第二十六話 火を託される者たち
アレクのもとを離れ、各地へ向かう教官たち。
迎える諸侯もまた、新たな一歩を踏み出します。
最初の百挺が揃うまでには、さらに数週間を要した。
ロルフたちは、仕上がった銃から順に確かめ、兵の手へ渡した。ギルベルトは、それを受け取る者たちの教育を進めた。
城外の訓練場に並んだ騎馬鉄砲隊のうち、百人が火打石式の銃を持っていた。
残る百人は、これまでの火縄銃を使う。
すべてが一度に変わったわけではない。それでも、試作銃を数人で囲んでいた頃とは、目の前の光景が違っていた。
「先行して切り替えた百人は、予定していた教育を終えております」
ギルベルトが報告した。
「使っていて気づいたことは、引き続き集めてください」
「承知いたしました」
アレクは頷き、兵たちへ目を向けた。
新しい銃を受け取った時の喜びは、まだ残っているのだろう。点検を待つ兵の一人が、手にした銃へ視線を落としていた。
その脇を、荷車が通っていった。
積まれているのは、騎馬鉄砲隊から引き取った火縄銃だった。点検を終えた百挺が、送り先ごとに分けられている。
荷車を見送っていた兵が、そばの仲間へ言った。
「あれにも、随分と世話になったな」
「次の者にも、大事に使ってもらえるさ」
アレクは、その声を聞きながら荷車へ近づいた。
銃とともに旅立つ教官たちが、送り先を記した書付を確かめていた。
いずれも、レオンハルトから預かっている兵の中から選ばれた者たちだった。マティアスやアレクの直属兵から、教官を出すことにはなっていない。
アレクが近づくと、兵たちは顔を上げ、姿勢を正した。
「各家へ渡す銃と書状は、揃いましたか」
「はい。照合を終えております」
答えた兵の手には、王家からの派遣を示す書状があった。
誰の命令で赴き、何を教えるのか。それを、受け入れる諸侯にも示すためのものだった。
アレクは、集まった顔を見渡した。
戦場で命令を受けていた兵が、今度は、別の土地で人を教える。
誇らしそうな者もいれば、いつもより口数の少ない者もいた。
「銃を届けるだけではありません。皆さんが身につけてきたことを、向こうの兵にも教えてください」
「はい」
「初めから、何もかもできる者はいません。皆さんも、そうだったでしょう」
何人かが、わずかに表情を緩めた。
アレクにも、覚えのある顔があった。
訓練中に何度も同じところで戸惑っていた兵だ。その兵は今、教官として選ばれ、ここに立っている。
「分からないことがあれば、こちらへ知らせてください。向こうで困った時も、自分一人で抱え込まないように」
「承知いたしました」
返事が揃った。
送り出す時刻を告げられ、兵たちが荷車のそばへ散っていく。
そのうちの一人が、少しためらってからアレクへ向き直った。
「伯爵様」
「何でしょう」
「こちらへ戻った時には、育てた兵のことを、ご報告できるようにしてまいります」
アレクは微笑んだ。
「楽しみにしています」
兵は深く礼をして、荷車へ向かった。
やがて、門が開かれた。
護衛を伴った荷車が、街道へ出ていく。
アレクとギルベルトは、その列を見送った。
◇ ◇ ◇
ユリウスの配下にあるヴァルテン伯爵領へ、一行が到着したのは、それから数日後だった。
城の庭では、すでに兵たちが待っていた。
火槍が届く。
そう聞いて集まった者の視線が、荷車へ向けられる。
中には、木箱の数を見て、隣の者へ何かを囁く兵もいた。
それほど多くはない。
一隊を揃えるための数には、到底見えなかった。
城から出てきた男は、その兵たちの間を通り、荷車の前で足を止めた。
フーゴ・フォン・ヴァルテン伯爵だった。
三十代の前半で、肩幅が広い。迎えのために整えた服を着ていたが、歩き方には、兵とともに野外を歩き慣れた者らしさがあった。
派遣された教官が、一歩進み出る。
「陛下のご命令により、参りました」
「待っていた。遠路、ご苦労だったな」
フーゴは書状を受け取り、封を確かめてから目を通した。
読み終えると、脇に控えていた家臣へ渡す。
「荷を下ろさせろ。泊まる部屋の用意も確かめておけ」
「かしこまりました」
人が動き始める。
フーゴは、教官へ向き直った。
「まずは、教育に使う分だと聞いている」
「はい。部隊へ配備する分は、別に送られてまいります」
「それまでに、こちらで何人を教えられるか、ということか」
「兵だけでなく、隊を率いる方にも学んでいただくことになります」
フーゴは頷いた。
