第二十五話 火縄のいらない銃
新たな着想を、職人たちへ伝えたアレク。
その先には、実際に使う兵たちの声が待っていました。
ロルフは、机に置かれた火打石を手に取った。
しばらく眺めた後、アレクへ目を向ける。
「これを、銃に使うのですか」
「はい。火縄の代わりにできないかと考えています」
アレクは答えた。
そばには、今使っている火縄銃が置かれていた。
試射のために用意したものではない。工場で説明に使うため、何も込められていないことを確かめて運ばせた銃だった。
「銃をすべて作り直すのではなく、今ある物を活かしたいのです」
ロルフが頷いた。
アレクは、自分の考えを伝え始めた。
火打石を使って火を起こし、火縄を持ち続けなくても撃てるようにする。
前世の記憶には、そのような銃があった。
ただ、見覚えのある姿を思い浮かべることと、実際に使える物を作ることは違う。
アレクが言葉に詰まると、ロルフは尋ね直した。
何を変えたいのか。
どのような場面で使いたいのか。
アレクは、分かることと、確かめてもらわなければ分からないことを分けて答えた。
「最初に持たせたいのは、騎馬鉄砲隊です」
「馬に乗る兵から、ですか」
「はい。馬と銃だけでも手が要ります。そのうえで、火縄にも気を配らなければなりません」
ロルフは、机の銃を見下ろした。
「今の銃でも、馬を使って動いているのでしょう」
「動けます。ですが、兵に任せたままにせず、少しでも扱いやすくしたいと思っています」
国境までの道を思い出した。
馬を止め、銃を確かめ、周囲にも目を配る。
騎馬鉄砲隊の兵は、それを毎日のように繰り返していた。
火縄がなくなれば、すべてが楽になるわけではない。
それでも、減らせる手間があった。
ロルフは火打石を置いた。
「試してみましょう。ただ、兵に渡せる物になるまでは、少し時間をください」
「お願いします」
「今の銃を作る仕事は、止めなくてよいのですね」
「はい。そちらも必要です」
アレクが答えると、ロルフは別の書付を取り出した。
「三千挺を揃えた後も、製造は続けています。検査を終え、配備を待っている分も、すでに千挺を超えました」
アレクは顔を上げた。
「そこまで増えましたか」
「人も仕事に慣れてきました。もちろん、作ればすべてそのまま使えるというわけではありません。確かめ直す物も出ます」
書付には、完成した数だけでなく、検査中の物も分けて記されていた。
アレクは目を通した。
王都で、諸侯たちから向けられた視線を思い出す。
銃を欲しがっている者はいる。
だが、渡すだけでは隊にならない。
「配備先と運ぶ数は、王家の決定を待ちます。それまでは、保管をお願いします」
「承知しました」
ロルフは書付を受け取り、火縄銃の隣へ置いた。
今ある銃を増やす仕事と、その先の銃を作る仕事。
どちらも、ここから進めなければならなかった。
◇ ◇ ◇
試作の報告が届くようになっても、アレクは毎日工場へ通わなかった。
領地には、帰還後に確かめるべきことが残っていた。
加増された土地から来た役人に会い、村の道や倉について話を聞く。負傷兵の暮らしについて、ギルベルトとオスカーから報告を受ける。
王都からは、諸侯への配備に向けた問い合わせも届いた。
教官候補は、レオンハルトから派遣され、アレクのもとで務めてきた王家所属の兵から選ぶ。
マティアスの兵や、アレクの直属兵を送り出す話ではなかった。
選ぶ基準をまとめ、マティアスへ送る。
教える者が抜けた後の仕事を、誰が引き継ぐのかも確かめた。
その合間に、ロルフからの書状を開いた。
初めの報告は、思いどおりには働かないというものだった。
次に届いた報告では、撃てたことが記されていた。
だが、それだけで兵へ渡せるとは書かれていなかった。
繰り返して使うと不具合が出る。
直したところを、また確かめる。
短い書状の向こうで、職人たちが手を止めずにいることが分かった。
アレクは、気になる点を書き添えて返事をした。
自分で答えを出せないことまで、無理に指示はしなかった。
夕方、エリーゼと机を挟んで座っていた時にも、工場からの便りが届いた。
「よいお知らせですか」
エリーゼが尋ねた。
アレクは最後まで読んでから、顔を上げた。
