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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第八篇 乱世に結ぶ絆

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第二十六話 火を託される者たち

アレクのもとを離れ、各地へ向かう教官たち。

迎える諸侯もまた、新たな一歩を踏み出します。

 最初の百挺が揃うまでには、さらに数週間を要した。

 ロルフたちは、仕上がった銃から順に確かめ、兵の手へ渡した。ギルベルトは、それを受け取る者たちの教育を進めた。

 城外の訓練場に並んだ騎馬鉄砲隊のうち、百人が火打石式の銃を持っていた。

 残る百人は、これまでの火縄銃を使う。

 すべてが一度に変わったわけではない。それでも、試作銃を数人で囲んでいた頃とは、目の前の光景が違っていた。

「先行して切り替えた百人は、予定していた教育を終えております」

 ギルベルトが報告した。

「使っていて気づいたことは、引き続き集めてください」

「承知いたしました」

 アレクは頷き、兵たちへ目を向けた。

 新しい銃を受け取った時の喜びは、まだ残っているのだろう。点検を待つ兵の一人が、手にした銃へ視線を落としていた。

 その脇を、荷車が通っていった。

 積まれているのは、騎馬鉄砲隊から引き取った火縄銃だった。点検を終えた百挺が、送り先ごとに分けられている。

 荷車を見送っていた兵が、そばの仲間へ言った。

「あれにも、随分と世話になったな」

「次の者にも、大事に使ってもらえるさ」

 アレクは、その声を聞きながら荷車へ近づいた。

 銃とともに旅立つ教官たちが、送り先を記した書付を確かめていた。

 いずれも、レオンハルトから預かっている兵の中から選ばれた者たちだった。マティアスやアレクの直属兵から、教官を出すことにはなっていない。

 アレクが近づくと、兵たちは顔を上げ、姿勢を正した。

「各家へ渡す銃と書状は、揃いましたか」

「はい。照合を終えております」

 答えた兵の手には、王家からの派遣を示す書状があった。

 誰の命令で赴き、何を教えるのか。それを、受け入れる諸侯にも示すためのものだった。

 アレクは、集まった顔を見渡した。

 戦場で命令を受けていた兵が、今度は、別の土地で人を教える。

 誇らしそうな者もいれば、いつもより口数の少ない者もいた。

「銃を届けるだけではありません。皆さんが身につけてきたことを、向こうの兵にも教えてください」

「はい」

「初めから、何もかもできる者はいません。皆さんも、そうだったでしょう」

 何人かが、わずかに表情を緩めた。

 アレクにも、覚えのある顔があった。

 訓練中に何度も同じところで戸惑っていた兵だ。その兵は今、教官として選ばれ、ここに立っている。

「分からないことがあれば、こちらへ知らせてください。向こうで困った時も、自分一人で抱え込まないように」

「承知いたしました」

 返事が揃った。

 送り出す時刻を告げられ、兵たちが荷車のそばへ散っていく。

 そのうちの一人が、少しためらってからアレクへ向き直った。

「伯爵様」

「何でしょう」

「こちらへ戻った時には、育てた兵のことを、ご報告できるようにしてまいります」

 アレクは微笑んだ。

「楽しみにしています」

 兵は深く礼をして、荷車へ向かった。

 やがて、門が開かれた。

 護衛を伴った荷車が、街道へ出ていく。

 アレクとギルベルトは、その列を見送った。

 ◇ ◇ ◇

 ユリウスの配下にあるヴァルテン伯爵領へ、一行が到着したのは、それから数日後だった。

 城の庭では、すでに兵たちが待っていた。

 火槍が届く。

 そう聞いて集まった者の視線が、荷車へ向けられる。

 中には、木箱の数を見て、隣の者へ何かを囁く兵もいた。

 それほど多くはない。

 一隊を揃えるための数には、到底見えなかった。

 城から出てきた男は、その兵たちの間を通り、荷車の前で足を止めた。

 フーゴ・フォン・ヴァルテン伯爵だった。

 三十代の前半で、肩幅が広い。迎えのために整えた服を着ていたが、歩き方には、兵とともに野外を歩き慣れた者らしさがあった。

 派遣された教官が、一歩進み出る。

「陛下のご命令により、参りました」

「待っていた。遠路、ご苦労だったな」

 フーゴは書状を受け取り、封を確かめてから目を通した。

 読み終えると、脇に控えていた家臣へ渡す。

「荷を下ろさせろ。泊まる部屋の用意も確かめておけ」

「かしこまりました」

 人が動き始める。

 フーゴは、教官へ向き直った。

「まずは、教育に使う分だと聞いている」