「では、兵の選定についても相談しよう。剣や槍の腕が立つ者だけを集めればよい、というわけではあるまい」
教官は、少し顔を上げた。
「はい。その点も、お話しするよう申しつかっております」
「頼む」
伯爵はそう答え、開かれた木箱へ目を向けた。
中には、手入れを終えた火縄銃が収められていた。
木台には、使われてきた跡がある。
フーゴは、それを指して尋ねた。
「これは、戦場へ出た物か」
「はい。アレク伯爵様の騎馬鉄砲隊で使われていた銃です」
「そうか」
伯爵は、すぐには手を伸ばさなかった。
しばらく銃を見た後、教官へ視線を戻す。
「こちらの兵にも、そう伝えてやってくれ。どのような銃を託されたのか、知っておいてほしい」
◇ ◇ ◇
翌朝、城外の訓練場に、選ばれた兵と隊長たちが集まった。
フーゴも、その場へ足を運んでいた。
教官が前へ出る。
まず、これからの教育について説明を始めた。銃を扱う兵だけが覚えれば済むのではないこと。隊を率いる者にも、同じように学んでもらうこと。
その途中で、古参の隊長が口を開いた。
「兵をまとめることなら、我々も長くやってきた」
教官が言葉を止める。
隊長は、並んでいる兵へ目を向けた。
「この者たちのことも、よく分かっている。兵の扱いはこちらに任せ、まずは武器のことを教えてもらえればよいのではないか」
穏やかな言い方ではあった。
だが、兵たちの視線が動いた。
教官ではなく、自分たちの隊長を見る者がいる。
教官は一度頷き、答えた。
「皆様が、兵を率いてこられたことは承知しております。ただ、鉄砲隊として動くために、指揮する方にも知っていただきたいことがございます」
「それは、扱う者が覚えてからでもよかろう」
隊長が、兵へ向き直りかけた。
「待て」
フーゴの声がした。
隊長が姿勢を正す。
「伯爵様」
「この場で教えるのは、その者だ」
伯爵は、教官を示した。
「私が招いた。お前たちも、まずは教わる側に立て」
訓練場が静まった。
隊長は口を閉じたが、すぐに返事はしなかった。
フーゴは、その顔を見た。
「お前が兵を率いてきたことは、私も知っている。その働きを軽んじているのではない」
「……はい」
「だが、私は鉄砲隊を率いたことがない。お前も同じだろう」
隊長は、今度ははっきりと頷いた。
「はい」
「ならば、知っている者に教わろう。今までのやり方と違うからこそ、聞いておかなければならん」
フーゴは、教官へ向き直った。
「私も聞く。続けてくれ」
「承知いたしました」
説明が再開された。
フーゴは、兵たちと同じ方を向いて立っていた。途中で分からない言葉が出れば、その場で尋ねた。
教官は、そのたびに答えた。
やがて、先ほどの隊長も手を上げた。
「一つ、聞いてもよいか」
「はい」
「銃を持たせる兵とは別に、こちらで用意しておくべき者はいるか。今いる兵から選ぶなら、早く決めておきたい」
教官は、持参した書付へ目を落とした。
「その点は、伯爵様にもご相談するつもりでした」
「ならば、後で一緒に聞かせてもらおう」
隊長が答えた。
兵たちは、もう隊長の顔色をうかがってはいなかった。教官へ顔を向け、その説明に耳を傾けていた。
◇ ◇ ◇
その日の教育が終わると、フーゴは教官を城へ呼んだ。
机には、翌日から参加させる兵の名簿が置かれていた。
人数と役割を確かめ、必要なことを家臣へ命じる。話が一段落したところで、伯爵は椅子の背へ体を預けた。
「今日は、やりにくかっただろう」
「いいえ。お取り計らいいただき、ありがとうございました」
「あの者は、長く私の兵を預かっている。知らぬ者へ任せることに、抵抗があったのだろう」
フーゴは、閉じた名簿へ目を向けた。
「だが、あれで話を聞かぬ男ではない。教える上で改めてほしいことがあれば、遠慮なく言ってやってくれ」
「承知いたしました」
教官が答えると、伯爵は別のことを尋ねた。
「アレク伯爵は若いと聞く。どのようなお人なのだ」
教官の表情が、少し和らいだ。
「お優しい方です」
「ほう」
「ですが、お強いお方でもあります。剣にも長けておられ、私が見てきた中では、伯爵様に勝った者はおりません」
フーゴが眉を上げた。
「銃を考えた者だとは聞いていたが、剣も使うのか」
「はい。訓練でも、お相手をしてくださいます」
「それは、知らなかったな」
伯爵は、机の上で手を組んだ。
「教える時は、どうなのだ」
教官は少し考えた。
「分からないと申し上げても、それだけで叱られることはありませんでした」
「それだけで、というと」