「兵に試してもらえるところまで、進んだそうです」
「では、いよいよですね」
「はい。実際に使う者が、どう感じるかを聞きたいと思います」
アレクは書状を畳んだ。
帰領してから、ひと月余りが過ぎていた。
◇ ◇ ◇
試験当日、アレクはギルベルトとともに、指定された場所へ向かった。
騎馬鉄砲隊から選ばれた兵たちも来ていた。
ロルフのそばには、試作を担当した職人が控えている。
覆いを外すと、銃が姿を現した。
アレクは、近づいて見た。
今まで使っていた銃に似ている。
だが、見慣れた火縄を挟む部分はなかった。
「こちらです」
ロルフが言った。
「工場での確認は重ねました。ただ、兵が扱えば、私たちの見ていないことが分かるかもしれません」
「そのために、来てもらいました」
アレクは兵たちへ顔を向けた。
「遠慮せずに、感じたことを話してください。使いにくいところがあれば、それも知りたいのです」
兵たちが頷いた。
ギルベルトが、一人を呼んだ。
普段から騎馬鉄砲隊で銃を扱っている兵だった。
前へ出た男は、渡された銃へ目を落とす。
両手で重さを確かめ、いつもとは違う部分を見た。
「火縄は、持たなくてよいのですか」
「この銃を撃つためには、使いません」
アレクが答えた。
兵は顔を上げ、もう一度銃を見た。
後ろにいる者たちも、黙って見つめていた。
ロルフたちから、扱ううえでの注意が伝えられた。
見た目が似ていても、火縄銃と同じ動きをすればよいわけではない。
ギルベルトも説明を聞き、分からない点を確かめた。
兵が理解したことを確認してから、試射へ移った。
◇ ◇ ◇
アレクは、射手の後ろへ下がった。
銃へ触れて、狙いを整えることはしなかった。
自分の力を使えば、その一発が当たる助けにはなる。
だが、確かめたいのは、自分の能力に頼らず、兵が使えるかどうかだった。
ギルベルトが周囲を確かめる。
ロルフと職人たちも、定められた場所へ下がった。
兵は前を向いた。
火縄から立ち上る細い煙がない。
アレクには、その違いが妙にはっきりと見えた。
「構え!」
ギルベルトの声が響いた。
兵が、教わった動作で銃を構える。
火縄銃の時のように、火蓋を開ける号令は続かなかった。
少しの静けさがあった。
「撃て!」
銃声が響いた。
白い煙が、銃口の先へ広がる。
アレクは標的を見た。
命中していた。
後ろで誰かが、短く息を漏らした。
射手も顔を上げかけたが、すぐにギルベルトの指示へ注意を戻した。
確認が終わり、ようやく後ろを振り向く。
「撃てました」
当たり前の報告のようでいて、その声には驚きがあった。
ロルフが頷いた。
「扱ってみて、どうでしたか」
兵は少し考えた。
銃を見てから、自分の手へ目を落とす。
「まだ、いつもの動きをしそうになります」
「それは、教え直す必要があるな」
ギルベルトが言った。
「はい。ですが……」
兵は、待っている仲間たちを見た。
「本当に、火縄が要らないのですね」
その言葉に、別の兵が笑った。
からかったのではなかった。
自分も同じことを確かめたいという顔だった。
◇ ◇ ◇
射手を交代し、試験は続いた。
一人が撃てたことで、終わりにはしなかった。
職人は兵の言葉を書き留め、ギルベルトは、どこで戸惑うかを見ていた。
アレクも、銃を受け取った。
兵たちと同じように説明を受け、試した。
長く使ってきた火縄銃と、まったく別の武器になったわけではない。
それでも、火縄を気にしなくてよいという違いは大きかった。
自分が戸惑ったところも、ロルフへ伝えた。
休憩に入ると、兵たちは自然に試作銃の方を見ながら話し始めた。
「馬の世話をする時も、火縄の始末を気にしておりました。それが一つ、なくなるのですね」
最初に撃った兵が言った。
「馬を扱いながら、銃と火縄の両方に気を配るのは、気が休まりませんでした」
別の兵が続ける。
「急に移動する時などは、気を取られることが多くて」
ギルベルトは黙って聞いていた。
アレクは、ロルフへ目を向けた。
ロルフは、兵たちの言葉にじっと耳を傾けていた。
自分たちが作った物を、実際に使う者の声だった。
「火縄を使わなくても、何も気にしなくてよくなるわけではありません」
アレクが言った。
兵たちが顔を向ける。
