貫く。

 だが、狙ったところへ届かなければ、その力を活かせない。

「外れたものも、すべて記しております」

 職人が言った。

 アレクは頷いた。

「ありがとうございます。今日の一発だけでは、分からないところでした」

 職人の肩から、わずかに力が抜けた。

 アレクは、もう一度標的へ目を向けた。

 形を変えれば、それで済むわけではなかった。

 前世で見た砲弾は、ただ細長い形をして飛んでいたのではない。

 そこまで考え、アレクは机に並んでいた試作弾の姿を思い浮かべた。

 ◇ ◇ ◇

 見学場所へ戻る途中で、アレクは職人へ声をかけた。

「弾の向きが、飛んでいる間に安定していないのかもしれません」

 職人が足を止める。

「向き、でございますか」

「はい。弾に回転を与える必要があるのかもしれません」

 マティアスも、アレクへ顔を向けた。

「回転させれば、狙いが定まるのか」

「今のばらつきを抑える方法にはなると思います。ただ、試して確かめなければなりません」

 アレクは答えた。

 記憶にある言葉が浮かんでいた。

 ライフリング。

 銃や大砲の筒の内側に設けられた、螺旋状の溝だった。

 アレクは机の前へ戻り、職人たちへ考えを伝えた。

「筒の内側に、螺旋状の溝を設けるのです。弾がそこを通る時に回転するようにできれば、飛ぶ姿勢を安定させられるのではないでしょうか」

 職人たちは、すぐには返事をしなかった。

 一人が大砲へ目を向け、別の一人が試作弾を見た。

 取りまとめ役の職人が、口を開いた。

「外側ではなく、筒の中を加工するのですね」

「はい」

「今までの道具で、同じように作れるとは申し上げられません」

「そこも含めて、研究していただきたいのです。できる前提で、兵へ渡すつもりはありません」

 職人は頷いた。

 しばらく仲間と言葉を交わしてから、再びアレクへ向き直る。

「もう一つ、ございます」

「何でしょう」

「その弾を使うなら、装填の仕方も考え直すことになりそうです。今までどおり、前から込めるやり方のままでよいかどうか」

 アレクは、大砲の後ろへ目を向けた。

「後ろから装填する方式も、併せて研究できませんか」

 職人が、アレクの視線を追った。

「以前、構想として伺ったものですね」

「はい。今回の砲弾と合わせて、改めて考えていただきたいと思っています」

 マティアスが口を挟んだ。

「弾を入れる場所を変えるだけで済む話ではないだろう」

「仰るとおりです」

 職人が答えた。

「後ろを開けられるようにすれば、撃つ時には、確実に閉じておかなければなりません。そこに不安が残るものを、砲兵へ渡すわけにはまいりません」

 アレクは頷いた。

 新しい仕組みには、新しい難しさがある。

 回転を与えることも、後ろから装填することも、言葉にするだけなら短い。

 それを砲兵が使える物へ仕上げるのは、ここにいる者たちだった。

「今使っている大砲の製造や整備を止めずに、試作を進められるかを考えてください。必要な人や道具も、まとめていただけますか」

「承知いたしました」

 職人が答えると、マティアスが続けた。

「陛下には、今日の結果と合わせて私から申し上げる。何ができていて、何がこれからなのか、分けて報告を作れ」

「はい」

 職人たちが頭を下げた。

 机の上には、まだ球形の弾と、細長い試作弾が並んでいる。

 今日、ここで新しい大砲が完成したわけではなかった。

 それでも、次に何を確かめるべきかは、少し見えてきた。

 ◇ ◇ ◇

「もう一つ、ご覧いただきたいものがございます」

 職人の言葉を受け、アレクたちは再び見学場所へ戻った。

 貫通試験に使った標的とは別の区画へ、砲兵が向かっている。

 そこには、着弾地点の周囲にも標的が置かれていた。

 マティアスが、その配置へ目を向ける。

「こちらが、炸裂する弾か」

「はい」

 職人の返事は、先ほどよりも硬かった。

「今までの弾とは、当たった後の働きが異なります。こちらでお待ちください」

 アレクは頷いた。

 兵たちが周辺を確かめ、報告を戻す。

 見学する職人たちも、定められた場所から前へ出なかった。

 風が吹き、先ほどの射撃で残った煙が薄れていく。

 砲兵の指揮官が、準備を終えたと知らせた。

 マティアスが頷く。

 合図が上がった。

 大砲が火を放つ。

 砲声が試験場へ響き渡った。

 アレクは、標的のある方を見た。

 その直後、着弾地点で土煙が跳ね上がった。

 もう一つの破裂音が、遅れて届いた。

 そばにいた職人が、息を詰めた。

 従来の弾が木材へぶつかった時とは違う。