「はい。部隊へ配備する分は、別に送られてまいります」

「それまでに、こちらで何人を教えられるか、ということか」

「兵だけでなく、隊を率いる方にも学んでいただくことになります」

 フーゴは頷いた。

「では、兵の選定についても相談しよう。剣や槍の腕が立つ者だけを集めればよい、というわけではあるまい」

 教官は、少し顔を上げた。

「はい。その点も、お話しするよう申しつかっております」

「頼む」

 伯爵はそう答え、開かれた木箱へ目を向けた。

 中には、手入れを終えた火縄銃が収められていた。

 木台には、使われてきた跡がある。

 フーゴは、それを指して尋ねた。

「これは、戦場へ出た物か」

「はい。アレク伯爵様の騎馬鉄砲隊で使われていた銃です」

「そうか」

 伯爵は、すぐには手を伸ばさなかった。

 しばらく銃を見た後、教官へ視線を戻す。

「こちらの兵にも、そう伝えてやってくれ。どのような銃を託されたのか、知っておいてほしい」

 ◇ ◇ ◇

 翌朝、城外の訓練場に、選ばれた兵と隊長たちが集まった。

 フーゴも、その場へ足を運んでいた。

 教官が前へ出る。

 まず、これからの教育について説明を始めた。銃を扱う兵だけが覚えれば済むのではないこと。隊を率いる者にも、同じように学んでもらうこと。

 その途中で、古参の隊長が口を開いた。

「兵をまとめることなら、我々も長くやってきた」

 教官が言葉を止める。

 隊長は、並んでいる兵へ目を向けた。

「この者たちのことも、よく分かっている。兵の扱いはこちらに任せ、まずは武器のことを教えてもらえればよいのではないか」

 穏やかな言い方ではあった。

 だが、兵たちの視線が動いた。

 教官ではなく、自分たちの隊長を見る者がいる。

 教官は一度頷き、答えた。

「皆様が、兵を率いてこられたことは承知しております。ただ、鉄砲隊として動くために、指揮する方にも知っていただきたいことがございます」

「それは、扱う者が覚えてからでもよかろう」

 隊長が、兵へ向き直りかけた。

「待て」

 フーゴの声がした。

 隊長が姿勢を正す。

「伯爵様」

「この場で教えるのは、その者だ」

 伯爵は、教官を示した。

「私が招いた。お前たちも、まずは教わる側に立て」

 訓練場が静まった。

 隊長は口を閉じたが、すぐに返事はしなかった。

 フーゴは、その顔を見た。

「お前が兵を率いてきたことは、私も知っている。その働きを軽んじているのではない」

「……はい」

「だが、私は鉄砲隊を率いたことがない。お前も同じだろう」

 隊長は、今度ははっきりと頷いた。

「はい」

「ならば、知っている者に教わろう。今までのやり方と違うからこそ、聞いておかなければならん」

 フーゴは、教官へ向き直った。

「私も聞く。続けてくれ」

「承知いたしました」

 説明が再開された。

 フーゴは、兵たちと同じ方を向いて立っていた。途中で分からない言葉が出れば、その場で尋ねた。

 教官は、そのたびに答えた。

 やがて、先ほどの隊長も手を上げた。

「一つ、聞いてもよいか」

「はい」

「銃を持たせる兵とは別に、こちらで用意しておくべき者はいるか。今いる兵から選ぶなら、早く決めておきたい」

 教官は、持参した書付へ目を落とした。

「その点は、伯爵様にもご相談するつもりでした」

「ならば、後で一緒に聞かせてもらおう」

 隊長が答えた。

 兵たちは、もう隊長の顔色をうかがってはいなかった。教官へ顔を向け、その説明に耳を傾けていた。

 ◇ ◇ ◇

 その日の教育が終わると、フーゴは教官を城へ呼んだ。

 机には、翌日から参加させる兵の名簿が置かれていた。

 人数と役割を確かめ、必要なことを家臣へ命じる。話が一段落したところで、伯爵は椅子の背へ体を預けた。

「今日は、やりにくかっただろう」

「いいえ。お取り計らいいただき、ありがとうございました」

「あの者は、長く私の兵を預かっている。知らぬ者へ任せることに、抵抗があったのだろう」

 フーゴは、閉じた名簿へ目を向けた。

「だが、あれで話を聞かぬ男ではない。教える上で改めてほしいことがあれば、遠慮なく言ってやってくれ」

「承知いたしました」

 教官が答えると、伯爵は別のことを尋ねた。

「アレク伯爵は若いと聞く。どのようなお人なのだ」

 教官の表情が、少し和らいだ。

「お優しい方です」

「ほう」

「ですが、お強いお方でもあります。剣にも長けておられ、私が見てきた中では、伯爵様に勝った者はおりません」

 フーゴが眉を上げた。

「銃を考えた者だとは聞いていたが、剣も使うのか」

「はい。訓練でも、お相手をしてくださいます」

「それは、知らなかったな」

 伯爵は、机の上で手を組んだ。

「教える時は、どうなのだ」