「火薬は使います。雨や湿り気のことも、引き続き考えなければなりません。新しい銃に合わせて、覚えてもらうことがあります」
「承知しております」
兵が答えた。
「ですが、これなら助かります」
アレクは、その顔を見た。
新しい物だから喜んでいるだけではなかった。
日々の務めの中で、何が変わるかを考えている。
ロルフも、わずかに口元を緩めた。
◇ ◇ ◇
その後も、日を変えて試験が行われた。
兵から出た意見を受けて直し、また扱ってもらう。
馬を伴う普段の行動でも、無理がないかを確かめた。
アレクは報告を読み、必要な時に足を運んだ。
王家とマティアスにも、進み具合を知らせた。
預かっている兵の装備を変える以上、自分だけで決めて済む話ではなかった。
やがて、先行して更新を進める許可が届いた。
まずはアレクの直属兵である騎馬鉄砲隊から始め、運用の結果を報告する。
アレクは書状を持って、ロルフとギルベルトを呼んだ。
「配備を待っている銃のうち、まず百挺を火打石式へ改良します」
ロルフが頷いた。
「今の銃の製造と並行になります。一度に百挺を仕上げるのではなく、確かめながら順に渡します」
「それでお願いします。騎馬鉄砲隊へ渡した分だけ、今まで使っていた火縄銃を引き取り、諸侯へ送るために点検してください」
アレクは答えた。
ギルベルトが書付へ目を向ける。
「騎馬鉄砲隊二百人のうち、まず百人分ですね」
「はい。残る百人分も、状況を見て切り替えていきます」
「新しい扱いを教える者も、必要になります」
「今回の試験に参加した者たちを中心に、お願いします。慣れたつもりで済ませないようにしてください」
「承知いたしました」
ギルベルトが答えた。
アレクは、机の脇に置かれた火縄銃へ目を向けた。
国境へ持っていった兵もいる。
訓練で、何度も肩へ上げた銃だった。
それらが、使えなくなったわけではない。
ギルベルトも同じ方を見た。
「今までの銃は、どうなさいますか」
「点検をして、教官とともに陛下がお選びになった諸侯へ送ります」
アレクは答えた。
「最初は、隊を育てるために使っていただきます。数挺を受け取っただけで、戦場へ出すことにはしません」
ロルフが頷いた。
「改良に回す百挺を除いた在庫も、各家の教育に合わせて送り出すのですね」
「はい。こちらから出る百挺だけで、各家の隊を揃えるわけではありません」
まず少数の銃で教育を始め、その間に部隊へ配備する分を届ける。
全員分の銃が揃うのを待たずに、指揮官や兵の育成を進めるためだった。
ただし、送り出す教官の選定と、各家へ渡す数は、王家の決定に従う。
アレクは、その点をもう一度確かめた。
◇ ◇ ◇
先行して百人分を更新することが伝えられると、試験に参加した兵たちの顔が明るくなった。
仲間へ話してよいかと尋ねられ、ギルベルトが答える。
「隊への説明はこちらで行う。勝手に外へ話すな」
「はい」
兵は背筋を伸ばした。
それでも、嬉しさまでは隠せていなかった。
アレクも笑みをこぼした。
「使えるようになるまでは、今までの訓練も続けます。銃が届いたから、それで終わりではありませんよ」
「分かっております」
最初の試射を務めた兵が答えた。
その前には、試作銃と、使い慣れた火縄銃が並んでいた。
兵は二つを見比べた。
「これも、まだ働くのですね」
火縄銃へ目を向けて言った。
「はい。今度は、新しい鉄砲隊を育ててもらいます」
アレクが答えると、兵は頷いた。
使い慣れた銃を持ち上げ、丁寧に置き直す。
その手つきを見て、アレクは思った。
銃だけが別の土地へ渡るのではない。
ここで兵たちが覚え、戦場で確かめてきたことも、教官とともに伝わっていく。
ロルフが職人へ声をかけた。
ギルベルトは、兵たちを呼び集める。
アレクは、その両方へ目を向けた。
新しい銃を作る仕事と、新しい隊を育てる仕事が、同時に動き始めていた。
第二十五話をお読みいただき、ありがとうございました。
アレクの発想を形にする職人たちと、新しい銃を手にした兵たちの姿を楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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