「ただ、分かったふりをして済ませることは、お許しになりません。本当に理解しているか、確かめてくださいます」
フーゴの口元が緩んだ。
「お前にも、覚えがあるのか」
「……はい」
教官は、少しだけ視線を落とした。
「周りの者ができておりますと、自分だけ、もう一度教えてほしいとは申し上げにくいことがございました」
「それで、見抜かれたか」
「はい。ただ、兵の前で責められたのではありません。訓練の後に呼ばれ、どこが分からなかったのかと聞かれました」
教官は、当時を思い出すように続けた。
「最後に、分からないまま戦場へ出る方が困る、と仰いました」
フーゴは黙って聞いていた。
先ほどの訓練場で、自分の隊長を見ていた兵たちの顔が思い浮かんだ。
あの中にも、同じように口を閉じていた者がいたかもしれない。
「今も、新しい物を考えているのだろうな」
「はい。私には思いつかぬことばかりです」
教官は答えたが、何を作っているのかまでは話さなかった。
フーゴも、それ以上は尋ねなかった。
「なるほど。お前が、その方の名を誇らしげに口にする理由は、少し分かった」
教官は、恥ずかしそうに背筋を伸ばした。
伯爵は笑い、机の端へ手を伸ばした。
家臣を呼ぶための鈴だった。
「紙を用意させよう。礼状を書く」
◇ ◇ ◇
アレクのもとへ、各家からの報告が届き始めていた。
教官の到着。
教育を受ける兵と指揮官の選定。
受け取った銃の確認。
アーノルドの配下にある諸侯の領地でも、教育が始まったと知らせが来ていた。
遠い土地では、まだ一行を待っている。
それぞれの進み具合を確かめ、アレクはギルベルトと話し合った。
工場からは、部隊へ配備するための火縄銃の出荷も始まっていた。
最初に送った百挺だけで、各家の鉄砲隊を揃えるわけではない。配備を待っていた銃が、教育の進みに合わせて運び出されていく。
オスカーが、報告書のそばへ一通の書状を置いた。
「ヴァルテン伯爵からでございます」
オスカーが言った。
アレクは顔を上げた。
「教官をお送りした方ですね」
「はい」
書状を開く。
初めには、銃と教官を受け入れたこと、教育が始まったことへの礼が記されていた。
続いて、古参の隊長が戸惑ったことまで書かれている。
アレクは、その箇所で少し目を止めた。
教官からの報告にも、同じ出来事が記されていた。
伯爵自身が間へ入り、その後の教育が進めやすくなったという。
フーゴの手紙には、自分が教官を助けたとは書かれていなかった。
自分たちにも、覚えることが多い。
そう記されていた。
読み進めるうちに、アレクの姿勢が少し変わった。
末尾には、面会を願う言葉があった。
銃を早く回してほしいという頼みではなかった。
自分の兵を、ほかの家より先に揃えてほしいとも書かれていない。
『貴殿の隊と我が隊が同じ戦場に立つ時、互いの働きを妨げぬよう、今のうちから学んでおきたい』
アレクは、その一文を読み返した。
「何か、問題がございましたか」
オスカーが尋ねた。
「いいえ」
アレクは顔を上げた。
「この方とは、一度ゆっくり話してみたいですね」
書状を机へ置き、ギルベルトにも見せる。
ギルベルトは目を通し、頷いた。
「派遣した者からも、伯爵様が熱心に話を聞いてくださると報告が来ております」
「ご自身の隊だけでなく、ほかの隊と一緒に戦うことまで考えておられます」
アレクは言った。
これまでは、預かった鉄砲隊を、自分がまとめて率いていた。
これからは、別の領主が率いる鉄砲隊も戦場へ出る。
隣に並ぶその隊が何をできるのか。どのような時に助けを求め、どこまで任せられるのか。
戦場で初めて知るのでは、遅い。
「お会いする日を決めましょう。こちらの訓練も、見ていただきたいと思います」
オスカーが頷いた。
「では、ご都合を伺う返書を」
「はい。お願いします」
アレクは、もう一度フーゴの手紙へ目を落とした。
銃を送った先から、共に戦うための申し出が届いた。
そのことが、嬉しかった。
返書には、こちらの訓練を見ていただくとともに、伯爵がこれまでどのように兵を率いてきたのかも伺いたい、と添えることにした。
第二十六話をお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、銃とともに教えを受け継ぐ人々を描きました。新たに登場したフーゴ伯爵にも、親しみを感じていただけたら嬉しいです。
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