 教官は少し考えた。

「分からないと申し上げても、それだけで叱られることはありませんでした」

「それだけで、というと」

「ただ、分かったふりをして済ませることは、お許しになりません。本当に理解しているか、確かめてくださいます」

 フーゴの口元が緩んだ。

「お前にも、覚えがあるのか」

「……はい」

 教官は、少しだけ視線を落とした。

「周りの者ができておりますと、自分だけ、もう一度教えてほしいとは申し上げにくいことがございました」

「それで、見抜かれたか」

「はい。ただ、兵の前で責められたのではありません。訓練の後に呼ばれ、どこが分からなかったのかと聞かれました」

 教官は、当時を思い出すように続けた。

「最後に、分からないまま戦場へ出る方が困る、と仰いました」

 フーゴは黙って聞いていた。

 先ほどの訓練場で、自分の隊長を見ていた兵たちの顔が思い浮かんだ。

 あの中にも、同じように口を閉じていた者がいたかもしれない。

「今も、新しい物を考えているのだろうな」

「はい。私には思いつかぬことばかりです」

 教官は答えたが、何を作っているのかまでは話さなかった。

 フーゴも、それ以上は尋ねなかった。

「なるほど。お前が、その方の名を誇らしげに口にする理由は、少し分かった」

 教官は、恥ずかしそうに背筋を伸ばした。

 伯爵は笑い、机の端へ手を伸ばした。

 家臣を呼ぶための鈴だった。

「紙を用意させよう。礼状を書く」

 ◇ ◇ ◇

 アレクのもとへ、各家からの報告が届き始めていた。

 教官の到着。

 教育を受ける兵と指揮官の選定。

 受け取った銃の確認。

 アーノルドの配下にある諸侯の領地でも、教育が始まったと知らせが来ていた。

 遠い土地では、まだ一行を待っている。

 それぞれの進み具合を確かめ、アレクはギルベルトと話し合った。

 工場からは、部隊へ配備するための火縄銃の出荷も始まっていた。

 最初に送った百挺だけで、各家の鉄砲隊を揃えるわけではない。配備を待っていた銃が、教育の進みに合わせて運び出されていく。

 オスカーが、報告書のそばへ一通の書状を置いた。

「ヴァルテン伯爵からでございます」

 オスカーが言った。

 アレクは顔を上げた。

「教官をお送りした方ですね」

「はい」

 書状を開く。

 初めには、銃と教官を受け入れたこと、教育が始まったことへの礼が記されていた。

 続いて、古参の隊長が戸惑ったことまで書かれている。

 アレクは、その箇所で少し目を止めた。

 教官からの報告にも、同じ出来事が記されていた。

 伯爵自身が間へ入り、その後の教育が進めやすくなったという。

 フーゴの手紙には、自分が教官を助けたとは書かれていなかった。

 自分たちにも、覚えることが多い。

 そう記されていた。

 読み進めるうちに、アレクの姿勢が少し変わった。

 末尾には、面会を願う言葉があった。

 銃を早く回してほしいという頼みではなかった。

 自分の兵を、ほかの家より先に揃えてほしいとも書かれていない。

『貴殿の隊と我が隊が同じ戦場に立つ時、互いの働きを妨げぬよう、今のうちから学んでおきたい』

 アレクは、その一文を読み返した。

「何か、問題がございましたか」

 オスカーが尋ねた。

「いいえ」

 アレクは顔を上げた。

「この方とは、一度ゆっくり話してみたいですね」

 書状を机へ置き、ギルベルトにも見せる。

 ギルベルトは目を通し、頷いた。

「派遣した者からも、伯爵様が熱心に話を聞いてくださると報告が来ております」

「ご自身の隊だけでなく、ほかの隊と一緒に戦うことまで考えておられます」

 アレクは言った。

 これまでは、預かった鉄砲隊を、自分がまとめて率いていた。

 これからは、別の領主が率いる鉄砲隊も戦場へ出る。

 隣に並ぶその隊が何をできるのか。どのような時に助けを求め、どこまで任せられるのか。

 戦場で初めて知るのでは、遅い。

「お会いする日を決めましょう。こちらの訓練も、見ていただきたいと思います」

 オスカーが頷いた。

「では、ご都合を伺う返書を」

「はい。お願いします」

 アレクは、もう一度フーゴの手紙へ目を落とした。

 銃を送った先から、共に戦うための申し出が届いた。

 そのことが、嬉しかった。

 返書には、こちらの訓練を見ていただくとともに、伯爵がこれまでどのように兵を率いてきたのかも伺いたい、と添えることにした。

第二十六話をお読みいただき、ありがとうございました。

今回は、銃とともに教えを受け継ぐ人々を描きました。新たに登場したフーゴ伯爵にも、親しみを感じていただけたら嬉しいです。


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