 着弾地点を中心に土煙が広がり、その周囲に置かれた標的まで揺れていた。

 煙の向こうで、標的の一つが傾いていた。

 マティアスは、しばらく黙っていた。

 砲兵たちも、すぐには動かない。

 アレクは、少しずつ晴れていく土煙を見つめた。

 着弾地点のそばだけではなかった。

 離して置かれた標的にも、先ほどまでなかった損傷が見えている。

「当たった場所だけではないのだな」

 マティアスが言った。

「はい」

 職人が答えた。

 その声には、安堵がにじんでいた。

 だが、マティアスは続けて尋ねた。

「撃つたびに、今と同じ結果が得られるのか」

 職人は、すぐには頷かなかった。

「いいえ。まだ、結果が揃ってはおりません」

 成功した試験だけでなく、期待した働きをしなかったものもある。

 運ぶ時や保管する時に問題がないかも、引き続き確かめなければならない。

 職人は、そう報告した。

 マティアスは最後まで聞いてから、アレクへ目を向けた。

「どう見る」

 アレクは、損傷した標的へ視線を戻した。

「今までの大砲とは違う働きができることは、分かりました。ですが、まだ実戦へ出す段階ではないと思います」

「ああ」

 マティアスは短く答えた。

「威力があるからこそ、扱う兵を危険にさらすものにはできん」

 職人が深く頷いた。

 アレクも、その顔を見た。

「今日の結果だけを、報告に載せないでください。うまくいかなかった分も、必要です」

「すべて、お渡しいたします」

 返事に迷いはなかった。

 アレクは、ようやく少し笑みを浮かべた。

「ここまで形にしてくださったことには、感謝しています」

 職人は目を上げた。

「まだ、完成とは申し上げられません」

「はい。それでも、ここまで来たのですね」

 アレクが言うと、職人の口元がわずかに緩んだ。

 ◇ ◇ ◇

 試験を終える頃には、日が傾き始めていた。

 砲兵たちは大砲の状態を確かめ、職人たちは記録を持ち寄っていた。

 机を囲んだ者たちへ、マティアスが言った。

「砲車の配備まで、新しい弾や大砲の完成を待つ必要はない」

 取りまとめ役の職人が顔を上げる。

「今の大砲に使えるなら、それだけでも兵の助けになる。今日までの試験結果と、配備に向けて残っている確認をまとめろ」

「承知いたしました」

「弾と、新しい大砲については、別に進める。費用も人も必要になる。急ぐあまり、使える職人をあちこちへ引き抜いて、今の仕事を止めるな」

 職人たちが頷いた。

 アレクは、そのやり取りを聞いていた。

 自分が新しい案を出せば、それを形にするために人が動く。

 道具も、材料も、時間も要る。

 マティアスは、それらをまとめて見ていた。

「アレク」

「はい」

「思いついたことは、今後も伝えろ。ただし、何を先に仕上げるかは、ここの者たちとも話して決めるように」

「承知しました」

 アレクは答えた。

 マティアスは一度頷き、待っていた従者へ向かった。

 アレクは、机の上に残された試作弾を見た。

 門を貫く力は示せた。

 だが、狙ったところへ安定して届けるには、まだ足りない。

 炸裂する弾も、一度うまく働いたからといって、そのまま兵へ渡せるものではなかった。

 それでも、ただの思いつきだったものが、目の前にある。

 職人たちが作り、試し、失敗した結果まで残してくれた。

「伯爵様」

 呼ばれて振り向くと、取りまとめ役の職人が立っていた。

「筒の内側を加工する件ですが、まずは加工用の道具を作る職人たちとも相談いたします」

「お願いします」

「これまでより、細かな仕事になりそうです」

 アレクは頷いた。

 その技術が身につけば、いずれ人が持つ銃にも活かせるかもしれない。

 だが、今はまだ、その先を急がせる時ではなかった。

「まずは、新しい大砲を形にしましょう。その先も、皆さんと考えたいと思っています」

 職人は、しっかりと頷いた。

 帰り際、アレクは試験場を振り返った。

 新しい砲車が、砲兵たちに運ばれていく。

 その向こうには、貫かれた標的と、炸裂弾の試験跡が残っていた。

 今日聞いた二つ目の破裂音が、まだ耳に残っている。

 あれを戦場へ持ち出す日が来れば、これまでとは違う戦いになる。

 アレクは、職人から預かった記録を抱え直した。

 その日までに確かめるべきことが、ここに書かれていた。

第二十八話をお読みいただき、ありがとうございました。

試して初めて分かることと、その先へ進むための工夫。職人たちとアレクのやり取りを楽しんでいただけたなら嬉しいです。


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